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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第五十七話 楽しい時間は有限なのです

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 広大な大地を熱し続けていた太陽が眠そうに目を擦り大欠伸を放つと床へ就く準備を始める。


 直視すれば網膜を悪戯に傷付けてしまう強烈な陽の光は徐々に弱まり、一日の終わりを告げる夕日の朱の光が地上を柔らかく照らしていた。


 うだるような暑さも陽の光と共に収まって来るかと予想されていたが……。



「いらっしゃいませ――――!! 当店の甘い御菓子はその辺の店と違って一線を画すよ――!!」


「さぁさぁ寄ってらっしゃい見ていらっしゃい!! 職人が丹精に織り込んだうちの手拭いの触り心地は最高だよ――!?」


「滋養強壮に持って来いの珍しい薬草は如何ですか――!? これを煎じて飲めば暑さなんて全然気になりませんよ――!!!!」



 南大通りの中央にドンっと腰を据えて連なる屋台群から放たれる熱気。



「もうちょっと安くしてもいいんじゃないの?? 似た様な品が向こうの店だともっと安かったし??」


「うっまぁい!! おいおい、この肉詰めのパン美味過ぎじゃね!?」


「う、うぅむ……。これ程の品は中々見付ける事が出来ないが……。少々値段が張るな」



 その前で難しい顔、目尻がとろぉんと下がった顔、そして苦虫を嚙み潰したような渋い顔を浮かべる人達が放つ活気が地上の熱を冷ます事無く。


 いや、寧ろ日光が弱まり始めたにも関わらず昼の気温よりも更に熱気溢れる空気へと変化させていた。



 はぁ――……。すっげぇ人……。


 南大通りの中央には夥しい数の屋台群が連なりそれを求めてやって来た人々が歩道を埋め尽くし、常軌を逸した数の人々が踏み鳴らす地面の音が地鳴りの様に鳴り響く。


 人口密度が高過ぎる歩道上は己の存在をこの世に残す為の必要最低限の広さを確保する事のみが許され、俺達はその狭い空間の中に納まり南から北へと向かって進む人の行列の流れに沿って進んでいた。



「く、くっそう……。さっきの店に寄っておくべきだったわね」



 左隣。


 俺と肩を密着させて北上を続けて居るドナが左手側でゆっくりと後方へ流れて行く屋台へ熱い視線を送る。



「今からでも遅く無いんじゃない?? ほら、この多過ぎる人の流れから抜け出て逆走すれば何んとかなるかも知れないし……」



 歩道を歩く人々が気に入った店を見付けると、流れから出てそのお目当ての店の前に並ぶ。


 これだけ大勢の人数が好き勝手に思い思いの方向に進んだら取り返しのつかない事になってしまうので実に良く出来た仕組みだと理解出来る。


 屋台の前の行列と人の本筋の流れの間に出来た僅かな隙間を器用に縫って逆走すれば行けない事も無いけどぉ……。



「はい!! そこのお姉さん!! 立ち止まらないで前に進んで下さい!!」


 要所要所で立つ交通整理の大蜥蜴ちゃん達の監視目が光っているのでそれは少し難しそうだな。


「うっさい!!!! 分かってるわよ!!」



 そこは慎ましい態度を取って素直に北上するのが大人の態度です。眉間に皺を寄せて眉毛を鋭角にして怒鳴る場面ではありませんよ??


 交通整理を続ける大蜥蜴もまさか女性から怒鳴られるとは思っていなかったのだろう。



「……ッ」



 黒い大きな瞳をキュウっと縦に見開き、大変立派な尻尾を天高くピンっと立てて素直な驚きを表現していた。



「落ち着けって。もう直ぐ街の中央に到着するし、今日はこのまま帰りましょうぜ」


 肩口から猛烈な怒気を撒き散らすドナの横顔へ向かってそう話す。


「うむむぅ……。まぁ明日もあるし、それに初日に買うべき品は買い揃えたから一旦撤退しましょうかね」



 俺達の背後へ流れて行く屋台群を名残惜しそうに見つめ終えると俺に目を合わせて撤退の意思表示をしてくれた。



「今日は有難うね。買い物に付き合ってくれて」


「どういたしまして。出来ればもう少し抑えてくれた方が嬉しかったけどね」



 今も俺の両腕を塞いでいる沢山に荷物をちょいと持ち上げてやる。



「それでも少ない方よ。んっ!! 中央に到着したし、このまま家に帰るわよ!!」


「ちょ、ちょっと!! いきなり引っ張らないで!!」



 南北から東西へと人の流れが変わり、漸く真面な息が吸える広々とした空間に出ると彼女が有無を言わさず俺の手を手に取り東大通りを横断。



「こらぁ!! 勝手に渡っちゃ駄目ですよ――――!!!!」



 俺達の粗相を見逃さなかった交通整理の大蜥蜴のお姉さんからお叱りの声を受け取ってしまった。



「あはは――!! ごめんなさいね――!!」



 ドナがプンスカと怒る交通整理のお姉さんに軽快な笑みを浮かべて軽く手を振り、小走りで大通りを渡り終えると手を離してくれた。



「あ、あのねぇ。さっきのお姉さんも言っていたけど勝手に横断したら馬車に撥ねられてしまうでしょう??」


 娘の横着を叱る母親の口調でそう咎めてやる。


「丁度馬車の途切れ目が見えたし、別にいいじゃん」



 そういう事を言っているのではないのです。


 己の利益を優先するのではなく公共の福祉を優先しなさいとお母さんは伝えているのですよ??


 ニッコニコの笑みを浮かべるドナに対し、若干の溜息を吐いて彼女の家へと歩みを向けた。



「この時間になっても相変わらず人通りが多いわね」


「そりゃあ年に一度の王誕祭だからな。お祭り騒ぎが好きな連中は何処に行っても存在するって知れたよ」


「ダンの生まれ故郷でもこういったお祭りがあるの??」


「あぁ、あるぞ。王都レイモンドでこの街と同じ様に王様の誕生日を祝う日があるんだ」


「へぇ、そうなんだ。いつかそっちの大陸に行ったら案内してよ」


「今日みたいな後先考えない買い物をしない。この条件を守ってくれるのなら案内しようかな」


「あはは!! 無理無理!! 女の子は買い物をする為に生まれて来たんだからっ」



 彼女が軽快に笑い声を上げると夜空に浮かぶまだ起きたての星達が顔を顰めてしまう。


 そりゃあ誰だって寝起きに耳が痛くなる声量の笑い声を受け取れば辟易しちまうさ。でも、俺はそれを間近で受け止めてもちっとも嫌じゃ無かった。


 寧ろ全然受け止め足りないというか、まだまだ体が欲しがっている事に驚いてしまう。


 それはきっとドナの笑い声には人を元気にする力が込められているからであろう。



「それでさぁ……。ミミュンったら自爆花の爆音が聞こえても食べる手を休めなくて」



 口角をキュゥっと上げる自然な笑み。



「私はもう少し心配しろって言ったのよ?? それでもあの子ったら全然言う事を聞かなくてさぁ」



 やれやれといった感じで吐く溜息。



「まっ、紆余曲折あったけどダン達が戻って来てくれて私達は嬉しいのよ。ほら、中々減らない掃除の依頼とか、店番の依頼とか請け負ってくれるし??」



 人を揶揄う様な悪戯な笑み。


 そのどれもが眩く映り、今日一日積もり積もった疲労が吹き飛んでしまう様だ。



「俺達はいつまでもうだつの上がらない請負人ですからねぇ。小さな事からコツコツと信頼を積み上げていくのがお似合いなのさ」



 相も変わらず素敵な笑みを浮かべている彼女のオレンジ色の瞳をじぃっと見つめて話す。



「自爆花の採取を成功させたし。もしかしたらダン達個人に近々依頼が舞い込んで来るかもよ??」


「ほほぅ?? いよいよきゃわいい子ちゃん達が俺の体を求めて来るのか。その時に備えて体を仕上げておかないとなっ!!」



 沢山の荷物で塞がれている両手を上げて力瘤をムンっと作る。



「そういった卑猥な依頼は丁重にお断りさせて貰っているから安心しなさい」


「安心じゃなくて残念無念なんですけど??」


「大体、そういった厭らしい依頼はダンよりもハンナさんに舞い込みそうじゃない?? ほら、ハンナさんってすっごい美男子イケメンだし」



 おやおや、この人達はどうやらアイツの本性を見誤っている様ですねぇ。



「いいかい?? アイツは見てくれはいいかも知れないけど……。馬鹿みたいに飯を食うし、人の言う事は聞かないし、自分が正しいと思ったら絶対己の意見を曲げない。端整な顔の下は横着で我儘でワンパクな小僧なのさ」



 ここぞとばかりに奴の本性を赤裸々に語ってやった。



「それはダンの事を心の底から信頼しているから見せてくれる本当の顔だからだよ。全幅の信頼を寄せてくれる親友なんだから大切にしないと罰が当たるぞ??」



 それは勿論知っているさ。


 俺もそしてアイツも口悪く互いを罵り合ってもその実、心の底から信頼を寄せている。


 仲良しだからこそ行える喧嘩。


 それは他人から見れば物凄く羨ましく見えるのかもね。



「へいへい。じゃあこれからも横着な相棒を揶揄い続けましょう」


 今日一番の笑みを浮かべると、柔らかい月明かりを浴びてイイ感じに妖艶な雰囲気に変化した彼女の顔を確と捉えて話す。


「う、うむっ。そうしてくれたまえっ」



 あらあら……。活発そうに見えてその実恥ずかしがり屋さんなのかもねぇ。


 健康的に焼けた頬がぽぅっと朱に染まると速足で裏通りを進んで行ってしまった。



「ほらぁ――!! もう直ぐだから頑張れ――!!」



 はいはい、お母さんはあなたの荷物を持っているからそこまで速く歩けないからねぇ。


 それともう遅い時間ですので近所迷惑になるから慎ましい声量で叫びなさい。


 間も無く到着する我が家へと向かって駆けて行く活発娘になんとか食らいついて行くと、本日の最終目的地点が見えて来た。



 ふぅ――……。これで漸くこの憎たらしい重さの荷物とお別れか。


 両腕の筋肉がホっと胸を撫で下ろすものの、心はちょいと寂しがっていた。


 そりゃ二人だけの楽しい時間が終わっちまうんだ。寂しいと思うのは当然だろう。


 しかし、明日もこの厳しい筋力鍛錬が待ち構えていると思うと心の中の寂しさが臆病風に流れて消失。その代わりに億劫という感情がぬるりと湧いて来た。


 楽しくも辛い二人っきりの有限な時間を過ごす為、明日も両腕の筋肉を虐めるとしますか……。



「お疲れ様!! 有難うね?? 荷物を運んでくれてっ」


 夜空に浮かぶ月が思わず苦笑いを浮かべてしまう快活な笑みをニコっと浮かべる。


「どういたしまして。それよりちょっと何か食べさせてくれる??」



 あの辛美味いカルリーを食した後は軽い物しか頂いていないのでお腹ちゃんの機嫌が少々悪いのです。



「全然いいわよ。多分レストが私の夕食を作ってくれている筈だし。ただいま――!!!!」



 だからもう少し声量を抑えなさいってお母さんは口を酸っぱくして言っているでしょう??


 両腕に大量の獲物をぶら下げて帰還した狩人の後に続き、麗しき女性三名が暮らしている普遍的な家屋にお邪魔させて頂いた。



「お邪魔しま――すっ」



 天井からぶら下がった夜の闇を払う燭台に淡い橙の光が揺らめき室内を照らしている。


 鼻腔に届くのは彼女が予想した通りの食の匂いだ。


 恐らく、というかこの匂いの発生源は俺の左手側にある。



「ドナ!! お帰り――!!」


「おそふぁったな」



 小さな机を挟み込む様にして設置してあるソファから食いしん坊二人の声が上がる。



「ただいま……。ってか、二人だけでその馬鹿げた量の皿を積み上げたの??」



 ドナが小さな机の上に積み上げられている皿に呆れた視線を送る。



「そうだよ!! 何かレストがやたら張り切っちゃってさぁ。あれよあれよという間に御飯が出て来てね?? 私とハンナさんはお腹が空いていたからジャンジャン食べていたんだ!!」


「提供された料理は残さず平らげるのが戦士の教えだからなっ」


「嘘付きやがれ。そんな事、一度も聞いた事が無いぞ……」



 ドナ同様、呆れた視線を食いしん坊の相棒へ向かって放ってやった。


 相棒の隣に腰掛け、疲労を籠めた吐息をふぅっと天井へ向かって吐き出すと。



「あら?? もう帰って来たの??」



 機会を見計らった様にレストが美味そうな匂いを放つ皿を持って部屋の奥から出て来た。



「もうってどういう意味よ。丁度いいや!! レスト!! それ食べさせて!!」


「はいはい……。ダンもどう?? お腹が空いていれば食べて行く??」


「もっちろん!! どこぞの誰かさんに沢山の荷物を運ばされて腹ペコなのさ!!」


「うっさい!! 一々余計な事を言うなっ!!」


「いっでぇ!! おい!! 人の額に向かって匙を投げたらいけないって教わらなかったのか!?」


「ダンの額にだけは投げてもいいって習ったのよ!! いっただきま――す!!」


「あぁ!! ドナ!! それ私が好きな豆料理なんだけど!?」



 地上に存在する光を全て消失させようとして漆黒の闇が蔓延る。


 闇が家屋から漏れている光を見付けて音も無く忍び寄ろうとするが……。蝋燭の明かりの光量を容易く凌駕する人々の眩い声を受け取ると速攻で踵を返してしまった。


 あの光は不味い。


 恐らくあの光量が直撃すれば、俺という存在を打ち消してしまうだろうから。


 闇夜を打ち払う彼等の明るさは夜が更けて月が大欠伸をする頃に漸く止み。漆黒の闇がそれを見計らって侵入しようと画策するが……。


 東の彼方から天敵が遅々足る所作で起床の仕草を見せたので侵入を断念。


 森羅万象の理を跳ね除ける人達の力をまざまざと見せつけられた漆黒の闇は巨大な溜息を吐いて地の奥底へその身を隠したのだった。




お疲れ様でした。


本来であればこのお出掛けの御話は丸々カットしようかなと考えていましたが、後の話の都合上掲載すべきであると考えて投稿しました。


勘の鋭い読者様なら、あぁあそこの場面でしょ?? と。容易く見抜くかと思います。


そして次話からは新しい依頼が始まりますので今はその話のプロットを執筆中です。夏の暑さに負けぬ様、皆様のご期待に添えられる様に執筆していますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。



それでは皆様、暑さに気を付けてお休みなさいませ。







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