第五十六話 アレに似た料理と眉唾物の噂話
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
各地方から大勢の人達がこの大陸を統べる国王様の誕生日を祝おうとして訪れ、本日の王都は足の踏み場さえ探すのが困難な程に人口密度が高まっていた。
鼻腔に届くのは人々が舞い上げた乾いた砂埃の香りと、大蜥蜴と人間が放つ汗ばんだ饐えた匂い。
鼓膜に届くのは巨人同士が俺の目の前で会話をしているんじゃないかと錯覚してしまう程の大きな雑音と数えるのも億劫になる足の数が大地を踏み鳴らす音。
そんな過酷な環境下、ギュウギュウに詰まった大通りを人の流れに沿って進んではいるが……。
正直、南大通りに到着する前に暑さと狭さでぶっ倒れてしまいそうですよ。
「ドナ、生きてる??」
右隣り。
俺と一定の距離を保ち、何んとかはぐれないで歩みを進めている彼女の横顔に問う。
「何んとかね。人混みには慣れたつもりだったけどさ、こうして年に一度の大渋滞に巻き込まれるとまだまだ私も経験不足だなぁっと痛感させられるわね」
「これに慣れる奴が居るのか??」
地平線の先まで続いて行くのではないかと思わせる大行列の先に視線を送る。
「中には物好きも居るし。探せば居るんじゃない??」
「そんな酔狂な奴を探している間に俺の寿命は尽きちまうよ」
「あはっ、それもそっか」
ドナが可愛らしく口角をキュっと上げて俺の顔を見つめ終えると再び正面に視線を戻した。
只歩くだけならそこまでの重労働では無いのだが、周囲で朗らかな笑みと軽快な会話を続けているその他大勢の人々とは違い。俺には枷が嵌められているのでその影響も相俟ってかなりの疲労が蓄積されていた。
そう、全ての元凶は俺の両腕の筋肉をこれでもかと虐めている沢山の荷物の所為なのです!!
買い物好きのラタトスクちゃんが一店では飽き足らず二店、更に三店舗目へと梯子して買い集めてしまった沢山の服を運ぶのは見た目以上に疲れるってのに……。
文句の一つや二つは言いたいけどもそこは俺も男の端くれ。
前歯の裏にまで出掛かった文句の文字をゴックンと飲み込み、明るい場の雰囲気を崩さずちょいとぎこちない笑みを浮かべて二本の足を交互に動かしているのだ。
楽しいお出掛けが始まったばかりなのに早くも王誕祭の洗礼を浴びると体から一種の警告音が派手に鳴り響いた。
「――――。お腹空いたの??」
「え、えぇ……。見た目以上に重労働ですので」
体力が枯渇すればそれを補う為に栄養を補給せねばならない。
不機嫌なお腹ちゃんが警告音を発したのはそれを俺に知らせる為なのだろう。
何もこんな人前で鳴らなくてもいいじゃないかと考えるけども、人の生理現象は自由自在に制御出来ないのが世の常ですからねっ。
「仕方がない。優しいドナお姉さんが美味しいお店に連れて行ってあげるわ」
優しいって言葉よりも理不尽って言葉が似合うと思うぞ。
「今……。絶対そんな事ないだろって思っていたでしょ」
兎角女性という生き物は男の心を容易く見抜くらしい。
真冬の氷柱の背筋をゾっと凍らせてしまう冷たい瞳が俺の体に突き刺さった。
「いいや、思っていないよ」
「嘘くさっ。まぁいいや!! そのお店に繋がる道が見えて来たし、ほら行くよ!!」
「あ、おい!!」
大変優しいドナお姉さんが俺の右手をキュっと握り締めると大通りから脇の道へと引きずり込み、そのまま王都の南南東区画へと進んで行く。
普段は手の指で数えられる程の人数しか利用していない道だが、表の通りよりかは歩き易いだろうと俺達と同じ考えに至った人々が狭い道を利用していた。
「ふぅ――。大通りよりか幾分マシな人通りね」
「だろうね。所で今から向かう店はどんな料理を提供してくれるの??」
「カルリーって名前の料理が美味しい店なんだ」
カルリー??
初めて聞いた単語に思わず首を傾げてしまう。
「私もこの街に来るまで知らなかった料理でさ。お水に様々な具材を投入して、そしてそこへたぁくさんの香辛料を入れて煮込む料理なの。それを御米に掛けて食べればあら不思議、あっと言う間にお皿が空っぽになってしまうではありませんか!!」
仰々しくそう話し、上空に浮かぶ太陽も太鼓判を押してくれる明るい笑みを浮かべる。
「シチューに似た料理。そう捉えればいいの??」
「う――ん……。それと似ているけど味は全然違うしなぁ――。兎に角食べれば分かるから!!」
「了解しました。そこで栄養を補給して再び行軍を始めようかね」
ドナ殿に覇気ある返事を返してあげた。
「宜しいっ!!」
シンフォニアで執務中には先ず見せないであろう眩い笑みを浮かべる。
健康的に焼けた肌に誂えた様な陽性な笑みは酷くこの場に似合い、その笑みを俺に向けてくれるという事実が心を大変温かくしてくれた。
うむっ、その笑みは確と脳内に保存させて頂きましたっ。
「早く着かないかなぁ――っと」
「えっと、ドナ」
「ん――??」
「そろそろ手を離してもいいんじゃない??」
俺がそう揶揄ってやると。
「い、いや!! これはアレだから!! まだこの街に不慣れなダンが迷わない様にしてあげただけだから!!」
「そりゃど――も」
「さ、先に行くからついて来なさいよ!?」
うふふ……。お母さんが迷わない様に頑張って手を繋いで引っ張ってくれていたのね??
娘の成長をそっと喜ぶ母親の気持ちを胸に抱いて彼女の背に続いていると、ドナがとある店舗の前で歩みを止めた。
「この店??」
質素な家々が立ち並ぶ中でもその雰囲気を壊さぬ様な静かな佇まいの木造建築物だ。
年季の入った扉は良い感じに汚れが目立ち、その脇にはお店の名を記した看板がそっと添えられていた。
えっとお店の名前は……。『ヴァルドリア』 か。
飲食店街に建ち並んでいる訳じゃないし、知る人ぞ知る店って感じだよなぁ。
「そうよ!! まだお昼前のお陰もあってか人も並んでいないし!! 早速入りましょう!!」
へいへい、仰せのままにっと。
鼻息荒く店の扉を開けた彼女に付き従い、ヴァルドリアへと続け様にお邪魔させて頂いた。
「いらっしゃいませ――!! お好きな席にお座り下さ――い!!」
先ず目に飛び込んで来たのは素敵な笑みを浮かべる女性店員さんだ。
接客業に携わる者が満場一致で合格ッ!! と。ほぼ満点を叩き出すであろう明るい笑みを受け止めるとそれだけでこの店は当たりであると判断出来てしまう。
不味い店の店員さんの態度は不愛想な場合が多いからね。
中々に広い室内の方々に置かれた五つの丸い机。
その内の二つは既に利用客が使用していたので俺達は壁際の机へと向かい、店員さんに勧められた通り年季の入った机を取り囲む様に設置されているちょいと座り心地の悪い椅子に腰かけた。
「ふぅ――……。少し休めるな……」
活発なお嬢さんに委託された荷物を椅子の脇に降ろし、宙を仰いで疲労を籠めた吐息を放つ。
「たった数店舗回っただけで疲れるなんて男らしくないわよ」
こういう時だけ男って文字を出すのは卑怯だとは思いませんか??
「まだまだ不慣れな暑さ、首を傾げたくなる人口密度、そして服を取り合う女の熾烈な戦い。これだけの悪条件が重なっても元気に歩いて尚且つお前さんの荷物を運ぶ頑丈さを褒める場面ですよ??」
机の上で頬杖をついて柔らかい笑みを浮かべているドナへ向かってそう話す。
「仕方がないわねぇ。良くやったわね、従順な飼い犬さん??」
「ったく……。もう少し真面な台詞で褒めて欲しいものだぜ……」
ニッコニコの笑みを浮かべるドナに対して溜息を吐いてやると先程の店員さんがパタパタと軽快な足音を立ててやって来た。
「お水をお持ち致しました。御注文はお決まりでしょうか??」
おっと、これはしまったぞ。
休む事に専念していた為、何を注文するのか全く決めていない。
彼女の言葉を受けて机の中央に置かれている品書きへ手を伸ばそうとしたのだが。
「カルリーを二つ。二つとも辛さは普通で、一つは御飯大盛にして頂戴」
何度もここへ足を運んでいる常連客さんがその動作は不要であると教えてくれた。
「はい!! 承りました!! それでは暫くお待ち下さいね!!」
俺達にピョコンと頭を素早く下げると店内の奥の扉へと向かって行き、手慣れた手付きで扉を開くとそのまま姿を消してしまった。
「勝手に注文して悪いわね」
「初見の店であれこれ悩んで失敗するよりも通い慣れたお客さんの舌を信用すべき。全く気にしていないよ」
悩みに悩んだ末に満足出来ない料理が出て来た日にはそれからの行動に悪影響を及ぼしてしまいますから。
「しっかし……。何か独特な匂いがするよね」
店内に漂う香辛料を多く含んだ空気が鼻腔の粘膜をピリッと刺激する。
只でさえ腹が減っているのにこの旨味が含まれた空気は蛇の生殺しですよっと。
「沢山の香辛料を使用した料理だからその粉末が調理場からここまで届くんでしょ」
「だろうなぁ。それと、この店を出たら次は何処へ向かうんだい??」
女性店員さんが運んで来てくれた水をチビリと口に含んで話す。
「初日に回るべき店は回ったからね。ここから南大通りへと抜けて屋台を眺めて……。それからは人の流れに沿ってって感じかな」
ふぅむ、悪くない案なのですがちょいと気になる単語があったのでそれを拾ってみた。
「初日に回るべきって事は二日目もあの馬鹿げた戦場へ向かうつもりなのかい??」
「そりゃあそうでしょう。年に一度の機会を逃して堪るものですか」
「女の人っていざ買い物になると異常なまでの熱量を放つよなぁ――」
男は自分が真に求める物だけを買いにその店へと向かうのだが、女性の場合はそうはいかない。
ある程度の目星を付けるとそれが本当に必要なのかを見定め、満足のいかない物であったのなら手に取って戻す。
自分の好みに当て嵌まる物を発見するまでそれを何度も、何度も繰り返すのだ。
お目当ての品を買うという行為よりも、買い物という大雑把な行動を楽しむのが女性の本質なのかもね。
「気に入った物が見つかるまで目を皿の様にして戦場を右往左往するのが女なのよ」
戦場って……。だがまぁその言葉の選択は概ね正しいでしょう。
彼女と共に小物や装飾品を扱う二店舗目にお邪魔させて頂いた時。
『ちょっと!! 邪魔!!』
『あいだっ!?』
大勢の敵を目の前にして絶望した戦士の様に店内で立ち尽くしていると屈強な女性戦士から体当たりをブチ食らいましたもの。
「今日は前哨戦で明日が本番。悪いけど二日目も付き合ってよね」
あんな馬鹿げた戦場に二日連続も付き合えと!?
「い、いや俺は……」
「付き合いなさい」
「はい、了解しました」
おっと、即答してしまったぞ??
彼女のドスの利いた声と屈強な戦士も思わずゴックンと生唾を飲み込んでしまう鬼気迫る表情を浮かべているから咄嗟に頷いてしまったのだろう。
「宜しい。では、私の奴隷として齷齪働くダンに耳寄りな情報を一つ教えてしんぜよう」
奴隷如きの自分に態々耳寄りな情報を与えて頂き有難き幸せで御座います。
「王誕祭二日目の夜に国王様が王宮の入り口である北門の上から国民に向かって挨拶をするんだけどさぁ……」
「何?? その物凄くイケナイ悪巧みを思いついてしまった黒猫みたいな顔は」
「そんなに悪い顔してた?? 毎年恒例の行事でそれはもう馬鹿みたいな人が王様目当てで北通りに押し寄せるのよ」
一生に一度見れるかどうかの国王様の顔だからなぁ。その気持は分からないでもない。
「王様を中心にして王妃様と王女様が立ち並び、厳かな装備を身に纏う王都守備隊が彼等の警備に就く。王様が今日この日を祝ってくれた国民にお礼を放つと王都全体が震える程の大歓声が響くんだ」
「ふぅん……。態々国民にお礼を言うなんてよく出来た王様じゃん」
「私もそう思うわ。彼は差別を忌み嫌い、古き慣習を打ち砕こうとして様々な法体制を整えているけども……。今の所それは上手くいっていないのが現状ね」
彼女達少数の魔物を卑下する輩を排他しようとしているが、大蜥蜴達の利益を優先しようとする圧力団体も一定数存在するだろうからねぇ。
古き良き慣習もあれば忌むべき慣習もまた存在する。それを覆すのには痛みを伴った改革が必要なのかもな。
「それでさ!!!!」
おっと、いきなりワクワク感全開でどうしました??
急に前のめりになって話すものだから右手に持つコップを落としてしまいそうでしたよ。
「王様と王妃様、そして王女様が並んで挨拶するって言ったわよね??」
「あぁ、数十秒前に聞きましたね」
『ここからが耳寄りな情報なのよっ』
ドナが周囲を確認すると俺にだけ聞こえる声量で口を開いた。
『どうやら今年は……。王女様は民衆の前に姿を現さないって噂なの』
「それはまたどうして」
「ふふ――んっ。聞きたいっ??」
聞きたいからこうして尋ねているのですよ??
一々もったいぶらないで早く話なさい。
『有識者で構成された公聴会、法律の草案を決める議会とかさ。この国を真に想う王女様はその手の会議に熱心な御様子でね?? 国事行為を執り行う時以外は顔を出していたんだけどぉ……。どういう訳か数か月前からパタッと顔を出さなくなったのよ』
「――――。まさかと思うけど暗殺とかされていないよね」
突然姿を現さなくなった理由として咄嗟に思いついた考えを述べる。
『亡くなったのなら国葬が行われるからそれは無い。では何故王女様は突然顔を出さなくなったのか?? 一番有力な説が…………。醜い姿になる呪いを掛けられたらしいのよ!!』
一番有力な説が最も胡散臭い呪いって……。
しかも、らしいって誰もその姿を見た事が無いのかしら。
『この有力な説の証拠として、国のお抱えの大変優秀な魔法使いが忽然と姿を消したの。恐らく国総出で今頃その呪いを掛けた魔法使いを捜索している筈よ』
「はぁ――、ウキウキしながら話している所申し訳無い。その説にはたぁくさんの問題点があるからね??」
「むぅっ。何よ、その問題点って」
ドナが俺の言葉を受け取ると可愛く唇を尖らせてしまう。
「いいか?? 先ず本当に呪いを掛けられて国総出でその魔法使いを捜索しているのなら必ず誰かの耳にそういった情報が舞い込み噂が広まる。有力な情報を得る為に俺達の様な庶民を使わざるを得ないからね。 次に、大変優秀な魔法使いが王女様に呪いを掛けた動機は?? 己の命を賭して決行するのにはそれ相応の動機が必要となる。その理由が曖昧且不明瞭な時点でもう既に胡散臭い。 更に数か月前から突然姿を現さなくなったのは単に国事行為が忙しい場合もある。更に更に!! 醜くなる呪いを掛けられた王女の姿を見た者が居ない理由は?? まだまだあるぞ?? 悪い魔法使いが呪いという定義に当て嵌まる行為を実行する際、彼女の身を守る者が己の身を挺して守った筈だ。守護者、つまり王都守備隊だっけ?? そいつらの訃報や除隊の知らせはあるのか?? 無いのなら恐らくお前さんが提唱した仮説は成立しなくなる。勝手に独り歩きする噂を鵜呑みにするんじゃなくて、物事の本質を見抜く為に必要な情報を集めてだな……」
俺が長々と口を開いて喋っていると。
「うっさい!! 私だって聞いただけだもん!!!!」
「うぐぇっ!?」
真正面から空の木製のコップが飛来。
俺の額にあつぅい抱擁をブチかまして来やがった。
「な、何でコップを投げるんだよ!!」
目に涙を浮かべ、ジリジリと痛む額を抑えながら話す。
「あんたが長々とくっだらない理由を話すからよ」
お、俺はお前さんの仮説が正しく無いと証明しただけじゃないですか……。
「大体、誰から聞いたんだよ。その胡散臭い呪いの話は」
「ほら、前に話したでしょ?? シンフォニアの経営者の事」
「あぁ、人知れず活躍する凄腕のラタトスクちゃんね」
「私達三人とその人でシンフォニアの応接室で御茶菓子を楽しんでいる時に彼女が何気なく話題に出したのよ」
「――――。ふぅん、そっか」
何だろう、今の会話に物凄く違和感を覚えたんだけど……。
恐らく彼女達がこの信憑性の欠片も見当たらない眉唾な話を信用したのは確固たる地位にある人から放たれたものだから。
誰だって信に値する人からの言葉なら信用するからね。
しかし、その確固足る地位に就く人が確証も無い噂話を放つのだろうか……??
俺が違和感を覚えたのはそこだろう。
だけど女の人はこういった類の話が好きだし、その人を知らぬ俺に確かめる術は無い。それに王女が仮に酷い状態に陥っているとしても一庶民である俺には全く関係の無い話ですからね。
「お待たせしました――!!!!」
大変お腹が空く香りを放つ料理を店員さんが運んで来ると、奥歯に挟まっていた違和感がたちどころに消失してしまった。
今は眉唾物の噂話にヤキモキするよりも、素敵な効用を与えてくれる食に没頭しましょう!!
「御飯大盛のカルリーはどちらへ??」
「そっちの野郎へ置いてあげて」
あのね?? もう少し言い方ってもんがあるでしょ??
「あはは、酷い言い方ですねぇ。はい!! それでは引き続き御楽しみ下さい!!」
「待ってました!! さぁって……。食べるぞ――!!!!」
配膳された料理に対して意気揚々となる彼女とは対照的に俺は全く身動きが取れなかった。
「えっと……。ドナさん。これは食べ物なのでしょうか??」
大きな木製の皿の上に横たわっている粘度の高い茶褐色の液体を指差してやる。
「は?? 当たり前じゃん。美味しいわよ??」
これが……。美味しいのか……??
言い方は大変悪いが、上手そうな御米に掛かっているカルリーと呼ばれる物は老廃物と認識出来るであろうアレに物凄く形が似ている。
しかし、ピリっとした香辛料が多く含まれているのか。姿形はアレと大変似ていてもその実匂いはかなり良い。
「先に食べるわよ?? 頂きま――っす!! はむっ!! ん――っ、んまいっ」
う、うぅむ……。匂いも良ければ味も良いのか。
彼女は一切躊躇する事無くカルリーと呼ばれる物を御飯と一緒に含み美味そうに咀嚼している。
只、香辛料がちょいと効いているのか。
「旨辛!! ちょっと舌が参って来たらお水で回復――っと」
机の中央に置かれたやかんを手に取ると、先程俺にぶん投げたコップに水を注ぎ額に汗を浮かべながら美味そうに飲んでいる。
口に入れた瞬間に吐き出すかと思いきや美味しそうに咀嚼する辺り、人間が口に含んでも大丈夫な品であると判断出来ますが……。
必要なのは最初の一歩を踏み出す勇気だな。
「ふ、ふぅ――……。大丈夫、これは美味しい食べ物だ。なぁんにも心配する事は無いんだぞ……」
頭は安全な品だと判断しても肝心要の体が拒絶して一切動こうとしないので、己が体に優しく語りかける様に食の安全性を説いてあげた。
「大袈裟な奴。まぁ私も最初は躊躇したし、分からない気もしないけどね」
「そ、そ、それでは頂きます……」
鉄製の匙に御米と少しのカルリーを乗せ、ギュッと目を瞑って良い香りを放つアレ擬きを口の中に投入してあげた。
「――――――。うっまぁぁああい!!!!」
お、おいおい!! 嘘だろ!? 滅茶苦茶美味いじゃん!!
トロっとした粘度の高いカルリーが舌の上に乗った瞬間に辛みと旨味が混ざり合った風味が溶け出す。
丁度良い塩梅の塩気と仄かな甘味の御飯を混ぜ合わせて咀嚼すれば食欲が増し、体が無条件で匙を動かして次の一杯を掬い取ってしまう。
鼻から抜けて行く辛みを含ませた香辛料の匂いが活力を生み、口の中一杯に広がる嬉しいピリっとした辛さが猛烈な勢いで咀嚼を促す。
このまま一気苛烈に食い終えるかと思いきや、俺はまだまだカルリー初心者らしい。
「からっ!! んぐっ……。んぐっ……!! ぷはあっ!!!!」
木製の皿の端に匙を一旦置いてコップに満たした水を一気に飲み干して辛さに参り始めた舌を綺麗にしてあげた。
舌が不慣れな触感と初めての辛さにきっと驚いちゃったのでしょう。
額に浮かぶ汗を手の甲でクイっと拭うとある事に気付く。
「ふふん。水とカルリーって異様までに合うと思わない??」
そう、俺の正面の席で意味深な笑みを浮かべる彼女が話した通り。辛さでちょっと参っていた筈なのに水で一度その辛みを解除するとまた食べたくなってしまったのだ。
「あ、あぁ。不思議と食べたくなる気持ちが湧いて来るよ」
「不思議よねぇ――。どちらかと言えば辛過ぎる料理なのに水でそれを洗い流しちゃうとまた食べたくなるなんて」
「その意見には同意するよ」
ドナに対してニッと快活な笑みを浮かべると再びカルリーを匙で掬い、勢い良く口の中に運んであげた。
く、くぅっ!! この辛みが堪りませんな!!!!
辛さと旨味、そして水の潤い。
交互に訪れてくれる幸せな感触を味わう様に噛み締めて楽しい食事は進んで行ったのだった。
お疲れ様でした。
一万文字を余裕で越えてしまったので分けての投稿になります。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。