第五十五話 予想とちょっと違ったお出掛け
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
本日も変わらず心と体が参ってしまう様な強烈な日差しが大地を温めている。地表面の温度が上昇すれば漂う空気は熱波となり人々の体力を奪い、猛烈な暑さが体中の水分を奪う。
人間が活動出来る限界の温度。
それは間違いなく生命活動に支障をきたすだろう。しかし、今の俺にはちぃぃ――っとも苦にならない。
何故ならぁ……。
「え、えへへ!! 今日は楽しいお出掛けだね!!」
そう!! 紆余曲折あったがきゃわいい女の子と和気藹々と過ごす事になったからです!!
昨日の夜は遠足を心待ちにしている餓鬼宜しく寝つきが悪かった。
つまり、俺の心と体はそれだけドナとのお出掛けを楽しみにしていたのだろう。
誰にでも分け隔てなく快活に接する姿は健康的に焼けた肌に誂えた様に似合う。大きなオレンジ色の瞳に美味しそうに育ってくれた双丘、そして整った四肢。
これまで何度か一緒に飯を食いに行ったが彼女が浮かべる明るい笑みはそれ相応の破壊力を備えており、他の席からの男性の視線を度々感じた。
まぁ――有名な店の受付嬢って事もあるかも知れんがそれでも人の目を集めるのは確かだ。
そんな人の目を集めてしまう彼女との初めての長いデート。
これで心躍らない奴が居れば見てみたいものさっ。
「ふんっ。余り長く出掛けるなよ?? 明日からの仕事に支障が出る恐れがあるからなっ」
ハンナが苦虫を食い潰したような顔を浮かべて俺に釘を差す。
「あのねぇ……。そんな事を一々気にしていたら女の子とお出掛け出来ないよ?? お前さんも里に戻ったらクルリちゃんとデートするんだし。今の内に改めておけって」
人口密度が高過ぎる表通りでは無く、慎ましい人通りが目立つ裏通りを歩みつつ相棒の肩をポンっと叩いてやる。
「ク、クルリは関係無いだろ。俺は今、お前の態度を咎めただけなのだから」
「はいはい、真摯に受け止めておきますね――。おっと、もう直ぐ右折だったな」
東大通り沿いの裏道を北上して地元の方々御用達の飲食店街を突っ切り、桃源郷へと向かって右折。
一歩、また一歩目的地に近付くにつれて心が陽性一色に染まってしまった。
「俺達が出掛けている間、ちゃあんといい子にしているんですよ??」
相棒を一人宿に残して出掛けても良かったのだが……。
『帰りが遅い。俺は腹が減った。さっさと飯の用意をしろ』
楽しいデートの後に嫌な顔を浮かべて飯を催促されたら叶わんと考え、出不精の彼を説得して無理矢理連れて来たのだ。
自分一人で飯の世話位出来ると言っていたが……。ど――せ俺の目が無い事を良い事に部屋でグダグダと過ごす事が目に見えている。
街は王誕祭で異様な盛り上がりをみせているので例え出掛けたとしてもたった数秒で巣に戻ってしまうでしょう。
ある程度の楽しさを与え尚且つ腹を満たしてくれる。
彼女達の家に腹ペコ白頭鷲を預けるのは意外と理に適った行動なのかも知れない。
「喧しいぞ。俺は頑是ない子供では無い」
「はいはいっと。んぉ!! 見えて来たぜ!!」
前方に見覚えのある木造建築物を捉えると心がキャァッ!! っと嬉しい悲鳴を上げてしまった。
さぁ――、いよいよ伝説の幕開けだ!!
今日一日遊び尽くしてやるからな!!
「こ――んにちは――。ダンちゃんの到着ですよ――!!」
ウッキウキの状態で良い感じに経年劣化した扉をノックしてやる。
うふふっ、高揚しきった心の空模様が声色に出ちゃった。
自分でもちょっと気持ち悪いなぁと思う声は他人から聞くと余程奇妙に聞こえたのだろう。
「……」
左隣りで立つ相棒の目が汚物を見る様な目に変貌しちゃったし。
その瞳から逃れる様にサッと視線を逸らし、地面に転がる適当な石に焦点を合わせていると。
「いらっしゃい。悪いけどもうちょっと待ってくれる?? ドナが出発の準備に遅れていて……」
私服姿のレストが扉を開いて現れ現在状況を簡易的に教えてくれた。
「別に構わないよ。それと……。本当に申し訳無いんだけどコイツを預かってくれ」
ハンナの肩をポンっと叩く。
「ふふ、それは寧ろ喜んでお引き受けします。ハンナさん、不束者ですが宜しくお願いしますね??」
「あ、あぁ。宜しく頼む」
二人の視線が宙で柔らかく接触すると何だか物凄――く良い雰囲気になってしまう。
おいおい、お前さんには大切な恋人が居るんだから変な気を起こすんじゃないよ??
言う事を聞かない子供を叱り付ける要領で相棒の尻を蹴飛ばしてやろうかと考えていると、鼓膜がびっくりしちゃう声量が聞こえて来た。
「だぁ――!! 何んとか間に合ったわよ!!!!」
もしもしお嬢さん?? 午前一番に放つ声ではありませんよ??
素直な驚きともう間も無く現れる彼女の姿を期待する複雑な心情でその時を待った。
「いよぅ!! お待たせっ!!」
普段通りの快活な声を上げながら活発な女性が扉から跳ねるように出て来た。
膝丈までのちょいと冒険心溢れる薄い青色のスカートから覗く足ちゃんが目に嬉しく、薄手の上着を着用しているがそれでも上着の中の白の半袖のシャツを内側からキュムっと押し上げる双丘が俺の心を揺らす。
お出かけ用に右肩に鞄の紐を掛け、上空で明るい放つ太陽も思わず満点を叩き出してしまう笑みを浮かべていた。
ほほぅ……。これはまた心躍る姿ですなぁ。可能であれば時間が許す限り眺めていたいさ。
「ん?? 髪型変かな??」
俺の視線の意味を間違えて捉えたドナが細い指先で前髪を弄る。
「良く似合っているよ。ってかいつもと変わらないじゃん」
「うっわ、女の子にそういう事言うの?? まぁいいや、レスト!! 留守番宜しくね!!」
「はいはい……。大声で言わなくても聞こえているから……」
「うっし!! それじゃあ出発しましょう!!」
ドナが俺の手を取ると弾む様に大通りへと向かう。
「お、おう。ハンナ!! ちゃあんといい子にしているんですよ――!!」
「喧しいぞ!! 馬鹿者が!! さっさと行って来い!!」
も、もうっ。もう少し気の利く台詞で送り出してくれてもいいじゃないの……。
レストの仕方がないなぁっと微妙に呆れた視線と、ハンナのぶっきらぼうな視線を共に浴びて楽しい御出かけが始まった。
「さてさて、先ずは何処へ向かうのかい??」
彼女の性格からして恐らく食べ物関係でしょうね。
本日は南大通りに数えきれない程の屋台が出店しているからそこへ目掛けて鼻息荒く、そして肩で風を切ってズンズンと進んで行くのでしょう。
「そりゃ当然……。服屋よ!!!!」
あ、あらら?? 俺の予想とは真逆の答えが出て来たぞ。
「服屋?? 服を買ってもお腹は膨れないよ??」
「あんた私の事をなんだと思っているのよ」
『暴力上等でよくお腹を空かせている活発快活受付娘です』
「普通の優しい女性だと考えております」
心にパっと浮かんだ真逆の感想を伝えてあげた。
「ふんっ、怪しい口調ね。今日食べに行く所は粗方決めてあるのよ。腹は直ぐに膨れるけど……。服の在庫は直ぐに無くなっちゃうからね!!」
「成程……。祭日を良い事に服屋も値下げしているのか」
恐らく、というか今の口調と歩調が正答を射貫いているでしょうね。
「その通りッ!! ほら、もう直ぐ着くから早く来い!!」
質素な家々が立ち並ぶ裏通りから人で溢れ返る東大通りに出ると周囲から浮いてしまう速さで目的地へと歩んで行く。
「へ――へ――。仰せのままにっと」
普段よりも人通りが呆れる程に多い歩道の上を心急く思いで進んで行く彼女の背に続いていると。
「着いたぁ!!」
ドナがとあるお店の前で勇ましい歩みを止めた。
「ここが目的地??」
えっと……。お店の名前は『オースト』 ね。
横幅の広い家屋の造りで店先には太陽の光を浴びて美しい姿を強調している女性物の服が飾られており、開かれっぱなしのお店の扉の中からは。
「いらっしゃいませ――!! 本日限定の品はまだまだ沢山御座いますからね――!! 二割、三割引きは当たり前!! さぁさぁどんどん手に取って下さいね!!!!」
「ちょっと!! 私が先にそれを取ったんだけど!?」
「はぁっ!? 何処に目を付けてんのよ!! 私の方が先だったじゃん!!」
店員さんと思しき女性の軽快な声と利用客であろうと考えられる女性達の覇気ある声が轟いていた。
その様子を確かめる為、そ――と店内を覗くと……。
そこは正に女の戦場であった。
「私が先に選んだのよ!! この服は!!」
「あんたの体型じゃ着れないでしょ!?」
「な、何ですって!? もういっぺん言ってみなさいよ!!」
う、うぉぉ……。すっげぇ熱気だな。
女性客達が放つ圧が店内の熱気を温め、ここからでも景色が揺らいでいるのが容易に確認出来てしまった。
「――――。ド、ドナ。あそこは男が足を踏み入れちゃイケナイ女の戦場だ。俺はここで後方待機するよ」
女達の金切り声と覇気ある圧に思わず一歩引いてしまう。
「駄目よ!! 男の人が居た方が喧嘩にならないし、それと何より私が手を出すのを抑えてくれる人が居ないと」
え?? ちょっと待って??
お客さんを殴る前提で君は俺を連れて来たのかい??
「ってな訳でぇ!! いざ、戦場へしゅぱ――つっ!!」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!! お母さんは行くと言っていませんよ!?」
流行りの服を求める娘に仕方がなく付いて行く母親の台詞を吐くと熱気と怒号が渦巻く戦場へお邪魔させて頂いた。
う、うぅむ……。人が多い事は話し声と熱気で理解出来たがまさかうら若き女性達がここまでの圧を放つとは思っていなかったぞ。
「こ、これは安い!! 絶対に買いね!!」
淡い桜色のシャツを手に取った女性が鼻息を荒くして満足気に頷き。
「よ、良かったぁ!! まだ売り切れていなかった!!」
水色の長いスカートを大事そうに己が胸に仕舞い込んで幸せな吐息を漏らす女性もいる。
皆等しく人の姿をしているが中には……。
「ヤ、ヤダッ!! これって超お値打ちじゃない!?」
「人の姿で買いに来ても良かったけどぉ。やっぱりこっちの姿でも似合う服も欲しくなるもんねっ!!」
普段見かける大蜥蜴よりも全体的に丸みを帯びた大蜥蜴ちゃん達の姿も確認出来た。
はぁ――……。なんで女って生き物はたかが服装に異様なまでの固執するのだろう??
俺と相棒は外観よりもどちらかと言えば機能性を重視する。勿論、日常生活をする中で浮かない程度の外観は必要だけど……。
「あったぁぁああああ!! あはっ!! ダン!! 売っていたよ!!」
女戦士達の機嫌を損なわぬ様、店内の比較的安全な場所で待機しているとドナが嬉しそうな声を上げて一着の服を持って来る。
「その長いスカートを求めていたのかい??」
「そうそう!! この日限定で売り出すって情報をとある伝手を使って入手しましてぇ。今日は絶対この店に寄るんだって決めてたもん」
「そっか。そのとある伝手が多大に気になるけども取り敢えず確保出来て良かったじゃないか」
ニッコニコの笑みを浮かべているドナへ普段通りの口調でそう話す。
「うん!! 後は適当に見繕ってぇ、そして試着ね!!」
「じゃあ俺は他の人の迷惑になるといけないから外に出ているよ」
それじゃっ!! またな!!
竹馬の友に送る別れの挨拶を告げると体を百八十度回転させて、お店の出入口へと体の真正面を向けるが……。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。服の感想も聞きたいからその願いは却下ね」
「ぐぇっ!!」
意外と力持ちのドナに襟を掴まれてしまい、服の襟が美味しそうに俺の喉元を食んでしまった。
「か、勘弁してくれよ……。ここまで人が多いと人に酔っちまうって」
「情けない台詞吐くな!! 大体、ダンは女の子が好きなんでしょ?? それならここは正に天国じゃない」
い、いやいや。それはあくまでも日常生活の中での女性の姿を好いているのです。
少なくとも。
「ちっ……。これは流石にそこまで値下げしていないか……」
「あぁ、くっそう。今日安くなるのならもう少し我慢すれば良かったじゃない」
「あ――……ムカつくぅ。あの女ぁ……。私が狙っていた服を横取りしやがってぇ……」
地獄の底で暮らす悪魔達がペタンと腰を抜かしてしまう恐ろしい顔の女性を追い求めている訳じゃないのよ。
こっわ!! 皆さん、すべからくこっわ!!!!
もう少し眉毛の角度を柔和に、そして鼻の怒りの皺を無くして下さい……。
「天国というか……。周りの女性の表情を見てみろよ。ここは地獄の一丁目で行われている拷問器具の大安売り大会だろ」
「あはは、上手い例えね。ウ――ン……。このシャツを合わせてぇ……。おぉ!! 丁度安くなっているじゃん!!」
絶対俺の話を聞いてないわよね??
誰にでも分かり易い疲労を籠めた疲労を吐くと、綺麗に折り畳まれている服達が陳列されている棚に食いつく様にしているドナの背中を呆れた瞳の色で眺めていた。
◇
阿保の相棒と別れを済ませると俺はレストの指示に従い彼女達が暮らす家に通された。
「どうぞお入り下さい。ちょっと狭いけどそこは目を瞑ってくれると嬉しいかな」
「お邪魔する……」
随分とよそよそしい所作で慎ましい大きさの扉を潜り抜けて先ず目に入ったのは正面の机だ。
三名が暮らす家に誂えた様な大きさ、手前側に二つの椅子が配置され反対側には一つの椅子が設置されている。
入り口から向かって左手側には俺の膝丈程の高さの小さな机が置いてあり、それを対に囲む形で二対のソファが置かれていた。
木製の床は程よく痛み、天井にも生活感溢れる染みと汚れが目立つ。
この場所は過ごし易い場所であると体は判断したのか、不思議な事に家に入ったとほぼ同時に強張っていた双肩の力がふっと抜け落ちてしまった。
「えっと……。ミミュンはまだ上の階に居るから取り敢えずそこのソファにでも座って下さい。直ぐにお茶を持って来ますから」
「あ、あぁ。分かった」
レストの言葉に従い、使い古されたソファに腰掛けた。
ほぉ……。見た目は悪いが座り心地は悪くないな……。
「ふふっ、良い座り心地でしょう?? 三人でこの街の中を探し回って漸く見付けた品なの。安くて尚且つ使い易い。私達の要望に応えてくれる品が見つからなくて苦労したんですよ」
「そうか。それは大変だったな」
「私達の苦労を感じつつ寛いで下さいね」
彼女が軽い笑みを浮かべると部屋の奥にある扉へと向かいそのまま姿を消してしまった。
あの奥が台所、なのだろうか??
彼女が消えた扉の左手には二階へと続く階段が見える。恐らく、二階部分に彼女達の部屋があるのだろう。
日頃の疲れからか、それとも女性しか存在しない家に身を置いている緊張感からか。
得も言われぬ感情を胸に抱いてそこかしこに視線を送り続けていると。
「あぁ!! ハンナさんだぁ!!」
受付の一人、ミミュンがパタパタと呑気な足取りで二階から下りて来た。
「邪魔している」
「いらっしゃいませ!! どうですか?? 私達の家は??」
俺の正面のソファに腰掛け、随分と寛いだ姿勢でそう話す。
「過ごし易い。それが素直な感想だ」
「あはは、何だか硬い口調ですねぇ。ダンみたいにもっと砕けた言い方でもいいんですよ??」
「奴と俺は性格がまるで違うからな。それに俺は他人と気さくに話す術は持たぬ」
里の戦士となるべく幼い頃から己に厳しい課題を課して育って来た。成長する過程でダンの様な類稀なる処世術や話術は不要な物と判断して排除した。
その結果、俺は強くなり里の戦士となったのだが……。
奴と共に過ごしているとあの砕けた性格が本当に、偶に、稀に!! 羨ましくも見える時もある。
分け隔てなく人と接し、柔らかい話術から必要な情報を聞き出し、生まれ育った環境とは違う場所でも直ぐに順応してしまう。
俺は俺の戦場で強さを磨き。奴は奴の戦場で生きるという術を学んだ。
身を置く場所が違う者同士が出会い共に新たなる地へと旅立ち今に至る。
そして俺は……。今の状況に満足していた。
視線を動かせば新しい発見があり、体を動かせば直ぐに難しい課題に衝突する。
難題の解決策は俺一人では到底解決に至らないものばかりで困るが、奴と共になら何でも解決出来てしまう様に思えてしまう。
これが奴の言う冒険の醍醐味。そしてそれを満喫する中で新たなる強さを求めるのだ。
旅立つ事に対して頭を抱える程悩んだが、今の俺を見る限り生まれ故郷を出た事は正解だったのだろう。
「これから学べばいいんですよ。ほら、先ずは私とお喋りしましょう??」
「会話か?? 何を話せばいいのだ」
「何を……。う――ん……。そうですねぇ。じゃあハンナさんがこっちの大陸に来て驚いた事を教えて下さいっ」
軽く右手を上げて問うて来る。
「先ず驚いたのは暑さだな。肌を刺す痛みの日光の強さ、そして網膜が焼けてしまう様な強烈な明るさ。気温には慣れ始めたが日の強さに慣れるのには相当な時間が掛かりそうだ」
「成程成程ぉ。ハンナさん達は北のアイリス大陸から来たって言ってましたし。暑さに不慣れなのは大変ですよねぇ」
「あぁ、そうだ」
柔和な笑みを浮かべている彼女に一つ頷いてやる。
本当はここから北東方向にあるマルケトル大陸が俺の出身地なのだがな。
「それじゃあ気になっている事はありますかっ??」
「気になっている事?? それは何でもいいのか??」
「えぇ、構いませんよ――。私が答えられる範囲でなら何でもお答えしましょう!!」
簡単そうで難しい質問を投げかけて来たな……。
「……」
この大陸に訪れ、奴と共に過ごして来た中で疑問に思った事を羅列的に並べていくとある事柄がその先頭に躍り出た。
「――――。ラタトスクとは一体どのような姿をしているのだ??」
これが今一番疑問に思う事だ。
その存在自体は知っているが姿を見た事が無いのだから。
「へ?? 私達の魔物の姿が気になるのですか??」
「あぁ、姿形を見た事が無いからな」
「なぁ――んだ。そんな事が気になっていたんですね。いいですよ、ちゃちゃっと変身しちゃいます!!」
ミミュンの体から淡い光が放たれその数秒後、俺が疑問に感じていた答えが目の前に現れた。
「じゃじゃ――ん!! ど――ですかっ?? 私の魔物の姿は!!」
女の柔肌は濃い茶色の毛に覆われ、顔の一部そして指先にも柔らかそうな毛が覆う。
頭頂部から二つの丸みを帯びた耳が生え、人の縦に伸びた鼻の代わりに犬の様な丸い鼻がヒクヒクと可愛らしい動きを見せる。
大きさは人の姿の時と一切変わらぬが彼女の背から覗くフサフサの尻尾が人に好感を与える動きを見せていた。
「ほぅ……。魔力自体は強くないが珍しい姿だな」
強いて言い表すのなら栗鼠を擬人化した姿、とでもいえばいいのか。
「余り人前では見せないですからねぇ」
「それは先日言っていた差別の目が突き刺さるからか」
「そうです。私達の事をよく思っていない人達は一定数いますから」
「世知辛いものだな」
「それが今の社会に渦巻く環境なんですよ」
明るい雰囲気に陰りが見え始め会話が徐々に減って行くと、先程茶を取りに行ったレストが戻って来た。
「あら、ミミュン。その姿に変わってどうしたの」
右手に盆を持つ彼女が驚いた様子で話す。
「ハンナさんが私達ラタトスクの姿をどうしても見たいっていうから見せてあげたの」
どうしてもとは伝えていないが??
「あら、そうだったの。驚きましたか??」
「いや、そこまで珍妙な姿では無いので然程驚かなかったぞ」
「ふふ、良かった。ハンナさんが驚かなくって。これ、先日頂いた自爆花の葉から煎じた御茶です。宜しかったらお飲み下さい」
ほう!! あの美味い御茶か!!
ギュルズ殿の家で出された味を思い出してしまったのか、心が直ぐに明るい色に包まれてしまう。
「やったぁ!! この御茶凄く美味しいんだよね!!」
ミミュンが茶の毛に覆われた指先を器用に扱い、コップを手に取り美味そうな音を奏でて飲んで行く。
「ハンナさん達が死ぬ思いで採って来たんだからもう少し味わって飲みなさいよ……」
「ぷはっ!! はぁ――……。美味しいっ」
「あぁ、仄かな甘味とまろやかな舌触りが心地良いな」
「お食事はもう暫く後に出しますのでそれまで我慢して下さいね」
「あぁ、了承した」
素直な感想を述べて茶の風味と会話を楽しむ。
「所でぇ、私も気になっていた事があるんですけど。尋ねても宜しいですか??」
ミミュンが机の上にコップを置くとやや気まずそうな表情で問うてくる。
「構わん」
「そっか!! えっと、ハンナさんの魔物の姿を見せてくれます?? ほら、白頭鷲?? だっけ。それは知っているんですけどどんな姿なのかなぁって気になっていますので」
「――――。この家の中では到底収まり切らない大きさになってしまうから無理だな」
周囲を見渡した後、それは不可能であると静かに伝えた。
「え?? そんなに大きいの!?」
「あのねぇ……。自爆花の採取に向かった時、私達の予想よりも早く帰って来たでしょ?? その事から察しなさいよ」
ミミュンの隣に腰掛け、茶の味を楽しむレストが呆れた口調で話す。
「ダンを乗せて飛んだの!? じゃあ私達も乗せて下さいよ!!」
ミミュンが勢い良く立ち上がると俺の隣に腰掛け、何かを請う様な瞳で見つめて来る。
「ちょっ……。もう少し離れてはくれないか??」
「えへへ――。ハンナさんって押しに弱そうですからねぇ。乗せてくれるって言ったら離れてあげますよっ」
離れてくれと懇願したのに俺の左腕に柔らかい体をやんわりと接着させ。
「それにぃ。この姿になると嗅覚が強くなっちゃって……。スンスンッ。ハンナさんって男の人って匂いですよねぇ」
あろうことか人の許可も得ずに匂いまで嗅ぎ始める始末。
「す、すまんっ!! 少し離れるぞ!!」
「きゃっ」
彼女の拘束を解除すると安全地帯を求めて反対側のソファへと勢い良く座った。
「あはは。ミミュンの絡みが厄介なんだって」
「酷い事言うなぁ――。まぁいっか!! 今日はたぁくさん時間があるんだし。時間を掛けてハンナさんを攻略してやるゾ!!」
「す、すまない。不必要な接近は避けてくれると助かる……」
明るいラタトスクの言葉を受け取ると同時に頭の中に頭痛の種が芽を咲かせてしまった。
ダン、頼むから早く帰って来てくれ……。俺の力ではこの小動物を御す事は叶わん……。
俺が持ち合わせている拙い会話術では到底御せぬ事を悟り、俺の体を捉えて喜々とした小動物の瞳を受け取ると背に嫌な汗が一筋流れ落ちて行った。
お疲れ様でした。
予定では後一、二話程度で日常パートが終わり新しい依頼が始まります。今暫く彼等の日常を温かい目で見守って頂ければ幸いです。
さて、間も無くお盆休みがやって来るのですが皆様のご予定は既に決まっていますか??
私の場合は……。そうですね。慎ましいお出掛けと膨大な数の言葉を光る箱に打ち込む作業が待ち構えている感じですかね。
夏を満喫しに出掛けたい反面。投稿も続けなければならないという謎の使命感も同時に存在しています。
休めそうで休めないお盆休みになりそうですね。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!
夏の暑さで凹んでいる体に嬉しい知らせとなり、執筆活動の励みとなります!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




