第五十話 その花、危険につき取扱いに御注意 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
人体の肌を焼き焦がす強烈な日光は森の木々によって遮られ心休まる柔らかな影が森の中一杯に広がり快適に過ごせている。
風は産毛をそっと撫でる程度に吹き汗を乾かして、何処からともなく聞こえて来る鳥達の清らかな歌声が徐々に高まる緊張感を鎮めてくれる。
これから死と隣り合わせの行動に移ろうとしている俺に対して贈られた大自然からの有難い餞別。
それを大切に噛み締める様に眺めていると相棒がちょいと硬い口調で話し掛けて来た。
「ダン、これを腰に巻け」
「わ――ってるよ。自然豊かな風景がこれで見納めになるかも知れないから眺めていただけじゃないか」
ハンナから使い古された太い縄を受け取ると腰にぎゅっと巻いてその時に備えた。
本日の天候は空に漂う雲が時折太陽の光を遮り適度な気温を保ち、森の外から中に吹き込んで来る風の強さはいつもと比べて微弱。
埃と塵が含まれた乾いた風も吹かなければ、瞼に襲い掛かって来る汗を噴出させる気温でも無い。
今日という日を逃せばいつやって来るかもか分からない自爆花の実の採取にうってつけの好環境だ。
「安心しろ。俺が異変を捉えたら直ぐにでも万力で縄を引っ張ってやるから」
「それと、俺の合図も決して見逃すなよ?? 数舜の遅れが死に繋がるんだからさ」
「これ以上の作業は危険と判断したら俺に向かって布を振る……、だったか」
「その通りっ。俺が俯せの状態で布を振ったら直ぐに引っ張ってくれよ??」
左の腰付近に巻き付けてあるイイ感じにくすんだ布にポンっと手を当てて話す。
「白頭鷲の目は全てを見通す。例え離れていたとしても貴様の所作、自爆花の異変は見逃さん」
お前さんは気楽でいいよなぁ……。安全地帯から見守るだけでいいんだから……。
「頼りにしているぜ、相棒」
ハンナに向かって右の拳を差し出すと。
「ふっ……。貴様の爆散した遺体を拾い集めるのには苦労しそうだな」
洒落にならない冗談を放つも俺の右拳にトンっと合わせてくれた。
「死神様がお迎えに来ない様、慎重且丁寧に作業を開始しますっ!!」
自爆花が自生する位置から随分と遠い場所で俯せの状態へと移行。
「気を付けろよ」
「おうっ、じゃあ行って来るぜ!!!!」
相棒の真に友を労わる口調を力に変えて超カッコイイ匍匐前進を始めた。
「ふっ……。よっと……」
きっとこの動きを見たら蟻さんも。
『お、おいおい。俺達よりも遅い動きで何処へ行くんだい??』 と。
小さな御目目ちゃんをキュっと見開いて驚く様を見せてくれるでしょう。
本当はもっと速く移動したいんですよ?? でも、これ以上の速さで向かうと気分屋で気紛れ屋で大変臆病な自爆花達の気分を害してしまうのです。
隠密行動を得意とする夜鷹のハインド先生から受け賜った言葉。
『気配を消す為には自然と同化するのだ』
この言葉の意味が今なら分かる気がするぜ……。
己の呼吸、気配、生命の鼓動すらも消失させて自然と同化すれば例え姿形が相手から見えたとしても森の中に生える木と何ら変わりなく映る。
森の中に違和感を生じさせるのではなく天然自然に溶け込む。
これこそが究極の隠密であると、彼は俺に教えたかったのでしょう。
有難う御座いますハインド先生。
今俺は漸く貴方が伝えたかった事が理解出来ましたよ。
息を殺して自然と一体になりつつ進んで行くと。
「気色悪い動きだな……」
俺とハインド先生の真意を全く汲み取っていない相棒の的外れな言葉が背を襲いやがった。
後で説教ブチかましてやるからそこで待っていろ。そして、実が採取出来たとしてもアイツには絶対やらん。
相棒の阿保な台詞を受けても心乱される事無く森の中を移動し続け、自爆花が自生する開けた空間に出る手前で一旦動きを停止させてそ――っと様子を窺う。
『『『……』』』
俺の動きが完全完璧過ぎるのか将又本日の天候がお気に召しているのか。
自爆花達は静かに佇み思い思いの時間を過ごしていた。
よ、よぉし。初手は完璧じゃないか。
後はアイツに向かって……。
「……」
鼻で呼吸するというよりも、全身の肌で呼吸をする感じで目星を付けておいた自爆花を探す。
おぉっ!! 居た居た!! 今日もぼぅっとして佇んでいますね!!
他の蕾ちゃん達よりも注意散漫な個体を見付けるとその方向へ向かって進み始めた。
人間と魔物にも個体差がある様に、自爆花達にも僅かながらに個体差がある。
俺の吐息だけに敏感に反応する個体も居れば、声だけに敏感に反応する個体も居る。そして、気配察知能力に劣っている個体も存在するのだ。
自爆花達を観察し続けて七日目で漸く掴んだこの事実をハンナに話すと。
『本当か?? 俺にはどの個体も同じように見えるのだが』
奴は猜疑心に塗れた瞳で俺が導き出した答えを跳ね除けてしまった。
目では微弱な反応の差を捉えられぬ。要は自爆花と心を通わせた者にだけしか捉えられない事実とでも言いましょうかね。
「……」
気配を捉える事に長けている優秀な自爆花達の中に紛れた劣等生へ向けて進み、そして漸く手が届く位置にまで到着する事が出来た。
よ、よぉぉしっ。死と隣り合わせの作業を開始しますか……。
触れたら傷付いてしまう女性の柔肌に触れる様に叮嚀に、そして本当に優しく自爆花の蕾に指を添えた。
『……』
お、おっ!!!! ちょいとフルっと振るえましたけども!!
爆発するような素振は見せませんでしたね!!
きっとこの子は俺に触れて貰いたくてこの数日間ずぅぅっと待っていたのでしょうっ。
安心しなさい。俺が君の恥ずかしい場所を赤裸々に御開帳してあげますからっ。
ギュルズさんに教わった通り、蕾の頂点から実を包み込む葉を遅々足る所作で捲り始めた。
へぇ……。もう少し抵抗があるかと思ったけど案外すんなりと剥がれるもんだな。
銀杏の葉の様にちょいと湿り気がある葉を捲り、静かに剥し終えると腰に備え付けてある革袋の中に仕舞う。
この葉っぱ一枚でも銀貨五枚の価値があるのだ。例え実の採取に失敗しても報酬が出る様に少しでも多くの戦果を持ち帰らないとね。
俯せの状態で静かに革袋の中に葉を仕舞い終えると再び葉の除去作業に戻る。
一枚、また一枚。
時計回りの順で一番外側の葉を捲り終えると、外側の葉よりも瑞々しい内葉が現れた。
まるで生まれたての若葉を彷彿とさせる新緑に心がホっと安らぐが……。
『……』
この子はあくまでも俺の命を断てる恐ろしさを秘めているのだ。
油断は禁物ですよっと。
外側は時計回り、そして内側の葉は反時計回りで剥すんだよな??
ギュルズさんに教わった通り慎重に頂点の葉を捲り終え、そして反時計回りの要領で次の葉を捲るが……。
蕾からは何の反応も見られなかった。
よっしゃぁああ!! 順調に作業が進んでいるではありませんか!!
万が一、少しでも蕾が震え始めたら即刻退却の合図を出そうと考えていたけど……。蕾が静かに佇んでいる姿に胸を撫で下ろした。
そして瑞々しい内側の葉を全て捲り終えると漸く件の獲物が眼前に現れた。
これが自爆花の種子、ね。
幼子の拳大程の大きさの黒ずんだ種子が茎にしっかりと密着しており少々の力では外れないだろうと容易に看破出来る。
種子の外皮は経年劣化した梅干しの様に深い皺が目立ち、その外観からはギュルズさんが言っていた神々の頬を蕩けさす甘さがあるとは到底思えなかった。
匂いも全くしないし、お粗末にも綺麗だとは思えない外観。
もしもこの種子が店頭に並べられ、値札に金貨二枚と書かれていたら誰も手に取らないでしょうね。
こんな物の為に大枚叩く奴の気が知れねぇよ……。
息を顰めて地面に肘を立てたまま種子の頂点と下部、そして種子の左右の腹にほぼ同時に指を添えた。
『……』
う、うん。見事なまでに無反応ですねっ。
誰がこの解除行程を見付けたのか知らないけどその根気良さに脱帽しちまうよ。
だがここからが一番難しい作業だ。
教えられた行程だとこのまま百八十度、時計回りに捻って外すんだよね??
右肘を地面につけたままで……。んで、左腕の肘を浮かせて。
左手を時計回りに捻って行けば自ずと外れると考えられますがこの所作だと蕾を前後に動かしてしまう恐れがあるな……。
最終最後の行程にして最も根気と慎重さを要求される作業に辟易しちまうよ……
「……っ」
右肘を地面にしっかりと固定させ、左肘を浮かせて遅々足る所作で種子を捻る。
動き出しは物凄く硬かったが捻って行くに連れてその硬さが減少。
普遍的な花弁から種子を取り出す様な柔らかさを手に感じ取り、気の遠くなる様な半回転が終了した刹那。
「……っ!?」
鼻腔にとんでもねぇ甘い香りが届いた!!
エ゛ッ!? 何!? この熟れた白桃みたいな香りは!?
その正体を確かめるべく、自爆花が群生する場所から後退して漸く外し終えた種子を見つめると。
「ッ!?」
う、う、うぉぉおおおお――――!! 何コレ!?
すっげぇ綺麗な色してんじゃん!!
黒ずんでいた種子は獲れたての新鮮な桃を想像させる程に淡い白と微かな桜色が混じった柔らかい色へと変化。
鼻腔に届く香りは此処が果樹園では無いかと錯覚させてしまう馨しい果実の香りを放つ。
しかも!! 刻一刻とその色は輝きを増し、更に甘い香りも強まって行くではありませんか!!
成程ぉ……。こりゃ確かに金貨二枚の価値はあるかも知れん。
まだその味を確かめていないけど、神々の頬を蕩けさせてしまうってのもこの匂いを嗅げば納得出来ちまうな。
苦労の果てに収穫出来た自爆花の種子を革袋の中に仕舞い終えると、取り敢えず『一個目』 の収穫を終えた事を相棒に伝えてやった。
「……ッ!!」
でかした!! そんな顔を浮かべていますね。
どうせなら俺達も食べてみたいし、そうなると仕事用と俺達用に最低でも三つの種子を採取しないといけない。
一つの種子を外し終えるのにかなりの時間を要してしまった。
風が強くなるのは数時間後だし、同じ要領で残り二つの種子をちゃちゃっと外し終えちゃいましょう!!
一度大きく息を吐いて体内に籠る興奮を吐き捨てると、新鮮な空気を取り込みカッと燃える興奮を冬の冷たい冷静さに上書きしてやる。
慣れた時が一番危険。
巷でよく言われているこの教訓をしっかりと噛み締め粗忽な作業とならぬ様に気持ちを改めると自爆花へ向かって再び蟻の行軍よりも遅い匍匐前進を開始した。
お疲れ様でした。
今から後半部分の編集作業に取り掛かりますので、次の投稿は恐らく深夜になるかと思われます。
今暫くお待ち下さいませ。