第四十九話 気紛れな貴婦人達が棲む森 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
本日も大変機嫌の良い太陽が浮かぶ青空から美しい光が木々の合間を縫って森の地面を優しく照らす。
その光に照らされた自爆花はそよ風に揺られ、森と同化する様に静かに佇んでいた。
あの花の危険性を知らぬ者にとってこの光景は心休まるものに映るかも知れないが、危険性を重々承知している者にとっては不気味に。そして背筋に冷や汗が浮かんでしまう程に恐ろしいものに映ってしまう。
ふ、ふぅぅうう……。ギュルズさんが言っていた様に天然自然の刺激では爆散しないようですね。
隣合う蕾同士が風で揺られて勢い良く触れても何ら変化は見られず、人知れず胸を撫で下ろした。
森と開けた空間の狭間からあの子達の観察を開始して、本日で五日目。
相棒と俺は自爆花の特徴を様々な角度から観察し、そして死と隣り合わせの状態で思いつく限りの実験を行った。多大なる精神と微かな寿命をすり減らした結果、自爆花採取に関して幾つもの有意義な情報が得られた。
その一。
こいつらはどういう訳か人間、或いは魔物が吐く息にも敏感に反応する。
自爆花が群生しているすり鉢状に凹んでいる大地の上を遅々足る匍匐前進で進み、息を殺した状態で茎をじぃ――っと観察していると微かに震え始めたのだ。
他の個体が震えていなかったのは恐らく俺の鼻息が一株の自爆花ちゃんの機嫌を損ねてしまった結果なのだろう。
その二。
自爆花との距離によって声量は制限される。
死をもたらす花から離れれば日常会話程度の音量は許容範囲だが、間近で普段通りに声を放てば即刻向こうの世界に旅立ってしまう。
間近で観察していた時、ふぅっと息を漏らしただけで一斉に自爆花が反応してしまったからね。
あの時は本気で死を覚悟したぜ。
その三。
蕾に触れる時にも細心の注意を要される。
相棒に制止されながらも女の柔肌に触れる様にそぉぉ――っと蕾に触れたのだが。その触れ方が気に食わなかったのか。自爆花がフルフルと微かに震え始めてしまった。
蕾にちょこんと触れたまま暫く動かないでいると機嫌を持ち直したのか、自爆花の震えは止まり俺の指に身を委ねてくれた。
その四。
野生生物には反応しない。
木の幹に隠れつつ自爆花の様子を窺い続けていると命知らずの小さなリスが群生している自爆花の中へ意気揚々と突撃して行く様を捉えた。
俺の命運も尽きた。
そう考えて祈る想いで背後へ向かって飛び退いたのだが……。待てど暮らせど爆発は起きなかった。
五月蠅く鳴り響く心臓を宥めつつ静かに立ち上がって背後の様子を窺うと、先程のリスは自爆花の花弁の上で美味しそうに木の実を齧っていたのだ。
野生動物には反応せず人と魔物にだけ反応するその原理は理解出来ないが、これも有意義な情報として己の脳内にキチンと保存しておいた。
これらの情報を統合すると……。
「報酬の羽振りがいい理由がよぉぉ――く理解出来たな」
自爆花から随分と離れた位置の野営地で慎ましい昼食を摂りつつ相棒にそう言ってやった。
「あぁ、そうだな。だがこの五日間で採取不可能では無いと判断出来る材料が集まったぞ」
息を殺して接近して、女性の肌に触れる様に優しく蕾に触れ。そしてギュルズさんに教えて頂いた通りの手順を踏む。
そうすれば自爆花の実を採取出来る。
採取方法は完全完璧に頭の中に入っているから問題無いけども、直ぐそこにある死に対して一切臆する事無く正しい手順を踏めるかどうかが問題だよなぁ……。
「そうは言うけどさぁ……。実行役は俺なんだよねぇ」
「ふんっ。臆病者が」
こ、この野郎!! 自分は採取出来ないからって良い事に滅茶苦茶言いやがって!!!!
「テメェ!! 少しは俺の身を案じる台詞を吐けよな!!」
地面に転がる小石を拾うと美味そうに米を食らう馬鹿野郎に向かって投擲してやった。
恐れを知らぬ戦士が何故後方待機になったのか。その理由はその五を聞けば分かると思う。
その五。
自爆花ちゃんは大変怖がりの性格の様で?? 強過ぎる魔力を持つ個体が近付くと。
『キャァァアアアア――!! 強面白頭鷲に性的に襲われるぅぅうう!!』
周囲に救助を求める様に可愛く、そして仰々しく泣き叫んでしまうのです。
俺がこっそり接近しても反応しなくて、馬鹿強い相棒が接近した時に見せた反応から導き出された答えだ。
これらの情報を統合した結果……。憐れな生贄兼実行役は俺になってしまったのですよ……。
恐らく以前自爆花の実を採取しに来た大蜥蜴ちゃん達はその五に引っ掛かって爆散したのかも知れないね。
「そんな器用な真似が俺に出来るとでも??」
箸を器用に扱い、俺が投擲した石を弾いて話す。
「思わん。なぁ、魔力を抑えるとか出来ないの??」
「勿論出来るがそれでも奴等は俺の本質を見抜いたのか……。魔力を抑えた状態でも敏感に反応してしまったからな」
嘘くせぇ……。
自分がやりたくないからって虚偽の報告をしているんじゃないの?? ほら、俺って魔力云々を感知出来ないし。
「貴様……。俺が嘘を付いていると思ったな??」
猜疑心に塗れた俺の瞳を捉えたハンナが眉間に皺を寄せる。
「御明察。愛しのクルリちゃんを置いて先に逝けないからなぁ――って考えてそうだもん」
「里の戦士は恐れを知らぬのだ!! この程度の恐怖等!! 五つ首と対峙した時に比べれば!!」
「シ、シィィ――!!!!」
激昂する阿保に対して人差し指を立ててやる。
「ちぃっ……。大声で叱れないのは本当に面倒だなっ!!」
ハンナが遠い位置でカサカサと蕾同士が触れ合う音を奏でる自爆花へと憤りを籠めた視線を送った。
「五日間監視を続けて得た情報を元に……。今から採取を始めるのか??」
「いんや、今日はもう無理だよ」
ふぅっと息を漏らして宙を仰ぐ。
おぉ――……。木々の合間から降って来る光が綺麗だ。
「無理?? 何故だ」
「今日はいつもより風が強いからね」
『風』 その言葉を受けたハンナが周囲へと視線を送る。
「――――。普段と変わりない様に見えるが」
「繊細な行動を要される自爆花の採取作業にはほぼ無風状態の時が最良の条件。この五日間耳を澄ませて自然の中に溶け合う様に過ごして得た情報によると、森の中は午前十時頃から徐々に風が強まり。最大風速になるのは丁度お昼時って感じかな。夜は夜で視界が悪いから採取に適さない。つまり……。採取作業に適した時間帯は視覚を確保出来る朝方から午前十時までの間さ」
勿論、日によって風の強弱は変わるがそれでもこの五日間を通してこの時間帯だけは風が弱まる事を知る事が出来たのだ。
「ふんっ、無意味に時間を過ごした訳では無いのか」
「あ、あのねぇ。ここは良く気付いたな!! って褒める場面なのですよ??」
「それは貴様の役目だ。では、風が極端に弱い日のその時間帯を狙って行動を開始すればいいのだな??」
「その通りっ!! 後は森の中で根気良くその天候が現れてくれるのを待てばいいだけさっ」
背の低い草が生える森の中の大地に寝転び、大変寛いだ姿勢でそう言ってやる。
「その間に食料が尽きたらどうする」
「そん時は静かぁに森から出て、王都で補給を済ませて帰って来ればいいだけの話じゃん。ここ最近忙しかったし。ふわぁぁ――……。偶に訪れた休暇だと思って気長に待てよ」
静かに目を瞑ると、こっちにおいでと手を招く心優しい睡魔さんが訪れてくれた。
はいはい、今からそっちに向かいますからもう少々お待ち下さいませ。
「その間に腕が鈍る恐れがあるな……。俺は離れた位置で剣でも振って来る。何か異変があれば呼びに来い」
「ん――……。いってらっしゃ――い……」
こんな時にでもクソ真面目に己の強さを磨く相棒に向かって手を振ると体を虚脱させて優しい囁き声を放つ睡魔さんに身を委ねた。
果報は寝て待てと言われる様に、慌てて何かをする必要は無いのだ。
俺達が今出来る事と言えば自爆花の実の採取方法を頭の中に確と刻み込み、その時に備えて心と体を休ませる事のみ。
ジタバタして無駄な体力を消費するよりこうして体を休める方がよっぽど有意義でしょう。
「焦らない、焦らないっと。ふわぁぁああ……」
馬鹿みたいに口を開いて森の中に漂う新鮮な空気を胸一杯に取り込んでいると。
「ふんっ!! はぁっ!!!!」
物凄く遠い位置から相棒の覇気ある声が鼓膜に届いた。
相も変わらず元気ですねぇ……。まぁっ、採取作業に直接携わるのは俺だし。有り余る体力を消費する為に剣を振るのは丁度良いのかも。
ただ、元気過ぎるのも大概にしておけよ?? お前さんの覇気ある声が自爆花の機嫌を損ねてしまうかも知れないのだから。
ハンナの威勢の良い声と空気を撫で斬る鋭い剣の音をおかずにすると俺の意識は理想の美女達が両手を広げて待つ淫靡な夢の世界へと旅立って行った。
お疲れ様でした。
次話からはいよいよ実の採取に取り掛かります。
現在、そのプロットを執筆しているのですが中々進捗具合が芳しくないのが現状ですね……。
まだまだ暑い日が続きますので体調管理に気を付けて下さい。
それでは皆様、お休みなさいませ。