第四十九話 気紛れな貴婦人達が棲む森 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
うだるような暑さが跋扈する地上と違い空の中は本当に心休まる冷涼な空気が漂っていた。
肌を撫でて行く優しい風が暑さによって疲弊した心を癒して初春の様な快適な気温がうたた寝を誘う。
薄汚れた裏通りの掃除、三日月糖を扱う店の店番、大粒の汗を流して沢山の荷物を運んだ引っ越し作業等々。
ここ最近疲れる雑務ばかりこなしていた所為か、自分も思ったより疲労が溜まっているのかも知れない。
気が付けば俺の頭は起きていなければならないという意思に反して、コクッコクッと上下運動を始めてしまった。
「――――。おい、ダン。起きているか??」
っと……。
いつの間にかうたた寝をしていたみたいだな。
「ん――?? 起きてるよ――。ふわぁぁ……」
目の端っこから零れ落ちて来る温かな雫を拭い、キリッとした瞳で俺を直視するハンナの声に答えてやる。
この白頭鷲に跨り始めた頃はおっかなびっくりしていたが……。今となってはどうだい。
完全に安心しきって眠れる様になってしまった。
これは恐らく、俺の心がコイツの事を心の底から安心しているから出来る業なのでしょう。
「もう間も無く森に到着するぞ」
「馬の足で五日掛かる距離もお前さんに乗って移動すればたかが数時間、か。さっすが古代種の血を受け継ぐ者の力は伊達じゃないね!!」
触り心地の良い羽の根元をポンっと叩いてやる。
「世辞などいらん。予定通り、森の南南東から入るか??」
「いきなり森の中に突入して自爆花の機嫌を損ねて爆散したらかなわんし……。打合せ通りにしようや」
「了解だ。むっ!! あそこか……」
白頭鷲ちゃんの鋭い瞳がキュっと見開かれたのでそれに従い、四つん這いの姿勢で彼の背の上を移動し始めた。
「おぉ――……。まぁまぁな広さの森だな」
背の低い草々が生える乾燥した大地の上に楕円形の森が広がる。
空高い位置から見下ろせば大した面積に見えぬだろうが、地上に降り立ち眼前で捉えるとその広さに圧倒されてしまうかも知れない。
「森の中から強力な魔力は感じられぬか。では予定通りに行動を開始する……」
森の上空で旋回を続けていた白頭鷲がその動きを徐々に緩めると、森の南南東側へ向かって鋭い嘴の先端をクイっと下げてしまうではありませんか!!
う、うっそだろ!? 俺はまだ降下体勢を整えていなんだけど!?
大馬鹿野郎が何度も行って来た降下体勢の予備動作を捉えると大いに肝が冷えてしまった。
「行くぞ!!!!」
「ちょ、ちょっと待っ……。キャァァアアアアア――――!!!!」
ふわぁっと体が浮いたと同時に有り得ねぇ加速度が体を襲いやがった!!
やばいやばい!!!! 大馬鹿野郎の羽を掴む右手一本だけじゃこの後に襲い掛かって来る衝撃に耐えられねぇよ!!!!
「フンッ!!!!」
「おげぶっ!?!?」
阿保の白頭鷲が神々しい翼をガバッ!! と開いて馬鹿げた速度を相殺すると俺の体は予想通り。
とんでもねぇ勢いで地面の上に叩き付けられてしまった。
「ふっ……。久々だった所為か、受け身が下手になったな??」
「こ、こ、この野郎……。俺が頑丈だからいいものの。普通の人間だったら今の着地で骨の一本や二本は折れているからね!!!!」
体に頑張ってしがみ付く砂達の手を振り払って立ち上がると巨大な嘴を器用に使って毛繕いに勤しむ馬鹿野郎に向かって叫んでやる。
「そうか」
こ、このっ!! 絶対人の話を聞いてねぇだろ!!
丁寧に毛繕いを継続させやがって!!
「いつかテメェが窮地に陥って俺に助けを請うても絶対助けてやらねぇからな!!」
「それは俺の台詞だ。荷物を持って移動するぞ」
ハンナが人の姿に変わると背嚢を背負い、必要な物資が詰まった鞄を手に持って森の中へと移動を始めてしまった。
「あ、おい!! 置いて行くなよな!!!!」
彼と同じく必要な装備を背負うと慌てて馬鹿野郎の背に続き、人の命を簡単に爆散させてしまう恐ろしい花達が群生する森へと足を踏み入れた。
森の中には惨たらしい動物の死骸がそこかしこに存在するかと思いきや……。緑豊かな香りが漂い心休まる木漏れ日が広がる綺麗な景色が俺達を迎えてくれる。
乾いた大地から風が吹けば森の木々が微かに揺れて耳を楽しませてくれる音を奏で、人体には強過ぎる陽射しが森の木々の枝で遮られ、胸一杯に緑の香りを閉じ込めると緊張と不安で強張っていた双肩が速攻で溶け落ちてしまった。
「へぇ……。恐ろしい森かと思ったけど凄く良い場所じゃないか」
頭に被っていた外蓑のフードを外し、木々の合間から微かに地上に届く太陽の光を見上げる。
「あぁ、陽射しを避けるのにはもって来いの場所だ」
「自爆花は森の中央付近にあるんだろ??」
俺と同じくフードを外し、正面を確と捉えて歩み続ける彼に問う。
「聞いた話ではな。自爆花は音に敏感だと聞く、そろそろその喧しい口を閉じていろ」
「大丈夫だってぇ!! 日常会話程度の音量なら自爆花ちゃんも許してくれるでしょ!!」
うだるような暑さ、強過ぎる陽射しが遮られている好環境に身を置いている所為か。
いつもより軽やかな歩調と口調でハンナと肩を並べて森の中央へと向かう。
「なぁ、ハンナ。この虫って何て名前だろう」
「知らん」
無駄にデカイ木の幹に止まっている珍しい形の黒光りした外殻を持つ昆虫。
「んぅ――!! 鳥達の歌声が心地良いなぁ!!」
森の中の大地に生える草の合間から飛び発って行った鳥、何処からともなく聞こえて来る鳥達の歌声。
「喧しいと何度言えばその頭は理解出来るのだ??」
「テメェ!! 少しは俺の話題に乗って来いよ!!!!」
数え始めたら枚挙に暇がない自然の課題を会話の種にして進んで行くと、前方に不自然に開けた空間が見えて来た。
ん?? 何であそこだけ開けているんだろう??
他の場所は木々が生え揃ってちょいと進み難くなっているのに……。
自然の中に現れた不自然に向かって歩みを進めて行くと、俺達が探し求めていた自爆花達が地面にひっそりと群生している姿を捉えた。
真夏の風物詩である向日葵の茎に良く似た生命力溢れる茎。
その茎の上部には中々立派な丸みを帯びた蕾が確認出来、丸みを帯びた蕾には横幅に広い葉が種子を守る様に重なり合っていた。
ほう!! ギュルズさんが見せてくれた挿絵通りの姿だな。
「おぉ!! ここに生えて……。んぐっ!?」
「ッ!!」
森と開けた空間の間に身を置いて口を開いた刹那。
『『『ッ!?!?!?』』』
強風が吹いてもいないってのに、自爆花達が一斉にフルフルと不自然に震え始めてしまった!!!!
あ、あ、あっぶねぇ――!!!!
ハンナが機転を利かせて俺の口を右手で塞がなきゃ今頃木っ端微塵に吹き飛んでいたかもっ……。
『あ、有難うよ。相棒……』
蚊の羽音に劣る声量でハンナに礼を伝えてやる。
『いいか?? これから先は口呼吸では無く鼻呼吸のみに、声量は耳に届く風の音よりも低く話せ』
『りょ、了解。ってか今の声量で駄目なら一旦ここから離れて対策を練ろうぜ』
『あぁ、そうだな』
彼と共に踵を返し、安全地帯までハインド先生直伝の足運びで静かに移動を果たすと肩の力を抜いて地面にしゃがみ込んだ。
「ぶはっ!! はぁ――……。ビビったぁ……」
「貴様の五月蠅い台詞が今生の別れになるのは勘弁して欲しいものだ」
「うるせっ。よっしゃ、相棒。これからの作戦を練ろうぜ」
ここを簡易野営地として使用する為に道具一式を地面に降ろした。
「俺達は自爆花の実の採取方法を知っているが生態については全くの無知だ。どの程度の声量で奴等が実を放出するのか、どの程度の刺激が駄目なのか。先ずは生態と特徴を掴む為に最低でも数日間は観察を続けよう」
何も知らずにいきなり触れる程の度胸は無いからね、俺は。
「その意見には賛成だ。貴様が放った声量は恐らく死の一歩手前といった所か」
「だろうな。爆発する寸前に自爆花は震え始めるってギュルズさんは言っていたし」
「つまり、あれ以上の声量をあの距離から放つのは死に直結する……。距離と声量の関係は密接に関係していると推測出来るな。恐らく遠い位置ならある程度の声量を放つ事も可能であろう」
「奴等に近付けば近付く程発せられる音は限られるとは思うけど……。それも試さなきゃな」
「どうやって」
「こうしてさっ。すぅぅ――……」
先ずは試し!!
「ハンナの彼女の胸は意外と大きいぞ――――っ!!!!」
そう考えてちょっと大きな声を放つと。
『『『――――ッ』』』
随分と遠い位置から何かがカサカサと揺れ動く声が聞こえて来た。
ほぅ……。相棒の推測は正しかった様ですね。遠く離れた位置なら大声も可能って訳か。
「き、貴様!! ふざけているのか!!」
「あいだっ!!」
顔を真っ赤に染めたハンナの拳骨が脳天に突き刺さり、両目からお星ちゃんが飛び出てしまった。
「何も殴る事無いだろ!? お前さんの推測が正しいって分かったんだから!!」
「もう少し考えて台詞を放て!! この馬鹿者が!!」
「シ、シ――ッ!!!!」
ハンナの激昂に反応した自爆花達の擦れ合う音を捉えると人差し指を立てて注意を促してやった。
「ちぃっ。貴様、この森を出たら覚えていろよ?? 鼓膜が砕ける勢いで説教を与えてやるからな」
「やれるもんならやってみろよ、ほぼ童貞野郎」
「貴様ぁ……。俺が抑えているのを良い事に挑発するのか!?!?」
「だ、だから大声は駄目だって!!」
こ、コイツ……。近くに超危険物があるってのに何で大声で叫ぶんだよ!!
彼女を揶揄われて小恥ずかしのか、それともほぼ童貞と揶揄されて腹が立っているのか。
その両方の意味に捉えられる赤らみ具合の彼を必死宥めてやる。
この森の中に居る以上、死が隣り合っていると考えた方が良さそうだ。揶揄うのはこれっきりにして今から数日間は自爆花の研究に費やすとしましょう。
「じゃ、じゃあハンナは天幕の設置を頼む。俺はしずか――に観察してくるから」
「ふんっ。まかり間違って爆散するなよ」
まだまだ怒り心頭の彼をその場に置き、蟻の足音よりも更に矮小な足音を奏でつつ自爆花が群生する場所へと再び向かって行った。
お疲れ様でした。
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