第四十八話 自爆花の生態
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
本日も大変お日柄が良く空は爽快に晴れ渡り、雲一つない青空から燦々と光り輝く太陽の光が地上へと降り注いでいる。
そしてその光を受けた者達は太陽の力を己が力に変換して経済活動を支える為に齷齪汗を流す。
俺も地上で暮らす者達と同じく彼の光を力に変えようとしていたが……。
それは心に渦巻く負の感情によって叶わず。まるで巨大な鉄球を足に括り付けられた様に重い足取りで目的地へと向かっていた。
「依頼人の住所に間も無く到着するぞ」
「はぁ――……。何で死ぬかもしれない依頼を受けようとしているのにお前さんは元気一杯なんだよ」
頭上で光る太陽が思わず顔をサッと背けたくなる明るい笑みを浮かべている相棒へ苦言を呈す。
「最近は単調でくだらん依頼ばかりだったからなっ。我々戦士はやはり死を感じてこそ強くなるのだ」
俺は戦士じゃなくてただの旅人、若しくは冒険者なんだから好き好んで死に突っ込もうとは思いませんよ……。
「足が遅い!! さっさと来い!!」
「はいはい!! 言われなくてもついて行きますよ!!」
物好きで変態の相棒に急かされ随分と静かな狭い道を進んで行くと件の家が見えて来た。
主大通りから南南西区画へ進んで行くと普遍的な家々が立ち並ぶ。喧噪渦巻く大都会の中にある静かな区画にひっそりと建つ家の扉をハンナが叩いた。
「ギュルズ殿、我々はシンフォニアから来た者だ」
彼が静かに扉を叩いたその数十秒後。扉の向こう側からけたたましい足音が聞こえて来た。
「ほ、ほ、ほ、本当に来てくれたんですね!!!!」
馬鹿みたいな勢いで開かれた扉から出て来たのは普遍的な大蜥蜴となんら変わり無い一体の大蜥蜴ちゃんだ。
依頼を申し込んだものの、何の音沙汰も無くて恐らく依頼は叶わないと考えていたのでしょう。
「よ、良かったぁ……。依頼を受けてくれる人が現れてくれてっ」
「俺の名はハンナ、そしてコイツの名はダンだ」
俺達が提示したシンフォニア所属であると証明する銅板を捉えると、万感の思いで嬉しそうに喉をキュゥっと鳴らす様がそれを如実に体現していた。
「い、いや。俺達は詳しい依頼内容を聞きに来ただけで、まだ請け負うとは……」
「ささ!! 入って入って!! 詳しい採取方法を教えるから!!」
「うむっ、失礼する」
「二人共俺の話を聞けや!!!!」
俺の存在を一切合切無視して話を進めてしまう二人に思わず噛みついてしまう。
「五月蠅いぞ。近所迷惑になるだろ」
「テメェの口からそんな言葉が出て来るとは思わなかったぜ……」
やれやれといった感じで双肩をガックシと落として相棒の後に続き、ギュルズさんの家にお邪魔させて頂いた。
「いやぁ――。お恥ずかしながら私、珍しい物に人一倍興味がありまして。今回の依頼もその興味心から発生したのですよ」
小恥ずかしそうに後頭部の鱗をポリポリと掻く彼に従い廊下を進んで行くと居間へ通されたのだが……。
普遍的な物が置かれているであろう場所には思わず首を傾げたくなる珍妙な物ばかりが置かれていた。
今まで見た事が無い形の昆虫の標本、何かの植物の乾物。
そしてあれは何だろう??
四足歩行の動物と思しき骨格標本が壁際に堂々と配置されており珍妙な物が散らばる居間でその存在感を遺憾なく放っていた。
「あはは。ちょっと散らかってますよね。今、御茶を入れて来るのでそこの椅子に座ってて下さい!!」
「「はぁ……」」
素敵な笑みを浮かべて部屋の奥へ消えて行く彼を見送ると、彼に勧められた椅子とは正反対の位置へと歩みを進めた。
「おい、ハンナ。この昆虫って何だろう??」
俺の拳大の大きさの丸みを帯びた胴体に沢山の節足がくっつき、頭部には鋭い牙が生えており攻撃的な性格であるとその外形から理解出来る。
俺の生まれ故郷ではこんなドデカイ昆虫は見なかったし、この大陸の固有種なのだろうか。
「さぁな。それよりもこの四足歩行の動物の攻撃的な骨格には目を見張る物があるぞ」
どれどれぇ?? その四足歩行の動物よりも遥かに高い攻撃力を備えている白頭鷲ちゃんがお薦めする骨格標本を見せて貰いましょうかね。
「すげぇな……。この無駄にデカイ前歯から察して……」
そこまで話すとこの大陸に立ち寄って初めて訪れた街の酒場で入手した情報が頭の中を過って行った。
「お、おい。これって飢餓鼠の骨格じゃねぇの??」
「そう言われて見れば……。鼠の骨格に近い構造をしているな。しかし、鼠はここまで巨体では無いぞ」
「ば――か。俺達の培ってきた常識は他所では通用しないんだよ」
「そうだったな。この大きさの鼠が集団で襲い掛かって来たら例え俺でも無傷では済まないだろう」
頭部から胴体の尻までの大きさは凡そ一メートル強。後ろ足で立てば背の低い女性程度の大きさ位になるかも知れない。
後ろ足の大腿骨はかなり強固に作られており、前傾姿勢に特化した姿勢であると容易に推測出来る。
蛇腹状の尻尾の骨が綺麗に丸めて纏まっており尻尾の先端まで含めるとニメートルは優に超えるだろう。逞しい足を駆使して餌を求めて地を駆け回り、餌を見付けると鋭い前歯で獲物を食い千切る。
単体ならまだしもコイツが複数体で襲い掛かって来たら家畜等、一瞬で絶命してしまうだろうさ。
「おや?? 飢餓鼠に興味があるのですか??」
ギュルズさんが御盆を持って居間に戻って来ると俺達に軽快な声色で話し掛けてくれる。
「やっぱり飢餓鼠でしたか。いや、どんな形か気になってはいたんですけど。こうして骨格標本だけでも見られて光栄ですよ」
「その個体は『はぐれ』 と呼ばれていましてね?? あ、どうぞお座り下さい」
彼に勧められて椅子に腰掛ける。
「飢餓鼠は縄張り意識が強く、自分達の縄張りから決して出ないと言われていますが。偶に縄張りから出る時があるのですよ」
「つまり、アレは誰かが仕留めた個体ですか」
「その通りです。飢餓鼠の肉は臭く、とてもじゃないけど食用には適しません。ですが、灰色の毛で覆われた皮は肌触りも良く毛皮として高値で売れるのですよ。私は骨となった飢餓鼠を買い取り、あぁして部屋に飾っているのです」
ふぅん……。それじゃあ毛皮目当てで乱獲される恐れもあるのか。
「あ、今乱獲される恐れもあるって思いましたよね??」
「えぇ、まぁ……」
「御安心下さい。あの一体を仕留めるのに複数の手練れを要したそうですよ」
「つまり、毛皮を求めて森に入れば返り討ちに遭い。彼等の胃袋の中へ収まってしまう訳ですか」
「その通り!! 賢い者は目先の利益に捉われず、危険に近寄らないのです。粗茶ですがどうぞ」
「有難う御座います」
彼の手に比べて慎ましい大きさの木製のコップを受け取り、何気なく口へ運ぶと。
「――――。美味しい!!!!」
爽やかな舌触りと仄かな甘味の冷たい飲み物に思わず正直な声が漏れてしまった。
うっま……。只の御茶にここまで驚いたのは初めてかも知れない。
「あはは、美味しいですよね。これは……。自爆花の葉を煎じた御茶ですよ」
「これが今回の依頼の……」
淡い緑色を纏った冷たい液体を見下ろして呟く。
「自爆花の葉を煎じて飲めば肌が潤い、実を食せば一年寿命が延びると言われております。その効用を求めて人が押し寄せるかと思いきや。現実は非情です。自爆花の採取には大変な危険が伴い、慣れた人でも葉の採取が精々だと申しているのですから」
「ちょ、ちょっと待って。俺達はその危険な植物の採取に不慣れなんですけど??」
慣れた人でも超危険な仕事に素人丸出しな俺達が手を出せばどうなるのか。
その結果は誰しもが容易に思いつく結末へと至るでしょう。
「御安心下さい。慣れた人といっても葉、だけを採取する人ですから。それでは今回の依頼内容の詳細を説明させて頂きますね」
ギュルズさんがそう話すと壁際に設置されている本棚から一冊の本を手に取り、手慣れた手付きで本を開いて俺達に見え易い位置に置いてくれた。
「これが自爆花の挿絵です」
向日葵の茎に似た生命力溢れる太い茎の上に、中々立派な丸みを帯びた蕾が乗っかっている。
種子を包み込む葉はその一枚一枚が横幅に広い姿をしており種子を守る様に幾重にも重なっていた。
「これは蕾の状態ですよね?? 咲いた状態の挿絵はありますか??」
「これが成熟した自爆花の姿ですよ。この花は外部からの刺激を受けぬ限り咲く事はありません」
「つまり……。誰かが刺激を与えないとその場で朽ち果てまた花を咲かせると??」
「その通りです。そ、それでは今から自爆花の実の採取方法を説明させて頂きますねっ!!」
さぁ、これからが本番だ!!
そう言わんばかりにギュルズさんが荒々しく鼻息を放つと本を数ページ捲り、自爆花の採取方法が記されている箇所を見せてくれた。
「自爆花の採取は危険だと周知されていますが、採取方法はキチンと確立されていますのでその順序さえ守れば危険はありません。採取に挑む際の鉄則なのですが……。絶っっっっ対に五月蠅くしてはいけません!!!!」
あ、うん。聞こえていますからもう少し声量を落としましょう??
「五月蠅くしていけない?? それは物音を立てるなという事か??」
ハンナが普段通りの険しい顔で彼に問う。
「その通りっ!! 自爆花は繊細な植物です。自然環境、例えば強い風や隣の花弁と当たっても種子を放出する事はありませんが……。人や魔物が近付くと途端に音に敏感になってしまいます」
ふむっ、つまり自爆花はどういう訳か人と魔物が発する音のみに反応して。音の限界値を越えると馬鹿みたいな勢いで種子を放出するのですか。
「一株の爆発範囲はどれ位か分かります??」
「爆発の威力は半径凡そ五メートルに収まる者の命を消失させます。その範囲から逃れたとしても恐ろしい熱波の威力は凄まじく、人の皮膚を容易に焦がしてしまう程です。これが『一株』 の威力。自爆花は群生していますのでぇ……」
ギュルズさんがそこまで話すと、もうこれ以上は言わなくても理解出来るよね??
そんな感じで押し黙ってしまった。
「な、成程。爆発は一株で収まらず連鎖する訳ですね」
「えぇ、その通りです。前回種子の採取に向かった勇気ある者達はその爆発に飲み込まれてしまい命を落としました。ダンさん達が飲んでいる御茶は種子を採取せず、自爆花の葉のみを採取して来た者の成果です。自爆花の葉、一枚の単価は銀貨五枚。一株当たり採取出来る葉は約十枚です。そしてぇ!! 見事種子を採取して持ち帰って来てくれたのなら種子一つ当たり金貨二枚で買い取りますよ!!」
お、おいおい。たかが葉一枚に銀貨五枚と成功報酬として金貨二枚……。更に種子一つに金貨二枚!?
死が付き纏う仕事にはそれ相応の報酬が相場だけど、幾ら何でも高額過ぎやしませんかね。
「死を厭わぬ者達が持ち帰って来た成果だ。それ位が相場であろう」
「ハンナさんの仰る通りです。では、次に採取方法を説明させて頂きますね」
彼が机の上に置かれている自爆花の挿絵に向かって静かに指を落とす。
「御覧の通り自爆花の葉は種子を包み込む様になっています。先ず、大外側の葉を頂点から一枚ずつゆぅぅっくりと捲って行きます。時計の針で言えば十二時方向から、時計回りの要領といった感じですね」
ギュルズさんが蕾の頂点に指を当て、時計回りの要領で順次葉に指を当てて行く。
「大外側の葉を五枚捲り終えると次も同じ様な葉が現れます。便宜上、内葉とでも呼称しましょうか。内葉が現れたら今度は『反時計回り』 で捲って下さい」
「時計回りじゃないの??」
「時計回りで捲った瞬間、種子は爆散してしまいますので命が惜しければ反時計回りで捲った方がいいですよ??」
りょ、了解しましたっ。
「間違った手順に差し掛かると蕾全体が震え始めますので一旦手を離して、呼吸を整えてから挑む事をお薦めします。内葉を全て捲り終えると……。いよいよ種子の採取に取り掛かります!! 茎についている種子に対し、上下左右に指を優しく掛けます。丁度、こんな感じですね」
彼が右手の指で種子の上下を摘まみ、そして左手の指で左右を摘まむ所作を見せる。
「両腕を上手く捻り、百八十度捻ると驚く程にスっと種子が剥がれ落ちるそうです。この時気を付けるのは時計回りで捻る事。そして決して茎を揺らさない事ですね」
「少しでも間違えた所作を取れば……」
俺がゴックンと硬い生唾を飲み込んで話す。
「爆発の直撃を受けて即死しますね!! 茎についている時の種子は真っ黒ですが、剥がれ落ちるとそれはもう美しい色を放つと言われております。そしてぇ、その種子の美味さは神々の頬をも溶かす程に美味いそうですよ!!!!」
また大袈裟な……。
「神々の頬を溶かす美味さの種子は飴を舐める要領で、口内の唾液で溶かして食さなければなりません」
「それはまたどうして」
「茎から外されたとしてもその恐ろしい爆発の威力は健在しています。力一杯投げても、手から零れ落ちて地面に落下しても爆発しませんが。どういう訳か、奥歯で種子をガリッ!! と噛むと超爆発を引き起こすのです」
か、勘弁してくれよ……。美味い物を食うのにも順序があるなんて。
己の頭が爆散して、首から上に真っ赤な彼岸花が咲いてしまった姿を想像すると肝が大いに冷えてしまった。
「順序を守れば安全、安心して採取出来ます。さ、さぁ!! どうします!? 依頼を受けてくれますよね!?」
ギュルズさんが椅子からガバっと立ち上がり、身を乗り出して俺達に問う。
「報酬について文句はありませんが採取に失敗して、何も持ち帰らなくても構いませんよね??」
これ以上は危険だと判断したら撤退もやむを得ないだろう。
目先の利益を優先するよりも後の人生の方が価値が勝りますからね……。
「勿論です!! その時は報告だけで構いません!!」
「そうですか……。よっ、相棒。どうする??」
腕を組んで終始難しい顔を浮かべているハンナに問う。
「箒と塵取りはもう見飽きたからな。俺は依頼を受けても構わんぞ」
「そっか……。ふぅ――……。ギュルズさん、自爆花の種子を持ち帰れる保証はありませんがその依頼御受けしましょう」
俺が静かに立ち上がり、彼に向かって手を差し伸べると。
「ほ、本当ですかぁ!? あははは!! やったぁぁああ――――!!!!」
嬉しそうに喉を鳴らし、ちょいと痛みを生じる強さで俺の右手を握り締めた。
「そ、それでは斡旋所に報告して参りますので……。依頼を終えた後、この家にまた立ち寄らせて頂きます」
「自爆花が群生しているのは王都から北北西に向かって馬の足で五日進んだ森の中央にあります!! 首をながぁぁくして待っていますから!!!!」
「き、吉報をお待ち下さい」
ギュルズさんにお辞儀を交わすと静かに彼の家を出て大きな吐息を宙に放ってやった。
「フゥゥ――……。なぁ、ハンナ。本当に受けても良かったのか??」
「少し位の危険を孕んだ依頼の方が身も引き締まるだろう。それに……。その種子の美味さが気になるのもまた事実っ」
この腹ペコ白頭鷲ちゃんめ。
危険云々は体のいい言い訳で、本音は種子の美味さに惹かれたんじゃねぇのか??
「俺は一応釘を差したからな?? 後で後悔しても知らねぇぞ」
「ふん、臆病者が……」
鼻で笑うと大通りへと向かって行ってしまうので。
「テメェの心配をして聞いてやったんだろうが!! 相棒の気持ちを汲まずに鼻で笑うとは一体どういう了見なんだよ!!!!」
隙だらけの彼の背に思いっきりしがみ付いて叫んでやった。
「止めろ!! 気色悪い!!」
「お前さんが態度を改めるまで絶対に放さんぞ!!」
人の往来も疎らな裏通りで二人の男がこの場に相応しくない声量で暴れ回る。
周囲に住む人達は家の中から何事かと思ってその様子をそっと窺うが。
「放せと言っているだろうが!!」
「いいや放さないね!! 大体テメェが俺の事を鼻で笑うのがいけないんだよ!!!!」
「「はぁぁ――……」」
あぁ、何だ。酔っ払い達の仕業か。
昼間から酒を飲む物好きも一定数存在するので酒の力が彼等の心を陽性一色に染めてしまったのだろうと判断すると、彼等は静かに重い溜息を吐いて家の中へと戻り思い思いの時間を過ごし始めたのだった。
お疲れ様でした。
今日もうだるような暑さで参りましたよね……。
朝、目を覚ますともう既に肌を刺す強烈な日光が燦々と降り注ぎ。まるで南国の地に立っている様な錯覚を感じてしまいましたもの。
冷たい物ばかり食べてしまいそうになりますが、そこをグッと堪えて今日は敢えてカレーを食べに行きました!!
勿論、チキンカツカレーです。
涼しい室内で額に嬉しい汗を浮かべてハフハフと頂くカレーもまた夏の醍醐味かと思います。
皆さんも食欲不振に陥らない様に気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。