第五話 海竜さんの王都散策 その二
お疲れ様です!! 日曜日の午後、皆様如何お過ごしでしょうか??
本日の投稿になりますので、ごゆるりと御覧下さい。
草臥れた面持ちの宿屋の扉を開き、本日も眠気を堪えて接客を続ける店主さんに一瞥を放ち。
この宿屋と同程度に草臥れているであろう彼が待つ部屋へと歩みを進めた。
起きているかな??
太陽が頂点に昇り、そこから傾き始める頃。
夜通し作業を続けている彼にとって、かなり堪える時間でしょうからね。
宿屋の入り口とは雲泥の差の扉を開き、部屋へと足を踏み入れた。
「…………」
うん。
あと一歩で夢の世界へと飛び立ってしまいそうな首の動きですね。
カクッ……。カクッっと。
眠気を堪えて必死に起きていようとする犬みたいな。私が飼い主であるのなら、もう寝てて良いよと声を掛けてあげます。
あの動きにはそんな愛おしさを与えます。しかし。
ここで甘えさせては味を覚えてしまう虞がありますので、少々手厳しい声を掛けましょうか。
「起きなさい!! レイド二等兵!! 敵は目の前に居るぞ!!」
彼の後ろに位置し、声を大にしてそう叫んでやった。
「は、はいっ!! 大変申し訳ありませんでした!!」
肩をビクッ!! と動かし。
条件反射と呼んでも差し支えない動きで背をピンっと伸ばしてしまった。
「は、はれ?? 敵、は??」
「ふふ。此処には居ませんよ」
「な、何だ。カエデかぁ……。驚かすなよ……」
私を視線に捉えると、ヘナヘナと机の上に突っ伏した。
「只今。ご要望の品はこれで構いませんか??」
彼に対し。
街で得た戦利品を差し出してあげる。
「おぉ!! 丁度良い大きさだね。それに……。うん。材質も悪くない」
大変体調が悪そうな顔でそれを受け取り、ウンウンと頷きながら手に持つ。
「有難うね。助かっちゃったよ」
「レイドは仕事に追われていますからね。それでは、引き続き作業を続けて下さい」
そう話し。
先程入手した本を手に自分のベッドへと向かった。
「なぁんかさ……。集中力切れちゃったな……」
ポカンと口を開け。
「今日は何処で御飯食べる!?」
「あの店にしようよ――」
「あはは!! いいねぇ!!」
窓の外から零れて来る軽快な雑談に羨望の眼差しを向けつつ話す。
「気分転換に歩いて来ては如何ですか??」
さてと。
先ずは一巻から読みましょうか。
「歩いて疲れたらそのまま眠っちゃいそうだし。ん――……。そうだ!!」
何かを思いついたのか。
ポンっと膝を叩いて立つ。
「カエデ!!」
「何ですか??」
本に視線を落としつつ彼に言葉を返す。
「王立図書館に行かないか!?」
図書館。
つまり、私の大好物が沢山保管されている場所の事ですよね。
「良いですよ」
読み始めた本をパタンと閉じ。
二つ返事でベッドから立ち上がった。
「あそこなら静かで、誰にも邪魔されないし。何より。環境を変えれば仕事も捗ると思うんだよね!!」
随分と減った報告書の紙を鞄の中に詰めながら話す。
「その意見には肯定しますけど……。寝ないでくださいね??」
釘を刺す、訳じゃあないけど。一度身に染み付いた悪癖は中々落ちませんからね。
「勿論。さぁ!! 行こうか!!」
鞄の紐を肩に掛け、早く散歩に連れて行けと強請る飼い犬の表情を浮かべてしまった。
元気な飼い犬ですよね。
もう彼是、何十時間も起き続けているのに。
疲労で倒れない様に監視を続けましょうか。
扉を開け、此方を促す彼に仕方がないという笑みを送って立ち上がり。
此方の高揚感を悟られぬ様、彼の後に続いた。
◇
屋台群の手前。
「すいません!! 止まってくださ――い!!」
本日も交通整理で汗を流す彼を尻目に、円の外周を沿う様に北へと進む。
マイ達は……。あぁ、今丁度向こう側の外周で休んでいますね。大変強い魔力ですので直ぐに位置を把握出来てしまいます。
アオイも可哀想だな……。
ずぅっと付き合って疲れないのだろうか。後で労いの言葉を送ってあげよう。
「王立図書館は北の大通りへと向かって、ずぅっと歩いて進んで。右手側に見えて来るよ」
私の右側。
つまり、道路側を進む彼がポツリと言葉を漏らす。
この街には何度も訪れる可能性がありますので、図書館の場所は確実に覚えておかないといけませんね。
入り浸る訳ではありませんが……。
自身が好きな物が大量に保管されているので、これを逃す手はありませんからね。
外周を回り終え。
肌を焦がす熱気を背に、北進を開始。
すると。
「この店のパン。すっごい美味しいんだぞ??」
左手側に見えて来たパン屋さんを指差して彼が話す。
「何がお勧め??」
周囲に人が居ないのを確認し、地声でそう話す。
「クルミパン!!」
言うと思いましたよ。
「それ以外でお願いします」
「ん――……。それ以外、か」
その場に止まり、腕を組みつつ考える。そこまで大袈裟にしなくても……。
ほら、歩道の真ん中で立ち止まっていますので通行人の邪魔になりますよ。
「寝不足の所為か、思い浮かばないな。帰りに寄ろうか。夜御飯もあそこで買って宿屋で食べればいいし」
「そうですね。そうしましょうか……」
小麦が焼ける馨しい香りの中を通過し、日常会話を続け暫く進むと。
「あそこが、王立図書館だよ」
反対側からの歩道でも容積率が膨大であると確知出来る巨大な石造りの建造物を指差した。
歩道から道路へ出る際に左右を素早く確認し、逸る気持ちを御しつつ渡り終え。
今も多くの人々を吸い込み続けている荘厳で見事な薔薇の装飾が施されている木造の扉を眺めた。
これだけ大きな建物の中には一体、どれ程の量の知識が眠っているのだろうか。
そう考えると、私は居ても立っても居られず。
「この王立図書館は今から遡る事三代?? 前だっけ?? 当時の国王がこの街に住む人々の為に建造したんだよ。歴史、哲学、思想等々の小難しい本から。数十年前から現在に至るまで発行された新聞等庶民的な物まで。幅広く置かれているんだ。勿論!! その全てを閲覧するのは無料!! 時間が許す限り……」
自慢げに施設の説明を続ける彼をその場に置き去り、直角の階段へと足を乗せ。
素敵な空間へと突入を開始した。
「あ、待ってよ!!」
わ、わぁ……。
素敵……。
先ず、私の大好きな紙の香りが此方を出迎え。
『少しは落ち着きなさい??』 と。
焦燥感に駆られた気持ちを御してくれる。
正面、がらんと開いた空間には長机がこれでもかと並べられ。机に併設された椅子には人々が着席し。大変美味しそうな表情を浮かべて知識を貪り続けていた。
その奥には受付、なのかな??
濃い緑色の制服を着用した二名の女性が人々の要望に応え続けている。
右手には平屋一階建ての天井の高さに匹敵する本棚が幾つも並び。
左手にも同景色が浮かぶのですが、本棚の高さは右手の半分。
その理由は至極単純。此方からでも確認出来る様に、二階部分が建造されているからだ。
『凄いだろ??』
いつの間にか右隣りにレイドが並び、私の気持ちを見透かした様な表情を浮かべて私を見下ろしていた。
『素敵ですよ。この図書館に保存されている全ての本を読破するまで、私は此処から出ません』
『いや、それは流石に……。ほら、二階部分が見えるだろ??』
彼が中腰になって私の視線に合わせて顔を下げ。
見える??
そんな感じで私の顔の前に腕を差し出し、二階を指す。
説明してくれるのは大変嬉しいですけど。少々近いですね。
『此処からでは見えないけど、二階にも一階の閲覧場には劣るけど同じ様な場所があるんだ。そこで報告書を片付けるよ』
そう話し終えると。
周囲の方々の迷惑にならぬ様に静かな歩みで左手奥へと向かい始めた。
紙の捲る音。
それは矮小な音ですが、此れだけの方々が一斉に捲ると体の奥に染み込む様な音のうねりとなって鼓膜を襲う。
若干の埃っぽい空気に乗って届く知識欲を此れでもかと刺激してしまう紙の香り。
時折、誰かの鼻の啜る音が丁度良い塩梅に紙の音を装飾する。
レイドも酷ですよね。
こんな素敵な場所を教えてくれないなんて。
昨日の時点で教えてくれれば良かったのに。
彼の後ろに続き、外の光が届かぬ暗き石造りの階段を上り。二階へと到着した。
『本棚の間を抜けるとほら、見えるだろ?? 開いた空間が』
彼が背の高い本棚と本棚の間を進みながら話す。
わっ。
今の本、面白そうな題名が書いてあったな。席に着いたら早速持って来よう。
『俺は二階部分の方が好きでね?? 沢山の人に囲まれて本を読んでいるとさ。ちょっと集中できないというか』
『それはレイドが本に対して集中していない証拠です。本当に集中していれば周囲の光景は霞み、文字だけが視界に。そして頭の中に入って来ますから』
『はは、そうかもね。さて、到着ですよっと』
本棚の合間を抜けると、彼の話す通り一階部分のそれに比べ一回り小さな閲覧場が現れた。
幾つも並べられている長机には既に数十名を越える人々が着席。
思い思いの本を手に取り、大変羨ましい顔を浮かべて頭の中に知識を詰め込んでいた。
『向こう側の本棚を抜けた先にさ。窓側の壁に沿って併設され、二人が対面して使用出来る机もあるけど。どうする??』
彼が最寄りの椅子を引きつつ話す。
『いえ、そこで構いません』
『そう……。じゃあ、俺は此処で仕事を再開するから。好きな本を持って来なよ』
『分かりました』
ふふ……。
いけませんね。図書館では静かに、それは鉄則ですよ??
足音を消し、周囲に迷惑を掛けぬ様。そして、自分の高揚感を悟られぬ様。
彼に一つ頷き、鉄則を守りつつ。
先程私の視線を奪ってしまった本を手に取る為に移動を開始した。
◇
本棚のずぅっと向こう側に設置された背の高い窓から射し込む茜の光。
太陽が高い位置に存在する時間には沢山の人々がこの場所で知識を高めていたのですが……。閉館時間が近いのか。
もう片手の指で数えられる人しか座っていない。
残念ですね。
後数十時間は此処に居座り、知識を貪欲に得続けていたかったのですが……。
司書の方々の体力の限界もありますので、そろそろ帰り支度を開始しようかな。
『レイド』
文字の波から視線を外さずに念話を送る。
ん――……。
此処の部分がちょっと分かり辛いかな??
筆者の主観ばかりを羅列的に並べるのではなく、反対意見も例示的に並べるべきですよ。
紙を捲り、次なる文字を咀嚼していたのだが。
いつまで経っても彼からの返事は帰って来なかった。
もしかして……。
致し方なく視線を文字の波から正面に向けると。
「……………………。すぅ」
ほら、やっぱり。
やけに長い瞬きをしていますね??
それは瞬きでは無く、睡眠だと誰かに指摘される前に起きて貰いましょうか。
『レイド。起きて下さい』
聞こえたかな??
じぃっと彼の表情を窺うが。
「んっ……」
残念です。
全く起きる気配がしません。
はぁ……。
仕方がない。起こしましょうか。
本を静かに閉じ、表紙を傷付けぬ様に机の上に置き。彼の隣の席へと移動を開始した。
『もう直ぐ夜ですよ。起きて下さい』
座り心地があまり宜しく無い椅子に着席し、彼の横顔を眺めつつ念話を送るものの。
俺は疲れているんだ。だから、もう少し寝かせてくれ。
そう言わんばかりの疲れ切った顔でコク……。コクッっと頭を前後に揺れ動かしていた。
右手に羽筆を持ち続ける辺り、真面目ですねと合格点をあげたいのですが。
私は監視役を務めているのでそれは看過出来ません。
右手をすっと伸ばし、彼の肩を食もうとしたのですが。
「んんっ……」
彼が妙に甘い声を出すので右手が驚いて止まってしまいました。
疲れているの??
当然ですよね。
もう何十時間も起き続けて、しかも苦手であろう文字の相手をしているので。
頑張っているね?? 偉いよ、レイドは。
肩を食もうとしていた右手が彼の左肩を通過。
私の考えとは真逆の黒い髪の頭に到着してしまった。
彼の髪に指を絡ませ、一つ大きく撫でると。
「…………」
女心を擽る甘い鼻息を放ち、遂に羽筆を放してしまった。
うん。
いいよ?? そのまま眠って下さい。
貴方は少々頑張り過ぎる傾向にありますので。
一つ撫でたら羽筆を落としたので、二つ。続けて三つ撫でたらどんな反応をするのか。大変に興味が湧いたのでそのまま撫でて続けてみると……。
「んん…………」
へにゃりと机の上に溶け落ちてしまいましたね。
興味深い反応です。
何と呼べばいいのでしょうか、この感覚は。
例えるのなら……。
外で馬鹿みたいに駆け回り、帰宅後もまだまだ遊び足りないとベッドの上から逃れようとする元気の塊である男の子を寝かしつける為。
子守歌を口ずさみながらよしよしと子供の頭を撫で続ける母親の気分。とでも申しましょうか。
世の母親は大変ですね。
こうでもしないとやんちゃな男の子は寝ないのですから。
私よりも年上の男性を寝かしつける行為が私の心の中にぽっと、陽性な感情の芽を咲かせてしまった。
今、この時だけは口喧しい人達は居ないからね??
ゆっくり、休んでていいんだよ??
私の指に絡まった彼の髪。
その髪を通して温かい熱が体内に流れて来る様だ。
お父さんじゃない、男の人の髪。
何度か彼の髪を触った事がありますが、こうしてまじまじと。そして二人っきりで過ごすのは初めての経験。
嬉しいのかと問われたら……。
うん、素直に嬉しいです。
たった数時間でも彼と私。二人だけの思い出の時間を構築出来たのだから。
もっと近付いて観察を続けようかな??
そう考え、椅子を引いて彼の太腿に私の膝がくっつく距離に身を置くと。
『カエデ――――!!!! 図書館に居るんでしょ――!!』
「っ!?」
突如としてマイの大声が頭の中で響いたから心臓が大変苦しい顔を浮かべてしまいました。
び、びっくりしたぁ……。
『えぇ、居ますよ』
至極冷静を務めて返したけど……。大丈夫かな??
『私達、丁度今図書館の入り口付近に居るから!! 出て来なさい!! 帰るわよ!!』
『了解しました。彼を起こしてから向かいますね』
ふぅ。
いけない。
風紀を乱す行為をしてしまう所でしたね。
自分の愚行を戒めるかの様に太腿をぴしゃりと叩き、勢いそのまま。
彼の頬っぺたに攻撃を加えてやった。
「えいっ」
「んおっ!?」
物凄い速さで上体を起こしましたね?? 腰を痛めますよ。
「はれ?? もう……。夕方??」
誰も居ないガランとした空間の中。シパシパと瞬きを繰り返し、外の茜色を眺めた。
「マイ達が迎えに来ました。帰りますよ」
誰も居ないので、矮小な声で彼にそう話し。
己の席へと移動を開始。
その流れで一冊の本を手に取り、再び彼の下へと戻った。
「しまったぁ……。ちょっと寝ちゃったか」
「それだけ疲労が蓄積されているのですよ」
「そうだなぁ……。ふわぁぁ……。痛い……」
顎が外れてしまいますよ??
そんな心配を抱かせる角度で大きく口を開き、ちょっとだけ赤く腫れた頬を抑える。
「何も叩かなくても良かったんじゃない??」
「それ位しないとレイドは起きませんからね。さ、行きましょう」
彼に背を向け、本棚へと向かった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 置いて行かないで!!」
ふふ。
私が頭を撫でた時に起きなかった罰ですよ。
もう少しだけ、悪戯しちゃおうかな。
背後から慌てふためき荷物を仕舞う音が響く。それを更に焦燥させる為、敢えて早足で本棚の合間へと進んで行った。
お疲れ様でした!!
中途半端な位置で区切ってありますので、本日中に引き続き投稿させて頂きます。
もう暫くお待ち下さい。