第四十七話 金と命は天秤に掛けれない その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
大勢の人達が蠢き鼓膜が辟易する喧噪が跋扈する大通りとは裏腹に、慎ましい大きさの庶民的な家々が立ち並ぶ裏通りでは静謐な環境が漂っていた。
何もせずぼぅっと立っていると時間のゆるりとした流れが目に見えてしまう様な、そんな有り得ない妄想を掻き立ててしまう程に心休まる静けさが心地良い。
静かに目を瞑ればほぉらっ、随分と離れた位置の大通りから客達を引こうとしている店主達の大声が微かに聞き取れてしまう。
『いらっしゃいませ――……。そこのお兄さん!! うちの店の狩猟道具は一味違うよ――……』
このやたらと耳に残る声は……。あぁ、ロシナンテの店長さんか。
どうやら今日売りたい品は弓と矢らしい。
王誕祭開催間近だから安くしておくよ!! お兄さんカッコイイから安くしちゃう!! 等々。
声色からして何かと理由を付けて売り払ってしまおうという魂胆が丸見えだ。
時間があれば後で冷やかしついでに様子でも見に行ってやろうかしら??
あ、でも。あそこの店長は結構がめついし、余計な物を押し付けられてしまう可能性も否めない。
不必要な買い物は家計に大打撃を与えてしまいますからねぇ……。
王都シェリダンで過ごす様になって本日で二十日。
これまで無駄な買い物を控えているお陰か、初めてこの街に訪れた時よりも資金は微増していた。
出費を抑えて、勤労に励めば自ずと財は積み重なる。
世の主婦達が率先して行う家計管理の大切さを改めて自覚すると作業の手を止め、ちょいと疲労を籠めた吐息を家屋に挟まれて大変狭い青空へ向かって解き放ってやった。
「ふぅ――……。お母さんは今日も大変ですっ」
「貴様……。口を動かす暇があれば少しでも動いたらどうだ??」
俺の直ぐ後ろ。
悪鬼羅刹もドン引きしてしまう恐ろしい顔を浮かべている相棒が憤怒を籠めた口調で釘を差してきやがった。
「ちゃぁぁんと仕事してますぅ!! ほら、見てみろよ!!」
背負っていた円筒状の木製の筒を勢い良く下ろして中に詰められている塵の山を彼に見え易い位置に置いてあげる。
「ふんっ、俺の方が多いぞ」
横着な白頭鷲が鼻に付く薄ら笑いを浮かべると俺が置いた筒の横に自分の筒を置く。
こういう時ってどうして男の子は比べたがるのでしょうねぇ。
永遠の謎ですよっと。
「はぁっ?? あんまり変わらねぇじゃねぇか」
「貴様の目は節穴か?? 詰み上がった塵の高さを比べれば一目瞭然だっ」
うっわっ、うっぜ。
どうしても俺に勝ちたいみたいだな。
「違いますぅ!! 俺は細かい塵を主に集めていて、テメェはデカイ塵を集めているだけじゃねぇか」
「負け犬の遠吠えか??」
「何とでも言いやがれ……。はぁ、まぁいいや。ちょっと休憩――っと」
良い感じに薄汚れた家屋の壁に背を預け、疲労が募った足をだらしなく投げ出して宙を仰いだ。
「大体いつまで俺達は雑務を続けなければならないのだ。俺は薄汚れた道路の掃除、やたらと忙しい店の手伝いをしに来た訳では無い……」
耳に痛い愚痴を零しつつもサッサッと箒で塵を集めているのはやはり彼の真面目な性格所以であろう。
大切な者の命を守れる強さを求めて大陸を渡った彼には申し訳無いが今の俺達にはこうした汚れ仕事をしなければいけない理由があるのです。
先日、職業斡旋所の受付三人娘の一人の活発な女性から大変有難い金言を頂いた。
『いきなりデカイ仕事をやるんじゃなくて、誰もやりたがらない仕事をコツコツと熟して行けばいつかダン達個人宛に仕事が舞い込んで来るよ』
『本気で!? じゃ、じゃあ掃除とか店番とかしていればカワイ子ちゃんが俺の体目当てでやって来てくれると!?』
『そんな訳ないでしょ。阿保な事言っていないでさっさと掃除して来い』
案内所の掲示板に貼り付けられているが誰にも手に取って貰えない仕事の数々の大半はこうした地道で大変疲れる仕事ばかり。
しかも疲労の割に貰える仕事の報酬は雀の涙程度ときたもんさ。
そりゃあ誰だって仕事の成果に見合った仕事を選びたがるでしょう。
しかし、多くの報酬を得られる仕事は直ぐに誰かの手に渡ってしまう。更に俺達の様な新参者が楽に稼げる仕事ばかりこなしていたら厄介事にも巻き込まれかねない。
その為、俺達は依頼者達の数多多くの真なる依頼に応えるべく日々汗を流して王都内の慎ましい問題解決に勤しんでいるのだ。
「そう愚痴を零すなって。ハンナ達も里の戦士になったばかりの時は辛い基礎訓練ばっかりだっただろ?? これもその基礎訓練だと思って取り組めば幾分か気持ちが楽になるだろう」
「それはそうだが……。少なくとも箒や塵取り、雑貨を手に取って汗を流していた訳では無い」
左様で御座いますか――っと。
折角俺が気休めの言葉を送ってやったのに辛辣な言葉を返しやがって……。俺だってキツイんだぞ??
額から零れて来る汗を乱暴に拭い、微妙な重さが残る腰を労わる様にして立ち上がるとこの裏通りを清掃して欲しいと依頼して来た依頼主さんが軽快な足取りでやって来た。
「お疲れさ――ん!! 精が出るね!!!!」
「あ、お疲れ様です。どうです?? かなり綺麗になったでしょ」
街の主大通りから西のまぁまぁ広い通りまで続く裏道に視線を送りつつ話す。
「表通りから入った瞬間にビックリしちゃったよ!! まさかここまで綺麗になるとは思っていなかったもの!!」
女性の割にちょいと低い声の大蜥蜴ちゃんが嬉しそうに喉をキュキュっと鳴らして、無駄にデカイ尻尾をブンっと勢い良く左右に振る。
「ほら、町内で清掃しましょうって言っても皆仕事があったり。家庭があったりで忙しいでしょう?? 町内総出で掃除するのにも予定を合わせたりしなきゃいけないから中々出来なくて……」
「そこで俺達の出番って訳ですか」
「その通りっ!! 数ある斡旋所の中でもこういった地味な仕事はシンフォニアさんしか扱ってくれなくてねぇ……。でも助かっちゃった」
「満足のいく結果を提供出来て俺達も嬉しいですよ。それではここに依頼主さんの直筆の署名を書いて貰って宜しいでしょうか??」
鞄の中からドナから手渡された一枚の依頼書を取り出し、依頼達成欄と書かれた箇所に指を差す。
「はいはいっ!! さらさらぁ――っと書いてぇ……」
俺から羽筆を受け取ると大きな右手を器用に扱って依頼達成欄に己が名を記していく。
「うんっ、書けたよ!!」
「有難う御座います。それではまたの御利用をお待ちしていますね」
依頼書を受け取り万人の心が潤う陽性な笑みを浮かべて背の高い彼女を見上げてあげた。
「あ、そうそう!! ほら、これを持って行きなさい!!!!」
依頼主の彼女が肩から掛けている鞄の中から大きな袋を取り出して俺達に差し出してくれる。
「これは??」
「今大通りから帰って来る時に丁度パン屋さんに寄ったのよ。良かったら食べて行きなさい」
「いいんですか!? あはは!! 丁度腹が減っていたんですよ!!」
食欲を誘う小麦の香を放つ袋を受け取り、その中から一つのパンを取り出すと早速齧り付いてやった。
「んっ!! 美味いっ!!」
前歯でパンをサクっと裁断すると小麦本来の風味がふわぁっと口内に漂い、口当たりの良い表面が舌を喜ばせてくれる。
唾液を含んだパンの欠片を奥歯でムギュっと噛むと優しい甘さが口一杯に広がり、もっとそれを寄越せと口の中に唾液がジャブジャブと溢れ出してしまった。
ふぅむ……。ちょいと武骨な外観からして大雑把な味かと思ったけど、結構美味しいじゃん。
「美味しいでしょ――?? 私が贔屓にしているお店でね?? そのお店の一番のお薦めがそのパンなのよ」
「砂糖は敢えてあまり使用せず、小麦本来の味で勝負したパンって感じですよね」
「おぉ!! 詳しいね!!」
「ここに来る前は農業に携わっていたので小麦には少々五月蠅いですよ??」
「ほぉ――。それならこっちのパンも食べてみてよ!! 砂糖を使用しているけど小麦の味も損なわれていない逸品なんだから!!」
「是非是非!!」
「……」
人通りが大変少ない裏道で主婦達の井戸端会議が開催されると我が相棒が若干冷めた目で睨みつけて来る。
しかし、世の主婦達は夫の目等一切気にしないのが当然の理だ。
やれこっちは風味が強過ぎる、やれこっちは甘過ぎる、チーズや肉の腸詰に頼るのはお門違い等々。
達観した者達が饒舌に話す様は外から見ていて余程滑稽に映ったのか。
「はぁ――……。先に行くぞ……」
この手の話についてこれない夫は落胆した溜息を零すとガックリと双肩を落として一人静かにシンフォニアへと向かって行った。
お疲れ様でした。
後半部分を含めると一万文字を越えてしまいますので前半、後半分けての投稿なります。
後半部分まで編集作業していると物凄く遅い時間の投稿となってしまいますので、取り敢えず出来立てホヤホヤの前半部分を投稿させて頂きました。
現在後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。