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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第四十六話 そこにある酒池肉林

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 イイ感じに経年劣化した扉を開くと同時に出現した特濃の煙を突き抜けて店内にお邪魔するとそこには俺がほぼ予想した通りの光景が広がっていた。


 まぁまぁ広い店内の方々に大きな机が設置され、机の中央には大きな七輪が置かれており煙の発生源はあそこであると容易に理解出来る。


 焦げた網目の上には食欲を湧かせる一口大に切られたお肉さんが今もジュウジュウと腹の空かせる音を奏でて焼かれ、肉の断面からじわぁっと滲む肉汁が炭に当たると心と体が早くあの肉を食えと命令してしまう香りと音を放つ。



「ギャハハ!! もっと食え!!」


「うっめぇ!! この肉なら無限に食えちまうよ!!」



 机を取り囲む大蜥蜴達の様子も酒の力、そして店内の陽性な雰囲気に合わせて皆一様に口角を上げて肉に舌鼓を打ち会話に華を咲かせていた。



 ふぅむ、中々に良い雰囲気じゃあありませんか。


 静謐な環境下で粛々と食事を進めて行くのも乙なものだが、俺達の様な庶民は愉快爽快な会話をおかずにして食事を進めるのがお似合いなのだろうさ。


 店内の雰囲気を掴むと頭が数舜の内にこの店は良い場所であると判断してくれるが、俺のお目目ちゃんは。



『却下っ!! 即刻この場を離れなさい!!』 と。



 物言わずともジワリと滲み出る涙で退却を伝えてくれた。


 雰囲気は最高だけどこの煙の量だけは洒落にならんな……。薄目で行動しないと涙が速攻で枯れてしまいそうだ。



「いらっしゃいませ――!!」



 随分と視界の悪い店内の奥から一人の女性が軽快な足取りで俺達の下へとやって来る。



「よっ!! 元気にしてる!?」


「ドナ!! あはは!! 元気元気っ!!」



 黒の長髪を後ろで纏めた女性店員さんとドナが和気藹々と手を振り合っている姿を見れば顔馴染の店であると直ぐに理解出来よう。



「私達今日は五人だけど、席は空いている??」


「ん――……。じゃあ、あそこ。一番奥の席を使ってよ」


「了解っ、ほら皆行くわよ」



 俺達の言葉を受け取るよりも先に彼女が我先にと指定された席へ向かって行く。



「うんめぇぇええ――!! この腸詰の肉、ヤバイな!!」


「このワインも絶品だぜ!!」


「ほらほら!! じゃんじゃん焼くからガンガン食えよ!!」



 店内に響く利用客達の陽性な声、体を包み込む特濃の煙、そして若干の酒の香りが含まれた空気を横断して案内された席に着くと疲労を籠めた吐息を漏らした。



「ふぅ――……」


「どうした、ダン」



 俺の右隣りの席に着いたハンナがこちらへ視線を送る。



「あ、いや。今日は色々あったなぁって」



 徒歩での長期間の移動、初めての王都訪問、大蜥蜴達との戯れに可愛いラタトスクちゃん達との出会い。


 見知らぬ土地で一気に出来事が重なった結果、俺の体ちゃんはちょいと休めと言っているのでしょう。



「その疲労を癒す為に此処へ来たんじゃない!! ほら、品書きを取って!!」



 はいはい、言われなくても見ますからねぇ――……。


 左隣の席に腰掛けているドナから手渡された品書きに目を通す。



 ん――……。店内に漂う特濃の煙と油で汚れた文字でちょいと見にくいけど、どうやら提供してくれる品はまぁまぁの多さだ。


 品書きの上部には牛肉と豚肉と鹿肉の各種部位の肉が書かれており、下部には酒の名が記されている。


 普遍的な献立の羅列にホッと胸を下ろしたのも束の間の出来事。


 その中に聞き覚え名の無い献立が書かれていたので。



「今日は何を食べようかなぁ――。この肉は確定で、御米で脇を飾るか。それともパンで脇を飾るか……。いっその事それを抜いてお酒で盛り上がる??」


「えっと……。ドナ、この鹿豚って何」



 本日の夕食の献立に悩むうら若き女性の横顔に問うた。



「あぁ、それ?? 体は豚の様に丸々と太っているんだけど、足はスラァっと伸びた動物の肉よ。正式名称は……。何だっけ??」


「ピッディよ」



 ドナの代わりに俺の正面の席に座るレストが品書きに視線を送りつつ鹿豚の正式名称を教えてくれた。


 ってか、煙の視界の悪さから随分と遠い位置に座っている様に見えるな。



「そうそう!! 野性味溢れる肉で、ちょっと臭みがあるけど慣れちゃえば平気。お薦めは太腿の部位よ。コリッとした食感と脂肪が少なくて赤みの肉が強いからサラサラと頂ける感じかな」



 ふぅん……。じゃあ何事も経験と言われる様に、この店の初めてはそのピッディの太腿肉にしようかしらね。


 それ以外の注文は常連客に任せましょう。


 初見の店でアレコレと頼んで失敗するのは憚れるし。



「ん?? ダンはもう決めたの??」


「そのピッディの太腿肉以外の注文は任せた。俺達は初見だから常連客であるドナ達に注文は一任するよ」


「任せなさいっ!! 絶対あんた達の舌を唸らせてやるんだからっ!!」



 そりゃどう――も。


 品書きと睨めっこを始めたドナからふと視線を外すと、先程の女性店員さんが人数分のコップを持ってやって来た。



「お水をお持ちしました」


「おぉ、有難うね」



 ふぅむ、この子も中々に可愛い笑みを持っているじゃないか。


 中肉中背で肌の色は受付三人娘と同じく健康的に焼けており、紺色の長いスカートから覗く足首ちゃんの細さが男のナニかを刺激してしまう。


 スカートにピタっと張り付いたあんよちゃんの形からしてぇ、きっと大変美味しそうな肉付きなのでしょう。


 特濃の煙が店内に漂っていて幸いです。こうしてじぃぃくりと彼女の美味しそうな足を観察出来るのだから。



「ドナ、注文は決まった??」


「決まったわ!! 牛肉の腸と肩の部位、豚肉の腸詰めと背の部位。それをそれぞれ五人前で……」



 いやいや……。お嬢さん?? ちょっと頼みすぎじゃない??


 彼女に注文を一任した事を早くも後悔し始めてしまう。



「それでぇ、パン三人前と御飯は……。欲しい人挙手!!」


「「……っ」」


 ドナの威勢の良い声に俺とハンナが無言で右手を上げる。


「御飯は二人前。それでぇ……。後は葡萄のワインを人数分!! 以上!!!!」



 私の任務はこれで終了。


 一仕事終えた感じで椅子の背もたれに身を預け、ふぅっと大きな息を吐いた。



「また沢山頼んだねぇ……。この人達は初めて見るけど、どういう関係なの??」


「実はさ……」



 ドナが本日起きたあの乱痴気騒ぎの話を小声ですると。



「うっそ!! 最低じゃん!! そいつら!!」


 女性店員さんの顔が店内に漂う煙よりも更に色濃く曇ってしまった。


「こっちがダンで、あっちがハンナさん。この二人が私を助けてくれて、んでそのお礼として連れて来たのよ」


「成程ねぇ……。えっと、ダンさんだっけ」


「呼び捨てで構わないよ」



 あんよが美しい女性店員さんに片目をパチンと瞑ってやる。



「ダン達が満足してくれるように腕を揮いますので、もう暫くお待ち下さいねぇ――!!」



 接客態度百点満点の笑みを残し、煙の向こう側へと小走りで向って行ってしまった。



「よぉ――し、後は待つだけねっ!!」


 ドナがふんっと強く鼻息を荒げて店員さんの後ろ姿へと視線を送る。


「俺達はまぁまぁ食べる方だけど本当にあれだけ頼んでも良かったの??」


 ざっと聞いただけで十五、六人を想定した量の注文をしていたし。


「安心しなさい。私達が食べ残した分はミミュンが全部食べるから」


「い、いつもはそんなに食べないもんっ!!!!」



 ミミュンがクピクピと可愛らしく水を飲んでいたコップから慌てて唇を外し、顔を朱に染めて抗議する。



「ふふ、ミミュンも女の子だからね」


「そうだよ!! レスト、良い事言った!!」


「だったら注文の量減らす??」


「あ、いや。それはぁ……」



「所でさ、さっきの話題で気になった事があるんだけど尋ねていい??」



 微笑ましい受付嬢の三名の様子を何とも無しに眺めつつ問う。



「話題??」


「ドナ達が務める斡旋所の経営者の事さ」


「「「……」」」



 俺が話すと同時に三人が刹那に視線を合わせてしまった。



「あ、話辛い情報なら話さなくていいよ」



「別にそういう訳じゃないんだけどね?? 本人は余り顔を知られたがらない人でさ、たまぁにふらっと斡旋所に訪れてさり気なく私達に指示を出すの。普段は質素な街並みの中で整体店を細々と営んでいる人で……」



 ドナがそこまで話すと。



「んんっ」


 レストがそれ以上の情報開示は止めなさいと、小さな咳払いで止めた。


「あ、しまった。ちょっと話過ぎちゃったかな」


「俺達はこの街の事を今日知ったばかりだし。その整体店が何処にあるのかも知らない。そして何より、この話は今を以て忘れるとするよ」



 微妙に口角を上げて顔を顰めているドナの横顔に向けて言ってやる。



「有難うね。彼女はほら、私達と同じでラタトスクでさ。顔が広まると色々厄介な事に巻き込まれてしまう恐れがあるから」



 まぁ恐らくそうだろうと思ったよ。


 種族差別、出身地による扱いの差異、意図せぬ迫害。


 大陸の大多数を占める大蜥蜴では無い者達には常にこの問題が付き纏う。ドナ達の上司はこの悪条件が重なる中で、しかもこの大都会である程度の権力を握っている。


 それを快く思っていない人達は大勢いるだろう。


 水面下で漆黒の意思を持って行動に至ろうとしている者も居るかも知れない。


 人の生命財産は法によって守られているが、少数部族である彼女達にとってその実態は見せかけの法体制なのかもな……。



「暗い話はここまでっ!! さぁ――……。本日の主役が参りますよ!!」


 ドナの軽快な声を受けて煙の先へじぃっと視線を送ると。


「お待たせしました!! 注文の品をお持ちしましたよ――!!」



 俺達が注文した品々を器用に盆を乗せて運んでくる様を捉えた。


 煙で見え難いのによく彼女が扉から出て来るのが分かったな……。この店の常連足る技の一つに少しだけ唸ってしまう。



「待ってました!! 私の大好物はここに置いて!!」


「はいはい。ドナは鹿豚の太腿肉が大好きだからねぇ――」



 女性店員が熟練の手捌きで机の上に皿を並べて行き、ドナの前には彼女の好物である鹿豚の太腿肉が置かれた。



「普通の見た目だよね」



 もっとこう……。やたら赤が強調された肉かと思いきや、普通の牛や豚と変わらぬ赤身の肉に何だか拍子抜けしてしまう。


 あ、いや。これが普通なのか。


 相棒の大陸ではちょいと酷い目に遭ったから普通の感覚が麻痺しているのかも。



「当たり前でしょ。どんな肉が来ると思っていたのよ。さぁ皆さん!! これから宴が始まりますのでコップを持って!!」



 ドナの威勢の良い声を受けた者達が酒の入ったコップを机の上に掲げる。



「今日はここに居るダンとハンナさんが我々シンフォニアに新たに加入してくれた、そして大変ひ弱な私を守ってくれた事に対する会!! 沢山食べて、飲んで、笑って!! 素敵な会にしましょう!!!! 乾杯ッ!!!!」



「「「乾杯――っ!!!!」」」



 それぞれがコップを合わせ終えると素敵な香りを放つお酒を口にチビリと含む。



「んぉっ……。ちょっと辛いけど中々に美味いな」


 酒特有の辛みが舌を襲うが、その後直ぐに果実の香りが口内に広がり舌の痛みを和らげてくれる。喉越しも爽やかで鼻から抜けて行く酒の馨しい香が心地良い。


「でしょ!? よっしゃ!! じゃんじゃん焼いちゃおう!!」


 長い菜箸で七輪の上に沢山の肉を乗せて行くと、ただでさえ煙たい室内に更なる煙が生じてしまい思わず咽てしまう。


「ゴホッ!! お、おい。流石に乗せ過ぎじゃない??」


「この程度の煙で咽ているようじゃまだまだ素人ね。煙に巻かれても決して咽ないのが本物の玄……。コホッ!! オフッ!!」



 おやおや、自称玄人さん?? 可愛い咳が出てしまっていますよ??


 俺と同じ気持ちを抱いたのか。



「「「……」」」



 席に着くほぼ全員から何だか冷たい視線が彼女の体に突き刺さった。



「誰にでも失敗はあるでしょ!! ほら、ダン!! 焼けたよ!!」


「お、おぉっ。有難う……」



 モウモウと猛烈な勢いで煙を上げる七輪から己の小皿に移されたお肉に視線を送る。


 赤身が強いお肉の表面は炭火によって食欲を湧かせる焼き目へと変化。


 その表面からじわぁっと肉汁が溢れ出して小皿の上に小さな美しい食の湖を形成している。


 匂いも見た目もほぼ完璧。後は味、だな。



「どれどれぇ?? それでは頂きますっ!!」



 期待に胸を膨らませて口を開き、この街に入って初めてのお肉ちゃんを迎えてあげた。



「ふぁむ……。んむっ……。うっまっ!!!! ドナ!! この肉すっげぇ美味いぞ!!」



 前歯でサクっと肉を裁断すると丁度良い量の肉汁が舌の上に零れ、奥歯に運んで咀嚼すると心地良い肉の食感が歯を喜ばせてしまう。


 味付けは塩だけの簡素な物だが、肉本来の味を楽しむのには敢えてこれでいいのかも知れない。


 全然脂っぽく無い肉質、発汗によって失われた塩分を取り戻す為の塩気、更に噛み応え抜群の肉感。


 体と心は満場一致でこの鹿豚の太腿肉に満点を叩き出してしまった。



「でしょう!? ほら、どんどん食べないと追加分が机に乗らないからね!!」


「は――い!! 次の品をお持ちしましたよ――!!」



 女性店員さんが先程の注文した続きの品を机の上に並べて行く。



「任せろ!! これだけ美味い肉なら無限に食えちまうよ!! そうだろ!? 相棒!!」


 右隣りで無言のまま肉を美味そうに咀嚼するハンナの肩をパチンと叩いてやる。


「やふぇろ。きふぉくわるい……」



 うふふ、口では辛辣な言葉を放っていますがぁ。青い髪の毛がふわぁぁっと立ち上がっていますわよ??


 きっと肉の味がお気に召したのでしょう。


 ハンナの髪の毛が浮き上がるのは嬉しい事があった時だけだしっ。



「んぅ――!! 何度来てもこの店のお肉とお酒は美味しいね!!」


「ふふっ、ミミュン。口にタレが付いているわよ??」


「ダン!! もっと飲め!! 私はもっと飲むからね!!」


「いやいや、もうちょっと考えて飲めよ……」



 目に痛みが生じる程の煙の量だが、机を取り囲む者達との会話が弾みそれを意に介さず楽しい食事が進んで行く。


 肉の脂で舌が参り始めたら酒で押し流し、味変を求めて若干硬めの炊き上げ具合の米を掻っ込む。


 紆余曲折あってここに辿り着いたけども、なんだかんだ言って俺の選択肢は間違っていなかったな。


 煙の力なのか、それとも笑いの力なのか。


 その両方の意味に捉えられる小さな涙を流しつつ、馬鹿みたいに口を開いて笑い転げる。そしてこの楽しい宴は宵が更けるまで続いて行った。





























 ――――。




 巷でよく聞く言葉でこういう謳い文句がある。


『酒を飲んでも呑まれるな』


 酒の席で羽目を外したいのは重々に理解出来るけども、陽性な気分を味わいたいのなら決して己の体の許容量を超える事無く慎ましい量で我慢しなさいという意味だ。


 人が己の許容量を超える量の酒を飲んだら一体どうなるのか?? それは酒飲みであれば一度や二度位なら経験があるだろう。


 酒の力が全身に回り平衡感覚が消失、意識に濃い霞が掛かり正常な判断が下せず日常生活の中では決して行動しないような突拍子も無い行動へと走り。挙句の果てには記憶が欠如してしまう。


 この症状を抑える為、分別が付く大人は嗜む程度の酒の量を飲むのです。


 しかし、どうやら活発な彼女は愉快な酒の席の雰囲気に当てられてしまい己の限界を超える飲酒をしてしまったようだ。



「う゛――……。もう飲めないぃ……」



 砂浜に打ち上げられたワカメみたいにクタクタにしなびて俺の背に体を預けていますからね。



「ったく。楽しいのは分かるけど飲み過ぎだぞ」


 小さな口から酒の香を漂わせる彼女へそう言ってやった。


「楽しかったからいいのだ!!!! 大体、酒を怖がっていたら日頃の鬱憤は晴らせませんっ!!」


「いでっ!!」



 快活な声を放つと同時に無防備な俺の後頭部にまぁまぁな勢いで拳をポカンと打ち込んでしまう。



「愉快爽快なのは十二分に理解出来たからそのまま大人しく運ばれてくれ……」


「ぶへへ!! 了解しましたっ!! ダン殿!!」



 全く……。酔っ払いの処理ってこんなに疲れる出来事でしたっけ??


 本日は色々あった所為か余計に疲れちまうよ……。


 ルサックで大変満足出来た食事を終えるとそのまま解散する流れになりかけたのだが。



『うぅぅ……。動けないぃ……』



 後先考えず馬鹿みたいに飲酒した横着なラタトスクちゃんを彼女達の家まで送り届けなければならなくなってしまった。


 夜は更に深まり間も無く日付が変わる刻であろう。



「わはは!! まだまだ夜はこれから!! ドンドン飲むぞ!! 野郎共!!!!」


「「「おおぅっ!!!!」」」



 この時間になっても君達は一体全体何処にそんな元気が残っているのかと思わず問いたくなる陽性な声が各お店から響いていた。


 その声を元気に変え。



「んっ……」



 そして俺の背に一切合切身を委ねているドナの大変柔らかい双丘のフニフニな感触を力に変え、レストの先導で彼女達の家へと向かっていた。



「三人が暮らす家は近いの??」



 酔っ払いを運び続ける俺の少し前。


 通い慣れた歩調で暗い夜道を歩き続けている彼女の背へと問う。



「もう直ぐよ。しっかし……。ダン達の荷物って結構重たいのね」


 細い両腕を駆使して俺と相棒の背嚢を運びながらレストが顔を顰める。


「俺達はこの街に到着したばかりだし、生活必需品が詰まっているからなぁ。そうだろ?? 相棒」


 俺の少し後ろ。


「も、も、もう食べれませんぅ……」



 食べ過ぎて身動きが取れなくなってしまったミミュンを運ぶ相棒に笑みを送ってやる。



「あぁ、そうだ」


「ハ、ハンナさん。ごめんなさぁい……。運んで貰ってぇ」


「構わん」


 そこはもう少し相手を労わる口調で話し掛けなさいよ。


「こ、今度から気を付けますっ」


 ほら、ミミュンが怖がっちゃったし……。


「ダン、ハンナさん。ごめんね?? 二人を運んでもらって」


「いいって。疲れ果てた女の子を運ぶ為に男の子は日々鍛えているんだから」



 俺の背中からずり落ちそうになってしまう酔っ払いの体を背負い直して話す。


 んほっ、やわらかっ。



「あ、そうそう。俺達の様なよそ者が使用する宿って何処にあるのかな??」



 あぶねぇ、この柔らかさに夢中で本来の目的を聞き忘れる所だった。



「それなら……。王都の南西区画にある宿屋ウンガを使用すればいいよ」


 ウンガね。


「王都の中央通りを真っ直ぐ南下して行くと右手にロシナンテって武器防具屋さんが見えて来るの。そこを右折して暫く直進すれば見えてくるわ。深夜でも受け付けてくれるし、何より安い。一泊銅貨三枚で素泊まり出来るからねっ」



 ほう!! この大陸一の都会でその値段で泊まれるのは正直有難いな。



「私達もこっちに来たばかりの時は使用していたから」


「そうなんだ。三人は同じ街の出身なの??」


「ううん。微妙に離れているから顔見知りって訳じゃないの。里を出てから偶々この街で遭遇してね?? そこから色々と話をしている内にじゃあこれから一緒に行動しましょうって流れになって……。あ、ここを右折するよ」



 了解しましたっと。


 彼女の先導に続き、暗い道を右折する。



「その宿を使用してそれぞれがそれぞれの仕事こなしている時、シンフォニアの店で働かないかってお誘いを受けたの。何でも?? 以前は大蜥蜴の人達が受付をしていたけど、忙し過ぎて辞めちゃったんだって」


「だろうなぁ。あれだけの人達が毎日押し寄せてきたら体力のある奴でも流石に参っちゃうでしょう」


「営業は毎日って訳じゃないけど……。五の付く日は定休日だから気を付けてね??」


「了解しました!! 早速明日から斡旋所を利用させて頂きます!!」


「ふふっ、御利用有難う御座います。その時は真摯に対応させて頂きますね」



 おぉっ……。レストって笑うと滅茶苦茶可愛いな……。


 三人娘を纏めるお姉さん気質であり、真面目に努めている彼女がふとした拍子で零した本物の笑顔の破壊力は相当なものであった。



「うぅむ……。中々に可愛い笑顔だな」


 俺は馬鹿正直に己の感想を述べ。


「……っ」



 ほぼ童貞な相棒は彼女の笑みを捉えると思春期真っ盛りの男の子の様にさっと視線を逸らしてしまった。



「営業中は営業専用の笑みを浮かべているから余計にそう見えるんじゃない?? あ、到着しましたっ」



 レストが軽やかに進んで行くと一軒の家の前でその歩みを止めた。


 彼女達が暮らす二階建ての家は細い道の脇に建ち並ぶ建築物達に紛れる様にひっそりと建つ。


 贅を尽くした造りでは無く周囲の外観を損なわぬ様に普遍的な材木で建てられた外観にどこか親近感を覚えてしまった。



「ほら!! 二人共!! 家に着きましたよっ!!」


 レストが相も変わらずグデングデンに酔っ払っているドナと、後先考えず食べに食べて全く身動きが取れなくなってしまった子犬ちゃんに厳しい声を与える。


「う、うぅ――……。地面がくにゃくにゃするぅ」


 俺の背から降りて千鳥足で開かれた扉へと向かうドナ。


「ハ、ハンナさんっ。ここまで運んで頂いて有難う御座いましたぁ」



 そしてミミュンは大粒の涙を瞳に浮かべてハンナに頭を下げていた。



「構わん。次からは気を付ける様に」


「は、はいっ!! それじゃ失礼しますっ!!」



 こんもりと膨れたお腹を押さえて扉の中に入って行ったミミュンを見送るとレストから渡された背嚢を背負って移動の準備を始めた。



「よっしゃ、相棒。かなり距離が離れているけどウンガまで移動しようぜ」


「あぁ、了解した」



 本音は今直ぐにでも眠りたいけども、こんな場所で眠ったら風邪を引いてしまいそうだし……。


 こっちの大陸の昼はクソ暑いけど、夜はびっくりする位に涼しいんだよねぇ。


 移動の準備を終えて今来た道を戻ろうとした刹那。



「あ、えっと……。二人さえ良かったら家の一階で泊まって行く?? 宿まで結構離れているし、ソファで眠るのなら全然構わないけど……」



 レストから心臓と性欲がキャアキャア騒いでしまう嬉しい発言を頂いてしまった。


 な、何ですと!? 女の子しか居ない家にタダで泊まっても構わないと!?



「いいの!? じゃ、じゃあ御言葉に甘え……」



 大人の情事を期待しつつ、大好物を捉えた犬の様に厭らしい涎を垂らして女の園にお邪魔しようとしたのだが。



「俺達は予定通り宿に宿泊する。それでは失礼する」

「ぐぇっ!!!!」



 横着な白頭鷲に襟を掴まれてしまい、そのまま無慈悲にくらぁい夜道を引きずられ始めてしまった。



「は、放せ!! あそここそがこの世の桃源郷なんだよ!!」


「近所迷惑だぞ。少し黙れ」



 こ、このクソ真面目野郎が!! 旅の疲れを女の子達の匂いと体で癒そうとは思わないのかい!?



「あはは!! 何となく二人の関係性が理解出来たよ。それじゃあまた明日」


「あぁ」


「イヤァァアア――!! やだやだ!! 俺はあそこに泊まるの――!!」



 ち、畜生!! 柔らかそうな女肉ちゃん達が無防備で休む桃源郷が遠ざかって行くぅぅうう!!



「五月蠅い。大体、俺はそ、その……。恋人という深い関係を結んだ者が居るんだ。それなのに他の女性が住んでいる家に宿泊するのはお門違いだからなっ」


「クルリちゃんなら大目に見てくれるって!! だ、だからぁ!!」


「行くぞ。大馬鹿者が」


「そ、そんな!! 後生ですからぁ!! お願い!! 連れて行かないで!!」



 両手で身近な家の角を必死に掴むものの、クソ真面目な彼は俺の抵抗を一切苦にする事無く非情な行進を再び開始しまった。


 ち、畜生……。いつか絶対、ぜぇぇったい!! あの家に泊まってやるんだからっ!!


 砂の大地に己の踵で二本の悔恨の線を描きつつ断固たる決意を固め、もう全然見えなくなってしまった桃源郷に羨望の眼差しを送り続けていたのだった。




お疲れ様でした。



本日は帰宅後に録画しておいた番組を見つつ編集作業をしておりました。その番組は……。


『真夏の絶怖映像 日本で一番コワイ夜』 です!!


毎年この季節に放送してくれるのでワクワクしながら見ていたのですが、内容的にはウーーンって感じでしたね。


もう少し怖い映像を用意して欲しかったのが本音です。



さて、次の御話から彼等は次々と舞い込んで来る依頼をこなしていきます。その最初の依頼となる話のプロットを書いているのですが少し難航気味ですね。


何んとか皆様に読んで貰える形にしてから投稿しようかと考えております。




それでは皆様、お休みなさいませ。

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