第四十四話 職業斡旋所 シンフォニア その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
アイツは何故堂々と、そして弾む様に見ず知らずの店に入って行けるのかと第三者に思われてしまう様な足取りで店内に足を踏み入れると。意外と広い室内には俺の予想通り鼓膜を震わせる大声が自由奔放に飛び交っていた。
「ちょっと!! こんなに報酬が安いなんて聞いていないよ!?」
自分の予想よりも大きく下回った報酬額にげんなりする雄の大蜥蜴。
「よぉし!! 結構儲かったし、今日は豪華な飯を食うとしますか!!」
満足のいく効用を得られてホックホクの笑みを振り撒く個体。
「おらぁ!! 抜かすんじゃねぇ!!」
「あぁっ!? テメェが横入りしたんだろうがっ!!!!」
更に見上げんばかりの巨躯から生える逞しい腕で取っ組み合いをする個体も居た
あ、あはは。混んでいるとは思っていたけど俺の予想以上にすっげぇむさ苦しいな……。
ムンムンの熱気を放つ雄の大蜥蜴達が受付所であろう場所へ向かって参列に並んでいる。
その各列の先頭からは時に陽性、時に負の感情が籠った大声が放たれており店内の喧噪に拍車を掛けていた。
「ん――……。利用方法が分からないから取り敢えず並んでみようぜ」
俺達から向かって一番左側。
「あぁ!! ちょっと!! ここ記入漏れしてるじゃん!!」
「あ、あぁ悪い。急いでいたから依頼主に署名を貰うのを忘れていたよ」
「この人は常連さんだから構わないけど。次からは気を付けてね!!!! ほら、次ぃ!!」
「はいっ!!」
列の先頭から軽快な女性の声が響く列の最後尾に並んだ。
「恐らく、だけどさ。この人達は依頼を終えて帰って来たんだろう」
方々から上がる声と会話から推測してやる。
「多分そうだろう。しかし……。どいつもこいつも武を嗜んでおらんようだな」
ハンナが鋭い視線を浮かべて室内に大勢いる大蜥蜴ちゃん達の筋力へ視線を送って話す。
「ほら、さっきの店主さんが言っていただろ?? ここは幅広い依頼を受ける場所だって。お前さんみたいに腕っぷしに自信がある奴は悪名高きライツェに行くんじゃねぇの??」
「その線が濃厚だな。つまらん依頼ばかりならそちらに足を運ぶのも一考だとは思わんか」
いいえ、全く思いません。
命あっての物種ですので……。
見当違いな意見を放つ相棒を軽く無視して順番を待っていると、俺達の前の利用者が横にはけて漸く出番が回って来やがった。
「次の人!!」
「えっと、俺達はここを利用するのは初めてでさ。どうやって利用すればいいのか教えてくれるかい??」
背の高い木製の受付所の向こう側。
大変素敵な労働の汗を額に浮かべて仕事の対応に追われている彼女へ優しく声を掛けてあげた。
「は?? あんた達初めてここを利用するの??」
「え、えぇ。まぁ……」
あ、あのぉ……。俺達は初心者ですので此方から見て右隣りの彼女の様にもう少し優しぃく応対して頂けないでしょうか??
「ほ、本日も自分は依頼をこなして参りましたっ!!」
「あらっ、ふふっ。いつも有難う御座いますね」
「は、はいっ!!!!」
ほら、仕事の請負人の大蜥蜴ちゃんも彼女の笑みによって滅茶苦茶デレている感じだし。
「ねぇ!! レスト!! 新規申し込みの紙って何処にあったっけ??」
「あ――……。私は今切らしているわね。ミミュン、持っていない??」
「なぁ、さっきから何度同じ間違いしているんだよ」
「す、す、すいませ――ん!! 直ぐに依頼の報酬をお渡ししますのでもう少々お待ち下さい!!」
「ちっ……。ちょっと待っていなさい」
「りょ、了解しました……」
受付嬢の覇気ある瞳に若干気圧され、思わず背筋を伸ばしてしまった。
と、言いますか。今舌打ちする必要なかったよね??
「ドナさん!! ありましたよ!! はい、どうぞ!!」
「ありがと。ってか、あんた大丈夫?? まだまだ沢山人が並んでいるから早く仕事を仕上げないと今日も残業よ??」
「これが精一杯なんですぅ!!」
ふぅむ……。これまでのやり取りで三名の受付嬢達がどんな性格なのか概ね理解出来たな。
俺達に笑顔とは真逆の顔で親切に応対してくれたドナという強面姉ちゃんは肩までスラっと伸びた茶の髪が良く似合う活発娘であり、誰にでも臆する事無く自分の考えをハッキリ言う性格なのだろう。
健康的に焼けた肌が人に好感を与え、良く通る声が心地良い。
三人娘の中央で大変きゃわいい笑みを浮かべているレストちゃんは恐らくお姉さん気質でしょう。
「ちょっと、ドナ。ミミュンが焦る様な言葉を使わない」
「私達にまで仕事が回って来ない様に丸い尻を叩いてやってるのよ」
何気無い会話のやり取りで相手を労わる言葉を使っているのが良い証拠だ。
明るい金色の長髪を後ろで纏め、清楚な紺色の制服を内側からキュウっと押し上げる双丘が目に嬉しいですっ。
「ひ、酷い!! そこまで丸くないもん!!」
そして三人娘の一番向こう側で大粒の丸い汗を流しながら請負人達の対応に追われているミミュンちゃんはおっとりとした性格のようで?? その性格が仕事に影響しているのか、どうやら二人に比べて仕事が遅いらしい。
濃い茶の毛先がクルンと回り、全体的に顔も丸いので本人には申し訳ないが愛くるしい小動物を彷彿とさせる外見だな。
「お待たせっ!! ほら、この紙に書いてある通り。名前、年齢、出身地、職業をあそこの机の上で書いて来なさい」
二枚の新規申込書を持ち帰って来たドナが俺達の左後方で寂しそうに佇んでいる机を指す。
「あそこの上に墨入れと羽筆があるから」
「了解であります!!」
「うん!! 良い返事!! ほら、さっさと行け!! 後ろがつかえているの!!」
そう急かさないの。
足元に絡みつく無駄に元気な愛犬を手で払う仕草を見せるとそれに素直に従い、ちょいと傷が目立つ机の側に置いてある椅子に着席した。
ふぅん……。これといって変わった特徴が無い申込書だな。
頂いた申込書にはドナが指示した通り幾つもの情報を書く質素な欄だけが記載されていた。
「ほい、ハンナの分ね」
「あぁ」
彼にもう一枚の紙を手渡し、羽筆に墨を乗せると早速記入を開始した。
え――っと……。名前と年齢を書いてぇ。出身地は馬鹿正直に北のアイリス大陸と書いておきますか。
そして最後に職業は農業従事者っと。
完全完璧に筆を走らせ、滞りなく情報を書き終えると満足気に鼻息を漏らす。
「ハンナ、書けたか??」
「名前と年齢だけはな」
羽筆を元の位置へと戻して何気なく彼の申込書を眺めると……。そこにはちょいと首を捻りたくなる情報が堂々と記入されていた。
「何で俺とお前が同い年なんだよ」
俺が二十五でハンナが二十二だってのに。
「――――。他意はない」
はい、嘘――。今の微妙な間が自分は嘘をついていますぅって言っちゃっているんだよ。
「当ててやろうか?? 戦士の掟である年上を敬うという心得を無きものにしてやろうとしたんだろ」
恐らく、というか確実にそうだろう。
態々他所の大陸にまで渡って俺にヘコヘコと頭を下げるのも憚れるってか??
鷲の里にいつか戻ったら声を大にしてシェファとセフォーさんにこう言ってやろう。
『ハンナは里の戦士の掟を無視して好き勝手にしていました!!』 と。
「ふんっ、どうとでも捉えろ。出身地はどうする?? お前と同じアイリス大陸が無難だろうか」
「だろうな。マルケトル大陸は閉鎖的な場所だし、そこから渡って来ましたって言ったら好奇な目に晒される恐れもあるから。んで、職業も俺と同じで農業従事者にしておけ」
「俺は里を守る戦士なんだぞ??」
またこいつは馬鹿正直に書こうとして。
「アレコレと詮索されるのが嫌なら……。そうだな。警備職、或いは傭兵とでも書いておけ」
「ふむっ……。それならまぁ」
融通が利かない奴めっ。でもその不器用さも愛くるしく映るんだよねぇ。
相棒が懸命に嘘の情報を書き終えるのを見届けるとそのまま先程と同じ要領で列に並び、随分と利用客が少なくなって来た室内を見渡した。
「ん?? あの掲示板って何だろう」
俺達が並ぶ列から向かって右の壁際。
そこに天井まで届く背の高い掲示板が立っており、その表面には数えるのも億劫になる量の紙が貼られていた。
「あそこに貼られている紙には……。植物の採取、店番、道路の掃除、引越しの手伝い等々。多岐に渡る依頼内容が書かれている。恐らくあの紙を手に取り受付に持って行くのだろう」
い、いやいや。この距離からあの小さな文字が読めるのかい??
「白頭鷲の視力を嘗めるなよ?? 魔物の姿に変われば十キロ先の矮小な獲物でさえも捉える事が可能なのだから」
「目が良くってもこの場所じゃ余り役に立たないって。役に立つのは俺みたいな処世術に長けている人物なんですぅ――」
自慢されっぱなしなのも癪なので文明社会の中では常軌を逸した視力は余り意味を成さない事を告げてあげた。
お疲れ様でした。
長文となってしまい、後半部分も編集していると深夜の投稿になってしまう恐れがありましたので取り敢えず前半部分を投稿させて頂きました。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。