~プロローグ~
お疲れ様です!!
お待たせしました!! 本日より連載を再開させて頂きますね!!
漆黒の夜空に浮かぶ三日月に薄い雲が掛かり、怪しげな雰囲気が漂う淡い月光が地上を照らす。
その月光を見上げた一人の女性が今日も気怠さと疲労を籠めた重苦しい溜息を夜空へと向かって長々と吐いた。
「はぁ――……。あの夜空に浮かぶ雲が大変羨ましいです……」
三日月を覆っていた雲が遅々とした動きの風に流され、再び月光が光量を増すと彼女の大きな瞳を優しく照らす。
淡い月光が差し込む窓辺に佇む彼女は一切身動きを取らず只々夜空に浮かぶ三日月を眺めていると、彼女の心の中に渦巻く負の感情が膨れ上がり体の内側を目に見えぬ鋭利な刃物で傷付けてしまった。
彼女の瞳の中に浮かぶ誰しもが感嘆の吐息を漏らす三日月の姿は内側から湧き続ける温かな雫で歪んでしまい、黒き瞳から零れて頬を伝った一滴の雫が床に落下。
落下している雫にも三日月は映り続けていたが地面に悲しみの涙が衝突するとその姿を消してしまう。
月が静かに泣き続ける彼女の心の痛みを和らげようと試みるが一度湧いてしまった負の感情は消える事無く一滴、また一滴と彼女の瞳から溢れ出て床に矮小な染みを点々と形成する。
「あぁ……。私は何んと愚かな生き物なのでしょう。たった一歩を踏み出す勇気も無いなんて……」
彼女は負の感情が湧き続ける心に強固な蓋をし、両手で耳を塞ぎ、自室のベッドへと飛び込んで硬い殻に閉じ籠ってしまった。
目先の問題から目を背けて逃げた先に待ち構えているのは安寧では無く、無秩序な混沌や波乱である。
彼女は勿論それを理解していた。
しかし、彼女は自身が抱える問題の前でこの行為は無意味だと知りながらも自分の世界へと逃げ込んでしまう。
三日月が東の空から昇る太陽の光に目を背けてしまう様に彼女もまた世界から、そして臆病な自分自身から目を背けてしまったのだった。
◇
真正面から押し寄せる大量の冷涼な風が俺の熱を奪おうと躍起になるが、天高い位置から馬鹿みたいに笑う彼の光がそれを和らげてくれる。
口から肺に届く空気は地上のそれと比べると随分薄いが……。人間ってのは不思議な生物なんだな。
十日間も高高度で過ごしている影響もあって大して苦にならない。
まぁ、正確に言えば四六時中空の中を漂っている訳では無いけどね。
鷲の里を発って何処までも続く大海原へと旅立ち、その道中見付けた島に降り立って慎ましい休息を摂り。横着な白頭鷲ちゃんの体力を温存しつつこの広大な海を渡っているのだ。
「うひょ――!! ハンナ!! 今日もな――んにも見えて来ないな!!」
随分と下に見える紺碧の海へと向かって叫ぶ。
「喧しいぞ。振り落とされたくなければ黙って背に乗っていろ」
相も変わらずちゅめたい口調で……。
「あのさぁ……。ずぅっと飛んでいて暇なお前さんの気を少しでも紛らわせようと考えて声を掛けてやったのにその態度はどうかと思うよ??」
反抗期に差し掛かった年頃の息子に語り掛ける母親の口調を放ち白頭鷲の白き後頭部を睨んでやるが。
「その声が俺の集中力の妨げになっている事に気付かないのか??」
反抗期真っ盛りの白頭鷲の鋭い瞳が俺の体に突き刺さった。
「うっわ、そういう事言うんだ。いいですよ――っと。どうせ俺は何の力も無い人間ですからねぇ――」
四つん這いの姿勢でフワフワの羽の上を静かに進み、背の中央に到着すると胡坐を掻いて静かに座る。
二日前に無人島に降り立って以来、ずぅぅっと空の上。
冒険大好きなダンちゃんでも流石に同じ風景を見続けて居ると飽きちゃうのですよ。
まぁ……。俺一人が飽きていても彼は懸命に翼を駆使して空を飛んでいるのだ。それを邪魔する訳にもいかないよね。
「ふわぁ――……。んっ?? おぉ!! 渡り鳥だ!!」
馬鹿みたいに口を開き眠気を誤魔化して正面を見つめていると俺達と同じ方向に飛翔している鳥の集団を捉えた。
凡そ十羽の茶の翼が目立つ渡り鳥達が錘型の飛行編隊で俺達と同じ方向へと飛翔している。
「あはは!! もう直ぐ大陸に到着するから見えて来たのかな!?」
「さぁな」
ハンナが俺の言葉にぶっきらぼうに返事をしてそのまま渡り鳥の群れの中枢へ突撃すると。
『『ッ!?』』
彼等がギョッとした瞳で俺達の飛び行く様を見送った。
「んぉっ!! 見たか!? 渡り鳥達がびっくりして顔を浮かべていたぞ!?」
そりゃあ急に背後からこぉんな馬鹿デカイ鳥が通過したら驚くでしょう。
円らな瞳を大きく見開いて俺達を見つめていた渡り鳥達に別れを告げると……。ある事に気付いてしまう。
「ん?? お、おいおい。何か微妙に渡り鳥の数が減ってね??」
錘型に飛翔していた渡り鳥達の先頭にぽっかりと空いた穴を見つめて話す。
「ふぁなぁ。気の所為ではふぁいのか??」
通過前と後で微妙に数が違う渡り鳥達の群れ、そして今し方放たれた相棒の微妙な口調。
その二つの要因を結びつけるとある結果に辿り着いてしまった。
こ、この腹ペコ白頭鷲め!!
「あ、あのなぁ!!!! 頑張って飛ぶ鳥達を食う事も無いだろ!?」
「んんっ!! 知らん。口を開いて飛んでいたら勝手に入って来たのだ」
はい、嘘――!! 一番体力の消耗が激しい先頭の鳥目掛けて飛んでいたもんねぇ――!!
流石、狩猟本能に長けた白頭鷲だ。
群れの弱った個体を狙うのは恐らく彼が生まれ持った性なのだろうさ。
「はぁ、まぁいいよ。どうせもう直ぐ到着なんだから」
最後に降り立った島で簡単に確認した結果、俺達は確実にリーネン大陸に近付いている事が地図を見て理解出来た。
地図と睨めっこをして頭を悩ませた計算によると本日の正午頃に到着する予定なのですがぁ……。
「……っ」
目を細めて地上のそれよりも明るく映る太陽を見上げると……。今が丁度正午頃って所か。
方向は完璧に合っているし、このまま飛んで行けばそろそろ見えて来る筈。
一日の中で最も高い位置にある太陽ちゃんから地平線の彼方へと視線を送った刹那。
「――――。んっ?? んんっ!? おぉぉおおお――!! 見えて来たぞ!!」
まだ随分と先だが大陸の末端が丸み帯びた地平線の影から静かに顔をぬぅっと覗かせてくれた。
数日振りに見る青以外の景色を捉えると心の中が速攻で陽性一色に染まり、その感情に突き動かされた体が無意味な行動に至ってしまう。
フワフワで毛並の良い彼の背中をペシペシと叩き、徐々に朧であった形を確固足る姿に形成していく景色を眺めていた。
無駄にデケェ大陸から飛び出た半島は俺が跨る白頭鷲ちゃんの横顔の形によく似ている。
その半島を見つめながらハンナが口を開いた。
「ふむ、貴様の計算通りに半島に到着した様だな」
「この高さなら地上から見つかる事は無いと思うけど……。取り敢えず港町みたいな場所があればそこに立ち寄ってみるか」
リーネン大陸に飛び交う情報の末端程度でも良いから入手しておきたいのが本音だ。
全く情報を得ないまま大陸最大の街であるシェリダンに足を運び、田舎者丸出しで過ごすのも憚れるからさっ。
それと、法外な値段を吹っ掛けられても対処出来るように物価の相場も入手しておかなきゃな。
「あぁ、それなら……。あの街はどうだ??」
「あの街??」
俺達の足元には乾燥した大地から飛び出た大きな半島が横一杯に広がり、超高高度で旋回を続ける彼の背中から目を皿の様にして見下ろすが……。
大雑把な地形を捉えるものの人の目では街の影さえも発見する事は叶わなかった。
「もう少しゆっくり飛んでくれよ。お前さんの目と違って人間の目はそこまで上手に出来ていないの」
「ふん、面倒だ。街の外れに向かって……」
や、やっべぇ!! 総員!! 衝撃に備えろぉぉおお――――!!!!
大馬鹿白頭鷲の瞳に妖しい光が灯ると同時。
「降りるから掴まっていろ!!!!」
「ギィィェェエエエエ――――ッ!!!!」
死を彷彿させる超高速で地上に向かって九十度の角度で降りる馬鹿野郎の背にしがみ付いて女々しい叫び声を放つ。
こ、こいつめ!! 何で毎度宜しく阿保みたいな速度で降下するの!?
急加速によって顎が跳ね上がった大変危険な姿勢で地上へと急降下。
「ふんっ!!」
「んぐべっ!?」
白頭鷲が神々しい翼をガバッ!! と開いて速度を相殺するとこれまた毎度宜しく俺の体は美しい放物線を描いて地上へ投げ出されてしまった。
しかも!!
「おぐぶっ!!!!」
今回は荷物の雷撃付きだ。
彼の背に乗せていた大量の荷物が衝撃の負荷に耐えられず俺の背に降りかかって来やがった。
「ほぅ、受け身は上手くなったではないか」
「そりゃど――も」
荷物の合間からニュっと手を伸ばして応え。
「ふんっ!! ほぉ――……。ここが、リーネン大陸か……」
俺の背に許可も無く跨り続ける荷物を跳ね飛ばして新鮮な空気を胸一杯に取り込んだ。
白き砂浜に等間隔に押し寄せるさざ波の音が相棒の横着によって荒ぶってしまった心を鎮め、鼻腔に届く塩っ辛い香りが強張っていた体を解きほぐしてしまう。
このままぼぅっと大海を眺めて過ごしていたいと思った矢先。
「あっつぅ!! 何だよ、この無駄に暑い天気は!!」
高高度に漂う冷涼な空気に耐えられる様に着込んでいた厚手の服を速攻で脱ぎ捨て、背嚢の中に仕舞ってあった自分の上着に早着替えする。
「はぁ――……。陽射しが強過ぎるな……。ハンナ、外蓑を被って移動するぞ」
「何故だ?? 暑いのなら半袖で過ごせばいいだろう」
これだからド素人は……。全く以て度し難いわね。
「あのな?? 強過ぎる太陽の下で移動していたら肌が火傷しちまうんだよ。暑いのを我慢してでも陽射しから肌を守らなきゃいけないの」
まるで鋭い針に刺されたような痛みを生じさせる強き光の下で馬鹿みたいに肌を露出させて移動すればどうなるのか。
恐らく三日と持たずに肌は焼けただれ、酷い火傷から大量の水ぶくれが生じて取り返しのつかない事態に陥ってしまうであろうさ。
巨大な嘴を器用に扱って毛繕いに勤しむ白頭鷲へ言ってやった。
「そうか……。それなら仕方あるまい」
ハンナがそう話すと彼の体から眩い閃光が放たれ、それが収まると世の女性が感嘆の吐息を漏らしてしまうであろう美男子が現れた。
「外蓑は何処に仕舞ったか……」
「確かその木箱だった筈さ。後、その木箱は此処に捨てて行くぞ」
「移動の邪魔になるからか。では、必要な荷物を背嚢に仕舞って移動するか」
「了解っ。ハンナちゅわん、これからも一緒に旅を続けましょうね――」
愛猫が飼い主に甘えるが如く。
無防備な彼の背にヒシと抱き着いて甘い声を漏らしてやった。
「止めろ!! 気色悪い!!」
素早い所作で俺の腕の拘束を速攻で剥してしまう。
「な、なんだよ!! 人が折角軽い冗談で抱き着いてやったのに!!」
「先に行くぞ!! さっと用意を済ませろ!!」
恥ずかしがり屋の彼が良い感じに経年劣化した外蓑を被ると速足で砂浜を北上して行くので。
「や――んっ!! 愛しのハンナちゃんに置いていかれちゃう――!!」
手慣れた手つきで必要な物資、並びに荷物一式を背嚢の中に仕舞うと彼が砂浜に刻んだ足跡を辿り始めた。
さぁって!! 記念すべきリーネン大陸上陸一発目の街はどんな様子かしらねぇ――!!!!
初めて異性とお出掛けをする男子の心の空模様を胸に抱きつつ、もう随分と小さくなってしまった彼の背に向かって駆けて行った。
お疲れ様でした。
本日は連載開始一発目という事で、二話分投稿させて頂きます。
現在二話目の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。