第四十話 それぞれの愛の形
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
部屋に漂う様々な馨しい食材の香り、体にしつこく纏わり付く酒の香と宴の席の陽性な雰囲気が俺の心を微かに温めてくれる。
この宴は新たなる道を模索して旅立つ俺達を送り出す為に彼女達が態々用意してくれたのだ。
食材と酒の席を用意してくれた二人に感謝の念を籠め、温かな真心を確と享受して噛み締める様に別れを惜しむのが俺達の役目。
それなのにコイツときたら……。
「ギャハハ!! な、なんだよ――。ハンナ。全然飲んでないじゃないかっ」
何がそんなに楽しいのかと思わず問いたくなるが……。
酒の力で真面に思考が機能していない奴に問うても只の徒労に終わるのが目に見えている。
「喧しいぞ」
耳障りな笑い声を放ち俺の左肩に右手を乗せて笑い転げる阿保の手を振り払ってやった。
「あぁっ!! 友人の手を払ったな!? この席で邪険な態度は御法度なんだぞ――!?」
「き、貴様ぁ!!!! いい加減にしろ!! さっきから何度も何度もしつこく絡んで来て!!」
俺の胴体にヒシとしがみ付く戯け者の後頭部をまぁまぁな強さの平手で叩いてやる。
ふむっ、空っぽな頭だから中々に良い音を奏でたな。
「あいだっ!! べ、別にいいじゃん!! 酒の席なんだしっ!!」
「そういう事を言っているのではない。この席は彼女達が態々用意してくれたのだ。それを親身に受け取れと言っている」
俺の体から離れ、目に大粒の涙を浮かべて後頭部を抑えている馬鹿者にそう言ってやった。
「あはは。そこまで大袈裟に受け止めなくていいよ?? 何も今生の別れになる訳じゃないんだし」
「そうそう」
クルリとシェファがそう話すと静かな所作で口に酒の入ったコップを運ぶ。
普段から酒を摂取していない所為か、二人共かなり顔が赤らんでいるな。
「そ、そうは言うがな……。やはり人の好意は素直に受け止め、しっかりと噛み締めて頂くべきだと思うぞ」
「相変わらずクソ真面目」
「そうそう!! シェファの言う通りっ!!」
「触るな」
阿保が俺の脇腹を突くので普段通りに素早い所作で払ってやった。
「二人共、時間は大丈夫か??」
宴が始まりかなりの時間が経過してしまっている。
今は……。
窓の外にふと視線を送ると力強い闇が跋扈している姿を捉えた。
体に酒が回って正確な時間が分からぬが恐らく明け方に近い時刻かも知れん。
「問題無い」
「え?? うん、大丈夫だよ」
「そうか……」
まぁ……。彼女達は子供ではなく立派な大人だ。
自分の体力及び体調面の管理は酒が回っている頭でも可能であろう。
「相変わらずハンナちゅわんは真面目でちゅね――」
「五月蠅いぞ。俺は当たり前の事を伝えたのみ」
「うふふぅ。偶には羽目を外せってぇ……。そんなんだと向こうの大陸に行ってもきゃわいい子を口説けないぞ――?? 俺は手当たり次第食べちゃうもんねぇ!!」
ふぅ――……。どうやらこの馬鹿には一度体の芯まで響く厳しい躾を施さねばならぬ様だな!!
人の了承も得ず、好き勝手に俺の体に抱き着く馬鹿者に鉄拳を加えようとした刹那。
「ダン、今の台詞。本気で言ってる??」
里の戦士が静かに席を立って移動すると本物の殺意を籠めた恐ろしい瞳で馬鹿者を見下ろした。
「へっ!? い、いいや?? 本心ではなくこれはぁ、あくまでも仮定の話であってですね。自分がそうしたい訳じゃなくて……」
「そう。ダンには一度本物の恐怖を与えないとイケナイみたいだね」
「い、イヤァァアアアア――――!!!! 雌の大鷲に拉致されるぅぅうう――!!!!」
シェファが俺の体に絡みつく阿保の右足を掴むとそのまま出口へと無理矢理引きずって行ってしまう。
「ハンナぁぁああ!! クルリぃぃいい!! た、助けて!!!!」
「あ、あはは。別にいいんじゃない?? シェファちゃんなら優しく説教してくれると思うから」
「厳しい深夜指導を受けて来い」
「そ、そんなっ!?!?」
彼女の力に必死に抵抗しようとして木の床に己の爪を突き立てるが里の戦士の力は生半可な物では無い。
「や、やめて!! 引っ張らないで!!」
その程度の矮小な抵抗力は当然通じず、闇が蔓延る夜空の下へと連れ出されてしまった。
そしてその去り際。
「じゃあ……。後は二人で仲良く過ごしてね」
シェファがクルリに優しき瞳を送った。
「ヤ、ヤダっ!! 絶対性的に食うつもりだろ!?」
「それはダンの態度次第。ほら、イクよ??」
「そ、その目はっ……!!!! 誰かぁぁああ――――!!!! ここに誘拐犯がいまっ……!!」
シェファが扉にしがみ付き最後の抵抗を続けている阿保を万力で引き剥がすとそのまま闇の中へと姿を消した。
「ふふ、二人共凄く仲がいいよね」
「あ、あぁ……。呆れる程にな」
呆れにも陽性な感情にも似た溜息を吐くと。
「「……っ」」
先程まで陽性一色であった室内にシンっと静まり返った静謐な環境が訪れ、床の上に髪の毛が落ちてもその音を掴み取れる様な静けさが心に悪戯な違和感を生まれさせる。
う、うむ……。心地良いのか、それとも居たたまれないのか。良く分からん雰囲気だな。
「し、静かだね」
「あ、あぁ。漸く落ち着けるぞ」
微妙な気まずさを誤魔化す為、酒が微妙に残っているコップの淵を指でなぞる。
「数日後には……。ハンナはこの家に居ないんだよね」
クルリが静かに室内を見回す。
「俺が居ない間、この家の留守を頼む」
「それは分かっているけど……。え――っと、何て言えばいいのかな。ダンと一緒に旅に出るのは心配していないんだけどね?? そ、その……」
「何だ?? 言いたい事があればはっきり言ってくれ」
「う、うんっ。ほら、さっきダンが言っていたじゃない。その調子じゃ可愛い子を口説けないって。ハンナは絶対そんな事をしないと思っているけどダンは誰にでも好かれる性格しているし、一緒に旅しているハンナにも可愛い子が寄って来て楽しむのかなぁって」
「そんな訳ない!!!!」
彼女の言葉を受け取ると思わず席を立ち叫んでしまう。
「えっ?? 急にどうしたの??」
「あ、い、いや……。お、俺は……。俺はだなっ……」
く、く、くそう!!
何故自分の想いを伝えるのはこれ程までに辛く、苦しいのだ!!
落ち着け、落ち着いて言葉を整理して徐々に己の心を相手に伝えていけば良い……。
「ふぅ――……。すぅ――……」
大量の空気を吸い込み、体内から臆病を吐き出すと顔を赤らめて俺を見上げているクルリの瞳を直視した。
「あの阿保は冒険を求め。お、俺はあくまでも強くなる為に旅立つ。これは利害が一致した結果だ。例え奴が向こうの大陸に居る女性に手を出したとしてもそれはあくまでも奴の意思。俺は俺の道を進み、奴は奴の道を進む。俺が進む道の先には強さという明確な終着地点がある。そ、そ、そこに辿り着く為に余計な障害物は排除せねばならん」
「障害物って……。可愛い女の子の事??」
「そ、そういう捉え方もあるかも知れん。だから俺は奴と違い、そこへ向かって突き進んで行くのだ」
「そっか……。だとしたら私もハンナにとって障害物になるかも知れないね。ほら、女性は邪魔って……」
「それは断じて違うっ!!!!」
彼女が言葉を言い終える前に声を荒げてその考えは間違いだと伝えてやる。
「俺は幼い頃に両親を亡くして以来ずっと一人であった。家族と呼べる者はもう既にこの世に存在せず孤独の苦しみが俺の心を蝕んでいた」
他の誰かに頼れば救いの手を差し伸べてくれたかも知れない。だが、それはあくまでも里の者を救う為に伸ばされた手だ。
温かな真心が籠った本物の家族の手では無い。
「孤独を憎み、家族を羨み、温かな家庭を渇望したが。いつもこの部屋は憎たらしい程に静まり返っていた」
「……」
俺がそう話すとクルリが無言を貫いたまま室内を見回す。
「俺は母親の遺言通り里の戦士になるべく厳しい訓練を己に課した。骨が折れても立ち上がり、血を吐いても屈せず前に進んだ。しかし……。心の中に渦巻く孤独という負の感情だけは消える事は無かった。そんな時だ。ほら、覚えているか?? クルリが外へ誘ってくれた時の事を」
「うん、忘れる訳ないよ」
「共に空を舞い、静謐な環境が漂う森へと出掛けた時。お前は俺にこう言ったな?? 『私は家族を失う辛さを知らないけど。ハンナは家族を失う痛さ、辛さを知っている。痛みを知っている人は人に優しく出来るんだよ?? 自分の孤独を憎まないで?? 優しいハンナは人を孤独にしない為に強くなっているんでしょ??』 と。あの時、俺は未熟だったが故にお前の言葉を受け止められなかったが今なら受け止められる。クルリ、俺を想ってくれて。見限ってくれなくて有難う。そして……。そして……」
己の心に浮かぶ単純明快な言葉を口から放とうとすると心臓が呆れる程に喧しく鳴り響いてしまう。
お、落ち着け……。相手に己の想いを簡潔に伝えるだけじゃないか。
惨たらしい死が常に付き纏い続けた五つ首との死闘に比べたらどうという事は無い、何も恐れるな。
下手糞な呼吸で必死になって取り込んだ空気を力に変えて口を開こうとすると。
「……っ」
頬を朱に染めて己が胸の前に両手を合わせて苦しそうに息をする彼女と目が合ってしまった。
酒の効果かそれとも己の内から湧く羞恥からか、クルリの両の瞳は微かに赤らみ。心急く思いで静かに呼吸を続ける様が俺の心に激しい動揺を与えてしまう。
戦いとはま、全く次元の違う怖さではないか!!!!
高まり続ける緊張感と鼓膜を揺らす程の拍動の激しさで頭がどうにかなりそうだ!!
か、可能であれば魔物の姿に変わって今直ぐにでもこの場から羽ばたいて地平線の先へと向かいたい!!
「そ、その……。お、俺はだな……」
彼女の目を直視出来ず、床の滲みに視線を落として矮小な言葉を漏らす。
我ながら情けない声だ……。
これが死を恐れぬ里の戦士の姿であると誰が想像出来ようか。
たった数言、されどその数言が言えずに苦しみ続けていると彼女が柔らかくも緊張感が含まれた硬い言葉を俺に届けてくれた。
「ハンナ。私、ちゃんと聞いているから」
クルリの言葉を受けて視線を上げるとそこには口角を微かに緩め、全てを受け止めてくれる母性溢れる女性の姿があった。
ふっ、俺とした事が……。見透かされてしまったな。
「ふ、ふぅ――――……。俺は何度もお前に助けられた。そしてこれからも情けない俺が転んだら立ち上がらせてくれ。俺は幼い頃からお前の事を……」
人生で一、二を争う強さで拳を強く握り締め、そして。
「他の誰よりも深く愛している。だから……、クルリ。俺と付き合ってくれないか??」
心の中に浮かんだ言葉を一字一句、何も付け加える事無くありのままの状態で彼女に伝えてあげた。
そして、俺が言葉を発した数秒後。
「……ッ」
「な!? 何故泣く!?!? も、もしかして迷惑だったのか!?!?」
クルリの大きな瞳からホロリと零れ落ちた涙が俺の焦りを誘った。
「う、ううん。これは嬉し泣きだよ」
「嬉し泣き??」
「そう……。え、えへへ。やっと念願叶って好き同士になれたね」
右手の細い指で涙を拭き終えると俺の目を見上げて柔らかい笑みを浮かべ。
「ハンナが私の事を好きでいてくれるように、私も貴方の事が好き。だからこれから先ずぅっと好き同士でいようねっ」
俺の体を優しく抱き締めてくれた。
「あ、あぁ。勿論だ。と、所でその……、近過ぎやしないか??」
長年付き合った恋人同士なら体の接触は日常生活の一部なのだろうが……。想いを伝え終えて付き合いたての俺にとってこの零距離は非日常なのだから。
「私はもっと近付きたいんだけど??」
「もっと!?」
これ以上接近させたら互いの体の一部が欠損してしまうぞ!?
「ほら、恋人同士になったんだからさ。する事があるでしょ??」
クルリが細い顎を上向きにすると静かに瞳を閉じてしまう。
「……」
「え、えぇっと……。俺はどうすればいいのだ??」
瞳を閉じてから終始無言である彼女に問う。
「シたいようにすればいいよ」
だ、だから!! 何をすればいいのかを問うているのだ!!!!
くそう!! 熱で頭が真面に機能せん!!
「ふ、ふぅ――……」
顎下の甘い空気では無く。
上空に存在する新鮮な空気を取り敢えず胸一杯に取り込み、心と頭を鎮めて彼女が何を求めているのか。その理由を考え始めた。
俺達はつい数分前まで仲の良い幼馴染であったが……。俺がその関係を破壊して恋人という関係に再構築した。
恋人達とは互いの存在を認め合い、個人同士が好きという陽性な感情で深く結ばれた関係を指し。そして恋人達は社会的には次の世代へ命を紡ぐ役割を担う。
これが、俺が知り得る恋人同士という関係性だ。
では何故彼女は俺の体を優しく抱き締めて何かを強請る様に目を瞑っているのだろう??
恋人同士というのは何の隔たりも無く己の主義主張を言い合える関係性でもあるのだから求めている事を素直に伝えれば良いのに。
いや、待てよ??
女性の思考は男性の思考とは真逆であるとあの阿保から聞いた事がある。つまり、彼女は素直に伝えたいのではなく俺に気付いて欲しいが為に敢えて待っているのだ。
ではその答えとは何か??
冷静になりつつある頭で恋人達の役割について考えていると……。次の世代へ命を紡ぐ役割という言葉に答えが辿り着いてしまった。
つ、つまり!! 彼女は社会的役割の一旦を担う為に俺の決断を待っていたのか!?
そ、その行為は流石に早過ぎやしないか!?!?
彼女が求めている行為に気付くとほぼ同時。
「ふふっ、やっと分かったって顔してるね??」
長きに亘り共に同じ時間を過ごして来た中で今の今まで見た事が無い意地悪な笑みを浮かべた。
「あ、あぁ。だがいいのか?? そ、その俺と……」
「ハンナだからいいんだよ。私は他の誰かじゃ嫌だもん」
「しかし、俺はそういった行為は初めてで……」
「私もだよ?? それにシェファちゃんとダンも今頃……。ふふっ、これは言わない約束だったね」
言わない約束?? 何の話だ??
「ほら、ハンナ……。おいで?? 待ってるよ……」
世界中の雄共が押し寄せてしまうであろう魅惑的な笑みを彼女が浮かべると再び瞳を閉じてしまう。
「分かった……。容赦はせんぞ……」
クルリの細く頼りない肩に両手を置き、蟻の歩みにも劣る遅々足る所作で己の唇を下げると。
「「……っ」」
本当に、本当に柔らかい感触が俺の唇に広がった。
まるで産まれたての雛の羽毛に口付けを行っているのではないかと錯覚させる程に彼女の唇は柔らかく、それに反応した俺の性欲が彼女の体を強く抱き締めろと体に命令してしまう。
「あっ……」
強張っていた彼女の体が俺の力を受け取ると温かな陽射しを浴びて溶け落ちる氷の様に滑らかに虚脱。
全てを受け止めてくれる態勢を整えた女の柔らかい肉を大切に抱えるとそのまま自室へと運ぶ。
「ほ、本当にいいんだな??」
「う、うん……。え、えへへ。でもちょっと怖いかもっ」
窓から差し込む淡い月の光を浴びた彼女の微笑みを捉えた刹那に己の激情が猛烈に膨れ上がる。
「安心しろ。俺もだ……」
「んんっ……」
俺の体は彼女を求め、彼女の体も俺の体を求める。
二人の体が淫らに絡み合い互いの魂さえも溶け合わせてしまう程に俺達は互いを求め合った。
激しく燃え上がった愛の歌は彼女が俺の命を受け取り安堵した表情を浮かべるまで続くが、やがて互いに疲れ果てて体を重ね合わせる様に眠りに就いてしまった。
――――。
それから一体どれだけの時間が経過したのだろう。
数年振り、いいや。両親と死に別れてから初めてかも知れない素敵な安寧の眠りから覚めると彼女の姿がベッドの上に無い事に気付く。
部屋に差し込む光の強さからして今は早朝か……。
「クルリ……」
妙に気怠いが全然苦にならない体を起こして愛する者の名を呼び、扉を開くと。
「あ、おはよっ。今朝ご飯作っているから」
東から昇る太陽にも勝るとも劣らない明るい笑みで俺を迎えてくれる彼女を捉えた。
クルリの笑みを捉えた刹那に俺は理解した。
あぁ、そうか……。
俺の心はこの温かな光景を求めていたのだと。そして、愛する者と共に生きる事を願っていたのだと……。
「あはっ、どうしたの?? ポカンとした顔を浮かべて。もしかしてまだ寝惚けている??」
「い、いや。そういう訳では無いのだが……。その……。有難う」
「有難う??」
大きな瞳を数度瞬きして俺の顔を直視する。
「俺の事を好いてくれて……」
「ふふっ、朝から嬉しい事言っちゃってくれて。ほら!! さっさと顔を洗って、そして上の服を着なさいっ」
「あ、あぁ。分かっ……」
彼女の言葉に従い、家の裏手の井戸へ向かおうとすると朝に似つかわしくない勢いで扉が開かれてしまった。
「タ、タ、たた助けてっ……」
「「ダンッ!?」」
たった一晩で一体何があったのかと問いたくなる程に頬が痩せこけ、死後数週間は経過しているだろうと察知出来てしまう程に体は干乾び、喉の奥から放たれた酷く掠れた声が惨たらしい姿に拍車を掛けている。
死が跋扈する暗黒の世界から命辛々逃れて来た、そんな有り得ない妄想を駆り立てる酷いナリの馬鹿者が俺達に矮小な声量で救助を請うた。
「い、一体何があったのだ」
玄関口で力無く項垂れて、蹲る彼に問う。
「シェファに拉致されてから彼女の家に無理矢理連れて行かれてぇ……。それから有無を言わさずに俺の服を切り裂いて……」
ふむっ、コイツが着用している服がボロボロなのはその所為か。
「俺は責任持てないって言っているのに……。シェファが襲い掛かって来て。それから、それからぁ……!!!!」
里の戦士に襲われる恐ろしい光景を思い出したのか。
馬鹿者の体がカタカタと小刻みに震え始め、この世との拒絶を図る様に塞ぎ込んでしまった。
「ち、因みにぃ……。シェファちゃんと何回したのかなっ??」
ダンがこれ程までに塞ぎ込んでいるというのに……。
よくもまぁ追い打ちをかけるような質問を出来るな??
「お、覚えていない。俺が果てたら無理矢理叩き起こしてまた襲われ、気絶しようものなら水をぶっかけられて強制的に起こして……。搾っては水を含ませて使用する雑巾じゃないんだぞ!? 俺の体は!!」
そのまま搾り尽くされてしまえば良いのにと言ってやりたいが今は奴の主義主張を聞いてやろう。
「初めてだよ……。女の子がこうも恐ろしい生き物だと知ったのは」
「そ、そっかぁ。まぁ良かったじゃん!! シェファちゃんも満足して逃がしてくれたんでしょ??」
普遍的な男女の間柄に『逃す』 という言葉が使用される時点で不自然では無かろうか??
「このままじゃ搾り殺されると思ったからさ。彼女が眠った隙を見計らいこうして逃げ遂せて来たんだよ……」
絶望と悲壮に塗れた瞳で俺達を見上げる。
「ふっ、良い薬になったのではないか?? 女性に逆らったら手痛い目に遭うという事が分かったのだから」
「シェファが異常なだけだよ……。と、言いますか。二人共、その様子だと昨晩ヤったんだよね??」
「「……ッ」」
阿保の口からふざけた言葉が放たれると二人同時に顔を朱に染めてしまう。
「と、取り敢えずおめでとうと言っておくよ」
「あ、有難うね」
「あ、あぁ。感謝しよう」
「お祝いの品は後日渡すから……。い、今は安心と安全が蔓延るこの家で眠りに就かせてくれ……」
地面の上で蠢く芋虫の様に床を這って己の部屋へと進んで行くが……。どうやら彼が求めている安全と安心はまだまだ訪れない様だ。
「――――。あぁ、やっぱりここに居たのね」
「ヒィッ!!!!」
やつれ、萎れた阿保の顔と打って変わって随分と顔の肌艶が良いシェファが現れると有無を言わさずに彼の右足を掴み上げてしまう。
「ハンナ、クルリおはよう」
「あ、うん。はよ――」
「今、ちらっと聞こえたけど……。漸く両想いになれたんだね」
「えへへ。うんっ!! これも全部シェファちゃんの御蔭だよ!!」
「私は二人の背中を押しただけ」
「ううん。そのきっかけがなければこうして一緒に居られなかったかも知れないし……」
「そっか……。ハンナ、クルリを大事にしてあげなよ??」
「う、うむっ。それは重々承知しているのだが……。ソイツを放してやってくれぬだろうか??」
「もうイヤァァァアアアア――――!!!! お願いだから寝かせて下さ――いっ!!」
木の床の上で必死に藻掻き、苦しむ芋虫擬きを指さしてやる。
「あぁ、これ?? 旅立ちまでまだ数日あるでしょ?? それまで絶対逃がさないって決めた」
「ッ!?」
地獄の苦しみから解放されるまで残り数日。
残酷で非情な事実を知ってしまった大馬鹿者の顔が驚くべき速さでサっと青ざめてしまった。
「それまでにちゃんと新しい命を貰うから」
「だ、駄目だって!! だから何度も言っただろ!? 俺は責任持てないってぇ!!!!」
「安心して。私が責任を持って育てるからっ」
「安心の意味が違うっ!! 絶対にぃぃ……。絶対にこの足は離さんぞ!!!!」
阿保が泣きじゃくりながら俺の右足に必死にしがみ付くが。
「ハンナ、悪いけど……」
「あぁ、構わんぞ。壊れない程度にな??」
細かく震えるダンの腕を速攻で払い除けて真実の飼い主へ譲渡してやった。
「この野郎!! 相棒が助けを求めているってのに!! お前さんはそれを平気で見殺す気か!?」
「死にはせん。それにまだまだ貴様は女性の怖さを身に染みて理解しておらぬ。シェファ、奴の心に真の恐怖を植え付けてやれ」
「分かった。さっ、イクよ??」
「ギィィヤァァアアアアアア――――!!!! 里の皆さ――ん!! この雌の大鷲が俺の事を性的に殺そうとして来ます――!!!! 誰か助けてぇぇええ――!!」
泣こうが叫ぼうが抗おうが……。
お構いなしに彼の右足を掴んで処刑場へと運んで行ってしまう。
「えっと……。シェファ?? ダンが物凄く泣いているんだけど??」
その様子を見付けた里の者達が彼の異変を問うが。
「あぁ、気にしないで。一時的な錯乱みたいなものだから」
「そっか。ダン!! 旅立ちの日までシェファと仲良く過ごしなよ!!」
「ば、ば、馬鹿野郎がぁ!! このままじゃ殺されるって言ってんだろ!? 何ででたらめな答えを鵜呑みに……。うぐぇっ!?」
シェファが五月蠅く吼えていた男の顎に素晴らしい一閃を放ち、強制的に喧しい口を黙らせてしまう。
「うんっ、静かになった。じゃあ二人も残りの時間を大切にね??」
「あはは!! 有難う!!」
「う、うむっ……。ほ、程々にな……」
満足のいく狩りから帰って来た狩人の後ろ姿を彷彿させる彼女の凛々しい背中と、白目を向いて泡を吐いて引きずられて進んで行く阿保の姿を捉えると流石に気の毒になるな……。
「ふふっ、シェファちゃん楽しそうだったね」
室内に戻ったクルリが弾む様にそう話す。
「そうか??」
あれは虐待に近い行為だと思うぞ。
「私達もあの二人とまではいかないけど……。後でね……??」
クルリが顔を赤らめて意味深な視線を此方に送ると数舜で体温が煮沸してしまう。
「あ、あぁ。翌日に疲れを残さない程度になら了承しよう」
「「……ッ」」
朝の香りが漂う部屋の中で優しい口付けを交わすと心に柔らかい風が吹き、彼女の体を力一杯抱き締めてやった。
「も、もう……。朝ご飯の支度が出来ないから放してよ」
「その割には拒む力が弱いぞ??」
「むぅっ!! 揶揄うハンナにはお仕置きが必要だなっ!!」
「ふふっ、喜んで受けよう」
愛の強さを再認識した二人の家から軽快な笑い声が響くのに対し。
「ヤァァアアアア――――!!!! も、もう出来ないって何度も言っているでしょう!?」
「その割には……。クスッ。こっちの子は元気だよ??」
「そ、それはっ……。キャァァアアアア――――!?!? 勝手に使用しちゃ駄目ぇぇええ!!」
「はい、いらっしゃい……」
愛の恐ろしさを知ってしまった家からは恐怖に塗れた雄の叫び声が放たれてしまった。
愛とは時に恐ろしくも、美しくも見える。
彼等と彼女達はその事を己が身に刻み続けて新たなる門出に備えたのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
本日は晴れていた為、いつも通りルーティーンを消化していたのですが。土曜日の帰宅が大変遅くなってしまったので体力的にかなり堪えましたね……。
ですが!! 本日はガッツリお肉を頂いたので翌日に疲れは残る事は無いかと思います!!
まぁあくまでも自分なりの予想ですけど……。
さて、次の御話で禽鳥の国編は終了して彼等は新たなる大陸へと旅立ちます。
本日はそのプロットを書いていたのですけど、これがまた中々の長編になってしまいそうで自分でも若干引いている次第であります。
遠いゴール地点を見つめるのでは無くて今現在自分が立っている位置に視線を置き続ける。そうすれば確実にゴールに到達出来ます。
何事もコツコツと、これが大切です。
ブックマーク、そして評価をして頂いて有難う御座います!!
新たなる幕開けのプロット執筆活動の嬉しい励みとなりました!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。