第三十六話 命がけのつまみ食い その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
数えるのも億劫になってしまう無数の星達が煌めく夜空。
それはもう何物にも代えがたい程に美しく、もしもこの夜空に価値を付けるのだとしたら超裕福な王族でさえも思わず顔がサッと青ざめてしまう程の価値があるだろう。
黒一色の中に散りばめられた輝かしい光を放つ宝石達が地上で暮らす者共の心を潤し、音も無く忍び寄る闇を篝火が打ち払い。
無頼漢共がどこにそんな体力が残っているのかと思わず問い正したくなる声量で大笑いし、美しい橙の光を中心にして好き勝手に暴れ回っていた。
それを間近で見ている俺がちょいと辟易しているのだ。
きっと夜の闇も星の女神達も地上で繰り広げられているこの宴会騒ぎを見て呆れている事だろう。
「ぎゃははは!! もっと飲めよぉっ!!」
「も――むりっ!! 目玉から溢れ出て来そうなくらい飲んでるもん!!」
「お肉お代わり――!!!!」
「こっちもだ!!」
「はぁ――い!! 追加分を盛って来るまで待って下さいね――!!!!」
脅威が去った戦地では大勢の戦士達が右手に酒、そして戦友の肩に左手を置いて勝利を祝していた。
「はは……。ったく。元気過ぎるのも大概にしろよな」
大きな岩に酔っ払った体を預け、痛む右腕をそ――っと動かして木製のコップに注がれた酒をチビリと飲む。
「ふぅ――……。んまっ」
舌にピリっとした酒の刺激を感じた後、鼻腔からふわぁっと優しい果実の香りが抜けて行く。
烏の里の人達が態々里から持って来てくれた酒だけど……。こりゃ見事なもんだな。
浴びる様に酒を飲んだ後だってのにスイスイ飲めちゃうもの。
不愛想でクソ真面目な相棒にも飲ませてやりたいが、アイツは今頃賢鳥会の面々の前で苦い顔を浮かべながら頭を垂れているだろうし。
救護及び治療活動と称した俺達の祝勝会を渋々報告して顔を歪めているハンナの顔を想像すると思わず口角が上がってしまった。
「ダン、どうしたの??」
雄臭い者共が放つ陽性な雰囲気を背に受けつつシェファが静かな足取りで此方へとやって来る。
「あぁ、いや。ハンナが苦い顔を浮かべて嘘の報告をしていると思うと笑えて来てさ」
「ふふ、真面目過ぎるから案外直ぐに嘘がバレちゃうかもね」
静かに笑みを漏らすと俺の隣に静かに腰掛ける。
「まっ、それはそれで構わないけどね。どの道帰る体力は残っていないんだし」
己の右腕にグルグル巻きにされている止血用の白き布を見下ろす。
「それに……。折角アイツに勝てたのにこのまま解散するのも味気ないもの」
「その意見には賛成だ。はぁ――……。疲れた……」
ちょいとひんやりとする地面にコップを置き、星空へ向かって大きな溜息を放つ。
今はこうして馬鹿騒ぎをしているけど、これまでに色々やる事があったからなぁ……。五つ首との死闘及び事後活動で蓄積された疲労によって体がかなり参っていた。
あの死闘を終えてから先ず確認したのは死者の数だ。
各部隊の人数を確認した所……。総勢十五名の尊い命が奪われてしまった。
比較的綺麗な遺体は動ける者が各里へと送り、損傷が激しく誰のモノか不明瞭な遺体の一部は……。
『キッ、キシシッ!! これは見事な大腿骨ですねぇっ!! ささっ、早くそれをこちらに渡しなさいっ』
烏の里のラジスアータ先生との契約により誰にも悟られぬ様、こっそりと彼に譲渡した。
この事を知っているのは俺とハンナとシェファ、そして烏の里の者達のみ。
そりゃそうだろう。もしもこの事が露見してみろ。
遺体の使用用途、倫理観等々。
各里からその足はアイツの物だ、やれその右腕は奴の物だと抗議の声が四方八方から上がり収拾が付かなくなってしまう恐れがあるからね。
でも、遺体の一部を使用して何をするつもり何だろう??
グッチャグチャに変形した肉の一部を使用しておぞましい実験でも行うつもりなのかしら……。ほ、ほら。
ラジスアータ先生ってなんか不気味な雰囲気を常時醸し出しているしっ。
薄暗い室内で遺体を前にして薄ら笑いを浮かべている彼の姿を想像すると背の肌が一斉に泡立ってしまった。
「墓標を立ててくれて有難う」
シェファが柔らかい瞳を浮かべて正面の馬鹿騒ぎを見つつ話す。
「この地で散ってしまった命を少しでも弔ってやりたいからね。俺は当たり前の事をしただけさ」
ある程度の撤収作業を終えると俺の提案で戦死者の名を記した墓標を渓谷の谷間から少し外れた大地の上に設置。
生き残った者全員がその墓標に酒と食物を添えて黙祷を捧げたのだ。
「ラーキー、バケッドの名も刻んである。きっとアイツ等も空の上から満足気な顔を浮かべて俺達を見下ろしているさ」
「うん……。きっとそうだね」
彼女と共に空を見上げると、点在していた無数の星達が線を描き始めあの二人の笑顔を形成。
『お――い、俺達にも酒をくれよ!!』
『そうそう。お前達だけズルイぞ』
星の瞬きと同調する様に物凄く明るい笑みに見て来た。
酒は届けてやれねぇけど、その代わりに俺達の明るい馬鹿騒ぎと輝かしい戦果を受け取ってくれ。
右手に杯を取ると彼等の笑みに向かって静かに掲げてあげた。
「ピピピ――ッ!!!!」
『ダン!! 何してるの――!!』
「ピャピャピャ!!!!」
『この御米凄い美味しいぞ!!』
「っと。こらこら、子供達はもう寝る時間だろ??」
二本のちいちゃなあんよを頑張って動かして俺の膝の上に飛び乗った四匹のヒヨコちゃん達にそう言ってやる。
「ピャピッ!! ピピッピ――!?」
『今日くらいはいいだろう!?』
「ピィ……」
『私は寝るように言ったんだけどね……』
「はぁ――……。まぁ軍鶏の里の長があんな状態だし。別に今日くらいは羽目を外してもいいか」
膝の上で嬉しそうに鳴く彼等から宴会場へ視線を送ると。
「さぁさぁ!! 戦士達よ!! 祝勝の宴は始まったばかりだっ!!!! 今は亡き戦士達を明るく送る為にも我々は夜の闇夜が慄く程に眩い輝きを放たねばならぬのだから!!」
もうだいぶ酔っているベルナルドさんが大きな杯に口を付け、一気苛烈に中身を飲み干してしまった。
「ブ、ハァァアアアア――――ッ!!」
「「「オオオオオッ!!!!」」」
「祝福の酒程贅沢なものはないっ!! 皆の者!! さぁ……、盃を手に取れ!!!!」
「「「オオウッ!!!!」」」
彼に続けと言わんばかりに百を超える者共が夜空に向かって杯を掲げると、男らしい所作で酒を飲み干し。
そしてまだまだ宴は続くぞと言わんばかりに騒ぎ、燥ぎ、軽快に歌い始めてしまった。
「我等――、勝利の戦士達っ。恐れを知らぬ者達さ――」
「「「さぁ――、続け武士共よ――。敵を打ち倒し突き進むのだぁ――!!」」」
「「「ピピピィッ!! ピャ――ピャッ」」」
「なぁ、あの歌って軍鶏の里の歌なの??」
膝の上で彼等が取る音頭に合わせて合いの手を放つヒヨコちゃん達に問う。
「ピィィピッ!!」
『そうだよ!!』
「ピピピィッ!!!!」
『戦いに勝利を収めた時に歌うんだ!!』
へぇ、そうなんだ。
雄臭い歌詞にピッタリと嵌った野太い歌声が祝勝会場に響いているのだが、も――少し音量を下げても宜しいのでは??
ほら、疲れ果てて眠っている人達も居る事ですし。
楽しそうに小さな翼をピコピコと動かすピョン太達にやれやれ仕方がない子達ですねと。
頑張って夜更かしをする子供に向ける温かな母親の視線を送っているととんでもねぇ速さで一頭の白頭鷲が会場に降り立った。
「オォォオオオ――!! 真の戦士の帰還だぞ!!!!」
「さぁ!! 戦士ハンナよ!! 我々と共に勝利の宴を楽しもうぞ!!」
「あ、いや。俺はまだやるべき事があってだな……」
ははっ、帰って来て早々に絡まれてちょっとビックリしているな。
人の姿に変わるとほぼ同時に絡んで来た酔っ払い達に四苦八苦している。
「お――い!! 物資はここでいいのか――!?」
「あぁ!! 頼む!!」
ほぉ――。俺が頼んだ通り鷲の里から補給物資を運んで来てくれたのね。
真ん丸お月様が浮かぶ夜空から淡い青の光を浴びつつ大きな鷲達が木箱を大地へと置き、鋭い瞳を浮かべたまま彼の指示に従う。
「これで後数日の間はここで過ごせる」
「だな。折角里の違いを越えて掴んだ勝利だし。いきなりはい、解散!! じゃあ味気ないもんね――」
死ぬ思いで五つ首を討伐した後、各部隊の損害状況を確認している最中。
『両翼の部隊の被害はかなりの物だな……。負傷者の治療を最優先して遺体は丁寧に扱い生まれ故郷へ帰してやろう』
『あぁ、了解だ。それと……。負傷者の数も多いから数日の間ここで治療を続けるべきだと思うんだよね』
『それだと今ある物資では全員の食料を賄えないぞ??』
『さっき烏の里の人達が里に遺体を運ぶ際に慎ましい量の補給物資を頼んでおいたから問題ないよ。クタクタに疲れたままだと里に帰っても満足に動けないし?? 救護班の人達の負担もかなり掛かると思う。それにぃ……。今回の作戦提唱者は鷲の里出身である俺達だ。その責任を担う意味でもたぁくさんの補給物資を以て皆の胃袋を満たすべきだと思うんだよねぇ――』
『貴様、本当に理由はそれだけか??』
一睨み利かせるだけで気の弱い人なら気絶させられる鋭い視線を浴びながら補給物資の提供を促したのだっ。
クソ真面目且従順に命令に従う彼はきっと大粒の汗を流し、所々言葉に噛みながら賢鳥会に嘘の報告をしたのでしょう。
補給の真なる目的が宴会だと知られたら……。
ふふ、その姿を想像すると笑えてきちまうよ。
「――――。貴様等……。よくもまぁそんな所でノウノウと過ごしているな」
補給作業を終え、顔にちょいと疲労の色が残る彼が物凄くこわぁい顔で岩に背を預けて休む俺達を睨む。
「お疲れさ――ん。どうだった?? お偉いさん達に初めての嘘の報告をした気分は」
「「ピィェェ……」」
彼の凄みを受けてビビっているピョン太達の頭を優しく撫でて問う。
「さ、最悪の気分だ!!!! 大体!! こんな下らない事をする必要があるのか!?!?」
ハンナが憤りを籠めた巨大な鼻息を放つと、粛々とは真逆の雰囲気を放つ宴会場へ向かって指を差す。
「よくぞ来てくれた!! 鷲の里の者達よ!! さぁ我々と共に祝福を上げようではないか!!」
「は、はぁ……」
あはは、ここまで補給物資を運んで来た人達も酔っ払ったベルナルドさんに絡まれてら。
「下らない事じゃない。英気を養うのも大事」
「シェファ!! 貴様ぁ……。俺がたった一人で賢鳥会の方々にどれだけ心苦しい思いで報告をしたと思っているのだ!?」
「知らない。ね??」
「「ピピッ……」」
ハンナの激昂をサラっと受け流すと俺の膝の上で寛ぐヒヨコちゃん達の顎を優しく撫でた。
「虚偽の報告と不必要な補給物資の要請……。あぁ、くそう。里の戦士は従順であれという教えを破ってしまった」
苦虫を食い潰したような顔を浮かべると両手で頭を抱えてしまう。
「偶には羽目を外せって――」
「ダンの言う通り。里の戦士の掟とか、教えとか。一々守っていたら心が疲れちゃうよ??」
「俺が真面であって、お前達はだらけ過ぎなのだ!!!!」
「「うるさっ」」
二人仲良く耳を防ぎ、クソ真面目な彼の口から放たれる説教の数々に顔を顰めていると。
「あ――、ハンナ。ここに居たんだっ」
彼の幼馴染且将来の彼女が軽快な足音を立ててやって来た。
「クルリか。どうした?? 補給物資が足りないのか??」
「あ、うん。え――っとぉ、それはちょっと違うかな」
年相応に明るい笑み浮かべ、思わず唸ってしまう乙女の恥じらいを醸し出して彼の問いに答える。
「違う?? まさか……。疲労で救護班の誰かが倒れたのか!?」
「あはは、全員元気だって」
ふぅむ……。彼女が言い淀む理由は一体何でしょうかねぇ。
「……っ」
疲労の限界を迎えて俺の左肩に頭を乗せて微睡み始めたシェファと。
「「ピィ……」」
膝の上でコクッ、コクッと小さな頭を上下に動かすヒヨコちゃん達を他所に俺なりの推理を開始した。
「わはは!! さぁ、踊るぞ――!!」
「勝利の舞を夜空の向こう側へ届けるぞ――!!!!」
夜空に住む神々もその明るさに顔を顰めてしまう陽性な雰囲気が宴会場から放たれ、その熱に当てられた者達が互いに手を取り軽快な踊りを披露する。
「「「ランラララッタタ――ンッ!!!!」」」
炎を中心にして時計回りで異性の手を取り華麗に舞う姿は傍から見ていても気持ちの良いものだ。
鼻息荒く女性の手を取る雄とそれを受けて恥じらう乙女。
異性が仲睦まじく互いに手を取り軽快に舞い、それを羨望の眼差しで見つめるクルリ。
これらの情報を統合させると行き着く答えは……。
「ハンナぁ。クルリとあそこで踊って来いよ」
超簡単な答えをたった数秒で導き出していつまでもその答えを導き出せないカチコチ頭の彼に彼女の心の声を代弁してやった。
「は、はぁ!? 何で俺がそんな事をしなければならないのだっ!!」
「そ、そっか。あ、あはは……。そうだよね……」
うはっ、超分かり易く凹むじゃん。
「い、いや!! 俺は現場の責任者としてその責務を全うしなければ……」
「あぁ、もう!! ほら行くよ!!」
「おわっ!?」
おぉっ!! 遂に痺れを切らした幼馴染が愛しの彼の手を強引に掴んで引っ張り始めちゃいましたね!!
お互い顔を朱に染めたまま陽性な雰囲気が放たれる宴会場へと進んで行き。
「「……ッ」」
超絶ぎこちない所作で互いの手を甘く絡ませて周囲の動きに合わせて踊り始めた。
触れたら傷付けてしまうのではないかとおっかなびっくり彼女の手を取る彼。
それに対してちょいと強気な彼女は彼の心と体の境界線を易々と突破して、ハンナの体に己が体をくっ付けてこの世の全ての幸せを詰め込んだような笑みを浮かべて踊っていた。
「絶妙に似合う姿」
クルリが重たい瞼を開けて幸せの舞を放つ二人を捉えて話す。
「はは、その通りかもな」
思春期真っ盛りの付き合いたてホヤホヤの男女を見ているようだ。
「この幸せな景色を掴み取る為に私達は戦ったんだよね……」
「あぁ、本当に綺麗な景色だ」
輪の中央で燃える木々から美しい火の粉が舞い上がると風に乗って夜空へと吸い込まれて行く。
柔らかい橙の明かりを囲む者達は皆一様に温かな笑みを浮かべ、星の女神達も羨む陽性な雰囲気があそこにはあった。
きっと先に逝った者達も満足気な顔を浮かべてあの者達を見下ろしている事だろうさ。
「ダン、有難う。私達の為に死力を尽くしてくれて」
彼女が静かに頭を動かすと此方に視線を向ける。
「世話になっている恩返しさ」
男心を多大に擽る魅惑的な瞳に映る橙の光を見つめながら話す。
「素直に嬉しいんだよ??」
「当然の事をしただけだって……」
「んっ……」
陽性な感情を湧かせてしまう宴会場の雰囲気にあてられ、俺達はそのまま何も言わず互いの唇を静かに合わせた。
強烈な性欲にあてられた激しい接吻では無く、互いの労を労う優しい接吻を交わすと心に柔らかい風がさぁっと吹いて行く。
「――――。これで二度目だね??」
「三度目もついでにしておく??」
「そうしたいのは山々だけど……。今日はこのまま眠るよ」
「そっか。おやすみ」
「おやすみなさい……」
俺の肩に頭を預けたままシェファが静かに瞳を閉じると心の底から安心しきった呼吸を始めてしまった。
呼吸に合わせて優しく上下に動く胸、里の戦士でありながら無警戒で眠るその姿を捉えると本当に戦いが終わったのだなぁっと感じさせてくれる。
「「ピィィィ……」」
膝の上で微睡んでいたヒヨコちゃん達もいつしか眠りに就き。
「すぅ……」
真の安寧を享受している里の戦士ちゃんもどうやら完全に深い眠りに落ちてしまった様だ。
このまま俺も彼女達が放つ温かな雰囲気に従い眠りに就くべきなのですが……。
「む、むふふっ!! うふふぇっ!!!!」
ちょっとだけ五月蠅い性欲さんを鎮める為にもぉ……。早速行動を開始しなきゃいけないよねっ!!
膝の上で眠り続けるヒヨコちゃん達を両手で優しく掬うと。
「……」
完全に夢の世界に旅立ってしまった彼女の膝元に置き、そして遅々足る所作で彼女の頭を岩肌に預けてさぁ準備は完了だっ!!!!
お疲れ様でした。
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