第三十五話 後ろめたい報告
お待たせしました。
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西の空から差す茜色が刻一刻と強まり空に夜の訪れを予感させる黒が広がり始める。
澄んだ空の空気を吸うと蓄積された疲労と傷によって火照る体の熱が拭い去られ、朱の光が戦闘の余韻を冷まして静謐な環境が心に訪れた。
俺が生まれる前から何度も繰り返して続けられている不変な自然現象がこうも美しく見えるとは思わなかった。
それはきっと大陸を脅かす恐怖を打ち滅ぼし、己に課された任を成し遂げたという感無量の感情がそうさせているのだろう。
大勢の民を守る事は確かに出来た、しかし……。それ相応の犠牲を払った事を忘れてはいけない。
俺の生まれ故郷の仲間達、軍鶏と火食鳥、烏の里の勇敢な戦士達。
そしてラーキーとバケッド。
先に逝った者達の熱き魂を己が胸に宿し、彼等の想いを次の世代に紡ぐのがこの世に残った者共の宿命なのだ。
「……」
朱に染まる陽光を見つめていると安寧の風が吹いていた心に痛みを生じる風が吹き始める。
寂しさと安寧がせめぎ合う何とも言えない感情を胸に抱いて飛翔し続けていると生まれ故郷の影が見えて来た。
「ハンナだ!!!!」
「お――い!!!! こっちに降りて来てくれ――!!!!」
里の中央に大勢の者が集まり俺に向かって手を振る。
その顔は焦燥と失望の黒、期待と願望の光に染まっていた。
黒と光がせめぎ合っているのは喜ばしい戦果をそして朗報を心急く思いで待っている所為であろう。
「――――。皆の者、待たせたな」
澄んだ空気の空から若干の土埃が舞う大地に降り立ち、人の姿に変わると静かに第一声を放つと。
「ど、ど、どうなった!? 早く聞かせてくれよ!!」
「五つ首は倒したのよね!?」
瞬き一つの間に里の者達に囲まれてしまった。
ある者は手を合わせて俺を見つめ、またある者は今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる。
「あぁ、安心しろ。我々は総力を尽くし、奴を漆黒の闇へと還してやった」
俺の言葉を受け止めると同時。
「「や、や、やったぁぁああああ――――!!!!」」
「あはは!! 流石戦士ハンナだ!!」
「ふ、ふぅ――……。助かったぁ……」
朱に染まる空の下で陽性な感情を含めた声が上がった。
「安心して眠りに就くが良い。俺は賢鳥会へ此度の戦果の報告をしに行って来る」
「おう!! 行ってらっしゃい!!」
「ハンナ!! 本当に……。本当に有難うね!!!!」
俺を中心に集まっていた人の輪の合間を抜ける際に左右から祝福の言葉が与えられる。
この温かな笑みを守れた。
その一点だけは喜ばしい事だがその反面、俺は本当に全てを出し尽くしたのかという疑問が心の中に生まれてしまう。
死力を尽くして奴に立ち向かったのはあくまでも俺の主観だ。
もっと上手く舞えたのではないか、戦えたのではないのか、そしてもっと大勢の仲間を救えたのではないか。
第三者から見れば俺の戦果は微々たるもので辛辣な評価を与えるのかもしれない……。
この情けない両手から零れ落ちてしまった者達を救う為にも俺はこれまで以上の研鑽と修練を積む必要がありそうだな……。
「皆――!! 聞いてくれ――!!!! 五つ首は倒れたぞ――!!」
「ははっ!! 本当かよ!!!!」
「やった……。助かったんだ……」
澄んだ水面に波紋が広がる様に勝利の吉報が里に広がって行く中、一人静かに今より強くなる決意を固めた。
「ふぅ――……。ハンナです。只今帰還しました」
薄暗く若干の埃が舞う廊下を進みつつ大きな疲労と情けない己の感情を含めた溜息を放ち、賢鳥会の面々が待つ扉を静かに叩いた。
「――――。入れ」
「はっ、失礼します」
入室の許可を得て静かに扉を開くと、まるで目に見えぬ空気が視認出来てしまうのではないかと有り得ない妄想を錯覚させてしまう重たい空気が俺を迎える。
その空気に押し負けないとして部屋の中を進み円卓の前で片膝を着き。
「五つ首を討伐し、滞りなく任を終えて只今帰還しました」
彼等に静かに頭を垂れて此度の戦果を報告した。
「よくぞ成し遂げたな、戦士ハンナよ」
「はっ、有難う御座います。ですが奴を討伐する際に此方にもかなりの被害が及んでしまいました」
「詳しい戦闘の様子と被害状況を述べよ」
「作戦は我々が立案した通り、五つ首をアロナ渓谷へ誘導する事から始まりました。私とシェファは共に空を舞い奴を決戦地に誘導すると作戦が決行されました。それから……」
各部隊の奮戦、我々以外の里の者達の功績、そしてあの馬鹿者が放った最後の一撃。
戦いの詳細を話して行くと彼等の瞳に微かな明かりが灯って行く。そしてそれと同調する様に室内に漂う重苦しい空気も薄まり始めた。
「――――。奴が放った白熱熱線により、烏の里の者二名、軍鶏の里の者五名、そして我々の里の者八名。計十五名の尊い命が失われてしまいました」
あの一撃だけはどうしても防ぎ切れなかった……。それだけが心残りだ。
「我々の想定より遥かに少ない損害だ。その点に付いては幸運とも呼べよう」
幸運、か。
作戦実行部隊の一割にも満たないの人数の損害に収まったのは彼が話した通り幸運と捉えれるかも知れない。
万が一、奴が酒を飲まず意識が明瞭なまま作戦が進められたらこの数倍以上の被害者が出ていただろうから。
運否天賦に戦況の行く末を委ねるのは好ましくないが、今回ばかりはその運に助けられたと判断されても致し方ないな。
「前回の戦いで里の戦士二名が失われ、更に今回の決戦で他所の里の者達も失ってしまった。戦士ハンナよ。貴様はこの事についてどう受け止めているのだ??」
シェファの父親が鋭い瞳を浮かべて俺を見つめる。
「里の違いを乗り越えて奴を滅したのは輝かしい功績であると考えていますが……。元を辿れば我々里の戦士の力不足が戦死者を多く出してしまった最たる要因かと考えています。この悔しさを糧に更なる力を得て、次の襲来に備える。それこそが我々里の戦士に課された最重要課題であると私は認識しています」
己の力を過信している訳でも、驕っていた訳でも無い。奴に敵わなかったのは単純に俺が弱いからだ……。
この両手で誰が為に戦い輝かしい命を守る。
単純明快な任務を遂行出来ない己の弱さが今は憎いぞ。
「御託はいい。これまで以上に研鑽に励め。それがお前に与えられた使命だ」
「はっ、その言葉。確とこの身に刻みます」
「うむ。所で……。戦士シェファと旅人ダンはどこに居るのだ??」
賢鳥会の一人の男性が長い髭を撫でて俺の背後へと視線を送る。
「……っ。え、えぇ。彼等はその……。先程も申しましたが負傷者の救護並びに己自身の怪我の治療に専念している為。他の里の者達と共に二、三日戦場に残るとの事です」
「そうか……。旅人ダンは我々の為にその身を削って素晴らしい力を添えてくれた。礼の一つや二つを伝えたいと考えていたのだがなぁ……」
「ふふ、そうですね。私の娘とも仲が良くそれに文句の一つも言わないで私の狩りに帯同してくれましたのですよ?? 彼との狩りは楽しかったのでまた誘おうかと考えています」
「ほぉ――。そんな事が……。孫の姿が見たいと言っていましたし。そろそろ初孫を迎えるかも知れませんな」
重苦しい会議から一転。
陽性な感情が籠った会話が会議室にこだまするが、俺は気が気じゃ無かった。
何故なら……。彼等に虚偽の申告をしてしまったからな!!!!
『なぁ――、ハンナ。今から里に一旦帰るんだろ??』
『あぁ、そうだ』
『じゃあさ、俺達は治療と撤収作業で二、三日忙しくなるから帰れないって伝えておいて!! あはは!! おいおい!! 俺の分を残しておけよ!?』
『き、貴様……。俺に嘘の申告をしろというのか!?』
『別に馬鹿正直に報告してくれても構わないよ?? でもぉ……、全員の気持ちを裏切ると後でどぉなるか分からない訳でも無いよねぇ――??』
『『『……ッ』』』
撤収作業という名の宴会場から放たれる殺気に満ちた幾つもの瞳を受け取り。
『あ、そうそう!! お酒と食料が足りなくなると思うからついでに補給物資も持って来てね――!!』
『はぁっ!? 何故俺がそんな事まで……』
『ほら、皆さ――ん。彼にお別れの挨拶を告げましょうね――』
『『『フゥッ……。フゥゥウウッ……』』』
大勢の戦士の口から放たれる闘志溢れる白い息に釘を差され、此処に至ったのだ。
虚偽の報告を余儀なくされ更に!! 補給物資も強請る始末!!!!
里の戦士となってから一度たりとも賢鳥会の方々に嘘の報告はした事がないというのに……。
輝かしい勝利を収めて騒ぎたい気持ちは痛い程理解出来るが、彼等を騙してまですべき事か!?
理解に苦しむぞ!!!!
「そ、その……。救護と治療に数日掛かりますので必要な物資を里から運搬させて頂いても宜しいでしょうか」
「む?? あぁ、構わんよ。鷲の里の者だけでは無く、他の里の者達にも美味い酒と肉を馳走してやれ」
「はっ、有難う御座います」
く、くっ、くそう!! 何故俺がこんな肩身の狭い思いをして嘘の報告と援護物資の要請をせねばならぬのだ!!
これも全てアイツの所為だ……。
里の者と共に物資を運び終えたら今も戦地で浴びる様に酒を飲み、馬鹿騒ぎを続けている奴に剣を突き付けてこう言ってやろう。
『貴様の所為で俺は里の戦士の尊厳を傷つけてしまった。その報いを受けろ!!』 と。
「初孫ですか……。己の子に子が生まれる。何だか不思議な感覚ですよ」
「自分の子は偶に憎たらしく映るが、孫はいいぞ――。目に入れても痛くないと思う程だからなっ」
「ほう!! 真ですか!! では早速……。うちの娘に行動を開始しろと伝えてみましょうか」
方々で上がる陽性な笑い声と俺には全く関係のない日常会話が交わされる中。
機を見計らい重たい足を上げようとするが彼等はまだまだ奴との激戦を聞き足りないようで??
「戦士ハンナよ、今度はもう少し詳しく作戦の展開を話してくれ」
「はっ、畏まりました」
再び戦いの始まりから説明を開始せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
襲い来る炎と稲妻の息を躱し、決して折れぬ勇気を胸に秘めて奴に雷撃を放った場面を説明すると。
「「「ほぉぉ……」」」
感嘆の吐息が彼等の口から湧き。総戦力を以て奴に攻撃を仕掛けた場面に差し掛かると。
「俺の娘はどうだった!? もっと詳しく話せ!!」
「軍鶏の里の近接戦闘は流石の一言に尽きますなぁ……。どうでしょう?? この際、長ベルナルド氏に直接指南を請うのは」
皆が喜々とした姿で意見を交わし始めてしまった。
酷い疲労感によってまるで巨人の手に抑え付けられたかの様に猛烈に体が重く、口を開くのも辛いこの状況下で何度も戦いの話をするのは本当に骨が折れるぞ……。
シェファめ……。これを見越して戦場に残ったな??
奴にもダン同様手厳しい言葉を送ってやろう。
戦いの場面を数言話すと数十の質問が襲い掛かり、その質問に対して一つ一つ親切丁寧に答えを返す。
里の最重要機関の一員であり重責を担う彼等も一皮剥けば真に里を想う人物なのだ。五つ首討伐という輝かしい戦果がきっと彼等の冷たい仮面を剥してしまったのだろう。
只、願わくば俺が去った後にその仮面を外して欲しかったものさ……。
次々と迫り来る言葉の波に溺れそうになり、懸命にもがいて水面に浮上しても更に高い波がこの身に襲い掛かる。
一体何度これを繰り返せば俺は自由の身となるだろう??
少しでも気を抜けば眠ってしまいそうな体に激しい鞭を放ち、言葉の波に溺れそうになるのを必死に堪え。
たった一人の増援も見込めぬこの苦しい状況下で俺は里の戦士の尊厳を維持しつつ、次々と襲い来る高波に対して真っ向から立ち向かって行ったのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
眠い目を擦り、何んとか約束通りに深夜の投稿が出来ました……。今日はこのまま屍の様に眠ります。
ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
禽鳥の国編も残す所後僅かになりました。起床後は一気に終了までプロットを執筆する予定ですので嬉しい励みとなりましたよ!!!!
それでは皆様、引き続き良い休日を過ごして下さいね。