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第四話 まずは隗から始めましょう

お疲れ様です、本日の投稿になります!!


それでは、どうぞ!!




 机の上に美しく並べられ重なり合った幾つもの紙。


 その上に浮かぶ文字の羅列が私の疲労感を悪戯に増幅させ、図らずとも体の芯から巨大な空気の塊が零れてしまう。



「ふぅ……」



 首の筋を解し肩の力を抜き、椅子の背もたれに体を預けて美しい木目の天井へと。何処にも向けられない憤りを衝突させる様に見上げた。



 贅を尽くした造りの屋敷。


 舌が溺れてしまう御馳走。


 万人が羨む権力と金。



 他人が羨む物を全て手にしても私の心は満たされない。それ処か、入手してしまえばしまう程。私が真に心から欲するモノは私から遠ざかってしまう。


 不必要な物は捨てなければならない。


 しかし、私の本願を達成させる為には必要不可欠。


 どうにも出来ないもどかしさで頭が変になってしまいそうですよ……。



 私が欲するのは金銀財宝等、陳腐な物では無いのです。


 他人から見れば何と贅沢な、と言われようが真実なのは変わりない。


 あなたは今、何処に居るのですか…………。



 その人物の姿を頭の中でぼぅっと想像していると、執務室の扉が矮小な音を立てた。



「どうぞ」



 羽筆を手に取り、己に課された責務を再開しつつ言葉を放つ。



「失礼します」



 長髪の薄い緑の髪を揺らし、厚手の白い布のローブを身に纏った女性が此方に向かい来る。


 執務机の前でその歩みを止めると、此方の仕事を邪魔しては不味いと考えたのか。


 無言のままで立ち尽くしていた。



「どうしたの?? エアリア」



 先程、私に仕事を与えて出て行ったばかりなのに。


 これ以上仕事量が増えてしまいますと、流石の私も文句の一つや二つ零してしまいますよ??



「御安心下さいませ、シエル様。喜ばしい報告を届けに来たのですよ」



 清楚な唇から周囲の空気を砂粒程度も揺らさない声量で用件を伝える。



「喜ばしい報告??」



 何かしら。


 筆立てに羽筆を置き、執務机の上に手を組んで彼女の次なる言葉を待った。



「彼が……。先程レイモンドに帰還したそうです」



 これはまた……。


 何んという僥倖でしょうか。



「彼の部署にはちゃんと用件を伝えてありますよね??」



 口角が上がらぬ様。


 そして、湧き起こる陽性な感情を彼女に悟られぬ様。至極冷静を務めて話す。



「勿論、それは滞りなく。予定通りであるのなら、明後日の午後五時に此方へと報告書を持参して参る予定ですね」



 明後日、ですか。


 その期間がもどかしい。


 今直ぐにでも彼をこの場へと呼び寄せ、彼が得た経験を咀嚼したいのに……。


 違いますね。


 彼の経験では無く、彼の人生その物を受け止めてあげたい。



「分かりました。エアリア、明後日の午後の予定は彼に合わせて全て破棄します」


「下院議員さんの御子息との食事会も、ですか?? 彼に恩を売っておいても損はありませんよ??」



 私に嫌な仕事を押し付けるな。


 そんな厳しい瞳で私を見下ろす。



「その通りです」



「簡単に仰いますけど……」



 はぁっと。


 少しだけ大きな溜息を漏らして言葉を続ける。



「シエル様の日程は事細かく組んであるのですよ?? 私が一日単位……。いや、違いますね。数時間単位で管理していますのに。それをたった数言で破棄と仰られても簡単には……」



 目を瞑り、愚痴を零すその姿。


 端整な顔には少々似合いませんよ??



 ふふ。


 私の無理強いが彼女の悪い癖を出してしまいましたね。




「では、この屋敷に彼を迎える役目をあなたに任せると言ったら??」


「……っ」



 分かり易い顔ね。


 辟易した顔から此れでもかと陽性な感情に溢れた顔になってしまいましたから。



「よ、宜しいのですか??」


「えぇ、勿論。本来であれば私以外に会わせる予定はありませんでしたが……。貴女の勤しむ姿を見て、ご褒美ではありませんけど……。ね??」



「有難う御座います、シエル様。では、早速準備を進めさせて頂きますね」


「宜しく」



 私が小さく頷くと、まるで雲の上を歩く様な。無音の足音を立てて部屋を後にした。




 ふふふ……。


 やっと、やっと……。会えますね。


 この日をどれだけ待ち望んだか。どれだけ渇望したか。


 何度仕事を放棄して彼を奪いに行こうかと画策したか……。



 あぁ……。


 時間よ、早く過ぎて下さい。



 良く晴れた空の上に浮かぶ太陽に向かい叶わぬ願いを解き放ち、再び己に課せられた責務を再開した。























 ◇







 こんもりと膨れ上がった買い物袋を両手に抱え、本日の夕食。或いはそれを食す者の笑みを想像したのか、朗らかな表情で歩く女性。


 仕事が上手くいったのか、俺も中々やるじゃあないかと自信に満ちた表情を浮かべて大股で歩く男性。


 隣の男性の愚痴を聞くのに飽きたのか、誰にでも分かり易い辟易した表情を浮かべ。肩を並べて歩く男女。



 夕刻に相応しい表情もあれば、もうちょっと頑張って取り繕う表情を浮かべましょうよと説きたくなる表情まで。西大通りには感情豊かな表情が溢れかえっていた。



 俺の場合はどうなのだろうか……。



 朝と昼の合間から、今の今まであのにっくき紙と戦いを繰り広げていたので陽性な感情なのかと問われたら自信は無い。


 残り二日。


 たった!! 二日であの量を書き終えなければならないのだ。命令だとはいえ……。少々不憫ではありませんかねぇ。



 裏通りに続く道の脇。



 歩行者の邪魔にならぬ様、家屋の壁にもたれながら彼女達を待ち続けていると。



『お待たせ――!!』



 ユウの声だ。



 相変わらずの陽性な声に心のシコリがゆっくりと溶け落ちた気分になる。


 その声に従い、俯きがちであった顔を上げ。


 彼女達を迎えた。



『お帰り。どうだった??』



 荷物を幸せそうに持つユウに問う。



『いやぁ、凄いわ。右を見ても左を見ても人、人でさぁ。疲れちゃったよ』



 疲れた、という割には笑みを絶やしませんね。


 心地良い疲労感って奴だな。



『レイド様っ。お待たせしましたわ』


『只今です』



 白色と藍色が共に高揚した面持ちで歩み来る。


 此方も己の効用を満たす物を購入出来たみたいですね。普段よりも一段階上の太陽を顔に浮かべていますので。



『お帰り。その顔だと……。まぁお目当ての物は買えたのかな??』



 アオイは一つの紙袋、そしてカエデは一回り小さな紙袋を持っていた。



『えぇ、それはもぅ……。御覧になられますか??』


『服か何か??』



 それとも……。


 アオイの着物に合う小物、とか?? 女性が購入する物に対して精通していないので理解が及びませんね。



『服、ではありますけどぉ。私の澄んだ柔肌に直接当てる物なのですわよ……??』


『また今度の機会で』



 背筋が泡立つ意味深な瞳を浮かべ、御覧になられますか?? と。


 紙袋の開け口をゆぅっくりと開くのでやんわりとお断りさせて頂き。



『満足』



 ふんぅすっ。


 っと。普段より長めの鼻息を吐いたカエデに視線を移した。



『カエデは何を買ったの??』



 まぁ、多分。アレだと思うけど……。



『本です』



 大正解でしたね。



『今日は眠れないかも知れません』


『そんな長編なの?? どんな題名??』


『これです』



 彼女が紙袋の中から取り出した黒い表紙の題名をさり気無く確認すると。



『怪談百選!! 悪魔も眠れぬ恐ろしい夜をあなたに届けます』



 おどろおどろしい題名が赤い文字で描かれていた。


 普通の女性が買う本じゃありませんね。



『だから眠れないのか』



 怖い話を聞いてさ。眠りに就く前に目を閉じるとその風景がぬるりと湧いて来ちゃうからね。



『最低でも二回は読み返さないといきませんからねっ』



 あ、そっち。


 カエデは怖いもの知らずだから関係無いか。



 持ち帰った戦利品について、アレコレと自慢話しを聞いていると……。



『お待たせ――!!!!』



 最後の最後に大御所が登場してしまった。



『いやぁ!! 参った参った!! 夕方になると屋台って割引してくれるのね!! お得感がこれでもかと湧いてさぁ。ついつい買い過ぎちゃうのよね――』



 あれが、ついつい??


 お腹が一杯だと目を白黒させて膨れ上がっている紙袋を三つも両腕に大事に抱え。


 夏の陽射しもあの明かりには敵わぬと即刻で退却を決める満面の笑みを浮かべながら此方と合流を果たした。



『それ、全部で幾ら??』



 と、言いますか。


 一人で全部食べる予定なの??



『あぁ、コレ?? 二千よ』



 やっす!!!!


 五、六人前はあろう量が二千とは……。


 コイツめ。たった一日であの屋台群を制覇しやがったな。こういう事に関しては正に無敵の存在だ。



『後で一個頂戴』


『絶対嫌よ!! コレ、全部私が食べるんだもん!!』


『んだよ。ケチ――』



 街中で騒ぐ魔物達。


 こうして明るさを惜し気も無く出して騒ぐのは、皆が想定以上の満足を越える充実感を得られた事だよな??


 人で溢れかえる街中で充実感を得る。それは即ち……。




『人間を嫌わなかった』




 この事実が単純に嬉しくもあり、心の中に温かな感情を与え続けていた。



『まぁ、いいや。ほら、宿に移動するぞ』



 喜びを噛み締めるのはまた後で。


 此処で井戸端会議をしていても仕事が進む訳じゃあないし。


 嬉しい笑みを今も浮かび続けている彼女達へと背を向け、南西区画へと続く裏道に足を向けた。



『なぁ、レイド』


『ん――??』



 普段よりも一段階遅い歩みで進んでいると、右隣りにユウが並び。



『なぁんか元気無いよね??』



 そして、緑色の瞳でじぃっと俺の顔色を覗き込む様に見つめる。



『あぁ、実はね……』



 丁度良いや。


 宿に到着するまで十分程度かかるし。今の内にこれからの予定を伝えておこう。


 そう考え、己に与えられた責務と。明後日の謁見、並びに次なる任務について説明を開始した。




『――――。と、いうわけで。馬鹿みたいな量の報告書を書き終えなければならないのです』



『だから元気がなかったのか』



 俺の調子を納得してくれたのか。


 ちょっとだけ相手を労わる、そんな優しい笑みをユウが浮かべて頷いてくれた。



『そういう事。あ、ここで右折するよ』



 もう殆ど人通りが掴み取れない茜色と黒色が入り混じった道を右へと曲がる。



『今日泊まる宿屋はどんな所ですか??』



 直ぐ後ろを歩くカエデが問う。



『驚くなかれ。適当に歩いていたら発見したんだけどさ。七人部屋がなんと!! お一人様三百ゴールドで宿泊できるのだ!!』



 レフ准尉からありがたぁい紙の山を頂いた後。


 餌を求めて彷徨い歩く蟻の如く街中を散策開始した。


 表通りは物価が高過ぎる為論外、一つ入った裏道も人の足元を見た値段でしたので却下。


 良さげな宿屋を見つけては値段を問い。それを数十回繰り返した結果が……。



 この店なのです!!



『到着だぞ!!』



 どうだ!! そう言わんばかりに少々大袈裟に皆に対して店の看板に腕を指した。



 まぁ、宿屋の周囲の状況はちょっとアレですけども……。


 この宿屋の周囲にはお酒を提供する店がずらっと立ち並び。



「わはは!! そら、飲めぇ!!」


「もう飲めないってぇ!!」



 今も男女の愉快な声が漏れ続けていた。


 狭く薄暗い道には細かい塵が散乱するも、何んとか顔を顰めないで通行出来るギリギリの範囲なので許容範囲でしょう。


 治安は少々悪いけれども、背に腹は代えられぬ。


 完璧を追い求めるのは不可能ですので、此処はぐっと堪えて下さい。



 辿り着いた宿の名は。



『エルシーって名前か』



 ユウが傷付き、掠れた店名を見付け。


 看板上の掠れて読み辛い文字をきゅぅうっと、目を細めて睨みつつ話した。



『素泊まりでこの値段は中々見つからないぞ?? ささ、皆ついて来なさい!!』



 我に続けと言わんばかりに耳障りな音を告げる宿屋の扉を開いた。



「すいません、先程の者ですがぁ……」



 がらんと開いた受付。


 その先には俺の腰程度の高さの受付所があり、その奥で中年の女性が欠伸を噛み殺してクタクタになった新聞を読み漁っていた。



「あぁ、はいはい。鍵ね――」


「どうも」



 客に一切の興味を持たない様子もこの店を選んだ一つの理由なのです。


 男一人、女四人となれば。



『お兄さん。凄いねぇ!! 絶倫じゃあないか!!』 と。



 揶揄される虞もあるのでね。



 欠伸を噛み殺して目に涙を浮かべた受付のおばちゃんから鍵を受け取り、入り口から向かって左側。


 妙に長い廊下へと足を進めた。



『何か……。受付に比べてここだけ妙に新しくない??』



 マイが廊下の木目に視線を落としつつ話す。



『部屋を借りた時に聞いたんだけど。隣の家が空き家になったから、無理矢理家と家をくっ付けて改築したらしくてね??』



『ふんふん』



 マイとユウが同時に頷く。



『どうせだったら大部屋にしてみよう!! と威勢よく建築したものの……。この宿の需要はその……。アレでして……』



『アレ??』



 再び二人同時に口を開き、首をカクンと傾げた。



『男女の営みを交わす宿。二人、又は三人で使用する為に大部屋は需要が少ない。端的に言えばこうですか』



 カエデさん。


 もう少し包んで御話して下さいよ。



 後、三人って??




『じゃあ、何だ。そういう行為をする場所にあたし達を泊めるの??』



 意味深な笑みを浮かべつつユウが此方を見つめる。



『予算の都合です!! 決して邪な気持ちは抱いていませんので!!』



 強制的に話しを切り上げ、慌てふためく指を御しながら部屋の鍵穴に鍵を差し込み。



 本日からお世話になる部屋の扉を開いた。




 大きく、そして横に開いた空間。


 扉の手前側には四つのベッドが等間隔に並び、その向こうには三つのベッドが。



 右手奥、窓の側には机が設置されており。出掛けたままの姿。つまり、書類が山積みなっている。


 四つの箪笥が部屋の四方に設置され、窓にはくすんだ灰色のカーテン。


 泊まるだけに特化した部屋であるとこの部屋は彼女達に告げていた。



「お――。悪くないね」


「だろ!? そういう目的じゃないって分かってくれた!?」



 念話から普通の会話に戻ったユウにそう話す。



「まぁ、あたしは別にぃ?? 構わないけどさっ。ここ、あたしの場所!!!!」



 手前側のベッド。


 左から三番目のベッドにユウがドカンと腰を下ろす。



「では、私は此処で」



 カエデは手前側の一番左端か。



「じゃあ私は向こう側の真ん中ね!!!!」



 マイが軽快に駆けて行き、ぽぉんと弾む様にベッドに腰掛けた。左右のベッドを占領使用する気なのかしら。



「ユ、ユウ!!!! そこは私の場所ですのよ!!」


「ん?? 何で?? 荷物はベッドの下に仕舞ってぇっと」


「どうしてって……。レイド様のお隣は私が使用すべきなのですっ!!!!」



 俺の荷物は手前側の左から二番目。


 つまり、カエデとユウに挟まれた位置にあるのですが……。正直、少しホッしたのは秘密です。


 隣にアオイが寝泊まりすると、その……。少々寝辛くなる恐れがありますのでね??



「こういうのって早い者勝ちでしょ?? そうだよなぁ?? カエデ――」


「そうですね。よいしょ……」



 小さな御手手でベッドを壁際に運びキチンとくっつけ。



「ふむ……。丁度良い塩梅ですね」



 壁を背もたれ代わりにして、ベッドの上でちょこんと足を伸ばしてしまった。


 本を読む為に移動させたのか。


 考えてあるな。



「嫌だったらマイの……。こっちから見て左隣りで寝れば?? 少しは近付けるでしょ」


「それは絶対御断りしますわ!! あぁんな卑猥な赤が隣にいると思うだけで虫唾が走りますっ!! ねぇぇえ、レイド様ぁ。ユウが虐めてきますのぉ……」


「虐めでは無くて、提案ですね」



 腕を掴み、肉の合間へと引き寄せようとしたのでさり気なく移動を開始。



「もぅっ。御逃げにならなくても宜しいですのに」


「仕事が残っているんですよ。――――――――。後、気を抜き過ぎ」



 定位置になりつつある右肩に留まった黒き甲殻を備える蜘蛛さんにそう話す。



「誰も見ていませんし。構いませんでしょ??」


「はぁ……。まぁ、仕事の邪魔をしなければいいよ」


「流石、レイド様ですわ。真、聡明であられますっ」



 椅子に腰かけ、さて。


 仕事の続きを開始しようとすると。



「じゃじゃ――んっ!!!! お肉の串焼きぃいいい!!」



 紙袋の中から程よく焦げた肉の塊を、深紅の龍が取り出した。


 アイツも速攻で龍の姿に変わって……。


 まぁ、この部屋の中だけならいいか。カーテンも閉めてあるし。



「頂きますっ!! はむっ!! ふぁむ……。くらぁあああ……。冷めても美味しいぃよぉおお……」



 頬を朱に染め、口元を波打ちさせながら話す。



「美味そうだな」



 その姿を見つけてしまった胃袋ちゃんが。



『私もアレ食べたい!!』 と。



 我儘を言い始めてしまった。



 そう言えば、昼飯を食い損ねたな。



「マイ、一つくれ」

「嫌」



 おっと。


 速攻で拒絶されてしまったぞ。



「なぁ、いいだろ?? それだけ沢山あるんだから」


「嫌よ!! これは夕食で!!」



 ベッドの上に並べた一つの紙袋をちっちゃな手で指差し。



「これは夜食前、夜食!!」



 次に二つ目の袋へ。


 ってか。


 初めて聞いたぞ、その単語。



「んで!! これは寝る前の夜食!! 味も量も!! 全て計算して買ってあるんだからね!!」



 はぁぁぁ。


 コイツに飯を強請る事が大間違いだったな。



 空腹を我慢して仕事を開始しますか。



 巨大な溜息を吐き、机の正面を向くと。


 視界の端っこから一つの紙袋が音も無く現れた。



「レイド、これ食べて」


「え??」



 カエデが紙袋をその場に残し、足音を立てずに己のベッドの下へと戻って行った。



「カエデさん!! 有難うございます!!!!」


「いえ。ユウとアオイもお金を出したので」


「そうなの??」



「勿論で御座いますわ。レイド様の体は私がしっかりとねっとりと管理しなければならなく……。素敵な御体を維持して頂く為にも、栄養の管理は私の使命。私のお腹の中に命を注ぐ為にも!! 食を疎かにしてはいけないのです!! 又……」



「へへ、安物だけどさ。試食したら美味しかったからお土産にね」



「み、皆……」



 そうだよ、これだよ!! これ!!


 本来あるべき友人の姿は!!



 右肩で何やら騒ぎ立てる蜘蛛さんの御言葉を無視し、さっそく紙袋を開けた。



「これは……。クルミパンじゃあないか!!」



 俺の大好物が現れると、目の奥がじぃんっと熱を持ってしまう。



「レイド、クルミパン好きだろ?? 屋台で売っていたから買ったんだ」


「ユ、ユウゥ……。お前って奴は……」


「そこまで大袈裟に喜ばなくても……」



 ちょっとだけ赤くなった頬をポリポリと指で掻く彼女をおかずにして。



「頂きます!!」



 一気呵成に馨しい香りを放つパンに齧りついた。



「どうですか??」



 此方に視線を送らず、本を読み続けるカエデが話す。



「美味い!!」



 鼻腔に抜けるふわぁっと香る小麦の香り。


 そして、クルミ特有の感触が歯をそして心を喜ばせてくれた。



 他にもこの感覚を表現する言葉は数多溢れる程に存在するであろうが……。


 真っ先に出て来たという事は、俺の体はそう答えたかったのだろう。


 猛烈な勢いで一つを平らげ、二つ目のパンを求め紙袋の中に手を突っ込んだ。



「あれ?? これは……??」



 全部クルミパンだと思ったのに。


 この一個だけ違うパンだな。



 細長いパンにベーコンを挟んだ物。



 肉とパン。


 最強の組み合わせの一つだ。



「うんっ!! これも美味い!!」



 ベーコンの塩気と小麦ちゃんの柔らかい甘さがまた絶妙に合うじゃないか!!



 食べれば食べる程活力が湧いて来るぞ!!


 これなら……。


 今夜中にも描き終えられそうだ!!!!



 いよぉし!! やるぞ!!


 羽筆を手に取り、墨が入った硝子の小瓶に先端を付け。作業を開始した。



「――――――。良かったじゃん。美味いってさ」


「うるせいやい……」



 何やらユウとマイが会話を続けているが、今はそれ処じゃない!!


 仕事が捗って、捗って……。仕方がないのです!!


 待ってろよ?? 憎き紙の山め!! 今夜中に踏破してくれるわ!!!!



 左手にパン、右手に羽筆。


 そして時折、私の話を聞いて下さいまし!! と。


 横着な毛を擦り付けて来る黒き蜘蛛さんの攻撃をやんわりと跳ね除けつつ山頂へと向かい勢い良く登り始めた。


最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!


本日二回目の投稿になりますが……。これから深夜に書き上げた御話は早朝に投稿させて頂く可能性も御座います。


深夜帯ですと、この御話を読んで頂いている皆様にも御迷惑が掛かるかと思いますので。



そして、次話ですが。


賢い海竜さんがほぼ主役で登場する予定です。


彼女の御話を是非とも御覧下さいね。それでは、良い週末を!!

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