第三十話 決戦の幕は切って落とされた その一
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本日の前半部分の投稿になります。
一つの濁りも見えない青一色の空から降り注ぐ柔和な陽光と体内から迸る闘志が体温を沸々と上昇させる。
戦いを前にしたこの独特の雰囲気が気持ちを逸らせ、未だ見えない敵へ体を向かわせようとするがその気持を必死に抑え込む。
落ち着け……。俺に課された任は戦闘では無く誘導だ。
奴の首はそこで狩ればいい。今はその時に備えて気を、そして闘志を高めておけばいいのだから。
自分に強くそう言い聞かせ、乾いた大地に二本の足を突き立てたまま地平線の彼方へ鋭い視線を送り続けていると。
「――――。見えた」
大鷲の姿のままのシェファが静かに言葉を発して彼方に蠢く黒き物体を捉えた。
「あぁ、以前変わらぬ姿だ」
あの黒き影に二名の大切な仲間を屠られた……。激昂に駆られたまま力を解放して奴の血で己が体を深紅に染めてやりたいぞ。
奴へと向かい羽ばたこうとする両翼を懸命に抑え付け、怒りで燃える瞳で黒き影を捉え続けていた。
「落ち着いて。今はその時じゃない」
ふっ、見透かされたか。
「分かっている。そういうお前も逸っているでは無いか」
誰かの目が無ければ今直ぐにでも大空へと舞い鋭い鉤爪で奴の鱗を切り裂き、獣の闘志を剥き出しにして野生の本能に従い狩猟を開始するであろう。
俺と同じく逸る二つの翼を懸命に抑え込み、闘志の炎が宿った瞳で黒き影を睨み続けている。
「堪えるのが大変。あのクソ野郎に雷撃を与えたい」
「同感だ……。作戦の段取りは理解しているな??」
「勿論。地上から襲い掛かる攻撃を上空で躱しつつ、奴をここへ引き付けたら北上を開始。アロナ渓谷へと続く道へと誘導する」
「あぁ、そうだ。毒の息だけには気を付けろよ?? 他の直線的な息に対して毒の息はその場に留まる。風上に向かって回避して翼の風で毒を霧散。可能な限り毒の吸引を阻止して……」
「しつこい男は嫌われるってダンに言われなかった??」
ただでさえ鋭い瞳が更に尖ってこちらを見つめる。
「耳が飽きる程に言われたさ」
『あのねぇ!! さっきから何度も口を酸っぱくして言っているでしょう!? 攻撃は駄目ッ。ぜ――ったい駄目なんだからっ!!!!』
作戦の段取りの打合せに膨大な時間を割いた際に口煩く言われたからな。
あの馬鹿、そして熱き魂を持った三百の戦士達が待っている場所へ必ず導いてやる。
だからその時に備えて待っていてくれ……。
俺達の到着を待つ者共が控える北の方角へ刹那に視線を向けてやった。
「「「――――。シュルルゥゥ……」」」
陽炎に揺れる朧だった影が徐々に形を明確に形成。
今では各首の巨大な口から放たれる嘯く声がこの耳に届く距離まで接近して来た。
頭上から降り注ぐ光を怪しく反射させる艶のある黒き鱗、そして巨大な体を左右にうねらせて進む様は此方に生理的嫌悪感を与える。
口から時折覗かせる二又に別れた舌、漆黒の憎悪の炎が浮かぶ瞳。
そのどれもが俺の心の中にある怒りという感情を刺激してしまう。
「さて……。どうやら奴は俺達の予想通り、此方を見下している様だな」
「本当に苛つく目……」
各首の目元は弱者を見下す様に細く尖り、余裕に満ちた口元がニィっと歪に曲がる。
それに付け加え。
「「「シャァァアア……」」」
お前達では俺に敵わない。
そんな意味を含ませた警告音が口から放たれた。
「シェファ!! 舞うぞ!!!!」
「分かった!!」
二つの翼をはためかせ、体を浮かせると同時。
「「はぁぁああ――――ッ!!!!」」
完全完璧に油断している五つ首の右半身へ鉤爪の一撃を与えてやった。
「「ッ!?」」
右側面、左側面に受けた鉤爪の痛みによって五つ首の顔が即刻戦闘態勢へと移行。
「「「シャァァアアアア――――ッ!!!!」」」
五つ全ての口を開いて空を舞い続ける俺達に照準を定めた!!
「来るぞ!! 絶対に回避しろよ!?」
「五月蠅い!! 何度もしつこい!!」
「「「ァァアアアア――――――ッ!!」」」
「「ッ!?」」
来たッ!!
俺には火炎の息と稲妻の息。そしてシェファには氷結と毒の息が襲い掛かる。
「くっ!!!!」
風の力を纏い、両の翼が千切れても構わない勢いで急上昇して初撃を回避。
そのまま宙で方向転換して北へと進路を取る。
先の戦闘では一つの息のみを回避していたが……。二つ同時となると予想以上に手を焼くぞ……。
「シェファ!! 躱せよ!?」
「分かっている!!」
風上へ向かって鋭い飛翔を続けて毒の息を回避。更に追い続けてくる氷結の息は高高度へ向かっての急上昇で見事に躱した。
「――――。ふぅ……。二つの息を相手にするのは本当に骨が折れる」
「だが……。どうやら奴は俺達の誘いに乗ってくれたようだぞ」
「「「ククク……」」」
相も変わらず薄ら笑いを浮かべ、北へ向かう俺達の軌跡を断層に沿って追って来る。
「いいぞ、そのままついて来い!! 俺達はここだぞ!?!?」
敢えて飛翔速度を遅らせ、狙い易い様にしてやると。
「「ゴォォアアアアア――――ッ!!!!」」
風刃と火炎の息が俺の背を襲った。
「くっ!!!!」
襲い掛かる二つの息を躱す為、上空から地上スレスレまで急降下。
呆れた加速度によって視界が縮まり、刹那にでも油断すれば地上に激突してしまいそうだ。
「はぁっ!!!!」
大量の砂塵を舞い上げながら五つ首に突撃する姿勢を刹那に見せ。
「「シャァァアアッ!!!!」」
「よく見て狙え!!!!」
俺を追う二つの息を巧みに回避して上空へと舞い戻った。
攻撃は敢えて抑えて回避行動に全ての力を注ぎ込み奴の息を躱す。
回避と攻撃の囮を交互に繰り返し、奴の注意を引き付けて北へと誘導するのは有効のようだな。
「ふっ……。ふっ……」
単純明快な作戦の概要は頭に完璧に入っているが……。
「作戦開始段階なのに……。かなりの体力を消耗するね」
前回の作戦の二人分の動きを一人で行うのだ。疲れない筈はない。
作戦開始してから僅か数分で体力に陰りが見え始めてしまう。
しかし……。この先に俺達の帰りを待っている者が居るのだ。泣き言は言ってられん!!!!
「どうしたシェファ!? 動きが散漫だぞ!?」
「年下のくせに生意気。年上の者は敬うべき!!」
「「「シィィアアアア――――ッ!!!!」」」
俺達は互いに鼓舞し続け空を自由に舞い、地上から襲い掛かる致死性の息を回避しながら北の決戦地へ向けて黒き塊の誘導を開始した。
お疲れ様でした。
長文になってしまったので分けての投稿になります。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。