第二十六話 作戦参加の打診
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
鼓膜を鋭く震わす強烈な風圧が前方から襲い掛かり、ふわっふわの羽から少しでも気を抜いて手を離してしまえば恐ろしい風圧によって後方へ吹き飛ばされ。空高い位置から地面へと落下して憐れな骸と化してしまう。
もっと安全な速度で飛んで欲しいのは山々だが……。如何せん、俺達に残された時間は僅かなので急くのは仕方ないと思う。
でもね??
君は頑丈な体だから大丈夫かも知れないけど、俺の腕力はそろそろ限界なんですぅ!!
目も、そして口も満足に開けていられない危険な速度で飛ぶ白頭鷲の後頭部目掛けて喉が張り裂ける勢いで叫んでやった。
「ば、馬鹿野郎!! 俺をこ、殺す気か!?」
「安心しろ。風圧に耐えきれず空に投げ出されたら俺がこの嘴で咥えてやる」
「それで安心出来る訳ねぇだろ!!!!」
そのデケェ口に咥えられ、勢い余ってゴックンって飲み込まれたら洒落になりませんからね!!
「ふんっ、軟弱な奴め……」
「あ、あのねぇ。お前さんは魔物で俺はどこにでもいる普通の人間なんだぜ?? その普通の人間が!! 丸一日以上起きていて、更に!! 馬鹿げた速度で飛翔する生命体の背中に必死にしがみ付いているんだ。少し位同情し……」
「見えた!! 降りるぞ!!」
大馬鹿野郎の白頭鷲が地上へ向けて頭をクンっと下げると俺の体が重力という概念を無視してふわぁっと浮かび上がり、その数秒後に常軌を逸した加速度が体に襲い掛かって来た。
こ、こいつ!! 性懲りも無く直角で降下しやがってぇ!!
「話を聞い……。イヤァァァァアアアアアア――――――ッッ!!!!」
空に投げ出されまいとしてお目目ちゃんから大粒の涙を零し、女々しい雄叫びを放ちつつ彼の羽に必死にしがみ付くが。
「ふんっ!!!!」
「うぐべっ!?!?」
呆れた飛翔速度を相殺した勢いに握力が耐え切れず、毎度御馴染のにがぁい土の味を堪能する羽目となってしまった。
このジャリっとした食感と舌の上にいつまででも残る苦み感。
こっちの大陸に来て幾度となく味わって来たが決して慣れる気はしませんね!!
「テ、テメェ……。大人しく飛べと言っても無視して速度を上げ、九十度は駄目って言っても俺を殺す気で降りやがって。毎度毎度死ぬ気になる俺の心情を知っての行動か!? ああんっ!?」
「知らん」
うっわ!! たった一言で済ませやがった!!
「あっそう!! 俺は軍鶏の里で作戦の参加の是非を問うからお前はさっさと烏の里へ行きやがれ!!!!」
大きな嘴を器用に動かして羽を毛繕いしている彼の巨大な足を蹴飛ばして言ってやった。
「言われずともそうする。ここは任せたぞ」
「はいはい!!!! 分かっていますよ!!」
大変分かり易い怒り口調で叫ぶと軍鶏の里の奥へ続く道を進み始めた。
「怪しいものだ。では、数時間後に迎えに来る!!」
横着な白頭鷲が巨大な翼をはためかせると地上付近で砂塵が舞い上がり、此方の背をグッと押す強き風が吹き荒れる。
おぉ……。もう見えなくなっちまった。
あの馬鹿げた速度で飛翔する生物の背にさっきまでしがみ付いていたんだよな?? 我ながら怖いもの知らずだと思いますよっと。
彼が空に描いた軌跡を見届けて吐き捨てるように溜息を零すと軍鶏の里へお邪魔させて頂いた。
「ダン!! 聞いたぜ!? 鷲の里の戦士達が負けたって!!」
「お前も作戦に参加していたんだよな!? よく無事に帰って来られたな!?」
里の奥へ進んで行くと俺の顔を見付けた人達が驚いた顔、そして若干の恐怖を滲ませた顔で声を掛けてくれる。
「あぁ、ボロ負けだよ。俺がこの里に来たのは……。軍鶏の里の皆に五つ首討伐の協力を要請しに来たんだ」
「おぉ!!!! そうなのか!!」
半袖の服からムッキムキの筋肉をこれ見よがしに曝け出している里の青年が叫ぶ。
「長は訓練場に居るぞ!!」
「じゃあちょいと聞いてくるわ!!」
「うむっ!! 例え長が拒否したとしても、俺はダンについて行くからなっ!!」
「ははっ、有難うよ!!」
両腕をムンっと折り曲げ、超カッコイイ力瘤を見せてくれた彼に右手を上げると速足で訓練場へと向かって行った。
「長が拒否しても参加してくれる、か……」
全く……。これほど力になる言葉はねぇよ。
自分の死を恐れず誰が為に己が命を懸ける。それ相応の勇気を持ち合わせている者だけにしか出来ない事だ。
五つ首は鷲の里の者達を皆殺しにしようとして現在も西進している。
ラーキー、バケッド。
里の戦士達を屠った五つ首の実力と恐ろしさは彼等の耳に入っている筈なのに、彼は何の見返りも無しに作戦参加を了承してくれた。
恐れを知らぬ戦士はここにも居るぞ?? だから遥か彼方の空の上で俺達の活躍を見守っていてくれ……。
良く晴れた空を眺め、天に住まう彼等に対して祈りに近い言葉を届けてやった。
「ダン!!!! 大丈夫だったのか!?」
訓練場に到着するとほぼ同時にベルナルドさんが慌てて駆け寄って来る。
「えぇ、何んとか生き永らえています。と言いますか、何故里の者が戦闘の状況を知っているのです??」
パっと思いついた疑問を問うてみた。
「鷲の里から使いが来てな。里の戦士の訃報、並びに五つ首の力の恐ろしさを伝え聞いたんだ」
成程……。それで。
「実は今日俺が此処に来たのは……」
驚く彼の目を捉えて口を開こうとした刹那。
「「「ピピピィ――――ッ!!!!」」」
「ん?? おわっ!?」
フワフワの黄色い毛が生えたヒヨコちゃん達に襲われ、尻餅を着いてしまった。
「あはは!! お前達元気にしてたか!?」
「ピピ――ッ!!」
『元気元気――っ!!』
「ピッピピィ!!!!」
『勿論さ!!!!』
「ピョッピッピッ!?」
『ダンも元気にしてた!?』
ピョン太、ピッピ、ピコ坊の微妙に硬い嘴が顔面に襲い掛かる。
「そうかそうか!! 元気か!!」
久々の再会が暗い気持ちを払拭させてくれるよ……。
上体を起こして三羽のヒヨコちゃん達と他愛の無い触れ合いを満喫していると。
「ピピッ!?」
『ダンッ!?』
「ムゥッ……」
『久々だな……』
共に鍛えた仲間達の紅一点であるピヨ美とピー助が小さな足を器用に素早く動かしてやって来た。
「よ――っす。何んとか死地から帰って来たぜ」
「ピ――ピッ!?」
『本当に大丈夫なの!?』
ピヨ美が俺の足元から円らな瞳で見上げて来る。
「洒落にならないくらい疲れているけど、まぁ何んとか」
「ウゥム!!」
『ここに来た訳を早く話せ!!』
「わ、分かったから!! 形態変化した姿で頭を掴むな!!」
ピー助が相も変わらず筋骨隆々の逞しい人型に変わると俺の頭を捻じ切る勢いで掴み上げて無理矢理立たせてしまう。
「コホン、ベルナルドさん。俺がここへ来た理由は……」
一つ咳払いをして五つ首を倒す為の作戦の詳細を話し。
「――――。という訳で奴を倒す為にこの里の者達の力が必要なんだ。生きて帰れる保証の無い危険な作戦だけど……。鷲の里だけじゃなくて、この大陸に住む者達の存亡を懸けた戦いが始まろうとしている。無理を承知で頼むよ、作戦に参加して亡くなった戦士の仇を。そして輝かしい未来を勝ち取る為に力を貸してくれませんか??」
姿勢を正し、ベルナルドさんにしっかりと腰を折って作戦参加の是非を問うた。
「危険な作戦なのは理解出来た。そして、この里の者達が作戦成功の一端を担っているのも理解した」
「そ、それじゃあ!!」
「だがな?? 俺はこの里の者達の命を預かる大切な役割を担っているのだ。俺の一存で大切な命をおいそれとは差し出す訳にはいかんのだよ……」
「そ、そっか……。うん、そうだよな」
彼の判断で二度とこの地を踏めなくなる可能性があるのだ。軽率な了承は流石に出来ないよね……。
「ピ――ピピ!!」
『長!! ビビリすぎ!!』
ピョン太が目元をキっと尖らせると彼の脛を小さな足で蹴飛ばし。
「ムゥッ!!!!」
『俺は行くぞ!!!!』
ピー助が鼻息を荒げてベルナルドさんに詰め寄る。
「止めろ、ピョン太、ピー助。ベルナルドさんの判断は間違っちゃいねぇよ。彼の一存で里の者の命が失われるかも知れないんだ」
難しい顔を浮かべている彼に詰め寄る二人の背に言ってやる。
「お、長!! 俺は行くぜ!?」
「そうだそうだ!! この里に危険が及ぶかも知れないんだろ!? それならそうなる前に奴を片付けてやる!!!!」
訓練場の中で俺達の話を聞いていた里の者達が次々と帰還出来る保証のない作戦に志願してくれた。
「お、おいおい。長の判断を無視してもいいのかよ」
ゴッリゴリで筋骨隆々の肉付きをしている里の者達へ話す。
「何の為にこの体を鍛えていると思うんだ!?」
両腕で物凄く標高の高い力瘤を作り。
「そうそう!! この鍛え抜かれた筋肉はぁ……。この日の為にッ!!!!」
頼みもしないのに僧帽筋を膨らませ。
「オッ!! フッゥゥウウ――――ッ!!!!」
これが締めに相応しいだろうと俺に背を向け、今からあの大空へ向かって羽ばたいていくのではないかと錯覚させる程に巨大で荘厳な広背筋を披露してくれた。
ハハ、相変わらず胸焼けがする程にむさ苦しい筋肉だな……。
「こら、お前達。何か勘違いしていないか??」
むさ苦しい筋肉に囲まれて姿が見えない場所から長の声が届く。
「と、言いますと??」
「俺の一存で作戦参加の了承はしないと言っただけで、作戦に参加しないとは言っていない」
「「「つ、つまりぃ??」」」
「死地へ飛び込みたい奴だけ挙手をしろ!!!! 俺が纏めて地獄へ連れて行ってやる!!!!」
「「「ウ、ウォォオオオオオオ――――ッッ!!!!!!」」」
訓練場と里全体が震える程の雄叫びが放たれ、無数の手が空へ向かって掲げられた。
ち、畜生……。何て勇ましい光景なんだよ……。
嬉し過ぎて涙が出て来たぜ……。
「ピ――ピッ!!」
「ピッピピ!!」
「ピピピ――――!!!!」
ピョン太達もあの熱気につられ、ちいちゃな右の翼をキュっと上げるが。
「あ、お前達はお留守番ね」
両の目からふっと落ちて行く涙を拭い終え、足元で元気良く挙手している彼等にお留守番宣言をしてやった。
「ピィッ!!」
『ふざけんな!!』
ピョン太が目元をキッ!! と尖らせると御自慢の足で俺の脛を蹴る。
「あいたっ!! あ、あのねぇ!! 五つ首は本当に危ない奴なの!! それにお前達が出て来たって何の役にも立たないんだから!!」
「ピヨ!! ピ――ピッ!?」
『はい!! おやつは持って行っていいですか!?』
「何参加する体で話しているの!?」
見当違いの意見を放ったピコ坊に釘を差してやる。
「だ、大体。お前達の両親と長が首を縦に振る訳無いだろ。子供は家で大人しくしていなさい」
「ダン!! 今から里の者達へ参加の是非を問う!! ついて来い!!」
「あ、はいっ!!」
猛烈な熱気が冷めぬ訓練場からベルナルドさんの指示が飛んで来たのでそれに従い彼の下へ駆け出すと。
「ピィッ!!」
『行かせるか!!』
「あ、おい!! 勝手に乗るな!!」
フワモコのヒヨコ三体が俺に背にしがみ付き、双肩にドンっと腰を下ろしてしまった。
「ふふ、まぁいいじゃないか。その者達の面倒は里の者達に任せる。一人前になる為に恐ろしい死が漂う死地を見学するのもまた一考さ」
「お、長はいいかも知れませんけどね。彼等の両親が何んと言うか……」
「それを確かめる為に里の中を進むんじゃないか。おい!!!! 行くぞ!! ついて来い!!」
「「「オォッッ!!!!」」」
ベルナルドさんが超絶怒涛にむさ苦しい雄共を引き連れて里の通りへ進んで行ってしまった。
あの塊から放たれる途轍もない雄臭を嗅ぐだけで咽そうだぜ……。
「ピィッ!!」
『ほら、行け!!』
「はいはい……。ど――せ無理だと思うけど、一応聞いてあげますよっと」
口喧しいヒヨコ達を右肩に乗せて視認出来てしまう程のむさ苦しさを放つ一団から若干距離を取り、向こうの一団とは対照的に大変慎ましい歩幅と速度で里の通りを進んで行った。
お疲れ様でした。
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