第二十五話 暁の刻に浮かぶ妙案 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
平和な大陸を襲う未曽有の驚異とは裏腹に悠久の時から続く自然現象は不変であり、太陽は本日もいつも通りに空へと昇り、地へ沈み行く。
俺の心の空模様と同じく大変薄暗い空の下で重たい足を懸命に動かし、我が相棒の家の扉を開いて机の上を確認するとそこには大陸全土の詳細が描かれた大きな地図がキチンと置かれていた。
きっとあの超恥ずかしがり屋の童貞は自分が執筆した遺書擬きの恋文を己が懐に収め、慌てて地図を机の上に置いて出て行ったのだろう。
『よ、よし!! これでいいなっ!!』
中途半端に開かれた自室の扉、クチャクチャに散らかっている机の上を見れば奴の慌て様が手に取る様に理解出来てしまった。
「さぁ――ってと、ぼぅっと突っ立っていても問題が解決する訳じゃねぇし。始めましょうかね」
道具一式を詰め込んである背嚢を部屋の壁際に置き、重たい体を引きずって椅子に腰かけると早速対五つ首討伐作戦の草案を開始した。
全長約二十メートル体高約十六メートルの巨大な体躯、里の戦士達の攻撃を物ともしない強硬な装甲と五つの首からは異なる属性の息が吐かれその威力はこの体を以てして理解している。
五名の戦士が空から翻弄しても各首は独自の動きと思考を見せて彼等が空に描いた軌跡を追い、体が繋がっている所為か。見事な連携で吐き出す息を他の首に直撃させる様な素振は決して見せなかった。
つまり、奴は五名分の頭脳を持ち異なる首同士で言葉を発せずとも意思の疎通を可能としている。
鍛えに鍛えた里の戦士を一撃で葬る攻撃力。鋭い鷲の爪を受けても揺るがぬ守備力に一糸乱れぬ連携。
正に完全無欠の攻防一体の生物じゃねぇかよ……。
あんな化け物に平々凡々とした作戦を遂行すれば同じ轍を踏む事になるのは必至。
とどのつまり、誰もがアッと驚く驚天動地の作戦を遂行せねばならないのだ。
「そうは言ってもよぉ――……。勝てる見込みは正直薄いぜ……」
完全無欠の生命体に対し、こっちの駒は手負いの里の戦士三名と戦いを義務付けられていない里の者達のみ。
肝心要の里の戦士も負傷している為、前回の作戦の様な鋭い動きが出来るかどうか怪しいし……。
ハンナとシェファは両腕の火傷だったけど、セフォーさんは背中の火傷だったよな??
己の命を賭して俺達を庇ってくれた彼の勇気ある行動が脳裏に過る。
治療を終えた彼が動ければ里の者達を鼓舞して簡易版戦士を生み出す事も可能かも知れない。
戦う前に士気を上げ、数十を超える者達が空を舞い奴を混乱させて。地上からハンナ達が攻撃を企てる作戦はどうだろうか??
「――――。だ、駄目だ。たった数撃で空を舞う人達が全滅しちゃったよ」
五つ首の攻撃を受け、黒焦げになった里の者達の亡骸が地上へボトボトと落下していく様が容易に想像出来てしまった。
あれは訓練を受けた者だからこそ出来た技なのだ。鷲の力を有していても彼等は戦士では無く、あくまでも一般人。
互いの命のやり取りをする戦いは一朝一夕で身に着けられるものではないのだから……。
頭を抱え、ぼぅっと地図を見下ろしていると。
「今帰ったぞ」
家主である相棒が静かに扉を開け。
「お邪魔します」
「ちょ、ちょっと!! ハンナ!! シェファ!! 絶対安静なのに動いちゃ駄目だって!!」
静かな所作の女性とそれと対照的に慌ただしい動きを見せる女性が俺達の家に足を踏み入れた。
「おかえり――。怪我の状態は……って。見れば分かるか」
ハンナとシェファの両腕には白い包帯が巻かれ、痛々しい顔の傷にはあの消し去り草で出来た薬草が塗られているからね。
「ダンも言ってやってよ!! 二人はゆっくり眠っていなきゃ駄目だって!!」
「俺もそう言ってやりたいけどさ。俺達はたった三日間で盤面をひっくり返さなきゃいけないんだよ」
「三日間?? 何、それ」
机の対面側に腰掛けた彼女に賢鳥会で起きた出来事を端的に説明してやった。
「――――。と、言う訳で。俺達が三日で奴を倒す算段を見付けない限り、鷲の里の皆さんは生まれ故郷を追われ逃亡生活に身を落とすって訳さ」
「そ、そうだったんだ……。だから二人共慌てて出て行ったんだね??」
右隣りに座るシェファ、そして正面に座る愛しの彼の顔を見つめてそう話す。
「その通りだ。ダン、どうだ?? 何か思い浮かんだか??」
「先程パっと浮かんだ案は戦士長が里の者達を鼓舞して簡易戦士に作り上げ。数十名が空を舞い五つ首を翻弄するって作戦なんだけど……」
「「それは無理」」
でしょうね。
俺と同じ考えに至った二名から速攻で作戦を拒否されてしまった。
「こちらの戦力は傷付いた里の戦士三名と里の者達。この駒でどうにかしなきゃいけないのが無理ってもんだって」
「ダン、セフォー殿の傷は深く。俺達が遂行しようとしている作戦には到底間に合いそうにないぞ」
ハンナが険しい顔のまま非情の事実を告げる。
「お、おい嘘だろ!? 彼無しで作戦を遂行しろっていうのかよ!?!?」
堪らず立ち上がり叫んでしまう。
「クルリ!? 何んとか治りそうにないの!?」
「それは難しいかな……。彼の怪我は本当に酷くてね?? 背中に浴びた火炎の息、だっけ。その力が強過ぎて背中の肉が焼け焦げて真皮の深い位置まで達していたんだ。きっと痛くて眠る事も叶わないと思うよ……」
か、勘弁してくれよぉ……。此処に来て戦力減少とか洒落にならないんだけど!?
「案ずるな、まだ時間はある。奴は一見完璧に見えるが弱点は必ずある。それを一つずつ見付けて纏めいこう」
ハンナが冷静な口調で俺の顔を見上げる。
「はいはい!! わ――ってますよ!!」
荒い鼻息を放つと若干乱暴に椅子に座ってやった。
「じゃ、取り敢えず奴の弱点っぽいものから挙げていくか。俺達が攻撃を加えて五つ首が後退したのは……。ハンナの氷結の刃と、俺の矢か」
あの時のハンナの一撃は背筋が一斉に泡立つほどに凄かったな。
「覚醒の力を使用した俺の一撃でも奴の首を刎ねる事は叶わなかった。正面から馬鹿正直に攻撃を画策するのは止した方が賢明だな」
「ハンナ、覚醒の力って何だよ」
初耳の単語に食いつき、彼の肩をチョイチョイと突いてやる。
「太古の時代に生まれた魔物だけが持っている力だ。これを制御するのは難しいが……。俺は刹那に解放する程度までなら会得しているぞ」
へぇ、そうなんだ。
「シェファはその覚醒の力を使用出来ないの??」
あれだけ強力な力を使わない手は無いからね。
「出来ない」
あ、うん。そうなんだ。
使用出来ないのは理解出来たから俺の顔を睨むのを止めよ??
「覚醒の力を使用する為には血の滲む様な研鑽が必要だ」
「ハンナ、それって私に自慢しているの??」
鋭い瞳を浮かべた雌の大鷲ちゃんが白頭鷲に絡む。
「別にそういう意味で話している訳では無い」
「そういう風に聞こえたんだけど」
「あ――!! 喧嘩は止めなさいよ!! 今は仲間内で争っている場合じゃないでしょう!?」
薄暗い室内で火花を散らす両者を宥めてやる。
「そ、そうだよ。ダンの言う通りだよ?? 落ち着いて話し合えばきっと光差す出口が見えてくるからさ」
「む、むぅ……」
「分かった」
ほぉ……。里の戦士でも無いってのに戦士二人を容易く丸め込んでしまうとは。
彼女の力、じゃなくて母性とでも言おうか。
近い将来、里の戦士達は彼女の母性には決して逆らえず。口喧しいジャリガキの喧嘩をおっぱじめようものなら途端に拳骨が頭上に降り注ぎ、胸倉を掴み合えば笑顔という名の凶器が開戦を阻止するのだろうさ。
「攻撃が全く効かなかったの??」
母性豊かな薬師がハンナの目を見て問う。
「全く効かなかった訳では無い。俺達の攻撃は奴の鱗を微かに傷付け、ダンが放った矢が奴の目を穿つと苦しんでいたからな」
「へぇ!! ダン凄いじゃん!!」
い、いやいや。ここでそういう振りは止めてくれって。
「「……ッ」」
ほ、ほら!! 負けず嫌いの二人が俺に獰猛な視線を向けてくるし!!
「さ、さぁって!! この調子でどんどん弱点になりそうな事柄を挙げていこうぜ!!!!」
大きく咳払いすると無理矢理場を明るくして叫んでやった。
何で仲間に睨まれながら作戦を練らなきゃいけなんだよ……。
真正面と右隣りからヒシヒシと伝わる怒りの視線を受け流しつつ、夜が更け。お月様が巨大な欠伸を放つ時が来ても俺達の口は閉じる事無く、舌が乾き喉が飢えても机上で飛び交う言葉は絶える事は無かった。
お疲れ様でした。
今から少し出掛けてきますので、後半部分の投稿は恐らく深夜になるかと思われます。
今暫くお待ち下さいませ。