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第三話 授与されたのは聳え立つ山でした

おはようございます!! 昨日の分の投稿になります!!


何はともあれ、御覧下さい!!




 獣臭の香りが徐々に薄れ行き、人が営む生活環境下の香りが漂う。


 風に乗って届く土埃と経年劣化した木造建築物独特の掠れた匂い。


 文明の中についつい自然特有の香りを探してしまうが……。此処ではそれを掴み取る事は不可能だな。


 自然を掴み取れない侘しさがふと湧くものの、先程の厩舎での出来事がそれを春の温かさにも似た陽性な感情に上書きし。


 薄暗くそして人通りの少ない道を春先の中、畦道に生える土筆を探して歩く。そんなのんびりとした速度で進んでいた。



 いやぁ……。


 俺と同じく、頑張っている新人さんが居るって思うと何だか元気が出ちゃうよなぁ。



 しかも。


 女性なのに強烈な獣臭を嫌う事もなければ、汚れを気にする事も無い。


 ま、まぁ……。筋力の事については今後触れない様にしましょう。流石に失礼過ぎたよな。



 地味で、目立たず、どちらかと言えば人々から軽視されがちな仕事です。しかし、その実。彼女達の存在がなければ、我々は満足に仕事を出来ないであろう。



 調教師の仕事の成果は決して表舞台に立つ事は無い。言うなれば表舞台を支える屋台骨ってところか。



 大変な重傷を負い。



 任務に携わる事が出来なくなったら、第二の人生として調教師の仕事に就くのもアリかも。



 毛並のお美しい牝馬さん達の毛並を木製のブラシで均し、心地良い嘶き声が響くと同時。



『貴様!! 私を優先しろ!!』 と。



 背後から襲い掛かって来たウマ子の猛獣にも勝るとも劣らない声を想像すると何だか笑えちまうな。


 ですが、その後の悲惨な光景は想像しませんけどね。



 随分とのんびりした歩調で文明の上を歩き続けていると、我が部隊の総本部が遂に御目見えした。



 あれまぁ……。


 相も変わらずふつ――の家ですよねぇ。



 もうちょっとさ。せめて、表札代わりに軍属の建物であると認識出来る物を掲げるべきでは??


 まぁ……。


 こんな何の変哲もない家が軍の所有物だとは誰も考えないだろうから、要らないけども。



「ふぅ……。よし」



 呼吸を整え、傷が目立つ普遍的な扉をノックした。



「レイドです。只今戻りました!!」



 聞こえたかな??


 それとも、出掛けてしまっているのだろうか。


 上げた手を下げ、中からの返事を待っていると。



「入っていいぞ――」



 随分と間延びした声色が返って来ました。



「失礼します」



 レフ准尉の声を受け、二月振りに我が本部の戸を潜った。



「いよぉう!!!! お帰りぃ!!」



 此方の姿を確認するなり、任を労う陽性な笑みと声で迎えてくれるのは大変有難いです。


 しかし、何んと言いますか……。


 軍属足る者、身嗜みにも気を配る必要があると思うのですよ。黒い髪の先は微妙にクルンっと跳ね、微妙に着崩れしている軍服。


 机の上には熱々の紅茶と、一齧りして無造作に置かれたパン。



 素敵な一日の始まり。



 簡単に言い表すのならこうですけども……。


 寝起きなのかどうか知りませんが、せめて真面な姿で出迎えて下さいよ……。



「只今帰還しました」



 痛んだ机の横に直立不動の姿勢で立ち。


 軍属の者はこうあるべきだという姿勢を保ちながら言ってやった。



「相変わらず馬鹿真面目な挨拶だなぁ。ずずっ……」



 ほら、やっぱり朝食中じゃないか。


 美味そうに白磁のカップに小さな唇をくっつけ、ずずっと熱々の紅茶を啜ってしまう。



「ふぅ、美味い。どうだ?? お前さんも飲まないか??」


「結構です」



 端的且速攻でそう言ってやった。


 この時間も我々の勤務時間に含まれているのです。


 給料が発生している以上、我々には労働という対価を提供する必要があるのですよ。


 少なくとも。



「うっわ。冷たっ。それが上官に取る態度かね?? ふわぁ……。ねむっ」



 ダランっと弛緩した体で勤務すべきでは無いと思います!!



「以後、気を付けます」



 ちょっとだけ厳しい瞳を浮かべてレフ准尉を見下ろしてやった。



「へ――いへい。帰って来て直ぐで悪いんだけどさ……」



 白磁のカップを受け皿に置き、静かに立ち続けている後方の棚へと向かい出す。



「時間が無いと思うけど……。お前さんには報告書を書いて貰うよ」


「任務中の詳細な活動報告やら、経費の明細ですよね??」



 此処に至るまで。各町で補給した物資、宿泊費その他必要経費の領収書は抜かりなく受領済みです。


 流石に食費をそのまま計上する訳にはいかなかったので。実費で賄わなければならないのが大変辛い……。


 アイツが。



『んまっ――いっ!!』 と。



 燦々と輝く太陽の笑みを浮かべて馬鹿みたいに喜べば、反比例する様に俺の財布には大変冷たい冬が訪れてしまうのですよ。



 安く食料を購入。


 或いは、ほぼ腐って価値の無い食料をアイツに食わして食費を節約か。



 う――ん……。



 前半は俺の努力で何とかなるけど、後半は不味いか??



『スンスン……。ん――……。まっ!! 大丈夫かっ!!』



 何とかなりそうだな!!


 頭の中で太った雀の行動を想像したら両者共にイケルと判断出来ました!!


 今度からさり気なく混ぜてみよう……。



「そうそう。たださぁ……。よいしょっとぉ!! ふぅ!! その量が半端なく多いんだよね」


「…………」



 そんな下らない事を考えていると、彼女が目を疑う光景を持ち運んで来ました。



 え??


 何、コレ。



 レフ准尉が机の上に置いた紙の山を見つめ、思わず声を失ってしまった。


 積み重なった紙はぎゅっと握った大人の拳の高さを優に超える。


 一枚の紙の高さはたかが知れている。つまり、あの紙の山は数百の紙を重ねた結果なのです。



「それがぁ我が軍に提出する報告書でぇ。よっと!! こっちがイル教に提出する報告書なぁ――」



 しかも!!


 双子ですか!?



「ちょ、ちょっと待って下さい!! 何ですか!? この量は!!」



 これ以上積み重ねられたら俺の体が拒絶反応を起こして、失神してしまいそうだ。


 そう考え、心に思った事をそのまま叫んだ。



「二月分の報告書だからなぁ。そりゃ多くなって当然だろ。しかも、お前さんは不帰の森を横断した貴重な情報源でもある。上の連中はそういった情報を喉から手が出る程欲しがっているんだよ」



 椅子の上に座り、長く整った足をすっと組んで話す。



「上層部に提出するのは理解出来ます。しかし、そっちの山は……」



 部外者である宗教団体に情報を提供するのは流石に不味いでしょ。



「あぁ、コレ?? 任務達成の報酬として、褒賞金が出ただろ??」



 えぇ、びっくりする位の値段でしたね。



「軍から拠出された名目だが……。その実、金を出したのはあの教団だ。こちとら、たった一人の任務成功に金を出せる程台所事情は芳しくないんだ」



「では、何故。あの教団は新人である自分に大金を出したのですか??」


「知らん」



 お、おぅ。


 一蹴されてしまいましたね。



「だが、どこのどいつに金を出したのかシエルちゃんは是非とも知りたいらしく?? 伝令鳥で伝えた通り。お前さんには報告書を仕上げ、彼女に会う必要があるんだ。黙って大金を受け取れる程、世の中は甘くないんだよっと」



 そう話すと。


 一枚の便箋をぽぉんっと机の上に放る。



「…………。大事な指令書だったらどうするんですか??」



「んふふ。お前さんのその顔が見たいからこうしてんだよ」



 でしょうね。


 大変悪い御顔をしていますので。


 高価な紙質の便箋の封を開け、中身を確認すると。



「何て書いてある??」


「住所、ですね。それと、シエル皇聖直筆の名前と印章も記入されています」



 随分と達筆だな。


 俺とは雲泥の差ですよ。



「ほぉん。成程ねぇ……」


「どうかされました??」



「いや、お前さんは明後日の午後五時。そこに記入されている住所へ向かう様に言伝を預かっているんだ」



「では、明後日の指定時間通りにこの住所へ向かい。シエルさんに事情を説明しろと??」


「その通り!!」



 パチンっ!! と指を鳴らし。此方に指を指すその姿。


 妙に憤りを感じるのは俺だけでしょうか??



「了解しました」


「そして、此処からが私個人……。いいや、我々からお前に対しての非公式なお願いだ」



 僅かに笑みを浮かべていた顔から真面目な顔に豹変し、狭い室内の外に漏れぬ様に小声になって話す。



 今度からは是非とも最初からその面持ちで居て下さい。



「周知の通り。イル教信者は至る所にいる。軍、議院、病院。そのどこでも少なからず権力を握っていると言っても過言ではない」



 この国最大の宗教団体だ。


 レフ准尉の言っている事は強ち間違いでは無いだろう。



「お前が単独で任務を成功させた事にあいつらは疑問を持っているみたいなんだ」



「疑問でありますか??」



 ルミナの街では住民の方々と共に戦ったと報告したのだけど……。


 それでも疑問に考えているのか。


 カエデが危惧していた。



『たった一人の兵士がどうこう出来る問題では無い』



 それが現実になってしまったな。



「本来ならルミナの街が魔物、若しくはオークに襲われていたら王都からイル教の息の掛った軍を派遣したかったらしい。奴らは敵を殲滅したら西のオークに対抗すべくそこを拠点にしようと考えていたが……。 お前が問題を解決してこの話は流れた。もう軍を派遣する理由が無いからな。基本的に地方には独立自治が認められている、それを覆すような真似は出来なくなった訳さ」




「と、言いますと??」



 要領を得ないな。


 街に平和が訪れるのは良い事じゃないか。




「現在、オーク共の活動が沈静化しているのは知っているか??」



 クーパー大尉から伺いましたけど。



「初耳ですね」



 彼には此処だけの話として伺ったので、知らぬ存ぜぬを貫いた。



「唯一奴らの活動が確認出来るのは第一次防衛線の南西部だ。奴らが大人しくしている今の内、ある程度自分達の裁量で自由に管理できる街を一つでも多く作っておきたいってのがあいつらの魂胆だろう」



 成程。


 都合よく街一つを管理しようと目論んでいたがそれが不可能になった。しかも一人の兵士によって。それで俺がどういった人物か見極めよう。そういう事か。



「じゃあ不味いじゃないですか。俺が向こうの計画を邪魔した訳ですので」



 力を持った方々の逆鱗に触れてしまったので、ひょっとしたら…………。除隊処分??



「元々ルミナはここからかなり離れている。それにあまり大きくない街だ。そこまで痛手にはならないだろう。しかし、面白くないのは事実」



 手元の紅茶をクイっと、豪快に飲み干す。



「ぷはっ。だが、当然軍にも奴らの計画がおじゃんになってほくそ笑んでいる者が大勢いる。軍内部は今の所あいつらと、そして対立している者とで権力を二分している状況だ」



「しかし、敵の殲滅は自分達の目標です。同じ目的同士、敵対する必要はないのでは??」



「馬鹿だな。戦いが終わった後の事を考えろ。あいつらに軍を掌握でもされてみろ、私達はあいつらにいいように使われて世の中思い通りにされちゃ不味いだろ」



「戦うのはオーク達だけではないと??」



「その通りだ。所詮人間の敵は人間だ。今はオークという人類共通の敵がいるがそれを倒した後の事も考えておかなきゃならない。胡散臭い集団にこの国の政治を任せていられないだろう。だから今の内に手を打っておかなきゃならん。そこでだ、レイドお前に一つ頼みたい事がある」



「何でしょう」



 その御顔から察するに、もう既に嫌な予感しかしないな。



「シエルちゃんに会ったならそいつの考えや思想。何でもいいから聞き出して欲しい。折角の誘いだ。この機会を利用しない手は無い」



「上手くできますかね」



「何でもいいぞ。趣味やら、普段の生活態度やら………。性癖やら」



 ニィっと厭らしい笑みを浮かべつつそう話す。


 最後の言葉は確実に無視をするとして……。


 魔物に対し排他的に考えている相手だ。マイ達と行動を続けて行く以上、俺も少なからず情報は持っておきたい。



「分かりました。出来る限りの事は致します」


「奴の名前はシエル=マリーチア。年齢は二十代。そこまでしか情報は見ていないな」



「見ていない??」



 それを言うのなら、聞いていないでは??



 此方がパチパチと目を動かしていると。



「――――。聞いていない」



 あっ……。しまった。


 そんな表情を一瞬浮かべて言い直してしまいました。



「どこで盗み見したんですか??」



 お願いします。


 せめて、将官以下の階級の場所でお願いしますね。



「某大佐の部屋」


「ぶぶっふ!! ば、馬鹿なのですか!? しかも!! 個人部屋に侵入して!! 駄目じゃないですか!!!!」



 俺の願い虚しく。


 それ相応の階級の方の部屋に侵入して情報を得たようですね。



「馬鹿とは何だ、馬鹿とは」



 上に組んだ足で俺の大腿部を少々強め、そして少々ぶっきらぼうな顔で蹴る。



「いてっ」


「私は世の為、人の為に諜報活動を行っているのだっ」



 胸を張って言う台詞ではありません。


 後、少々軍服が開けていますのでその姿勢は勘弁して下さい。



「はぁ……。その事については、後で問い詰めるとして。シエル皇聖はその若さで教団を一纏めにする地位に就いているのですか??」



 二十代って。


 俺とあまり変わらないじゃないか。



「相当優れているか、それともただの御飾なのか。素性が知れないからこそ不気味なんだよ」



 謎多き女性、か。



 向こうは俺の素性を確認する為。


 そして、此方は向こうの情報を得る為。


 諜報活動じゃあないけど、そういった行為は苦手なのですよ。



 馬車馬みたいに野を駆け、齷齪働く蟻の如く。


 汗を流して行動している方がよっぽど似合うよ。



「噂じゃかなりの美人みたいでな。分かっているとは思うが……。――――――――誘惑されるなよ??」



 こちらにジロリと厳しい視線を向ける。



「流石に下っ端相手に誘うような真似はしないでしょう」


「わからんぞ?? 男は女に弱いからな。そこを付け込む輩なんていくらでもいるからなぁ」



 俺ってそんな押しに弱い男に見えるのかしら。



「初対面の人にいきなり襲い掛かる地位の人じゃないでしょう。では、報告書を仕上げる作業に取り掛かります」



 俺には時間が無いのですよ。


 何せ、これだけの紙の山を踏破せねばなりませんのでね。



 背嚢を下ろし。


 紙の山に手を伸ばそうとすると、レフ准尉が開かなくてもいいのに。再び口を開いてしまった。



「あ、そうそう!! 危ない。言い忘れる所だった」



 この上、まだ何か伝える事があるのですか??



「シエルちゃんに事情を説明したら、南のレイテトールの街に出立して貰う」


「任務ですか??」


「そ。レイテトールの街の貴族。アーリースター家の御令嬢の身辺警護を四日間務めろとの事だ。ほい、これが指令書」



「…………」



 机の上に、ぽいっと放った指令書を無言で受け取り。



「んだよ――。もっと面白い反応しろって――」



 上官に対するあるまじき態度を保持しつつ、指令書に目を通した。



「正式な任務であるのは確かですね」



 任務の指令者、並びに受任者。


 どれも正式な書式で書かれていますので。



 えぇっと……。日程は……。



「嘘でしょ!?」



 そこに書かれていた数字に思わず二度見してしまった。



「どした――??」


「いや、ほら。この日程なのですが……」



 問題箇所に指を指す。



「ん?? 六ノ月、二十日から二十三日までの計四日間。んだよ、楽勝じゃん」


「違いますって!! 今日は何日ですか!?」



「今日?? ん――……。十四日だね」



「そうです!! レイテトールまでは移動に三日を要します。つまり!! 明後日までにこ、この馬鹿げた量の報告書を完成させて!! 謁見を済まし!! そこから直ぐに出立するのですよ!?」



 数人掛かりでも二日で完成できるかどうかの量だぞ!?


 それをひ、一人で仕上げて。尚且つ、直ぐに任務に向かえっていうのか!?



「だから時間が無いって言ったじゃん」



 こ、この!!


 他人事だと思って!!



「生憎、本部の二階は私の私物で埋め尽くされている。この街の好きな宿に泊まって仕上げて来い。大通り沿いのお高い宿屋でも構わんよ??」



「血税で賄われている軍費です!! 安宿を探して泊まります!!」


「勿体ない。私が幾らでもちょろまかしてやるぞ」


「結構です!! それでは、明後日。シエル皇聖の謁見前までには報告書を御持ちします!!!!」



 背嚢にこれでもかと書類の山を突っ込み、憤りを隠す事無い足取りで扉へと向かった。



「ほ――い。頑張ってね――」


「失礼します!!」



 傷が目立つ扉を勢いよく開け、そして憤怒を籠めた手で閉めてやった。



 山の様な報告書、シエル皇聖との謁見、そして新たな任務。


 帰還早々、やる事が山積して既にお腹一杯ですよ……。



 溜息を吐いていても仕事が捗る訳じゃない。


 五人を収容出来る宿を探すとしますか……。



 しかも安くて、喧しく騒いでも苦情が寄せられない宿を……。



 ――――――。



 ある訳無いだろ!! そんな宿!!!!


 しかも!! 山みたいに積まれた報告書も片付けなきゃいけないし!!


 与えられた時間は二日。


 可能な限り、邁進しましょうか。



 俺の苦労を少しでも理解して、静かに過ごしてくれるといいのだが。アイツは寧ろ指を指して大笑いしそうだものねぇ。


 その笑みを想像したら頭痛の種が頭の中にぽっと咲いてしまい。何んとか刈り取ろうと画策しても、その根は深く根付き。


 人のちっぽけな力で引き抜く事は不可能なのであった。

 



お疲れ様でした!!


昨晩。


プロットを書き終え、いざ投稿しようかなと考えていますと。


猛烈な眠気が襲い掛かり。一分だけ……。この魔の言葉が良くありませんでした。気が付けば外が明るく…………。


皆様が家を出て行く時間、そして私も出発する前に投稿させて頂きました。


それでは!! 行ってらっしゃいませ!! そして、行って来ます!!

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