第二十四話 失望落胆の中に浮かぶ微かな光 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿なります。
普段のそれと比べて数段弱々しい翼の動きから繰り出される飛翔速度は遅く、随分とゆるりとした速度で西の地平線へと傾きつつある太陽を目指して進む。
徐々にその力を失い続けている太陽の光が網膜を刺激すると心に矮小な針の先が刺さったかの様なチクンとした痛みが生じた。
もしも彼等が生きていたら……。今頃この綺麗な光を浴びながら下らない冗談を交わしつつ帰還していたんだよな。
『あはは!! ダン――、お前のそういう所。悪く無いと思うぜ??』
『ハンナはもう少し揶揄った方がもっと面白くなるから不必要なまでに絡んでやってくれ』
『喧しいぞ!! 貴様等!!』
『『わはははは!!!!』』
澄み渡った大空の中を力強く飛ぶ二体の大鷲の幻影が視界の端に映ると、悲しみという感情が湧く前に酷く暗い憎しみが湧いてしまう。
あの糞野郎め……。仲間の命を奪った罪は重いぞ。テメェの命を以てその罪を償って貰うからな。
ラーキー、バケッド。
お前達の仇は俺達が取る。だから今は静かに見守っていてくれ。
ハンナの背に跨り、一人静かに拳を強く握ると何処までも広がる空へ向かって哀悼の意と復讐を誓った。
「――――。シェファ、大丈夫か??」
奴との決闘で体力を消費し、傷ついた体で鷲の里へ進むが誰一人として口を開く事は無く。
俺達四人の間には息苦しい沈黙が漂っていた。
この重い空気を払おうとしてハンナの背で身動き一つ取らぬ彼女の背に問うと彼女は無言で白頭鷲の背から地上へと飛び降り。
「……」
大鷲の姿に変わると険しい目付きを浮かべて彼等と共に翼をはためかせて飛翔を開始した。
やっぱり敗戦が相当堪えているんだな……。
そりゃそうだ。是が非でも勝利を収めて帰還しようとしていたのに、その結果は残酷なものになってしまったのだから。
失われた二名の戦士の尊い命、傷ついた己の体と心。
失ったモノは確かに大きいがそれでも、この三名が生き残っているのならまだ勝利の光を掴み取る機会は残されている。
何事にも前向きに考えないとな……。
誰とも無しに声を上げて失われた士気を高めようとしたその時。
「見えて来たぞ」
ハンナが生まれ故郷の里を捉えて声を上げた。
「あぁ、先ずは戦いの詳細を報告しよう。アイツを倒す算段を考えるのはその後だ」
「分かっている……」
重々しい溜め息を吐くとセフォーさんを先頭に里へと向かって下降を開始。
「「「里の戦士が帰還したぞ――――!!!!」」」
俺達の帰還を待ち侘びていた里の者達の歓声を受けて里へと降り立った。
「ど、どうだった!? 奴は倒したのか!?」
「ラーキーとバケッドの姿が見えないけど……。まさか!?」
「酷い怪我だな……」
驚きと期待が複雑に絡み合う里の者達の声が満身創痍の彼等の体に突き刺さる。
「「「……」」」
誰が口を開いて敗戦を伝えようか、誰が彼等の訃報を伝えようか。
皆一様に口を紡ぎ地面に視線を落として言い淀んでいると。
「皆の者、申し訳無い……。俺達は……。敗北した」
セフォーさんが俺達を取り囲む里の者達へ頭を垂れ、暗い口調で敗戦を告げた。
「そ、そんなっ……」
「ラーキー達はどうしたんだよ!?」
「ラーキーは火炎の息で息を引き取り、バケッドは奴の毒牙に掛かりそのまま……」
戦士二名の訃報を伝えると。
「う、嘘よ!!!! あの子が、あの子が死ぬなんてぇ!!!!」
彼等の母親だろうか。
一人の女性の瞳から大粒の涙が溢れ出し、そのまま地面に崩れ落ちてしまった。
「お、お前等……。俺の息子を置いて逃げ帰って来たな!?」
「自分達だけ助かりたいが為におめおめ逃げ帰って来て!! 恥を知れ!! 恥を!!」
セフォーさんに数名の者が掴みかかり、里の大通りで一触即発の空気が漂う。
「すまない。俺達がもっと強ければ彼等は……」
「だ、だったら!! 何故彼等と命運を共にしなかったんだよ!!!!」
一人の男性がセフォーさんに向かって悲しみの拳を繰り出す様を捉えると堪らずその場から飛び出した。
「ッ!!!!」
右頬に食い込んだ強烈な拳。
体の芯がズレる程の威力だが…………。不思議と痛みは感じ無かった。
身体的な痛みは感じ無い。しかし、心が猛烈に痛んでしまう。
この拳はきっと様々な負の感情が籠められたモノであるから身体的痛みを感じぬのだろう。
畏怖、悲哀、危惧。
彼等の胸中に渦巻く負の感情が体を伝わり俺の心を強く蝕む。
「ダ、ダン。すまん……。大丈夫か??」
握り締めていた拳を開いて俺の肩に優しく手を置いてくれる。
「里の戦士達は死力を尽くして戦った。ハンナとシェファの両腕の火傷、そしてセフォーさんの背の火傷を見れば一目瞭然だろ??」
焼け爛れた彼等の傷跡へ視線を移して話す。
「確かに彼等は敗戦を喫した。だが……。何も諦めている訳じゃないんだ。命があれば何度でもやり直せる。万策尽きたとしてもそれを越える十万の策を練れば良い。そう、俺達は決して諦めない。何度だって立ち上がり必ずや五つ首の首を全部切り落としてやるさ」
「い、五つ首!? 三つ首じゃないのかよ!?」
一人の男性がヒュっと軽く息を吸い込み、絶望の瞳を浮かべて驚嘆の声を出す。
「長年眠り続けて居たのはきっと力を蓄える為だったんだろう。彼等はあの化け物相手に一切怯む事無く立ち向かった。だから……。これ以上責めないでやってくれ、頼む……この通りだ……」
静かに膝を折り地面に額を擦り付けて里の者全員へ謝意を表した。
俺の頭一つでこの場が鎮まるのなら何度でも下げてやるさ。俺以上にハンナ達の心は傷付いているのだから。
「ダ、ダン。頭を上げてくれよ。お前は悪くな……」
里の者が頭を上げるようにたどたどしく台詞を吐くと。
「戦士達よ!! 帰って来たか!!」
俺達を囲む輪を割って長が慌ただしくやって来た。
「え、えぇ。恥ずかしながら帰還させ……」
「「「戦士長!?!?」」」
俺達を庇った怪我、蓄積された疲労によって遂に体が限界を迎えたのか。
長の顔を捉えるとセフォーさんが地面へと崩れ落ちてしまった。
「セフォー!!!! だ、誰か彼を早く治療して……」
「私が診ます!!!!」
クルリが華奢な体を懸命に捻じ込んで輪の中央へとやって来る。
「今から処置室で治療を始めるので誰か彼を運んで下さい!!!!」
「わ、分かった!! 皆、手伝ってくれ!!!!」
「「「おう!!!!」」」
ガタイの良い彼の体を数名の男性が抱えそのまま輪の外へと運ばれて行く。
「ハンナ達も後で私の所へ来るように!!!! いいわね!?」
「あ、あぁ。分かった……」
普段のおっとりとした表情は消失。
鬼気迫る表情を浮かべるとそのまま傷付いたセフォーさんと共に俺達の前から姿を消した。
「そこの三名、これから賢鳥会に戦いの報告をして貰う。こっちに来てくれ」
「分かりました。ダン、シェファ。行くぞ」
長とハンナが静かに里の通りを歩き始めるので慌てて彼等の背に続いた。
ハンナ達も立っているのがやっとの状態だ。本来であれば直ぐに休息を与えなければならないが……。
先ずは賢鳥会に報告をしなければいけないよな。
俺達は奴の力を承知していても里の者達はあの戦いの全貌を知らぬのだから……。
いつもより弱々しいハンナの足取りに続いて輪を抜け出し。悲しみと絶望が溢れ返り、まるで葬式の様にシンっと静まり返った里の大通りを無言のまま進んで行った。
お疲れ様でした。
長文となってしまった為、分けての投稿になります。
現在後半部分の編集作業中ですので、次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。