第二十一話 きっと叶うさ その二
お待たせしました。
後半部分の投稿になります。
「もう直ぐ御飯も炊けるし、呼んで来るわ」
「ん――。行ってらっさ――い」
お行儀が悪いからお肉を食みながら喋らないの。
美味そうに肉をガッツク彼に対してヤレヤレといった感じで若干長めの鼻息を漏らし、虫の音がリンっと響く大地の上を進み。
「――――。どうした??」
満点の星空をぼぅっと見上げている彼女の隣に腰掛けた。
「あ、うん。星を見てた」
「星?? お――、相変わらず綺麗な事で……」
幾百、幾千年もの間彼等は美しき光で地上に住まう者共の心を温めて来た。
本日もそれは不変であり夜空を横切る星の河が煌びやかに輝き、黒の中に散らばった幾つもの星の点の瞬きが心を潤してくれる。
「ダンは……。願掛けは嫌い??」
「願掛け?? あぁ、星に願いをって奴か」
「そう。夜空の星に住まう神々へ己の願いを届ける。昔から行われて来た行為だけど神様達はきっと迷惑しているよね」
「迷惑?? どうして」
「この星には何千、何万もの人々が暮らしている。私と同じ行為をしている人が違う場所に必ず存在する。聞くだけでも辟易してしまう膨大な数の願いが届けばきっと彼等は顔を顰める筈だから」
「はは、存外そうはならないかもよ??」
「何故??」
美しき夜空から俺の顔へ視点を変えた彼女へ向かって話す。
「不真面目な奴と真面目な奴がいる様に、神様の中にも願いを叶えてくれない者も。そして叶えてくれる者も存在するんじゃないのかな?? 俺はこっちの大陸に来る時に何も無い海の上で夜空へ向かって願いを届けていたんだ。どうか無事に到着させて下さい、そして素敵な冒険をさせて下さいってね。ほら、俺の願いはちゃあんと叶っているだろ??」
若干大袈裟に両手を開き、俺は確かに存在するだろと強調してやる。
「願いを叶えたのはダンの努力の成果」
「結果的にはそう見えるかも知れないけどそこに至るまでの過程が大事なんだ。何があっても絶対に夢を叶えてやる。断固たる決意を胸に秘め、目的に向かってひた進み己が希望を手中に収める。絶望に打ちひしがれ膝から崩れ落ちそうになった時は夜空を見上げて、下火になった火を再燃させ炎へと昇華させてやる。こうして太古の時代から人々は夜空に向かって自己啓発を促して夢に向かって突き進んでいたのさ」
夢が叶わないのなら幻の神を憎み、夢が叶ったのならいる筈も無い神へ感謝を述べる。
詰まる所、人間と魔物は自分勝手な生き物なのさ。
だがその自分勝手が己の心を保っていると断定しても過言では無い。
夢を叶える為にはそれ相応の痛みを伴い、泣きたくなる様な努力を要す。
茨の道を突き進み叶えた夢はそれはもう涙が溢れる位に嬉しいだろう。その反面、叶わぬ夢となり儚く散ったのなら頭を抱えて地面に蹲るかも知れない。
そこから立ち上がる為には何か理由が必要だ。
その時にこの自分勝手が大いに役に立つ。
『もっと努力をすべきだった』
『あの時、あぁしていれば……』
『これはきっと星の海に住まう神様が邪魔をしたんだ』
心と体は密接に繋がっているので心が崩れてしまえば体も参ってしまう。
そうならない為に人は痛みの矛先を変える。そう……。幻の神様か若しくは他人の所為にしちまうのさっ。
心の痛みと体の辛苦が払拭されたのなら人々は今一度立ち上がり己が夢を叶える為に進み出すのだ。
神が存在するのならきっと顔を顰めてこう仰るだろう。
『人と魔物は何んと自分勝手な生き物なのだ』 と。
神様、申し訳無いね。ついでに俺の願いも聞いてくれよ。
ハンナ達を守ってやってくれ。そしてこの大陸に住まう者達に安寧を届けてやってくれ。
『それは自分自身で叶えるのだなっ』
ハハ、俺の予想通りプイっとそっぽを向いてしまったね。
安心しろって。俺達は必ずや三つ首相手に勝利を収めてやるからよ。
「私が叶えたい夢は……。皆が幸せに暮らせる平穏な日々。それを叶える為にここへ来た」
「いい夢じゃないか。よぉしっ!! 星に住まう神々よ、どうかシェファの夢を叶えてやってくれ!!」
人々から感嘆の吐息を勝ち取ってしまう美しき夜空へ向かってパチンと手を合わせてやった。
「ふふっ、有難うね?? 私の為に願いを届けてくれて」
「俺も似たような夢を抱いているからね」
どういたしまして。
そんな感じで柔らかく口角を曲げて話す。
「そうなんだ」
「この大陸に住む人達が安心して暮らせるように。これが今抱いている願いさ。叶うかなぁ――」
大地の上にコロンっと仰向けの状態で寝転ぶ。
「叶うんじゃなくて、叶えてみせる」
「あはは、そうそう。そうして決意を改めて夜空を見上げれば己の願いは自ずと叶うのさ」
目元をキュっと尖らせて夜空を見上げている彼女の横顔を見つめて言う。
「お――い!! ダ――ンッ!! 米がそろそろ炊けそうだぞ――!!」
いっけね、土鍋を火にくべたままだったな。
「おっしゃ、シェファ。御飯も炊けたし俺達も飯に……」
そこまで話すと思わず口を閉じてしまった。
どうしてかって??
「……っ」
眼前に思わずハッと息を飲んでしまう女性の端整な顔が現れれば誰だって思考が停止してしまうだろう。
微かに潤う美しき両の瞳は人の動きを容易く拘束する力を持ち、男の性を刺激する口元は僅かに開きそこから放たれる甘い吐息は人から思考する能力を奪ってしまう。
彼女は俺を見つめ、俺は彼女を見つめる。
互いの距離が徐々に縮まり互いの鼻頭がちょこんと触れ合うと。
「「……」」
俺達は何も言わず互いの唇をそっと重ね合わせた。
情熱的な接吻では無く、互いの心を触れ合わせる様な……。そして互いの存在を確かめ合う様な本当に優しい接吻を交わすと自分でも驚く程に心の臓が喧しく鳴り響いてしまう。
シェファの整った鼻筋から届く微かな柔風が人中を優しく撫で、鼻腔に届く少しも嫌じゃない汗の香りと性欲を刺激する女の香が眠りこけていた聞かん棒の肩を叩いてしまった。
『んぁっ?? お――……。何だ何だぁ?? 俺様の出番って訳かっ??』
俺も君の出番を望んでいるのですが、この状況下ではど――考えても無理があると思うのですよ。
『いやいや!! 暗がりだからバレないって!!!!』
バレるバレない以前の問題なのです。後でちゃんと言う事を聞いてあげるから今は大人しくしていなさい。
「――――。帰ったら続き、シようね??」
クルリがそっと唇を離すと俺の左頬に右手を添えて甘く呟いた。
「あ、あぁ。うん……。出来れば痛くしないでくれよ??」
「ふふっ、うんっ。善処する」
善処じゃなくてそうしなさいよと伝える前に彼女が静かに腰を上げると、そのまま野営地の方へ向かって行ってしまった。
び、び、びっくりした――……。いきなりするもんだから心臓ちゃんが驚いて卒倒しそうだったじゃん……。
「バケッド、その御酒持って来ちゃ駄目なんだよ??」
「貴様……。神酒を持ち出したのか」
「大丈夫だって!! 薄めて飲むから!!」
「そういう問題では無い!!」
「ダン――!!!! 早く来てくれよ――!!」
は――い、はいはい。今から行きますからね――。
ラーキーのせがむ声を受け止めると、まだまだ五月蠅く鳴る心臓を宥めて陽性な雰囲気が漂う小さな宴会場へと向かった。
「お――!! 米も美味そうだな!!」
「そりゃそうさ。里の皆が丹精込めて作った米なんだし。ちゃんと味わって食べないと呪われちまうぞ」
「ほら!! シェファも少し飲むか!?」
「頂く」
「戦士長……。申し訳ありません。後で叱っておきますので……」
「気にするな!! 俺も少し飲んだからな!!!!」
「は、はぁ……」
馬鹿真面目な相棒が放った溜息が野営地の中で漂うも、瞬く間に陽性な声に掻き消されてしまう。
各々が口を開いて笑い、友人を揶揄し、漆黒の夜空も顔を顰めてしまう程の明るさを振り撒く。
きっと俺達は理解しているのだろう。
これが……。最後になるかも知れないって。
今、この時を名一杯楽しもうとして敢えて明るく振る舞っているのかも知れない。
この先に待ち構えている恐怖に飲まれぬ様、気丈に振る舞うが……。俺達が幾ら喚こうが叫ぼうが必ず暗い恐怖はやって来る。
だったらその闇を光で打ち払って見せるさ。
三つ首さんとやら、俺達の光はかなぁ――りしぶといぜ?? 俺達を飲み込みたければそれ相応の闇を持って来やがれ。
こちとら覚悟は出来ているんだからよ……。
◇
闇を打ち払う篝火がパチっと優しい音を奏でると火の粉が満点の星空へと昇って行く。
いつの間にか静謐な環境が訪れた野営地では皆一様に口を閉ざしてその様子を見守っていた。
「「「……」」」
夜虫の音が鳴り止み、時々吹く風が地面に生える背の低い草を揺らすサァっと乾いた音が響き心に安寧の音を届けてくれる。
漆黒の夜空が徐々に白み、星の瞬きが弱くなる刻。
一睡も出来ぬまま夜明けを迎えてしまった。
「――――。夜明け、か」
誰に話す訳でも無く、地平線の彼方から徐々に見えて来た強き光の塊を捉えて話す。
「あぁ、皆の者。戦の準備を」
セフォーさんが一際厳しい声を放つと。
「「「はっ!!!!」」」
里の戦士が己の武器を手に取り、素晴らしい所作で立ち上がった。
「作戦は賢鳥会で聞いた通り行う。各自が空へと舞い、三つの首を翻弄しつつ空から攻撃を加え……。敵が弱った所で三つ全ての首を刈り取る。いいな??」
「「「はいっ!!!!」」」
等間隔に並び暁の光を浴びるその後ろ姿は確固たる勝利を予感させる程に頼もしく映る。
戦士達の士気は衰える処か最高潮に達し、微塵も敗北を感じさせない。
おぉ、すっげぇ頼れる背中達じゃないか……。
悪しき悪魔に対抗する歴戦の勇士達の後ろ姿を心に焼き付けていると。
「――――。伝令です!!!!」
暁の空から一羽の大きな鷲が大地に降り立った。
「せ、せ、戦士長!!!! 大変です!!!!」
大鷲が人の姿に変わると列の中央に立つ彼の下へと駆けて行く。
「どうした」
「み、み、三つ首が……。三つ首がぁ!!!!」
「落ち着いて話せ」
「は、はいっ。すぅ――、ふぅぅ……。三つ首の首が増え、五つ首となってこちらに向かっています!!!!」
「な、何だと!?」
まだ若い彼から放たれた驚愕の言葉が戦士長の心を微かに揺らした。
「お、おいおい。マジかよ、それ」
ラーキーも堪らず食って掛かる。
「戦士見習いの俺達がその姿を確実に捉えたので間違いはありません!!」
「セフォー殿、どうします?? 一度ここから退却して賢鳥会の指示を請うべきでしょうか」
ハンナが硬い口調で話す。
「――――。いや、作戦はこのまま遂行する。一旦退却して作戦を練り直すと多大な時間の浪費に繋がる恐れがあるからな。これ以上奴の接近を許す訳にはいかん」
暫しの沈黙の後、セフォーさんが作戦遂行の指示を出した。
五つ首に対するは五名の戦士。
一人一つの首として、彼我戦力差は一対一。
分は悪くないと見えるが、前回の戦いでは三つ首の状態で二つの尊い命を失ったと聞いた。
百年周期で目覚める者が中々目を覚まさなかったのかこの為だったのか??
彼等に復讐の牙を打ち立てる為に力を蓄えた。
そう考えると矛盾はしないからな……。
「し、しかし!! 五つ首から発せられる魔力は途轍もない力で……。ッ!?」
戦士見習いの若い彼が東の地へと視線を送ると大きく目を見開き、ヒュっと息を飲み込んだので俺達も彼に倣って視線を送った。
「……」
地平線の彼方に浮かび上がる太陽。
それを背に受け、一体の形容し難い影が蠢き此方に向かっていた。
怪しくうねる複数の影は陽炎により不気味に映りかなり離れた位置に居る筈の黒き影が間近に迫っているのではないかと錯覚させる。
俺達に逃げ場は無いと知らしめるかの如くその影の形を徐々に膨らませて対峙する者の心に漆黒の恐怖を与え、あの大きな黒き影を捉えると否応なしに絶望の二文字が頭に過ってしまう。
勘弁してくれよ……。何かの冗談だろ??
あれだけ遠くに居るってのにここから視認出来てしまうのはちょいと不味いのでは??
「地上から頭頂部までの高さは凡そ十五メートル。胴体から尾の先までは約二十メートルの巨体です!! せ、戦士長。五名で戦うには余りにも敵が強大過ぎます!!!!」
「臆するな、馬鹿者。俺達は決して引かぬ。そうだろう!? 里の戦士達よ!!!!」
セフォーさんが檄を飛ばすと。
「「「ウォォオオオオオオ――――ッ!!!!」」」
ハンナ達が戦士の雄叫びを放ち、己を鼓舞。
俺達は決して屈せぬと迫りくる影に向かって咆哮を放った。
刹那。
「……ッ!!」
彼等の魂の雄叫びをその耳で捉えたのか、五つ首の影が激しく動き始めてしまった。
「で、では自分は里の者達にこの事を伝えて参ります!!」
「あぁ、頼んだぞ」
「はいっ!!!!」
戦士見習いの彼が飛び発つと、一気に緊張感が高まった。
糸がピンっと張った緊張感の中、鉄よりも硬い硬度の生唾をゴクリと飲み込む。
この大陸で生きる者達の存亡を賭けた戦いがいよいよ始まるのか……。
刻一刻と迫り来る不気味な黒き影、それと対峙する勇気ある光の戦士達。
これから始まるであろう熾烈を極める烈火の戦いを如実に彷彿とさせる対照的な姿を捉えると否応なしに暗い想像を掻き立ててしまう。
分が悪い戦いだが俺は皆が勝利を収める事を信じて見守るからな……。
勝てよ!? ハンナ!!!! 絶対に生きて帰ろうぜ!!
暗い想像を払拭して彼達と共に勝利を祝い、肩を組んで馬鹿笑いする明るい姿を頭の中で思い浮かべ。
俺は何も言わず暁の光を浴びる戦士達の勇姿を只この目に焼き付けていたのだった。
お疲れ様でした。
投稿時間が遅れて申し訳ありません。帰宅時間が遅れてしまい、何んとか読める形にするまで時間が掛かってしまいました。
さて、本話でも触れた通り彼等は三つ首では無く。五つ首と対峙する事となります。
そのプロットを現在執筆中なのですが……。どうも戦闘パートは苦手ですね。中々筆が進まなくて四苦八苦しているのが現状であります。
ここ数日間の暑さで体調を崩していませんか?? 私の場合は……。まぁ、暑さに参っているのが本音ですね。
いきなり初夏がやって来たかの様な錯覚に陥り、昨日は今シーズン初めてエアコンの除湿機能を使用して眠りましたもの。
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暑さで萎んでしまった気力が漲る程に嬉しいです!!!!
それでは皆様、引き続き良い休日をお過ごし下さいませ。




