第二十一話 きっと叶うさ その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
日が沈みそうで沈まない夕闇の色が漂う空の中を飛翔して最悪の悪魔が待つ東へと向かう。
戦士達はこれからの対決に備えて集中力を高めているのか、ここまで交わされた会話は必要限度に留まり両の指で数える程までに減少。
目に見えぬ筈の緊張感が視認出来てしまう程に強きモノへと変換され、それは今では鋭利な短剣の切っ先となって俺の肌を悪戯に刺激していた。
そりゃあそうだ。
自分達が敗北を喫すれば里の者達の命は消失され、恐ろしき魔の手がこのマルケトル大陸全体に及んでしまうのだから。
矮小な力しか持ち合わせない俺が今出来る事と言えば……。
「ハンナ、俺達は今何処へ向かっているんだ??」
彼等の間に漂う重厚で重苦しい空気を紛らわせる事くらいだな。
手触りが良い彼の羽を本当に優しく撫でて問うた。
「出発前に述べた通り、賢鳥会で全会一致された作戦に則り我々は行動している。三つ首と対決する決戦の地。即ち、ディザ平原に向かっているのだ」
「そこには一体何があるんだよ」
「何も無い。今回の作戦は以前三つ首を倒した作戦と同じ作戦を遂行する予定だ。三つ首に対して真正面から地上戦を挑むのでは無く、我々五名は魔物の姿へと変わり空からの攻撃を企てる。各首から放たれる攻撃力の高い息を空で回避、隙を見付けては空から襲い掛かり奴の勢いが衰えて来たら地上へと降り立ち三つの首を刎ねる。全ての首を刎ねれば奴は漆黒の闇へと還るからな……」
ほぉ……。そりゃ確かに理に適った作戦だ。
人間の姿よりも鷲の姿の方が的はデカくなるが回避能力は桁違いに上昇。
地上から襲い掛かる恐ろしい攻撃を回避して敵性対象の体力を減少させ、高高度から鋭い爪の急襲によって装甲を傷付ける。
そして弱り切った敵にトドメの一撃を放ち、勝利の栄光を手中に収めて凱旋する算段か。
「ダン!! 俺達が奴の相手をするからよ!! お前は後方で待機して俺達の勇姿をその目に焼き付けてくれ!!」
俺とハンナから離れた位置で飛翔している大鷲のラーキーが鋭い瞳をキュっと丸めて話す。
「おうよ!! それが俺の今回の役目だからな!!」
力対力の真っ向勝負である今回の作戦では俺程度の力は全く役に立たないだろう。
力技の作戦で俺が唯一役立てる事があるとすれば彼等の勇姿をこの目に、心に刻む事。
そしてそれを里の者達へ伝えるのだ。
しかし、前回の作戦では二名の尊い里の戦士二名の命の輝きが失われたと聞いた。
以前の里の戦士達の実力は知らぬが、それ相応の力を持つ者達が二名も失われた作戦を今回も実行する。
ハンナ達は里の戦士の名に恥じぬ力を持つが死と隣り合わせの作戦である事は変わらない。
頼むぜ……。何処かにいる幸運の女神様。
何でも差し出すから彼等に加護を、そして五名欠ける事無く勝利の美酒を味合わせてやってくれ……。
美しき星の瞬きが鮮明になって来た空を仰ぎ見て心からの願いを唱えてやった。
「到着だ。降りるぞ」
「「「はっ!!」」」
隊の先頭を行くセフォーさんが地上へ向かって降下を開始すると他の者達がそれに続く。
勿論。
「どわぁぁああ――――!!!!」
毎度御馴染九十度の角度でね!!
「いでぇっ!!」
白頭鷲がガバっと翼を開いて速度を相殺すると土の香りが漂う地面に放り出され。
「あいだっ!?」
これはおまけだよと言わんばかりに彼の背に乗せていた荷物が俺の頭に満点の着地を決めやがった。
「あ、あのねぇ!! 毎回言っているけどもう少し何んとかならないのかよ!!」
大きな嘴で毛繕いを行っている白頭鷲の足を思いっきり蹴飛ばしてやる。
「ならん」
こ、この野郎……。少し位話を聞く姿勢を見せやがれ。
俺の主義主張を無視したまま毛繕いを続けやがって……。
「ははは!! 俺達はこうして着地する癖が付いてちまっているんだよ。急に変えろって言う方が無理があるさ!!」
人の姿に変わったラーキーがケラケラと笑いながら土に塗れた俺の顔を見て笑う。
「ふんっ。次からは気を付けろよ!?」
「考えておこう」
はい、嘘――!!!! 友人を真に思うのなら目を見て話すからね!!
そっぽを向いて話す訳ねぇし!!
誰にでも分かり易い憤りをプリプリと周囲に放ちつつ、横着な白頭鷲と里の戦士達の胃袋を満たす為の準備に取り掛かった。
「悪いな、ダン」
傍らに剣を置き、静かに座したセフォーさんが俺の労を労わる様な口調で話す。
流石年長者なだけあって随分と落ち着いた雰囲気だな。
数時間後に始まる決戦の緊張感を微塵も感じさせない姿勢に思わず舌を巻く。
「気にしないでくれ。戦いに参加出来ない俺が唯一出来る事と言えば飯の提供くらいだし」
手頃な大きさの石を集め、優しい月明かりが降り注ぐ大地の上に簡易竈を作成。
その中に乾いた木を組み、火打石で火種を作成して組んだ木に火を移す。
「へぇ、手慣れたもんだな」
随分と寛いだ姿勢でラーキーが口を開く。
「ハンナには言ったけどさ、向こうの大陸で移動する時に良く野営をしていたんだ。街の宿で休むよりもそっち方が安上がりだし。それに……、ほれ」
作業を続けつつもう夜と断定しても構わない暗い空を指差す。
「質素な木の天井を見上げて休むのもいいけどよ、素敵な星の女神様達に見下ろされながら眠るのも乙なもんだろ??」
「お――……。今日はより一層星が綺麗に見えるな……」
バケッドが空を仰ぎ見て感嘆の吐息を漏らしつつ言う。
「まっ、それは建前で?? 本音は金の節約さ」
物々交換が主流のこっちと違って生まれ故郷のアイリス大陸は貨幣経済ですからねぇ。
何も無い所から金が湧く訳でも無いし、金が無い者は節約を強制されるのですよっと。
良い感じの火力になった火に鉄鍋をくべて話す。
「金ねぇ……。向こうの大陸では必需だけど、こっちの大陸ではほぼ無意味だからなぁ」
ラーキーが寛いだ姿勢のままでぼやく。
「生きる為に金が必要になり、人は死から逃れる為に労働に携わる。形は違ってもこっちと向こうの労働の本質は変わらないさ。よっと!!!!」
熱した鉄鍋に一口大に切り分けたお肉を入れると途端にイイ香りと腹が空く音が周囲に響く。
「うっひょう!! すっげぇ良い匂いじゃん!!」
「今日はシェファの父親と西の森に狩りに行って。そこで海老役を演じて鹿を捕らえたんだよ」
「「海老役??」」
ラーキーとバケッドがほぼ同時に首を傾げる。
「ほら、あの無駄にデカイ鹿は魔力感知に敏感だろ?? だから魔力を持たない俺が海老役になって……。縄張りに侵入して襲い掛かって来た鹿をシェファの父親が仕留めたのさ」
「あぁ――、はいはい!! そう言えばそうだったな!!」
お前さん達にとっては楽勝な相手かも知れませんが、普通の人間にとってあの無駄にデカイ鹿は十二分に脅威だったのですよ??
後少し矢が雄鹿の眉間をぶち抜くのが遅れたら俺は今頃亡き者になっていたかも知れないし。
「笑いごとじゃねぇよ。こちとら本気で逃げ回っていたんだから。さぁさぁ皆様!! お待たせしましたっ!! 本日の夕食は鹿肉の香草焼きで御座いますよ――!!!!」
敢えて仰々しい声を放ち、大きな木製の皿にこれでもかと焼きたての肉を重ねて皆の見える位置へ置いてやった。
「うっひょ――!! 美味そう――!!」
「涎が止まらねぇや……」
「ふんっ、居候にしては上出来だ」
いやいや、横着な白頭鷲さんよ。ここは素直に褒める場面ですよ??
「あ、あのねぇ。まぁいいや、俺はまだ御米を炊かなきゃいけないから先に食べててよ」
青い髪の毛が微妙にふわぁっと立ち上がってしまった相棒を尻目に声を出してやった。
「いいの!? 悪いね!!」
「では、言葉に甘えて頂こう」
セフォーさんが取り皿に肉を盛るのを見届けると各々が焼きたてホカホカの肉へ手を伸ばし、決戦に備えた宴が始まった。
「くっはぁぁああ――!! 美味過ぎる!!
「これなら幾らでも食べれるぜ!!」
バケッドとラーキーの快活な声が野営地に響く。
それだけ美味そうに食って貰えれば死にそうになって海老役を演じた俺も、そして命を与えてくれた鹿も本望だろうさ。
研いだ米を入れた土鍋を火にくべて、息子達が美味そうに食を進める光景を捉えた母親の温かな吐息を漏らすと。
「あれ?? シェファは??」
俺の肉体を性的に召し上がろうとした獰猛な大鷲の姿が見当たらない事に気付く。
「あっちに居るぞ――」
ラーキーが鹿肉を食みながら随分と奥まった位置で俺達に背を向けてちょこんと座っている彼女を指差した。
お疲れ様でした。
後半部分の作業が遅れていますので、取り敢えず前半部分だけ投稿させて頂きました。
次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。