第二十話 目覚めた最古の悪魔 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
赤焼けの空に浮かぶ雲が今晩の寝床へ向かう為に静かに流れ行き、地上を赤く照らす太陽もあの雲の眠そうな姿を捉えた所為か。
巨大な口を大きく開けて欠伸を放ち、数時間後にまた会いましょうと地平線の彼方へと沈んで行く。
俺と相棒は彼の微睡む赤い光を背に浴びつつ、驚きと恐怖の声が飛び交う里の大通りを進んでいた。
「ハンナ!!!! 頼む!! アイツを退治してくれよ!?」
「あぁ、畜生。何でずっと眠っていてくれないんだよ……」
「ど、どうしましょう……。避難指示はまだ出されていないし……」
「おかあさん……。わたし、怖いよ……」
ある人は恐怖とも希望とも受け取れる瞳の色を浮かべてハンナを見つめ、ある人は大きな荷物を抱えて家路へと急ぎ、またある人は恐怖で震える子の手を大事に握って通りを速足で移動して行く。
この里の者達を皆殺しにしようとする最悪の悪魔が目覚めたのだ。
いつも通り平然と過ごせという方が厳しいか……。
恐怖と驚愕と絶望の声が飛び交う中、里の中央に到着するととても大きな人だかりが出来ていた。
「頼むぞ!!!! セフォー!! お前達が頼りだ!!」
「ラーキー、バケッド!! 絶対にアイツを倒してくれよ!?」
「シェファ!! お前の弓なら奴の体を穿てる!! 自信を持てよ!?」
どうやら里の戦士を送り出す為に集まっている様だな。
此処からは見えないけど、輪の中央に向かって激励の声を送っているのが何よりの証拠だ。
「すまん、通るぞ」
家を出てからずぅっと難しい顔を浮かべている相棒が輪を割って入って行くと。
「「「ハンナ!!!!」」」
里の者達が希望に満ちた声を上げて彼に道を譲った。
「頼むぞ!? お前達の力だけが頼りなんだから!!」
「お願いだ!! 三つ首を倒してくれ!!!!」
彼の背に続いて歩いて行くと狭い道の両側から懇願の声が続々と放たれる。
これだけの純粋な願いを受けるのだから彼等の双肩には途轍もない重圧がかかる事だろう……。
人で出来た輪の中を進みながらハンナの背を見つめているが、その姿は堂々足るものであり。微塵も臆する様子は見受けられなかった。
己に圧し掛かる重圧に潰される事も無く、何人もの戦士を屠って来た凶悪な敵とこれから対峙するってのに一切物怖じしないのは戦士足る証拠だ。
今日この日の為にお前は鍛えてきたんだよな……。流石だぜ、相棒。
期待と願望が行き交う輪の中を潜り抜けると。
「長、そして戦士長。ただいま到着しました」
輪の中央で静かに佇む彼等に到着の合図を告げた。
「うむっ、これで揃ったか」
長が厳しい表情のまま俺とハンナを見つめる。
「はい、作戦は賢鳥会で提案された通りあの平原で迎え撃ちます。我等の勝利の吉報をお待ち下さい」
セフォーさんが長に厳しい口調でそう話す。
「あぁ、首を長くして待っているぞ。ダン……。お前も行くのか??」
ここが最終分水嶺だと言わんばかりに長が俺に問うて来る。
戦う事を義務付けられていないのに自分の命が米粒一つよりも軽く扱われる戦地へと向かうのは余程の馬鹿か、頭がイカれちまった奴だろう。
俺もその内の一人さ。だが目的も無く戦地へと赴く訳では無い。
矮小な力しか持っていない俺にも何かが出来るかも知れないと考えているんだ。
彼等の力になれるのなら例えこの命が散っても構わない。そして、それが最善の結果になるのなら御の字さ。
「「「……」」」
ほら、周りを見てみろよ……。里には恐怖で震える人達が住んでいるんだぞ??
よそ者である俺に温かく接してくれた彼等の輝かしい未来を決して閉ざさせやしない。
恐怖に震える事も無く素敵な朝日を浴びて幸せな一日を過ごし、安寧の眠りに就いて欲しい。
里の皆が幸せに暮らせるのなら、心に恐怖を抱くことなく過ごせるのなら。俺は何だってするさ。
「俺が出来る事は限られていますが、彼等に力添えが出来ればと考えています。この目で彼等の活躍を見届け、里の戦士達の勇姿を心に刻み込みます」
彼の真剣な眼差しに対し、このまま彼等に着き従い生死を共にするという最終判断を自ら下した。
「そうか……。勇気ある戦士の姿をその目に焼き付けてくれ。そして後世に……」
「長、前も言いましたが後世に彼等の勇姿を伝えるのはこの里の者達であり俺の役目ではありませんよ??」
ちょいと格好悪く口角を上げて話す。
「ふふっ、そうであったな」
里の者達を一手に纏めるのだ。彼もまた戦士達と同じく途轍もない重責を担っているのだろう。
俺の声を受け取ると弱々しいながらも微かに微笑んでくれた。
「おとうさん!! 頑張ってね!!」
人だかりの輪から小さな子が戦士長の下へと勢い良く駆けて行く。
「おぉっ!! 来てくれたのか!! 安心しろ、俺達が必ず倒して来るから!!」
戦士長がまだ幼い男児を大切に両腕で抱き締めると、そのまま持ち上げ。逞しい腕の中に収めてしまう。
「も、もぅ!! 恥ずかしいから下ろして!!」
「す、すまぬ……」
「ギャハハ!! 戦士長でもおっかなびっくりする事があるんだな!!」
「ははっ、恐れを知らぬ戦士長を唯一ビビらせるのは三つ首じゃなくて自分の子供だったか」
ラーキーとバケッドが彼を揶揄うと。
「「「あははは!!!!」」」
里の中央に集まった人達から初めての歓声が湧いた。
出発前にしんみりとした空気は頂けないからなぁ。彼等の冗談はこの場に相応しいのかも知れない。
子供の反応におっかなびっくり対応している姿に和んでいると。
「ハ、ハンナ……」
里の薬師であり相棒の幼馴染でもあるクルリがたどたどしい足取りで輪の中央へとやって来た。
「どうした?? クルリ」
「え、えっとね。何んと言えばいいのか……」
勇気ある第一声について中々踏ん切りがつかない彼女、片や普段通りに接する鈍い男性。
おやおや……。べらぼうに強い戦士だってのにこっち方面は本当に鈍いんだからっ。
ここは一つ、俺がお節介をしてあげましょうかね!!
「おぉっと!! 足が滑っちゃったなぁ――!!」
ハンナの背を素早く取ると、ちょいと勢い良く彼の体をクルリの方へ押してやる。
「むっ!? な、何をする!?」
俺のお節介を受け取ると彼女の方へ向かって二歩進み、俺の画策した通り。彼は彼女の肩に優しく手を置いてその場に踏み留まった。
「あのな?? クルリが勇気を出して送り出そうとしているのに、それに気付かないのはちょいとお門違いじゃないの??」
目元をキッと尖らせて俺を睨むハンナにそう言ってやる。
「そ、そうか。うむ……。クルリ、すまんな」
「うぅん。気にしないで……」
「「……っ」」
死が蔓延る恐ろしい戦地へ向かう男。離れた場所で男の安否を気遣う女。
勇ましい男は輝かしい戦果を得る為に己を鼓舞するが、口を紡ぎそれを黙って見送らなければならない女の歯痒く切ない思いが視覚を通して心に強く響く。
この状況に酷く誂えた光景を捉えると皆一様に口を紡ぎ、二人の姿を優しい目で見守り続けていた。
「安心しろ、必ず帰って来るから」
「約束……。出来る??」
「この命に代えても約束は守る。俺が今まで約束を破った事があるか??」
「沢山あるよ?? 一緒に森に出掛けようって約束しても一人で鍛えに行っちゃうし、薬草の採取を手伝ってくれる約束も訓練に出掛けて無視されちゃったもん」
「そ、そうだったか??」
「うん、ハンナとの約束は特別だから忘れられないもん。約束を反故にした罰を与えたいから絶対に帰って来て」
「分かった。この誓いは必ず守る……」
ハンナがそう話し、童貞っぽい動きで彼女の肩によそよそしく両手を添えた。
いやいや、ハンナちゃんよ。そこは優しく抱き締める場面でしょうが。
これだから朴念仁は困るのよねぇ……。
『ハンナちゃんよ、耳寄りな情報でっせ』
彼の背後から忍び寄り、本当に小さな声でお前さんがどうすべきかの助言を囁く。
『今は肩に手を置く場面じゃなくて。やさし――く彼女を抱き締める場面なのですよ』
俺がそう話すと。
「む、むぅっ……」
遅々たる所作で彼女の背へと手を回し。
「こ、これでいいのか??」
触れたら傷付けてしまうのではないかと、本当に優しく彼女の体を己が腕の中に収めた。
「あ、あはっ。生まれて初めてハンナに抱き締めて貰ったよ」
「ふ、ふんっ」
まぁまぁこの子ったら。今生の別れになるかも知れないのに最後まで我儘なんだから。
里の者達も俺と同じ思いを抱いたのか。
「ハンナ!! 抱き締めるだけじゃなくて接吻をしろよ!!」
「そうそう!! ガバっと男らしく抱いてシてやれ!!」
「女々しいわよ!! 里の戦士らしい所を見せなさいよね!!!!」
男性ばかりでは無く、何んと女性からの非難の声が上がるではありませんか。
はは、里の皆も彼等のくっ付きそうでくっ付かない関係にモヤモヤしていたんだろうなぁ……。
「そ、そんなの無理に決まっているだろう!?」
「じゃ、じゃあ私は待っているから!!!!」
真っ赤な顔を浮かべて彼の腕の中から飛び出たクルリが輪の中へと消えて行く。
「良いのかよ、あれで」
「挨拶が出来ただけでも十分だ」
「そっか。――――――――。気付いたろ?? クルリの肩が微かに震えていたって」
大切なハンナを失ってしまうかも知れない恐怖感、自分が何も出来ない焦燥感等。
彼女の心の空模様は夏の嵐の様に酷く荒れていたのだろう。
遠目では確認出来なかったが彼の背から何気なく見たら微かに震えていたのだ。
「あぁ、きっと三つ首が恐ろしいのだろうさ」
「ば――か。お前が消えちまうかもしれないから怖がっていたんだよ」
的外れな答えを導き出してしまった相棒の肩を拳で叩いてやる。
「そ、そうなのか??」
「いい加減気付けって。まっ、これから先は俺がお節介をするんじゃなくて。お前さん自身が決着を付けるべきだから何も言わないさ」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られちまうからね。
黙って二人の愛を見届けるよっと。
「ふ、ふん!! 要らぬお世話だ!!」
「はいはい。頑張って彼女の想いに応えてあげましょうね――」
心配になる程に顔が真っ赤に染まる彼を宥めていると。
「すぅ――……。里の戦士に勝利の栄光を!!!! そして、我等の里に真の平和をもたらせ賜え!!!!」
「「「ウォォオオオオオオ――――――ッ!!!!!!」」」
不動の大地が震える程の巨大な雄叫びが輪から放たれた。
うるさっ!? 急にどうしたの!?
「里の戦士を見送る檄。有難く受け止めよう??」
目をキュっと見開いて驚く俺にシェファが説明をしてくれた。
「そ、そうなのか。いきなりだから驚いたよ……」
誰だって前触れもなく胃の奥が震える程の声量が放たれたら驚くでしょう。
「恐れを知らぬ戦士達の歩みは誰にも止められぬ!!!! 道を塞ぐ者が現れたのなら首を刎ね、勝利の栄光目指して突き進め!!!! 勝利の凱歌を共に奏でようぞ!!!!」
「「「オォォオオオ――――ッ!!!!」」」
「さぁ、行くのだ戦士達よ!!!! 我等を脅かす敵を打ち倒せ!!!!」
畏怖を勇気に塗り替える里の者達の大歓声が響くと。
「オォッ!!!! 皆の想いは受け取った!! 我々は必ずや憎き敵を打ち滅ぼし、勝利をこの手に収め皆と共に美酒に酔いしれようぞ!! 死を恐れぬ勇猛果敢なる戦士達よ!! 我に続け!! そして暁の空に勝利の軌跡を描くのだ!!!!」
セフォーさんが扇鷲の姿に変わり巨大な翼をはためかせて砂塵を舞い上げ、美しい茜色の空へ向かって羽ばたいて行ってしまった。
「ダン!! 俺達も行くぞ!!」
「お、おう!!」
彼の大きな背に必要な物資を慌てて乗せると背嚢を背負い直して乗り込み。
「じゃあ皆!! 行って来るな――!!」
「いってらっしゃ――い!! 気を付けてね――!!」
クルリの威勢の良い言葉を受け取り、続々と空へ向かって羽ばたいて行く里の戦士達の後を追い。
俺達も恐ろしい敵が待つ東の方角へと飛び発って行った。
「――――。ハンナ、絶対帰って来ような」
もう見えなくなってしまった里の方角へ振り返りながら話す。
「あぁ、勿論だ」
いつもなら自信に満ち溢れた口調で俺の問いに返すのだが、今の言葉には微かに躊躇が含まれていた。
恐らく、確実に勝てるという算段が無いから迷いが生じたのだろう。
「自分の身を犠牲にしてでも勝とうと思うなよ?? お前にはクルリって大切な人が居るんだから」
「俺の家族は自分一人だけだ。たった一つの命で里の者が助かるのなら安い買い物であろう」
「だから、そういう自己犠牲を美しく捉えるなって。敵に背を見せてみみっちく逃げても生きていれば必ずヤリ返せる時が来る。人から後ろ指を差されようが、戦士らしくないと蔑まれようが最後に立っていた奴が戦いの勝者だ」
汚い戦法だと里の者から揶揄されても俺は彼等が生きていれば良いと思う。
命は決して代替が効かない大切なものだから。
「姑息な戦法は性に合わん」
「ば――か、その答えが前時代的なんだよ。お前一人の問題なら勝手にしろと言ってやるんだけどな?? ハンナ達が負けたらこの大陸処か他の大陸までに危険が及ぶ可能性があるんだ」
海を渡った怪物が俺の故郷で大暴れする姿を想像すると寒気がしやがる。
そうさせない為にも俺達は是非を問わぬ勝利を手中に収める必要があるんだよ。
「貴様の故郷にも三つ首の魔の手が及ぶ可能性も捨てきれないな」
「そうだろ?? この戦いは沽券を賭けた戦いじゃなくて、この世に存在する為の戦いだ。それを履き違えて欲しくないんだ」
「ふんっ、胸に秘めておく」
怪しもんだなぁ……。
コイツが少しでも怪しい動きを見せたら直ぐに咎めてやろう。その手にはお前さんが想像している以上の大切な命が乗っているのだと。
徐々に暗くなりつつある茜色の空を東へ向かいながらそんな事を考えていた。
お疲れ様でした。
先程、ちょっと休憩を兼ねて動画配信サイトで何気なくお薦めに出て来た動画を見ていると……。
猛烈に腹が空く動画を見てしまいました。
ちょっと昔の永谷園のお茶漬けの動画だったのですが、これがまた美味そうにお茶漬けを食べるのですよ。
背景の音は一切なく、中々イケメンの俳優さんの咀嚼音のみが響く至ってシンプルな動画。
ですがそのシンプルさこそが最大限に人の食欲を誘うのです。小腹も空いたのでお湯を沸かしてカップラーメンを啜ってしまいました。
そこはお茶漬けじゃないのかよ!! と。光る画面に突っ込みが届きそうですが、生憎切らしていまして……。
そして、評価をして頂き有難う御座います!!!!
最近の暑さで執筆意欲が落ちていたのですが、本当に嬉しい励みとなりました!!!!
まだまだ至らない所が多々あるかと思われますが筆者の活動を温かい目で見守って頂ければ幸いです。
それでは皆様、明日も暑くなる予報ですので体調管理に気を付けてお休み下さいませ。