第十九話 万国共通のアレ
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
大変澄んだ森の空気の中に微かに混じる硫黄の香りを嗅ぐと体に妙な高揚感が生まれてしまう。
この全身の肌がくすぐったくなる様なソワソワした感じにはきっと男のくだらねぇ性も大いに影響していると思われる。
そりゃあそうだろう。
なんたってぇ……。今から俺達はぁ……。
「混浴をするんだからなっ!!!!」
上半身に装備している衣服を男らしい所作で脱ぐと、ぼぅっと突っ立ている木の麓へ投げ捨て勢いそのまま。
下半身に装備しているズボンをえっこらよっこらと外して生まれたままの姿で大森林の中に身を曝け出してやった。
おっふぅ……。いいじゃないかぁ、えぇ??
こうしてなぁんにも身に着けないで大自然の中に佇むってのもまた乙なものさ。
ほら、服を着ていた時には感じ無かった柔らかぁい風が肌の産毛をそっと撫でて行くのを感じるし。
それと何より裸でいる事が、単純に気持ちがイイッ!!!!
頑是ない子供の時分は裸のまま街を駆け抜けても御咎めは……。
『こらぁ!! 馬鹿野郎!! 服ぐらい着て来いよ!!』
あ、あぁ。育ての親であるアレンドに思いっきり頭を叩かれたな。
大人に成長して全裸で街を疾走すれば確実に捕まり、手痛い法の裁きを受けねばならない。
それが今やどうだい??
裸になっても御咎めは無く、いや寧ろ裸にならなければならないこの喜々的な状況は最高だと断定しても過言では無いだろう。
「なぁ、ハンナ!! 早く入ろうぜ!!」
完全に全てを曝け出した俺と少し距離を開けて静かに着衣を脱いでいる相棒の背へと叫んでやった。
「お前の頭の中には待つという言葉は存在しないのか」
逞しい背中越しに彼の呆れた溜息と言葉が届く。
ほ、ほほぉ……。相変わらずコイツの背中は男の俺でもドキッてする程に色気があるな。
青色の長い髪を後ろに纏めて背に流している所為か、いやに色っぽく見えてしまう。
男色の気がある奴なら鼻息を荒くしてあの背中に向かって突撃するだろうが……。生憎俺にはそっちの気は無いのでね。
「あるけどよぉ……。ほ、ほらっ。やっぱり俺も男の子じゃん?? ふつ――の性欲を持つ男子じゃん!? ちゅまり!! 混浴って言葉を聞くだけでワクワクしちゃうって訳なのさ!!」
「はぁ――……。クルリ達は大きな手拭いを巻くと言っていただろう。貴様の求める淫靡な光景はまず期待出来ん」
相変わらずクソ真面目過ぎてつまらん!!!!
「い、いやいやいや!! ちょっとくらい期待しようよ!! 同じ湯に浸かるとぉ……。彼女達の体から染み出た汗が俺達の肌から体の奥に染み込み……。それはそれはもう男の性を酷く刺激してしまうでしょう。情欲に駆られた獣の様に襲い掛かる男、それに対して嬉しいながらも恥ずかしい叫び声を上げてしまう女。風光明媚な景色が広がる温泉は獣達の情熱的な性……」
俺が長々と己の持論を叫んでいると。
「行くぞ」
これ以上付き合いきれんといった表情を浮かべた相棒が慎ましい大きさの手拭いを持って温泉の方角へ向かって行ってしまった。
「だ――!! 最後まで言わせろよ!!!!」
相棒の家から拝借して来た手拭いを右手に持つと俺の戦場へと勇ましい歩みで向って行った。
「さぁぁって……。クルリちゃん達は先に入って……」
颯爽と森を抜けて戦場に一番に到着するが。
「うふふっ!! 居ないね!!!!」
人っ子一人見当たらない質素な温泉ちゃんが呆れた顔で俺達を迎えてくれた。
「女は男よりも準備が掛かる。全く……。不憫なものだな」
「それを許容するのが大人の男って奴さ。とぉぉおおうっ!!!!」
適当に湯を浴び、入浴の準備を整えると白濁の湯へと向かって飛び込んでやった。
「ぶっはぁぁああ――!! さいっこう!!!!」
ちょいとヌルっとした感触の湯質が肌を温め、頭上から降り注いで来る光に反射した湯気の動きが視覚を楽しませ。
俺の動きに呆れた鳥達の鳴き声が耳を楽しませてくれた。
すげぇ……。入ったばっかりだってのにもう体ちゃんが此処は最高な場所だと断定しちゃったよ。
五感全部が納得してしまう温泉なんて早々見つかりやしないだろうさ。
「静かに入れ。飛沫が飛んだぞ」
「えへっ、ごめんねっ??」
顔の前で両手をパチンっと合わせて謝ってやる。
「微塵も思ってもいない事を言葉に出すな」
「まぁそう言うなって。はぁ――……。生き返るぅ――……」
「あぁ、いい湯だ」
ハンナと肩を並べ、石と岩で作られた壁にもたれて甘い吐息を漏らす。
暴兎から受けた傷、日常生活を続ける中で蓄積された疲労が湯の効能によって溶けだすようだ。
体全体を弛緩させ、濃い青色の空から降り注ぐ太陽の陽をぼぅっと眺めていると。
「クルリ、早く」
「シェファちゃん、ま、待ってよ!!」
冷静沈着としどろもどろのうら若き女性の声が聞こえて来た。
一切の凪が見当たらなかった心の水面が彼女達の声を受け取ると一斉に騒ぎ始めてしまう。
ほぅ?? 漸く主役のお出ましかね。
どれどれぇ?? これまでまぁまぁな人数の女性の裸体を見て来たお兄さんが査定してぇ……。
「相変わらずいい湯」
「あはっ、そうだね!!」
「……。なぁ、ハンナ」
隣で目を瞑り、じぃっと動こうとしない相棒に声を掛けてやる。
「何だ」
「クルリは服の上からでもまぁまぁ大きいって分かってたけど。シェファも十分大きいねっ!!!!」
先日の訓練の際にチラっと見えたけどもこうして布一枚の姿で見ると改めてその大きさが理解出来てしまう。
健康的な肌に雫が付着して太陽の光を反射すると美の女神も思わず嫉妬してしまう程に美しく映る。
戦士って肩書はあるがそれを外せば男性の性をグッと刺激してしまう女性そのものだ。
くっはぁ……。たまらねぇ。
今直ぐにでもあの女体をキュっと抱き締めてやりたいっ!!
「はぁ……。外見など気にせん。大事なのは内面だろう」
「そ、それはそうだけどさぁ――……。ほ、ほら!! やっぱり男の子は胸が好きじゃん!?」
中々目を開こうとしない相棒の肩をウリウリと突いてやる。
「喧しい。黙って湯に浸かっていろ」
「へいへい……。んほっ!? なぁ!! 二人が湯に入りましたよ!?」
ムッツリ白頭鷲から視線を外すと。
「ちょっと熱いかなぁ??」
「私はこれ位が丁度良い」
里の薬師と戦士がしずかぁに湯に浸かり、ふぅっと淫靡な吐息を漏らす場面を確と捉えてしまった。
白濁の水面から覗く丸みを帯びた双肩、湯の効能によって微かに朱に染まる頬。
そして、そしてぇぇええ!! 水面に浮かぶ破壊力抜群の豊満な双丘っ!!
あぁ、神様……。俺にこんな素敵な機会を与えてくれて有難う御座います。いつも厳しい試練を与えて下さったのは今日この時の為なのですね??
空に住まう神々へ慎ましい礼を述べると。
『さぁ――って、祈りを捧げた事だし。行動を開始しようか』
欲望に素直な下半身ちゃんが向こう岸へ渡れと催促し始めた。
いつもの俺なら有無を言わさず御馳走目掛けて突貫するのですが、彼女達は里の大切な人々でありしかも片方はとんでもねぇ力を持っている。
スケベ心丸出しで接近すれば首が捻じ切れんばかりに殴られるかも知れない……。
命あっての物種と言われる様にここは見に徹するべきか??
『イケるって!! この機会を逃したら次はいつ訪れるか分からねぇぜ!?』
で、でもぉ。よそ者である俺が里の人に手を出したらどんな仕打ちが待ち構えているか分からないしぃ。
『男女間の情事に国境は無いっ。愛があればいいのさっ』
だ、だよねぇ!! 下半身は万国共通だものねぇ!!!!
よし、決めた。あの二人のポッカリ開いた空間に身を捻じ込み、間近で女体を堪能しましょう。
「……ッ」
生温かい生唾をゴックンと飲み干して決意を固めた。
いざ……。俺の戦場へっ!!
「――――。それ以上進めば命は無いぞ??」
「あっぶねぇなぁ!!!!」
さり気なく一歩踏み出したら真横からとんでもない勢いで拳が襲い掛かって来やがった!!
「貴様の事だ。どうせ彼女達に手を出そうと考えたのだろう」
「違いますぅ――!! 間近ですんばらしい女体を堪能しようとしただけですぅ!!」
堪らず湯から立ち上がり思いの丈を叫んでやる。
「ここは下らない事をする為の場所ではない。日々の疲れを拭い去り、傷を癒す為の場所だ」
「お前のそういうクソ真面目な所直した方が良いと思うよ!?」
口を開いて出て来るのはカチコチの真面目な台詞、たまぁに訪れる休みの日に外に出掛けたと思えば遊びに行くんじゃなくて体を鍛える為に武者修行しているし!!
一度コイツの頭をカチ割って中身を見てみたいぜ。まぁどうせ四角四面の言葉しか詰まっていないと思うけどね!!
「どうかした??」
「いや、コイツのクソ真面目な生活態度を咎め……」
俺の背から届いたシェファの言葉に返事をして何気なく振り返ると。
「うぉぉ……」
俺の手が届く位置に破壊力満点の体付きをした女体が静かに立っていた。
白濁の湯を吸い取った大きな手拭いを体に巻き、しっとりと濡れた髪が男の性をグッと刺激する。
ピチっと体に密着した手拭いが体の線をより強調させており健康的な肌に付着した水滴が淫靡な姿を淫らに装飾。
普通の感情と性欲を持つ者なら思わず触れてしまいそうになる素晴らしい肉付きに思わず感嘆の吐息を漏らしてしまった。
いやはや……。正に絶景っ!!
可能であれば小一時間程眺めていたいね。
「ハンナ、クルリが呼んでいるから向こうに行って」
俺の厭らしい視線に気付いたのか、右腕で手拭いを抑えるとそのままチャプンと湯に浸かってしまう。
あ、あぁ……。目の保養が隠れちゃった……。
「クルリが??」
「うん。早く行って」
「そうか……」
相棒が訝し気な表情を浮かべると手拭いで己が凶器を隠しつつ対岸へと歩いて行ってしまった。
「い、いやぁ――!! 良い湯だね!!」
大変美味しそうな獲物を前にした肉食獣の巨大な鼻息を零すと湯に浸かり、目の前の御馳走を捉える。
お、おぉっ……。水面に浮かぶ双丘の魅惑的な谷間に白濁の湯が吸い込まれていっているではありませんか。
俺もそこに吸い込まれてぇ……。
「疲れが取れる」
「う、うんうん!! 里の戦士なんだから疲れは取らないといけないよねっ」
落ち着けぇ、俺。まだ相手は警戒している筈。
いきなり本陣に突撃しても返り討ちになるのは自明の理。
こういう時は徐々に相手の警戒心を解きほぐし、本陣の硬い守りを崩してから攻めるべきだ。
相手を警戒させないように淫らな言葉とは正反対の言葉を放つ。
「ダンも疲れている??」
「も、勿論。里の人達の仕事を手伝って、それから相棒の食事の世話と家の掃除。正直体が二つ欲しい位に忙しいからさ」
「頑張っているね」
「これが今俺に出来る事だからね。忙しくて疲れが溜まるけど……。ふぅ――、やっぱり楽しいかな」
岩肌に背を預け、天を仰いで吐息を漏らす。
「疲れるのが楽しいの??」
「あはは、そうじゃないって。里の皆と触れ合う事が楽しんだよ」
危険な冒険、新しい発見、そしてこの世の不思議。
夢にまでみた冒険の真っ最中なのだ。これで心躍らない訳ないだろうさ。
彼等にとって普遍的な日常は俺にとって新しい発見と驚きになり、心に陽性な気分が湧いてしまう。
そのワクワクした気分が疲れを心地良い物に変換しているのさ。
只……。あの汎用中だけは余計だけどね。
「そうなんだ」
俺の事をじぃっと眺めている彼女は厄災から里を守る事を義務付けられた戦士だが、その事を知らぬ者にはちょいと変わった性格の美人に映るであろう。
こうして里の者達と触れ合い、深く知り、共感する。
紆余曲折あり鷲の里に辿り着いたが彼女達と知り合えて本当に良かった。
これは俺の嘘偽りの無い本心であり、彼女達が幸せに暮らせるのであればこの命を差し出しても構わない。
彼女達の里はそれだけの価値があるのだから。
湯の熱さによってぼぅっとした頭で青き空を横切って行く鳥の軌跡を追っていると。
「私も楽しい」
「ほっ!?」
清く正しい男女間の距離を大いに間違えたシェファが俺の太腿に優しく手を添えてしまった。
「理由は分からないけどダンを見ていると楽しい」
湯の温かさによって微妙にトロンっと蕩けた瞳でそう話す。
「苦い顔を浮かべてハンナとする口喧嘩、泣きそうな顔で必死に訓練について来る姿、それと里の者達と交わす笑み。ダンは自分で思っている以上に里の者に好かれている」
「そりゃ有難いね」
白濁の湯の中で彼女の手の上に己の手をそっと添えて言う。
「本当……。不思議な人……」
艶を帯びた唇が俺の手を誘う様に静かに動く。
「これが俺の魅力なのさ」
彼女の手に右手の指を甘く絡め、スベスベのモチモチの頬に左手を添えてあげる。
「んっ……」
左手が触れた刹那。
彼女の体が一瞬ピクっと動いて警戒心を強めるが、それは直ぐに溶け落ち。飼い主の手に甘える愛猫の様に目を瞑ると俺の手の感触を享受していた。
よ、よ、よぉぉおおし!!!! 本陣を守る頑丈な壁に穴が開いたぞ!!
これなら……。これならぁああ――――!!!! イケるッ!!!!
野獣の様に襲い掛かりたい気持ちを必死に御し、紳士的な大人の男の所作で更に距離を削り始めると…………。
『――――――。で、で、伝令――!!!! 本陣から待機指令が届きましたぁ!!』
最終最後にしぶとく残っていた理性が敵の本陣突撃は時期尚早だと判断してしまった。
は、はぁっ!? 今行かなきゃいつ行くんだよ!?
『これからも冒険を続けるってのに、ここで子を成しても良いのかとの最終確認で御座います!!』
そ、そ、そう来たかぁ!!
万が一ここで子供が生まれた場合、俺は所帯を持つ事となる。妻子を養わなければならない義務が生じるからね。
鷲の里で家庭を築きドンっと腰を据えて余生を過ごすのも悪くないけどぉ……。まだまだこの世の不思議を見てみたいしぃ……。
一歩前に踏み出す事を躊躇していると。
『おい、大将!! いいのかよ!? 目の前の据え膳を食わない手は無いって!!!!』
自分の欲求に素直な性欲が敵陣突撃の指示を請うて来た。
そ、そりゃ俺もイキたいよ!? でも他の大陸に渡って素敵な冒険を続けるのが今回の最たる理由だろう??
『大丈夫だって!! 早々簡単に子供は出来ないし!?』
い、いやいや!! こういう時に限っておめでとうって事になるんだからね!?
己自身と一進一退の攻防を続けて中々動こうとしない俺に痺れを切らしたのか。
「どうしたの??」
シェファがパチパチと瞬きを繰り返して俺の顔を直視した。
「へっ?? あ、あぁ。うん、いい湯だなぁ――って」
あははと愛想笑いを浮かべて彼女から距離を取る。
や、やっぱり駄目だ!! 里の者から何を言われるか分かったもんじゃないし、それにまだまだ冒険を続けたいもん!!
突撃準備を整え、血気盛んにそそり立つ我が下半身を必死に宥めて通常あるべき男女間の距離に身を置いた。
「むっ……。逃げちゃ駄目」
「は?? はぁっ!? ちょ、ちょっと!! くっ付かないで!!」
俺の背に大変柔らかい柔肉が襲い掛かる。
「意気地なし」
「ち、違うって!! 俺は未熟だから家庭を持つには早いし、それに冒険もしたいもん!!」
上半身に絡みつく柔肉を必死に剥そうとして叫ぶ。
「ここで出来た子供は私が育てるからダンは気にしないでいい」
「そっちは気にしないかも知れないけど俺は気にするの!!」
一発で出来る事を前提に話さない!!
「大丈夫。躊躇するのは一瞬だけだから」
盛る雌から逃れる雄ってのも情けねぇけども!!
躊躇は一瞬、されど後悔は一生するからとてもじゃないけど了承出来ませ――んっ!!
上半身から下半身へ伸び行く彼女のなまめかしい腕を必死に抑えながら白濁の湯の中で模擬戦闘を継続させていた。
――――。
「あの馬鹿め……。大人しく湯に浸かる事も出来ないのか」
「い、いやぁぁああ――!! 発情期の大鷲に食われるぅぅうう――!!!!」
背にしがみ付くシェファと格闘を続けながら情けなく叫ぶ馬鹿を見つめて大きな溜息を吐く。
彼女との近接格闘で水面が乱れ、ここまで波が届いてしまったではないか。
疲労と痛みを拭い去らねばならぬというのに……。度し難いとは正にこの事だな。
「あはは、シェファちゃんは積極的だなぁ」
共に温かな湯を享受する左隣りのクルリが呆れに近い息を漏らす。
「下らん騒ぎは他所でやって欲しいものだな」
「ふふっ、そうだね。そう言えばさ……。こうして一緒にここのお湯に浸かるのは子供の時以来だね」
両親を早くに亡くし、里の為に日々研鑽を続けていた時。彼女と両親が俺をここに誘ってくれた。
クルリの両親がこの浴場を作りその完成を祝っての事だったらしいが……。大人になった今なら分かる。
それは口実であり、本音は俺の心を癒す為であったのだろう。
あの頃は……。両親の遺言通りに里の戦士になるべく己を鍛え続けていた。
泣きたくても泣けず、逃げ出したくても逃げ出せない日々が続いて心が壊れそうになる程に辛かった。
「あぁ、そう言えばそうだな」
あの日は忘れもしないさ。
熱砂が広がる砂漠の上を命辛々歩いていたら突如として清らかな泉が現れたのだから。
自分でも驚く程に乾いた心と体が潤ったのを今でも覚えているぞ。
「懐かしいなぁ……。あれから随分と時間が経って、ハンナは自分の目標を叶えた。本当に立派だと思うよ??」
「里の戦士になれたのは只の通過点だ。俺の本懐は里の者の命を守る事」
いつ目覚めるか分からない三つ首からかけがえのない命と生活を守るのが俺に与えられた使命。
これは俺の決して変えられぬ人生だ。
「それに対して私はさ……。両親の仕事を普通に手伝っているだけだもん。毎日努力しているハンナには逆立ちしても勝てないよ」
「そんな事は無い!!」
「えっ??」
意気消沈気味に溜息を吐いた彼女へ思わず叫んでしまった。
「あ、いや……。クルリは薬の知識、治療魔法の術式等日々勉強に勤しんでいるではないか。その知識と魔法を生かして里の者達を癒す。それは並大抵の努力では決して叶わぬ事だ。お前が思っている以上に俺を含めた里の者達は感謝しているのだぞ」
一つ咳払いした後、己の心に浮かんだ言葉をそのまま伝えてやった。
「あ、う、うん……。ありがとう……」
「わ、分かれば良い……」
そこまで話すと。
「「……っ」」
意味不明な沈黙が訪れてしまった。
な、なんだ。この微妙に息苦しい沈黙の時間は……。
心地良いとも受け取れるし、居心地が悪いとも受け取れる不思議な間だ。
彼女も俺と同じ思いを抱いているのか。
「な、なんだか暑いよねぇ――。ふぅ――」
朱に染まった顔へ手で柔風を送っていた。
「あぁ、そろそろ上がるか。長湯はかえって毒だからな」
「う、うん。私達はこっちだからハンナ達は……」
彼女が静かに腰を上げようとすると。
「バ、ヴァンナ――――!! た、助けてぇ!! 食われる!! 食われちゃぅぅうう――――!!」
白濁の湯の中でシェファに拘束されている大馬鹿が涙と湯で濡れた顔で救助を求めて来た。
「駄目、逃がさない」
シェファが阿保の後方から素晴らしい力で覆い被さると。
「ハプッ!?」
馬鹿者が水面へと沈み。
「ゴッホッ!!!! ゲホッ!!!!」
「さ、シよう??」
水面に浮上すると有無を言わさず彼女が新たなる命を生み出そうとして脅迫に近い要求を突き付けてしまう。
「そ、それなら作法ってもんがあるだろ!? 断れば窒息させようとするなんて普通じゃないって!!」
「逃げる方が悪い。窒息して死ぬか、それとも私とするか。ダンにはこの二つの選択肢しか与えられていないの」
「理不尽っ!! 更なる選択肢を要求します!!!!」
「その要求は却下」
「うごべっ!?!?」
「あはは!! シェファちゃん!! 頑張ってねぇ――!!」
「うん、殺さない様に頑張るね」
「はぁ――……。馬鹿共が……」
心と体を癒す為に訪れたのにこれでは逆効果では無いか。
人生の中で一、二を争う巨大な溜息を吐き出すと。
「オゴブブ……。も、もう嫌ぁぁああ――!!!! 誰かぁ!! 誰か助けてくださぁぁああい!!!!」
「口では嫌がっても下半身は正直だよ??」
「さ、先を撫でるのは反則だろう!? そんなのされたら誰だってそそり立っちまうだろうが!!」
「全く、馬鹿共め……」
盛った雌の大鷲に襲われて溺死寸前の大馬鹿者を救助する為に重い腰を上げたのだった。
お疲れ様でした。
次話からはいよいよ禽鳥の国編の終盤へと突入します。
里の命運を握る戦士達と一人の冒険者が繰り広げる冒険を楽しんで頂ければ幸いです。
さて、本日は休日もあって部屋の掃除を終えると買い物へ出掛けて参りました。
昼食を摂って帰ろうかなぁっと考えていたのですが……。その献立の選択に非常に迷ってしまいましたよ。
パっと思いついたのは黄色い看板が目印のカレー屋さんで、二番候補が辛いラーメン。餃子も捨て難いとなって中華料理屋に足を運ぼうかと考えたのですが。そう言えばこの前中華料理を食べたなとの考えに至り、結局カツカレーを食べて帰って来ました。
お腹一杯になって帰宅すると光る箱へ向かって文字を打ち込んでいましたね。
それでは皆様、お休みなさいませ。