第十八話 戦士達の休息日 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
暴兎から受けた攻撃によってアバラの骨が軋む鈍い痛みも日常生活に支障をきたさない程度に和らぎ、鷲の里の者達とにこやかな笑みを交わして平和な暮らしを謳歌出来るかと思いきや……。
「いつつ……。もうちょっと沁みない薬草は無いのかよ」
「我慢しなさいって。これが傷に一番効く薬草なんだから」
引き続き、里の薬師でありハンナの幼馴染でもあるクルリの世話になっていた。
ハンナと共に行動出来る様になり、里の者達に認められるのは喜ばしい事なのだが……。どういう訳か、里の戦士達の訓練に見学に行くと毎度の如くシェファが興味津々といった感じで近寄り頼んでもいない激烈な稽古を指南してくれるのです。
有難迷惑という言葉は正しくこういう時の為に用意されているものであると痛感。
彼女が提供してくれる謎の薬草の効能、そして治癒魔法で横着な大鷲の戦士から受けた有難迷惑な傷を癒しているのだ。
折角重傷が癒えたのに更なる痛みを与えて来るのはどうかと思いますよ?? ましてや俺は里の戦士でもなくしがない旅人だってのにさ。
「軟弱な奴め」
薬師さんから診察を受けているとちょいと離れた位置で俺の様子を静かに見守っているハンナが鼻息を漏らす。
「あ、あのねぇ。俺はお前達と違って戦士でも無くて、正真正銘嘘偽りのない旅人なの。その普通の人物が毎日毎日ふざけた痛みを受けたらどうなるのか。分からない訳でも無いだろう??」
脱いだ服を着直しつつ間違った感想を述べたハンナを睨んでやる。
「我々魔物も人間の姿の時は普通の人間と同じ痛覚を持つ。つまり、同じ構造になるのだ。貴様が受けている痛みは我々も等しく感じている。我慢が足りんのだ、お前の場合」
こ、この……。少し位は相棒を労う言葉を発したらどうだい!?
「へ――いへいへいっ。どうせ俺は痛みに弱い情けない人間ですよ――っと」
仏頂面を浮かべている彼に向かってベェっと舌を見せてやると、その勢いで椅子から立ち上がった。
「クルリ、いつも有難うね!! 助かるよ」
「気にしないで。これが私の仕事だからさ」
柔和な笑みを浮かべて俺を見上げてくれる。
そうそう、どこぞの白頭鷲さんもこれ位に愛嬌があれば可愛気があるってのに。
「あ――、しまった。どうしよう」
「どうかした??」
何やら困った顔で棚の中を覗いている彼女へ問う。
「今の治療で薬草の備蓄が無くなっちゃったのよ」
あら、ごめんなさいね。俺がほぼ毎日通う様になってから消費が激しくなってしまったのだろう。
「この妙にツンっとする薬草はいつも何処で獲って来ているの??」
木造の慎ましい大きさの室内の壁際には所狭しと棚が陳列されており、その一つ一つから鼻の粘膜を悪戯に刺すツンっとした臭いが零れている。
治療をしてくれるのは本当に有難いけど、この何とも言えない匂いは慣れそうにないよなぁ……。
可能な限り口呼吸に頼って室内の空気を吸い込むと忸怩たる思いで問うてみた。
「北の森のカスピオ山の麓で生えている薬草なんだけどぉ……。あっ!! そうだ!!」
おっと、急にキャピキャピした声を上げてどうしたのだい??
「ねぇハンナ!! 今日は里の戦士の訓練はお休みでしょう!?」
「あぁ、そうだが」
「だったらさ!! 皆で今からカスピオ山の麓に出掛けようよ!! あそこは温泉も湧いてて休めるし。後!! 私がお弁当用意するねっ」
「あのなぁ……。俺達は日々の訓練で疲れているのだ。体を休める日に何故態々遠出をしなければならないのだ」
休日にお出掛けを強請る子供の願望をやんわりと断る父親の口調でハンナが話す。
「そういう時こそ出掛けて心を休めるんだよ!! ダンもそう思うでしょ!?」
クルリがニッコニコの笑みを浮かべて俺に同意を求める。
「えぇ、その通りね。お母さんもクルリの意見には賛成よ??」
こういう時こそ一家を影で支えるお母さんの出番なのです。
ハンナの考えも一理あるが、心と体は密接に繋がっていると言われているし。素敵な大自然を捉えれば心も自ずと休まる。
それに……。一度見てみたいんだよね。そのカスピオ山って。
「はい、じゃあ決定っ!! 私は今から皆のお弁当を作るからぁ……。ついでにシェファちゃんも呼んで来てよ」
「シェファも?? 何故だ」
「こういうのは人数が多い方が楽しいからさっ!! 善は急げ!! ほら、行った行った!!」
クルリが最後まで頑として首を縦に振ろうとしないお父さんの背中をグイグイと押して外へと追いやる。
「お、俺はまだ行くと言っていないぞ。それにシェファも今日は家で休んで……」
「ダン!! 後は宜しくねっ!! それと温泉にも浸かりたいから必要な用意をしておくようにっ!!」
「あいよ――。ほら、相棒。もう一人の戦士を迎えに行こうぜ」
良い感じに経年劣化した家を追い出され、納得のいかない表情を浮かべている相棒と肩を組んで言ってやった。
「止めろ、気色悪い」
「へへ、わりぃね。所で、シェファの家は何処にあるんだよ」
いつも通り邪険に俺の腕を払ってしまった彼と共に取り敢えず里の通りを東方面へと足を向けて尋ねた。
「ここからそう遠くは無い。東の通りを北上した位置にある」
ふぅん、そうなんだ。
「じゃ、先導宜しく――」
「はぁ――……。貴様等と行動を共にするとどうも気が抜けていかんな……」
お母さんと元気溌剌な子供の熱烈なお願いについに折れた父親が渋々といった感じで目的地へと向かって進み始めた。
「偶には良いじゃねぇかよ。付き合いって奴さ」
「ふんっ。無駄な体力の消費にならない事を願おう」
ブスっと眉を顰めて歩く彼と肩を並べて、心地良い陽射しが降り注ぐ午前中の通りを歩いて行く。
本日も平和そのものの里の光景が俺の心と体を癒してくれる様だ。
太陽が目を覚ませばそれと共に一日が始まり、里の人々は自然の恵みに感謝して嬉しい汗を流し、月が昇り美しい星達が瞬く夜空の下で安寧の眠りに就く。
そんな普遍的な平和な日々がずぅっと続けばいいのに。
だが、この慎ましい願いは三つ首と呼ばれる悪魔がブチ壊そうとしている。
里の者達の平穏を脅かす滅魔と呼ばれる化け物を退治する為、そして里の平穏と平和を守る為にハンナ達が苦しい思いをしているのだが……。
傍から見るとちょっと可哀想かなぁっと思うのですよ。
いつ目覚めるかも知れぬ化け物に備え、日々の厳しい訓練によって心と体を擦り減らす。それは彼等に与えられた使命なのは十二分に理解出来る。だけど、この世には素敵な出来事が沢山あるのだと教えて、そして見せてあげたい。
いつか……。そう、いつか。
彼と共に世界中を旅出来たらそれはもう本当に楽しいだろう。
未だ見ぬ不思議を見付けると共に驚き、珍しい食材を口にして一緒に苦い顔を浮かべ、一歩間違えれば死に至る危険を乗り切って乾いた笑い声を上げる。
俺が夢にまでみた冒険を一緒に繰り広げたいのが本音かしらね。
だけど俺が誘っても顔を顰めて断るんだろうなぁ――。
『俺には里を守る使命があるっ』
そうそう、カッチカチの台詞を吐いて門前払いを食らいそうだもん。
我が相棒の異常に似合う顰め面を想像していると。
「よ――っす。ダン、元気かぁ――」
顔見知りの里の者がすれ違いざまに声を掛けてくれた。
「おうっ!! 今日も元気一杯だぞ!!」
「ま――た二人一緒に行動しているのかよ。お前達本当に仲がいいんだな」
「そりゃそうよ。なんせ永遠の愛を誓い合った仲だからなっ」
妙に速足で道を進んで行くハンナの右腕に己が体をキュっと絡めてそう話す。
「離れろ!!」
「んもぅっ。あなた、駄目じゃない。里の皆さんには優しくしないとぉ」
いつも通り邪険に振り払われるも、新婚ホヤホヤの妻にありがちな台詞を吐く。
「わはは!! ハンナ!! ダンの言う通りだぞ!! 偶には愛想良くしろよな!!」
「善処する」
難しい顔のまま里の者に一瞥をくれるとその足で北へと続く細い道へ入ってしまう。
「あ――ん。置いて行っちゃいやぁ――」
自分でも若干気色悪いなぁっと思える新妻の声色を放ち、里の大通りと比べて大分薄暗い道へ足を踏み入れた。
一階建ての家屋の軒先に放置された桶、壁に立てかけられている誰かさんが使用途中であろうと判別出来る箒等々。
普遍的な家屋が連なり、生活感溢れる狭い道を歩いていると何だかワクワクして来るよな。
この里にはこれだけの沢山の人が住んでいる証拠なのだから。
「こっち方面は初めて来るな」
「そうなのか??」
「あぁ、大体の用事は大通り沿いで済ませちゃうし。農作業を手伝う時も大通りを通って……。ゥッ!?」
饒舌に述べていると突如として強力な酒の香が漂って来やがった。
な、なんだよ。この匂いは……。
鼻の奥をツンと刺激する強烈な匂いに思わず顔を顰めた。
「えっと……。この強過ぎる酒の匂いは一体何……」
家屋の数が減少して来た道の上で思わず足を止めた。
「少し離れた先にあるあの蔵が見えるか??」
ハンナが道の先にあるポツンと孤立している一階建ての蔵を指差す。
「あ、あぁ。見えるけど……。まさかあの蔵からここまで漂って来ているのかよ!?」
お、おいおい。あの蔵からここまで数十メートル以上離れているんだぞ??
「あの蔵に保管されているのは神酒だ。この里では成人すると神酒を飲む儀式がある」
「な、成程。じゃあ何であの蔵は孤立しているんだよ」
何んか妙に違和感ある広い空間に囲まれているし。
「余りにも強過ぎる酒の為、可燃性が高い。万が一蔵の中で酒に火が点いてしまったら……」
そこまで話すと、これ以上は言わなくても分かるよな??
そう言わんばかりに俺に向かって視線を送ると東へ向かって進路を取った。
「可燃性の液体、ね。ハンナはもう成人の儀式を迎えたんだろ?? あの味はどうだった??」
「覚えていない。一口飲んだ時点で記憶を失ってしまった」
うはっ、そりゃやべぇ代物だな。
機会があれば一口飲ませて貰おうかと思ったけど……。体内が火の海になってしまうのは困りますからね。
それから暫く、下らない会話に華を咲かせていると彼が一軒の家屋の前で足を止めた。
そして静かに戸を叩きつつ家主に来訪の知らせを告げた。
「ハンナだ。シェファ、居るか??」
「――――。何??」
戸を叩いてから数十秒後に日がな一日、楽しそうに俺を虐めて来る女性の顔がぬぅっと現れた。
気怠さが残る表情の両の瞳はまだ微妙に眠たそうで、髪の毛は中々に面白い角度の寝癖が付いている。
寝間着が微妙に開けて素敵な双丘が俺にこんにちはと挨拶を告げ、足は生まれたままの素足。
誰もが彼女の姿を見てこう断定するであろう。
寝起きであると……。
「貴様……。まだ眠っていたのか」
「今日は久しぶりの休みだから。あ、ダン。おはよう」
「お、お早うございますっ!!」
背骨の一本一本の骨を天に向けて伸ばし、覇気ある声で彼女の挨拶に応えた。
「もう少し静かに話しても聞こえる。用件は……。あぁ、ダンを私の家に預けに来たのね。安心して、壊さないで返してあげるから」
お、お父さん!! 俺が傷物にされる前に早く用事を伝えなさい!!
「いつでも貸してやるから好きな時に言え」
え?? ヤダよ??
俺にも真っ当に生きる権利は与えられているから勝手に所有物にして渡しちゃ駄目なんだよ??
「俺達がここに来た理由は……」
ハンナがクルリの家で依頼された用件を伝えると。
「――――。うん、いいよ。今から用意するから三十分後にクルリの家の前で集合しよう」
眠気が醒めたのか、はっきりとした瞳の色で了承した。
「分かった。俺達も用意があるからこれで失礼する」
「じゃあ、ダン。後でね??」
「し、失礼します!!」
ニコっと破壊力抜群の笑みを浮かべて戸を閉める彼女にキチンと腰を折って別れの挨拶を済ませた。
ふぅ――。どうやら譲渡は不成立で済んだようだ。
俺の知らぬ所で勝手にこの体の貸し借りが行われていたら洒落にならんからな。後で相棒にその点に付いてキチンと咎めておこう。
「おい、そこまで畏まらなくてもいいだろう」
「あのねぇ……。俺が毎日ひでぇ目に遭っているのを知っているだろ?? 彼女の気に障る様な言動をしてみろ。もっと酷い目に遭うのは目に見えているんだ」
「ふっ、臆病者が……」
臆病でも弱虫でも好きな様に言ってくれて結構!!
五体満足で居られるのなら罵詈雑言は喜んで浴びてやるさ。
先程よりも随分とゆったりとした歩調になった彼と肩を並べ、再び下らない日常会話に華を咲かせつつ。
薬草採取兼温泉の小旅行に向けての準備を整える為に我が相棒の家へと向かって行った。
お疲れ様でした。
一万文字を超えてしまったので分けての投稿になります。
後半部分は現在編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




