第十七話 里の戦士達 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「んふふっ――。今日はいい天気だねっ」
第三者から見て浮かれていると容易に断定出来てしまう軽やかな歩調で里の通りを北上し続け、スカっと晴れ渡る空を仰ぎ見つつ軽快な口調で話す。
大変上機嫌な俺に対し我が相棒は。
「黙って歩け」
俺が日常会話を交わそうとしてもぶっすぅぅっと顔を顰めて真正面を捉えていた。
「折角俺が晴れ舞台に立つってのにその表情はどうなのよ」
「貴様はあくまでも見学者だ。長から許可が出ただけでも有難く思え」
「へいへい、辛辣な事で」
唇をムゥっと尖らせ、彼が見ている同じ場所に視線を置いて歩み続けた。
里の長から許可が下りた事、ハンナが態々彼に頭を下げてくれた事は勿論嬉しいけども。俺がここまで喜んでいるのはお前さんと一緒に行動出来る事なんだよなぁ。
その気持を少し位理解しやがれ、強面白頭大鷲めがっ。
「ぷっ!! お、おい、ダン。額が真っ赤だぞ?? 一体どうしたんだよ」
正面から歩み来た里の者が思わず吹き出して俺の額を直視する。
「あぁ、これ?? 木製の扉が俺に熱烈な接吻をしたがってたから了承してやったんだよ」
まだまだ不機嫌な額を優しく撫でながら答える。
「は、はぁ??」
今から遡る事三十分前。
素敵な朝食を終えると運動し易い服に着替え、まるで今から恋人と出掛ける様な口調で同居人に出発の催促をした。
『ねぇ――、皆が待っているから早くぅ』
中々出てこようとしない横着な白頭鷲の部屋の扉をコンコンと叩くも返って来たのは無言の答え。
恐らくこの無言の答えは最後の最後まで俺を連れて行ってもよいかどうかの葛藤の時間だったのだろう。
『今日から初めて二人で一緒に出掛けるねっ。ハンナの服を着て行動していたら……。里の皆から誤解されないかしらっ』
持ち合わせの服、といっても荷物は全部海の藻屑と化してしまったので自前の服は一丁しかない。
里の戦士が行う訓練に参加する為に運動し易い服をハンナから借りている訳なのです。
『ねぇぇええ――。まだぁ――?? 私はお出掛けの準備は出来て……』
『先程から喧しいぞ!! 気色悪い!!』
『いっでぇぇええ――――!!』
無言を貫いていた扉が勢い良く開くと俺の額に熱烈な接吻をかまして来やがった。
御蔭様で今もジンジンとした痛みが広がり、真っ赤に腫れた患部を捉えた里の者達がクスクスと笑っている訳なのですよ――っと。
「ま、まぁ仲が宜しくて結構。これから里の戦士の訓練の見学に行くんだろ??」
「そうなのよ!! 彼ったらぁ――、私の事中々認めてくれなくてぇ。でもね?? 暴兎を倒したら私と付き合ってくれるって認めてくれたの!! だから頑張って倒したってのにこんな冷たい態度を取るのよ。御飯を作っても美味しいの一言も無いし、楽しいお出掛けだってのに朝からずぅっと不機嫌。付き合いたてで恥ずかしのは分かるけどっ、もう少し愛想良くしても良いと思わない??」
恋する乙女の口調を放ちつつ、両頬に両手を添えてイヤイヤと首を振る。
「長々と乙女の台詞を吐くのは結構だけどよ。ハンナ、先に行っちまってるぜ??」
「ッ!?」
何ですと!?!?
彼の言葉を受け、瞼をカッと開くと。
「……」
不愛想且横着者である白頭鷲さんは里の北出口へと向かってスタスタと歩いて行ってしまっていた。
「ま、まぁ!! あの子ったら!! お母さんを置いて行くのは感心しませんよ!?」
「母親役なのか恋人役なのか……。どっちかにしろよ」
里の者の大きな溜息を受け止めると大馬鹿野郎の背に向かい、両足にグっと力を籠めて駆け始めた。
「お――い!! 置いて行くなって!!」
少々荒くなった呼吸を整えると、再びハンナと肩を並べてキツイ口調で叱ってやる。
「貴様が無駄な会話をしているから遅れただけだ」
「あのねぇ……。里の戦士であるハンナは皆を守る大切な使命があるかも知れませんが、里の皆さんと交流を図るのは大切な事なのですよ?? 交流を深め、素敵な信頼関係を構築して、輝かしい友情を築く。素敵な事だと思わない??」
北側の出口から鷲の里を出て何処まででも広がる大平原の中を歩みつつ問う。
「思わん」
またこの子ったら……。私がどれだけたぁくさんの言葉を放ってもたった数文字で処理しちゃうんだからっ。
「これはあくまでも俺の主観だからハンナが従う義務は無いさ。でも……。折角皆がよくしてくれるんだ。その厚意を無下に扱うのは一人の大人としてちょっと問題アリだぜ??」
彼の肩を優しくポンっと叩いて言ってやる。
「助言は有難く受け取るが、お前がお前の道を進む様に俺は俺の道を行く」
「己の命を賭して里を守る。お前の進む道は修羅の道であると理解しているから皆が優しくしてくれるんだろ?? ほんの少しでも良い。先ずは相手の気持ちを受け取る事に専念してみな」
「ふんっ、善処する」
善処ねぇ……。
俺が口酸っぱく言ってもこいつは自分の考えを絶対に曲げない頑固者だし。どうしたものか。
相棒の交流関係に悩み、腕を組みつつその解決策を頭の中で思い描いていると。
「着いたぞ、あそこが我々里の戦士が使用する訓練場だ」
彼が普段通りの歩調で進みながら前方に見えて来た何の変哲もない平原を指差した。
「訓練場って言っても何も無い平原じゃねぇか」
空から燦々と光り輝く太陽の陽が大地へと降り注ぎ、その大地の上には視界を遮る物体は三百六十度確認出来ない。
これぞ正しく大平原のお手本の姿だと強調しているようだ。
その中で強いて特徴を上げるとしたら俺達の正面に立っているあの四名の人物であろうさ。
「遅かったな、ハンナ」
四名の中で一番背の高い男が彼に第一声を放つ。
「はっ、申し訳ありません。戦士長セフォー」
横一列に並ぶ彼等の中でも頭一つ飛び抜けて背が高く、その背に比例した様に厚みのある体躯を備えている。
灰色がかった黒の短髪に鋭い黒の瞳。何もせず只地面に立っているだけで人を威圧する雰囲気を醸し出していた。
戦士長って事は彼が里の五名の戦士を纏めているのか……。
屈強な戦士達さえも納得出来る風貌と雰囲気を身に纏っているな。
「ハンナから話は聞いている。宜しくな、ダン」
強面の顔が刹那に緩み、人の心を温めてくれる口角で挨拶を放つ。
「え、えぇ。こちらこそ宜しくお願いします」
俺も彼に倣い柔らかく口角を上げて見本にしたくなる挨拶を交わした。
「よぉ!! 初めまして!! 俺は大鷲のラーキーっていうんだ」
横一列に並ぶ右端の黒髪の男性が剽軽な笑みを浮かべて俺に右手を上げてくれる。
「宜しく!!」
此処にいる男性の中で俺に一番近い体型、といっても俺よりも余裕で背が高いけどね。やたら明るい性格なのでどことなく親近感が湧きますな。
「ついでだからちゃちゃっと紹介を済ませてやるよ!! 俺の隣でぼぅっと突っ立っているのが大鷲のバケッド。ちょいとずんぐりむっくりしてるけどこう見えて結構速く動けるんだぞ??」
ラーキーが話す通り中々にガタイが良いが、ちょいと腹の出具合が気になるな。だが、あの四名の中で一番の力持ちであろう。
巨漢にぴったりの野太い腕をお持ちですので。
「宜しくね――」
そのガタイの良い黒髪の男性が特に表情を変えずに右手を上げるので俺も彼に倣って一つ頷いてあげた。
「んで、列の端でダンの事をじぃぃっと見つめているのが大鷲のシェファ。無口で、不愛想で、何を考えているのかよく分からん奴だけど根は真面目だから仲良くしてやってくれ」
「不愛想じゃない」
シェファがラーキーの言葉を受け取ると眉をピクリと動かして噛みつく。
「あはは、悪い悪い」
彼女に凄まれ、居心地悪そうに後頭部をガシガシと掻く。
「ラーキー達は大鷲の魔物だって事は分かったけど……。戦士長のセフォーさんは何の魔物なの??」
「ん?? あ――、セフォーは扇鷲だよ」
オウギワシ??
初めて聞く種類の鷲にちょいと首を傾げていると。
「百聞は一見に如かず。自己紹介を兼ねて魔物の姿を見せてやるか」
セフォーさんから眩い光が放たれ、その数秒後。
とんでもない化け物が地面に降り立った!!
「これが俺の魔物の姿だ」
い、いやいやいやいや!! デカすぎでしょ!?
大人数名を背に乗せる事が出来る白頭鷲のハンナよりも更に一回り大きい巨躯。
灰色の毛に包まれた巨大な体を支える足には地獄で極悪非道の限りを尽くす悪魔でさえも。
『すいませんでしたっ!!』 と。
速攻で腰をキチンと折り畳んで頭を下げてしまう威力の黒爪が備わる。
お腹周りの毛は白で翼をグっと開くと抗う事を諦めてしまう程の威圧感を放つ。
この人が俺達の味方で本当に良かった。敵として空から襲い掛かって来たら確実に降参の旗を上げてしまうからね。
「は、はぁ……」
只々呆気に取られ、空の王者の風貌を備えている超巨大な扇鷲の顔を見上げていた。
「戦士長は古代種の中でも最強の一角と称される扇鷲の血を引く。見ての通り素晴らしい姿であろう」
「あ、あぁ。とんでもねぇ化け物だ」
ハンナの声に素直な心の声を漏らす。
あ、でも真正面から見ると意外ときゃわいい瞳をしているね。クリクリとした真ん丸お目目を捉えると驚いていた心が平穏を取り戻す。
「ははは!! 化け物ときたか。最大の賛辞として捉えておこう」
楽し気に翼を一度、二度羽ばたかせると真夏の嵐を彷彿とさせる暴風が巻き起こる。
「戦士長!! あんたの体は無駄にデカイんだから手加減してよね!!」
煙たそうに咽るラーキーが邪険に手を払う。
「ふふ、すまん。不愛想なハンナが友人を連れて来てくれたのが嬉しくてな」
「せ、戦士長っ!! 何を言っているのですか!?」
セフォーさんが放った何気無い言葉に相棒が噛みつく。
「漸く俺の事を友人だと認めてくれたのか!! も、もぉっ……。恥ずかしくて言えないのは分かっているけどぉ。本当は俺の顔を見て言って欲しかったゾ」
狼狽えるハンナの肩を一指し指でウリウリと突く。
「止めろ、気色悪い。オ、オホン、戦士長!! 午前の訓練である組手を早速始めても宜しいでしょうか!!!!」
俺の手を素早い所作で払うとそのまま化け物級にデケェ扇鷲の下へ進んで行ってしまった。
んもぅ。相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだからっ。
「あぁ、構わん。俺とハンナ、ラーキーとバケッドの組みで始めようか」
神々しい鳥の姿から人の姿に戻った戦士長が指示を出す。
「う――っす。バケッド、ちゃちゃっと終わらせようや」
「ん――。手加減宜しく――」
「お前達!! もう少し覇気のある声を出せ!!」
はは、何となくだけどいつもハンナがどうやってここで過ごしているのかもう理解出来ちまったな。
真面目な彼の事だ。
剽軽者のラーキーとちょっとおっとりしているバケッドが醸し出す柔らかい雰囲気を引き締め。
「セフォー殿、宜しく頼む」
「此方こそ。では……。始めるぞ!!」
自分自身が訓練に身を投じる事によって里の戦士がどうあるべきか、それを皆に知らしめているのだろう。
「はぁっ!!!!」
「くっ!!」
ってか、良く避けたね?? 今の一撃。
遠目だから目で追えたけど、間近であの戦士長の愚直で真っ直ぐな右の正拳が放たれたら俺は避ける自信は無いぞ……。
ハンナとセフォーさんの素晴らしき攻防。
「おらぁっ!!!!」
「っと。もう少しゆっくり打てよ」
ラーキーとバケッドのちょいと優しい攻防を眺めていると。
「――――。楽しい??」
「どわっ!?」
いつの間にか急接近を遂げてしまったシェファの澄んだ声に驚いてしまった。
「び、びっくりしたな。驚かさないでくれよ」
「静かに接近するのが癖」
そ、そうなのですか……。地上で生活する動物に対して微塵も気配を感じさせないのはやはり猛禽類の性なのだろうか??
「楽しいの??」
「あ、あぁ。栄えある里の戦士達の攻防をこの目で見られて光栄って所かな」
「そう」
シェファがそう話すと。
「「……」」
今朝と同様、大変気まずい空気が二人の間に流れ始めた。
興味がある事に対して観察するのが好きという事は理解しているが、この子は一体何故俺の事をじぃぃっと眺めているのでしょうか??
観察される側としては気が気じゃないのですよっと。
「え、えっと。今は徒手格闘の訓練をしているけどさ。里の戦士さん達の詳しい戦い方を教えてくれるかな??」
この妙に硬い空気を打ち破ろうとしてちょいと噛みながら口を開いた。
「人の身で戦う時、セフォーとハンナは剣。ラーキーは短剣の二刀使い、バケッドは戦棍。それぞれが武器に付与魔法を纏わせて戦う」
「そうなんだ。じゃあシェファさんの武器は何??」
「敬称は要らない」
左様で御座いますか。
「私は大弓。家に置いてあるけど……。見る??」
「い、いや。今は結構。何かさ、随分と達観した話し方をするよね」
こうしてよく見ると見た目は……。どこにでもいる二十代の女性の出で立ちなのだが、纏う空気は歴戦の勇士を凌駕している。
鋭い瞳で直視されるとまるで鋭利な刃物の切っ先を向けられている様に感じるし。
「達観??」
可愛らしく首をキュっと曲げて話す。
「見た目以上に強そうって意味で話したんだけどね」
うむっ、今の姿は中々可愛かったぞ。
脳内思い出図鑑にキチンと仕舞い込んでおきましょう。
「褒められた。ちょっと暇だから……。私達も組手、する??」
組手、ね。
俺なんかが里の戦士達の力を受け止められる訳が無いのですが……。だだっ広い平原の上で繰り広げられているハンナ達の組手を見ていると、俺も男の子なんだな。
ぐぐっと込み上げてくるモノがあるのですよ。
「手加減してくれるのなら喜んで」
「うん、分かった。じゃあ……。始めようか」
彼女が俺から数歩離れると。
「……っ」
こちらに体の正面を向けたまま両手をスっと上げて構えた。
う、うぉぉ……。対峙するだけで思わず背の肌が泡立っちまった。
あの暴兎と対峙した時とはまた別の寒気が全身に駆け抜けていく。
少しでも気を抜いたらあっと言う間に夢の世界へ旅立っちまいそうだし、集中しましょうかね。
「よ、宜しくお願いします」
俺に向かって体の真正面を向ける彼女に対し、体を斜に構えて己の体の弱点を隠して対峙した。
「うん、気後れしてないね。暴兎を倒したのは嘘じゃ無かったみたい」
「あはは。まぁ、俺一人で退治したんじゃない……。エ゛ッ!?」
話している最中に彼女の姿が消えたかと思いきや。
「うぉっ!?」
顎下から物凄い勢いで拳がせり上がって来やがった!!
あ、あ、あぶねぇぇええ!! 咄嗟に一歩下がっていなかったら真面に食っていたぞ!?
「避けた」
「い、いきなりぶん殴ってくるのは卑怯ですよ!?」
せめて開始の合図を下さい!!
「生死を賭けた戦いは非情。開始の合図なんか無い」
「そ、そりゃそうだけど……。ちょ、ちょっと待って!! もうちょっと抑えて!!!!」
真正面から襲い来る両の拳の連打。
一切の繋ぎ目の無い激しい攻撃は突如として空から降り注ぐ大雨の様にこの体へと降りかかって来る。
「くっ……。うぉっ!?」
「目は良い。それに先の先を見据えて足を動かしているね」
「そ、そりゃあ死にたくないからね!! 避ける事に必死になるさ!!」
顎を狙い済ました右の拳を左手の甲で弾き、首を狙った恐ろしい角度で迫り来る右足の攻撃を屈んで回避。
彼女が生み出す隙を狙い、千載一遇の一撃を見舞おうとするが……。
「……ッ」
「ひゃぁっ!?」
そんなモノは絶対に与えないと、言葉より攻撃で分かり易く教えてくれた。
い、いつまでこの馬鹿げた攻撃の連続が続くんだよ!? ふつ――は打ち疲れて隙が出来るもんだろ!?
屈み、往なし、受け流すも彼女の怒涛の攻撃の連続は止む事は無く俺の体を美味しく食もうとして襲い続けていた。
「あははは!! ダン!! シェファの攻撃はずぅっと続くぞ――」
「そ――そ――。俺達の中で一番体力があるからなぁ」
それを先に言いなさいよね!!!!
じょ、上等だよ。こっちも体力には自信があるんだ。
先に一撃を与えるか、それとも俺の体力に根負けして隙を放つのか。
どちらが先に根負けするか勝負してやる!!!!
「――――。ほぉ、ダンの奴。シェファの攻撃について行っているじゃないか」
戦士長が攻撃の手を止めて馬鹿者の方へ振り向く。
「彼は相手の動きを観察する事に長けています。相手の癖、足の置き方、筋肉の動き。様々な情報を目から取り込み、頭で理解して体に適切な対象方法を送ります」
彼に倣い、攻撃の手を下ろして同じ方向を見つめる。
「普通の者なら恐ろしい攻撃に身が竦むのだが……。持ち前の勇気でそれを補っているのか。暴兎を倒したというのはどうやら事実のようだな」
普通の人間が暴兎を倒すとは思わないだろう。俺から報告を受けても半信半疑の様子であったのが良い証拠だ。
「軍鶏の里と共闘して倒したのですが、それでもある程度の力が無ければ彼はあの森で朽ち果てていた事でしょう」
「ふふ、朽ち果てるか……」
戦士長が微かに口角を上げる。
「何か??」
「ダンの様子が心配でついて行ったのだろう?? お節介焼きの者からよもやその様な台詞が出て来るとは思わなかったのでな」
「っ」
ふ、ふんっ!!
あ、あれは軍鶏の里の者達を守る為についていったのだ!!
決して奴の身を案じた訳では無い!!
「鉄よりも硬いハンナの心を溶かした者の実力を見られて光栄だよ」
「わ、私は奴に心を許した訳ではありません」
「まぁそういう事にしておこうか。ん……?? おぉ、勝負がつきそうだぞ」
戦士長が一際厳しい視線を二人へと送る。
「フッ!!!!」
シェファの右足が鋭い軌跡を描いて大馬鹿者の顔面へと向かうが。
「キャアッ!?」
貴様は女子かと問いたくなる台詞を吐いて彼女の攻撃を懸命に回避。攻撃の勢いをつけ過ぎたのか、足の勢いと同調する様にシェファの体が回転していく。
そして組手が始まって初めての隙を彼女が見せた。
当然。
「ッ!!」
この機を見逃す筈がない。
彼女の背に向かってダンが勇気を振り絞って一歩踏み出すと。
「……」
シェファが静かに体の正面をダンに向けた。
さぁ、大馬鹿者よ。俺達に乾坤一擲を見せてくれ。
彼女の顎先に向け、万力を籠めた右の拳を振り上げようとした刹那。
「ほ、ほぉぉ……」
あろうことかあの馬鹿で、阿保で愚か者である男は彼女の開けた服の中身に魅入ってしまっていた。
「これはこれは……。中々に立派なモノをお持ち……。あぶちっ!?!?」
ぽぅっと頬を染めて彼女の双丘を眺めていた馬鹿野郎に雷撃が突き刺さる。
「う、うぅん……」
顎を打ち抜かれ地面に惨たらしく倒れるとそのまま意識を失ってしまった。
「ぎゃはは!! ダン――!! 気持ちイイ一撃貰っちまったなぁ!!」
「わははは!! そこは魅入る場面じゃなくて倒す場面だろ――!?」
「はぁぁああ――……」
ラーキーとバケッドの馬鹿笑いが響く平原の上で鉄よりも重たい溜め息を吐いてやった。
あの馬鹿者め。漸く訪れた機会を見逃し、剰え棒立ちになるとな!!
笑止千万、甚だしい事この上ない……。
「戦士長、情けない姿を見せてしまい申し訳ありませんでした……」
「ぅぅん……」
大地の上で気持ち良く眠っている彼の代わりに謝意を述べる。
「ははっ、別に構わん。奴の実力を見られただけで俺は満足だ」
「して……。戦士長の判断は??」
「咄嗟の状況判断、敵の攻撃を見切る良い目、それに砕けた性格。お前に誂えた様な相棒じゃないか」
戦士長が心地良い笑みを浮かべて俺を見下ろす。
「相棒になったつもりはありません。では……。続きを宜しくお願いします!!」
このふざけた空気を振り払おうとして覇気ある声で対峙した。
「よし、掛かって来い!!」
「ねぇ……。私の見た??」
戦士の猛々しい雄叫び、鋭い打撃音が響く大地の上で静かに横たわる男性の体を一人の女性が人差し指でツンツンと突く。
「見ちゃったよね??」
微動だにしない体を突く事に飽きたのか、今度は土と埃で汚れた彼の顔を突き。
「起きたら続き、シようね」
彼女は満更でも無い表情を浮かべて出来立てホヤホヤの死体を観察していた。
組手の番が回って来ようとも彼女はそこから動こうとせず、只々眠り続ける彼の姿を観察し続けていたのだった。
お疲れ様でした。
大型連休も終わり、いつも通りの日々が戻って参りましたが……。休みボケがまだまだ治っていないのかやたら疲れますね。執筆している時も何だか肩がズンっと重く感じてしまいます。
さて、数話日常パートを挟んだ後にいよいよ禽鳥の国の御話は佳境へと向かって行きます。
今現在そのプロットを執筆しているのですがこれがまた中々難しくて……。試行錯誤を繰り広げ何んとか形にしようとして四苦八苦している次第であります。
それでは皆様、お休みなさいませ。