第十三話 一人前に認められる条件 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿なります。
大自然の中にポツンと存在する文明から少しだけ離れた位置。
「水よ――し。食料よ――しっ。一人用の天幕よ――し!!」
大小様々な小石が広がる大地の上に荷物を整然と並べて最終確認を行っていた。
これから恐ろしい兎さんが住まう森へと向かうのだ。不必要な位の準備確認が丁度良いのですよ。
「ピッピッ」
『さっきから確認し過ぎじゃない??』
左肩に留まるピヨ美が不思議そうな鳴き声を上げて俺の首筋をちょいちょいと突く。
「あ、いや。俺一人なら兎も角、親御さん達から大切な子供を預かる保護者にはそれ相応の責任が与えられているからね。何か一つでも足りないとそれだけで帰還する確率が低くなるからこれ位が丁度良いの」
「ピ――ピッピ」
『持ち過ぎても邪魔になるだけじゃん』
今度は右肩に留まるピョン太がちょいと硬い嘴で俺の肩を突く。
「じゃあ俺の代わりに荷物を背負ってくれるかい??」
右肩に留まる三匹のヒヨコ達に言ってやると。
「「「ピ――ピピッ!!」」」
『や――なこった!!』
そう言わんばかりに軽快に口を開き、元気良く翼を羽ばたかせてしまった。
「いいよなぁ、体が小さいと。なぁハンナ、お前もそう思わないかい??」
全ての装備を背嚢の中へとキチンと仕舞い込み腰に短剣を装備し終えると、ちょいと難しい顔で俺の顔を直視している美男子に問うてやった。
「思わん」
あらあらまぁまぁ……。ここは俺の気持ちを汲んで冗談の一つや二つを与える場面なのですよ??
たった一言。
しかも大変ちゅめたい口調と表情で突き放すのはどうかと思いますわね。
「つめてぇなぁ。所でベルナルドさんはまだ来ないのか??」
彼の指示通り里の南側の出口で待機し続けているのだが……。待てど暮らせど彼の姿は一向に見えてこなかった。
「間も無く到着するだろう。所で……。本当に行くのか??」
ハンナが冷たい声色の中に少しだけ相手を気遣う温かな感情を籠めた声色で話す。
「ん?? あぁ、行くよ。自分の身は自分で守れる位に強くなって、んでピー助達が一日でも早く一人前に認めて貰えるようにしたいからさ」
「……っ」
俺の頭の天辺で無言を貫き、微動だにしていないピー助の体を突いてやる。
「暴兎の討伐は本来であればもう少し成長してから向かうと聞いた。それだけお前達……。いや、ピー助といったか。長は貴様に期待を寄せているのだろう」
「いやいやいやいや!! 俺達も居るからね!?」
「「「ピ――ピッ!!!!」」」
『そうだそうだ!!』
十万年に一度の天才児かどうか知らねぇけども!! 簡単な計算も出来ない三歳児に負けていられるかっての!!
ピョン太達と共に今の言葉を訂正しろと叫んでやった。
「ふっ、物怖じしないのは結構だがな?? 奴等は相当強いぞ。相手の攻撃範囲を見極め、その範囲に身を置かない事。大きな図体とは裏腹に移動速度は目を疑う程に速く、指先に生えた爪の一撃の攻撃力は大の大人であっても致命傷に至る。冷静に状況を見極め千載一遇の好機を逃すな」
「おうよ!! 俺達がちゃちゃっと退治して帰って来るから超ドデカい大船に乗ったつもりで待っていろ!!」
ふふんっと得意気に鼻息を漏らすと。
「難破した奴がよく言う……」
俺の鼻息以上に呆れた吐息を漏らしてしまった。
「各々揃っているな」
お、やっと来たか!!
大変低い男らしい声が響いたので里の方へ振り返ると。
「全員揃って荷物も準備万……。ほっ??」
えぇっと……。そちらの無駄にデカイ鳥は一体全体どなたでしょうか??
見ず知らずの一羽の鳥が彼の隣で立っていたので思わず首を傾げてしまった。
「おぉ――――!!!! 何か小さいのが一杯いるね!!」
「あ、どうも。俺の名前はダンで、こっちのヒヨコ達は……」
俺の頭の位よりも随分と上にある鳥の頭に向かって慎ましい声量で自己紹介を始めた。
「へぇ!! 良い名前だね!!」
「そりゃどうも……」
嬉々とした声色を放つ鳥の巨大な胴体は全体的に焦げ茶色の羽毛で包まれ、巨躯を支える立派な二本の足の先には大地をしっかりと捉える事を可能とした逞しい爪が備わっている。
大きな体に反して顔は小さく、その小さな顔に比例した浅黒く小さな嘴。
クリクリの黒い御目目が俺達を捉えるとキュっと見開かれ、とても高い位置から頭がぬぅっと降りて来た。
「ハ、ハンナ。この無駄にデカイ鳥は一体誰だ……」
「駝鳥一族のテュピッドだ。久しいな、元気にしていたか??」
ハンナが普段通り冷静な口調で問うと。
「元気だよ!! えぇっとぉ……。その顔何処かで見た事があるような無いようなぁ??」
大変な美男子の顔を捉えるも首を傾げてしまった。
「彼の事を覚えていないの??」
懸命に思い出そうとしてパチパチと瞬きを繰り返している駝鳥に問う。
「え?? う――ん……。何となくは覚えているけどもぉ。はっきりとは覚えていないかな!!」
左様で御座いますかっと。
ハンナが彼女の名前を知っているんだからある程度の交流があるかと思っていたけど……。
鷲一族と駝鳥一族はそこまで顔見知りじゃないって訳ね。
「ねぇねぇ!! 私は何をすればいいのかな!?」
うら若き女性の明るい声を上げてベルナルドさんの肩を嘴で突く。
「先程伝えただろう……。南の森まで送ってやれと」
「あぁ!! はいはい!! そうだったね!!」
つい先程の記憶を忘れるって……。
『なぁ、ハンナ。ちょいと聞きたいんだけど……』
キャアキャアと騒ぐ駝鳥から距離を置き、訝し気な表情で駝鳥とベルナルドさんとのやりとりを眺めているハンナに耳打ちをする。
『あの駝鳥ってさ。ちょっとお馬鹿さんなの??』
「ちょっと処ではない。駝鳥一族は自他共に認める程に頭が悪いぞ」
やっぱりそうなんだ。
「家族の顔はうろ覚え。数分前の指示は忘れる。果ては自分が生まれた里すら覚えていないのだから」
「えっ!? じゃ、じゃあどうやって家に帰るんだよ」
「駝鳥一族は年がら年中この大陸の何処かを駆け続けている。その目的は一切不明だが、見覚えのある場所に到着するとこうして里の者達と会話を続け。それに飽きたらまた何処かへと駆けて行く」
自分の目的も知らないで走り続ける鳥、ね。
あ、いや。知らないじゃなくて覚えていられないのか。それなら本能に従って走り続けている方が彼女達にとって幸せなのかも知れない。
俺達の幸福の尺度を彼女達、駝鳥一族に当て嵌めるのはちょいとお門違いって奴だな。
「だが頭が悪い分、身体能力は我々を軽く凌駕するぞ。骨折しても数日で完治、大量に出血しても数時間後には傷が塞がり何事も無かったかのように起き上がる、病気知らずでたった数十分の睡眠時間で体力を全回復させてしまうのだ」
「す、すっげぇじゃん!!」
呆れた体の強さに素直な驚きの声が出てしまう。
「じゃああの駝鳥一族と結婚すればより強く逞しい子供が出来るって事??」
「血が濃くなり過ぎると一族の繁栄に支障をきたす恐れがあるが……。どの里も駝鳥の血を混ぜる事に躊躇するのだ」
「多分、だけど……。生まれて来る子供がすっげぇ馬鹿になるから??」
「ふぅ――。正解だ」
成程ねぇ……。体の強さだけじゃなくて頭の悪さも承継しちゃうのか。
逞しく元気一杯に育つ反面、熱心に教育を施しても数分後に忘れてしまうのは両親としてちょっと心苦しいからなぁ。
「お待たせ!! ダンとヒヨコちゃん達!! お姉さんが南の森まで送ってあげるから!!」
ベルナルドさんとの会話に飽きたのか。元気な駝鳥が黒い目を輝かせて俺達の方へ向かって来る。
「ちょ、ちょっと待ってね。まだベルナルドさんから正式な指示を受けていないから」
グイグイ迫って来る顔をやんわりと押し退けて話す。
「ダン、これを持っていけ」
「これは??」
「おぉ――。人間なのに結構力強いねぇ」
押し退けても何度もガサガサの毛が生える頭をくっ付けて来ようとするテュピッドの隙を窺い、ベルナルドさんから一枚の地図を受け取った。
ちょいと古ぼけた地図はこの里を中心として描かれており、俺達が向かう予定の南の森の面積は容易に広大であると窺える。
何故なら地図の端から端まで森が描かれていますからね。
この広い森へ今から足を運ぶのか……。方向を見失わない様に逐一森の景色を頭の中に叩き込むべきだな。
暴兎を倒しても遭難してしまいしたぁ――では洒落にならん。
「人の足だと南の森までは半日の距離だが、駝鳥の足なら一時間程度で到着するだろう」
流石一年中走り続けているだけあって馬鹿みたいに足が速いな。
「方位磁石は持っているか??」
「背嚢の中に仕舞ってあるよ」
「それならよし。この里から真っ直ぐ南へと下り、森に入ったら更に南へと向かえ。数時間後には暴兎の縄張りへと足を踏み入れる事となる。襲い掛かって来た暴兎を討伐、若しくは誰かが負傷してこれ以上行動するのは危険だと判断したら駝鳥に跨って戻って来い」
「了解っ!! よっしゃ!! テュピッドちゃん!! 南の森までひとっ走り頼むぜ!!」
巨大な体をポンっと叩き、軽快な声で話し掛けてやる。
「任せて!! ほら!! 乗って乗って!!」
彼女が膝を折り畳むと大きな体に乗れと催促する。
女の子に跨る男ってのもちょいと情けない気がするけども、討伐前に体力を消耗してしまうのは憚れるからね。
「それじゃ失礼して……」
くすんだ茶色の羽毛に包まれた体に跨ると。
「それじゃ行って来ま――すっ!!!!」
大変お馬鹿な駝鳥さんが太陽を右手に捉えて駆け始めようとしてしまった!!
「だ――!! そっちじゃねぇ!! 俺が指差す方へ走ってくれ」
細長い首をペシペシと叩き、進行方向である南を指差してあげた。
「おぉ!! そっちだったね!! それじゃあしゅっぱぁぁああ――つっ!!」
「ちょ……。もうちょっとゆっくり走ってくれ!!!!」
呆れた加速度に対抗すべく、駝鳥の首元と胴体の位置にしがみ付いてやった。
「あはは!! そこ掴んでいれば振り落とされる事は無いから安心して!! じゃ、もっと速くするから!!」
「「「ピピピ!!!!」」」
『もっとゆっくり走れ!!』
ヒヨコちゃん達が懇願する様に叫ぶが頭の悪い駝鳥さんには無意味であった。
大きな体に比例した様に一歩一歩の歩幅が大変広く、大地を蹴った衝撃が臀部に伝わり。
「いでっ!!」
着地と同時に頭の天辺へと抜けて行く。
馬鹿みたいな速度の中で激しく揺れる体、臀部から突き抜けて行く衝撃で早くも沢山の石が転がる大地に振り落とされてしまいそうになった。
ハンナといい、テュピッドといい!! こ、こっちの大陸に住む魔物達は速度狂か何かなの!?
全然速度を落とす気配が無いじゃん!!!!
「頼むからもう少し落ち着いて走れよぉぉおお――――!!」
「南の森まで一っ走り!! 直ぐに到着するから我慢してね!!」
「イヤァァアアアア――――!!!!」
「「「ピィピィイイ――――!!!!」」」
前途多難を超える大問題を発生させる大馬鹿野郎に跨り、ハンナ達との暫しの別れの挨拶の代わりに大絶叫を放ちながら恐ろしい力を秘める兎達が住まう南の森へと出発した。
―――――。
「ふぅ……。去り際まで喧しいとはな」
駝鳥の背に跨る彼等の姿があっと言う間に見えなくなってしまうと、地平線の彼方へ向かって巨大な溜息を吐いてやった。
「長。果たして彼等は討伐を可能とするのでしょうか??」
あの六名の実力不足は否めない。
しかし、これはあくまでも俺の予想だが……。ダンの目が、考えがそれを補ってくれるであろう。
それを見越して長は討伐の条件を課したのだ。
「里の天才児に頭のキレる人間。手を取り合えば無類の強さを発揮するであろう」
長も俺と同じ考えに至ったのか。
少し心配気な瞳の色を浮かべ、大気に漂う駝鳥が舞い上げた大地の土煙を見つめていた。
「そうだといいのですが……」
相手はこの里の者達を何名も屠って来たあの暴兎だ。才能や実力がある者でも苦戦は必至。
いざとなったら俺が手を差し伸べるべきか??
だが……。俺は軍鶏の里の者からみればよそ者であり、軍鶏の里の掟を破る訳にはいかぬ。
長も俺の考えを見透かしたのか。
「戦士ハンナ。我々の掟の里に従い、手出しは無用だぞ??」
手厳しい声色と目付きで俺に注意を促した。
「えぇ、勿論理解しています」
「だが……。ダンはこの里の者では無い。掟はあくまでも『里の者』 のみに適用する」
長が俺から視線を外し、幾つもの意味を籠めた言葉を放った。
それは恐らく。
『よそ者であるダンに命の危険が差し迫った場合のみに扶翼を認める』
里の者という単語を強調した最たる理由はこれだな。
「安心して下さい。彼等に気付かれぬ様、遠い位置から監視をしていますので」
恐らく長も自分の里の者が心配なのだろう。誰しもが認める天才児であっても齢三つ。
言葉は辛辣だがここで未来ある若者達の命を断つ訳にはいかぬと心で感じているのだろうさ。
「う、うむっ。では、失礼するっ」
「えぇ。吉報をお待ち下さい」
もしも暴兎討伐が成功した暁には……。いや、まだ俺と共に行動するのは時期尚早かも知れぬ。
奴の行動と結果次第で同行を認めてやるか。
ダン、長が里の者達の成功を楽しみにしている様に俺も貴様が暴兎を討伐するのを期待しているぞ。
「さて……。どうなる事やら……」
静かに踵を返す彼を見送ると魔物の姿に変わり、駝鳥が大地に描いた仰々しい軌跡を追跡する為に大空へと羽ばたいて行った。
お疲れ様でした。
中にはもう既に迎えている人もいらっしゃるかと思いますが、間も無くゴールデンウイークがやって来ますね。
日帰り旅行の為に着々と準備を整ているのですが……。どう考えても夜中出発が最適かと思うのですよね。
うどん屋さんに開店と同時に足を踏み入れ、美味しいうどんを満喫した後そこから車で移動して……。
自分が思うよりも体力を消費してしまう恐れがありますので体調管理に気を付けている次第であります。
それでは皆様、お休みなさいませ。