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第二話 数多蠢く意思を持った生物達 その一

お疲れ様です!!


本日の投稿になります!! それでは、御覧下さい。




 初夏の青空を舞う鳥達が楽し気に歌を口ずさみながら空の彼方へと飛翔し。


 地面を歩く馬からは等間隔に蹄の音が軽快に鳴り響く。


 好天に恵まれ、耳を楽しませてくれる環境音に対し。体は素直に反応して街道を好調に進むのだが。


 心の中の天候はどうやら雲行きが怪しい模様。



「んっふっふ――。もう直ぐ大都会っ!! お――いしい御飯との――。出会いが待っているの――よっ!!」



 快調に歩くウマ子の左隣。


 俺達以外に誰も居ない事を良い事に珍妙な歌を口ずさむ彼女。俺の心が曇り空なのはあの人の所為なのです。


 そりゃあそうだろう。


 大都会の中に狂暴な龍を放流させるんだぞ?? どういった反応を見せてくれるのは楽しみですけど。


 それ以外の心配の種の方がデカ過ぎる。




 前日の夜に色々諸注意を促しておいたが、覚えているのだろうか??



 試しに尋ねてみましょう。



「マイ」


「ん――??」



 此方に視線を送らず。


 そろそろ南進に差し掛かる街道を見続けて返事を返す。



「昨日の夜。俺が言った事を覚えているか??」



「勿論よ!!」



 ほっ、良かった。


 馬鹿みたいに飯を食うけど、一応は分別付く大人でしたね。



「――――。マイ、レイドが注意していた事を言ってみて下さい」



 ウマ子の少し前。


 手綱をきゅっと握るカエデが話す。



 今朝の寝癖は大変酷かったですけど、直って良かったですね。本日もお綺麗な藍色の髪をふわっと揺らし快調な足取りで俺達を先導していた。



「えっとぉ。私達は西門から王都へ入るのよ」



『ふむ』



 俺とカエデが同時に頷く。



「んで。街は円の中に十字を描いたように主要道路が通っている。円の北側は公共の施設が立ち並び、南側は庶民達が使う施設が立ち並ぶ」



 いいぞぉ。


 好調じゃないか。



「人口約二百万人越えで、街の敷地面積も超広い!!」


「お――。意外と覚えているもんだな」



 俺の右側。


 本日も大量のお荷物を背に乗せて歩くユウが話す。



「ユウ、意外とって言葉は余分よ。ボケナスが帰還報告している間、私達は街を散策。お薦めは……。えっと……。何だっけ??」



「街のド真ん中に位置する屋台群だよ」



 カクンと首を傾げた朱の髪へそう話す。



「そうそう!! 西大通りを直進、左手に銀時計が見えて来て。んでもって、屋台群に到着し!!!! 腹がはち切れるまで食うのっ!!」



 はい、残念でした。


 最後に大こけしましたね。



「嗜む程度に食べなさい。お金は無尽蔵に湧いて来る訳じゃないのですよ??」


「ふんっ!! でも、私達。お金持っていないから何も買えないじゃん」



 遂に気付いてしまったか。


 仕方がない。


 そろそろ人間社会の文明を登場させますか。



「皆、止まってくれ」



 街道の脇に足を止め、皆に声を掛けた。



「どうしたのよ」



 マイが歩みを止め、深紅の髪を揺らして此方に振り返る。



「今、マイが話した通り。人間の社会では物々交換では無く。貨幣という文明が使用されているんだ」



「んな事分かってんのよ。さっさと要点を話せ」



 この人は一度、誰かにガツンと叩かれるべきだと思います。



「つまり、お金さえあれば自分が好きな物を購入出来る。そして……。皆には少ない手向けですけど、お金を渡しておくよ」



 ウマ子の荷物の中から現金を取り出し。


 各自へと渡して行った。



「これがお金??」


「そ。紙幣と硬貨に別れているんだけど、額面の説明をさせて貰うよ」



 マジマジとお金を見下ろす四名の女性へと向け。


 ちょっとだけ得意気に口を開く。




「紙幣に書いてある数字はまだカエデの魔法が掛けられていないから分からないと思うけど。一番額面が大きいのは、薔薇が描かれた紙幣で一万ゴールドの価値がある。続いて、百合の花が五千。牡丹の花が千。蒲公英が百。そして……。続いては硬貨の説明だね」



 そう話すと、紙幣から硬貨へ。皆が己の手元に視線を送る。



「金貨、銀貨、銅貨とあるだろ??」


「そうですわね。ですが……。中には四等分に切られた物も御座いますけど??」



 流石、良い所に目を向けるね。



「金貨は一万の価値がある。それが四等分って事は??」


「――――。二千五百の価値って事か」


「正解!!」



 ユウの言葉に大きく頷く。



「一枚の価値で換算すると金貨は一万。そして、銀貨は千。銅貨は百。後は四等分して計算すると分かり易いだろ??」


「使用する際は硬貨と紙幣を混入しても構わないのですか??」



 カエデがふむふむと頷きつつ話す。



「勿論。好きな様に使用しても構わないよ」



「って事はぁ……。紙幣の絵面は理解出来るからぁ……。渡された額は……」



 むむむと難しい顔を浮かべ、マイが頭の中で計算を繰り広げていると。



「五万ゴールドですね」



 カエデが速攻で答えてしまった。



「さっき話していた屋台群のお店の平均的な値段は数百ゴールドだから、無駄遣いしなければかなりの量を食べられると思う。又、次なる任務地に向けて必要な物もあるだろうからそれに備えて各自買い揃えておく事をお薦めしておくよ」



「必要な物?? 例えば??」


 マイが話す。


「服だったり、日用品だったり、その他諸々あるだろ??」



「あぁ、そういう事ね」



 コイツ。


 もしかして全部食い物に突っ込むつもりなのか??



「人間とは会話が通じない。つまり、皆の存在が明るみに出てしまう虞もある。もしも、バレそうになったらその場から逃亡しなさい。そして!! 都会には怖い人達も居るのです」



 裏通りの暗い道でしたり。


 その道の人達でしたり。



 善人ばかりじゃないのですよ。人は。



「相手が襲い掛かって来たとしても。間違っても!! 絶対に!! 反撃しないように!! いいね!?」



 この人達がその気になって反撃したら人間なんて、あっ!! と言う間に亡き者になるやもしれぬ。


 それならまだしも。


 現場を抑えられて逮捕されてしまう事もあるのだから。


 予断を許さない状況は変わらないのです。



「聞き飽きたわよ、その定型文」


「こうして言い続けないと聞かないからな、お前さんは」



 そう話し、ポンっと頭を叩いたのが間違いだった。



「触んな!! ボケナスがぁ!!」


「ほぶぐっ!?」



 素晴らしい速度で襲い掛かった拳が腹にめり込み。


 大変心地良い痛みが腹から背へと抜けて行きましたとさ。



「よし!! 皆の者!! 私に続けぇ!! この世の桃源郷はもう直ぐそこよ!!!!」



「へ――い。レイド、手ぇ。貸そうか??」



「だ、大丈夫です……。幸い、骨に異常は見られませんから……」



 骨には異常無いですけど。


 五臓六腑には発生していますね。


 今にも酸っぱい何かが口の中から出て来そうですし……。



「ささ、レイド様。御怪我をお見せ下さいまし。あそこの木の裏手なんて如何で御座いますか!?」


「そのまま誘拐されそうですから、御勘弁願います」



 生まれたての子牛も大丈夫かな?? っと。


 可愛い子牛ちゃんが憐れむ瞳を浮かべてしまう情けない足取りで、此方の心配する素振を一切見せずにスタスタと進み始めてしまったウマ子の後を追い始めた。



「ま、まぁ!! 妻が心配していると申しますのに!! 素っ気ない反応はどうかと思いますわよ!? 私は常々申しておりますでしょう?? 夫婦は互いを認め合い、支え合うべきですと。それをレイド様は……」



 本当に、お願いします。


 もう直ぐ人が阿保みたいに行き交う街道に差し掛かるので口を閉ざして頂けると幸いです。



 膝から崩れ落ちぬ様。


 両足で必死に体を支えながら街道を進み始めた。


















 ◇












 見上げ続ければ人の首の筋等容易く痛めつけてしまう高さを誇る漆黒の城壁。


 街の中から、そして街道側から絶え間なく人々が城壁の中へと吸い込まれては出て行く。


 これまで立ち寄って来た街とは比べ物にならない程の量の人の往来に最初は誰もが戸惑う筈さ。


 俺もこの人の多さに思わず足を立ち止め、ポカンと口を開けて田舎者が取るべき所作を取ってしまったのを今でも鮮明に覚えている。



 例に漏れず、マイ達も街道から少々外れた位置で。



『な、なんだ。この人の多さは』 と。



 田舎者丸出しの姿で人を、そして時に通過していく荷馬車を視線で追い続けていた。



『凄い人だろ??』



 ウマ子の隣に立ち、目を点にして立ち止まっている四名へと念話を送った。



『蟻の軍隊も尻尾を巻いて逃げる人の多さね』


『人の列が絶え間なくずぅっと続いて……。多いなぁ』



 マイとユウが此方の期待通りの声色で話し。



『鬱陶しい人の多さですわねぇ……』


『魔法を見せれば霧散するのかな??』



 カエデさんがサラっと若干恐ろしい事を話すので速攻で正してやる。



『それは勘弁して下さい。今からウマ子を厩舎に預け、そして本部に戻って帰還報告して来るよ。恐らく一時間程度で終わって、次の指示を受け賜わると思うからそれまで自由行動にしよう』



 昨日の夜からもう何度も話した言葉を送った。



『よ、よぉし……。ここで立ち止まっていても御飯が食べられる訳じゃないのよ。皆の者!!!! 恐れを成すな!! 我に続けぇぇええい!! であっ!!』



 街道の脇からマイがぴょんっと飛び出し、今現在は大きく開かれている城門へと進み出す。



『あのお馬鹿が横着しないように監視の目を光らせますか』


『そうしましょう』


『レイド様っ。私が御側に居ないからといって、浮気は駄目ですからね??』



 大変馨しい女性の香を嗅がせる距離に身を置こうとするので、そこからさり気なく。そして滞りなく通常取るべきであろう正しい男女間の距離に身を置き。



『了解しました。ほら、急がないとユウ達に置いて行かれるよ??』



 少しだけ小さくなってしまった彼女達の背を指した。



『んふっ。畏まりましたわ。それでは、後ほど』



 いってらっしゃい。


 そんな意味を籠めて一つ大きく頷いてやった。



 いつも淫らに開かれた着物の胸元。


 本日は大変キッチリと閉じていますので助かりますよ。


 世の男性は自分の気持ちに大変正直なのです。無駄に視線を集めて、厄介な問題に巻き込まれてしまう虞もあるのでね。


 いや、彼女の場合。


 何もしなくても視線を集めてしまうだろう。現に。



「な、なぁ。今の白い髪の子見た??」


「見た見た!! すっげぇ美人だったな!!」



 旅の行商人の方々が目を丸くしてアオイの後ろ姿をぽうっとした表情で眺めていますので。



 城門の奥へと姿を消してしまったマイ達に一抹の不安を覚えながらも、己に課せられた任務を全うしなければならない。




「――――。さて、俺達も行こうか??」



『あぁ、分かった』



 俺が促すと。


 やっと行動開始かといった憤りを籠めた鼻息を漏らし、街道を進み始めた。



「お前さんもマイ達の悪い癖が移ったんじゃないのか??」



 手綱をしっかりと保持し、人の往来を邪魔せぬ様に進む。



『ふん。そう見えるのはお前も影響を受けているからだ』



 カクンっと、大きく面長の顔を動かす。



「はは。うん……。少なからず影響は受けていると思うよ」



 本来であれば単独行動だったのに……。不帰の森に入って狂暴な龍と、心優しきミノタウロスと出会い。


 海に出て賢い海竜さんと、そして密林の白雪と出会った。



 行動を続ける内に魔物と人は何ら変わりなく、語弊無く分かり合える存在だと思い知った。




 両者の間に高く築かれた言葉の壁。




 それを取り払う事が最優先課題で、壁が取り除かれた後に生まれる軋轢を除去するのが次の課題か。


 いや、それ以前に。


 この大陸を跋扈する醜い豚共を一掃し、魔女の首を刈り取らなければならないな。


 目が回る様な多忙さだよなぁ……。


 それら全てを達成するまで、果たしてこの体が生命を維持させる事は可能なのか??


 それが心配です……。



 巨大な壁と壁との間にぽっかりと口を開いて待ち構えている城門の中に入り、暑い陽射しから涼しさを感じ取れる日陰へと入り。


 数分間の日陰浴を満喫して、再び陽射しの下へと躍り出た。





 うっわぁ……。


 すっげぇ。


 まるで、文明社会の結晶体だな。




 石畳の道路。その上には多くの馬が蹄の音を軽快に響かせながら忙しなく東西へと行き交い。


 時折現れる荷馬車には季節の野菜やら、食物。そして多くの物資が積まれていた。



 人々が同じ方向に向かえば土埃が宙へと舞い上がり、鼻腔を困惑させ。


 例え矮小な声でもそれが数万ともなれば巨大なうねりへと変化して鼓膜を辟易させる。



 街道沿いに並んだ店先には店主達が営利を得ようと当たり障りのない笑みを浮かべ。


 それを見た客は少しでも安く購入しようと、彼等と舌戦を開始する。




 人と建造物が犇めき合い。


 歩道の隅っこで只々呆気に取られてしまっていた。



『どうした??』



 ウマ子が此方の背を鼻頭でトンっと突く。



「あ、ごめん。街と人が放つ圧に思わず飲み込まれちゃったよ」


『これだから田舎者は……。厩舎はこっちだ、付いて来い』



 御主人様の前に出て、北東方向へと繋がる道へ進み始めた。



「あ、おい。俺が前に出るって!!」



 詳細な位置は分かっていないだろうし。


 何より、人が馬に連れられていたらお笑い種ですよ。



「ウマ子が使う厩舎は訓練所の北東側だぞ」



 俺達パルチザンが専用使用出来る厩舎は、四十棟建設されている。一棟約五十頭が使用出来る馬房があるので、約二千頭の軍馬達の収容が可能なのです。



 一番厩舎は主要道路に最も近いのでお偉いさん方が使用し。


 俺達末端の、箸にも棒にも掛からぬ者は後ろの厩舎を使用せねばならない。




 つまり!!


 俺達が向かうのは第四十番厩舎なのです!!



 胸を張って言える事じゃないですよね。



 北東へと向かうにつれて徐々に人通りが少なくなり、無音に近い環境音へと変化。



 しかし、鼻腔は獣臭を確実に捉え始めた。



 この匂いって苦手な人が多いよね。


 シュウさんの厩舎で仕事を手伝い始めた頃は俺もちょっと苦手だったけど。誰かが言っていた様に、慣れが肝心。


 気が付けば気にもならなくなっていたのです。



 いや、寧ろ。今じゃ好きな香りかな??



 試しに。


 ウマ子の体に鼻を近付けて、馬さんの香りをスンスンと嗅ごうと画策したが。



『馬の匂いを馴れ馴れしく嗅ぐな!!』



 止めろ!!


 そう言わんばかりにググン!! っと顔を上げてしまった。



「あはは、ごめんな??」


『次は容赦しないからなっ!!』



 ブルっ!! と鼻を大袈裟に震わせ。


 漸く到着した厩舎の合間を共に仲良く肩を並べて進み出した。





 えぇっと。


 南側から北へ向かって数字が上がっていくんだろ??


 んで。


 一から五番までが一塊だから……。



「俺達は八列目の最北へ向かうぞ!!」


『分かったから大声を出すな』



 いつもは円らな瞳をぎゅぅぅっと細め。


 やれやれ。


 そんな感じで溜息を吐く彼女を連れ、やっとの思いで第四十番厩舎に到着した。





 経年劣化した木造厩舎。


 高さは二階建ての建物程であろうか。


 入り口はガランと開き、開かれた扉からは藁の香りと馬達の嘶き声が今も漏れ続けていた。



「すいませ――ん。馬を預けたいのですけど――」



 調教師の方に御迷惑にならぬ様。


 小さい訳でも無く、大きい訳でも無い。しかし、相手に確実に聞こえる声色で話しつつお邪魔すると。




「――――――――――――。はぁ――い!! お待たせしました!!」



 覇気ある声と共に一人の女性が最奥から駆けて来てくれた。



 鍔の付いた黒の帽子を深く被り、丁度良い塩梅で汚れた紺の作業着を身に纏う。


 頑丈な革靴に首から掛けた灰色の手拭いが仕事に対する熱意を醸し出す。


 黒みがかった長い茶の髪を作業の邪魔にならぬ様後ろに纏めるこの姿。



 ふぅむ……。


 俺の法則に当て嵌めれば、間違いなく大当たりの調教師さんですね。


 帽子を深く被っているので表情全部を窺えませんが、声色から察するに俺と変わらぬ年頃でしょう。



「馬を預けになられるのですか??」


「はい。馬房は空いていますか??」



 彼女の後ろ。


 奥までずぅっと続く単馬房の列を眺めながら話す。



「えぇ、空いていますよ」



 おぉ!! それは良かった。


 此処が使用出来ない以上、民営の厩舎を使用しなければならないのでね。



「良かった。では、案内して頂けます??」



 奥へ進もうとすると。



「え?? いや、私が預かりますけど……」



 意外。


 そんな声色でそう話す。



「流石にそこまで厄介になる訳にはいきませんよ。ほら、行くぞ??」


『了解だ』



 手綱に力を籠め、奥へと進み始めた。




 馬房に挟まれた通路を進み行くと、左右から馬達の視線が此方に向かって注がれる。


 栗毛、葦毛、白のブチ。


 多種多様な毛色の馬達を何とも無しに眺めながら進んでいると、一頭の馬に目が留まった。



 栗毛の体毛に真っ黒で円らな瞳をゆぅぅくりと閉じては開く。


 眠たいのかな??



 馬房の閂から覗かせた額にそっと手を添えると。



「…………っ」



 気持ち良さそうに甘える声を出してくれた。



 あはは。


 甘えん坊なんだな。



 俺とこの子の心温まる姿が癪に障ったのか。



『早く行けっ!!!!』



 そう言わんばかりにウマ子の前足が背に直撃した。



「いってぇ!! 何すんだよ!!」



 思わず振り返り、痛む背を抑えつつウマ子の体をパチンっと叩いてやる。


 急に蹴る事は無いだろうに!!!! 御主人様の背を蹴る馬なんて見た事ないぞ!!




『貴様が悪い!!』


「おわっ!!!!」



 ぐぅぅんっと顔を上げ、手綱を天へと向けて引っ張り。


 彼女なりの憤りをこれでもかと表す。



 全く。


 少し位触っても良いじゃないか。


 横着者め。



「ふふ。その子、甘えん坊さんなんですね??」



 先程の調教師さんが俺達の姿を見て年相応の笑みを漏らす。



「甘えん坊処か、横着者ですよ。そうだよな?? ウマ子」


『ふんっ。脆弱者め』


「うっわ。またそうやって人を馬鹿にした目をして……」



 共に長き時間を過ごした所為か。


 視線一つで心情を理解出来てしまうのは果たして、良い事なのでしょうかね??


 疑問が残ります。



「その子の名前はウマ子、ですか」


「そ。途轍もなく賢くて、馬鹿げた体力と頑丈さが売りなんだけど。足が遅いんだよ」



『足が遅い』



 彼女の前では決して口に出してはならぬ言葉を発し、調教師さんの方を向いたのが不味かった。




『それは聞き捨てならんなっ!!』



 分厚い唇をばふっ!! っと大袈裟に髪の毛の上に乗せ。


 毛根から直に髪の毛を食み始めてしまった。



「止めろ!! 髪の毛を食むな!!!!」



 禿げちまうって!!



「そうやって馬とじゃれ合うのは良い事ですよ?? 信頼関係を構築出来ますので」



 信頼関係、ねぇ。


 その点についてはちょいと自信がありますけど、こいつは主従関係を履き違えて理解していそうだし……。



「じゃれ合うのは結構ですけど。その前に、体がもちそうにありませんよ。肩を食むな!!!!」



 軍服が涎で汚れる!!




 早く移動するぞ。


 そう言わんばかりにグイグイと後方へと引っ張り続けてしまう。



「でも意外です。此処に来た軍人の方々は私に預けて、さっさと厩舎を出て行かれたので」



 あぁ、だからあんな声色を発したのか。



「中にはそういう人もいるさ。調教師さんが偶々その人達の馬の世話を担当したんだと思うよ。基本的には、馬との信頼関係を構築しろと訓練所で習ったからね」




『いいか!? いざという時、馬との信頼関係が生死を別つ時もある!! 決して馬の存在を疎かにするなよ!?』



 指導教官がそうやって口を酸っぱくして言っていたからなぁ。


 生死を別つ時ってどんな時だろう?? 例えば、戦場で??


 退却命令が下り、皆が颯爽と戦場から去るのに。俺とウマ子は彼女の足の遅さから戦場にポツンと取り残され。退路を断たれてしまい絶体絶命の窮地へと陥ってしまう……。



 う、うぅむ……。


 想像しなきゃ良かった。




「そうなのですか。皆さん、馬の事をただの道具としてしか見ていないと思いましたよ」



 ちょっとだけ荒い鼻息でそう話す。



「道具というよりかは、仕事の相棒かな。そうだろ??」



 右肩を食み飽きたのか。


 今度は左肩を食むウマ子に視線を送る。



『まぁ、そうだな……』


「俺もウマ子もお互いを認め合っているからね。自ずと、信頼関係が出来るのかも」



 いい加減肩から口を外せ。


 汚れて着用出来なくなっちまうだろ。



「ふふ、そうですね。申し遅れました。私の名前は、ルピナス=カロンと申します。四ノ月から此処で調教師を担当させて頂いております」



 素早い所作で頭を下げ、軽快な挨拶と共に自己紹介を遂げてくれる。



「自分の名前はレイド=ヘンリクセンです。ルピナスさんと同じく、四ノ月から任務に携わっていますよ」



 それに倣い、此方も端的に自己紹介を終えた。



「へぇ!! そうなんですか!! じゃあお互い新人さんですね!!」



「新人同士。厄介事に巻き込まれるかと思いますが、頑張りましょう!!」


「はいっ!!」



 ルピナスさんがすっと手を差し出すので、何ら躊躇なく右手で彼女の手を握り締めた。



 ほぅ…………。


 女性の柔らかさは保ちつつも、鍬で鍛えられた手の平に浮かぶ若干小さめのタコ。


 そして、手から伝わる腕の筋肉の鼓動と安定した重心。



 見た目よりもしっかりとした筋力、そして筋の通った体幹だ。


 やはり、俺の法則は間違っていなかったぞ。この手は本物の職人の手だ……。



 じぃっと握った手を見下ろしていると。



「あ!! ごめんなさい!! 汚れが気になりました!?」



 パッと手を放してしまう。



「あ、いえ。職人気質の素晴らしい手、そして鍛え抜かれた筋肉だと感心していました」



 嘘偽りの無い素直な言葉を話す。



「レイドさん??」


「はい、何です??」



「私、一応女性なんですよ。初対面の女性に向かってゴツイ女って言ったら駄目だと思います」



 し、しまった!!!!



「申し訳ありません!!」



 こういう時は素直に謝るのが一番だ。


 あれこれ言い訳をしても見苦しいだけだし。何より、女性は男性の嘘を容易に看破しますのでね。



「はい、良く出来ました」


「あはは……。次からは気を付けますね……」



 いたたまれない気持ちを誤魔化す様に後頭部をガシガシと掻くと。



『いい加減に進め!! 人間風情めが!!』



 ウマ子が俺の手を食み、グイグイと奥へと引っ張り始めてしまった。



「いってぇ!! 手が取れる!!」


「あはは!! ウマ子ちゃん。御主人さんにお仕置きをしてあげて下さい」



 ルピナスさん!?



『任せておけ。馬の恐ろしさを思い知らせてくれるわ!!!!』



「止めろ!! 腕は流石に不味い!!」




 一頭の馬と一人の男性が喧噪を撒き散らしながら厩舎の奥へと進む。


 その喧噪に、ハッ!! として目を覚ました馬は。



 何だ。


 只の人間と馬とのじゃれ合いか……。



 心地良い睡眠を邪魔しおって。



 一つ小さく嘶き声を放つと、人と馬の喧嘩声に顔を顰めつつも再び眠りに就いたのだった。



最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!


そして!!


ブックマークをして頂き、有難う御座います!!


御話はまだまだ序盤も序盤ですが、完結までの嬉しい励みになります!!

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