第十一話 軍鶏の里 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
空を飛ぶという行為。
大地に足を着けて生活を続ける人間達にとってそれは決して叶わぬ儚い夢だ。
だが仮に人間の背に翼が生え、大空を自由に舞う事が可能になれば人々はこぞって空へと舞い上がり自由な飛翔を楽しむだろう。
塵や埃を含んだ地上付近の濁った空気では無く、空特有の澄んだ空気を胸一杯に取り込んで飛翔速度を加速させて空に浮かぶ雲を霧散させる。
空を飛ぶ鳥達と肩を並べて地平線の彼方へと向かって旅をする。
人はそれぞれの方法で飛ぶという新たなる移動手段若しくは楽しみを覚えるのだ。
しかし、それはあくまでも飛翔が与える苦痛に人間の体が耐えきれた場合の話である事を忘れてはいけない。
人間……。いや、生きとし生ける者にはすべからく耐久値という概念が存在する。
その耐久値を超える飛翔は生物にとって害にしかならない。
そう、何事にも限度というものがあるのですよ……。
「ハ、ハンナ!! 頼むからもう少しゆっくり飛んでくれ!!」
巨大な白頭鷲の背に生えるフワッフワの羽にしがみ付き、呼吸困難になりかけた体に鞭を打って叫ぶ。
「これでも抑えている方だ。それに丁度良い機会ではないか」
「何が丁度良いって!?」
「貴様はこれから鍛えに行くのだ。訓練を受ける前にある程度の負荷をかけた方が常軌を逸した痛みに耐えられる可能性も上がるだろう??」
有り得ない痛みを受ける前提で話すのを止めて貰えます!?
「俺はお前みたいに戦士になる為じゃなくて!! 自分の身は自分で守れる位の強さを身に着けたいんだよ!!」
俺の身の丈に合った丁度良い塩梅の訓練を求めているのですっ!! 馬鹿みたいに強くなる訓練はお呼びじゃないの!!
「ふんっ。軟弱者が」
我儘で料理の一つも出来ない白頭鷲が鼻で笑うと更に速度が上昇。
「くくぅっ……。い、い、息がっ!!」
本来であれば硬度を持たぬ空気が馬鹿げた速さによって硬さを持つと、呼吸する度に子供の拳を口の中に捻じ込まれたんじゃないかという有り得ない錯覚に陥ってしまう。
ふ、普通に息をするだけだってのに失神しちまいそうだ……。そ、それに羽を掴んでいられるのもそろそろ限界だぞ。
顎の位置が普段よりも九十度上向きになり、徐々に意識が白んで行くと横着な鳥が速度を落としてくれた。
「ふ、ふぅ――!! 漸く俺の言う事を聞く気になったか!!」
顎の位置を元の場所へと戻し、白頭鷲の羽の付け根の皮膚を右の拳でポカンと叩いてやる。
「貴様の為では無い。間も無く到着するから速度を落としたのだ」
「へぇ。どれどれぇ?? 軍鶏の里さんはどんな感じなのかしらね」
超高高度から地面に落ちぬ様。
白頭鷲の背を四つん這いの姿勢で慎重に移動してそ――っと大地の様子を見下ろす。
茶と緑が良い感じに混在した大地の上に楕円形の人工物の密集地帯が見えて来た。大自然の中にポツンと浮かぶ人工物は酷く浮いた存在にも映る。
そしてその人口密集地帯の直ぐ側には慎ましい広さの森が広がり、ずぅっと南の方角には慎ましい森とは桁違いの広さを有する森林の存在も確認出来た。
ふぅん……。
ハンナ達の里よりも少し狭いけど十分広い大きさの里だな。
「ハンナ!! あそこが軍鶏の里か!?」
「あぁ、そうだ。里に到着したら先ず長へ挨拶を済ませる。そして貴様が軍鶏の里で稽古の指南を受けられるかどうか尋ねてみる」
「そっか!! 有難うよ!!」
白頭鷲の鋭い瞳へ向かって叫んでやった。
「今から降りるぞ。掴まれ」
「は?? ちょっと待っ……」
彼の瞳がキュっと縦に尖ると、俺が返事を伝える前に超高高度から軍鶏の里へ向かって急降下を開始。
急降下と急加速の合力によって体がふわぁっと宙に浮かび、空に投げ出されまいとしてフワフワの羽を必死に掴み。
「キィィヤァァアアアアアア――――ッ!!!!」
人から女々しいと罵られようがそれを一切気に留めず喉を枯らす勢いで声にならぬ声を叫んでやった。
こ、この野郎!! 前回といい、今回といい!!
何でもう少しゆっくり降りないのかしらね!? 背に乗せた人の事も考えて旋回しながら降りるのが普通なのですよ!!
加速度によって狭まる視界が大地の緑を捉え、不明瞭であった人工物の輪郭が徐々に明瞭になっていく。
お、おいおい。減速しないの!?
「ハンナ!! 地面にぶつかるって!!」
このままの速度では地面に激突してしまう!!
そう考えた俺は彼の背に生える羽にヒシとしがみ付き叫んでやった。
「安心しろ。死なない程度に減速してやる」
神々しい巨大な翼を左右へ勢い良く広げて速さを相殺。
「あいだっ!!!!」
妙に温かい白頭鷲の背にしこたま体全身を衝突させるとその勢いを保ったまま大地に転がり落ちてしまった。
「あ、あのなぁ!! これから稽古が始まるかもしれないってのに怪我したどうするんだ!!」
黄色の足の先に生える鋭い爪を大地に突き立てて佇む白頭鷲の足を蹴飛ばしてやった。
「ふん。生温い速度で飛ぶのは性に合わないのでな」
お、お前はそうかも知れないけど俺はまだまだ飛行初心者なのですよ!?
「そういう事を言っているんじゃない。もう少し人を労わる速度で飛びなさいって言っているんだよ」
巨大な白頭鷲の姿から世の女子が思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう美男子の姿に変わった彼の背に向かって話す。
「人を乗せて飛んだ事が無いからその塩梅が分からん」
「おっ、じゃあ俺がハンナの初めてを奪っちゃったのね……。も、もぅっ。俺も初めて飛んだのはハンナだったしっ。お互い、初めてを与え合っちゃったね」
わざとらしく艶っぽい声で揶揄ってやると。
「気色の悪い声を出すな。長に挨拶をするぞ」
傍から見ても大変疲れるだろうなぁっと確知出来てしまう速度の速足で里の入り口へと向かって行ってしまった。
ったく……。恥ずかしがり屋さんめ。もう少し俺の下らない冗談に付き合ってくれてもいいんじゃないの??
「へいへい。ついて行きますよ――っと」
地面の上で寂しそうに此方を見上げている背嚢を背負うと、ちょいと大きな溜息を吐いてこの大陸に着いて二か所目の里へ足を運んだ。
へぇ――……。空から俯瞰して何となく全体像は掴んでいるけど、こうして生で見ると結構広いんだな。
里の入り口から続く道はずぅっと里の奥にまで続いている。
その道の脇にはハンナの里で見た家屋よりもちょいと古ぼけた感じの家屋が連なり、里の者達が朗らかな笑みを浮かべて会話と交わしているかと思いきやその存在は確認出来ない。
代わりと言っては何だが、何処からともなく響く強烈な打撃音と気合の籠った雄叫びが静謐な環境下で轟いていた。
「え、っと……。里の皆さんは何処に居るの??」
大地の香りと少しの獣臭が漂う里の中を移動しつつ問う。
「恐らく里の奥の訓練場で鍛錬に励んでいるのだろう。ここへ来る前にも言ったが彼等は強くなる。ただその一点を求めて修練に明け暮れているのだ」
「そうだけどさぁ。ある程度の強さを持っているのならハンナの存在を確認出来るだろう?? それなのに顔を出さないって……。んっ!?」
里に入り、最初に見えた家屋を通り過ぎると漸く初めての生命体に出会えた。
経年劣化した柵に囲まれた内側で数十羽の羽艶が美しい鶏が思い思いの時間を過ごしている。
「初めまして!! 自分の名前はダンっていいます!! もしかしたらこの里で世話になるかも知れないので宜しくお願いしますね!!」
これぞ大人の処世術であると誰しもが認める覇気ある声で挨拶を済ませたが。
「「「…………」」」
無視ですか……。
皆一様に口を閉ざし、コッココッコと喉を鳴らして俺の顔を真剣な眼差しでじぃぃっと眺めていた。
「ふぅむ……。成程。あの鋭い瞳は俺とハンナの品定めしているんだな。寡黙なのは己の強さと向き合いたいが為。そうだろ!? ハンナ!!」
絶対に間違いない!! 俺の答えは確実に合っている!!
そう言わんばかりに何故か下唇をキュっと食んでいるハンナの顔に人差し指をビシッと指してやった。
「あれは普通の鶏だ。喋る訳がなかろう」
「は、はぁっ!? ま、紛らわしいんだよ!!」
「貴様が早合点しただけだろう。この里で獲れた卵は味も良く、栄養価も高い。里に住む者共は鍛錬を兼ねて各里へ卵を輸送している」
再び里の奥へと歩みを進めたハンナが背中越しに俺に向かって話す。
「ふぅん。じゃあ今朝食べた卵もここで獲れた奴なのか……」
まろやかな黄味の味は中々絶品だったし、白い御米ちゃんと物凄く相性が良かった。
勢い余って二杯食べちゃったものね。
「――――。あぁ、そうだな」
「何?? 今の間は……」
不穏な気配を醸し出す彼の背に問う。
「気の所為だろう。さぁ、間も無く到着するぞ」
「いやいや!! ちょっと待ってよ!! 誰かの子供を知らぬ内に食べていたら洒落にならないからね!?!?」
俺の問い掛けを無視して無感情な足取りでスタスタと進んで行く横着な白頭鷲に続き、里の奥へと向かって行った。
お疲れ様でした。
一万文字を超えてしまった為、分けての投稿になります。後半部分は現在編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。