第六話 海風漂う街 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
街の主大通りとは打って変わって地元の人々しか利用しない海沿いの道をのんびりとした歩調で進んで行く。
海の幸で腹を満たし、素敵な潮風に当たっている所為か随分と機嫌が良い。
ザザァっと一定間隔に響く波の音、空を漂うカモメの歌声、そして鼻腔を擽る磯の香り。
その全てが俺の心を湧かせてくれる。
しかし、ほんの一握りの不安が心の中で徐々に膨れ上がろうとしていた。
向こうの大陸へ行く為には海流と風を利用して行かなければならない。
アイリス大陸とマルケトル大陸の間の海流は時計回り、そして風は西から東への風。
これを利用して帆船で進んで行くのだが問題は俺の体力だ。
約十日間もの間、一人で操舵しなければならないからね。
昼は太陽の位置で方角を悟り夜は星を見て進むべき道を知る。そして曇っていた場合は方位磁石を利用して、凪が穏やかな時に休む。
それを一人でずぅっと繰り返すのだ。不安が無いと言えば嘘になる。
「まぁ……。偉大な冒険家も俺と同じ事をしたんだ。為せば成るって奴よ!!」
臆病な自分を吹き飛ばす為に両手で頬をパチンと叩いて気合を入れ直すと、海風の力によってイイ感じに経年劣化している漁師御用達の酒場の扉を開いた。
塩の香りと酒の香りが入り混じった空気がふわぁっと漂い、窓から差し込む光が室内全体を照らす。
店内の方々に散らばった机には漁師達が朝の漁の疲れを癒す為に酒を酌み交わし、豪胆且豪快な笑い声を放っていた。
「よ――、やってるか!?」
その辺りのゴロツキ共よりも数倍ガタイの良い連中へ向かって第一声を送ってやると。
「「「ダンッ!!!!」」」
「久し振りだな!! 元気にしていたか!?」
「この野郎!! 生きていたのなら便りの一つくらい送りやがれ!!」
「は、離れろ!! むさ苦しい野郎共が!!」
雄のムワァっとした香りと汗臭さにあっと言う間に取り込まれ、もみくちゃにされてしまった。
「は、はぁ――、やっと真面な呼吸が出来る」
獣達の拘束から解かれると肩の力を抜く。
「それで?? どうして急にふらっと訪れたんだよ。それにその背負っている荷物は??」
「あぁ、これ?? 実は……」
この街に来て二度目の説明を行うと漁師達から呆れも似た溜息が零れ出た。
「はぁ――?? 何しにあっちの大陸へ行くんだよ」
「そうそう。よそ者に手厳しいらしいぜ?? 向こうに住む大陸の魔物達は」
「聞いたんだけどさ……。無理矢理上陸したらそのまま消息を絶った奴もいるらしいぜ」
眉唾ものの噂や俺の身を案じた温かい言葉の数々が放たれる。
「それは自分達で見た訳じゃないんだろ?? 俺はこの目で向こうの大陸を見てみたんだよ」
「お前がそう言うのなら止めないけど……。帆船はどうするんだよ」
「その為にこの店に訪れたのさ。なぁ、スレンダさん。何か良い情報は無いのかい??」
店の片隅のこじんまりとした席でチビチビと酒を楽しんでいる初老の男性に声を掛けた。
「生憎死にたがりの奴に船を貸そうと思う奴はいないだろうさ」
くはっ、相変わらず手厳しい事で。
「そこを何んとか!! ほら、金ならそれ相応の額を用意するぜ??」
「そういう事を言っているんじゃない。船は船乗りにとって命よりも大切な商売道具だ。いわば魂と同義。そんな大切な物を帰って来るかどうか分からない奴に貸そうと思うか??」
ま、まぁそうなるよねぇ……。
駄目元で頼んでみたけどこりゃちょいと無理そうだな。
俺の頼みに対して皆一様に難色を示していたが、一人の漁師が徐に口を開いた。
「――――。そうだ。ギョン爺の船なら貸して貰えるかもよ??」
「ギョン爺??」
「何でも腰をヤッたみたいでさ。高齢もあってそろそろ漁師を引退しようかって先日言っていたんだよ」
そういう情報を待っていました!!
「本当かよ!? ギョン爺はどこに居る!?」
「船着き場で黄昏てんじゃね??」
「よっしゃ!! じゃあちょっくら行って来るわ!!」
むさ苦しい漁師達にシュっと右手を上げ、今は入ったばかりの店の扉を開き外へ駆け出た。
頼むぜぇ……。これで借りられなかったら冒険の段取りを一から組み直さなきゃいけなくなるんだからよ!!
逸る気持ちと同調した足取りで船着き場へと向かい、額から零れ落ちる鬱陶しい汗を拭い続けていると件の場所が見えて来た。
大小様々な帆船が沖から押し寄せて来る波に揺られている。
幾つもの荒波を越えて来た船体は漆黒の鎧を彷彿させる様に黒ずみ、気分屋の風を従えるマストが天高く聳え立つ。
紺碧の海に佇む姿は正に歴戦の勇士を彷彿させるかの如く気高く誇らしい出で立ちに見えた。
「ほぉ――……。こりゃ正に絶景だな」
紺碧の海と青空の下で佇む帆船達を捉えると感嘆の吐息を漏らし、そして周囲へ視線を送る。
ギョン爺の帆船は確か一人でも利用出来るこじんまりした船だったよな。
そうなるともう少し奥か……。
船着き場に並ぶ勇士達の無言の睨みを体全身に受けつつ更に奥へと足を運ぶと。
「ギョン爺!!」
件の男性が地面に腰を下ろし、パイプで煙を吹かしながら優しい瞳で沖を眺めていた。
「お――。小僧か」
俺の登場に驚き、ギョっと目を見開く。
驚いた時、お腹が空いた時、誰かと話す時等々。
何をするのにも取り敢えず二つの目玉をきゅっと大きく開く癖がある。彼がギョン爺と呼ばれる所以はそこなのさ。
「ギョン爺!! 元気にしていたか!?」
「いいや、ぜ――んぜん。腰をやっちまってさ……」
腰の痛みを誤魔化す様に右手で腰をトントンっと叩く。
「俺がここで働いていた時は調子良さそうだったのに」
「俺も年なのかなぁ。昔は腰が痛んでも食って飲んで寝れば治ったんだがねぇ」
そう話すと口からパイプを外し、ふぅ……っと煙を吐き。
「それで?? 腰を痛めたか弱い老人に何の用だ??」
煙が海の彼方へ消え行くと俺の顔を見つめて問う。
「聞いてくれよ!! 実はさ……」
この街へ訪れて三度目の説明を捲し立てる様に話してあげた。
「――――。と、言う訳で!! 向こうの大陸へ渡って大冒険をする予定なんだよ!!」
「若気の至りというべきか、将又大馬鹿野郎なのか。お前さんは昔からちっとも変っていないな」
「頼むよ!! ギョン爺!! 金は相応の額を支払うからさ!!」
体の前で両手をパチンッ!! と合わせてやる。
「ふぅむ……。家内もそろそろ仕事を辞めろと小言を放つし、息子夫婦にも口喧しく陸に上がれと言われ。果ては三歳になったばかりの孫にも心配される始末。これは転機と捉えるべきなのかなぁ」
「つ、つまり!?」
「あぁ、俺の船を貸してやるよ。お代は要らん。俺と似てどうせ後少しの命だからな」
「ギョ、ギョン爺!! 有難う――――!!!!」
今日一番の大声を放つと、温かな瞳を浮かべて俺を見つめるギョン爺を力一杯抱き締めてやった。
「ぬぁっ!? や、止めろ!! 腰が痛いっと言っているだろう!?」
「お、おぉ。わりぃわりぃ……」
「全く……。やんちゃ坊主め」
苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべると右手で腰を叩く。
「タダでくれてやるが一つだけ条件がある」
「何?? ただ働きなら喜んでするぜ??」
「そんなものは要らん。この船に……。最後の思い出を与えてやってくれ。それがこの船を貸してやる条件だ」
ギョン爺が静かに話すと木製の船着き場の床へと進み、愛している者の頭を撫でる様に船体へそっと優しく手を添えた。
「あぁ、それは勿論さ。本当に素敵な船旅にする予定だからな!!」
「ふふ、それは結構。マルケトルまで凡そ十日間。その間は気の抜けない船旅になるぞ??」
優しい瞳から一転。
海を知り尽くした船乗りの厳しい瞳を浮かべて俺を見つめる。
「海流は時計回り、風は西から東へ。天候次第では方位磁石を使用して……。この船じゃあ大きな波に対して備えが必要だな。海が荒れ模様になって来たら船室の扉を閉じて、嵐がやって来たらマストの帆を畳み船首を波に向ける。やる事が一杯過ぎてワクワクしちまうぜ」
「数年間ここで働いていただけあって必要最低限の知識はあるか。スレンダが一応認めた男なだけあるな」
あはは、一応なんだ。
誰よりも勤勉に働いていたつもりだったんだけどなぁ。
「出発は明日の早朝!! 物資は今から買い揃えてここに届く様に頼んでおくよ!!」
「そんなに大声で話さなくても聞こえるぞ」
「それじゃ準備してくるわ!!」
「そう急くな小僧。転んで大怪我をしても知らんぞ……」
大きくギョっと目を見開くギョン爺の呆れた声を背に受け、これでもかと高揚した感情のままで駆けて行く。
やった……。やったぞ!! これで冒険に出発出来る手筈が整った!!
さてさて、俺が進む冒険の道のりにはどんな楽しい危険が待ち構えているのやら……。楽しみ過ぎて今日は寝られそうにないな!!
翌日の旅行に夢を膨らませて室内を走り回る頑是ないガキの足取りに似た歩調で街の主大通りへと向かって行ったのだった。
お疲れ様でした。
間も無く大型連休が訪れますが……。皆さんはどのように過ごされますか??
喧噪を回避して家で日頃の疲れを癒す、お目当ての品を求めて店を訪れる、秘湯を求めて旅をする等々。過ごし方は多岐に渡りますが自分に合った休日を過ごすのが一番ですよね。
私の場合は……。友人と一日程度出かけ、その後は服やら靴やらの買い物を済ませたらプロットの執筆ですかね。
まだ予定は未定ですが疲れない程度に過ごそうかと思います。
ブックマークをして頂き有難う御座います!!
週末のプロット執筆活動の嬉しい励みとなりました!!
次話からは航海、そして新大陸へ到着しますのでこれからも彼の冒険を見守ってあげて下さい。
それでは皆様、お休みなさいませ。