第六話 海風漂う街 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
六ノ月の終盤。
本来であれば初夏の気温に相応しい暑さが広がるのだが……。ちょいとせっかちな夏の便りが届いて真夏を彷彿とさせる汗ばむ気候へと移り変わり、空は気温に比例するかの様に爽快に晴れ渡っている。
俺の気持ちを大変分かり易く表してくれた空へ向かって一つ体をグンっと伸ばすと大きな吐息を漏らした。
「はぁ――……。やぁぁっと着いたな」
生まれ故郷の田舎町から馬車の定期便へ乗りレイテトールへ。そこから北上して王都にお邪魔した後、イーストポート行きの馬車へ乗る。
引継ぎと王都観光を兼ねていたら到着までに十日以上も掛かっちまった。
数多多くの冒険家も語っていた様に冒険の醍醐味は適度な寄り道。
適度なおかずを咀嚼する事で主食はより美味く感じるだろうし。うむ……。正にその通りかもな。
「いらっしゃいませ――!! 獲れたて新鮮なお魚だよ――!!」
「今日のお薦めは干物!! しっかりした塩味が舌を喜ばせる事間違いなしっ!!」
大型の馬車からぞろぞろと下りて来る観光客が、やれ腰がいてぇ、やれ疲れた――等々。
長旅による筋疲労を解す為に愚痴を零しつつ軽い運動を行っていると朝も早くから観光客及び地元の連中を呼び込む店主達の大声が街の外にまで届いた。
街全体が活気に満ち溢れているその様は見ているだけでも高揚しちまうだろうさ。
かく言う俺もその内の一人。
「ひ、膝がいてぇ……」
「俺はこ、腰がっ……」
膝周りの違和感を屈伸運動で誤魔化すと長旅に不慣れでウ――、ウ――唸っている観光客を尻目に約三年振りの港町へと誰よりも先に足を踏み入れた。
「海の恵みを受けて育った貝は美味しいよぉ!? 是非とも御賞味あれ!!」
「ぷりっぷりの海老!! これを食べなきゃ損さ!!」
「さぁさぁ!! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 本日は何んと超高級海老のニホンアカツノエビが獲れましたよ――!!!! ほぉっら!! この見事な尾っぽを見てくれ!!」
「「「おぉぉおおおおっ!!!!」」」
客の目を引こうとしてやたら耳に残る大声を放つ店主達の中に歓声が響く。
人集りで店主の顔は見えないが、掲げられた大きな海老は確とこの目に飛び込んで来た。
あぁ、あの無駄に高い海老ね。
何でも一口食べれば頬っぺたが落ちてしまい、他の海老が食べられなくなっちまう程に美味い海老らしい。
勿論、それだけ美味いって事はそれ相応の値段だ。
以前この街で漁師の仕事に携わっていた時にチラリと値段を見たのだが……。たかが海老一尾に銀貨五枚の値段が付けられていた。
海老に銀貨五枚だぞ?? 俺は高給取りでもなければ金持ちでも無い。
親指の爪を前歯で食んで悔しさ全開で海老を見下ろしていても店主はビタ一文値引きしてくれなかったし。
奥歯をギリリと噛み締めて超普遍的な海老を茹でて舌を誤魔化したものさっ。
いつか食ってみてぇなぁ……。
「さぁさぁ滅多に取れない海老だ!! 誰がこの世の桃源郷を味わうのかな!?」
「ふむ、それでは貰おうかな」
「毎度ありぃぃいい!! お客さんは目が高いっ!! 今直ぐ食べたければ食堂で捌いてくれるからねっ!!」
「「「うおおおおっ!!!!」」
どこぞの金持ちさんが居てくれたお陰か、超高級な品が売れると再び歓声の声が主大通りに響いた。
この街は何をする訳でも無くただ歩いているのに活気溢れる様が目に飛び込んで来るよな。
大通りの脇に店を構える店主達は皆一様に笑顔を浮かべて海の幸を売り捌き、それを求めてやって来る客達は色とりどりの魚達を嬉々とした瞳の色で見下ろす。
人々が踏み鳴らす足音がうねりを上げ、活気に満ち溢れた店主達の声がその音を装飾。
この大通りでは正に壮大な演奏会が開かれていた。
「おっ、あの猫。相変わらず鋭い瞳を浮かべているな……」
店先に並べられている海水を満たした桶の中で泳ぐ魚を掠め取ろうとしてじぃぃっと店主の様子を窺っている太っちょな虎猫。
一切微動だにせず店の様子を窺っているが、店主も店主であの虎猫の横着を知っているのか。
「「……ッ」」
両者互いに譲らず視線が空中で衝突すると熱き火花が舞い散っていた。
街の人々や動物達も元気になる活気に当てられ俺の気分は正に上々。この足であの店にお邪魔しようかなぁ――っと!!
人の流れに合わせて潮風香る街を南下。
藍色の海が眼前に広がる波止場に到着すると右折して目的地である『松葉亭』 に到着した。
「おぉっ、やってるな」
この街で働いている頃に友人から教えて貰った美味い店の一つ、松葉亭。
秋刀魚の炊き込みご飯が絶品で味に五月蠅い客達の舌を唸らせていた。
しかし、ちょいと季節が違うから秋刀魚の炊き込みご飯は食べられないよなぁ……。
「まぁ、違う料理で腹を満たしますかね!!」
パンパンに膨れ上がった背嚢を背負い直し。
「は――い!! お待たせしました!!」
元気な店員の声が外にまで聞こえて来る店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ――!! 松葉亭へ……。あぁっ!! ダン!!」
「よ――!! 久々だな!! ネレイっ!!」
幸せな労働の汗を額に浮かべて此方に駆け寄って来た女性店員に久し振りの挨拶を交わしてやる。
「本当に久し振りねっ!! え――……っと。何年振りかしら……」
「三年振りだよ」
「そうだったね!! 地元に帰るって言ってたけど、またこの街で働く気なのかニャ!?」
明るい橙の髪をフルっと振るわせ、誰しもが朗らかな感情を抱いてしまう笑みを浮かべた。
「違うよ。訳あってこの街に来たのさ。後、語尾に癖が出てるぞ」
「ふふっ、失礼しましたっ」
ちょこんと頭を下げると再び最強格の笑みを浮かべる。
ネレイは語尾で速攻看破出来る様に猫の魔物だ。
アイリス大陸周辺に点在する島の一つからやって来た様で、その動機が。
『こっちの大陸の方が楽しそうだから!!』 だそうな。
魚が大好きでたまぁに顔馴染の客から刺身のお零れを頂くと強面店長の目を盗んで舌鼓を打っていた。
魚好きにはたまらない街で働くのはよっぽど楽しいのだろう。三年振りだってのに笑顔の破壊力が変わっていないのが何よりの証拠さ。
「それで?? 今日は何を注文するの??」
「この季節といえば……」
品書きを見ずに腕を組んで考え込む。
「そうだなぁ……。カサゴの唐揚定食にしようかな!!」
「ほぅ!! そう来ましたか!! さっすが元漁師。旬を分かっているね!!」
「そりゃどうも。ほれ、さっさとお客さんの注文を厨房へ伝えて来なさい」
「分かってるって!! それじゃ待っててね――!!」
素敵な笑みを振り撒く彼女へ一つ手を振るとこれからの行程を頭の中で思い浮かべる。
え――っと……。先ずは組合長のスレンダさんに挨拶だろ?? それから暇そうな奴を尋ねて帆船を借りられねぇかな??
顔馴染の漁師なら多少無理を言っても……。
いやいや、商売道具を簡単に貸して貰えるとは思えないからなぁ。それ相応の額を提示してみっか。
一人用の帆船を借りられた場合は食料と飲料の確保。
カッチカチに固まったパン擬きやら干物等々、長期間保存が利く食料を中心に集めて。んで水は直ぐ腐っちまうから酒類を樽ごと購入するだろ??
これだけの行程を一人でこなすには丸一日掛かりそうだ。
「うっめぇぇええ!! この鯵の刺身、滅茶苦茶美味いな!!」
「それよりもこっちの干物も美味いぞ!?」
やれ魚だ、やれ貝だ。
店内で歓喜の咀嚼を続けて居る客達の陽性な感情に当てられ朗らかな笑みを浮かべていると。
「お待たせしました――!! カサゴの揚げ物定食で――すっ!!」
「いよっ!! 待っていました!!」
揚げたてホカホカの蒸気を上げたカサゴちゃんが机の上に乗せられると心の中で陽性な感情が炸裂した。
良い感じに揚げられた黄金色のカサゴ。
まだ食べてもいないのにこれは美味しい物であると判断した頭が口内に唾液を分泌させ、脇を飾る白米と漬物が更に追い打ちをかけて来る。
「では、早速……。頂きます!!」
口から溢れる涎を零さぬ様に口を開くと、カサゴの頭からガッツリと齧り付いてやった。
「どうかな??」
「ふぉのパリパリふぁんが堪らんっ!! それに……。はぁぁ――……」
たぁっぷりと太ったお腹ちゃんに齧りつくと、ホロっとした白身が舌の上に零れ落ちて嬉しい塩気を与えてくれる。
皮のパリっとした食感に白身のホクホクホロホロ感。
たかが魚一匹が与える効用じゃあありませんよっ。
「えへへ、良かった。所でダンはどうしてこの街に来たの??」
「ふぁ?? あ――……。実は、さ」
大事な所だけ伏せ、東のマルケトル大陸へお邪魔しようとしている事を伝えると。
「えぇ!? 大陸を渡ろうとしているの!? 危ないよ!?」
可愛い真ん丸お目目がきゅっと大きく開かれた。
「そりゃ重々承知しているさ。危険でも何人かは帆船で向こうの大陸に渡っているだろ??」
「そうだけどぉ……。ほら、マルケトル大陸は確か『鳥の国』 って呼ばれているでしょ?? 私達みたいな弱い魔物じゃなくて強い魔物がば……。ばぁ……??」
「跋扈ね」
「そうそれ!! 運良く帰って来た人達は何だか閉鎖的な大陸だって言っていたし、行くのは止めておきなよ」
「俺も何度もそう考えたさ。でも……。この世の不思議を見たいと思ってね」
箸の手を休め心配そうな瞳を浮かべている彼女を見つめて言ってやった。
「そういう所はダンらしいよ」
「すいませ――ん!! 注文お願いしま――す!!」
「あっ、は――い!! じゃあ私は仕事があるから!!」
「おう!! 頑張って稼いで来い!!」
「うんっ!!」
接客態度満点の笑みを浮かべる彼女を見送ると再び素敵なカサゴさんと対峙した。
危険は重々承知している。もしかしたら二度とこの大陸へ帰って来られないかも知れない。
だが、冒険ってのは危険を承知で向かうものだろう?? 例えそれで命を落としたとしても冒険者は本望だろうさ。
今生で最後になるかも知れないカサゴの唐揚の味を惜しむ様に咀嚼しつつ、そんな事を考えていた。
お疲れ様でした。
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