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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第五話 決意の日

お疲れ様です。


本日の投稿なります。





 体の奥底に沈んでいる人の不安感を容易に引き出してしまう深い霧が突如として目の前に現れたのならば、普通の考えを持つ人なら自ら危険に向かって飛び込もうとは考えないだろう。


 霧の中には何が潜んでいるのか不明瞭であり、方向感覚を喪失すれば帰る道を見失い遭難してしまうのだから。


 上空から降り注ぐ強き光でさえもその霧の中では霧散されてしまい、薄暗い霧の中から怪物の蠢く声が響き更に人の恐怖をという感情を刺激してしまう。


 得体の知れない恐怖が眼前に存在すれば足が竦みその場で立ち止まってしまうのが普通の人の感情だ。


 だが、もしも……。



 その霧の向こう側に己が真に求めていた宝が存在するとしたらどうするだろう??



 心を通い合わせた仲間と共に手を取り合い恐怖心に苛まれながら危機を乗り越え、数知れぬ困難を打ち倒して手に入れたお宝は本当に価値のあるものだろうさ。


 男に生まれたのなら誰しもが一度は思い描いた事のある冒険譚。


 年端のいかないガキならまだしも大人になってから強烈にそれを頭の中で想像するとは思わなかった……。


 何をしていても頭の中にそれが強烈に浮かんでは霧の向こう側へ消えてしまう。



『ケンタ!! ダンの奴は何処へ行った!?』


『集積所の裏側で横になっていましたよ??』


『馬鹿野郎!! さっさと起こして来い!!』


『えぇ!? 俺、今休憩中ですよ!?』



 ある日は農作業中に恐ろしい敵から逃れる危険な場面を思い浮かべ。



『ねぇ、ダン……。この前あんたの家にイイ女が出入りしていたって聞いたんだけどぉ??』


『うっそ!? 私だけしか抱かないって言ったじゃん!!』


『じゃあ今日は私がお邪魔するね――』


『『そうはさせるかっ!!!!』』



 ある日は口喧しい女達に囲まれながら危険な洞窟から命辛々大脱出する姿を思い浮かべ。



『よぉ、ダン。親方さんから聞いたんだけど最近ぼうっとしているんだって?? 何があったのか知らんが仕事中は気を抜くなよ??』



 またある日は育て親の説教を食らいつつ魔獣に襲われそうになっている姫を救い出す勇者の活躍を思い描いていた。



 俺が仕事を放棄、或いは思考を閉ざしてでもありふれた冒険譚を思い浮かべているのは……。


 それはきっと頭の中にこびり付いて離れてくれないあの地図の印が最たる原因だろう。



 見ず知らずの者から地図を託され、懐に仕舞い込んで彼を見送ると警察の連中が慌ただしい足取りでヴァンデッドへやって来た。


 彼は身元に繋がる物を一切所有していなかったので、彼の亡骸は身元不明の死者としてこの街の墓地に埋葬された。


 そして地図を託された俺は彼の遺言通り、自宅の暖炉であの地図を焼却処分してやった。


 しかし、焼却してこの世からその存在を消失させても頭の中に刻み込まれた地図は消えてくれない。



 これは恐らく……。というか確実にそういう事を指しているんだろうな。



 何を考える訳でも無く、只地図の印を思い浮かべて部屋を照らす蝋燭の柔らかい明かりを眺めていると。



「――――。申し訳ありません。ダンさんはいらっしゃいますでしょうか??」



 聞き覚えのない男の声と扉を叩く音が静謐な環境下に響いた。



「ちっ……」



 こんな時間に誰だよ……。


 ぶっきらぼうに舌打ちを放ち、静かに椅子から立ち上がると一応の警戒心を抱いたままそっと扉を開く。



「夜分遅く申し訳ありません。私は先日この街に訪れて亡くなった者の知人で御座いまして……」



 六ノ月だってのに長い白のローブを羽織って全身の肌を隠し、フードを被っている所為もあって顔全体が不明瞭になっている。


 まぁ夜はちょいと肌寒いってのもあり全身の肌を隠すのは悪く無い選択肢だが……。


 同じ格好をした野郎が三人も玄関に立って居たら異様に映るだろうさ。



「はぁ……」



 取り敢えず当たり障りの無い返事を返してやる。



「私共は新興宗教に属していまして。その教えに従いこうした姿をしているのですよ」


「そうですか。それで?? こんな夜更けに尋ねて来て何の用事だい??」


「同じ思想を抱いた彼を弔ってやる為にこの街に訪れ、先程警察の方に埋葬された土地と彼を看取った方を教えて頂いたのです」


 余計な情報を教えやがって。


 警察ってのは守秘義務があるんじゃないのか!?


「あぁ、そうなのですか」



 俯きがちに話す男にそう言ってやると、これまでの物腰柔らかい口調から一転。



「それで……。彼は死の間際に何か言っていませんでしたか??」



 人を疑う様な声色になって問うて来た。


 コイツ等があの亡くなった奴に何かをして、それであの地図を奪い返しに来たのだろうか??


 それなら辻褄が合うけど……。暴行を加えた連中が堂々と関係者に聞き込みをするか??


 だがその裏をかけば自分達が疑われても、例え捕まったとしても地図さえ奪い返せればそれでもいい。


 つまり、あの地図には己の身に襲い掛かる危険を顧みずに行動するだけの価値があるって事だよな。



「水を飲みたがっていたので飲ませてあげましたよ?? 彼は静かに水を飲み込むと全身の力を抜き、そしてそのまま……」


 彼の死を悲しむ表情と口調で男の問いに返す。


「そう、ですか……。では質問を変えますが彼は貴方に何かを託しませんでしたか??」


「託す?? お金とかの事です??」


「いいえ、違います。お金なんかよりもずっと価値のある物ですよ」



 この野郎……。態々下手な態度で話してやっているのに人様を疑う様な目で見やがって。



「先程も申した通り、彼は酷い状態でしたので話すのも辛そうでした。何かを託す以前の問題として……。どうして彼はあの様な酷い怪我を負ったのでしょうかね。その点に付いて何か知っている事はありますか??」



 お前達が暴行したんだろう??


 異様な雰囲気の三人に勢い良くビシッ!! と指を差してそう言ってやりたいが……。確証も証拠も無いのに犯人呼ばわりは不味いからね。



 酷い怪我を負ったよそ者から託された地図、その数日後にやって来た怪しい連中、そして彼が死の間際に放った世界の終わりの始まりが記されているという台詞。


 幾つもの単語が頭の中で渦巻き、怪しいコイツ等とのやり取りの中で俺は確信した。


 今は亡き彼から託されたあの地図は俺が想像している以上に危険と剣呑が渦巻いていると。



 お、おいおい。マジかよ……。


 眉唾物かと半信半疑で思っていたのにまさか確信に変わるとはね。



「それは私共も理解に及びません。私共とはぐれた後に野盗に襲われたのでは??」


「世の中恐ろしいですからねぇ。自分が話せる事はこれ以上ありません、明日も仕事がありますので……」


「そう、ですか。分かりました。夜分遅くに申し訳ありませんでした」


「いえいえ。それでは失礼します」



 礼儀正しく扉を閉めると大きく息を吐く。



「ふぅ――……。これで、決まっちまったな」



 あの地図に記されていた場所に一体何があるのか。その興味心が異常なまでに刺激されてしまっている。


 そして……。気が付けば旅の身支度を整えている自分に驚いてしまった。


 ハハ、もう一人の俺よ。そう焦るな。先ずは筋を通さなきゃ人が居るだろう??


 ある程度の身支度を整え終えるとベッドに寝転がり、見飽きた天井の汚れをじぃっと睨む。



「お前さんとは暫くの別れになりそうだな。留守の間、この部屋を見守ってやってくれ」



 高揚した気分を落ち着かせる為に長い呼吸を続けていると漸く睡魔が訪れてくれる。


 今日の夢はきっとイイ夢を見られそうだ。


 世界で五指に入る美女を抱く夢なんか目じゃない素敵な冒険の物語を頭の中で思い描き、幸せな吐息を吐いて夢の入り口に足を踏み入れたのだった。




























 ◇




「よぉ!! ダン!! 何処へ行くんだ!?」


「お――、ケンタか。ちょっとその辺を散歩だな」



 歩き慣れた道、見慣れた景色、嗅ぎ飽きた匂い。


 そして見慣れた夜空の下で聞き慣れた声にやんわりとした口調で返事をしてやる。



「散歩?? 珍しい事するんだな。俺は今から飲みに行って来るんだ!!」


「そっか。今日も沢山お金を落として来いよ」


「何で俺が負ける前提で話すんだよ!! 今日は絶対勝つもんっ!! それじゃ!!」



 元気良く夜道を駆けて行く柴犬の活気ある後ろ姿を見送るとヤレヤレといった感じで溜息を漏らしてやった。



「珍しい、か」



 うん、本当に珍しい事だと思う。こうして真剣な考えを頭の中で纏めながら歩いているのは……。


 生まれ育った街の景色を名残惜しむ様に頭の中に刻み込んでいると件の家が見て来た。


 本日は魔物の抗議運動はどうやら休みの様で?? 夜に相応しい静寂が漂っている。



「おやっさん、俺だ。居るか??」


 ちょいと高そうな木目の扉を叩き家の主へ来客を告げてやった。


「――――。ダンか?? 何だよ、こんな時間に」


 扉が開かれ、俺の顔を捉えると見慣れた顔がちょいと訝し気な顔に変化。


「ちょっと話したい事があるんだ。今、時間いいか??」


「―――――。あぁ、いいぞ。入れ」


「ん……。お邪魔します」



 おやっさんに促され久し振りに育ての親の家へと足を踏み入れた。



「親方が言っていたぞ?? 最近お前さんの様子がおかしいって」


 若干の埃の香りが漂う廊下を進んで行くと本当にカッコいい背中越しに呆れた声が届く。


「色々考えながら仕事をしていたからなぁ。その所為かも」


「考え事?? どうせ女と賭け事だろ。お前は昔からいっつもそうだ。そろそろ身を固めろと言っても聞きやしないし、下らない冗談で流すから質が悪い」



 そうそう、子供の頃からそうやって何度も俺を叱ってくれたよな。



「お前の両親は俺の友人でもあり、本当に良い人達だった。それを預かる俺の立場を考えた事があるのか??」



 有難うよ、出来の悪い俺を見限らないでいてくれて。



「子供の時分からお前はやんちゃばかりして来た。叱っても次の日はあっけらかんとしてまた悪友と同じ過ちを繰り返す……。まぁ、何事も無く大人になってくれたのは御の字だが今でもお前さんの尻拭いをせにゃならん」



 御免ね?? それは退屈を凌ぐ為に必要な行為なんだ。



「それは育ての親である俺の役目だけど。本当はもう一人の息子が出来たみたいで嬉しかったんだ。そこに座ってくれ」


 居間に通され、まぁまぁ価値のありそうな机に添えられた椅子に腰かけると。



「その息子が今、本当に重要な決断を下そうとしている。俺はそれを聞き届ける義務がありそして背中を押してやる必要があるんだ」



 実の親よりも本当に温かな瞳の色を浮かべて俺の顔を直視した。



「流石だな。俺の心はお見通しって奴ね」


「あったりまえだろ。何年一緒に過ごしていると思っているんだ。それに最近の様子もおかしかったし」


「実は……。この街を暫く離れようと考えているんだ」



 回りくどい話よりも単刀直入に。


 そう考え重い口を開いた。



「この前みたいにイーストポートで船乗りの仕事でもするのか??」


「その街に行く予定だけど……。ちょっと違うね」


「違う??」



「偉大な冒険家が前人未踏の土地を調査する、売れない作家が魂を籠めて書き上げた後の世に残る壮大な冒険譚。俺は……。限られた人生の中で何を成し遂げたのかがその人の人生の価値になると考えている。俺の人生は客観的に見ても普遍的な人生だ。まっ、両親が早く亡くなったのは余計だけどさ」



 俺が長々と話している間、おやっさんは口を閉ざし只々こちらの話に傾聴している。



「ここ最近は毎日己の人生について考えていたさ。その結果、退屈に塗れた人生は無価値だと気付いた。俺はこの街を出てこの世の不思議と危険を知りたいんだ。そしていつか、自分のガキが出来たらそれを見せて、教えてやりたい。世界はお前が想像しているよりもずぅっと広くて素敵なんだぞって」



 そこまで話すと一つ大きく息を吐いて呼吸を整え、己の本心を伝えた。



「おやっさんに育てて貰った恩は残りの人生をかけて返すつもりだったが……。それは叶わなくなっちまった。三年。いや、もしかしたら十年以上この街に帰って来ないかも知れない。俺は……。俺は……。この街を出て行くよ」



「ふぅ――、そうか……」



 おやっさんが漸く口を開くと椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぎ見た。



「お前の考えを否定するつもりは無いが……。一つだけ否定してやる。ダン、お前は自分の人生を無価値だと決めつけたがそれは間違いだ。ケンタとヨッタが楽しく笑えるのはお前の冗談があるおかげ。ヤキシュが顔を顰めながらも微妙な味の料理を提供して朗らかな笑みを浮かべるのもそう。そして……。俺はお前が日に日に育っていくのが嬉しかった」


「……っ」



 おやっさんの口から出て来る数々の言葉に只々無言で頷く。



「考えてもみろよ、誰かの心に少しでも温かな影響を与える。それはもう素敵な価値だと思うだろ?? 自分の人生の価値に卑下するんじゃなくて前向きに捉えろ。これが育ての親として教えられる最後の言葉だ」



「最後……??」



「あぁ、そうさ。お前は今日この時から親元から巣立っていく若鳥だ。空に美しい軌跡を描いてこれから先に知り合う人達に対して温かな感情を抱かせてやれ」


 彼がそう話すと椅子から静かに立ち上がり、机越しに右手を差し出した。


「有難う、おやっさん。俺の我儘を聞いてくれて……」


 込み上げて来る温かな雫を懸命に堪えて話す。


「息子の我儘を聞くのが親の役目なのさっ」



 机の上で熱い握手を交わすと今まで見た事も無い、春の陽射しにも似た温かな視線を向けてくれた。



「さて!! 辛気臭い話はここまで!! お前さんの留守を任されるのだからな。家と土地をどうするのか。それと大体で良いから予定している行動を話せ!!」


「おうよ!! これが土地と家の権利書だ」



 彼に倣い男らしく椅子に座り直すと懐から数枚の書類を取り出して机の上に置く。



「十年以上帰って来なかったら土地と家はおやっさんにやるよ。んでぇ……。予定している大冒険の行程は先ず馬車の定期便に乗ってイーストポートへ向かうだろ?? それで昔船乗りの仕事に携わった時に知り合った漁師達に頼み込んで東のマルケトル大陸へ向かう予定だ」


「うっそだろ!? 大陸を渡るのかよ!! それに向こうの大陸は……」


「危険過ぎて海を渡る者がほぼ皆無の土地へ向かうのさ!! それが冒険の醍醐味って奴だろ!?」



 ちょっと大げさに両手を広げて言ってやる。



「本当に馬鹿な事を考えているな。船で渡るとしてぇ……。向こうに到着するのは確か……、約十日間か。保存の効く食料と水分が当面の課題だな」


「食い物は乾物に頼って水分は腐り難い酒に頼るよ。勿論必要最低限の装備を整える事も怠らないさ」


「海流と風を読むのは難しいけど……。本当に大丈夫なの??」


「任せろって!! その点に付いては嫌って程教え込まれたから!!」



 満点の星空で怪しい光を放つ月がいい加減にしなさいよと呆れた溜息を放つ時間まで、俺達は数十年来の友人と交わす楽し気な会話の様に冒険の予定を話し合った。


 おやっさんは俺の人生の価値を無価値では無いと決めつけてくれた。だが、それはあくまでも客観的な判断だ。


 これから俺の人生の価値は本当に光り輝いてくれるだろう。


 そう……。冒険という名の素晴らしい付加価値がそうさせてくれるのだろうから。




お疲れ様でした。


次の御話からは場面が変わりまして、現代の主人公達も訪れた事がある港町から始まります。



さて、最近後書きではバイオハザードの話やらラーメンの話やら書いていたのですが……。ふとした拍子に連載開始三年目である事に気付いてしまいました。


まだまだ物語は続いていきますのでどうか温かな目で見守って頂ければ幸いです!!



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


皆様の応援が本当に嬉しい励みとなります!!


それでは皆様、お休みなさいませ。



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