第四話 運命の引き金
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
まるで重い風邪を患った時の様に体全身が熱を帯び、椅子の上にじっと座っていても冷める事は無くそれどころか時間を追う毎に徐々に上昇していく。
そして指先一つでも動かそうものなら。
『こら!! 重傷なんだから動くんじゃない!!』 と。
頭からお叱りの声が響くと各関節にズキっとした痛みが走って行く。
痛む節々とぼぅっとした頭のまま、体に刻み込まれた痛みを誤魔化す為に酒をチビリと飲む。
「ふぅ――……。うまっ」
酒の力によって喉の奥がかぁっと熱くなり、体全体の倦怠感と痛みが酒の力で和らぐ様だ。
どこぞの馬鹿が言っていた通り怪我をした時は酒を飲んで誤魔化すに限るな。
「あんたねぇ……。魔物相手に喧嘩売るんじゃないよ」
カウンター越しにヤキシュの呆れた声が聞こえて来る。
「相手が魔物だろうが人間だろうが、この世の理を越えた化け物だろうが。男にはヤラなきゃいけない時ってのがあるんだよ」
木製のコップの中に満たした酒を全て飲み切り、少々乱雑に机の上に置いて言ってやる。
「それが建前で本音はただ暴れたかっただけでしょ?? あんた達が手伝ってくれたけど後片付けをしなきゃいけない憐れな店主の気持ちも少しは考えろ」
「いやいや!! 掃除したのは俺達だからね!?」
どんな馬鹿でもこの顔は驚いていると、速攻で看破出来る程に目玉をひん剥いて叫んでやった。
俺達があのよそ者達との大乱闘を終え、輝かしい勝利を掴んだこの街のゴロツキ共は歓喜に包まれた。互いの健闘を称えて浴びる様に酒を飲んでいい気分に浸っていたのも束の間。
『誰が後片付けをするんだい??』
ヤキシュの大変ちゅめたい言葉により陽性な気分は速攻で吹き飛ばされ、代わりに猛吹雪の中に身を置いている様な骨の髄まで凍える冷気が襲い掛かって来た。
誰が何を言う訳でも無く箒を手に取りいそいそと床の上の塵を集め、割れた陶器や硝子の破片をキチンと片付け、更に微妙にきたねぇ床の上を雑巾で綺麗に磨き上げた。
無言でしかも無償で齷齪働く俺達が掃除を終え。
『『ニ、ニコッ』』
唇から歯をキュっと覗かせた眩い笑みを浮かべるとヤキシュが無言で二度大きく頷き、社会奉仕活動は終了を告げた。
それからゴロツキ共はやれ疲れた――、やれ眠たい――とかを抜かしつつ店を出て家路に就き。俺は勝利の余韻が微かに残り、ここへ来た時よりも数倍綺麗になった店で酒をあおっているのだ。
「派手に暴れたお前達が悪いのさ」
おやっさんもまだ飲み足りないのか。将又まだ家に帰りたくないのか。カウンター席の端でチビチビと酒を飲んでいる。
「おやっさんまで……。ひでぇなぁ。俺達の縄張りで横着を働いたよそ者を退治したんだから少し位お褒めの言葉を頂戴しても良いとは思わないかい??」
「いいや、思わないね。所で話は変わるけど……。どうしてあのよそ者がイカサマを働いているって分かったんだよ」
おやっさんがコップに唇を付けてチビっと酒を飲んで話す。
「どうして?? あぁ、この店に入った瞬間からもう既に怪しいと思っていたよ」
「っ!? コホッ……。そんな直ぐに分かったのか??」
ちょいと驚いて咽てしまったのか。おやっさんがコップから口を離すと出て来そうで出て来ない咳を誤魔化す様に手で口元を抑える。
「見れば直ぐに分かるじゃん。ここは地元の野郎共がこぞって使用する店だ。外観は宜しく無いし、店の中からは下品な笑い声と酒に酔った男共の大声が響く。酒と料理の味はどれも美味いのか不味いのか微妙な――……」
「……ッ」
っと、こりゃ失礼。
「ど、どちらかと言えば美味しい方に偏る料理だけども!!」
ヤキシュに睨まれたので速攻で言い直すと。
「……」
彼女が微かに口角を上げて及第点を頂けた。
「真面な奴なら観光客若しくは旅人を相手にする店を使用する筈さ。それでもこの店を利用しようとするよそ者は一定数存在する。だがその数は百人いれば精々一人程度。その一人が店に入った瞬間に三人存在するんだぜ?? 違和感を覚えずには居られなかったよ」
「ほ――。そう言われてみれば確かに違和感があるな。それで?? よそ者達が使用していたイカサマはどうやって看破したんだ?? そして最後の局面で何故アイツが十の四枚組を使用すると分かったんだ」
流石おやっさん、良く見てら。
「先ずは俺とおやっさんから少し離れていた位置で天気の話をしていたよそ者に違和感を覚えて、んでその後歓声が湧いたよな??」
俺がそう話すと。
「「……」」
二人がその場面を思い出そうとして宙を睨む。
「天気の話が静かに流れた後、デカブツが勝利した。この時点で天気の話はよそ者の相手をしている奴の手役を示していると分かったんだ。晴れ関係の話なら良い手、悪天候の話なら悪い手。ほら簡単だろ??」
「そう言われてみれば確かにそんな話をしていたな」
「そして次に注目したのは……。賭け事をしているよそ者だ」
おやっさんの言葉に一つ頷いて話を続ける。
「野郎は口からツイている、幸運の女神に愛されている云々をぬかしていたがそれはあくまでも俺達に強運である事を強調付けたかったから。あの手の詐欺師がよく使う本質から目を背けさせる為の常套手段さ。そして勝負所で使用した野郎の手役を良く思い出して欲しい。野郎は何故か最強の手役である王の一撃を使用せず、四枚揃いで勝っていたよな??」
「あぁ、そうだね」
ヤキシュが俺の考えに肯定するように大きく頷く。
「四枚揃い。つまり、それよりも強い四枚揃いの数字なら勝てる。そう何度も最強の手役で勝っていたら流石に怪しまれるだろ?? そこが俺の付け入る隙さ。最初はカモに勝たせていい気分させ、少しずつ負けを与え、最後には全て奪い去る。俺が席に着いた時も最初はその傾向が見られたが……。俺の場合はちょいと毛色が違った。周りから俺なら何んとかしてくれるという期待の目が合ったからね。奴の勝負師の勘が働いたのだろう」
「だから一進一退の攻防が続いたんだな」
「おやっさんの言う通りだ。コイツは注意しなきゃいけない。長丁場になるとよそ者である俺達に危害が及ぶ危険があるし、イカサマがバレたら厄介事になりかねない。幾つもの負の思考が野郎の頭の中に浮かび、そして……。勝負を焦ったよそ者は普通のイカサマじゃなくて、乾坤一擲となるイカサマを使用する事となる。そう、配り手を使用する事さ。奴よりも手癖が悪い配り手はよそ者に良い手役を、俺には最悪の手を配った」
「どうしてカードを捲らなくても分かったんだい??」
ヤキシュが首を傾げて問う。
「あの場面は絶対に捲っちゃ駄目な場面だ。強者を宣言した野郎はもう勝った気でいる。そこでカードを捲って、更に負け犬特有の表情を浮かべてカードを交換なんてすればもう目も当てられない。お前はこの勝負開始の時点で既に負けている。そんな空気を醸し出す必要があるんだよ」
「だから、どうして」
「相手を降ろさない様にする為さ。イカサマを使用している以上、俺に勝ちの目は無い。十中十勝てる状況下で超強気でいる大馬鹿野郎に鉄拳制裁を加え、危害が及ぶ前にさっさとこの場から立ち去ろうとするだろう。しかし、俺がカードを捲ったら驚愕の事実が出て来やがった」
「あの一の四枚揃いか」
おやっさんがしみじみと頷いて話す。
「場に表示されていたのは十が二枚と、一が一枚。この時点で配り手はよそ者の手役を十の四枚組、俺の手役は見ていないけどまぁヒデェ手役にしただろうな。ここでヤキシュの出番さ。緊張の糸がピンっと張られた緊張感の中で突如として鳴り響く強烈な音。思考を持つ動物なら何が起こったのか確認する為にそちらへ視線を送る筈。そして、その隙に乗じて予め胸元に仕込んで置いた一のカードを三枚取り出して摩り替えたのさ」
「そんなのイカサマじゃねぇか!!」
「おやっさんよ――。相手がイカサマを使用していたんだぜ?? それならこっちも使用すべきさ。相手が使用しているイカサマ、同じ手段を繰り返す能無しのペテン師。勝負が始まる前から俺は勝ちを確信していたよ」
饒舌に口を動かしていたら喉が乾いちゃった。
微妙な味の酒で喉を潤そ――っと。
「俺はお前をそんな風に育てた覚えはないんだけどなぁ」
「ンッンッ……。ぷはっ!! 何を言うんだい?? もっと周りを見て物事を考えろ、って教えてくれたのはおやっさんだぜ」
「そういう意味で教えたんじゃないんだよ。和を重んじろと教えたかったんだよ」
ふふ、知っているよ。
優しいおやっさん事だ。塞ぎがちだったガキの頃の俺を励ます為にそう教えてくれたのだろう。その教えは今もしっかりと体に刻み込まれているさ。
そうじゃなきゃゴロツキ共と和気藹々と過ごしていないだろうしっ。
月が顎が外れるんじゃないかと心配になる程の大欠伸を放つ夜更け。
そんな時間になっても俺達三人は先程の大騒ぎや昔の出来事を酒の肴にして盛り上がっていた。
悪くない、いいや。寧ろ大好きな雰囲気が漂い始めたその刹那。
店の扉が本当に静かに開かれた。
「…………」
キィィっと軋む音を奏でて店の扉が開くと、一人の男が無言で入り口にもたれかけ俺達に無言の睨みを利かしていた。
中肉中背の男性、髪の色は黒であり着用している服は何処でも見かける普遍的な物。
普通の奴が店に入って来ても俺達は特に表情を変えないだろう。しかし、俺達は呆気にとられその男を見つめていた。
顔面は大量の蜂に襲われたのかと問いたくなる程に腫れ上がり、体の至る所から出血が目立つ。
裂けた服からは今も血が滲み、吐血で朱に染まった口が微かに開き苦しそうな呼吸を繰り返していた。
刹那に驚きを覚えたが次に湧いた感情は……。疑問だ。
何故アイツはあんな酷い怪我を負っているのに生きていられるのか。
何故アイツはこの店の扉を開いたのか。そして、俺達に危害を加える恐れはあるのか。
様々な感情と思考が沸いては消え、椅子の上で身動き一つ取らないでいると重症患者が大変心配になる足取りで此方に向かって来た。
「み、水を……」
たった数歩、そして数言話すとそのまま床の上に倒れ込んでしまう。
「お、おい!! 大丈夫か!?」
椅子から慌てて立ち上がり、重症患者を抱き起してやる。
ひ、ひでぇ……。
この世の酷い拷問を全て受けた様な怪我の状態に思わず背筋が凍ってしまった。
「ヤキシュ!! 医者を呼んで来てくれ!! おやっさんは警察を呼んで来てくれ!!」
狼狽える二人へ覇気ある声で指示を出す。
「わ、分かった!!」
「あの羊の医者をかい!?」
「アイツはおっとりしているけど治癒魔法が使える!! 早くしろ!! 一刻を争う事態だ!!」
「分かったよ!! ちょっと待ってろ!!」
慌てて外へ出て行く二人を見送ると、カウンター席に置いてある手拭いを手に取り。死にかけの野郎の両腕の出血を防ぐ為に応急処置を施した。
二の腕の付け根をしっかりと縛って……。
よ、よし。何んとか出血が収まって来たぞ……。
妙に冷たい己の額の汗を拭うと男が静かに口を開いた。
「水を……」
「あ、あぁ!! そうだったな!! 待ってろ!!」
彼を静かに床の上に寝かせると速足でカウンター席を飛び越え、木製のコップに水を満たす。
そして一滴も零さぬ所作で男の下へと戻った。
「持って来たぞ。さ、ゆっくり飲みな」
「す、すまないな……」
男を抱き起し、鮮血で染まる口元へ本当に静かにコップの縁を付けてやる。
そして遅々とした傾斜を付けると男の喉仏がゆっくりと上下する。
「――――。お、美味しい……」
「はは、冗談だろ?? この店の品はぜ――んぶ、すべからくっ!! 微妙な味って評判なんだぞ??」
頼むぜぇ……。あの居眠り医者が来るまで持ち堪えてくれよ!?
「そ、そんな事ないさ。人生で一番美味い水だったよ」
「そっか。所でお前さん、何でそんな怪我を負っているの?? まさか通り魔にでも襲われたか??」
痛みが紛れる様に敢えて大袈裟な口調で声を掛けてやる。
「それは聞かない方があんたの身の為さ……。俺は訳あってこの街の直ぐ近くから逃げて来た……」
「直ぐ近く?? 近くには街なんかないぜ??」
「誰にも知られていない雑木林の中で酷い拷問を受けていたんだ……。その理由は……」
男が震える手で懐に手を入れるとそこから一枚の地図を取り出した。
「こ、これさ。最初は上手く盗めたんだけど……。要領が悪い所為で捕まってしまった。奴等はその仕返しとして酷い拷問を与えて来た」
不味いな……。
血を流し過ぎた所為か体温が嫌に低いし、呼吸の回数も浅くなって来やがった。
「早く殺してくれと懇願しても奴等は薄ら笑いを浮かべて俺に拷問を続けた。何度気を失ったか分からない。いい加減……。ゴフッ!! フゥ……、フゥ……。殴り疲れたのか。奴等が目を離した隙にそれを再び盗んでこの街にやって来た」
「それじゃあもう直ぐお前さん達に拷問を加えた連中がやって来るって事か??」
「だ、だろうな。奴等は血眼になってその地図を探すだろう。お前にそれを託す。だからそれを早く燃やしてくれ……」
「それは別に構わないけど……。これには一体何の意味があるんだ??」
何気無く地図を開くとそこには俺達が住むアイリス大陸とその周辺の大陸が描かれた普遍的な地図が現れた。
しかし、その普遍の中に少々違和感を覚えてしまう箇所が目に飛び込んで来る。
東のマルケトル大陸の東端の方にバツ印。南のリーネン大陸の南端にも同じくバツ印。西のガイノス大陸の東南方面の湖にもバツ印。
計三箇所にバツ印が刻まれているが、ここアイリス大陸南南西には丸印が記入されていた。
この丸印が刻まれている場所は……。『禁忌の森』 じゃないか。
何人もの冒険者がそこへ足を踏み入れたが誰一人として帰って来ることは無かったと噂されている場所だ。
前人未踏の恐ろしい場所を示しているのか?? この印は……。
「せ、世界の終わりの始まりが刻まれている……。世界にたった一つしかない地図を奴等に渡すな。そ、そして……」
「お、おいおい!! しっかりしてくれよ!! これを誰に渡しちゃいけないんだ!?」
今にも事切れてしまいそうな男の肩を激しく揺らしてやる。
「誰にも渡すな。特に……。イ、イ、イ……」
「誰にも渡すな!? じゃあ何で俺に渡したんだよ!!」
「お前は……。良い奴だ。死にかけの俺に迷わず手を差し伸べ、しかも水を与えてくれた。だからだよ……」
「馬鹿だな。俺はこの街の超問題児なんだぜ!?」
「ふ、ふふ……。その澄んだ瞳。最後に良い物を見せてくれた、な……」
男がそこまで話すと一気に左腕が重たくなりやがった。
「――――。お前さんの名前も、生まれ故郷も知らないけど……。せめて静かに眠ってくれ」
彼の亡骸を静かに床の上に寝かせると黙祷を捧げ、そして男から託された地図を懐に仕舞い込んだ。
「お待たせ!!!! やっと連れて来たよ!!」
「あ――れ――。ダンさんじゃないですか――。今日も怪我をしたんですか――??」
ヤキシュが血相を変えてトロンとした目付きの羊の医者を連れて来た。
「馬鹿!! どこに目を付けているんだい!! 床の上に横たわっているだろう!?」
「あ――。本当ですねぇ――。治療を開始しますからぁ、手を放して下さいね――」
「おせぇよ。今、静かに眠っちまったよ……」
のろまな足取りで彼の亡骸に近付こうとす羊の女医を制してやる。
「そうですか――。間に合わなくて残念ですね――」
「あ、あんたが中々起きないから間に合わなかったじゃないか!!」
「時間外治療は基本的に受け持っていないんですぅ。だって眠ってしまいますからねぇ――」
「こ、この藪医者!!」
「あ――、ヤキシュさんいけないんですよぉ?? 人の悪口を言っちゃあ――」
ギャアギャア騒ぐ二人の声を無視して今も静かに眠る彼の亡骸を見下ろす。
あんたがこれを俺に託したのは他に頼る奴がいないからだろう?? それは重々理解しているし、言われた通りに燃やすつもりだ。
しかし、地図に刻まれた記号が一向に頭から離れてくれない。
何故彼がこの地図を盗んだのか、どうして盗む必要があったのか、そして彼に酷い拷問を与えた奴等の正体。
その全てが謎という名の深い霧に包まれてしまっている。
だが、その霧の向こう側には確実に何かが存在する。それは俺達が伺い知れない真実かも知れないし、くだらねぇ答えなのかも知れない。
強烈に興味心をそそられる深い霧が現れるが、俺はその前で何もせず只々静かに蠢く霧を見つめていたのだった。
お疲れ様でした。
今日は温かな陽射しでしたよね。その陽気に誘われ、プロット執筆中にうとうとしていたら思わず寝落ちしてしまいましたよ……。
いつもより遅く起きて休日のルーティンを終え、昼寝をしたら折角の日曜日があっと言う間に過ぎてしまいました。
このままでは不味い!! 何かしなくては!! その考えに至り、愛車に跨ってラーメン店へと足を運び。ちょいと辛い四川ラーメンを食べて先程帰って来ました。
腹も満たされ、後は寝るのみ!! となればいいのですが。本日の最低限の文字数に達していないのでこの後もプロットを執筆します!!
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それでは皆様、お休みなさいませ。