表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/1225

第一話 漂う郷愁の香 その二

お疲れ様です!! 本日の投稿になります。


本来であれば二話に分けて投稿する予定でしたが……。テンポの良さを考えて一話に統合させて頂きました。


少々長めになりますが、御了承下さい。



それでは、どうぞ!!




 もう間も無く厳しい夏が訪れるぞと警告を促してくれる肌を刺す初夏の陽射しから。


 若干の埃と木造建築物特有の木々の香りが入り混じった室内に足を踏み入れると、自分でも驚く程に体全体の力がふっと抜けて行くことに気付いてしまう。



 古びた家屋の香り。


 妙に傷が目立つ壁の木目。


 そして、最奥に見える開かれたままの扉からさぁっと吹き抜けて行く風。



 嗅覚と視覚、そして触覚。五感の半数を占める感覚が。此処はお前が落ち着く場所であると物言わずとも教えてくれていた。



 この感覚を端的に言い表せばこうですね。



 実家に帰って来た安心感。



 久しぶりに見るけど、結構損傷が目立つよな。


 改修工事等は行わないのだろうか??



 視線を動かしつつ、相も変わらず耳を引っ張られながら移動を続けていると。



「ほら、先ずは何て言うんだった??」



 漸く俺の耳から手を放してくれたオルテ先生が此方を柔和な目付きで見上げた。



 此処で習った処世術では、こうですね。



「只今――」



 これが、大正解です。


 遜る訳でも無く、畏まる訳でもない。


 気を許した者だけに許された口調で帰還の挨拶を建物に放ってやった。



「伸ばすな!!」



 俺の言い方が気に入らなかったのか、将又見当違いの答えに腹を立てたのか。


 分厚い手の平で頭をピシャリと叩く。



「いってぇ!! 何でもかんでも暴力に訴えたら駄目って言ってるだろ!?」


「それはあんたの主観。ほら、応接室に行くよ??」



 はいはい。


 そんな感じで相槌を打ちつつ、玄関から向かって右側。


 裏庭まで続く廊下の壁に添えられた木製の扉の下を潜った。



「――――。ふぅ、それで??」


「いや、だから。それで?? で。聞きたい事を理解出来る程に俺の頭は便利に出来ていないの」



 大分草臥れたソファに腰かけ。


 これまた傷が目立つ背の低い机を挟み、対面にどっしりと腰を下ろした彼女へそう話す。



「先日、隣町の王立銀行にお金を下ろしに行ったんだよ」



 ふむ。


 真剣な面持ちで話の本題に入った彼女に対し、一つ大きく頷く。



「そしたらね?? あんたが入隊した軍隊から……………………。百八十万ゴールドもの大金が此処の口座に入金されていたんだ」


「ひゃ、百八十万!?!?」



 腰掛けて直ぐなのに思わず尻を浮かせて声を大にして言葉を発してしまった。


 御免なさいね?? ソファさん。


 大分草臥れているので体を労わらなければならないのに……。



 その通りだぞ!! と。


 嘆く彼に謝罪の念を抱きつつ、相手を労わる速度で腰を再び下ろした。




 驚くのも当然だ。


 何故そんな大金が此処に入金されたのか、全く以てその理由が……。


 頭の中の記憶を物凄い速さで手当たり次第に探って行くと。



「あ……」



 そう言えば……。


 レフ准尉から褒賞金が出たって知らせが届いたな。それでか……。


 額面は知らされていなかったし。


 数万。


 若しくは、多くて数十万単位だと考えていたのに。桁が一つ違いましたね。



「何か思い当たる節でもあるのかい??」


「えっと……。実は……」



 とある任務を達成し。その功績が認められて褒賞金が出たと彼女に伝える。


 勿論。


 任務の詳細は伏せてだ。



 ハーピーに襲われていた街を魔物と共に解放したと伝えたらきっと驚いて卒倒しちゃうだろうし。


 何より。


 危険な任務に携わっているとは知らせたくない。そんな仕事とっとと辞めろと首根っこを掴まれかねないからね。



「ふぅん。それで、か」



 一応、納得がいったのか。


 微妙な表情で大きく頷いてくれた。



「何であんなに怒ったの?? お金が貰える事は良い事じゃないか」



「あんたが給料の三割だっけ。それをこの孤児院に寄付してくれている事は感謝しているよ。でも……。汚れたお金であの子達を養いたいとは思わない」



 汚れた金??



「俺が汗水垂らして得たお金が汚いって事??」



 汗が滲んだお金でも、金だ。


 価値が変わる訳でも無いだろうに。



「あはは!! そういう意味じゃないって。ん――。私が危惧していたのは、さ。あんたの勤め先の最大援助者であるあのインチキ紛いの宗教団体についてなんだ」



 よくそんな事を知っているな。



「新聞に書いてあったんだよ」



 あら。


 此方の表情一つで察してしまいましたか。



「その団体から渡された金なら受け取るつもりは無かったけど……。あんたが頑張った結果のお金なら大切に使わさせて貰うよ。有難うね、レイド」



 そう話すと。


 俺の労を労う……。いや、違うな。


 息子が成し遂げた功績についつい目を細めてしまう、そんな温かい親の表情で此方を見つめた。



 両手では持ちきれない量の金。


 王族が喉から手が出る程欲しがる高価な宝石。


 そんな物よりも、この笑み一つの方がよっぽど価値があるよ。


 頑張って良かった……。



「んで。しつこい様だけど、本当に……。あんたはあくどい事をしていないんだね??」


「しつこいなぁ。俺は真面目に働いているんだって」


「私の目を見て話しなさい」



 やれやれ。


 監視の目が届かないと手厳しいですね。



「オルテ先生。俺はこの国の為に誠心誠意、皆の安全を守る為に身を粉にして任務に携わっているよ。この言葉に嘘偽りは無い」



 真剣そのものの瞳を浮かべている彼女の目を真っ直ぐに見て話してやった。



「ふぅむ……。嘘を付く時の癖は無かったし。まぁ、信じてあげる」



 嘘を付く癖??



「そんな癖あったっけ??」



 あるのなら是非とも教えて頂きたい。


 横着な連中に看破される前に是正すべき悪癖ですから。



「身に染み付いている癖は中々誤魔化せないからね。あんたの嘘を付く時の癖は分かり易くて助かるんだ」



「はぁ……。まぁいいや。納得してくれて良かったよ。お金なんだけどさ。そろそろこの建物、修復したら?? 色々ガタが来ているし」



 そう話し、応接室に備えられている窓に視線を移す。


 経年劣化してくすんだ硝子の色。


 そして、目の前の背の低い机にも沢山の傷跡が見られるし。彼女の背後に建つ棚、建物の床も笑える位に傷が目立つ。



 此処に居る子達に全資金を回したいのは理解出来るけどさ。


 施設そのものが草臥れ、災害に耐えられない耐久力じゃ命を守れないだろう。


 幾ら掛かるのかは建築士では無いので理解が及びませんが。改修工事なら新築するよりかは安く仕上がるでしょう。



「考えておくよ。さて!! 腹が減っているんじゃないかい!?」



 俺をどこぞの龍と一括りにして欲しく無いですね。


 だが、まぁ……。


 腹が減っていないとは言い切れない状態だ。



 ラッセルさんの剛腕で作られたパン、肉屋で得た食欲をググっと湧かせる食材達が裏庭で俺を待ち構えていると考えてしまうと……。


 高揚した気分が途轍もなく湧いてしまいますので。



「裏庭で鉄板焼きか。懐かしいなぁ……。遊びながら良く食べていたよ」



 青空の下、煉瓦の上に大きな鉄板を乗せ。


 焼き上がる食材達を待ちきれずにそこかしこで飛び回る虫達を追いかけ回していたっけ。



「あんたは落ち着きが無い子だったからねぇ。ほら、家の中に表れた蜘蛛を追いかけ回して怒られた事もあったろ??」


「あはは。そうだね。あの時はミッシェル先生に思いっきり殴られたよ」



 後頭部に放たれたあの平手打ちは強烈だった。


 目から星が飛び出たもん。



「ミッシェル先生は何処にいるの??」


「あの子は新婚旅行の真っ最中」


「漸く結婚したのか。彼氏さん……。っと。今は旦那さんか。何年位付き合ったんだろう??」


「十年位だろうねぇ……。東の港町まで仲良く出掛けて行ったよ」



 西へは行けないし。


 当然と言えば、当然か。



「知ってる??」


「何を」



 その意味深な笑みが意味する事は大体そうだとは思いますけどね。



「その港町の近くの砂浜でね。個人別荘みたいな、寛げる空間を貸してくれるみたいでさ。そこで宜しくやって帰って来るんだってぇ」



 ほら、当たった。



「人のそういった事情をアレコレと探るのは良くないよ」



「あはは!! 女性はそういう話が大好きなのよ!!」



 オルテ先生だけでしょ、そっち方面の話が大好きなのは。



 それから、輝かしき下らない思い出話に華を咲かせていると。



「あはは!! おねぇちゃん、すっげぇ足速いな!!!!」



 裏庭から子供達の頑是ない声が聞こえて来た。


 同時。



『だはは!!!! 龍族の足は世界で一番速いんだよぉ!! あんたらガキンチョに捉えられる訳がなかろうさぁ!!!!』



 何がどうなって、アイツが子供達と遊んでいるのか知らんが。


 食事を独占しないだけでも良しとしましょうか。



「始まったみたいだね。私達も行こうか」


「了解」



 膝を一つ叩き、ソファから立ち上がり彼女の後に続いた。



「ぎゃああああ!! ユウねえちゃん!! そんなにゆらしながらおそってこないでぇ!!」



『うぇははぁ!! 窒息させちゃうぞ――!!』



 はぁぁぁ……。


 子供にトラウマを植え付けるなよ?? ユウ。



 泣き叫ぶ子供達の大絶叫が鼓膜に届くと。


 巨大な溜息が口から止め処無く零れ続け、長く奥に続く廊下の先に見えて来た光に向かって大変重い足取りで向かい始めた。
















 ――――――――。



 パチッ、パチッと。


 炭が弾ける音が私の食欲をぐぅんっと湧き起こす。


 この炭独特の香りって堪らないわよねぇ……。


 煙に燻された空気が風に乗って私の鼻腔に届くと、キュルリンと可愛い音を立てて腹の音が鳴ってしまった。



 むっ!?


 まだよ!? 落ち着きなさい?? 私のお腹ちゃん。


 もう直ぐ、美味しい美味しい御飯を届けてあげるからね??



「ふふ、マイさん。お腹が空いているのですね??」



 火の番を続けている小娘に対し。


 ま、まぁね。


 そんな意味を含ませて後頭部をガシガシと掻き。


 そっぽを向いてやった。



 ふんっ。


 見透かしおって。



「お肉屋さんでレイドお兄ちゃんが買って来てくれたお肉と、ラッセルさんのパン。うん……。昼ご飯は十分足りそうかな」



 はぁ??


 何言ってんだ?? この小娘は。


 そんなんじゃあぜぇ――んぜんっ!!!! 足りないわよ!!


 この十倍位じゃあ無いと私の胃袋は満足できないのよ??



 ちくしょう。


 そう声に出して言えたらどれだけ楽か。


 言葉が通じないってのは歯痒いわね。



 手持ち無沙汰を誤魔化す様に、今にも壊れそうな柵に囲まれている面積の広い裏庭を右往左往していると。



「いいにおいだ――!!」


「おひるごはんだ!!」



 男二人、女二人のガキンチョ四名がけたたましい足音と共に裏庭にやって来た。



「ん!? おねえちゃんたちだれ!?」




『世界最強の龍だ』




 絶対通じないけど、念話で一応そう言ってやる。



「この人達はレイドお兄ちゃんの仕事仲間だよ。心の病で言葉が話せないけど、あなた達の言葉は通じるから普通に話してあげなさい。名前は……」



 端的に私達の名を告げ終えると。



 肉屋で得た袋を開け、さぁ!! 今から焼きますよ!! と。



 ワクワク感が満載された所作を小娘が取った。



 さぁ……。


 早く焼けぇ……。


 私の為に供物を捧げるのだ、人間よ。



「レイドおにいちゃんかえってきたの!?」



 齢、九かそこらの女の子が目を煌びやかに輝かせて話す。



「うん。今、オルテ先生と難しい話をしているよ」


「あ――……。じゃあ、あとであそんでもらおうかなぁ。オルテ先生、むずかしいはなしをしている時こわいもん」


「そうだねぇ……。まだ焼き上がるのに時間も掛かりそうだし……。そうだ!!」



 ちっ。


 何かを思いついて、キラキラと目を輝かさせて此方を見つめるその仕草。


 ぜってぇ私達をガキンチョ共の相手をする為の玩具としてしか見てねぇだろ。



「もうちょっと時間掛かるから。マイさん達に遊んで貰いなさい」



 ほぉら!! 当たった!!


 ガキンチョの相手なんかやってられっか。


 私は肉を食いたいのよ、肉を!!



 ちょっとだけ唇を尖らせて肉を見つめていると、何やら一匹の雄餓鬼が近付いて来た。



「赤いかみのカッコイイおねえちゃん!! 僕たちとあそんでよ!!」



 カ、カッコイイ!?


 こ奴。


 見る目があるじゃあないか。どこぞのボケナスとは雲泥の差だ。



 その素晴らしい慧眼に褒美を与えてやろう。




 御飯が出来る迄時間があるし、ちょいと捻ってやるか。



『いいわよ』



 そんな感じでコクンと頷いてやった。



「じゃあ……。おにごっこで遊ぼう!! おにやくは赤いかみのお姉ちゃんからね!! 緑のかみのお姉ちゃんもさんかするんだから!!」



『は?? あたしも??』



 腕を組み、満足気に鉄板を見下ろしていたユウがぎょっとした表情を浮かべる。



『郷に入っては郷に従え。ユウ、マイと共に子供達の相手を務めて下さい』



 鉄板の脇に膝を抱えてちょこんと座り。


 熱によって朧に霞む空気をぼぅ眺めていたカエデからの指示が出た。



『はぁ……。わ――った。あたし達に喧嘩を売るとどうなるかぁ……』



 おっほ!!


 私同様、大人の恐ろしさを思い知らせようとするわっるい笑みね!!



『その体に刻んでくれるわぁあああ!!』



 ユウ同様。


 恐ろしい笑みを浮かべると。



「は、はじまるぞ!! みんなにげろぉおお!!」



 蜘蛛の子を散らした様に、四方八方へと逃げ出してしまった。



 おっせ。


 子供の足ってこんなに遅かったっけ??



 地面の上を軽く一度、二度弾み。



『ふんぬぅううう!!』



 明るい茶の髪の女子をたった二歩で捉えてやった。



「きゃあ!! つかまっちゃったかぁ――」



 えへへと笑い、私を真ん丸お目目できゅっと見上げる。



 この子、ちょっと可愛いじゃん。


 まぁ、私の足下にも及ばないけどね。



「じゃあつぎはわたしがおにだね!! あはは!! まて――!!」


「つかまるもんかぁ!!」



 しっかしまぁ……。


 平和な光景ねぇ……。



 この大陸が今現在、どんな状況に陥っているのか理解しているのかしら??


 腕を組み、母親はこんな思いで子供達の遊びを眺めているのかと。しみじみと、そして感慨じみた眼差しで駆け回る子供達を見つめていると。



『彼は、この光景を守りたいが為に軍属の身になったのでしょうね』



 カエデが私同様、温かい目で子供達の児戯を見つめながら話す。



『心優しきレイド様の事ですからね。恐らく、その通りなのでしょう……』



 裏庭の一角に佇む蜘蛛が少しだけ迷惑そうに子供達の遊びを見つめた。


 そんな所に居たのか。きっしょ。



『壊したくない光景は誰にだってあるもんさ。あたしも、生まれ故郷を守る為なら戦いに身を投じても構わないし』


『同感よ。美味しい物が食べられなくなったら困るものね』



 ユウの隣に並び、彼女の気持ちを汲んでそう言ってやった。



『いや、全然違う。あたしは食べ物の事について一切口にしていないからな??』



 あら??


 そうなの??


 珍しく外してしまったわね。



 訝し気な表情を浮かべるユウの背後。


 ソロリソロリと忍び足で近寄る男の子を私の視界が捉えた。



 いいぞ、そのままよ??


 直前まで気配を殺し、胸と反比例した意外と小振りな尻をピシャリと叩いてやれ!!



「えいっ!! 次は緑のおねえちゃんがおにやくだよ!!」



 気配を察せられないなんて……。


 ふっ、ユウもまだまだね。



『あたしの尻を堂々と触るとは……。いい根性してんじゃん!!』



 ニィっと、大人でも慄いてしまう恐ろしく悪い笑みを浮かべ。



『窒息させちゃうぞ――!!』



 と。


 子供にトラウマを植え付けかねない大きさの胸を揺らしながら襲い始めた。



 あ、あはは……。


 皆泣きそうになってんじゃん。



 私も、子供の時分にあんな恐ろしい胸が襲い掛かって来たら悪夢としてその日の夢に出て来るでしょうね。


 あぁ、恐ろしや。恐ろしや。



「うんっ。もう少し」



 小娘が鉄板の上に牛脂を満遍なく塗り終え。


 ふぅっと額の汗を拭う。




「やだぁああああ!! こっちこないでぇええええ――――――――!!!!」


『うぇうぇっふぇっ――――!!!! 悪いわ――るい女の子に捕まったらどぉなるかぁ――。身を以て知らせてやるわぁあああ!!』


「いやあああああああああ!!!!」



 上下左右に、バルンバルンっと。


 お前さんの胸は一体全体どうなってんのかと問い正したくなる動きを見せる胸から、子供が泣き喚きつつ逃げ回っていると。




「ユウ……。何やってんだよ」



 目の前の騒ぎに対し困惑し過ぎて、もうどうしたらいいのか分からない表情を浮かべたボケナスが裏庭にやって来た。



「「「「レイドお兄ちゃん!!!!」」」」



「っと……。はは!!!! 皆、元気そうだな!!」



 ガキンチョ四人の素晴らしい突撃を、両手を広げて受け止め。


 まるで宝石を眺める様な蕩けきった顔で迎えた。



 ふぅん……。


 良い顔じゃん。



 アイツが父親になったらあぁやって子供を迎えるのか。


 少なくとも。


 うちのぐうたら親父とは全然違うわね。



『あっはぁ……。子供と戯れるレイド様……。いつか、私とレイド様の間に授かった子もあの様にして迎えるのですわねぇ。素敵ですわぁ』



 ほんのり朱に染めた頬に片手を添えて蜘蛛が妄言を吐く。


 きっしょ!!


 一生妄想してろや!!



「さぁ!! 皆さん!! そろそろ焼けますよ!!」



 何ですと!?


 し、しまった!!


 私とした事が、ガキンチョを相手にする奴に視線を送っている場合じゃなかったわ!!



 小娘の言葉を受け、小さな机の上に乗せられていた取り皿を取り。


 木製の箸をぎゅむっと掴んで鉄板の上で、じゅうじゅうと。馨しい香りを放つお肉ちゃんを掬おうとするが。



「待て。子供達が先だ」



 ボケナスに制されてしまった。



『はぁ!? 私がどれだけお腹を空かせているのか、分からないあんたでも無いでしょ!?』



『それでも駄目だ』

「皆!! 沢山買って来たから、何の遠慮も無しに食べてくれ!!」



「「「「わぁぁぁああい!!!!」」」」



 ぎ、ぎやぁああああああ!!


 わ、私のお肉ちゃん達がぁあああああ!!



 お、おのれぇ!!


 こうなったら……。実力行使をしてでも!!



 鉄板を取り囲むガキンチョ達を押し退けて肉を取ろうとするが。



『はい、そこまで』



 背後からユウに羽交い絞めにされてしまった!!



『は、放せぇ!! わ、私のお肉がぁああ!!』



「後、パンもあるからなぁ!!」



 さ、さ、さ、更にパンも与えるだとぉ!?



「うんっ。はむ……。んむっ……。えへへ。美味しい」



 小さな口でアムアムとパンを頬張る雌餓鬼。


 あぁ……。


 私の大切なパンとお肉がぁ……。



「ん?? おいおい。一杯付けちゃってまぁ……」



 ボケナスがハンカチを取り出し、女の子の口元をグシグシと拭く。



「んぅ……。へへ。ありがとう!!」


「どういたしまして。お代わりも沢山あるからな!! い――っぱい食べて大きくなれ!!」


「「「「はぁ――いっ!!!!」」」」



『食べんなぁ!! 私の分も残しておけぇええええ!!!!』



 泣こうが、叫ぼうが怪力無双の拘束から逃れる事は叶わず。


 素敵な食事がちいちゃい生物の胃袋の中に只々消えて行く光景が私の目に涙を浮かべてしまう。


 あ、はぁ……。


 食べたいぃ……。でもぉ、餓鬼を優先させなければならないしぃ。



 自分でもどうにも出来ない感情の渦が心を痛め付けてしまう。


 拘束を解く最後の抵抗として、そして。祈る思いで右手でユウの山を鷲掴みにするも。



『どこ揉んでんだよ』


『ぼっぐふ!?』



 後頭部に頭突きをブチかまされ、空腹と痛みで景色が霞み始めてしまった。



「あはは!! お姉ちゃん、かっこわるい――!!」


「そうだな。皆、あのお姉さんみたいになっちゃ駄目だからな――。お馬鹿さんになっちゃうからねっ!!」


「うんっ!! わかった――!!」




 アイツは、後で、必ず、ブチのめす……。


 奥歯をぎっちりと噛み締め。来たるべき時に備え、沸々と湧き起こる復讐というドス黒い感情を黒炎で沸騰させ。


 溶岩も裸足で逃げ出す温度に温めた私の怨念をアイツの顎にブチかましてやらぁ……。


 待っていろよ?? ぜぇぇったい失神させてやっからな??


























 ◇














 太陽が眠りへと向かう時間に加速を始め、昼と夕刻との角度に身を置く空の下で大変痛む顎を抑え。


 ウマ子の体に片手を乗せて、必死に体を支えていた。


 不味い……。


 少しでも気を抜くと、意識を失いそうだ。



「よぉ、レイド。どうしたの??」


「……………………。分かっているだろ??」



 価値の無い石が転がる街道の上からユウへと視線を移す。



「あたしを睨んでもなぁ……。犯人はアッチ」



 クイッと親指を向こうに向けるので、それを追うと。



「けふっ……。ふぅむ?? 腹、三分ってところか」



 一応は満足がいったのか。


 数時間前の食事を思い出す様に顎を動かす深紅の髪の女性へと視線を送った。



 何で子供の相手をしていただけで殴られなきゃならんのだ。



 此処では子供が優先だってのに……。


 当然の行いが罰せられるのなら、法律は要りませんよね??


 声を大にしてそう叫んでやりたいが、暴力という名の実力行使でねじ伏せられてしまうので歯痒いです!!




 皆と別れの挨拶を待つ者共が思い思いの所作で時間を潰していると。



「お待たせ!!」



 オルテ先生が勢い良く扉を開けて出て来た。


 そして、その扉は。



『本当、いい加減勘弁して下さいよ』 と。



 大変辟易した顔を浮かべてしまいました。



「そろそろ出発するよ」



 ウマ子からぱっと手を離し、ちょっとだけ頼りない足取りでオルテ先生の下へと歩む。



「気を付けて行くんだよ?? あまり無理をしないで、沢山食べて、沢山寝る事を心掛けなさい。それから朝御飯は必ず……」



 実家を発つ息子に言い聞かせる母親の言葉の羅列にちょっとだけ呆れてしまうが。


 その実。


 心の中ではこれでもかと温かい光が生まれ続けていた。



 俺の事を心配していてくれる。只その事実が嬉しいのですよ。



 血の繋がりは無いけど、心は繋がっている。


 遠い昔。


 何処の誰かは分からないが、オルテ先生が恐ろしい声でソイツに向かって叫んでくれた言葉がふっと頭の中を過って行った。



「わ、分かったから。皆も居るし、もうこの辺で……」



 恥ずかしくて振り返られないけど、恐らく。


 ニヤニヤしていそうだものね。



「そうかい?? じゃあ、皆さん。至らない事が多いとは思いますが、この子をどうぞ宜しくお願いします」



 静々とマイ達に頭を下げると。



『うむっ!! 阿保な事を言ったらさっきみたいに顎をブチ抜くから安心しなさい!!』



 それは止めて下さい。



『あたしに任せておきな!! 頑丈な作りになる様に沢山殴ってあげるから!!』



 それも勘弁して下さい。



『レイド様の御体は心配される事はありませんわよ?? 私が手取り足取り……。いえ、ねっとりと糸に絡ませて恍惚の表情を浮かべ……』



 この御方の妄想は流して、っと。



 最後に、我が隊の隊長殿が何んと仰るか固唾を飲んで待っていると。



『御安心下さい。私が滞りなく彼に躾というものを仕込んでおきますので』



 カエデさん!?


 俺は犬じゃあありませんよ!?



 彼女に聞こえないからって好き勝手に言っちゃってくれてまぁ……。


 この事を聞いたら卒倒しちゃうんじゃないのか?? いや、オルテ先生なら逆に肯定しそうだから怖いよ。



「それじゃあ、行くから」



 いたたまれない気持ちを隠す様に手をそっと上げると。



「レイドお兄ちゃん!! 待って!!」



 傷付いた扉がもう何度目か分からない悲鳴を上げると同時に、アヤメが飛び出して来た。



「わっ!! おいおい。大袈裟だぞ」



 今生の別れになる訳じゃないんだし。


 そんなにヒシと抱き着く必要はあるのかな。



「分かってる。後、ちょっとだけ」


「はいはい……。オルテ先生の事、助けてあげるんだぞ??」



 彼女の、女の子らしい頭をポンっと優しく叩いて言ってやる。



「うん……」


「良い子だ。孤児ってだけで虐められる事もある。あの子達の些細な変化を見逃すなよ??」


「分かった……」



 初夏の風香る光景の中。


 季節を数個飛ばした春の温かい光景が広がる。


 良く晴れた空の下に誂えた別れの姿だと思うのですが……。



『ぐぬぬぅ……。め、女狐めぇ!! レイド様は許しても、私は許しませんわよ!!』



 一部の方が大変冷たい視線を送っていますので、離れるとしますか。


 後。


 俺が知る狐さんはもっと恐ろしいのであしからず。



「じゃあ、行くから!!」



 中々離れようとしないアヤメを言い聞かせて体から外し、二人へと軽快な声と共に手を上げた。



「うん!! 行ってらっしゃい!!!!」


「気を付けて行くんだよ!! 寝るときはしっかりと着込んで寝なさい!!」



 はは、それ。


 師匠も仰っていたな。



「分かってる!! 元気でね!!!!」



 別れを惜しむ様に。


 彼女達は此方の姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれていた。









「――――――――。良い人達だったな」



 街を出て直ぐ、ユウが短くも本当に嬉しい言葉を送ってくれた。



「あぁ、全くその通りだよ。俺はあの光景を守りたいが為に軍へ入隊したんだ」



 この街にあの醜い豚共が押し寄せて来ると思うだけで虫唾が走る。


 絶対に……。そうはさせないぞ。


 必ず皆殺しにしてやるからな……。



「ふぅん。そっか……。さて!!!! 後は美味しい物が待ち構えているでっけぇ街を目指すのみ!! 寄り道は程々にして、さっさと向かうわよ!!」



 マイが颯爽と先頭に躍り出る。



「そんなに急いでも疲れるだけだぞ」


「いいの!! 御飯食べて元気だから!!」



 そうですかと軽く頷いたのだが……。



 本日のアイツの昼食は少量であった。この事実がこれからの行動に悪影響を及ぼすのです。


 腹を空かしたアイツの夜御飯の量を考えると、背筋がゾっとして形容し難い感覚が駆け抜けて行った。



 まだ自覚症状は無い様だが、その時は刻一刻と迫る。街で補給を済ませたけども、次の街まで食料がもつのか。


 それが本当に心配ですよ……。



「ほら!! ウマ子!! あんたも急げ!!」



 悠々と歩くウマ子の背後へと回り込み、お尻をピシャリと叩く。



『何をする!? この無礼者が!!』


「ちょ、ちょっと!! マイ!! ウマ子が驚くから止めて下さい!!」


「あはは!! 私は驚かないもん!!」



「「はぁぁ……」」



 ユウと共に大きな溜息を吐き。



『まだまだ苦労が続きそうだな??』 と。



 互いを労う呆れた笑みを浮かべ、深紅の髪の女性が描く軌跡をやれやれといった歩調で追い始めたのだった。



最後まで御覧頂き、有難う御座いました。



そして!!


ブックマークをして頂き本当に、本当に有難う御座いました!!


これからの執筆活動の励みになります!!


二章の長さを考えると、本当に嬉しいです……。



では、次の御話でまたお会いしましょう!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ