第二話 限度を知らないよそ者
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
男共のむさ苦しい汗の香りの中に混じった安い酒の香りが鼻腔を微かに擽り、壁と各机の燭台には火が灯り利用客の微妙に薄汚れた顔を照らしている。
土に汚れた床板を一歩踏めばキシっと心配になる音が奏でられ、微妙に座り心地の悪い椅子の足が客達の体を必死になって支えていた。
いつもと変わらぬ光景を捉えると心に微かな安堵に似た感情が湧く。
通い慣れた店がそう感じさせたのか、それともこの店が変わっていない事に安心したのか。
退屈だと叫んでいても心の奥底では不変を望んでいるのかな??
それはそれで情けねぇよなぁ……。この退屈な人生を変えようとしているのに変わろうとしない自分が心の中に居るのだから。
「よぉ!! ダン!! 飲みに来たのかよ!!」
大柄な体を頑張って縮めて椅子に腰掛けている野郎から入店と同時に声を掛けられる。
「まぁな。飲みに来るついでに飯を食いに来たんだ」
「飯を食いに行くならもっとマシな店があるだろう!? この店の飯は微妙に不味いからなぁ!!」
「「「ぎゃははは!!!!」」」
そんな事店主の前で言ってみろ。鋭い包丁で切り刻まれるぞ……。
笑い声を背に受け、今も仏頂面で紙タバコを吹かしているヴァンデッドの店主の前へと進んで行く。
ふぅむ……。店内の見た感じはいつも通りだけども、一箇所の机だけは異様に盛り上がっていますな。
右手奥に視線を向けると。
「ど、どうだ!? 十の三枚組だぞ!?」
「やるなあ!!」
「「おおぉぉおお!!!!」」
まぁまぁ小さい机を囲んで大の男達が賭け事で盛り上がっていた。
ほぉん……。今日はあそこで盛り上がっているのか。
賭け事が好きだけどそっち方面は滅法弱い犬のケンタの相手は……。
「随分とツイているな?? 俺もそろそろ本気を出さないと不味いな」
ん?? 見た事が無い顔だぞ。
岩を連想させるゴツゴツとした顔に生えた無精髭、風呂に数日入っていないのか蓬髪の髪にはフケが溜まり。キチンと歯磨きもしていないのか歯の間には食べ物の残り滓がこびり付いている。
きったねぇナリだな。最低限の身嗜みって言葉を教えてやりたいよ。
見た事がないって事はきっとこの街に立ち寄った旅人か商人、若しくは……。
見知らぬ者の一挙手一投足を注意深く捉えていると。
「よっ、ダン。今から飯か??」
「おぉ!! おやっさん!!」
俺の育ての親でありこの街の代表者であるアレンドに声を掛けられた。
「珍しいじゃん!! この店に来るなんて!!」
店主の前のカウンター席に腰掛け、喜々とした表情を浮かべて若干乱雑に育ての親の肩を叩いてやる。
「家に居ても五月蠅くて眠れないし。それならいっその事聞き慣れた五月蠅さに身を投じようと考えた訳さ」
「あぁ――……。おやっさんの家の前の抗議運動か」
此処に来る前に見た光景が頭の中に過る。
「そういう事。カミさんは友人の家で嵐が過ぎ去るまで避難、俺は酒の力で荒んだ心を癒しているんだ」
おやっさんがそう話すと男らしい手付きで木製のコップを手に取り、赤ワインをグイっと一気に飲み干す。
「ぷはっ!! はぁ――……。何とも言えない味のワインだな」
「だはは!! この店で味を求めちゃいけないって!!」
高揚したまま育ての親の逞しい背中をバシバシと叩いていると。
「――――。おい、ダン。あんたいい加減に何か頼んだらどう?? ここは黙っていても飯を提供してくれる篤志家が経営しているんじゃないんだよ」
この店の店長であるヤキシュからお叱りの声が届いた。
若干気怠い表情にちょいと乱れ気味の青みがかった黒の長髪。真面なナリをして外に出れば誰もがほぅっと頷く端整な顔なのにそっち方面はからっきし。
大分前にこの事について聞いてみると。
『どうせあんた達の相手をしなきゃいけないんだからね。着飾っても無意味なんだよ』 と。
苦過ぎる葉っぱを齧った時よりも更に苦い顔を浮かべて説明してくれた。
まぁイイ男の前なら兎も角。酔っ払いとゴロツキ共に対して着飾っても意味がねぇよなぁ……。
「おっと、こりゃ失礼!! じゃあ……。肉そぼろの野盗パスタの大盛!! それと赤ワイン!!」
「はいはいっと……」
巨大な溜息を吐き尽くすと調理場へ続く扉に向かって行く。
「可愛い顔してんだから溜息を付くと幸せが逃げていくよ――??」
「喧しい。幸せに逃げられたからこうして質素な街でやんちゃな坊主を相手に商売をしているんだろうが」
こりゃまた失礼しました。
悪態を付いて乱暴に扉を閉めるとその余波が目の前の一繋ぎの机を襲い、おやっさんのワインの水面が微かに揺れた。
確か……。ヤキシュは今二百歳位だっけ?? 魔物は人間に比べて遥かに長生きだから幸せに逃げられる機会も多ければ、掴み取る機会も多々訪れる。
それを幸運と捉えるべきなのか、将又長々しい人生にうんざりするのかはそいつの主観によって変わるだろう。
俺からしてみれば、うん。素直に羨ましいと思えるな。
だってよく考えてみろよ。人間の十回以上の人生を楽しめるんだぜ??
一回目の人生は冒険者で危険を楽しみ、二回目は投資家で財を成し、三回目は料理人で人々の舌を唸らす。
楽しもうと思えば幾らでも人生に華を咲かす事が出来るのだ。
まぁでも、不変を好む魔物の中には俺みたいに飽きを感じる奴も出て来るだろう。
そいつらは可哀想だよなぁ……。残り数百年、変わらぬ背景やら変わらぬ日常を眺めなければいけないのだから。
「ダン、どうした??」
「え??」
おやっさんに声を掛けられふと我に返る。
「何だか疲れた顔をしているけど……」
お、おいおい。嘘だろ??
顔には出していないつもりだったんだけどな。
「気の所為じゃない?? 俺はいつも通り元気ビンビンだからよ!!」
「ふぅん、それならいいけど」
血の繋がった肉親じゃなくて育ての親でも子の微妙な表情の変化は見逃さないってか??
有難うね、おやっさん。心配してくれて。
温かな視線で彼の横顔をじぃっと眺めていた。
「何見てんだよ」
「あ――……。右頬に女の唇の跡が付いているからさ。気になったんだよ」
「ゴ、ゴフッ!!!! あ、あのなぁ!!」
彼が盛大に咽た刹那。
「「「うぉぉおおおおおお――――!!!!」」」
今日一番の歓声が賭け事が行われている席から放たれた。
「うるさ!?」
誰かがボロ屑みたいに負けたのか……??
右方向に体を捻り、件の席を見つめると。
「う、嘘だ!! そんな馬鹿な!!」
「悪いね、兄ちゃん。俺の勝ちだ」
賭け事が大好きだけどそっち方面には滅法弱いケンタがあわあわと口を開いて茫然としていた。
「さぁ俺の次の相手は誰だ!? 今日こそは俺に負けを教えてくれよ!!!!」
「よっしゃあ!! 俺が相手だ!!」
「いけいけ――!! これ以上よそ者に良い顔をさせんじゃねぇぞ!!」
「その通りだ!! 尻の毛まで毟り取ってやれ!!」
いやねぇ……。汚い言葉を使って。私を見習ってもう少し丁寧な言葉使いを心掛けるべきですわっ。
超幸運なよそ者から視線を外した刹那。
随分と向こう側の席に着く野郎二人組が視界に入って来た。
俺とおやっさんと同じ様にカウンター席に腰掛け、退屈なのかそれとも楽しいのか。何とも言えない微妙な表情を浮かべて会話を交わしている。
偶に二人だけの会話に飽きたのか。
「明日の天気はどうだっけ」
「――――。あぁ、晴れると思うよ」
会話を続けながら体を捻り、賭け事が行われている席に視線を送っていた。
あそこにもよそ者、か。
この街は王都、並びに規模の大きい街であるレイテトールとの中継地点だし。よそ者が訪れる事は少なくは無いがそれにしても地元の野郎共が使う草臥れた酒場に足を運ぼうと思うのかね。
ちょいと不思議に思い、よそ者達へ何となく視線を送り続けていると。
「だ、だ、ダ――――ン!!!!」
「んぅっ!?」
なっさけねぇ声と共に獣臭い塊が顔面に襲い掛かって来やがった。
「ダンどうしよう!? 俺ぇ、有り金全部取られちゃったよ!!」
「ふぉい……」
「今日も楽しく皆でワイワイ楽しもうと思って来たのにぃ!! 何だよ、アイツ!! 何も全部取らなくていいよね!?」
「ふぉい!! 苦しい!!」
俺の頭をガッチリと抱え込む前足を外し、獣くせぇ体の拘束から逃れて叫んでやった。
「あ、あぁ。御免ね?? でも聞いてくれよ!!」
「さっきから聞こえてるっつ――の。有り金全部取られたのは賭けに乗ったケンタが悪いんだよ」
「お待たせ――。野盗パスタと赤ワインね――」
「有難う!! うん……。微妙に美味い!!」
ヤキシュから運ばれて来た料理に舌鼓を打ちつつ言ってやる。
この微妙な塩加減と肉の焦げ具合が何とも言えない味を醸し出しているな……。
不味いのか、美味いのか。何度口にしてもそのどちらにも当て嵌まる味に思わず唸ってしまった。
逆にこの味を出そうとする方が難しいんじゃないの??
「絶対アイツイカサマしてるもん!!」
家に来た見知らぬお客さんを威嚇する犬の如く。鼻頭に皺を寄せてウゥ゛――っと唸り、豪運のよそ者を睨みつけていた。
「イカサマと断定するその理由は??」
肉と油で参りかけた舌をワインの渋みで励ましつつ問う。
「無い!!」
無いのかよ……。
「だったら不正は無く、正々堂々と戦って負けた己の不運を呪うんだな」
「不運じゃない!! 今日は珍しくツイていたのに!!」
「――――。ほぅ?? 連戦連敗のお前さんがツイていたのか??」
ワインを飲み終え、木製のコップを置いて尋ねてやる。
「うんっ!! 最初の方は拮抗していたんだけどさ。中盤辺りからかな?? 何だかカードの運が良くなってね!? それで持ち金の倍にまで膨れ上がったんだ!!」
そこで止めれば万々歳なのだが、そうは問屋が卸さんってか。
「この勢いのまま俺が皆の仇を取ってやるって意気込んで戦いを挑んだのはいいけどさぁ……」
「徐々に劣勢になって気付けば有り金が無くなっていたんだろ??」
「そうなんだよ!! あっれ――……。いつの間にか無くなってるなぁって感じで」
「ふぅ――ん。そりゃお疲れ様でした。来月の給料日まで野良犬らしく残飯漁って食い繋ぐこった。ヤキシュ、御馳走さん!! いつも通り微妙な味だったぞ!!」
作り手である女店主に両手をしっかりと合わせて礼を述べてやった。
「そりゃど――も」
「誰が負け犬だ!! 俺は負けていないもん!!」
「だ――!! 鬱陶しい!! 一々顔面にへばりつくな!!」
再び顔面を掴もうとする馬鹿犬を必死に御してやる。
「な――、ダン。お前こういう事得意だろ?? 俺達の代わりにアイツに一泡吹かせてやってよ……」
仲間内ならまだしもよそ者に有り金を全部取られたのが余程悔しいのか、クルンっと丸みを帯びた尻尾がシュンと垂れて両耳も情けなく垂れ下がる。
「お前なぁ……。真面目な弟のヨッタを見習えよ。アイツ、おやっさんの家の前で抗議運動を続けていたぞ??」
「アイツはアイツ!! 俺は俺だもん!!」
このままあしらい続けても足元から離れなさそうだし、仕方がない……。
優しいダン様が話だけでも聞いてやろうかな。
「お前さん以外にもヤラれたのか??」
「俺の前に二人、んで今は……」
ケンタが頭だけを器用に後方へ向けると。
「どうだ!! 十の三枚揃いだぞ!?」
「ふぅ――……。何んとか勝てたな。こちとら七の四枚揃いだ」
「なぁっ!?」
「「「おお――――っ!!!!」」」
先程開始された勝負が決着した所であった。
「あれで四人目だ!! なぁ、頼むよぉ。俺達の仇を取ってくれって」
う、うぅむ……。
御主人様に散歩を強請る子犬の目を浮かべられると……。
「やってもいいけど幾つか確認する事がある」
「本当!?」
「一つ、お前さんの前に戦った連中はどうやって負けた?? 二つ、相手が使用しているカードは俺が持っている奴と同じか。三つ、しつこい様だけど相手もお前も不正はしなかったか??」
胸の内ポケットに仕舞ってあるカードをチラリと見せて問う。
「え、っと……。俺の前に戦った奴等も同じように負けて。んでカードは一緒だね!! その辺りで売られている奴と一緒だよ。そして俺は不正をしていないし、相手は……。ん――……。正直分からない。手癖は悪くないと思うけど」
「よっしゃ!! それなら結構!!」
さ――って、この街の悪党共に横着を働いたらどうなるか。よそ者にちょいと世の中の厳しさを教えてあげようかしらね!!
「やってくれるの!? 有難うね!! ダンッ!!」
「まぁね。っと、その前に……。ヤキシュ」
「ん――??」
『俺が天気の話をしたら勢い良く皿を割ってくれ』
誰にも聞き取れない様に小声で話す。
「はぁ?? 何でそんな事をしなきゃいけないんだよ」
「頼むって。皿の弁償代はきっちり払うし、それにちょいと色も付けてやるよ」
「は――……。分かったよ」
よしっ、これにて下準備終了っと。
後は相手が此方の誘いに乗るかどうかだな……。まっ、どうせ鴨が葱を背負って来ると思っている様な奴だ。
付け入る隙は幾らでもあるってね!!
これでもかと湧く高揚した気持ちを抑えつつ座り心地の悪い椅子から立ち上がる。
「わはははは!! 今日の俺は最高にツイているなっ!!」
人様の縄張りで好き勝手に荒稼ぎしやがって……。世の中には限度ってものがある事をあの馬鹿野郎の体の髄に叩き込んでやらねば。
久し振りに沸々と湧く高揚感に比例した足取りを必死に御して至極冷静な足取りで今も馬鹿笑いを続けているよそ者の席へと向かって行った。
お疲れ様でした。
先日購入したバイオハザードRE4を漸くクリアする事が出来ました!!
難易度はスタンダードでプレイしたのですが……。まぁ難しいのなんの。
弾が尽きかけてヒィヒィ言っていたり、回復アイテムが足りなくなって死にかけたりと中々酷い目に遭いましたよ。
ですが!! パリィやらヘッドショットが決まるとかなり気持ちイイですね!!
二週目からは武器の改造度を上げたり、まだ回収しきれていない実績を回収してきます!!
それでは皆様、お休みなさいませ。