第三百二十六話 この世界の命運を握る者達 ~権力者達の暗中飛躍~
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿なります。
~ 行政特区 レンクィスト某所 ~
空は茜色に染まり心休まる朱の光が窓から差し込む。その光を浴びた人々は初春の夕暮れに朗らかな気持ちを抱いて家路へと就くのだが、それは森羅万象に当て嵌まる訳では無い。
高貴な室内に漂う重苦しい空気。
その中で苦虫を嚙み潰したような表情を一様に浮かべている者共は家路に就く処か、椅子の上から動く気配を見せない。
いや、寧ろ立ち上がる事さえ憚れる空気が彼等をそこに縛り付けているのかも知れない。
高貴な室内に漂う見えない力で椅子に拘束されている権力者達の一人がこの状況を打破する為、徐に口を開いた。
「――――。王国債の発行の法案は可決。国王の緊急事態令により公布は滞りなく済まされ、それと同時に志願兵及び傭兵の予算案も可決された。当面の資金は問題無く解決されたがやはり問題は……」
「えぇ、募集している兵の数ですかね。誰しもが西の脅威に怯えており、国民一丸となって憎き敵を駆逐しようと考えているのか。昨日までに国内で計上された志願者の総数は凡そ三十万を超えております。募集期間は三ノ月末日まで。つまりこの勢いですと我々が想定している倍の人員が集まる計算になりますねぇ」
しゃがれた声の男が重い空気の中に響くと。
「ほう!! それは良い事では無いか!! 兵が足りないのは大問題だが多くて困る事はないからな!!」
彼の声量を優に超える豪胆な声が部屋を震わせた。
「タンドア議員、多過ぎても問題があるのですよ。限られた予算、限られた武器。更に移動の問題もある。第一軍から第三軍までの移動経路は既に決定済みであり各街の代表者へ通達済み。しかし、大規模に膨れ上がった人数で移動するとなると食料の問題や補給の問題も出て来るんだ」
至極冷静な面持ちの男が彼の豪胆な声を宥める。
「それがどうした!! 資金が足りないのなら捻出すれば良い、武器は俺の街から幾らでも出してやる!! 鉄は熱いうちに打てと言われている様に国民の熱気が醒めぬ内に行動しないと不味いだろう!?」
「「「……」」」
彼の言っている事は正しい。だが、それを認めるとなると国に対して更なる痛手を負わせる事となる。
相対する事象に苛まれた権力者達が再び口を閉ざすと、一人の女性が清らかな声で己が考えを述べた。
「私もタンドア議員の考えに賛成です。国王様から発せられた国民皆兵令。この国に住む者共が一丸となって敵性対象に立ち向かう正に痛みを伴う発令ですが、兵の徴収は強制では無くあくまでも志願。それなのに三十万を超える人々が武器を手に取り立ち上がろうとしているのです。高まった士気をここで冷やしてしまうとこれまで掛けてきた膨大な時間が気泡と化してしまいます。私共が更なる資金面を援助させて頂きますので、どうか我々の悲願を達成するべく作戦承認の案を国王様へ……」
「いや、必要な人員はもう既に足りている。これ以上の人員増加は作戦遂行の妨げとなる恐れがあるので制限すべきだろう」
「レナード大佐の言う通りかな。戦力が増える事は喜ばしいが志願兵及び傭兵達が戦地で戦死した場合、遺族年金が五年分支払われる事となっている。五年分の資金の概算は既に計算されており、これ以上の歳出の増加は再び法案を提出しなければならない。二の足を踏むじゃないけどここで時間を食えば高まった士気が再び低下する恐れもあるからね」
彼女が提示した案を二人の男が直ぐに訂正すると。
「そう、ですか。分かりました。でもこれだけは覚えておいて下さい。私共は国民の心と共に在り、彼等が必要とすればいつでもそれを提供出来る事を」
彼女が決意に満ちた強き瞳を浮かべ覇気ある言葉を放つと高貴な室内にいる権力者達を再び沈黙へと導いた。
数えるのも憚れる静謐な環境が訪れ、それを払拭しようとして一人の男が硬く閉ざされた鉄の扉を開く。
「――――。シエル皇聖が仰ってくれた力添えには感謝します。しかし、これ以上の歳出はそちら側にも負担になるでしょう。人員増強は予定されている三十万人の一割から二割までに留めておく。これが最善な答えだと私は考えます」
「マークス総司令。私共の負担は考えずに今こそ国民一丸となって……」
「考えて下さい。兵が増えればそれだけ戦死者が増加してしまうのです。この国が悲しみで満ち溢れてしまう。それだけは絶対に避けねばならぬですから」
「……っ」
戦死者。
その不穏な単語が女性の言葉の流れを断ってしまった。
「まぁ……。総司令の案が妥当でしょうな」
「えぇ、国庫を開いても苦しい状況下です。これ以上の歳出は千五百年以上続いている国が傾く恐れがありますので」
彼の案に続けと権力者達が妥協する。
しかし、それでも彼女は諦めていなかった。何故なら悪を根絶してこそこの国が栄えると信じているのだから。
血で血を洗う決戦がもうすぐそこまで来ている、多少の犠牲は厭わない、痛みを知らぬ勝利が何を齎すのか。
彼女の胸には幾つもの言葉が浮かび、それを臆する事無く権力者達へ放ち続けていた。
この国の権力者達は日が沈み、月が満点の星空の真上に浮かんでも椅子から立ち上がる事は無く。国民が安寧の眠りに就いている間もその口を閉ざす事は無かったのだった。
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