第三百二十五話 皇帝様の命令は絶対 その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
宴に相応しい陽性な雰囲気は俺の一芸が披露されても何んとか継続されているが、皆の少々白けた冷たい瞳が体に突き刺さる。
大体……。俺は芸人じゃあなくて只のしがない一般兵ですよ??
戦う事を義務付けられた者に笑いを求めるのは少々酷だとは思いません??
心に思うこの言葉を素直に叫びたいのだが例え言ったとしてもどうせ聞く耳を持って貰えないし、豪雨の後の濁流の様に此方の主義主張は流されてしまうのさっ。
「あ――あ!! レイドの所為で盛り上がりが欠けちゃったなぁ――!!」
「ルーの仰る通りですよ。もう少しレイドさんの面白い姿を見たかったのになぁ!!」
いやいや、お嬢さん方。これでも俺なりに最善を尽くしたのですよ。
例え面白くなかったとしても精一杯努力した姿勢を汲んで頂ければ幸いかと。
「まぁ確かにちと興が醒めたのは確かじゃな」
「し、師匠!?」
そ、そんな!! 師匠だけは褒めて下さると思っていたのに!!
「そ――そ――。場が白けたわね――」
そして、それに乗っかる淫魔の女王様。
いつもは水と油の様に相反する二人なのに、こういう時だけは息が合いますね。
「お主には場を白けさせた責任を取ってもらう」
「と、言いますと??」
まさかとは思いますが、服を脱いでアっと驚く芸を披露しろとは仰りませんよね!?
バクンバクンと叫ぶ妙に五月蠅い心臓を宥めつつ師匠の次なる言葉を待つ。
「そうじゃなぁ。少々興ざめたこの雰囲気を払拭する為、再び場を盛り上げろ」
「え、えぇ……」
また難しい課題を与えられたものだ。
これなら服を脱いで馬鹿な芸を披露した方がマシだったのかも知れない。
「え――っと……」
場を盛り上げる。
それは皆が大口を開けて大笑いする、若しくは自然と口角が上がってしまう事と同義だ。
感情を持つ生物は心の空模様と比例する様に表情が先変万化するが、心の天候の変化にはある程度強い外的要因が必要不可欠となる。
この尺度は人によって様々なのだが、一度山を越え谷へと落ちた気分は早々上昇しないのは周知の事実。
俺の大道芸では気分の流れは山へ登る処か谷に転げ落ち、そこから更に川へと流れ……。最終的には海底へと到着しちゃいますからね。
ま、不味いぞ……。このままじゃ一つ芸をする度に外野から野次という名の暴力が飛んで来てしまう恐れがある。
現に。
「あの野郎……。次、くっだらねぇ芸を披露したらこの丼を投げてやらぁ」
体全体がお酒の力によって真っ赤に染まっている覇王の娘さんがおっそろしい顔を浮かべて俺に標的を絞っているし。
それなりの大人数。酒の入った楽し気な雰囲気。そして、否応なしに盛り上がる芸……。
この状況を打破する為に問題となっている状況を一つずつ確認していくと。
ふと、友人のとある言葉が脳内に強烈に光り輝いて降臨した。
「そ、そうだ!! 皆さんで『皇帝様の御戯れ』 をしませんか!?」
思い出したぞ!!
確か訓練生時代、ハドソンが言っていたよな。
『この前の休みによぉ。タスカー達と夜の店で飲んでてさ。んで、違う机に居た子達と一緒に飲む事になって』
『ふぅん』
『その内の一人がすっげぇ胸がデカくて!! ほら、揉んでみなさいよとこれ見よがしに自己主張していてね?? 誰が最初に触れるか。それを競う様に……』
『あ、御免。課題中だから話し掛けないで』
もうちょっと後だった。
『皇帝様の御戯れで楽しんだのさ!!』
『何、それ』
『知らねぇの――?? おっくれてる――。そんなんだから馬鹿真面目って渾名が付けられちゃうんだぞ』
『皇帝様の御戯れ』
人数分の箸に似た棒、若しくは数字を書いた紙を用意出来れば簡単に出来る遊びだ。
取り決めは至極簡単。
皇帝と書かれた棒、紙を引いた者は他の者へと命令を下す権利を得る。
そして、皇帝様の命令には逆らえない。絶対的な命令なのです。
皇帝様に指名されその命に従い滑稽な姿を現す者共。それを見た者達は優越感に浸りほくそ笑んで気分が爆上がりする事間違いなしなのさ!!!!
「何じゃ?? それは」
三本の尻尾をフサっと揺らして師匠が可愛く首を傾げる。
お酒も入っている所為か嫌に可愛く見えてしまいますね。
「簡単な遊戯です。例えば、今ここに居るのは……。十四名ですよね??」
周囲をぐるりと見渡して話す。
「そうじゃな」
「人数分の棒、又は紙を用意して外からは見られない様にして一から十三までの数字を書きます」
「ふむふむっ」
三本の尻尾が左右へ楽しそうにピコピコと揺れる。
「ここからがこの皇帝様の御戯れで大切な取り決めです。十四の内、一つだけが皇帝と書かれています。皇帝を引いた者は他の一から十三までの者に命令を下せます。例えば、一が二の肩を揉む、とかが良い例ですね。そして、皇帝様の命令は絶対です。引いた数字は人に見られない様にして下さい」
「じゃ、じゃあ!! レイドが私を孕ませなさいと言ったら性交出来るの!?」
こらこら、淫魔のお嬢さん?? 自分の話を聞いていましたか??
「出来る訳ないだろ。数字を指定するんだよ」
「な――んだっ。残念っ」
勢い良くガバっと立ち上がった横着者へ言ってやる。
「一度命令が下されそれを実行したら再び数字、皇帝と書かれた物を元の位置へと戻し。二回戦の開始です」
「お――!! 面白そうじゃの!!」
「そ、そして。不正をした者は奴隷と成り下がり。一生皇帝様の命令に従う取り決めも忘れてはいけませんからね」
此方にぐぐっと近付く師匠を両手で制して言ってあげた。
「じゃあ、人数分の箸を用意しますね――」
「お願いします」
モアさんがひょいと腰を上げ、何処からともなく取り出した箸に筆を走らせていく。
「面白そうじゃない!! いひひ。ユウ――。どぎつい命令下してやっから楽しみにしてなさいよ!?」
「お前さんのクジ運じゃあ一生掛かっても皇帝様を引けないだろう」
「何ですって!? 最強である私に不可能な事は無いのよ!?」
「もう少し口を閉じて話せ!! 唾が飛んでくるだろうが!!!!!」
そこ、喧嘩を始めない。
酒の効果でいつもより激しい乱痴気騒ぎを捉え、呆れた吐息を漏らしていると。
「レイド」
ちょっと舌足らずのカエデの声が聞こえたのでそちらへと視線を向けた。
「どした??」
「どうして皇帝という名前なのですか?? 王様でも構いませんよね??」
「あぁ、それ?? 何でも王様の名前で遊ぶのが憚れるって理由らしいよ」
余り真剣に聞いていなかったからうろ覚えだが、確かそうだった筈……。
「そっか。うん、ありがとうね」
どういたしまして。
こちらも例に漏れずお酒の効果によって赤くなっているカエデに一つ頷いてあげた。
「皆さん、お待たせしましたぁ!! 用意出来ましたよ――」
モアさんが沢山の箸が入った竹製の円筒状の筒を持ち輪の中央へと歩み来る。
「では、試しに一回戦をしてみましょうか!!」
それを受け取ると誰とも無しに前へ差し出した。
「おっしゃ!! 皇帝様のお通りってねぇ!!」
「マイちゃん?? 絶対引けないから安心しなよ」
「喧しいわ!! お惚け狼め!!」
「はいはい。ちょっと五月蠅いから黙りなさい。皆さん?? いいわね??」
「「「「…………」」」」
フィロさんの声を受け筒の中の箸を持った一同が大きく、そして静かに頷く。
そして俺は遊戯開始の合図の声を出した。
「皇帝様はだ――れだっ!!!!」
筒から箸を取り出すと先端に書かれている数字を人から見られぬ様に隠してその先にある数字をそっと確認した。
「……」
五、か。相も変わらず運が無い事で。
皆がそれぞれの表情を窺う中。一人の女性が満面の笑みで元気良く挙手した。
「はいっ!! はぁ――!! 私が皇帝様で――す!!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる灰色の長髪の女性が持つ箸の先端には、確かに皇帝の二文字が刻まれていた。
毎度毎度クジ運が良いよね、ルーって……
「えへへ――。どんな命令にしよっかな――」
嬉しそうに人差し指を唇に当てて考え込む仕草を取る。
「じゃあぁ……。ん――。十一番の人がぁ!!」
人が??
「六番の人の頬にちゅ――ってして下さい!!」
「ぶふっ!!」
いきなり全力全開に飛ばした命令に思わず拭いてしまった。
「ルー!! それは飛ばし過ぎだろ!!」
「え――。いいじゃん、頬だったら。あ!? もしかして!?」
「違います。俺は五番だ」
皆に見えやすい位置へと箸を差し出して言う。
「じゃあ、十一番と六番は??」
「…………」
カエデがすっと挙手する。
そして彼女が差し出した箸には確かに六と書かれていた。
「カエデちゃんかぁ!! じゃあ、十一番はぁ??」
「んふっ……」
げぇっ!! よりにもよってエルザードかよ!!
にぃっと淫靡な笑みを浮かべると箸をポイっと放り捨て、草食動物へ襲い掛かる獣が如く。四つん這いの姿勢で生徒へと向かう。
「せ、先生。その姿勢で迫るのは止めて下さい」
「そぉ――?? カエデの頬っぺたモチモチでぇ。美味しそうなのよねぇ……」
獰猛な獣は今からカエデの頬の味を想像しているのか、淫靡な唾液を纏わせた舌で唇を潤して食らう準備を整えていた。
ゆるりと動く体に同調して楽し気に揺れる臀部、乱れた着衣から覗く柔肌に思考を阻害してしまう恐ろしき魅力を備えた瞳。
あの淫らな獣に狙われたら最後、骨の髄まで食らい尽くされてしまうだろうさ。
「却下です!! その命令は却下して下さいっ!!」
「レイド――。カエデちゃん、あぁ言ってるけど。一度下した命令は却下出来るの??」
「…………」
カエデの恐怖で潤んだ瞳が俺を見つめる。
「――――。出来ません」
厭らしい獣に怯える草食動物からすっと目を反らしてしまった。
「あ、あなたという人は!! 嘘を付いて!! しかも、怯える私を見殺しにする気なのですか!?」
皇帝様の命令は絶対遵守。これは覆せない仕様なのです……。
「いっただきま――すっ!!!!」
カエデの悲痛な願いを合図と捉えた獣が勢い良く飛び掛かると。
「きゃあ!!」
震える草食動物へと覆い被さり四肢を淫らに絡めてしまった。
「さぁ……。観念なさい?? 私が快楽の園へと誘ってあげるわ……」
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと先生!! んっ!! や、やめ!!」
カエデの細い体に腕を回して端整な鼻を首筋にくっつけると、獲物の肉の味を確かめる様に香りを胸一杯に閉じ込めてしまう。
「はぁっ、良い香り」
「ひっ!!」
厭らしく粘度の高い唾液を纏わせた舌で大変美味しそうな首筋をペロリと舐め、訓練着の中へ手を滑り込ませて厭らしい手付きで彼女の柔肌を蹂躙する。
「美味しそうなのはぁ、そこねぇ……」
「んん――っ!!」
絡みつく柔肉の下でジタバタと動く手足。そして、部屋の中に響くピチャピチャとくぐもった卑猥な水の音。
何とも言えない光景に思わず生唾を喉の奥へと流し込み。心の奥底から込み上げて来る何かを必死に抑え込んだ。
カエデ、大丈夫かな……。
「ぷはっ!! どう?? 私の舌の感触は??」
「ど、ど、退いて下さいっ!!」
カエデが真っ赤に煮沸してしまった顔色を浮かべると今も絡みつく淫魔の女王様の体を両手で押し退け。
「あんっ……。もぉ――。恥ずかしがり屋さんめっ」
「も、もう許しませんからね!? 私が皇帝様を引いたらぜっったい酷い目に合わせますから!!」
親の仇を見つけた時よりも更に激しく憤怒に塗れた恐ろしい瞳で俺を睨みつけ、果実酒が入った徳利に口をくっ付けると勢い良く中身を飲み干してしまった。
お、お酒を飲むなとは言いませんが少々飲み過ぎですよ??
そして俺だけに的を絞った命令を下すのは出来れば止めて頂ければ幸いかと存じ上げます……。
復讐を誓い真っ赤に燃える瞳に怯えながら番号が描かれた箸を静かに、そして静々と筒の中へ戻した。
お疲れ様でした。
第三章は予定としては残り三話となりました。次なる章に備えて目下プロット執筆中で御座います。
先日購入したバイオハザードRE4をプレイしているのですが……。
まだプレイに慣れていないのか、不必要な被弾と弾の消費を重ねていますね。しかし!! それでも面白いです!!
ただ、理不尽な即死コンボには思わずクスリとしてしまいましたよ。
チェーンソーマン出現→距離を取る→トラばさみに引っ掛かり……。やら。
羽交い絞め→鍬で刺され→ダイナマイトで大爆死。等々。
カプコンさん、それはちょっと酷いんじゃありませんか!? と思わず突っ込みたくなるエゲツない攻撃の数々に四苦八苦しております。
それでは皆様、お休みなさいませ。