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第一話 漂う郷愁の香 その一

お疲れ様です。


休日の昼間にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは、御覧下さい。




 生まれ育った故郷の街にもう間も無く到着しようとすると。


 見慣れた景色の中、風にそっと乗って届く嗅ぎ慣れた土と草の香りが心に温かい感情を湧かせてしまう。


 視界を閉ざされ、今現在自分が立っている場所は何処だと問われたら正解出来る自信がある。


 体の奥底にまで染み込んだ香りだ。間違える方がおかしいでしょうね。



 俺は大好きな香りだけど、一部の若者が田舎臭いと嫌う香り。


 この香りから逃れる為。煌びやかに輝く都会へと光に誘われる虫の如く若者は旅立つのだ。




 王都レイモンドへと向かう者達が旅の疲れを癒す為の宿場町と呼べば聞こえはいいが、人口約二千名の小さな街。



『ランバート』



 不況の風が吹けば立ち処に各家庭の懐が大変寂しくなってしまう。


 この事はどの街にも当て嵌まりますが、このランバートの街ではそれが顕著に表れるのです。


 王都に向かう者がいなければ、街の収入は減少してしまうから。


 まっ、主な産業は酪農並びに農業ですので飢え死ぬ事は無いのが唯一の利点かしらね。




 街の西側の入り口にひっそりと建つ。見ていて心配になる木造の厩舎を視界に捉え、皆に注意を促した。



『ウマ子を厩舎に預けて来るけど。いつも通り、街の入り口で待っていてくれよ??』



 ファストベースから此処に至るまで幾度と無く街に寄り、常々言い聞かせて来た定型文を念話で送る。



『聞き飽きたわよ』



 俺は言い飽きました。



『早く御飯を食べたいからさっさと行ってこい!!』



 むすっと眉を顰める彼女に何とも言えない視線を送り、懐かしき我が故郷へウマ子の手綱を引きながら第一歩を踏み出した。



 開かれっぱなしの厩舎の入り口を潜ると、その中で藁を均している壮年の男性と目が合う。



「お、おい……。お前!! レイドじゃないか!!!!」


「お久しぶりです!! シュウさん!!」



 紺の作業着に身を包み、嬉しい労働の汗を拭う為の手拭いを首から掛ける。


 幼い頃からずぅっとこの格好なのだ。


 変わっていない姿に高揚感が一気に湧いてしまった。



 俺が幼い頃は確か三十代だったから、今は四十代後半って所か。


 それでもあんまり変わっていないんだよね、この人。


 健康と若さを保つ秘訣は、肉体労働に携わっているからなのだろうか??



「どうしたんだよ!! 急に!!」



 わははと豪快な笑みを浮かべ、俺の肩を激しく叩く。



「任務地から帰る途中なんですよ」


「へぇ!! いや、しかし……。立派になったもんだなぁ」



 腕を組み、俺の軍服姿を見ると満足気にウンウンと頷いてくれた。



 茶の皮の上着に、黒のズボン。


 どうです?? 大変機能性に富んだ服装だとは思いませんかね??



 彼が頷いているのは恐らく。


 俺がこうしてまだまだ半人前ですけど、元気な姿を見せた事に対しての感慨深さを表しているのだと思われますが。


 服装に対しての肯定も含まれている可能性も捨てきれないのです。


 昨今の若者は服装に対して、求めている事を履き違えている傾向が見られますので。


 一応、この服はどうですかと?? と。


 若干仰々しく、胸を張って挨拶を交わした。




「この後はどうするんだ??」


「馬を預けて孤児院に寄ろうかと考えています。ほら、ウマ子。挨拶だ」



 彼女の面長の頬に手を添え、彼へと促すと。



『宜しく頼む』



 そう言わんばかりにぶるっと鼻を一つ鳴かせた。



「ほぅ……。随分と賢そうな馬だけど、足は遅いだろ??」



 流石、厩舎を営む者と呼ぶべきか。


 ウマ子の筋力を見るだけで直ぐに看破してしまいましたね。



「足は遅いですけど、体力と頑丈さには自信がありますね」



「最近はどいつもこいつも足の速さばかりに目を向けるんだ。馬の本来の役目は荷物を、そして人を目的地へと運ぶ事なんだ。足が遅くても、その分。頑丈な筋力が備わっている。うん!! 良い馬だ!!」



 彼がウマ子の足の付け根をポンっと叩くと。



『私の体を褒めたの事は認めるが……。遅い遅いと何度も連呼をするな!!』



 俺達の会話に憤りを感じてしまったのか。



 グンっ!! と顔を上げ彼女なりの精一杯の抗議の仕草を取ってしまった。



「あはは。そう怒るなよ。数時間ですけど、預かって頂けますか??」


「勿論だ!! お前さんには何度も仕事を手伝って貰ったし、その礼だよ」



 宜しくお願いします。


 その意味を籠め、彼に対して大きく頭を下げ。


 此方の帰りを待つ者達の下へと踵を返した。










 ――――――――――。









 生まれ故郷の空気は美味いと、大抵の人はそう話すだろう。


 しかし。


 何んと言いますか……。


 今現在の空気は美味いと言うよりも、気まずいと呼んだ方が正しいかも知れない。



「よぉ!! レイド!! 久しぶりだな!!」



 床屋から出て来た御主人に声を掛けられ。



「お久しぶりです!! お元気そうで何よりです!!」



 威勢良く返事を返すものの。



「あぁ!? お、お前ぇ!! 別嬪さんを三人も連れて……。嫌味ったらしく凱旋報告かぁ!?」



 柔和な目付きが刹那に豹変し、尻窄む声を掛けられてしまった。



「違いますって!!」



 その隣の酒屋の店主には。



「てめぇ!! 上等な女三人も連れて……。生きて帰れると思うなよ!?」


「で、ですから!! 仕事を共にする仲間なのです!!」



 人通りの多い街の主道路を歩くのはやはり回避した方が良かったな……。


 少し歩くだけでもこうして事情を説明しなければならないのだから。




 街道沿いに立ち並ぶ家々の合間を普段より少しだけ早い歩調で進んでいると。




『ね、ねぇ……。ちょぉっと気になったんだけどさぁ』



 直ぐ後ろを歩くマイから念話が届く。



『どうした――??』



 ユウが彼女の言葉を拾い、何やらわなわなと肩を震わせるマイを覗き込んだ。



『さ、さ、さっきからさぁ。美人三人連れて良い御身分って話しかけられているのは理解出来るわよ?? カエデに一方通行の魔法をかけて貰ってるから』



 やはり、と言いますか。


 あんたはその言葉を拾ってしまいましたね??



『そ、その美人三人ってぇ……。当然!! 私と、ユウとカエデよね!?』



 マイが誰かに己の意見を肯定させようと声高らかに念話を発するのだが。



「「「「…………」」」」



 待てど暮らせど誰も肯定の言葉を発しようとしなかった。


 俺の場合は何を言っても殴られる気しかしないので、敢えて!! 聞こえない振りを務めているのです。



『――――――――。そうだな!!』



 流石、心優しき森の御方ですね。


 ユウが沈黙を破り、致し方ない口調でマイに憐憫の眼差しを送りつつそう話した。



『間を開けんなぁ!! 速攻で言えや!!!!』



 彼女のお腹さんへ素晴らしい拳がめり込むものの。



『けほっ。いってぇなぁ……。穴が空いたらどうしてくれんだよ!!』



 特に痛む素振を見せず。


 お返しと言わんばかりに彼女の脳天に手刀を叩き込んだ。



『ばっがむっ!!!! し、舌、噛んじゃったじゃん!!』



 べぇ!! っと舌を伸ばし。


 此処を負傷したんですよと誰にでも分かり易い主張を遂げましたとさ。



『レイドって意外と人気者なのですね』



 右隣りを静々と歩くカエデが横目で此方を窺いつつ話す。



『いろんな場所で仕事を手伝っていたからね。その名残だよ』



 後、申し訳無い。


 意外とって言葉。装飾する必要はあったのかな??



『私は気分が良いですわぁ。レイド様の生まれ故郷を共に歩き、そして美人として見て頂いているので。これは、もう……。私とレイド様は夫婦と捉えられたのと同義ですわよね??』



『お!! あそこのパン屋、絶品なんだ!! マイ、何でも好きな物を頼んでもいいぞ!!』



 いかがわしい柔肉を押し付けようと距離を近付けて来たので。


 やんわりと距離を取り。


 前方に見えて来た古ぼけた家屋に仰々しく指を指しつつ言ってやった。



『やっっほ――――い!! 全部頼むぅ――!!』



 それは止めて!!!!



 全力疾走で店に向かってしまった彼女の後を追い、店先に到着すると。



「おぉ!? レイドじゃねぇか!!!!」


「お久しぶりです!! ラッセルさん!!!!」



 仕事で鍛えた丸太みたいに太った腕、ゴワゴワした黒の短髪。


 そして、職人気質と言わんばかりに汚れた前掛けがこの店がどれだけ素晴らしいかと代弁していた。



 綺麗な作業着の陶芸家。若しくは染みの無い純白無垢の前掛けを着用した料理人。


 対し。


 泥と汗で汚れた作業着に身を包む陶芸家。食材の色を染み込ませた前掛けを着用する料理人。



 どちらの店に入れと言われたら、当然。


 ふっ……。


 俺は間違いなく、後者を選ぶぞ。



 その者がどれだけ仕事に没頭してるのか。


 容姿で判断出来るからです。



「しっかし驚いたなぁ。小さくて可愛らしい子が馬鹿げた速さで店に表れたと思いきや……」


「あ、あはは。彼女は仕事仲間なんです」



 店の中に入り、どれにしようかと右往左往し続ける彼女の背中を見つめつつそう話す。



「ふぅん。それで?? 後ろの美人三人も仲間なのかい??」



 彼の言葉に従い、クルリと振り返ると。



 美人という単語に満更でも無い表情を浮かべた三名が静かに立っていた。



「え、えぇ。そうです」


「まぁいいや!! お嬢ちゃん達!! うちのパン屋は味良し、値段良しと、言うこと無し!! 是非賞味してやってくれ!!」



『だろうね!! んぉっ!! 美味そうな良い香り!!』


『小麦が焼ける良い香りがします』


『昼前ですからねぇ……。小腹が空いた体にこの香りは少々堪えますわ』



 馨しい香りに誘われる様に。


 ユウを先頭に店の中へと吸い込まれて行った。



「あ、そうだ。レイド。これから孤児院へ寄って行くんだろ??」



 当たり障りのない日常会話を続けて居ると、彼が何かを思い出した様に話す。



「えぇ、そうですよ」


「丁度良かった。ほら、昼ご飯用のパンを運んでくれ」


「お安い御用です」



 孤児院の食事はこの店のパンが主食なのです。


 孤児院の運用資金は街の善意による寄付と、国からの援助で賄ってはいるが。実際の経営はかなり厳しい。


 何処かを切り詰めなければとてもじゃないけど運営どころじゃないと。孤児院で働き出してから知ったのだ。


 子供の時分から何となくは理解出来ていたけど、いざ肌身で感じると。改めてオルテ先生ってすげぇなって思い知らされたよ。



 確か……。


 十代後半で子供を産んで。子供が都会に務めに出立して、夫婦共に時間が出来てしまい。


 何を思ったのか知らぬが。


 彼女の夫が孤児院を建設し、国へ援助を請うたところ。その認可が降りたので孤児院を建設。順調に航行を始めたかと思いきや……。




 その数年後。突然の不幸が夫を襲い、オルテ先生一人で切り盛りしなければならない状況に追い込まれた。


 街の皆は孤児院を畳むと睨んでいたのですが……。そんなもの屁でも無いと言わんばかりに経営を継続。


 それから今に至るまで俺を含め、数十名もの孤児を立派に育て世に排出したのだ。


 本当……。


 あの人には感謝してもしきれませんよ。



 お店の経営状況、並びにこの街の現状をアレコレと話し続けていると。



「まぁ!! レイドじゃないか!!」



 恰幅の良い中年の女性が額に汗を浮かべて店先に出て来た。



「お久しぶりです!! ルヴェンカさん!!」


「どうしたんだい!? 急に!!」



 端的に事情を説明し、ついでに店内で喧しい足音を立て続けている彼女達の説明を開始した。



「へぇ……。仲間、ねぇ……。随分と別嬪さんの四人じゃないか」



 マイ。


 良かったな。


 ここに一人、お前さんの容姿を認めてくれる人物が居たぞ??



 まぁ、アイツの場合。


 若く見られ過ぎるってのもあるのかも。十代中盤にしか見えないので美人という言葉よりも可愛らしいという言葉が似合うのでね。



 ――――。



 それは普段の姿を見ていない者からの評価ですよ??


 残虐で、横暴で、大飯食らいの姿を見たら可愛いらしいという言葉は途端に霧散してしまうので。




「これから孤児院へ寄って。オルテ先生に挨拶を告げてから王都へ帰還します」


「何だよ。一泊ぐらいしていけばいいのに」



 そうしたいのは山々ですけどね??


 彼女達は人では無いのです。それが白日の下に晒されるのは回避すべきですからね。


 まぁ……。俺も既に人では無いのですけども。



「事情は分かったよ。お前さん達!! 店の中の商品は半額にしてあげるから、好きなだけ買って行け!!」



 ルヴェンカさんが大声でマイ達にそう告げると。



『い、い、いいの!? 全部買っても!?』



 あなたは人の話をよぉぉく聞きましょうか。


 彼女は今、半額と仰ったのですよ?? そして、支払いをするのはあなたではなく俺なのです。


 大富豪なら全ての商品を購入しても大した損害ではありませんが、庶民級の収入の此方としては大変な痛手になるのです。



 大きな木の盆の上に馬鹿みたいに巨大で荘厳なパンの山を築き上げて行くアイツの姿に恐れを覚え。


 さり気なく。そして二人に悟られまいとして嫌な手汗が滲む手を動かし、財布の中身を確認してしまった。










 ◇









「毎度あり!!!! また寄ってくれよな!!」


「え、えぇ。有難う御座いました」



 こんもりと盛り上がった厚手の紙袋を両手に持ち、肉屋の店主に客らしい所作で頭を下げて道を進む。



 数歩進めば店に寄って行け。


 数十歩進めば美人を連れて歩くなと罵られ。



 全く……。


 嬉しいやら困ったやら……。



 大変複雑な感情が胸の中に渦巻いてしまう。



『お、お肉ぅ……』



 右隣り。


 俺と同じく両手にぎっしりとパンが詰まった紙袋を運ぶマイが俺の手元に視線を送る。



『これは孤児院の人達への差し入れだ。お前さんの分は含まれていないからな??』



 その馬鹿げた量のパンで満足しなさいよね。



 そのパンも、そしてこのお肉さん達も!! 俺が実費で購入したのです!!


 安月給の俺の懐事情も察しろよ……。



『あ、うん……。分かってはいるけど、さ。ほら!! 餓鬼五人と先生二人しか居ないんでしょ!? それなら食べ残しもあるかも知れないじゃん!!』



 どこまで卑しいのですか?? 君は。



『食べ盛りの九から十歳の四人。そして、十四歳の子。残るとは思えないけどなぁ』



 皆元気にしているのだろうか。


 此処へ戻るのは二年振りだからそこまで変わってはいないと思うけど……。



『よぉ、レイド。荷物持とうか??』



 ラッセルさんから受け取った配給用のパンを手に持つユウが此方を窺う。



『大丈夫。有難うね』



『ユウ!! 私があんたのパンを運んであげる!!』



『その目を浮かべたお前さんに食料を渡すのは危険だから遠慮する――』


『な、何よ!! 人が善意で運んであげようって言っているのに!!』



 それは恐らく。善意では無く、悪意に染まった卑しい心でしょうねぇ。



 燦々と輝く太陽の光が瞳に宿り。


 袋から漂う小麦の馨しい香りに目尻がトロンっと下がり、今にも齧り付きそうな開口具合。


 俺がユウの立場であったのなら、彼女と同じく奴には食料を渡さないでしょう。




 お帰り!! 


 そして、もう何度も受け続けた揶揄に対して馬鹿丁寧な礼を返して続けていると。件の建物が見えて来た。



 少々くすんだ木の木目、傷が目立つ外壁はそれ相応の月日を経験した現れであろう。


 街道沿いの少し奥にひっそりと建ち、道行く人達を眺め。見送り続けていた建物の前に到着すると足を止める。


 そして。



「――――――――。只今」



 ポツリと小さく帰還の報告を建物に対して発した。



『は?? 只今??』


 マイがきょとんとした顔で此方を窺うと。



『ここがレイドが生まれ育った孤児院ですか。ふむ…………。ノーマン孤児院。いい名前ですね』



 カエデが入り口前に立てられている表札に視線を送り、柔らかい口調と瞳で施設を見つめた。



『レイド様。ノーマンという方が此方の家を建てたですか??』


『そうだよ。此処を経営しているオルテ先生って人の旦那さんの名前なんだ』



 ちょっとだけ近い距離で此方を見上げるアオイにそう返す。



『では、是非!! 御挨拶を!!』



『何の??』



 聞きたくは無いけども。聞かなければならないこのジレンマ。


 何とかなりませんかね。



『此度、レイド様と夫婦の契りを交わした事ですわ!!』



 当然で御座いましょう!?


 俺の袖をクイっと引っ張って話す。



『残念。ノーマンさんは大分前に遠い世界に旅立ったから居ないんだ。それに、人と魔物は会話が成立しませんのであしからず』



『んもぅ……。言葉ではなくとも、態度で示せば向こうも理解出来ますのよ?? ほらっ、こんな感じで御座いますっ』



 本日は両手が塞がってしまっているので、横着なお肉さんが左の脇腹辺りに密着してしまいましたね。



 体に甘く両腕を巻きつけ。



『うふふ。至極の香り、ですわ』



 鼻頭を服に密着させ、スンスンっと鼻を矮小に動かす。



『お止めさない!!』



 人前で、はしたない!!


 あなたはどういう教育を受けて育って来たのですか!? 親の顔を…………。は、見ましたね。


 娘さんと同様に大変お美しい御顔でした。



 絡みつこうとするお肉から逃れようと四苦八苦していると、此方の喧噪を嗅ぎつけたのか。



 孤児院の両開きの扉が、キィっと心配になる音を立てて開かれた。



「え…………。レイドお兄ちゃん??」


「おぉ!!!! アヤメじゃないか!!」



 肩まで伸びた黒い髪に女の子らしい細い肩幅。


 今まで裏庭の手入れを行っていたのか。薄い緑の前掛けと、手には木製のジョウロを持つ。


 ちょっとだけ頬に付いた土汚れが健康的な印象を此方に与えた。



「お帰りなさいっ!!」



 此方の帰還を祝うかの如く。


 真正面から胸の中に飛び込み、そのまま顔を埋めてしまった。



「っと……。只今。少し、背が伸びたんじゃないのか??」



 出発前は胸下にあった頭の頂点が今は胸の中央付近にあるし。



「うん、もう十四歳だからね。ちゃんと大人になっているんだよ」



 漸く此方の胸から顔を外し、黒き瞳で此方を見上げた。



 ふぅむ……。


 クリクリした栗鼠の瞳は相変わらずだけど、ちょっとだけ大人の女の陰りを見せ始めたと言えばいいのか。



 ちゃんと成長している証に心が温まっていると。



「ねぇ、レイドお兄ちゃん。この人達は??」



 俺から視線を外し、心温まる家族との再会を優しい目で……。



『こ、この泥棒猫め!! レイド様のお胸に顔を埋めるなんて!!』



 基。


 若干一名は恐ろしい瞳を浮かべていましたね。



 概ね良好な視線で此方の様子を窺っていた四名の女性へと視線を送った。



「俺の仲間だよ。彼女達の名前は……」



 端的に自己紹介を告げようと口を開くと、先程は優しく開いた扉が今度は仰々しく左右に開かれてしまった。


 あの扉も可哀想に。


 今の勢いはかなり堪えただろうさ。



「レイド!!!! あんた……」


「オルテ先生!! あはは!! 只今……」



 黒みがかった茶の髪。


 御年五十後半に突入するというのに、それを感じさせない足取りと体幹で此方に向かい来る恩人……。いや、違うな。


 育ての親に只今の挨拶を告げようとしたが。



「この……!! 一体全体!!!! あんたは何をやらかしたんだい!?」


「いってぇ!!!!」



 素敵な家族の抱擁を期待したのに。


 それとは正反対の攻撃が頬を襲った。



「まさかとは思うけど!! 私に言えないやましい事をしてるんじゃないだろうね!?」


「な、何だよ!! 急に!!」



 痛む頬を抑え、目を白黒させながら。むすっと眉を顰めているオルテ先生を見下ろした。



「あのお金の事だよ!! 突然……。あらっ?? この子達は??」



 怒りで顔を滲ませて人の頬を叩いたと思えば、初めて彼女を連れて来た息子を満足気に眺める母親みたいな瞳を浮かべて。



 忙しい人だな。



「共に任務を行う仲間だよ。名前は……」



 俺が端的に説明していくと、マイ達が軽く彼女に向かって会釈を交わした。



「へぇ!! 息子がいつもお世話になっています。頼りなくて横着な子だと思いますが、どうか捨てないであげて下さい」



 俺は飼い主の言う事を聞かない我儘な犬ですか??



「それで??」



 うん??



 何だろう。


 意味深な視線を俺とマイ達に送っているけど。



「どの子があんたの彼女なんだい??」


「ぶふっ!! 違うって!! 皆は仲間って今説明したばかりだろ!?」



 こ、この人はぁ!!


 何でそっち方面に向かおうとするんだよ!!



「もぉ……。この子ったら……。此処に連れて来たって事はアレだろ、アレ。結婚の報告じゃないのかい??」


「全然違う。いい?? 俺達が此処に訪れた理由は……」



 もう何回目か分からない立ち寄った理由を彼女に告げると。



「そうなんだ」



 きょとんとした顔を浮かべ。



「これだけ美人が揃っているのに、勿体無い」



 何が勿体ないのだろうか??



 はぁっと大きな溜息を吐き、再び彼女達へ視線を送った。



「さっきから黙っているけど、随分と大人しい子達なんだね」



 おっと。


 それを説明しなきゃいけないな。


 だが、どう説明したら良いのか。



 喉に大怪我負った。


 生まれつき声が出ない等々、ぱっと思いついた理由を話そうとすると。



『レイド』



 カエデの念話が届いた。



『私達が口を開けぬ理由は、心因性失声症と伝えて下さい。オークに両親を殺害された事によって、心に大きな傷を負って言葉が発せなくなってしまった。心の症状の名前です』



 ふむ、それなら。



「彼女達はオークに両親を殺害され、心に大きな傷を負ってしまい。医者の診断によると、心因性失声症を罹患しているので言葉が発せないのですよ。ですが、此方からの言葉は理解出来ますので安心して下さい」



 これで、どうかな??


 チラリと横目でカエデの姿を窺うと。



『……』



 上出来です、と。


 鼻息を可愛く、ふんすっと漏らしていた。



「そうかい……。それは辛かっただろうねぇ……」



 相手を労わる大変温かい瞳でマイ達を見つめるが。



「そんな事より!! あんたには問い詰める事があるんだよ!! アヤメ!! 食事の用意をするから皆を裏庭に集めておいて!! んで!! あんた達はアヤメの指示に従って御飯の用意を手伝いなさい!!」



 鋭い目を持つ鷹もぎょっとして翼を広げて逃げ遂せる瞳へと豹変してしまった。



 テキパキと此方に向かって指示を送るその姿。



 こういう所は先生らしいよな。




「さぁ!! こっちに来い!! 奥歯ガタガタ言わせるまで問い詰めてやるんだから!!」


「分かったから引っ張らないで!! アヤメ、悪いけどコレ預かっておいて!!」



 腕を引っ張られつつ、孤児院の中へ強制連行される最中に彼女へ向かってお肉が入った紙袋を渡す。



「うん。分かった」


『皆!! 頼むから大人しく彼女の指示に従ってくれよ!?』



『へいへい。こってり絞られてきなさい。ユウ!! 私達で全部食べようね!!』


『全部は駄目だっつ――の』



 俺が一体何をしたのやら。


 皆目見当も付きませんけど。聞くだけは聞きましょうか



「早く来い!!」


「いってぇえ!! 耳!! 取れちゃうって!!!!」




 腕から耳に移動してしまった手が与える痛みに辟易し、抗議の声を精一杯上げるものの。


 それでも彼女は歩みを止める事は無く。


 それ処か。


 久方ぶりの再会によって得た高揚感が彼女の歩む速度を更に上昇させてしまった。



最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!


題名に第一話となっていたのは、第二章の一話目という意味です。


章が変わる毎にその章の一話開始という形を取らさせて頂きますね。

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