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第三百二十三話 食べて飲んで笑って英気を養いましょう!!

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


話を区切ると流れが悪くなる恐れがありましたので長文となっております。予めご了承下さい。




 茜色の空を舞う鳥達が大変怪訝な顔を浮かべて己の巣へと飛んで行き、綿雲がパチパチと二度三度瞬きをして地上を見下ろし、通り過ぎて行く風があははと乾いた音を奏でて山の麓へと向かって行く。


 悠久の時を過ごして森羅万象の理を観察して来た天然自然が呆れ、不思議がるのも無理は無い。


 それだけの事象が地上で行われているのだから。


 い、一体俺はいつまでこの常軌を逸した事象を繰り返さなければならないのだろう??


 乾いた口から疲労と熱が籠った息が漏れ、腹筋が燃える様に熱い……。


 これまで受けて来たどの筋力鍛錬も今行っている運動に比べれば温過ぎると速攻で看破出来てしまうだろうさ。



「百五十二」


「ひぃっ!!!!」


 顔の真上から襲い来る風の刃を躱す為、疲労困憊の腹筋に喝を入れて全力で上体を起こす。


「「おお――ッ!!!!」」



 俺の首と胴体を断絶しようとして襲い来た風の刃は後頭部をすり抜け、いいや。僅かに髪を掠めたか。


 後頭部の髪が冷や汗を掻いているのが良い証拠だ。


 それに何だか毛髪の重量が軽減されたのは気のせいでしょうかね……。いやに頭が軽く感じるぞ。



「はい、次。行きますよ」


「ちょ、ちょっと待って!! せめて呼吸を整えさせ……。いやぁぁああ――――ッ!!!!」



 折角叩き起こした上体が訳も分からん力によって引き戻され、強制的に仰向けの状態へと戻されてしまう。


 上半身に巻き付く光の輪、通常の数十倍に膨れ上がった重力、そして俺の首を刎ねようと躍起になって待機する風の刃。


 捕虜に対して行う惨たらしい拷問よりも更に酷い刑罰を受け続けていると何だか悲しみの涙が溢れ出て来てしまった。



 何がどうしてこうなっちまったんだろう……。


 いや、俺の嘘が大体の原因である事は分かりますよ?? だけど比例原則の法則に従い可愛い嘘には可愛い罰を与えるべきだと思います。


 例えば、ほら。飴を盗んだだけなのに死刑に処すのはおかしいとは思いません??


 しかしそれはあくまでも人間にのみ適用される法解釈だ。魔物には適用されないのが通説なのかもね……。


 それに加えモアさんのアレに付いて知っているのは俺とカエデのみ。


 口にしてはいけない劇物なのだから可愛い嘘というのは少々語弊があるかも知れないな。



 今から遡る事、数時間前。洗い場の掃除を終えた俺達は掃除道具一式を担いで平屋へと戻って来た。


 勿論俺は忸怩たる思いを胸に抱き、両親に叱られる事が分かっている子供の様に一切視線を上げずにいました。



『折角だから風呂へ行くわよ!! 隊長の後に続けぇえええ!!』


『お――っ!!』


 皆等しく汗を掻き、折角御風呂が綺麗になったのだからという理由で女性陣は足並み揃えて湯へ浸かりに行った。


『本当に喧しいですわね……』


『ま、まぁそう言わずに。皆さんで御風呂に入れば気持ちいですから。では、レイドさん行って来ますね――!!』


『え、えぇ。いってらっしゃい』



 件の彼女は俺に何も告げる事無く無感情な足取りで女性陣達の後ろを付いて行く。


 しかし、背中で私は大変怒っていますよと叫んでいた。


 憤怒の感情を撒き散らす小さな背中を見送ると取り敢えずの安堵の息を漏らし。妙にカラカラに乾いた喉を水で潤して縁側でゴロンっと横になって束の間の休息を楽しんでいた。


 疲れからか、それとも夕刻に差し掛った心温まる光景に安らぎを覚えたのか。


 妙に重くなった瞼を閉じ、現実と夢の世界の往来を楽しんでいると。



『んふっ。この匂い、好きっ』



 朝から何処かへ出掛けていたエルザードが俺の背にしがみ付き、こちらの了承得ずにスンスンっと匂いを嗅ぎ。



『汗の匂いが堪らないぃ……』


 己の甘い香りを此方へと譲渡しようとしたのか。俺の腰に両腕を甘く絡みつかせ、決してここから動かないぞと半寝状態の俺へ宣言した。


『お、お止めなさい!!』



 子供のやんちゃに辟易するお父さんの声色を放った刹那。風呂へ向かっていた女性陣が帰って来た。


 うん、いつも通りに機会が悪過ぎる。


 普通の男女間の距離を大いに見誤った状態を発見してしまった海竜様の魔力が炸裂。


 俺の体は地獄の炎さえも生温い業火を味わう事となったのだ。



「百五十三」


 カエデの号令と共に、分厚い風の刃が俺の命を断とうと無表情な顔を浮かべて急降下する。


「ぎゃひぃ!!!!」


 もう限界に近い腹筋を最大可動させ、命の窮地から脱出すると同時に直ぐ後ろでキンっと乾いた音が虚しく響く。


「お、お願いします!! も、もう無理です!! 腹筋が動きません!!」


 恥も外聞もかなぐり捨てて、縁側にちょこんと腰を下ろす拷問官に向かって懇願を放った。


「無理?? その割には良く口が動くじゃありませんか。本当に無理でしたら、飛蝗も驚く動きを見せる事は出来ませんからねっ」


 彼女が右手の人差し指を地面に向けてクイっと下げると。


「ひ、ひぃいいっ!!」


 俺の上半身は強制的に地面へと仰向けの状態にさせられ、あの風の刃が俺の首に狙いをじぃっと定めるのだ。


「ほ、本当にごめんなさい!! 嘘をついた事は謝ったじゃないですかぁ!!」


「謝意を述べて許されるのでしたら世の犯罪者はすべからく頭を下げ続けるでしょうね」


「そ、そんな!!」


 あ、あんまり過ぎませんかね!?


「ねぇ――。カエデちゃん。嘘付いた事がそんなに許せないの??」



 ルーが左前足を俺の額にポフンっと乗せつつ話す。



「えぇ、許せませんね。友人に対して嘘をつくなんて……。とてもじゃありませんが了承出来ませんよ」


「あはは、カエデ――。そんなに怒ると、皺になっちゃうゾ」



 怒り心頭の海竜さんの胸元をエルザードがツンっと突く。



「皺になっても構いません。後、先生。今すぐ手を離さないと後悔しますよ??」


「こっわ。ねぇ、レイド――。頑張って腹筋してみなさいよ――。良い物見せてあげるからっ」


 良い物?? この拷問から解放してくれる便利な物を見せてくれるのだろうか。


「百五十四」


「ふんうぅううっ!!!!」


 涙で濡れる瞳を引っ提げて死ぬ思いで上体を起こすと疲れ過ぎた所為か。


『チッ……。また避けやがって……』


 無表情である筈の風の刃に苛立ちを募らせる表情が見えて来てしまった。



 も、もう嫌……。誰か助けて……。



「レイド――」


「は?? 何……」


 カエデの隣で満面の笑み浮かべて座るエルザードに視線を移すと。


「……」



 厭らしくにぃっと口角を上げ、嫋やかに座っていた足をゆっくりと左右に開いて行く。


 彼女は今現在スカートを履いている。


 つまり、このまま視線をあそこに置き続ければお宝……。基、下着を捉えてしまうので。



「ふんぬっ!! カエデ様!! 次をお願いします!!」


 それを捉えれば確実に殺されると判断した頭と体が有無を言わずに仰向けの状態へ戻してしまった。


「あ――。逃げたなぁ??」


「ふむっ。紳士的な態度は好感を持てます」



 良かった、どうやら少しは機嫌が戻ったみたいだな。


 あの口調から察するにもう間も無く解放されるであろうさ。


 しかし、その安心も束の間の出来事であった。



「逃げる悪い奴にはぁ……」



 エルザードが縁側から立ち上がり俺の体を跨ぐ様に立つと長いスカートをゆるりと捲し上げていく。



「無理矢理見せちゃうゾ」



 淫靡な笑みに背筋がゾクリと泡立つ。


 これには二つの意味があります。


 一つ、彼女の笑みが破壊力満点だから。


 二つ、彼女の頭上で何処からともなく現れた鉄が一つの塊になっていくからだ。



 もう間も無く世の男性垂涎のお宝が見えてしまう。


 見えそうで見えない絶妙な塩梅が訪れたと同時に鉄の塊がドデカイ鉄球へと姿を変え。俺の腹部へと急降下を始めてしまった。



「や、や、止めてぇぇええ――――ッ!!!! あぐぅぶっ!!」


 常軌を逸した速度で鉄球が腹部にめり込むと視界が明滅、喉の奥から何やら酸っぱい物が込み上げる。


「うっへ。痛そうだな」


「だよねぇ――」


「ユ、ユウ。ルー……。黙って見てるのなら……。助けてくれても良いじゃ無いか……」



 猛烈な痛みを放つ腹を抑え、地を這う芋虫も思わず首を傾げてしまう可笑しな悶え方をしながら半ば自棄になって話す。


 ま、不味い。少しでも気を抜いたら透明な液体を吐き散らしてしまいそうだ……。



「ん?? 助けたらどうなるか分からないし」


「そうだねぇ。怒ったカエデちゃんに構うととんでもない事になるからねぇ――」


 は、は、薄情者!!


 そう叫べたらどれだけ楽か。


「んふっ。私のお宝、見えた??」


 こ、この野郎……。


「見えませんでした!!!!」



 風の刃で首を刎ねられようが、山よりデカイ鉄球で胴体をぶち抜かれようがもうどうとでもなれ。


 この痛みから解放されるのなら本望だ。


 そう考え、仰向けの姿勢から俯せの姿勢へと鞍替えして一切の視覚の情報を遮ってやった。



「何よ――。今日は珍しく白なのよ?? 私が白色を履くなんて滅多に無いんだからねっ」


「余計な情報は要りません!!!!」



 どうしてあなたは火に油を注ぐ真似をするのですか!!!!


 背の上に感じる灼熱の業火がチリチリと後頭部の髪を焦がし、燻ぶった嫌な臭いが鼻腔に届くと同時に救世主が地獄の業火の中へ颯爽と舞い降りた。



「何をしておるのじゃ」


「あらあらまぁまぁ……。拷問の類ですか」


「わっ。凄く楽しそうね!!」



「全然楽しくありません!!!!」



 フィロさんの的外れな言葉に思わず顔を上げてしまった。



「あはは!! 冗談よ。もう直ぐ楽しい楽しいお疲れ会だし。その余興かと思ってね!!」


「その余興で死人が出る所だったのですよ?? 笑い事じゃあありません!!」


 ケラケラと若々しい笑みを零すフィロさんをジロリと睨む。


「本当に死にますか??」


「勘弁して下さい!!!!」



 俯せの状態から素晴らしく早い速度で土下座へと移行してこれでもかと額を地面へ擦り付ける。



「またあなたはそうやって……。土下座すれば済むと考えているのです?? あなたの安い頭一つで私の機嫌が良くなるとでも??」


「お、お許し下さいませ。カエデ様……。私が愚かでした。今後、二度と貴女様へは嘘を付きません。そして、再発防止の為にこれからも……」


「話が長い。ほれ、行くぞ」


 呆れた溜息を師匠が放ち複数の尻尾が勢い良く空気を撫で斬ると。


「おぉ!?」



 俺の上半身を拘束していた光の輪が消失。そして、八本の尻尾が俺の体を包み天国へと誘ってくれた。



「ふぅ……。今日の所はこれで許してあげますよ」


「ふぉんとうですか!?」


 モコモコの毛に言葉を邪魔されつつ話す。


「今日の所は、と言ったのです。私は全てを許した訳ではありません。言葉の意味をしっかり捉えなさい」


「ふぁい……。ごめんなさい……」



 極上の触り心地と呼んでも差し支えない毛に包まれながら謝意を述べると、体全部を覆い尽くすフワモコの尻尾の感触を楽しむ。


 師匠の尻尾って花の香りもするし何より……。温かいんだよね。


 生命の息吹を感じさせるとでも言えばいいのか。


 この温かさにずっと包まれていたい、そして可能であるのならばこの安全地帯で嵐が過ぎ去るのを待ちたい。


 決して叶わぬ願望を心の中で唱えていると不意に畳みの上へと投げ出されてしまった。



「いでっ」


「これ、足を開かぬか」


 畳の上で尻餅を着く俺の足をちょいちょいと蹴る。


「これで宜しいですか??」


 素早く姿勢を整えて胡坐をかく。


「うむうむっ!! 良いぞ!!」



 そしていつも通りに何の遠慮も無しに両膝の上に座ってしまいましたとさ。



「ねぇ――。御飯はぁ――??」


「もう間も無く来る。焦るな、愚か者め」



 正面奥に座るマイの催促に師匠が呆れた口調で返す。



「早く来ないと餓死しちゃうわよ!!」


 人の体はそんなに早く餓死出来ない様になっていますので御安心下さい。


「ねぇ、リュー。もうちょっと向こうに行ってよ」


「貴様が行け」


「カエデ――!! こっちに来て下さいっ!!」


「そっちは五月蠅そうなので此処で座ります」


「じゃあそっちへ行きますね!!」



 続々と大部屋へと集い輪を形成する傑物達。この部屋がここまで賑やかなのは初めての事だな。


 師匠達指導者が四名、まだまだ若輩者である俺達が八名の計十二名だ。今宵の宴はさぞかし喧しくなる事でしょうね。



「師匠、楽しみですね」


 長く苦しく厳しい訓練を経ての会だ。きっと体も心も回復へと向かう筈。


 それに昼ご飯を抜いた所為か、お腹が早く何かを寄越せと五月蠅いのです。


「ふふ、そうじゃな。儂も楽しみじゃて」



 師匠の嬉しさを滲ませた口調が眼前で左右に揺れる三本の尻尾越しに届く。


 良かった、機嫌が良くなってる。


 ちょっとだけ気になった朝の様子はどうやら杞憂に終わりそうだな。



「酒も出る。お主も最初の一杯は付き合え」


「りょ、了解しました」



 ネイトさん達と酌み交わしたお酒の様に己の力量を見誤った量の飲酒をする訳ではないし、最初の一杯程度なら大丈夫でしょう。


 狼の里の皆さんに浴びる様に酒を飲まされた日の翌日にはとんでもない目に遭ったからな……。



「うわっ。ちょっと、そこ退きなさいよ」


 はい、ここで厄介な人の登場です。


「貴様が何処かへ行け」


「ねぇぇえ――。レイドぉ。そこ、婆臭くなぁい??」


「臭くありません!! 寧ろ花の馨しい香りがして心地良いです!!」



 左腕をグイグイと引っ張る横着者へと叫ぶ。



「ふふん?? どうじゃ。我が弟子は心地良いと申しておるぞ??」


 師匠も師匠です。


 相手を挑発する真似は止めて下さい。


「あっそ。じゃあ後ろから失礼しちゃうもんねぇ――」


「はぁ!? お、おい!! くっつくな!!」


 ポニっと。そしてもちっと密着する柔らかい何かが背を喜ばせる。


「へへ――。柔らかいでしょう??」



 正面から届く花の馨しい香り、背に感じる柔らかくて心地良い感覚。


 世の男性が夢にまで見た桃源郷が此処に在る。


 そう断定しても構わない状況であるがこれには制限時間がある事を忘れてはいけない。桃源郷に身を置いても良い時間は精々数秒。


 これを超えると桃源郷から一気に地獄絵図と化してしまうのだ。



「貴様……。余程命を散らしたいらしいな!!」


 それを証明するが如く、師匠の怒気に合わせて尻尾が八本に増えてしまった。


「ちょっと五月蠅いから黙ってて。ねぇ?? こっちで楽しみましょうよぉ」


「ここで十分です!!」



 首に絡む淫らな腕。胴体を引きちぎろうと画策する毛並の良い複数の尻尾。


 体は前へと進もうとするのだが、首は後方へと下がろうとする。


 つまり、この体は相反する方向へと進もうとしている訳だ。当然、人間の体はそんな都合よく出来ていない。



「ぐぇぇええ……」



 気道がグイグイと圧迫されて肺が驚愕の表情を浮かべれば、尻尾に締め付けられる胴体が首に負けじと辟易した表情へと移り変わる。


 お願いします……。御二人共もういい大人なんですから静かに過ごして下さい。


 右手は胴体を締め付ける尻尾へ、左手は首に絡みつく横着な両腕へと回し。


 今出来る精一杯の抵抗を見せていると師匠の美しい背中越しに陽性な感情を籠めた声が聞こえて来た。



「お待たせしましたぁ!! 私達が丹精込めた料理を……」


「「御賞味あれっ!!!!」」


「「「「うぉぉおおおお――――ッ!!!!」」」」



 モアさんとメアさんの声が聞こえたなと頭が判断した刹那。鼻腔に食欲を多大に刺激する香りが届く。



「あはっ、凄く美味しそうじゃん!!」


 エルザードがうら若き乙女の燥ぐ声を上げると輪の中央に置かれている御馳走へと進んで行った。



 はぁ……。やっと退いてくれたな。


 首の拘束が漸く解かれ、やれやれと疲労を籠めた息を漏らしながら首を傾け。師匠の美しい尻尾越しに未だ見えぬ御馳走へ視線を送る。



 食欲を多大に湧かせる白い蒸気を上げてカラっと揚がった事を証明する鶏肉の唐揚げ。


 白いお皿の上に乗せられた牛肉の塊から零れ落ちる大量の肉汁が唾の分泌を促し、お肉ばかりでは体に良くありませんと優しい声色で忠告を放つ野菜炒めさんが脇を固める。


 今の今まで泳いでいたのかと問い正したくなる鮮度抜群の川魚の塩焼きに女心を鷲掴みにする可愛い色の焼き菓子類。


 そして、その中でも群を抜いて威光を放つ巨大な御櫃に聳え立つ白米の山。


 等々、枚挙に遑がない御馳走に思わずうっとりとした視線を向けてしまった。



 す、凄いな。正に贅を尽くした料理じゃないか……。



「まだまだあるからなぁ!! 気にせずガンガン食べてくれ!!」


「直ぐに汁物をお持ち致しますからね――」


「う、嘘ぉ。こ、これ。全部食べていいのぉ??」



 モアさんとメアさんが運び続ける料理の動きと同調して首を縦に揺らすマイがそう話す。


 この御馳走を前にして独占欲が湧くのは分からないでも無いけど……。流石に全部は無理だろ。


 そして俺達は平屋の大きな部屋の中で御馳走を囲む形で輪を形成して、素晴らしい宴を始める準備を完了させた。



「イスハ様、どうぞ」


「うむ」


 モアさんが師匠を始めに一人一つの徳利と御猪口を渡して行く。


「うふふ、これは私が自作した果実酒です。レイドさんは余りお酒を嗜みませんが……。喉越し、そして舌触りは絶品ですので安心して召し上がって下さい」


「あ、有難う御座います」



 あの雰囲気を滲ませないって事は恐らくこのお酒に『アレ』 は入っていない。そういう事なのでしょう。


 生を感じさせない狂気に塗れた顔は何処へ。万人が認める柔らかくてほっこりとした顔を浮かべているし今だけは信じていいのかも。



「これ、本当に美味しいわよ??」


 左隣に座るエルザードが早くも御猪口にお酒を注ぎながら話す。


「試飲した事あるの??」


「うんっ。えへへ、早速一杯……」



 いや、乾杯の挨拶が未だでしょうに。


 それを見越したのか。


 師匠がコホンっと咳払いを放ち、静かに立ち上がり乾杯の音頭を取った。



「皆の者!! 良くぞ厳しい訓練を成し遂げた!! 体の筋肉が悲鳴を上げ、精神を蝕まれ、幾度と無く音をあげようと考えていたじゃろう。じゃが誰一人として脱落しなかった!! 儂は本当に嬉しいぞ」


 右隣りから放たれる師匠の力強い御言葉にウンウンと頷く。


「絶望の淵に追いやられるも決して諦めぬ強き精神力。強力な相手に体を穿たれも耐え抜く狂人的な肉体の強さ。そのどちらもお主達は身に着けた。じゃが、頂へとは至っておらぬ。遥か彼方に霞むその頂へと向かい、精進を怠らなぬ事を努々忘れるな」



 う、ん……。ちょっと長いかな?? 乾杯の音頭は余り長引くと楽しい宴に水を差す結果になってしまいますよ??



「ウ゛ゥゥ……」



 向こう正面のマイが逸る気持ちを抑えきれずに御馳走へ向かって飛び出しそうだし。



「思えば儂らもお主達と同じ境地に立っていた。共に飯を食い、共に切磋琢磨し、共に感情を共有した。己が気付かぬ事を指摘し、それにより自己陶酔という甘い罠に掛かるのを未然に防いでくれる。固い絆で結ばれた友は良いぞ……。お主達もここで慢心するのでは無く、仲間として。いや、友として互いの……」



「なっが!! はぁい、皆さんっ!! 御猪口を取って!!」



 フィロさんが師匠の言葉を強制的に終了させると。



「ま、待て!! 儂はまだ言い終えて……」


「早速始めましょう――!! かんぱ――い!!!!」



 エルザードが御猪口を掲げ、素晴らしき宴の開始を告げた。



「うおおおっ!! 肉ぅ!! 米ぇ!! 魚ぁぁああ!! 全っっ部私が食う!!!!」


 マイが悪鬼羅刹も驚いた顔でどうぞどうぞと道を譲る勢いで御馳走へ向かって突貫。


「いたっ!! ちょっとマイちゃん!! 押さないでよ!!」


 その勢いに撥ね飛ばされて尻餅を着いてしまったルーが怒りを露わにして叫ぶ。



 開始直後に予想通りの行動と喧噪かよ……。


 あっちは暫く五月蠅そうだし、雰囲気が落ち着くまで果実酒をチビチビと頂こうかしらね。


 徳利に手を掛け美しい白が目立つ御猪口へと注いでいく。



 滑らかな透明の液体が御目見えしたと思いきや馨しい果実の香りとお酒特有のツンっとした刺激が鼻腔を楽しませてくれた。



 嘘だろ?? ここでもう果実の香りを感じるぞ。


 最初に感じたのは柑橘の香、そこから遅れて甘い匂いがやって来た。


 エルザードが言っていた様にこれは本当に美味しいのかも。


 小さな御猪口に対して口を窄め、お上品な一口を頂く。



「――――。はぁっ、美味しい……」



 液体に含まれていた様々な果実を俺は……。食べてしまった。


 そう、食べてしまったのだ。


 口内に果肉は存在しないのに思わずモグリと咀嚼してしまう。頭が、そして本能がこのお酒は液体では無くて固形物だと認識してしまったのだろう。


 魅惑溢れる液体を喉の奥に送ってあげるとお酒本来が持つ力によって程よい熱が発生。


 胃袋に到達するとお腹の奥がほんの僅かに温まり、ここがちょいと肌寒い初春の山腹である事を忘れてしまった。


 普段酒を飲まない俺でもこれなら幾らでも飲めそうだ。



「ねっ?? 美味しいでしょ??」


 エルザードがキュっと口角を上げてこちらを見つめる。


「最高だね。おっ、空だぞ」


 彼女の前の徳利を手に取り。


「ふふっ、ありがとっ」


 空の御猪口を魅惑の液体で満たしてやった。


「そう言えばさ……」


 元の位置へと戻り、自分の御猪口へ二杯目を注ぎながら話す。


「何??」


「朝から何処へ行っていたの」



「ぬぁぁああ!! ユウ!! その御菓子何処にあった!?」


「土鍋の裏。ってか、それは流石に盛り過ぎだろ……」



 マイ右手にが持つ皿には贅を尽くした料理の欠片がほぼ満遍なく乗せられ、今にもお皿から零れ落ちそうになっていた。


 はは……。ユウが呆れるのも頷けるよ。



「あぁ。ん――――…………。うん。明日教えるよ」


 明日??


「別に今でもいいだろ」


「今はさ……。この時を楽しみたいのよ」


 きゅっと目を細め、馬鹿騒ぎをしている円の中央へと視線を送る。


「了解ですよっと」



 深刻な問題なら飯を食っている場合じゃないし、そこまで気に留める事も無いか??


 いや、でもそうなると師匠の朝の様子もおかしかったし……。俺達に言えない何かを隠しているのだろうか。



「もしかしてぇ、焼きもちぃ??」


 右肘で俺の脇腹をツンツンっと突く。


「どうして嫉妬しなきゃいけないんだよ」


「え――。だってさぁ、行先を聞くって事はだよ?? 他の男に私の好意が向けられるのが嫌だって事じゃん」


「それは付き合っている男女間の感情だろ。俺とエルザードは仲の良い友人だし」



 あ、もう二杯目飲んじゃった。三杯目に行きましょう。



「じゃあさ」



 おっとっと……。危ない。零してしまう所だった。


 こんな美味しいお酒は早々飲めないし、大切にしないとね。



「――――――――。付き合っちゃおうか」


「ゴッフッ!?!?」


 突拍子も無い発言を受け取ると唇の裏から液体が吹き出そうになってしまう。


「ゴホっ……。何言ってんだよ」


「別にいいじゃん!! 人生は一度きりなんだぞ!? 楽しい事しないと勿体無いじゃん!!」


 お酒の力によってポポっと頬が赤く染まったお惚け者がそう話す。


「あのねぇ。今はそんな状況じゃないでしょう?? 世の中は未だ混沌に包まれ……」


「コントン?? あ、私の事かな??」


「違います。世界の状況の事を指している意味です。それに俺だって任務やら仕事やらで為すべき事が大いにある。エルザードも淫魔の里で仕事があるだろう」


「う――……。それは聞きたくないぃ……」



 両耳を塞ぎ、むっとした表情で俺を睨む。



「お互いが忙しい状況で付き合っても絶対上手くいかないだろう」


 多くの経験者はそう語る。けれど、俺は経験者では無いのであくまでも予測ですけどね。


「じゃあ平和になったら考えてくれる??」


「その時はその時だな」



 今みたいにこうして全員が揃って笑みを浮かべているとは限らないだろうし。俺一人だけ幸せになるのはちょっと、ね。



「男らしくないぞ!!」


「ぐえっ!!」


 赤く染まった頬のまま両手で俺の首を絞める。


「大体!! 世の男は私が目の前に居るだけで平伏すのよ!? それをまぁ……」


「そ、それはエルザードの魔力の所為じゃないの??」


 細い腕なのにい、意外と力があるじゃないか。今にも気道が完全に閉ざされてしまいそうだ。


「あ、それもそうか」


 要領がいった顔を浮かべてぱっと手を離す。


「だろ??」


 やれやれといった感じで溜息を吐くと。


「おっひょう!! いっただきますぅ――!!」



 超大盛の皿へと突撃を開始したマイへ視線を動かした。



「ゴッフッ!! ガッホボ!! ンン゛――ッ!!!! ン゛マイッ!!」


 物凄い勢いで減って行くな……。まるで数日間餌を与えられ無かった犬の咀嚼の速度を優に上回る速さに思わず目を丸めてしまう。


「テメェ!! 口を閉じて叫べ!! こっちに何か飛んで来ただろ!!」


 そしていつも通りアイツのとばっちりを受けたユウの辟易した姿を捉えるとアハハと乾いた笑い声を放った。



 さてと、俺もそろそろ飯を取りに行こうかな。


 空きっ腹に酒はキツイ。


 飲み易いのに意外とお酒の力が強いのか。果実酒の力が体をホカホカと温めているのが良い証拠です。


 モアさんが用意してくれた取り皿を手に持ち、陽性な感情を我慢出来ない軽い足取りで輪の中央へと向かって行った。




お疲れ様でした。


本日は何の日か皆さんご存知ですよね?? そう……。


バイオハザードRE4の発売日ですっ!! 日付が変わってしまったので正確に言えば昨日なのですが……。


何はともあれ、遂にやって来ましたね!! この日をどれだけ待ち侘びた事かっ。


バイオハザード4と言えば先ずアクションが思い浮かび次に浮かぶのは、思わずクスリと笑えてしまう空耳ですね。


今作でも勿論採用されているらしいので今から楽しみです。あ、今日は買いに行く暇が無かったので手元にはありませんよ??


この週末を利用して買いに行く予定です。




そして、本日PVが四十万件を超える事が出来ました!!


連載を続けられているのは皆様の温かな応援のおかげであると改めて認識させて頂きました。心から厚く御礼申し上げます。


まだまだ彼等の冒険は続きますのでどうかこれからも見守り続けてあげて下さいね。



それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。

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