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第三百二十二話 二分の一の不運な者

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 大変素敵に晴れた空の下。


 平屋の中に存在する全ての畳を外し、縁側の淵に畳の片面を預けて気持ち良く天日干しにしている様を満足気に眺めて大きく息を付いた。



 ふむっ……。この光景は中々のものですね。


 恐らく世の主婦達もこうして綺麗になっていく様を見て柔らかい吐息を吐くのでしょう。



 私達の生活によって溜まった汚れを落とすのは至極真っ当な仕事です。


 故あって訓練後に始めている訳なのですが、疲労が溜まった体そして蓄積された汚れの多さからか。早々簡単には落とせません。


 畳を外して現れた床板に残る塵、天井の細かい所にがっしりとしがみついた埃、そして……。



「わぁっ。コホっ……。う――……。掃いても掃いても埃が出て来るよぉ――」


 金色の瞳を宿した灰色の長髪の女性が縁側で咽つつ叩きを振るって畳の埃を落とす。


「それだけ汚れが溜まっている証拠ですよ」


「だよねえ――。おぉっ!! えへへ、また毛が出て来た!!」



 そう、狼さん達の抜け毛が至る所の隙間に挟まり屈強な毛玉を形成。この仕事の大半は彼女達の抜け毛との戦いと呼んでも過言では無かった。



「全く……。塵の大半はあなた達の抜け毛じゃないですか。それを掃く此方の身にもなって下さいまし」



 白い布を頭に被り、そしてこれまた白い布で口元を覆うアオイが辟易した様子で口を開く。


 掃除に向けての装備を皆等しく装備していますが……。


 目元は流石に隠せないので細かい埃が目に襲来して時折チクンと刺激していた。



「私ばっかり怒らないでよ――。この毛にはリューのも含まれているんだから」


「…………。す、すまぬ」



 声、小さいですね。


 縁側で溜まった塵を箒で表へと掃き続けるリューヴが視線を落として申し訳なさそうに話す。


 大部屋の掃除、その奥の部屋。考えられる掃除の行程は大方終わりましたし、そろそろ一息付きますか。



「皆さん、少し休憩しましょう」



 午前から毛玉との格闘を始めて今は既にお昼過ぎ、疲労の蓄積は仕事の効率を下げますからね。


 それにこのままだと強面狼さんが自責の念で肩身を狭い思いをして午後に響く恐れがある。気分転換という奴ですよ。


 縁側に箒を立て掛け畳の合間に腰かけ、装備一式を外して大きく息を吐いた。



「賛成――!! ふぅ――。気持ちいいねぇ!!」


 私の隣で大袈裟にルーが寝転び。


「たかが掃除だと甘く見ていたが……。ふむ。意外と鍛錬に向いているのかも知れぬ」


 コロコロと気持ち良さそうに寝転がるルーの隣で、腕の筋肉を解しつつリューヴが座り。


「はぁ――……。早くレイド様に会いたいですわ……。もう狼の毛を見るのはうんざりですわ」


 列の端にアオイが座り休憩の列が完成した。



「うっわ。アオイちゃん、まだそういう事言うの――??」


「何度でも言いますわ。あなた達の、毛を、見るのは、うんざりですの」


 どうして一々区切ったんだろう?? 多分それだけ思う事があるのでしょう。


「も、申し訳無い……」


「もう怒った!! アオイちゃんには直接狼の毛の有難さを体感して貰うんだからぁ!!」



 心の羞恥を悟られまいとして両手で顔を覆うリューヴの頭上を一頭の狼が飛び越え、白き髪の女性へと襲い掛かった。



「ほらっ!! ほらっ!! フサフサのモフモフでしょう!?」


 アオイのふくよかな双丘に黒き鼻頭を捻じ込み、大きな両前足でガッチリと彼女の肩を掴む。


「あははは!! お、お止めなさい!! くすぐったいですわ!!」


「止めないもん!! アオイちゃんが狼の毛は素敵ぃって言うまで放さないからね!?」



 それはいつまで経っても言わないと思いますよ?? アオイは意外と頑固ですからね。



「おほほっ!! すんごい柔らかい!!」


「ひゃあっ!! そ、そんな戯言を言う訳がありませんわ!!」


「狼の姿の方が楽なのだがこれからは人の姿で過ごすべきか?? いや、それだと……」



 狼に襲われている美しい女性とはち切れんばかりに尻尾を振るお惚け狼。その奥で今も両手で顔を覆う女性。


 何だか心がホッと和む光景に肩の力が抜けてしまった。



 こうして心落ち着けるのも皆さんが目的を達成したからなのですよね。


 何事も無く達成出来て御の字ですよ。


 訓練が始まる前は向上心に満ち、どんな苦しい訓練にも耐えてみせると意気込んでいましたが……。


 いざ訓練が始まると固く誓った決意が直ぐにでも折れそうになってしまいました。


 体全体の筋肉が悲鳴を上げる運動。胃袋が体の外に逃げ出すんじゃ無いかと心配になる御飯の量。


 そして……。シェスカさんとの邂逅。


 そのどれもがこの体の血肉になってくれたと考えるとついつい陽性な感情が湧いてしまう。


 今の私ならどんな敵が来ても負けそうにありません。


 此度の訓練で得た経験と知識、それを反芻してより高みへと昇りましょう。



「ほらほらぁっ!! 沢山舐めてあげるからねぇ!!」


「お、お止めなさい!!!!」



 粘度の高い液体を纏わせた舌の襲来に目を白黒させつつ必死に押し返そうとしている彼女の様子を見つめながらそんな事を考えていた。



「あらぁ――。休憩ですかぁ??」


 うん?? モアさんの声だ。


「えぇ、丁度キリが良い所でしたので」



 狼に襲われ口を開けて笑みを浮かべるアオイから視線を外しつつ、声がした方向へと返事を返すと。



「成程成程ぉ。それじゃあ……。御茶菓子でも如何ですかぁ??」



 私の視線はアレを捉えてしまった。


 彼女が右手に持つのは木製の御盆。その上に乗るのは白磁の湯呑と小さな受け皿の上に乗る三つのお饅頭だ。


 今回はお饅頭ですか。


 定石通り外観からは確認出来ないモノで勝負してきましたね。



「そ、そうですね。皆さん、頂きましょうか」



 若干震える声を御しつつ声を出す。


 ど、どうしよう……。お饅頭を割って中身を確認するのは流石にあからさま過ぎますよね??


 しかも!!!! いつもは私の身代わりになってくれる彼が居ません!!


 不味い……。非常に不味いです。何んとかしてこの場を上手く切り抜けないと私の体内にアレが侵入してしまいます。



「やった――!! モアさんありがとう――!!」


「け、ケダモノめ!! やっとお退きになりましたか……」


「いえいえ。本来なら私達のお仕事ですから。それを手伝って頂けるだけで……。私は幸せだなぁっと思うのですよ」


 私達が座る縁側に美しい所作でお饅頭擬きとお茶を置いて行く。


「おぉ……。茶の香ばしい香りと……。スンスンっ。ふふっ、饅頭の甘い香りが疲れを拭ってくれるようだ」



 へぇ……。


『匂い』 は大丈夫なんだ。


 リューヴがすんすんと鼻を引くつかせてニコっと口角を上げる。



「ささ、丹精込めて作りましたので。どうぞ……。召し上がって下さいね」


「「「頂きますっ」」」


 私以外の三名が何の疑いも無くお饅頭を口に運ぶ。


「んっ!! 美味しいぃ!!」


「本当ですわ。小豆の柔らかい甘味が疲れた体に染み渡りますわね」


「うむ。驚く程柔らかい皮の食感が心地良いな」



 ふ、ふぅん。美味しい、んだ。


 でもなぁ……。アレの正体を知る限り躊躇なく口に迎えようとは思いませんね。


 空間転移で何処かに送ろうかな?? 幸い、モアさんは向こうの三人へと視線を送っていますので。


 さり気なく、そして何気なく。お饅頭を乗せたお皿を畳みの影へと隠そうと手を動かしたその時だった。



「――――。あっれぇ?? カエデさんっ?? 食べないんですかぁ??」

「ひぃっ!!」



 目の前に生気を一切感じさせない瞳を宿した彼女が出現。


 何処から取り出しのか甚だ疑問が残る切れ味の良い出刃包丁を片手に私の顔をじぃぃっと見下ろしていた。



「あ、いや。生憎……、その。お腹が減っていませんので」


 無難且ありきたりな言い訳を述べる。


「ふぅん。そっかぁ……」



 関心ない素振を見せつつも、死んだ瞳は私が手に持つお饅頭から離れてくれない。


 ど、ど、どうしよう。


 このままじゃ食べざるを得ない状況に追い込まれてしまいます!!



「カエデちゃん!! 良かったら食べてあげようか??」



 私の普段の行いが良い所為もあるのか、幸運の女神様はやはりいらっしゃるのですね。


 ルーが嬉しそうな笑みを浮かべて救いの手を差し伸べてくれた。


 この僥倖に乗じてこの劇物を早く譲渡しないと。



「勿論です。宜しかったらお食べ……。にぃ!?」


「駄目に決まってるでしょ。私が折角作ったのに」



 右手に持つお饅頭を差し出そうとしたら出刃包丁が天高い位置から降り注ぎ、お饅頭の進行方向を妨げてしまった。


 気付くのが少しでも遅かったらあの一閃で私の腕は……。



「あ、危ないじゃないですか!! あぁっ!!」



 私の急な動きに耐えられなかったお饅頭が受け皿の上からコロンっと縁側の床に転げ落ちてしまう。



「あぁ――ぁ。あぁ――――あっ!!!! 私が作ったお饅頭が落ちちゃったなあ!! これはもう……。責任逃れが出来ませんねぇ!!」


「直ぐに拾いましたので……。ル、ルー。ほら、あげますよ」



 震える手でお饅頭を差し出すが。



「ん――。何か、もういいかな?? 落ちちゃった物だし」


「そ、そんな……。いつもなら落ちた物でも馬鹿みたい口角を上げて食べるじゃないですか!!」


 どうして今この時だけ拒絶するのですか!?


「気分??」


 き、気分!?


 あなたの気分次第で私は地獄を見るかも知れないんですよ!?


「と、言う訳で。パクっと食べて下さいっ」



 右手に持つお饅頭を早く口へ運べと言わんばかりにモアさんが出刃包丁の腹で私の手の甲をくいぃっと押し上げて来る。


 お饅頭擬きが距離を縮めると比例する様に、私の顎が細かく震え出した。


 や、やだっ!! な、な、何とかしないと!!


 真正面から覗けば正気度が失われてしまう瞳に囚われながら次の一手を必死に模索した。



 そ、そうだ!! この手がありましたねっ!!



『御風呂掃除班の皆さん!! お饅頭は食べましたか!?』


 向こうの班へと念話を送る。


 食べ物に五月蠅いマイでしたら風を纏って駆けつけてくれるでしょう。それに、レイドの意見も聞いておきたい。


 もしも、彼が食べて何も変化が無いのなら私も口にしても平気な筈ですからね。



『食べたけど。急にどした――??』


 やった!! マイの声だ!!


『えっと。実はお饅頭が一つ余っていまして。宜しかったら召し上がりますか??』



 ふふっ、文句のつけようの無い誘い文句です。


 これならマイも尿意を我慢する幼子にも勝る早足で此方へと駆けつけるでしょう。


 私は確固たる勝利を人知れず確信したが。



『ん――……。今はいいかな。後少しで掃除終わるし』


 へっ??


『申し訳ありません、聞きそびれました。もう一度仰って頂けます??』


『食べられないのなら残して置いて。掃除終わったら食べるからさ――』


 たった数秒間の間に確固たる勝利は霞の如く消え行き、その代わりに霞の向こう側から不穏な影が押し寄せて来てしまった。



 な、何で私の誘いに乗らないの!?



『どうしてですか!? あなたが好きな食べ物ですよ!?』


『うるさっ。だ――か――ら――。もう少しで掃除終わるから。後で食べるって言ったのよ』


 えぇ!? どうして今に限って断るのですか!?


 じゃ、じゃあこれは……。私が食べなきゃいけないの??


 鉄よりも硬い生唾をゴックンと飲み込んで右手に持つ劇物を見下ろす。


『美味しかったですよ?? 小豆の優しい口溶けが最高でした』


 アレクシアは食べたのか……。


 じゃあ、彼は……。


『レイドは頂いたの??』


 彼が食べたのなら私も諦めて食べよう。どの道、救いの道は閉ざされてしまったので。


『――――。食べたよ』



 うわっ。


 今の微妙な口調と違和感を覚えてしまう間、どうにも怪しいですね。


 長く共に行動している御蔭か、彼の語尾と口調次第で大体の事を察する事が可能になってしまいました。


 今の状況を加味して、それを幸か不幸かと捉えるのは微妙な心境です。



『レイド。もう一度、はっきりとした口調で言って下さい』


『頂きました』



 あれ?? 本当に食べたのかな??


 今の語尾は嘘をついていない感じだったし……。



「はい、それじゃあ……。メシアガレ??」


 身の毛もよだつ口調が正面から放たれると。


「っ!?」



 拷問官が右手に持つ劇物を奪い去り私の口に半ば強制的にお饅頭擬きをぽふっと捻じ込んでしまった。



 はぁ……。もぅいいや。


 諦めて食べよう。レイドが食べて何も無かったんだから大丈夫でしょう。


 お饅頭擬きの面積の半分程を捻じ込まれ半ば諦めつつ顎を閉じようとした刹那。


 とんでもない念話が返って来た。









































『レイドはあたしにお饅頭をくれたぞ――』


『そうね――。ユウと半分こしたしっ』



 う、う、う、嘘つきぃ!!!!!!!!!!


 咄嗟に顎の上下運動を停止させてここにいない彼を真底恨んだ。



『カ、カ、カエデさん!! 今のは冗談ですよ!! 安心して召し上がって下さい!!』


『それは私の状況を鑑みての発言ですか??』


 彼の取り繕う声が私の憤怒の温度を沸々と温めてしまい常軌を逸した怒りで肩が震える。


『え??』


『あはは!! レイド――。今ねぇ、カエデちゃんは無理矢理お饅頭を口の中に捻じ込まれているんだよ――。何でも?? お腹が空いていなかったみたいでさぁ』


 胸の中に湧く憤怒が魔力を破裂させ、私の体の中では納まりきらない程の負の感情が溢れ出てしまう。


『そ、そっか。うんうん!! 何事も経験だよ!! 美味しい御饅頭だし。お腹空いていなくても美味しく食べられるよ!! 多分、だけど…………』



 ひ、他人事だと思ってぇ!!



『レイド』


『は、はひ……』


『後で……。必ず嘘を付いた報いを受けて貰いますからね』


『……』



 私が念話を返しても返って来るのは一切の無音。



『無視しても無駄ですよ?? あなたの力は既に把握済みです。この大陸の何処へ逃げ遂せても必ずや襟首を掴み、断頭台へと送り込んであげますから』


 人生の中で三本の指に入るであろう怒気を籠めた声色で嘘付きに釘を差してあげた。



 私の右目から本当に小さな雫が溢れ出ると頬へ零れ落ちて唇の端っこに到達する。


 きっと、これは……。悲しみの涙では無く。悔しさの涙なのでしょう。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのか。


 それを代弁してくれたのです。


 悔しさと彼に対する憤怒が拳をぎゅっと握らせる。


 どうか、どうか!! 口の中に存在する物が普遍的な物体でありますように!! と願い。


「ささっ、御安心をっ。大変美味しいお饅頭ですからねぇ――っ」


 目の前でほくそ笑む化け物が悔し涙でぐにゃりと歪む景色の中、私は祈る思いで恐る恐る口を閉じたのだった。




お疲れ様でした。


第三章も残す所、後少しの所までやって参りました。


このペースなら三月中には書き終える事が出来るかなぁっと考えております。


キリの良い所で新年度、つまり四月から新しい章に突入出来る様に頑張りますね!!



それでは皆様、お休みなさいませ。



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