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第三百二十一話 二分の一の幸運な者達 

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 間も無く初春を迎える青空から燦々と輝く太陽の光が降り注ぎ山の澄み渡った空気の中に揺れる湯気を美しく照らす。


 日の下で嫋やかに揺らぐ白き蒸気が湯に浸かれと此方に向かって手を招き、山の頂からさぁっと心地良い風が吹けば体内に籠った熱を拭い去ってくれる。


 掃除の汚れが染み付いた訓練着を脱ぎ捨てて水面で揺れる蒸気の手に誘われるがまま湯に浸かればどれだけ心地良い事か。


 体に薄っすらと浮かぶ汗を拭い、長きに亘る訓練で蓄積された疲労が湯に溶け落ちてそれはもう何物にも代えがたい効用を与えてくれる事でしょう。


 しかし、今現在は我が師から与えられた任務を滞りなく遂行中なのだ。


 任務を放棄して四肢を伸ばして湯に浸かろうものなら八本の尻尾が俺の体を穿ってしまう。


 全ての作業が滞りなく終了してから入りますのでもう少し待ってて下さいね??


 俺の体をキュっと掴んで湯へと誘おうとする湯気を振り払うと洗い場の黒ずんだ石の汚れを落とそうとして右手に持つ束子たわしに力を籠めた。



 ん――……。力を籠めて磨いているけど、中々汚れが落ちないな。


 右手の動きに合わせて額に浮かぶ汗が洗い場の黒き石を矮小に濡らし、一呼吸を整える為に四つん這いの姿勢から姿勢を正して手の甲で汗を拭った。



「ふぅ……」



 午前から開始した大掃除だが想定以上に風呂場が大きい所為か、進捗具合は芳しくない。


 空高く太陽が昇っても半分程度までしか終えていないのが良い証拠だよ。


 この束子が小さい所為もあるよな??


 広い風呂場に反比例した小さな束子を見下ろして大きく息を吐いた。


 この溜息には進捗具合が芳しくない意味合いもあるが、それよりも大きな原因が少し離れた位置で繰り広げられていた。



「ほれぇ――!! お湯の急襲だぁ!!」


 束子を放り捨てたマイが桶で湯を掬い、此方と同様に四つん這いの姿勢で掃除をしているユウへ向かって湯を豪快に掛けるが。


「止めろ!! 濡れる!!」


 中々に早い所作で美しい放物線を描く湯の急襲を間一髪回避。しかし、完全完璧な回避は叶わなかった様だ。


「おい――。濡れちまっただろ」



 巨大な双丘の頂上付近に掛かったお湯を見下ろして辟易した声を漏らした。


 覇王の娘さん、遊びの手を作業の手に変換すれば掃除の作業時間がかなり縮まるのですよ?? 



「濡れたらそのまま御風呂に入ればいいじゃん。だっさい訓練着だし濡れても構わないでしょ」


「あのな?? あたし達は掃除をしに来たの。湯に浸かる為に来た訳じゃないんだよ」



 ユウ!! 良い事言った!!


 普段の生活の中では肯定の意味合いを含めてそう叫んでやるのだが如何せん、朝の件もあるので声高らかに言う訳にもいかんのです。


 未だ罰は執行されていない。つまり、執行猶予中に余計な行動を起こせば更なる罪が上乗せさせる恐れがある。


 ここは静観が正解ですね。


 只静粛に、粛々と己に課された課題を確実にこなしていった。



「休憩だって。休憩――。お――い、そっちの野郎共――。そろそろ休憩すんわよ――」


「野郎って……。レイドさんは分かりますけど私は女性ですからね――」


 俺の後方で掃除を続けているアレクシアさんが若干乱れた呼吸で言葉を返す。


「マイの言う事も一理あります。少し休憩しましょうか」



 ずっと四つん這いの姿勢で掃除をしていた所為か腰に疲労感がある。


 凝り固まった腰の筋線維、束子の上下運動で疲弊した腕の筋力によって掃除の効率が悪くなるのは了承出来ない。


 一息ついて筋力を回復させるのは賢明な判断だ。


 そう考えて姿勢を正すとアレクシアさんの方へと振り返った。



「んっしょ……。よいしょ……」



 四つん這いの姿勢で此方に背を向け、無防備な体勢で小振りな桃尻が腕の動きに合わせて左右へ揺れる。


 薄い桜色の髪を後ろで纏めている所為か後方から見ると別人にも見えてしまう。


 そして男の性を擽るあの丸みを帯びた形と動きがこの場に相応しくない感情を刺激してしまった。


 何と言いますか……。妙に男心を擽る姿勢ですね??


 俺が倫理観の無い男であるのならば丸い桃に襲い掛かり、欲情に駆られたまま食らい尽くしてしまうでしょう。


 彼女に気付かれない事を良い事に桃の動きを何とも無しに眺めていると。



「――――――――。今すぐ視線を反らせ。さもないと、殺す」

「ひぃっ!!!!」


 大地が恐れ慄くドスの利いた声を受けると同時に明後日の方向へ視線を逸らした。


「あれ?? レイドさん、どうしたんですか??」


「さ、さぁって!! 休憩休憩!!」



 これ以上此処に居たら俺の命が危い。


 ぎこちない足取りで白濁の湯に足を着けて休んでいるユウの下へと移動を開始した。



「よぉ、鳥姉ちゃん。あんたの小さな尻、アイツに舐められる様に見られていたわよ??」


「へっ?? え――――ッ!? レ、レイドさん!! 見ていたんですか!?」


「ご、ご、誤解です!!」



 白く美しい翼が生えたアレクシアさんが上空から参上して俺の行く手を阻む。



「正直に言いなさい!! 怒りませんから!!」


 それは何を言っても怒りますよという意味ですよ??


「見ていません!!」


「むぅ……。本当ですかぁ??」


 一歩下がる俺に対し、三歩歩み寄って問う。


「自分は嘘を付きません」


「私の目を見て仰って下さい」



 目、ですか。


 洗い場の黒き石から視線を上げて彼女の透き通る瞳をじっと見つめた。



「はい、どうぞ??」


「え、っと。自分は嘘を……」


 あぁ、駄目だ。直視できない。


 こんな穢れも無い澄み渡った綺麗な瞳を見つめて嘘なんかつけないって。


「ついて……」


「ついて??」


「い、いません……」



 俺の視線は最終的にお湯で濡れた石へと再び注がれてしまった。



「あぁ!! 視線反らしましたね!?」


「語弊です!! 語弊!! 確かに、その……。ちらっと映ったかも知れませんが。マジマジと見つめた訳じゃあありません!!!!」


 勢い良く詰め寄る彼女に対して両手でその勢いを御しながら話すと。


「んぅ……。それなら、まぁ……」



 微妙に納得がいった様ないかない様な。そんな微妙な表情を浮かべて何んとかお許し頂けた。


 はぁ、良かった。空に誘拐されて失神するのはもう御免ですからね……。



「気を付けて下さいよ?? 女性のそういう所は見ちゃ駄目なんですからね??」


「以後気を付けます……」


 何んとか空の女王様にお許し?? を頂けたのでその足でユウの隣へと座った。


「隣、いいか??」


「ん――。どうぞ」



 彼女に倣い下の訓練着を膝丈まで捲り、温かい湯の中へと入れる。



「おっ……。これは中々に……」



 指先からじんわりと湯の温かみが伝わり下腿三頭筋へと染み込む。


 ここの湯の効能は体全体で体験済みな所為もあるのか、俺の体は満場一致で合格点を叩き出した。


 足湯で体がほっこりと温まり疲れを乗せた吐息を口から吐き出す。



「ふぅ――。良い気持ちだ」


「だなぁ。疲れが溶け落ちそうだよ」



 ユウと共に体を弛緩させて空を仰ぎ見る。


 あの流れる雲はきっと己の体を恨んでいるであろう。どうして私の体には足が付いていないのだ、と。



「あんたらは年季の入ったボロ家を掃除して疲れた主婦か」


「隣、失礼しますね」


「どうぞ」



 恐怖の大魔王様の言葉は全て流し、右隣りへと腰かけようとしているアレクシアさんに返事を返す。



「あ、本当。足湯って結構気持ち良いんですね」


「不思議な感覚ですよね。服は着ているのに、足は温かいなんて」


 いっその事、服を着たまま浸かろうか。


 そんな気持ちさえ湧かせてしまうのだから。


「これで御菓子でもあったら最高なんだけどなぁ――」


「お前さんの頭の中はそれしかないのか」



 ユウの左隣。


 つまり俺から一つ向こうの彼女へと話す。



「昼ご飯抜きで掃除してんのよ?? それ位強請っても良いじゃん」


 強請ると言いましても相手が居なければそれは意味を成しませんよ。


 ここに居るのは俺達四人だけだし。


「昼ご飯で思い出しましたけど……」


「どうかされました??」


「えっと、夜は御馳走を用意すると仰っていましたけど。その……。量は如何程なんでしょうかね??」



 あぁ、その心配ですか。


 アレクシアさんは慎ましい胃袋の持ち主ですからね。慄くのも無理は無い。



「量はそこまで多くないと思いますよ」


「思います、ですか」


 足を一つ大きく前後に振って話す。


「安心しろって、アレクシア。此処で寝そべっている奴が殆ど食っちまうからさ」


「ちょっと、ユウ。幾ら私でも全部…………。食べる!!!!」


 でしょうねぇ。


 あなたの食欲は留まる事を知りませんので。


「それを聞いて安心しました。でも、ちょっと残念だなぁ」



 残念?? 食事を摂れない事が??



「ほら、もう直ぐ里へ帰らなきゃいけませんので……。皆さんとこうして過ごすのも後僅かだと考えると少し寂しいのです」



 あぁ、そっちの事ですね。


 深まった絆が離れてしまうと考えているのだろうか、寂し気な表情のままでプラプラと湯の中の足を揺らす。


 庶民的地位である俺達と違いアレクシアさんは一族を纏める長。


 いつまでも体を鍛えている訳にもいけないからね。それに長としての仕事も溜まっている事であろう。


 里に帰ったらピナさんがきっと目くじらを立てて文句を叫ぶんだろうなぁ……。それを想像しての溜息も含まれているのでしょう。



「安心しなって、鳥姉ちゃん。寂しくなったらいつでも呼びなさい。カエデの魔法で直ぐに駆けつけてやっからさ」


「そ――そ――。あたしたちは友達だろ??」


「マイやユウの言う通りです。一度深まった絆は早々消えません。寂しさに押し潰されそうになった、お仕事が上手く行かない等。心に僅かでも痛みを感じたらいつでも俺達をお呼び下さい。必ずや力になります」



「み、皆さん」


 はっとした表情を浮かべて此方を見ると、目の淵には矮小な水溜まりが出来ていた。


「えへへ、嬉しいです」


 細くそして嫋やかな指先でその水溜まりを拭うと優しい笑みを浮かべてくれた。


「大袈裟ねぇ。今生の別れになる訳じゃないんだし」


「マイは皆さんと一緒だから分からないんですっ。一人は寂しいものなんですよ??」



 一人は寂しい、か。


 それは……うん。分かる気がする。家族の顔も名前も知らずに育って来たからね。


 孤児院で共に育って来たのは仲間でもあり家族でもある。しかし、他者から見れば所詮は血の繋がっていない家族ごっこにも見えるだろう。


 それでも俺は此処にいる者達、そして共に育った者は家族以上に大切にしている。


 この温かい関係を破壊し尽くそうとしているのは……。暗き森を抜け、その先に聳え立つ巨大な城で今も眠り続けている魔女の存在だ。


 待っていろよ、忌々しい存在め。俺達が必ずお前の心臓を止めてやる。


 今まで散って行った仲間の無念、怨念をお前の口から喉の奥へと捻じ込んでやる。


 そして……。惨たらしく刻まれた無数の傷跡が残るお前の死体を晴天の下へと晒してやるぞ。



 左右で交わされる明るい日常会話の中、胸に漆黒の感情が沸々と湧くが。



「お――い!! 茶菓子持って来たぞ――!!」


 メアさんの声が響くと同時に心地良い感情が霧散。


「態々ありがとうございます」


 それを悟られまいと普通の笑みを浮かべて彼女を迎えた。


「そろそろ休憩しているかと思ってね。丁度良い機会で登場した訳だ」


「あ、どうも」



 膝元に置かれた白磁の湯呑に揺らぐ美しい緑、そしてそれに添えられた受け皿の上のお饅頭が食欲を湧かせる。



「んひょう!!!! 凄く美味しそうじゃん!!」


「疲れた体に甘そうな饅頭か!! こりゃ贅沢だな!!」


 足は夢心地、舌は桃源郷。正に夢にまで見た贅ってね。



「モアの手作り饅頭だぞ?? 私も食べたけど甘くて美味しかったよ」



「へぇ!! じゃあ早速!! 頂きますっ!! はむっ!!」


「どうですか?? マイ。味の方は??」


 右隣りのアレクシアさんが美味しそうにお茶を啜りながら問う。


「んまっい!! 皮は柔らかくて前歯でサクっと噛み切れ……。中のあまぁい小豆ちゃんが舌に優しいよぉ……」


「へぇ、じゃあ私も相伴しましょうか。頂きますっ」



 う、む……。良くもまぁ平気で口に出来ますね?? 皆さん。


 メアさんから何気なく出て来た言葉。



『モアさんの手作り』



 その言葉が頭の中で乱反射して、今もこの劇物擬きを手に取れないでいた。



「ん?? レイド。饅頭食べないのか??」


 ユウがもむもむと口を動かしながら此方を見つめる。


「疲れている所為かな、腹が減っていないんだ。良かったら食べる??」


 小皿を手に取り可愛く顎を動かす彼女へと差し出した。


「いいの?? やった。それじゃあ、頂き……」



 ユウが大人の手の平の半分程の大きさの饅頭を手に取り、口へ運ぼうとするが……。



「頂きますっ!! まむぅっ!!!!」


 後方からの襲撃によって面積の半分を消失してしまった。


「あぁ――!! お前ぇ!! あたしがレイドから貰ったんだぞ!?」


「ふぁいつの物はふぁたしの物なの!!」


「訳が分からん。あ――……。涎でベトベト……」


 しっかりと噛み口が残った饅頭を見下ろし。


「ま、まぁ。目を瞑れば大丈夫!! はむっ」



 ぎゅっと目を瞑り、残り半分を勢い良く口の中へと迎えた。



「どう??」


 横着者の涎付き饅頭は??


「んむ……。ふぁむ……。味は変わらないけど……」


「「けど??」」


 俺とアレクシアさんが口を揃えて問う。


「いや、変わるな。妙にあめぇ」



 龍の唾液は甘い。


 そして、ユウの唾液もまた然り。こうして要らぬ情報が蓄積されていくのですよっと。



「ちょ!! 恥ずかしい事、さらりと言うな!!」


「いつぞやのお返しだよ」


「あはは!! マイ、顔が真っ赤ですよ!!!!」



 高熱でうなされている病人をも軽く超える赤みを帯びた表情でユウの肩口へ襲い掛かるマイ。


 そしてそれを飄々として受け流すユウ。


 心温まる光景に思わず笑みが零れてしまうが……。俺の思考は早くも別の心配をしていた。



 カエデ……。大丈夫かな??



 ここにメアさんがいらっしゃると言う事はだよ?? 向こうにはモアさんが居る訳だ。


 手作りお饅頭、何も知らない友人達、そして彼女の秘密を知る唯一の人物。


 この複雑にも簡潔にも見える関係がどう影響するのか。


 気にならないと言えば嘘になる。願わくば……。彼女が五体満足で掃除を終えられる様に祈ろう。



「どうしたんですか?? レイドさん。手を合わせて」


「あ、いや。いい天気ですからね。明日も晴れますよにって願掛けですよ」


「あはっ。そうですね。じゃあ、私も……。明日も晴れますよ――に!!」


 本来とは違う願掛けは叶うのだろうか。


 そんな下らない事を想いつつ。


「おらぁ!! 怒りの水飛沫を食らいやがれ!!」


「止めろ!! 濡れたらまた着替えなきゃいけないだろ!?」


 横着な女性が放った美しい放物線を描く流れ湯を横顔に浴びながら、二人静かに清く晴れた空に向かって手を合わせた。




お疲れ様でした。


いやはや……。今大会のWBC決勝戦は歴史に残る一戦でしたね!!


今永投手が打たれるとその裏にはすぐさま村上選手のホームランで追いつき。岡本選手のホームランやムートバー選手の追加点。そして、ダルビッシュ選手が打たれるも最後は大谷選手が抑えて優勝する事が出来ました!!


ユニホームが汚れたクローザーの姿は何んと言いますか、もう漫画やアニメの世界ですよね。


二刀流の大谷選手には何度も驚かされてしまいますよ。


WBCは本日を以て終了しましたが、直ぐに日本プロ野球の開幕です。野球好きには溜まらないシーズンが始まりますので今から楽しみです!!




そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


間も無く突入する新章のプロット執筆の嬉しい励みとなりました!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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