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第三百十七話 覇王の血脈 その三

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 朝一番に相応しい清らかな光が差し込む森の道の上で四つの足が静かに自然の音を奏でる。


 等間隔に鳴る土を踏む柔らかい音、道端に横たわる枯れ枝が折れる甲高い音がそれを装飾して朝の訪れを知らせようとする鳥達の歌声が私達の伴奏を務める。


 緑一杯広がる視界の中で響く自然本来の音。


 それは世界最高峰の演奏団が披露する音楽会に勝るとも劣らない素敵な価値があると思う。


 お金では買えない価値がここにはある。


 私はそれを再認識して野郎と肩を並べて自然豊かな道を進んでいるのだが……。


 残念な事に音だけでは腹は膨れぬ。何かを食して初めて食欲は満たされるのだ。


 視覚、聴覚は精々食欲を高める為のおかずちゃんなのさ。



「歩くのが遅い!! 早く朝ご飯を作ってよ!!」


 野営地の影が見えると私は龍の姿へと変わり、水場を求めてノロノロと歩く亀の行進を続けている野郎の左肩へ留まった。


「それが人に物を頼む態度かい??」


 私の願いを受け取ると若干顔を顰め、野営地に足を踏み入れるとその足で麗しの調理場へと向かう。


「お腹が早く何かを寄越さないと暴れるぞって五月蠅いのよ。そして、本日は日頃の疲れを癒す為の休日。つまり、私は沢山の御飯を食べる義務が発生する訳」



 お分かり?? そんな感じでクイっと眉付近の筋肉を上げてやる。



「いや、さっぱり分からん。義務ってのは権利の反対の意味だ。お前さんは誰かの作った料理を食べる権利を得て、初めて食事を喉に通す訳」


「ほぉ」


 いつも世話焼き狐達が使用している台所に置かれているまな板を机の面に角度をキチンと合わせて話す。


 几帳面に合わすわね。


「そして権利を得る為には料理を施してくれた人に感謝を述べる義務が発生するんだ」


「へいへい。早く作ってくれたらちゃんとお礼を言うわよ」


「問題なのは権利云々よりもその態度ですよっと。さて、今から朝飯を作るんだけども何かご所望は??」



 ボケナスの言葉を受け取ると台所の後ろに置いてある巨大な氷の箱に視線を移す。


 食欲をぐぐんと湧かせる超大きいお肉の塊、大地の栄養を吸い取って中々の大きさに育った根菜類と大海原を元気良く泳いで鍛えられた体を持つ魚ちゃん達。


 どれも氷の力によって鮮度は抜群に保たれており新鮮さは保証されている。


 あれとこれと、そして面倒だから全部使った料理!! と。


 己の欲に駆られたまま注文すればコイツは苦い顔を浮かべながらも作ってくれるだろう。


 しかしこの後、モアとメアが作ってくれた二度目の朝飯を食らう訳なのだ。


 ここでがっつり食べてはその楽しみが二割減になる恐れがある。それは御遠慮願いたいわね。


 そうなると……。



「お腹に優しく且ある程度の満足感を得られる物!!!!」


 この場面に相応しいであろう料理を告げてやった。


「簡単に難しい事を言うな。え――……。お腹に優しい、か」


 ボケナスが氷の箱から視線を外し、お米が蓄えられている袋へと顔を動かす。


「米を炊いて……。おじや、若しくは御粥にするか?? それならサラっと食べられるだろ」


「だ、大賛成よ!!」



 味を想像したら涎が……。じゃぶじゃぶと湧いて来る横着な液体を手の甲で引っ込めてやった。


 先程のゼンザイの記憶じゃあ無いけど、コイツが作るおじやさんは絶品だ。


 米本来のまろやかな甘味、丁度良い塩梅の塩加減に舌が喜ぶ卵のクニっとした食感。


 あのクソババアが作るそれよりも遥かに高い効用を私に与えてくれるもんね!!



「おじやで頼むっ!!」


「鶏卵も葱もあるし。うんっ!! 問題無いな」


 氷の箱の上に乗せられている蓋を横にずらして鶏卵と葱を入手。そして台所横の麻袋へとお椀を入れ、炊く前のお米さんを土鍋の中へ入れる。


「御飯の量はこれ位??」


 肩に乗る私の顔を見つつ問う。


「……」



 私はちっぽけな量では足りぬ。


 そんな意味を籠めて顔を横にフルフルと振った。



「足りない?? じゃあ……。これ位か」

「…………」


 駄目ね。


 私のお腹はそんなもんじゃあ満足しないわよ。


 今度は二度横に振ってやった。


「はぁ?? まだ足りないのかよ。それじゃ……。こんなもんか」


「……っ」



 も、もう一声!!


 もう一杯追加しろという意味を籠めて静かに、そして確かに右手の人差し指をピンっと立ててやった。



「あのねぇ。どうせこの後モアさん達が作ってくれた朝飯を食べるんだろ?? これ位で満足しとけ」


「あぁっ!! もぅ……」


 もう一強請りしたかったのに……。


 私の言葉を無視し、瓶に溜めていた水を土鍋へと汲み。


「御米さんを優しく洗い流して――っと」



 男らしい指先とは思えぬ手捌きで米の汚れを落としていく。


 その所作そして流れる様な手捌きと工程。この姿を見たらその道十年以上の主婦達もきっと舌を巻く事だろうさ。



「あんたさ」


「ん――??」


「料理人目指さないの??」



 私の舌を満足させる腕前だ。世界最強の戦士を目指すよりそっちの方が現実実があるでしょうよ。



「料理人になるつもりはないって。前にも言っただろ?? 料理が得意なのは孤児院で働いていた時期があるって」


 あぁ、そうだったっけ。


 確か……。


「十八歳でその孤児院は退所しなきゃいけないのよね??」


「そ。退所する前に職を見付けなきゃいけなくてさ」



 土鍋に溜まった白濁の液体を地面に捨てつつ話す。



「ランバートの街は酪農が盛んでね。そこの農家の方、それとほらこの前立ち寄った時にパンを食べただろ?? そこのパン屋のおやっさんがうちに来ないかって誘ってくれたけど」


 再び瓶から水を汲み窯の上に置く。


 そろそろ火の準備ね!!


「今までお世話になった孤児院に何の恩も返さずに退所するのはちょっと……。そう考えて二年間働いていたんだ。火、宜しく」


「あいよ――。強めでいいわよね!?」



 お米さんを炊く時、最初は強火だもんね!!



「おう」


「ふんぬぅ――!!」


 窯の下にくべられている薪に火を放射。


 乾いた木に私が吐いた炎が燃え移り視覚と聴覚に嬉しい音が調理場に響き渡った。


「そこから軍隊に志望、か。孤児相手から化け物を相手にする。百八十度違うわよねぇ」


「前々から軍には興味あったんだ。大陸を跋扈するあの糞忌々しい化け物を駆逐する彼等に俺も力を添えたい。そして、その後方に存在する悪の元凶の首を刈り取り……」


「お――い。顔、怖いわよ」



 左肩に留まり、眉を顰めているコイツの頬をフニフニと突いてやる。


 前々から思っていたけど……。何か魔女やらオークの話になるとコイツ、すっげえ怖い顔するわよね。


 まぁそれだけ思う事があるのだろうさ。



「あ、あぁ。すまん。兎に角!! 何の心配もしないで暮らせる素敵な平和を掴む為に今日に至るって訳さ」


 孤児院を退所して軍隊へ入隊。


 そしてそこで鍛えた後に私達と出会い、戦いの渦中へと身を投じた。


 優しいコイツの事だ。


 剣を持ち化け物相手に戦うよりも。包丁片手に幸せを届ける方が合っていると思うんだけどなぁ。


 今だって。


「ふふ――ん。ふんっと」


 何の鼻歌だと問いたくなる音程を奏でつつ、まな板の上に乗せられた葱を器用に切り分けて小皿へと盛り。


「溶き卵は素早く……。且黄身をしっかり崩してっと――」


 素晴らしい箸使いで卵を小さなお椀の中で混ぜて行く姿が異様なまでに似合っているし。



 私がこれをやれと言われたら……。まぁ、出来るとは思うけども。速さでは恐らく完敗するだろう。


 優しいあんたは、さ。


 無理する必要は無いのよ。その分私が敵を蹴散らしてやるから沢山の料理を作っておくれ。



「米が炊き上がるまで時間あるし。机の上で待ってな」


「へ――へ――。出来たら直ぐに持って来てよね!!」


「怒鳴らなくても聞こえます……」



 ふぅっと大きな溜息を吐きつつ、柔らかな湯気をフツフツと出し始めた土鍋さんへと厳しい鷹の目を向けた。


 作業工程を邪魔すると味が落ちる恐れもある。


 ここは大人しく移動しますか。


 翼を巧みに動かし、ちょいと離れた机に添えられた椅子に座ると人の姿に変わり。



「う――ん。もうちょっとか……」



 机の上に両肘を立てて両手に顎を乗せ、土鍋さんの頑張りに目を細めて眺めている彼の背中へと温かな視線を向けた。



 何んと言いますか……。超絶怒涛に平和な光景だと思う。


 この空間に私とアイツだけしか存在しないんじゃないかって思える程に静かだ。


 ふと、視線を反らすと。



「ふわぁん……」



 野営地の淵っこでイスハが毛布を蹴飛ばし、だらしない恰好で眠っている姿を捉えた。


 べらぼうに強いってのに眠る姿は少女そのもの。詐欺紛いの寝姿ね。


 その奥には……。



「すぅ……。うぅん……」


 私の実の親が逞しい寝返りを打ち気色悪い寝言を放つ。


 ってか、母さんって意外と寝癖悪いのね。今になって初めて気付いたわ。


「……」


 蜘蛛の母ちゃんはこれぞ完璧な寝姿!! と言わんばかりに地面と平行となって眠れば。


「あぁ、んっ……。もっと奥よぉ……」


 卑猥な淫魔はなっげぇ足を毛布から覗かせ、なまめかしく内股を擦り合わせていた。


 四者四様の寝姿に私達との姿を重ね合わせてしまう。



 母さん達も昔は私達みたいにギャアギャア言いながら寝る前の運動を交わして、渋々朝早くに起きると口煩く文句を垂れながら鍛えていたのよねぇ……。


 私達はこれまで過ごした様に、遠い未来も今と変わらず過ごせるのかしら??


 その為にはボケナスが言っていた様に平和を勝ち取る必要がある。


 その平和ってのが今一ピンっとこないのよねぇ……。


 まぁ、分かるよ?? 第一の目標は。魔女って奴をブチのめせばいいのよね?? 問題はその後だよ、後。



 魔女と人間と魔物の三角関係から、人間と魔物の対となる関係が出現するのだ。



 私達と人間との間には言葉の壁が存在する。魔女が生み出した認識阻害って奴だ。その障壁を取り除いたら歪な関係に与える楔の一撃となりえるのか??


 こればかりは実際に経験しないと分からないわよね。だって、対話を交わさないと相手の意思を汲み取れないし。


 意思の疎通という一つの問題を取り除いても次々と出現する困難な課題。


 その数々は私達魔物と人間を取り巻く永遠の課題と言っても過言では無いでしょう。


 まっ!! 為せば成る!!


 与えられた問題に対し、うんたらかんたら難しい事を述べても解決には至らない。単刀直入、快刀乱麻の如く私がずばっ!! っと人間共にこう言ってやるさ。



『この世界に住んでいるのはあんた達だけじゃあない!!』 ってね。



 気持ち良さそうな指導者達の寝姿から彼の背中に視線を戻すと丁度朝飯前、朝飯が出来たのか。


 ボケナスが敷板の上に土鍋そして木のお椀を持って此方にやって来る所を視界が捉えた。



「お待たせ。出来立てだから火傷するなよ??」


「待ってましたぁ!!」


 私の目の前に土鍋、そしてお椀を美しい配膳の形で置き。


「はい、匙」


「う、うむ……」


 物言わずとも匙と。


「それと冷たい水な。火傷しそうになったらそれで流せ」


「お、おうよ」



 こちらの横着ぶりを見越した水を置いてくれた。


 こ、こいつめぇ。


 私の行動は全て把握済みってか!? だが、まぁ許そう。これだけの素敵な文化を提供してくれたのだから。



「で、では……」


 土鍋の蓋を持ち、永遠に溢れ出る生唾を飲み込みながら蓋を開けた。


「わ、わぁぁ……」



 顔に襲来する温かな白い蒸気、鼻腔に直撃する御米の優しい香り。そして蒸気の先には黄金色をしたおじやさんが私を待っていてくれた。


 彼が話す通り出来立ての泡がぷつっ、ぷつっとトロトロのお米さんの間から沸き上がり。熱せられた土鍋の淵に程よく煮られたお米さんが付着すると、じゅぅうっと食欲を湧かせる音を奏でた。



 やだっ。今からもう美味しそう……。



「い、い、頂きます」


 右手に匙を持ち、しっかりと御米ちゃん達を混ぜ合わせてから御口に迎える。


「どう?? ちょっと塩分は薄めにしたけど口に合うかな」


「ふぁ」


「ふぁ??」


「ふぁいこう……」



 口の中でほろりと崩れる御米、醤油の塩気と卵のまろやかさが舌を狂喜乱舞させ、私の心は今も立ち昇る蒸気と共に宙へと漂ってしまった。


 たった一杯のおじやにこれだけ感動させられるなんて……。末恐ろしいわね、文化って奴は。



「大袈裟だって」


「ううん。人生で一番美味いおじやかも、コレ」



 そう感じるのは多分、この一杯は私だけの為に作ってくれたからだと思う。


 毎日こうして作って貰いたいのが本音だ。


 私がお腹を空かせて早く起きるとボケナスはまだまだ眠り足りないのか、ぐ――すかとベッドの上で眠りこけている。


 皆が起きるまで時間が大いに余っている為、私は小腹を満たす為に野郎を叩き起こして早朝飯はやあさめしを強請るのだ。


 ヤレヤレといった感じで起き上がると文句を垂れながらも台所へと向かい、巨大な欠伸を放ちながら私の要望に適った料理を提供してくる。


 いつもは口喧しい連中達を相手に私とボケナスは四苦八苦しているが、その時だけは二人だけの温かな空間が広がる。そして彼の優しい後ろ姿を見つめて私はちょいと満たされた吐息を漏らして目を細めるのだろうさ。


 他の誰でも無い……。私だけの為に作ってくれた料理に幸せを感じて最高の一日を迎える。


 私の陳腐な頭が凡そ想像し得る未来予想図を描くと心に本当に温かな気持ちが湧く。そして徐に自覚してしまった。




 きっと私はコイツの笑みと人間が生み出した素敵な文化を守る為に存在しているのだろう、と。




「御世辞でも嬉しいよ。ありがとうな」


「う、うん。べ、別にいいけど……」



 咀嚼をモゴモゴと続け、私の正面に座りいつもの優しい顔で此方を見つめる彼と目が合うと。



「ッ!?!?」



 ドクンっと一つ心臓が大きく高鳴った。


 は?? 何、これ……。


 心臓が五月蠅く鳴り響き、四肢が僅かに震え出す。



「お、おい。どうした??」



 い、いや。何か体が、変なのよ……。


 そう言いたくても体が私の命令を一切受け付けず、右手の匙を机の上に落としてしまった。



「大丈夫か?? お、おい!! マイ!!!!」


 へ、へへ。


 どぅって事ないさ。これは多分、ゼンザイからのご招待だからね。


 慌てふためき席を立つ彼の姿を捉えると私の意識は深い闇の底へと落ちて行った。



お疲れ様でした。


現在後半部分の編集作業中なのですが、長文となっておりますので少々時間が掛かりそうです。


次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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