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第三百十七話 覇王の血脈 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。長文となっておりますので予めご了承下さいませ。




 紺碧の海から訪れる塩の香りは消失し、代わりに森特有の柔らかくて清涼な香りが胸から体の奥へと染み込む。


 憤りを覚える心とは真逆の香りに何だか肩透かしを食らった気分だ。ここが溶岩で煮え滾る火山ならまだしも美しい風景だもんねぇ。


「あらよっと」


 龍の姿へと変わりいつも通りの道筋をフヨフヨと飛んで辿っていると何だか間抜けな声が聞こえて来た。



「う――ん……。ここでの食事もちょっと単調になってきたわよねぇ。何か変化が欲しいなぁ。例えば……」


 この前の雪の女王とか美味かったわよね。


「そうそう!!!! あんな美味しい雪があったなんてねぇ。私の生きていた時代に持ち帰って友達に食べて貰いたかった。後ぉ……。そう!! このエビぃ!! もう本当に最高だったわ……」



 このでっけぇ龍もいつも通りか。


 森の中にぽっかりと空いた空間。


 そのド真ん中でうつ伏せになり、超絶野太い後ろ足をパタパタと動かし。両腕に顎を乗せていつもの光る小窓を覗き込んでいた。


 飽きないのかしらね。眺めているだけで。



「おはよう、ゼンザイ」


 居間で偶に出来た空き時間を満喫する主婦の後ろ姿を醸し出す一頭の龍へ声を掛けてやる。


「おにぎりにも変化が欲しいなぁ」


「よぉ」


「あ、そうだ。塩味ばかり思い出していたから、今度は甘い味を思い出そうっと!!」


「おらぁ!! いい加減気付けや!!」



 嬉しそうに揺れ動く赤みを帯びた龍の尻尾を全力でぶん殴ってやった。



「いたっ!! 何だ、あなたか」


 痛がる振りもそこそこに此方へと振り向き、龍族に相応しい堂々とした座り方で私を見下ろす。


「あんたねぇ、私が来る事知っていたんでしょ?? それならそれらしい迎え方しなさいよ」


「あなたは私の友人でも、親しい人でもありませんのでその様な迎え方は不必要です」



 まぁ、そうね。ゼンザイは友人でも無ければ家族でも無い。


 私から見たら親しい友人に無理矢理押し付けられた大型の飼い犬みたいなもんか。



「か、飼い犬ぅ??」


「はは、わりぃわりぃ。心の声は聞こえちゃうのよね」



 特に詫びを入れずに話す。



「本当にあなたという人は……。まぁいいです。私は寛大ですので」


「そりゃど――も」


「それで?? 御用は何ですか??」


「別に用って用事は無いけど、さ。偶には食の談義に華を咲かせようかと思ってね」



 ゼンザイ頭の上に着地して言ってやる。


 おぉっ、ここから見る森の景色も中々乙なものだ。



「あの小窓見せてよ。私が食べた食の思い出が映っているんでしょ??」


「人様の頭の上に乗って話す台詞ではないですよ?? ですが……。食の談義には興味がありますので」



 そうこなくっちゃ!!!!


 ゼンザイが再び俯せになったので、頭の上から大きな龍の鼻の上に移動を始めた。



「ここから見るからさ。早く小窓出してよ」


「人に物を頼む態度ではありませんよ?? では、どうぞ」



 彼女が大きな溜息を放つと右手が眩く光り、彼女の鼻頭の前に先程の光る小窓が出現する。



「ねぇ、これの動かし方を教えて」


 昨晩の食事光景が映し出された小窓を前に後頭部へと向かって問いかけた。


「簡単ですよ。魔力を籠めて触れるだけでいいです」



 ほぉん。そういう仕組みだったのか。


 右手にすんばらしい魔力を籠めると早速小窓に触れ、両開きの扉を開ける要領で力を籠めるが……。



「んぎぎぃ!! かってぇ!!!!」



 次の光景へと変わりそうで変わらない、中途半端な景色の状態で記憶の画が止まってしまった。



「非力なあなたには難しいですか」


「あぁ!? 誰がぁ……。非力だってぇ!?」



 今の倍の量の魔力を右手に注入。


 ほぼ全力に近い力で小窓に映る画を横に引っ張ると。



「おぉ!! 変わった!!」


 昨晩の食事の風景から王都の街で食べた甘い栗の画が映し出された。


 この動く画は私視点だから、時折私の手が映るのか。


 んで。


 周囲に居る友人達の顔も当然、私視点。どいつもこいつも美味そうに食っちゃってまぁ。


 私が勧める御飯に皆一様に目尻を下げ、私に感謝を述べつつ頭を垂れていた。


 崇め奉り給え、愚民共よ。


 私の才能があってからこそあんた達はその美味そうなお芋ちゃんを頂けたのよ??



「そこまで仰々しくする必要は無いでしょう」


「そう?? 私の嗅覚と食に対する才能があったからこそコイツらは美味そうに目尻を下げているんじゃない」



 ユウの目なんかもうトロントロンじゃない。



「才能は認めますよ。このお芋を揚げて、あまぁい飴で絡めた御菓子。中々に美味しいですからねぇ……」


 お芋ちゃんの味を想像したのか。ドデケェ口が僅かばかりに開き、口角がにゅぅっと上へ向く。


「ゼンザイの時代のお芋は美味しかった?? どんな味か聞かせてよ」



 これは見飽きたから次ぃっと。


 再び馬鹿みたいな力を籠めて思いっきり画を引っ張ってやる。


 ンギギギ……。か、かてぇ……。まるで溶接された鉄の扉みたいじゃん。



「私の生きていた時代、か」


 お?? 何か寂しそうな口調ね。


 横着で硬い小窓を引っ張りつつ後ろを確認すると。



「彼女。つまり、亜人との戦いが終わり。人間は我々八祖に従って生きる事になります。当然、敵に屈する訳ですからね。人、若しくは魔物の中には我々の事を良く思っていない者も少なからず含まれていました」


 口調と同じく何だか寂しそうな瞳で勝手に語り始めた。


「そりゃあそうでしょう。亜人と共に戦った仲間なんだから」



 亜人が誰と手を組んで戦ったかは知らんけど。


 会話の流れから察してそういう事なんだろう。



「私はどちらかと言うと人を信用してはいませんでした。昨日の敵は今日の友とも言われますが。一度生まれた敵対心を易々と信用する程、甘くは無いのです。そして激戦が終わって私が食べていたのは森の中に生える果実や海で泳ぐ魚」



 魚じゃあ無くて鮫でしょ。



「そうとも言えます。殆ど料理と呼べる代物はありませんでしたね。精々焼いて食べる程度でした」


「ふぅん。なんか、味気ないわね」



 その時代と比べると今の時代は華やいで見える事だろうさ。



「人が育む文化がまだ芽吹いていませんでしたからね。それは致し方ないでしょう」


「いやいや。人じゃあなくて、あんた達が料理すれば良かったじゃない」


「人、動物をそのまま食していた時代ですよ?? 料理という概念がまだ生まれていない時代です。そんな突拍子も無い行程が生まれる事自体がおかしいのです」



 原始に近い時代って事か。


 つ――事はだよ?? この物思いに耽る大きな龍は相当古い時代からの使者って事ね。



「人と断絶していた交流が行われ栄える種族も現れれば。人を物として扱い続ける種族も居ました。我々八祖は人を保護する立場へと移り、様々な問題解決へ手を差し伸べていました」


「例えばどんな問題に手を伸ばしていたのよ」



「例えば……。今は法という大変便利な概念が生まれ、人は文化的な生活を守られていますが当時はそんな便利な物は存在しません。人は非力で脆弱な生物。強力な魔物の襲撃を一度受ければ、その地域に存在する人は全滅してしまいます。我々は……。今の時代に置き換えると秩序を守り、平和を与える存在ですかね」



 亜人達と敵対していた者が平和の使者ねぇ……。皮肉なもんだ。



「仕方が無いのです。人を失えば、我々は種を残せないのですから」


 背に腹は代えられないってか。


「ある大陸で人が絶滅すれば、ある大陸では栄える。絶滅と再生を呆れる程繰り返して、今に至ります」


「大体でいいけどさ。ゼンザイは今から何年前の時代に生きていたのよ??」



 しっかし……。


 この小窓!! 全然動きやしねぇ!! さっきと同じ力で引いているんだけど!?



「凡そ、数億年前でしょうかね」


「す、す、す、す、数億!? のわぁぁっ!?」



 全然想像出来ない単位に驚き、小窓を引っ張ったままゼンザイの鼻から落ちてしまった。



「詳しい年数は分かりませんが。地層の断層、移動した大陸の距離を計算すればそれ位かと」


「ちょい待ち。大陸って動くの??」



 お尻に付着した砂を払い落しつつ話す。



「大地の下には大きな力の源が存在し、その上に大陸が乗っています。極僅かですが、その力によって大陸は時間の経過と共に一定方向へと動き続ける。大陸と大陸が衝突して山が生まれ、違う場所ではどちらかの大陸が消失してしまうのです。これはこの星に命が宿っている証拠ですよ」


「この星に命がねぇ……」


 大き過ぎて今一把握出来ないのが本音だ。


「それはそうとさ。数億年前から人が居るのならもっと……。人間の文化だっけ?? それが栄えていてもいいんじゃないの??」


 私達みたいに魔法を使用出来たり、とんでもねぇ発明がされたり。又は認識阻害を受けない体に成長したりとか。


「先程説明したじゃないですか。栄華を誇った文化も消滅したと」


 あぁ、そうだった。


「それに人はこれ以上進化出来ない様に造られています。知識は進化出来ますが、身体は既に完成されています。これをどう捉えるのかは彼等次第ですね」



 私達魔物は進化の余地を残しているけども、人間は進化出来ないのか。


 それはちょっと寂しいわね。



「人は体の進化を止められた代わりに文化の進化を成し遂げました。その例が……」


「料理!!!!」



 これ以外にあり得ないわ!!


 私は自信満々でそう答えた。



「それはあなたの主観ですよ。料理もその内の一つです。歌、文学、法に学問。何も生み出さない存在であった動物がこれだけの文化を生み出したのです。本当、青天の霹靂とでも言えば良いのか……。今の時代を見つめて驚愕したのは事実です」


「へぇ。――――。じゃあ聞くけどさ。人間が文化を生み始めた時代を知っているのなら、ゼンザイが初めて食べた料理って何??」



 人類が初めて生んだ料理。気にならないと言えば嘘になる。


 再びゼンザイの鼻先に腰を下ろして問うてみた。



「私が初めて食べて料理、か。忘れる訳ありませんよ」



 ん?? 今度は温かい口調になって話すわね。


 意味深な口調に振り向こうと思うたが、先程小窓を掴んだまま落下した所為なのか。


 目まぐるしく光景が変わってしまっている小窓の画を見つめつつ彼女の続きの言葉を待った。



「何?? すんごい気になるんだけど」



 このでっけぇ体が嬉しそうに話すのだ。それはもう素晴らしい御馳走だったのだろう!!


 ワクワクした陽性の感情を抱きつつその料理を想像していると、目の前の小窓の画が漸く停止した。



 そこは暗い森の中。


 空から降り注ぐ月の怪しい青い光が差し込み天には無数の星々が煌めいていた。


 美しい光景に思わず言葉と思考が止まる。


 ゼンザイの黒く赤みを帯びた甲殻が画に映っているって事はだよ?? これはゼンザイの記憶か。



「私が初めて食べた料理は今の時代では普遍的な物でしたよ」


「ほぅ?? 聞きましょう??」



 ちょいと体を捻ってみると、ゼンザイは優しく瞳を閉じてその光景を思い出しているようだった。



「人間を襲撃しようと画策していた凶悪な魔物を撃退した後。森で翼を休めていた時です」



 ん――??


 それって、今も動いているこの小窓の光景かしらね。


 ゼンザイの言葉を聞きつつ目の前の小窓に視線を戻した。



「凶悪な魔物を滅却した後、私は元の大陸に戻る為に体力と傷の回復を図っていました。その時、人の代表として一人の男性が私の下に訪れました」



 ゼンザイがそう話すと、画の中に一人の男性が暗い森の中から青い月の光の下に姿を現す。


 黒く長い髪を後ろで纏め、身に纏う服は白を基調とした民族衣装とでも言えばいいのか。


 現代のそれとは一線を画す事に古き時代を感じてしまう。


 そして、彼は手に小さな土鍋と木製のお椀を持っていた。



 顔はまぁまぁかしらね。整った顔付きと断言できる。そして顔立ちからして、年齢は二十代中頃か。



「私は周知の通り強烈な魔力を宿しています。人が近付けば刹那に意識を失う程の物でしたが、彼は神通力と呼ばれる異能な能力を持つ個体でした」


「神通力?? 何よそれ」


「神に等しき力を持つ我々と対話が可能になる力、とでも呼べばいいのですかね。兎に角、彼は私の労を労おうと里で耕した米を私に献上してくれました」



 おぉっ!! 丁度その場面じゃない!!


 彼が柔和な笑みを浮かべてゼンザイの前に置いた鍋を開くと、米をコトコトと煮込んだ料理と呼べる物が御目見えした。


 おじやとも見えるし、御粥とも見える。


 だが、肝心なのは料理そこじゃない。驚くべき所は人が文化と呼べる代物を生み出したところよね。



「初めて見る物に私は驚愕した。当然ですよね?? 人が突如として文化を持って来たのですから」



 小窓の中のゼンザイはその文化を暫く見下ろしていたが……。


 ふいっと視線を反らしてしまう。



「何んと言いますか。強烈に食欲を刺激する香りでしたので、それから目を離す事に必死になっていたのですが。そのぉ……」


 駄目だったのねぇ。


 暗い森から文化に釘付けになっちゃったし。



「彼が私にこう言いました」


『神龍様。これは私共の里で採れた米を使った料理と呼ぶ代物です。此度の件で疲弊してしまった神龍様の御体と体力を癒す為、私が丹精を籠めて作りました。お口に合うかどうか分かりませんが。宜しければ召し上がって下さい』


「あの時の彼の顔、そして温かい気遣い。今も忘れませんね」



 民族衣装を着たあんちゃんがお椀に米を盛ると、ゼンザイが人の姿へと変わりそれを受け取った。



「味は?? 味」


 お椀の中からふわぁっと広がる蒸気の中にゼンザイが匙を入れる。


「最高っっ!! でした!! 一口食べたら思わず手にしていた木の匙を落としてしまいましたからね!!」



 おぉ、本当だ。


 ワナワナと震える手から匙が落ちちゃったじゃん。



「御米のほんのりとした甘さに、その中に残る僅かな塩気。そして咀嚼しなくても溶けちゃう柔らかさ……。私は我を忘れてその文化を体内に取り込みました」



 でしょうねぇ。びっくりする位早くお椀から米が消えていくもん。


 一杯を食べ終えるのを確かに見届けてあんちゃんが二杯目をよそい。それをゼンザイが強奪する勢いで受け取った。



「私はこの時初めて人を守って良かったと考えたのかも知れません。そして、この文化を守る為に戦いを続けていこうと考えました」


「成程ねぇ……。んで?? その人とはそれからどうなったの??」



 恐らく何度も会いに行ったのであろう。この場面が良い例だ。


 暗い森から一転、今度は眩い光が降り注ぐ昼間。


 ゼンザイは彼の登場が待てないのか、人の姿に変わると森の中を忙しなく右往左往。


 そして、彼が現れると同時に駆け出して彼が手に持つ文化をまるで宝物の様に大切に受け取った。



 これは……。刺身と御飯かしらね??


 魚の切り身が綺麗にお皿の上に乗っているし。



「彼とは……。ま、まぁ。言う必要が無いので教えません」


 照れた声色しちゃってまぁ――。ゴツゴツした龍の顔の割に可愛い一面もあるじゃない。


「あっそ。結構カッコいいわよね?? 黒髪の長髪で……」


「そうそう!! 真面目な印象でね!? 私が我儘言ってもちゃんと聞いてくれるのよ!! 今度は甘い物が食べたいと言ったら果実を利用した料理を作ってくれて」



 これ、かしらね??


 パンと呼べるに相応しいとは言い難いが、小麦色に焼けたパン擬きを私でも若干引く速さでがっつき。



「甘しょっぱい物が食べたいと言ったら……。あ、これは失敗した奴だ」



 形容し難い色をした物を彼から受け取ると、あからさまに辟易した息を吐き出し。


 彼をジロリと睨んだのか。


 カッコイイあんちゃんが申し訳なさそうに頭を垂れた。



「兎に角!! 彼は何度も私に料理を提供してくれたのよ」


「へぇ……。んで、ゼンザイは子供を授かったと」



 恐らくそういう事でしょう。


 この画の視点はゼンザイだ。女性の視点は非常に分かり易い。


 馬鹿みたいに御飯をがっつきつつも男の顔を時折じっと見つめ、彼と目が合うとすっと反らし。


 男が朗らかな笑みを浮かべると悪戯に己の赤い髪を触る。


 私も一人の女性だ。


 動く画を通してゼンザイの気持ちを察する事が出来るのさ。



「そ、そ、それはあなたが知る必要はありませんっ!!」


 はい、確定――。


 慌てふためく姿がまぁ――分かり易い事で。


「そう言えば……。あなたは何故、彼が黒髪だと知っているのですか??」


「だって、ほら。ここに映っているもん」


「え??」



 私が光る小窓からすっと体を横にずらし。何処かの山の頂上で二人仲睦まじくおにぎりを食んでいる光景を見せてやると。



「っっっっっっ!!!!!!!!」


 赤い甲殻が瞬時に真っ赤に染まり。


「見てはいけませんっ!!!!」


「どわぁぁああっ!?」



 鋭利に尖った右手に生える爪を上空から振り下ろして小窓を右手の中に仕舞ってしまった。


 あ、あぶねぇ!!


 もう少しで切り裂かれてしまうとこだった!!



「危ないでしょ!? 殺すつもり!?」



 土にぽっかりと空いた穴を見下ろしつつ話す。


 す、すっげぇ威力……。穴の底が見えねぇ……。



「ひ、人の記憶を覗くのは禁止されているのですよ!?」


 真っ赤に染まった顔にでけぇ手で風をパタパタと送りつつ話す。


「それ。人の事言えるの?? 私の記憶をいつも楽しそうに尻尾を揺らしながら見てるじゃない」


「そ、それは。え、っと……」


「言い返せないでしょ?? まっ、私は気にしていないけどね」



 食を愛する者同士。情報と味の共有は大切な事だからさ。



「こ、この事は他言無用ですよ!? もしも、他の誰かに言ったら……」


 真っ赤に染まった体から黒い魔力が滲み出す。


「言う訳ないじゃん。遠い昔の御先祖様の馴れ初めなんて興味ある奴なんかいるの??」


「ふ、ふんっ!! あっ、そうだ。そういうあなたも人の事言えませんよねぇ??」



 あ??


 どういう事??


 意味深な笑みを浮かべるゼンザイをちょいと睨んでやる。



「私はあなたがこの世に生を受けた時からずっと見つめています。アイリス大陸へと渡り、彼が初めて作ってくれた料理に感動して。そして……」


「っ!!!!」


 ちきしょう!!


 今度はこっちが赤くなっちまったい!!


「うっせぇ!! あんたこそ人の記憶を覗くんじゃねぇ!!!!」


「私の場合は仕方が無いでしょう?? あなたの中に存在していますので」


 ちぃっ!! 言い返せないの歯痒い!!


「それに……。ふふ。そろそろ現実の世界へと帰っては如何ですか??」


「どうして」


「あなたが大切にしている宝物が海から帰って来ますよ」



 海からの宝物??


 それはま、ま、まさか…………!!!!




「ツ、ツ、ツノエビ様!? うっそ!! あれって砂浜に上がって来るんだ!!」


 善は急げじゃあないけど。私は速攻で瞳を閉じてこの世界と別れを告げた。




「人の話を最後まで聞きなさい……」


 別れ際。


 ゼンザイが何か言った気がするけど私の頭の中はツノエビで満たされていた為、それを一切合切無視して現実の世界へと旅立って行った。






















 ――――――。





 鼻腔に届くのはしょっぱさを感じる塩気溢れた海の香り。そして肌を優しく撫でる海風。


 五感が現実への帰還を果たした事を掴み取ると同時にカッ!! と瞼を開き。血眼になってツノエビ様を探す。


 ど、何処!? 私の宝物は!?!?


 白と茶が混ざり合う砂波の上を、目を皿の様に探してもツノエビ様の姿は無く。


 只々虚しい砂だけしか捉える事は叶わなかった。



 あ、あんにゃろう……!!!!


 嘘付いたのね!? 自分がこれ以上恥ずかしい思いをしたく無いから早く私を遠ざけたかったのであろうさ。


 くっそう!! 今度会ったらあのデケェ横っ面に拳を捻じ込んでやらぁ……。


 怒りを誤魔化す様に眼前に広がる紺碧の海へと視線を向けると。



「……」



 一人の男が海から此方へと向かって来た。


 上半身の訓練着を脱ぎ、傷だらけの体を動かして器用に波の合間を縫って来る。視線は海面を捉えたまま俯きがちだ。


 彼の背後から徐々に昇って来た太陽の光が海水で濡れた黒い髪を照らすと美しく輝く。


 海を見下ろし続けている所為か、私の存在には未だ気付いていない。



 何と言いますか……。


 夜が明ける、明けない時間に誂えた様な光景だと思うのですよ。


 私だって一人の女。


 異性を意識するのは当然であって?? そして、ゼンザイと馴れ初めの件を揶揄していた所為もあって?? 妙にそちら方面を意識してしまうのですよ、えぇ。


 何だかしっちゃかめっちゃかな感情が胸の中に渦巻いていると、彼が波打ち際に到着し口を開いた。



「ん?? どうしたんだ。こんな朝早くから」


 不思議そうな顔で砂浜の上にちょこんと座る私を見下ろす。


「え?? あ、あぁ。うん。そ、そう!! ユウの鼾が五月蠅くてさ!! 眠れなくてここに来たのよ!!」


 完全完璧な言い訳を口から放つ。


「ふぅん。ユウってそんなに鼾が五月蠅かったっけ??」


 ちっ。何でこういう時に限って勘が鋭いんだよ!!


「そういうあんたこそ海の中で何していたのよ??」



 こういう時は話を逸らすのが賢明さ。若干舌足らずの口調で問うてやった。



「今日は休みだろ?? 海に身を任せ、漂い。体の奥に溜まってしまった疲れを流していたんだよ」


「何だ。海の幸を探していた訳じゃないのか」


「お前さんはどうしてそっち方面に思考が向くんだ??」



 よいしょっと言いつつ私の横に腰を下ろす。



「朝っぱらから海に行く。つまり、そういう事。お分かり??」


 眉をクイっと上げて話す。


「いいや、分からん。ふぅ――。気持ち良った……」



 だらんと体を弛緩させて砂浜の上に大の字で横たわる。


 何気無く横目でその様子をチラリと窺うと、やはりどうしても大きな傷跡に目が行ってしまう。



 私を庇い受けた大きな傷跡。


 あそこから槍が突き抜けて私に突き刺さった。あの蛇女からも私を守ってくれた。


 そして、その他多くの傷跡が私のナニカを多大に刺激した。


 こいつ……。一丁前に男の体に成長しおって……。



「濡れた体で横になると砂が付くわよ」


 女の性を刺激する体からふいっと視線を逸らして話す。


「また入るからいいって。今日は休みだし……。また釣りに行くのか??」


「お、おうよ。全員の首根っこ掴んで連れて行く予定よ!!」


「お前さんの腕は何本??」


「冗談に決まってるじゃない。それより、さ……」


「ん――?? どした」



 申し訳無いんですけども。


 ツノエビ様を想像したからか。それとも朝の到来を気付いてしまったのか。


 食欲様が徐に目を醒ましてしまったのですよ。


 何かをお腹に入れないと。


『早く飯を寄越せ!!』


 そう言わんばかりに叫んでしまいそうなのです。



「え、えっとだな?? こんな早い時間に起きても当然皆は未だ眠っている訳だ」


「そうだな」



 此方へと顔を向けて話す。



「つまり、あんたには私に……」


 そこまで話すと遂に食欲様が元気良く朝の挨拶を交わしてくれた。


「「…………」」



 瞬時に赤く染まる私の顔。


 そして、それを見て笑い出そうとするのを必死に堪える愚か者。


 私は己の失態を誤魔化す為、野郎の腹に拳を突き立ててやった。



「うぶげっ!?」


「朝ご飯を作りなさい!! あんたにはその義務があるのよ!!」


「お、お、横柄過ぎません?? 俺は只海に浸かっていただけだぞ」


「五月蠅い!! ほら、行くわよ!!!!」



 飛び魚も舌を巻く速さで立ち上がり、今も腹を抑えて悶える野郎を催促する。



「へいへい……。どうせ俺は飯炊きですよっと」


「分かれば宜しい!! ん?? お――。日の出だ」


 眩い光を視界に捉え、そちらに顔を向けると今日も元気一杯の太陽さんが私に朝の挨拶を交わしてくれた。


「今日も暑くなりそうだな」


「そうね。――――――――。えっと、おはよう??」


 この場に誂えた言葉を放つと。


「おはよう」


 彼も私の顔を直視してこの場に相応しい言葉を返してくれた。


 これから何百、何千と交わされる普遍的な言葉だが。私は何故か妙に嬉しく感じた。


 それは、どうして??


 ん――む…………。


 考えても分からないって事は、心は理解しているけども。頭は理解していないって事よね??



「おい、行くぞ」


「あ、あぁ。わりぃわりぃ」


「その言葉使い。何んとかならんのか??」


「ならんっ!!」


 野営地へと続く森の道に足を踏み入れた彼の後頭部を叩きつつ話す。


「暴力もお止めなさい」


「止めん!!」


「あっそ。それにしても……。ふあぁ――。ねっみ」


「しっかり寝たんじゃないの??」


「寝た、のかな。気が付いたら朝って感じだったからなぁ」



 両指で目をグシグシと擦る。平和な光景にふと顔の力が緩んでしまう。



「今日はゆっくり昼寝をしようと考えているんだ」


「それ、絶対無理。言ったでしょ?? 釣りへ行くって」


「今日だけは勘弁して貰えませんかね」


「下僕は主人の命令に従うのよ」


「へいへい。――――。ん?? 何でそんな笑顔なの??」


「へ?? はぁ!? そんな訳ないだろ!!」


「暴力反対っ!!!!」



 くそう……。


 油断大敵とはこの事か!! 急に此方に振り向くので弛んだ表情を捉えられてしまった。


 取り敢えず野郎の顎を跳ね上げて前へと躍り出た。



「ほら!! さっさと歩け!!」


「ん――。いてて……。血、出て無いかな」


「出てない!!」



 第三者から見れば超絶下らない会話だが、されど私にとっては心を温めてくれる素敵な会話だ。


 海を背に、そして輝かしい朝食が待つ野営地へと向かってボケナスと共に明るい日常会話を交わし。時折恐ろしい拳を与えながら進んで行った。




お疲れ様でした。


明日はWBCの準々決勝が始まりますね!! 負けたら即敗退が決定するトーナメント形式で試合が進む為、今まで以上に緊張感が高まってしまいます。


日本代表の選手達には否応なしにプレッシャーがかかると思いますがそれを跳ね退けて勝利を掴み取って欲しいです!!



そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!


これからも読者様の期待に応えられる様に精進させて頂きますね!!!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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