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第三百十六話 雷帝の胎動 その二

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 吐く息は白く朧に霞み突き抜ける青空へと立ち昇って行く。


 風光明媚な景色の中に映る己が息の不規則な軌道。


 穢れ無き白一色の雪原の中で静かに佇み、私はそれを流れる時間も忘れて只々眺めていた。



『あはは!! 待ってよ――!! リュー!!』


 まだ幼い狼が私の足跡を辿り、嬉しそうに息を乱して駆け寄るといつもの立ち位置へと身を置く。


『も――。いつもそうやって先にいって……。おいかけるわたしのみにもなってよね!!』



 私は微かに口角を上げて鍛錬が足りぬといつもの様に説いてやる。そして、彼女はそれをいつもの様に受け流す。


 屈託の無い笑み、体から溢れ出る陽性な感情、分け隔ての無い心の壁。


 もう一人の私が存在するのであれば、こんな自分に私は憧れるのかも知れない。


 だが……。それは決して許されない。



 私は強き戦士であるべきだと育てられた。



 物心つく頃には父上から厳しい鍛錬が始まり、里の長を受け継ぐ為に私はこれを受け止めるべきだと考えていた。


 長く続く人生は全て里の為、そして父上の期待に応えるべきに存在するのだと。


 私は言うなれば進むべき道を決められて生まれたのだ。


 ある者は憐憫を含めた声色で呟き私を労わり、又ある者は下らない同情を含めた瞳で私の進む道を見つめる。


 それは恐らく、これが私の人生であると。誇るべき事象が皆無なのだからであろう。だが、定めだと受け入れば苦痛も心の飢えも感じ無い。


 全ては予定されていた道を通れば良いだけの話だから。


 しかし……。


 私は自分の進むべき道を再び問うべきだと考えさせられた人物と出会った。


 正確に言えば里を出て、いや。人生で初めて敗北を喫した者達との出会いだ。


 彼はあの時私に言った。



『強き者は弱き者を導く為に存在するんだ』



 この言葉は私の心の奥底に確かに今も存在する。


『只。里の為に』


 この不動の見解を簡単に破壊してくれた一人の男性の言葉。


 冷たい心に温かい空気が初めて吹き込んだ瞬間でもあった。私の存在を肯定してくれる存在が居る事に心の底から感謝した。


 そして、彼ともう一人の私を守る為。私は強くなるんだと再認識したのだ。



『あはは!! リュー!! はやいよぉ――!!』


 ふふ、悔しければ追いついてみろ。


 私はもう一人の私を背に置き、何処までも続く純白の道なき道を駆けて行った。




「あぁぁぁああああ!! でやぁぁあああ!!」


「……っ」



 鼓膜を多大に刺激する戦士の覇気ある咆哮が泡沫の夢の中から私の意識を現実の下へ呼び戻す。


 その声に呼応して冷涼な雪を掴み鋼よりも硬い瞼を必死に開き、外の世界の景色の光を招き入れた。



「遅いぞ!! もっと速く動いてみせろ!!」


「ざぁんねんっ!! そっちは外れだよ!!」


「うわぁっ!?」



 赤き稲妻と青き稲妻が白き稲妻を跳ね除け、堂々足る姿で彼女の前に立ち塞がる。



「ま、まだまだ……。りゅ、りゅ、リューは。私が……。守るんだからっ!!」


 崩れ落ちそうな体を震える足で必死に支え、口から血を吐き出して叫ぶ。


「貴様一人では無理だ。諦めて楽になれ」


「そ――そ――。いつもみたいに怖い戦いから目を背ければいいじゃん」


「絶対に嫌っ!!!! 今、諦めたら一生後悔するもん!!」


「ならば問おう。何故、貴様は戦うのだ??」



 一人の男性が赤き稲妻を纏いつつ問う。



「負けても良い戦いはある。戦わなくても良い戦いもある。色んな戦いがあるけど私は……、本当に戦いが嫌い。出来る事なら皆仲良く手を繋いで過ごしたいよ。でもね?? でも…………。絶対に譲っちゃいけない戦いもあるんだ!! 大切な人を、家族を守る為に私は今戦っているの!!」



「あはは。それじゃあ、私達は恐ろしい敵って認識されているねぇ??」


「そうだよ!! リューは私の大切な家族だもん!! その命を奪おうとする人は例え私の中に存在する人でも敵だ!!」



 折れかけていた闘志に火を灯して体を垂直に建て直す。


 そして、天まで轟く雷鳴と共に白い稲妻が迸った。



「まだまだぁ!! 今日だけは絶対負けないって誓ったんだからぁぁああ――ッ!!!!」



 私は何をしているのだ……。何故力無く倒れているのだ……。


 戦いを恐れ忌み嫌う者に戦わせて……。



「命よりも大切な人を守る為に、私は強くなるんだぁっ!!!!」



 天から降り注いだ白き稲光を身に纏い大気を震わせると周囲の木々の枝に降り積もっていた雪が大地へと舞い落ちた。


 戦いを恐れ慄く情けない女の姿は消失し、代わりに強敵へと立ち向かう戦士の背中へと変容している。


 私の背中を追い続けていた幼い狼が確かに成長した姿がそこには存在した。



 良くぞ、良くぞ熱き心を持ってくれた。


 私は嬉しいぞ、ルー。



「う、うぐぐ……」



 丹田に力を籠め、情けない両足に喝を入れて大地へと両足を突き立てる。


 意識を失っている間、私は守られていたのだ。


 生殺与奪の権を相手に握らせない為に彼女は己の命を賭して守ってくれた。


 嬉しくもあり、又苛立ちを募らせてしまう不思議な感情が尽きかけていた精神と体力に火を灯す。



「リュー!! 起きたの!?」


 深紅に染まった瞳を僅かに見開き此方に視線を送る。


「あぁ。済まなかった……」


「ううん!! こういう時はお互い様だよ!! 私はこれまで何度もリューに守って貰ったし!!」



 素早く私の左側へと身を置き、真正面で今も驚愕すべき魔力を放つ二人と対峙した。



「ねぇ!! どうする!? このまま戦うの!?」


 戦いから身を遠ざける弱き者の声色は消え失せ、覇気と勇気ある声色で私に問う。


「私が前に出てもいいんだよ!? リューは怪我しているからね!!」



 あの弱気なルーが私の身を案じるとはな。


 時間とは全く数奇な物だ。



「いや、このままでは勝てない」


「えぇ!? じゃあどうするの!?」



「ふふ――ん。リューヴはもう分かっているでしょ??」


「あぁ、そうだな。あの澄んだ目。憤怒、悲哀、義憤。全ての負の感情は消失し、凪の無い澄み切った水面の様だ。素晴らしい……」



 私は……。今になって気が付いた。


 父上は私を長に育てる為に鍛えた訳では無い。誰が為に戦う為に鍛えたのだ。


 私はそれを履き違えていた。


 只々強さを求める為に私は存在しているのだと。



「リュ、リュー??」



 そう。


 私はもう一人の私を守る為。心優しき者の命を奪う敵を倒す為に生まれて来たのだ。



「待たせたな、ルー。共に……。そう!!!! 共に!! 立ちはだかる敵を倒すぞ!!」



 体が、心が熱い。


 燃え滾る様に血が煮え、尽きかけていた体に嘘の様に力が戻って来る。


 己が為にでは無く愛する者の為に戦うのがこうも力を与えてくれるのか。



『愛しむ心を持つ事』



 私に与えられた課題はこの事だったのか。



「うんっ!!!! 今の私達は誰にも負けないよ!!」


「あぁ、そうだ!! 共に行くぞ!!」



 ルーから差し出された左手に己の右手を重ね合わせ、互いの熱き心と体を解け合わせた。



「「ヴァー雷帝ブリッツカイザー!!!!」」



 一つになった体から溢れ出る雷光が木々を薙ぎ倒し、大地へと流れて土塊を焦がす。漂う冷涼な空気は稲光によって熱せられ白き靄へと移り変わって空へ立ち昇って行く。


 空を覆っていた分厚い雲が稲妻によって割れて青空が覗き、私達の魔力によって広大な大地が震える。


 これが……。私達の力、か??


 森羅万象を揺るがす雷の力に思わず驚いてしまう。



『リュー!! 凄いよ!! 今の私達ってお父さん達より強いんじゃない!?』



 私と同じ想いを抱いたのか、心の中からルーの声が響く。


 ふふ、それは言い過ぎだ。


 私達は未だ頂の片鱗に手が届いた程度。つまり、より強くなる為には互いの心と体を鍛えねばならぬのだ。


 抑えきれぬ力を解き放ち、以前変わらず我々の前に立つ二人へ向かって飛び出そうとすると。



「二人共!! おめでとう!! 良く気が付いてくれたね!!」



 美しい白銀の髪を揺らして女性が笑みを零して我々を制した。



「ルーは弱き心を捨て、立つ塞がる敵を倒す戦士の心を持つ事。リューヴは愛する者を守る為に戦う優しき心を持つ事。我々が求めていたのは対となる心だ」


「そうそう!! 本来なら別々の体で生まれる筈だったのに、二人は私達を宿してこの世に生まれた。一つの体で生まれ二つの心と体を持ってしまった。成長するに連れて心と体は離れてしまう。でも、元々は一つの心と体。異なる心を認め合い、互いを肯定してあげる事を私達は待っていたんだ!!」



 成程……。そういう事だったのか。



『う――ん?? つまり……。どういう事かな??』


 全く。


 これだけ丁寧に説明して頂いても分からぬと言うのか??


『いや、何となくは分かるよ?? でも、何んと言うか……。もっとはっきりした説明が欲しいかな!!』


「あはは!! ルーちゃんらしいね!! はっきりかぁ。ん――……」



 細い顎に右手を当て、考え込む仕草を取る。



「私達はね、分かっているとは思うけど雷狼の子孫なんだ」


「雷狼。つまり、この星の生命体を生み出した九祖が一体。神に等しき力を持つ我々の祖先。元々雷狼は一体の存在だったのだが……」


「どういう訳か分からないけどね?? 私達の代から二人に分かれて生まれて来てしまう事が起こり始めたんだよ」



 それは初耳だな。



「極々稀にしか生まれて来ないんだけどさ。私達の後には……。あれ?? 何人いたっけ??」


 女性が男性へと問う。


「貴様等の父は雷狼の血を受け継ぎ一人で生まれた。我々の様に一人の体で二つの心と体を持って生まれて来るのは確認出来た限りでは数例だ」


『へぇ――。珍しいんだねぇ』



 ルーのしみじみとした声が心の中で響く。



「私達もルー達みたいに苦労したんだ。だってさぁ、男の子と元の体に戻るんだよ?? ルー達は同じ女性だからいいけど」


「それはこっちの台詞だ。女の心を体に宿す身にもなってみろ」


「ほら!! 見た!? こうやってむっすりとした顔を浮かべてさぁ――。俺が正しいんだって自己主張が強いんだもん」


「何だと!? 貴様が女々しい心を宿す所為で何度命を失う羽目に遭ったか。忘れたとは言わせんぞ!?」


「うっわ。出た出た……」



 憤る男性に対し、その負の感情を軽く受け流す女性。それが我々の幼き頃に重なり、僅かばかりに辟易してしまった。



「鬱陶しい男の声は放っておいて!!」


「放るな!!!!」


 この際、どっちでも良いです。早くその乱痴気騒ぎを終えて指導を享受して頂けないだろうか??


「グダグダ説明してきたけど、つまり!! 一人では只の戦士……。だけど異なる心と欠けた体を重ね合わせれば正に無敵の戦士になるんだよ!!」


「今は未だその時間は短いかも知れぬ。だが、時を重ねる度にその時間は伸びていくであろう」



 ふむ……。


 つまり、体を合一させた状態での覚醒時間は極僅か。


 短期間で決着を付けろという事だな。



『何となく理解出来ました!! それでぇ、もう一つ聞きたい事があるんだけど』


「何??」



 銀髪の女性が小首を傾げ、私の胸元へと視線を送る。



『えっとね?? 子供を作りたい時は一つの体でも大丈夫なのですか!?』


「「ぶっ!!」」



 この場に酷く不釣り合いな質問に図らずとも銀髪の男性と共に吹き出してしまった。



「貴様はば、馬鹿か!! こんな時に何て質問をするんだ!!」


 己の胸の内へ向かって叫んでやる。


『馬鹿じゃないもん!! 大事な質問だよ!? ほら、リューって超恥ずかしがり屋じゃん。そんなままだといつまで経っても子供を作れそうに無いし?? 私と一緒だったら大丈夫じゃないかなぁってさ!!』



 い、要らぬお節介を……!!!!



「ふ、あはは!! あ――!! 可笑しい!!」


 銀髪の女性が陽性な笑みを浮かべ、腹を抑えて笑い転げる。


「は――……。こんなに笑ったの初めてかも。あのね?? 一つの体でも大丈夫だけど」


『だけど??』


「折角ならさ。好きな人に体を触れて貰って欲しいでしょ?? 他の誰でも無い。自分の体を求めてくれる愛する人。その時が来たら一つじゃなくて、二つの体でするといいよ」


『だってさ!! リューは絶対無理だろうし。レイドと三人で……』


「も、も、もういい!! それ以上口を開くな!!!!」



 あ、主と三人でだと??


 確かに……。私一人だと上手く出来るかどうか不安だが。コイツとならその羞恥は軽減できるやも知れぬ。


 いや、しかし……。


 三人でするべきなのか?? その行為は……。


 一糸纏わぬ三名の男女が入り乱れる姿を想像すると恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。



「じゃあ、愛しの彼に見て貰おうよ。本当のルー達をさ!!」


「努力は怠るな。未だ貴様達は強者犇めく入り口に足を踏み入れただけに過ぎぬのだから」



「了承した!! ルー!! 行くぞ!!」


 現実の世界へと続く光の一筋を求め、瞳を閉じて集中した。


『はぁい!! あ、そうだ!!』


 また下らない質問か!?


『違うって。お姉さん達のお名前を教えて下さいっ!!』



「良いよ!! 私の名前はリュシュリン=ファルネン!!」


「名はヴィング=ファルネンだ。共に戦おうぞ、雷狼の子孫!!!!」



『宜しくね!! リュシュリンさん!!』


「ヴィング殿!! 此れからも宜しく頼む!!」



「いってらっしゃ――い!!!! 早く子供の顔を見せてね――!!」


「貴様……。別れ際にもっと相応しい言葉があるだろう……」



 燦々と輝く太陽の笑み。それと対照的な辟易して沈んだ表情。


 私達にとってもう何度も見た光景に思わず口角が上がってしまった。


 主……。待っていてくれ。本当の私……。いいや、本当の私達の姿を見てくれ!!


 心に湧く大変温かい想いと陽性な感情を胸に抱き、頭上から光輝き降り注ぐ一筋の光へと向かって私達は手を伸ばした。




お疲れ様でした。


現在後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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