第三百十二話 お父さんには休日が無い
お疲れ様です。
本日の投稿になります。少々長めの文章となっておりますので予めご了承下さい。
猛暑の季節に相応しい強き陽射しが青空から降り注ぎ体中の汗を排出させてやるぜと、俺達の体温をグングンと上昇させていく。
体の節々に痛みが残る体には大変宜しくない光の強さ加減に苛立ちを募らせ、鬱憤を晴らす訳じゃないけどちょいと顔を顰めて空を仰ぎ見てやる。
それでも彼は森羅万象を照らす満面の笑みを崩す事は無かった。
体調不良の日に受けるべき光ではない事は確かだ。
現に額からは大きな汗粒が流れ落ち、水分を補給しろと俺の体に催促をしている。
「暑い……」
視覚では勿論の事。地肌でもその大きさを確知出来てしまう大きさの汗粒を拭き取ると、大海原で波打つ面が反射する強い光を一睨みしてやった。
何で毎度同じく釣りをしなければならないのだ。
折角の休日。
お父さんは日頃の疲れを癒す為に居間でゴロゴロする義務があるというのに。
「暑いよねぇ。でも、仕方が無いんじゃない??」
右隣り。
岩礁から足を投げ出し、楽し気に釣り竿を握るルーが話す。
「仕方が無い??」
「そ――そ――。アオイちゃんを抱きしめて寝てたんだもん」
「あ、あのなぁ。眠っている時にどうしろって言うんだ??」
長きに亘る訓練によって蓄積された疲労を拭い去る為、これでもかと深い眠りに就いていたのだ。
俺に一切の過失は無い!! 悪いのは君達だ!!
そう叫べたらどれだけ楽か……。
「主が悪い」
むすっとした顔でルー同様、釣り竿を手に持つリューヴが顔を顰めて話せば。
「レイド様ぁ。私、暑くて溶けてしまいますぅ……」
右肩に留まる横着な蜘蛛がチクチクした体毛を首筋に擦り付けて来る。
「俺が悪いのかなぁ。――――。と、いうか毛が痛い」
今回の事件の首謀者の体を左手で押し退けながら言ってやった。
「はぁんっ。辛辣ですわぁ――」
昨日まで酷く沈んでいたアオイが今じゃ……。
まぁ、普段通りに戻ってくれて嬉しいよ。でもね?? も――ちょっと態度を弁えて欲しいのです。
今まで抑えていた何かを弾けさせる様に、普段以上に距離感を間違えているのだ。
ちょっと遅めの朝食時には。
『はい、レイド様っ。あ――んっ』
と、己の箸で摘まんだ白米を差し出し。
島の東の釣り場へ来る時には。
『レ――イド様っ。腕を組みましょっ??』
等と、大変肝を冷やす言葉を放ちながら右腕に甘く絡みついて来た。
世の女性が羨む端整な御顔、豊潤に育った双丘、そして男性の性を否応なし刺激する甘い香り。
俺も一端の男性であり普通の性欲の持つ者であるから嬉しくない訳では無い。
ですが、心に湧く陽性な感情をあっと言う間に恐怖感に上塗りしてしまう存在が周囲に数多多く存在するのです。
何気無く右へ視線を送ると……。
「「…………ッ」」
深紅の髪の女性と、深緑の髪の女性が殺気に満ちた視線を俺に放っていた。
こ、こえぇ……。
マイの奴は分かるけど、最近になってユウも俺の生活態度に難色を示す様になってきたよな……。これまで以上に気が抜けなくなってしまいますよ。
視線だけで人を気絶させられるお二方の視線に耐えられずプイっと視線を外すと。
「わっ!! あはは!! やったぁ!! また釣れたぁ!!」
ルーがひょいと竿を上げて、釣り針の先に掛かった黄色と黒の縞々模様の魚がピチピチと尾びれを動かし最後の抵抗を見せていた。
「釣りって簡単だねぇ。よいしょっと」
釣った魚の口から針を外し、俺達の背後で待機している海水で満たした桶にぽいっと放り込んだ。
「ルーは器用だからなぁ」
釣りを始めてからこっちは一匹。それに対しルーは……。
あぁ、五匹か。順調に釣果を上げていた。
事戦いに関しては優しい性格が影響してか不得手だが、こういう事に関しては誰よりも得意だからねぇ。
「ルー、場所を変われ」
その様子に苛立ちを募らせたもう一人の雷狼さんからドスの利いた低い声が静かに上がる。
「どうしたの、リュー」
「私が釣れないのはきっと場所が悪い所為だ。貴様の位置は絶好の場所なのだろう」
「それマイちゃんも言っていたよ?? 仕方が無いなぁ――。はい、こっちおいで」
ルーが丸いお尻を上げて右へと移動。
「ふんっ。これで釣果は得られる筈だ」
ルーが元居た位置へリューヴが僅かに上がった口角を携えたままちょこんと腰を下ろした。
場所は大切だと思うけど釣りで肝心な事は待つ事だよなぁ。
焦っても釣れないだろうし。その逸る気持ちが糸を伝わって海中に広がり魚が食いつかないのだろう。
誰だって恐ろしい罠が張られた御飯に手を出そうとはしないさ。
「もう釣ったし。帰ってもいいかな??」
ルーが真正面へ顔を向けつつ口を開けた。
何故、俺が大切な休日を返上して気怠い体を引っ提げて釣りをしているのか。
その理由は向こうで楽しそうに……。
「ぬぁぁああ――!! ユウ!! 釣るなぁぁああああッ!!」
「あ、テメェ何すんだよ!? 放せぇ!!!!」
基。女性に相応しくない口調で不毛な争いを続けて居る龍の所為なのです。
今朝、大変馨しい香りに包まれて目を醒ますと同時に体が天幕の外へと投げ出されてしまった。
正確に言えば、暴龍の力によって足を引っ張られた所為です。
『こ、この野郎。朝も早くからいけしゃあしゃあとぉ!!』
『は?? 一体俺が何を……。あぶちっ!?』
まだ朝露が乾いていない大地の上で訳も分からぬまま殴られ、足を綺麗に折り畳まされ、弁解の余地も無く怒鳴られたら誰だって目を何度も閉じては開くであろう。
俺も例に漏れる事無くその状態へと陥り、憎しみという名の激流に身を委ねた彼女の瞳に怯えながら取り敢えずの謝罪を述べた。
何故何もしてないのに殴られ、剰え謝罪を述べなければならないのだろうと自分なりの考察を重ねたが……。
その間にも耐久力を高める為の温かくも激烈な指導を受けていたのでそれは叶わなかった。
首根っこを掴まれ、顔面を殴打され、二度寝の準備が整っていく中。
『うふふ……。レイド様の香りを存分に堪能出来ましたわっ』
俺が使用している天幕の中からアオイが着衣を淫らに着崩して現れ、俺は叱咤されている状況を漸く出来たのだ。
『全く、どうしてあなたはこうも無防備なのですかっ。そして何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのですかっ??』
暴龍の背後で青き魔力を放ち続ける海竜さんの有難い補足説明があったお陰で状況をより深く理解出来た事を忘れてはいけない。
『お、俺は寝ていただけだぞ!?』
『それでも貴様は女の侵入を許した。そこに釈明の余地は無い』
俺が無罪を主張しようものなら暴龍裁判長が難癖を付けて有罪へと持ち込もうとして。
『そ、そんな!! カ、カエデも何か……』
『ふ、む……。よく動く口ですねっ』
裁判長の直ぐ後ろで人の頭を叩き易い大きさに纏めた棍棒を持つ海竜さんが無言の睨みを利かした。
一体何処からその棍棒を以て来たのでしょうか?? 甚だ疑問が残りましたよ。
このままでは無罪であるのに断罪を受ける嵌めになってしまうので黙秘を画策。
しかし、それは悲しいかな。
『百戦錬磨の御方は例え眠っていたとしても第三者の侵入に気が付きます。イスハさん達が良い例ですねっ』
『おぉ、その通りだ。と、言う訳で。貴様は……。半殺しの刑に処す』
御二人の判決によって叶わなかった。
『ちょ……!! そこはせめて情状酌量を汲んで頂き二割に留めてくれると嬉しいです!!』
『男の癖にギャアギャア喚くな!! 直ぐに始末してやるから安心しろ!!』
『さっきより罪が重くなっているだろうが!! あいだ!!!!』
謝意を示す為に只々頭を地面に擦り付け、酷い暴力から漸く解放された頃には朝食の温かなお味噌汁は冷たぁい物に変化してしまったとさ。
「勝手に帰ったらアイツに見つかって殴られるぞ」
ギャアギャアと騒ぐ向こう側に視線を送らずに話す。
「それに皆でこうして釣りをする機会なんて早々ないから良いんじゃない??」
あの暴龍が何を思ったか知らんが。
『今日こそは正真正銘の魚を釣って見せるわ!!』
と、鼻息荒く声高らかに野営地の中央で己のこれからの予定を宣言した。
俺達は。
『あぁ、はいはい。いってらっしゃい』
と、分かり易い肯定を態度で示したのだが……。それが彼女のイケナイ何かを刺激してしまったのか。
半ば強制的に俺達をここへと誘い、皆が行くならと。
「あはっ!! 駄目ですよ――?? マイさん。ユウさんの邪魔をしては」
ハーピーの女王様も釣りに参戦したのだ。
ここに到着後、普通に釣ってはつまらぬ。
あの暴龍は釣りに参戦した八名を適当に二つに区切り、どちらがより大きな魚を釣れるかという釣り勝負を勝手に開始したのです。
折角の休み。
本来であれば翌日に備えて休息に徹するべきなのだが……。断って空気を悪くしても宜しく無いと考えた俺はこうして流れる時間をおかずにして釣りをしているのですよっと。
「まぁそうだね!! んっ!! 来た!!」
またあなたに当たりですか。
此方は俺とアオイ、そして狼二頭。それに対して向こうは暴龍とミノタウロスと海竜さんにハーピーの女王様。
力の分配としてはほぼ釣り合っているとは思う。
だけど……。
「ふぁ――……」
当たりが来なくて暇すぎるのですよっと。
釣れない者同士で組めば俺にも当たりは来るんだけどなぁ。
器用な狼さんがいるのでそれは叶わなかった。
「レイド様ぁ。欠伸をしたから、涙が零れていますわよ??」
「誰かさんの御蔭で要らぬ暴力を受けたから寝不足なんだよ」
「まぁ……。うふふ。レイド様の眠りを妨げるのなんて……。不届き者が居るのですねぇ」
「そう……。だね!!」
ぷっくりと膨らんだ蜘蛛のお腹を摘まみ、ペロリと舌なめずりをして竿を握っているルーの頭に向けて黒き甲殻を纏う蜘蛛を投げてやった。
「あっはぁん。久々ですから、辛辣に感じませんわぁ――」
「アオイちゃん!! 邪魔!! これ、おっきいから集中したいの!!」
「まぁ!? 私の体を受け止めておいて邪魔だと申すのですか!? 世の男性はきっと恍惚の表情を浮かべて私の体を受け止めるでしょう。それなのにあなたと来たら……」
「だって私女の子だもんっ!!」
耳元で怒鳴られると結構キクんだよね、アレ。
しなる竿を握るルー。その肩に留まり喚く一匹の黒い蜘蛛。
何だかこの和やかな雰囲気に良く似合う光景を捉えると意図せぬ笑いが零れた。
「どうした、主??」
「あ、いや。いつもと変わらない風景だなぁって」
未だ見ぬ魚の幻影を追い続け、竿をしっかりと握り続けている彼女に答える。
「あぁ、そういう事か。私が釣れない事に笑みを零したのかと思ったぞ」
そんな事で笑ったら命がありませんので笑いません。
「その内釣れるさ。――――。所で、覚醒の進捗具合はどう??」
灰色の髪から目の前の青の海へと顔を動かして問う。
「順調と難航。その狭間に身を置いて居るとでも言えばいいのか……」
「とどのつまり芳しくないって事か。マイ達みたいに何か、こう。具体的な課題は与えられていないの??」
課題の難易度で足止めを食らっているのなら未だマシだと捉えるべきであろう。
問題は、見えぬ要求を与えられた時だ。
リューヴ達の場合はどうなのだろうか……。
「無い。手を合わせる日々の連続だ」
相手と手を合わせる事に喜びを感じているリューヴが顔を顰める程の組手、か。
件の課題はどうやら厄介な方向に舵を切ってしまった様だな。
「ルーと二人で組んで相手をしているんだろ?? それなら一矢報いる事も可能じゃないのか??」
「相手の実力は我々の遥か上に居る。声を、そして視線の一つも交わさないで繰り出される連携攻撃。化け物が一糸乱れず、しかも心臓が悲鳴を上げてしまう力を纏って襲い掛かって来るあの衝撃的な光景を見れば主もきっと顔を顰めるだろう」
彼女の立場に己を挿げ替えふと想像してみる。
『あはは――!! レイド君!! 今日は暇だから沢山虐めさせてねぇ!!』
『そうそう!! 体が二つになっちゃったから暇も二倍になっちゃったからさ!!』
凶姫さんが双子になりそして、俺の体を痛め付けようとして馬鹿げた力を纏って襲い来る……。
大地に横たわった俺の腸を鋭い龍の爪で切り裂き、歓喜に湧く笑みを浮かべつつたっぷりの血液を纏った臓器を取り出す。
そして……。
二頭の龍が輝く目を携え、ホカホカの湯気を放つ腸を一気呵成に口の中へと迎え入れてしまった。
おぇっ、想像しなきゃ良かった……。
「そ、それは大変だな」
真夏並みの陽射しを浴び続けているというのに背筋が凍り思わず身震いしてしまった。
「私だけならまだしも……」
「ちょっとアオイちゃん!! 顔の前に張り付かないで!!」
「意外と景色が良いのですわよ?? 人の顔に張り付くと」
「知らないよ!! 魚が逃げちゃうから退いて!!」
一向に動く気配を見せぬ竿から視線を外し、少し離れた右隣りで騒ぐ両名を静かに睨み。
「はぁ――……。訓練に来たというのにアイツときたら……。精神の世界でも弱気な発言ばかり。一つ、いや。二つ強くなるという確固たる意志がまるで見られん」
そして、再び不動の竿を睨んでしまった。
ずっと睨みっぱなしで眉の筋肉が疲れないのかしら……。
「何んと言うか……。課題を与えられていないという事はきっとリューヴ達の何かを見ているんだと思うんだよ」
「例えば??」
例えば……。
リューヴの端的な返しに思考を繰り広げた後、自分なりの考えを答えた。
「戦いに臨む気持ち、ルーとの連携、そして此度の訓練に対する決意。考えられる課題は幾つも存在するけど。与えられた課題は恐らくリューヴ自身が抱えている物だと思うよ」
これまで与えられた課題に対する答えは。
『驕りを消す』
『優しさを捨てる勇気』
『博愛を持つ心』
アレクシアさんの覚醒に至った理由は何となくしか聞かされていないから詳細までは分からないけど。
本人が気付かない又は内に潜む者が真に求めていた物を彼女達は探り当てて応えた。
つまり、リューヴの中に存在する御先祖様は戦いを通してリューヴに何かを気付かせたいのであろう。
これが考え得る答えじゃないのかな。
「私が抱えている物、か。ふむ……。成程……」
合点がいったのか。
竿から右手を外し、己が唇に当て考え込む仕草を取る。
「ほら。ユウ達も与えられた課題を通して答えに辿り着いただろ?? だから、リューヴとルーもその通りじゃないかなって」
「私もそう思う。だが、その何かを掴み取るのは至極困難だ。今一度自分を見直すべきか」
「自分と向き合うのには良い機会じゃない?? 精神と肉体を鍛える為にこれ程誂えた場所は無いし」
派手に暴れようが人を傷つける恐れも無く、しかも大変お強い指導者が四人も居るんだ。
これで強くならないのならそれは己に責任があるのだろう。
「その通りだな。只……」
再びルー達へ視線を動かし。
「あぁ――!! 逃げちゃったじゃん!!」
「残念でしたわねぇ。かなりの大物でしたのに」
「アオイちゃんも私の邪魔ばかりしていないで釣ったらどうなの!? マイちゃん達に負けちゃうよ!!」
「下らない遊びに労力を割くより、私はレイド様との逢瀬に体力を割きたいので……」
「五月蠅過ぎるのが難点だな」
ふぅっと、大きな溜息を吐き俺の顔をやれやれといった表情で見つめてくれた。
「それは至極同意するよ。あの元気を訓練に回せば効率よく実力を得られるのにね」
「ふっ……。全くその通りだ」
軽く笑みを漏らし、そして紺碧の大海原へと顔を向ける。
出会った当初はあの喧噪に顔を顰めっぱなしだったのに、今となれば軽い笑みを浮かべる。
怖い性格なのかな?? と。人に感じさせる表情と佇まいを醸し出すリューヴだが、本当の彼女は友を想う心を大切に抱く優しい人なんだよね。
まっ、本人の顔を見て直接言える程俺は肝が据わっていないのであしからずっと。
彼女と同じ方向を向き無表情な竿を眺めていると、竿の先端がぐぐっと海面へとしなった。
漸く来たぞっ!!
「よっしゃ!! 掛かったぞ!!」
竿を掴む手から感じるそれはかなりの圧。
頑丈な竿がここまでしなるのだ、それ相応の大物に違いない!!
「主手伝うぞ!!」
「おう!! ありがとう!!」
リューヴが右側から竿を支え。
「私も手伝うよ――!!」
「あ、ありがとう!!」
この当たりをすかさず察知したもう一人の狼さんが左側から竿を支えてくれた。
いや、うん。
支えてくれるのは嬉しいのですけれども……。えぇ、距離感がですね?? 間違っていると思うのです。
「おぉっ!! 主、これは大物だぞ!!」
リューヴが珍しく燥ぐ声を出せば、右腕がフニっとした柔らかい何かを感知し。
「リュー!! 引っ張り過ぎ!! こういう時は慎重にいかなきゃ駄目なんだよ!?」
ルーが元気な竿に手を添えるとこれまた左腕に右のソレと変わらぬ感触が広がってしまった。
そして、この騒ぎを見逃すまいと。
「レイド様っ、アオイも手伝いますわっ」
一匹の蜘蛛が美しい女性の姿へと変化して俺の膝元にすっぽりと収まった。
手伝うのなら竿を持つべきであると考えるのですけども。
「あぁっ……。何んと素敵な光景なのでしょう……」
何故、あなたは俺の胸にしがみつき潤んだ瞳で此方を見上げるのでしょうか??
「ア、アオイ!! ちょっと近いって!!」
精々こうして抵抗の声を上げるのが限界です。
どうしてかって??
下手に動けば魚を逃す恐れもあるし、何より両腕の柔らかい何かを刺激してしまうのが憚れるからです!!
「レイド見えたよ!!」
前のめりになるルーが俺の腕にアレを乗せつつ叫ぶ。
そして、狼さん達は大変仲が宜しいので当然同じ行動又は動作に移る訳なのです。
「主!! でかしたぞ!! かなりの大物だ!!」
お願いします。
雷狼の御二人さん、どうか釣りに集中させて下さい。
「あんっ。レイド様っ?? 腰を動かしたらいけませんわ」
「し、知らないよ!! ルー!! リューヴ!! 合わせて!! 一気に引くぞ!!」
「分かったよ!!」
「主に合わせる!!」
股に広がる女性らしい柔らかさが邪な気持ちを湧かせるが、それを捨て置き腕に渾身の力を籠めた。
ここで逃したら恐らく俺に当たりは来ない。それなら!! この一投に全てを掛ける!!
しなる竿に全ての神経を集中させ、一気呵成に竿を上方へと上げた。
「「おぉっ!!」」
釣り糸に引き上げられ空高く舞う巨大な魚の影。
上空から差す太陽の光もありそれは美しく映った。だが、魚が空中で一つ大きく跳ねると。
『私を釣ろうには修行が足りぬ』
そう言わんばかりに針が魚の口から外れ、大きな魚が紺碧の海へと姿を消してしまった。
残念だなと考える前にここで一つの問題が発生してしまう。
釣り竿を勢い良く上方へと掲げる行為。それは即ち全体重が後方へと流れる訳です。
体の両側には狼さん、そして膝元には横着な女性。
それら全ての物体が同時に後方へと移動すればどうなるか……。大変お馬鹿な自分にも容易に理解出来てしまった。
「「「わああっ!?」」」
四者四様。皆等しく大地へと転がり真夏の日差しをお腹で受ける嵌めになった。
それならまだしもどういう訳か。一人の女性はこれを見越していたらしく??
「い、今ですわっ!!」
好機到来と捉え、此方との距離感を消失させてしまった。
「あはぁん……。レイド様ぁ、糸が絡んでしまいましたわぁ……」
竿の先に括り付けた糸。
これはアオイに作って貰った撚糸なのだが。大変素晴らしい強度の為、寸断しようにもかなりの力を要する。
その糸をどういう原理で動かしたのかは理解出来ないが俺とアオイの体を密着させる為に絶対ワザとだろ?? と、叫びたくなる巻き付けた方で接合してしまったのです。
「ちょ、ちょっと!! 離れなさい!!」
辛うじて動く右腕を動かし、アオイの肩を掴むが。
「あっ……。動かないで下さいまし……。もう一人のレイド様が私の……」
「ご、ごめん!!」
昼間に不釣り合いな声色と表情を浮かべるのでつい肩を放してしまった。
「むぅ!! レイド!! ずるいよ!!」
何がずるいのでしょうか?? ルーさん。
「私もぎゅってされたいもん!! アオイちゃん退いて!!」
狼の姿に変わったルーがアオイの丸みを帯びた臀部をタフタフと叩く。
「それがぁ。糸が絡んで動けませんの。ね?? レイド様っ??」
「ね?? じゃあありません。この糸アオイが練った糸だろ?? 早く解いてよ」
艶を帯びてしまった瞳から視線を外して話す。
「出来たらやっていますわ。私、疲れていましてこのまま眠ってしまいたいですわぁ……」
胸元に顔をポスンっと埋め、女の香をこれでもかと俺の体内に注入しながら話す。
真昼間から行う光景じゃないよな。
―――。
夜でも駄目だけど。
さてどうしたものか、甘い香りの誘惑を跳ね除けながら考えていると。望んでいた影が太陽の熱い陽射しを妨げてくれた。
その影の下を確認すると……。
「主。何をしている……」
眉を顰め、腕を組み、剰え肩口から漆黒の稲妻を放出しているリューヴが立っていた。
「何って……。えっと、ですね。アオイさんが退いてくれなくて困っているのですよ??」
端的且明瞭にこの状況を雷狼さんへ釈明する。
「それなら何故もっと力を籠めて動かそうとしない」
リューヴのドスの利いた声を受け取ると。
「わ、分かりましたぁ!! アオイ!! 退きなさい!!」
訓練生時代に教官から叱咤された記憶がふと脳裏を過り、強面教官の指示通りにアオイの肩をぐっと掴み相手を傷付けない力加減で上体を浮かせてやった。
「あんっ。まぁ……。うふふ。アオイのここ、御覧になられたいのですかぁ??」
「ぶふっ!?!?」
見えぬ一本の糸が彼女の襟元をぐぐっと開き、此方がアオイの体を浮かせれば浮かせる程その空間は広がっていく。
つまり、これ以上押し返せば女性用の下着とたわわに実った二つの果実が見えてしまう訳なのです。
「ば、馬鹿じゃないのか!? 糸を使うな!! 糸を!!」
「あら?? 使用していませんわよ?? レイド様の見えない愛の力がきっとそうせたのでしょう……」
「嘘を付くな!! 嘘を!!」
お願い!! 早く退いて!! 黒焦げになりたくないの!!!!
絡む女体と香りに四苦八苦しつつそれでも何とかして身を捩って逃れようとしたが。
横着な彼女と糸はそれをよしとしなかった。
「ほぉ?? それが主の本気、か」
このパリパリとした乾いた炸裂音……。ま、まさか……。
鉄よりも硬い固唾をゴックンと飲み込んでリューヴを見上げると。
「っ!?」
先程までとは比べ物にならない量の漆黒の稲妻が迸り彼女の体を縦横無尽に駆け巡っていた。
「ち、違うって!! 見えちゃうから!!」
「レイド様なら時間が許す限り……。いや、寧ろ。アオイの全てを曝け出しても構いませんわ」
「止めて!! 死にたくないの!!」
おっと。本音が漏れてしまったぞ。
「主は少々……。いや、猛省すべきだな!!!!」
「や、止めてぇ!! ぎぃぃぃぃやあああああ!!!!」
「あら、危ないですわね」
リューヴが咆哮すると同時に腹の上の柔肉が退避、そして漆黒の稲妻が地面を伝わり俺の体の中を蹂躙し始めた。
稲妻に打たれ続けると視界が明滅し、釣れたてホヤホヤの海老も腹を抱えて笑い転げる程に体が痙攣。
鼻腔に届く肉の焦げた匂いがこれは常軌を逸した状況であると伝えてくれる。
「じ、じんじゃう!! やめでぇ!!」
「止めはせぬ。主が猛省の態度を取るまではな!!」
「ど、どうやっで!! あばばばば!? ぞのだいどをどれば!?」
「頭を垂れろ。それだけでいい」
無茶苦茶言いますね!?
か、体が痙攣しているのにどうしろと!?
「ねぇ、リュー。お仕置きするんだったらもうちょっと威力あげたら??」
「ヴー!! お、おまぇ!!」
「あはは!! 私の名前はルーだよ――??」
知っています!! 体が痺れて舌が回らないの!!
「そう、だな。どれだけ力が付いたか。試すのには絶好の機会であろう」
「だよねぇ!! 私も試したいからさ、ちょいちょいっと放出するね!!」
「ずるなぁ!!」
これ以上力を加えられたら……。流石にヤバイ!!
「レイド様?? お助けしましょうか??」
俺の体の横に美しい姿勢で座るアオイが、何故か知らぬがうっとりとした表情で俺に問う。
「ぜ、ぜびぃ!!」
「まぁっ!! ではぁ……。アオイ娶ってくれるのであればお助け致します」
「ぶりぃ!!」
で、出来る訳ないだろ!! 時と場合を考えて発言しなさい!!
「ルー!! 合わせろ!!」
「うんっ!! 分かった!!」
「「はぁぁぁっ!!」」
二人が魔力を解放して白と黒の稲妻を視界が捉えた刹那。
「アババババ!!!! ぎにゃあああああああ!!」
砂浜に打ち上げられた魚の様に体が上下にビッタンビッタンと跳ね、美しい生命の鼓動を鳴らす心臓が徐々にその音量を下げていく。
明滅する視界が刹那に捉えたのは蒼天へと立ち昇ってく一筋の黒煙。
その黒煙の出何処は俺の体であると理解する間も無く二つの瞼は驚くべき速度で閉じてしまった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
本日はWBC開幕!! 帰宅後、早速テレビを点けると丁度大谷選手が投げ終えたイニングでした。
試合終了まで観戦しつつ執筆作業をしていましたね。初戦を勝利で終えてほっと一息付いています。
試合結果は日本の圧勝なのですが、試合中盤はどちらに転んでもおかしくなかったので国際試合の怖さを再認識させられました……。明日も試合があるので目が離せませんね!!
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花粉で執筆意欲が失われて行く中、本当に嬉しい励みとなりました!! これからも温かな目で見守って頂ければ幸いです!!
それでは皆様、お休みなさいませ。