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第七十二話 彼方。遠く霞む出発の地へと その二

お疲れ様です!! 本日の投稿になります。


それでは、ごゆっくりと御覧下さい。




 大地の力を滲ませた土の香りと、生命の息吹を感じ取れる草の香りが鼻腔を擽る。


 静かな風が頬を優しく撫で、何処までも続く大地の果てへと流れて行った。



「――――――――。ふぅ、到着か」



 静かに瞳を開けると、大自然の力が容易に感じ取れる平原の真ん中に身を置いていた。


 山の澄んだ空気に比べ。若干の土埃を含んだ空気を掴み取れてしまう嗅覚と触覚に、ほんの少しだけ残念な気持ちを抱いてしまう。



 師匠達とは暫しの別れ。


 よし!!


 与えられた任務に専念しよう!!



 己にそう言い聞かせ、現在位置を掴もうと周囲へ視線を送った。



「此処は……。あぁ、何となく見覚えがあるぞ」



 先日通ったほぼ同じ場所に既視感を覚える。


 ファストベースへと向かう為には街道から逸れ、暫し何も無い平原を進む必要があるのでこの既視感は有難いですね。



「すっげぇ……。注文もしてないのに丁度良い位置に送ってくれたじゃん」



 俺と同じ感覚を掴んだのか。


 ユウが荷物を纏めつつ話す。



「流石だよな。淫魔の女王の名は伊達じゃないのも頷けるよ」


「どうせならさぁ――。もっと近くが良かったけどねぇ……」



 荷物を纏めて置いてある一角。


 丁度良い塩梅の背もたれ代わりを探しながらマイが話す。



「魔物と人間の間には色々と壁があるんだよ。それに、俺達がいきなり光の中から出現したらパルチザンの兵達も面食らうだろ??」


「まぁ、そうだけどさ。おっ……。この柔らかさ。いいかも……」


「マイ。私の荷物にもたれないで下さい」


「いいじゃん!! 別に!!」



 移動先で早速喧しくしちゃってまぁ……。


 人が多く住む街中では口を慎む様に教えておかないと。



 まぁ俺が説明しなくても。


 優秀な海竜さんが叱ってくれるか。



「駄目です。後、アオイ。それはレイドの荷物ですよ??」


「え?? そうですけど……。何か問題でも??」


「大有りです。それは彼の服です。あなたが着用すべき物ではありません」


「うふっ。雌犬が近寄って来ない様に、私の香りを染み込ませておく必要があるのですわ。左様で御座いますわよね?? レイド様っ??」



「知りません」



 全く……。


 目を離した途端にこれだもの。



 喧噪に続く横着。


 数分でもいいから静かにして下さいよ。


 ユウに倣い己の荷物を纏めていると、少し離れた位置に突如として魔法陣が浮かび上がった。


 強烈な発光が止み、その中から現れたのは……。



『ふぅ……。全く。馬に使用するモノでは無いぞ』



 周囲の光に若干驚いた眼を浮かべていたウマ子が俺達の前へ、軽快な蹄の音を響かせてやって来てくれた。



「あはは!! 久しぶり……。でも無いけど!! 元気そうだな!!」



 フルンっと尻尾を振り、甘える様に顔を此方に差し出して来た彼女を迎えてあげた。



『ふんっ。元気そうで何よりだ』


「お前こそな!! はは!! 擽ったいって!!」



 ねっとりとした舌が頬を撫でると陽性な感情が途端に湧いてしまう。


 この甘えん坊さんめ!! もうちょっと控え目に舐めろよ!!



「レイド。ちょっといい??」


「カエデ、どうした??」



 横着で分厚い唇を押し退けつつ話す。



「此処からはレイドとウマ子だけでファストベースへ向かって下さい。私達は此処で待っています」


「そっちの方がいいかも。パルチザンの制服を着ていない人達をゾロゾロと引き連れていたら怪しまれちゃうからな」



 要らぬ事情説明で時間を割きたく無いのが本音です。



「此処からですと……。あ、もう……。ふふ、駄目だよ??」



 甘える相手を俺から彼女に鞍替えしたウマ子の攻撃を躱しつつ話す。


 カエデの細い顎に鼻頭をトンっと当て、続け様に彼女のモチモチの頬をペロリと舐めた。



「こらっ」



 小さな拳でウマ子の額をポコンっと叩くと。



『ふんっ。ついでという奴だ』



 小さな嘶き声を上げ、地面に生える草を食み始めた。



「此処からだとファストベースまで……」



 太陽の傾き、そして凡その現在位置を加味した結果。



「往復で三時間って所か。昼までには戻って来れそうだな」


「恐らくその程度でしょう」


「必要最低限の物資と装備を乗せて向かうか。ウマ子!! 準備は良いか!?」



 美味そうに草をモシャモシャと咀嚼する彼女の後ろ足の付け根をピシャリと叩いてやる。



『あぁ、休み過ぎて足が疼いているぞ』



 面長の顔を天へクイっと掲げ準備万端だと教えてくれた。



 今の顎の上げ方と、角度。余程の好調ぶりだと推測できるぞ。


 俺達が死ぬ物狂いで鍛えていた間、厩舎で休んでいたのだが。


 足を動かす事が生業の彼女達にとって厩舎の中で動けないでいるのは苦痛なのかもね。



 此方に向かって早く乗れと請うような視線を送っているのが良い証拠だ。



「じゃあ皆此処で待っていてね?? よっと……」



 あぶみに足を乗せ颯爽とウマ子に跨り、手綱を手に取ってそう話す。



「おう!! ちゃんと待ってているから早く帰って来いよ!!」



 ユウが軽快に手を上げ。



「御待ちしておりますね??」



 カエデがコクンと一つ頷けば。



「あぁ……。馬に跨るレイド様も尊いですわぁ……」



 何やら朝に相応しくない瞳を浮かべるアオイにアハハと一瞥を放ち。



「ん――。いってらしゃ――い」



 カエデの荷物に背を預け、手では無く足で此方をあしらう深紅の髪の女性に呆れた顔を浮かべてやった。



「よし!! ウマ子!! 行くぞ!!」


『あぁ!! 落馬せぬ様、しっかりと手綱を握っておけよ!?』


「ちょ、ちょっと!! 急に走り出すな!!」



「あはは!! レイド――!! 馬に乗るんじゃなくて、馬に乗られているぞ――!!」



 誰だって御主人の命令に従わなかったら驚くに決まっているでしょう!!


 久しぶりの平原に高揚しきった顔を浮かべるウマ子を必死に御しながら一路。本来の目的地であるファストベースへと連れ去られて行った。










 ◇









 強い陽射しが降り注ぎ、馬に揺られながらでも汗がじわりと肌に浮かぶ。


 額から零れ落ちる汗を拭い、ふぅっと息を吐き出した。



『どうした??』



 心地良さそうに首を立てに振る彼女が此方へ視線を送る。



「お前さんが元気一杯だからね。その所為で疲れたんだよ」



 皆と行動している時は歩調を合わせて進んでくれるのだが……。


 解放感からか、それとも久方ぶりに感じる大地の踏み心地に味を占めたのか。


 普段よりも速い歩調で進み続けているのだ。


 それに付き合わされるこっちの体も心配して欲しいものさ。



『そうか……』



 ぶるっと鼻息を放ち、再び真正面を向いてしまった。



「あのな?? 御主人様の命令を聞くのが軍馬の役目なんだぞ」


『善処しよう』



 軽い嘶き声を上げると、再びグンっと速度上げてしまいましたとさ。



 マイ達といい、ウマ子といい……。


 俺の周りに居る女性達はどうしてこう自分本位なのかしらねぇ。


 頭上で光り輝く太陽に憎しみの瞳を向け、誰にでも分かり易い溜息を吐き尽くすと漸く目的地が見えて来た。



 円状に木製の柵がぐるりと拠点地を囲む。その中で今も忙しなく兵士達が汗を流しながら作業を続けている。



 淫魔の女王様に襲われる前と変わらぬ拠点地の姿にほっと胸を撫で下ろすのだが……。


 此方側の出入口で歩哨に立つ兵の顔に覇気がないのが多大に気になりますね。



 馬上で挨拶を交わすのは失礼に値するので、颯爽と下馬し。


 彼女の手綱を手に取って進み続けていると、俺達の存在に漸く気が付いた男女二名の歩哨が声を掛けてくれた。



「おい、そこのお前。そこで止まれ」



 男性歩哨の指示通り、彼等から適度な距離を取り。


 背筋を確と伸ばした。



「はっ!!」


「名前と所属、階級。並びに此処へ来た理由を述べろ」



「はいっ!! レイド=ヘンリクセン二等兵であります!! 所属は、パルチザン独立遊軍補給部隊であります!! 此処へ参った理由は上層部からの指示であります!!」



 ふぅ。


 久しぶりに上の階級の者に挨拶したから緊張しちゃったよ。



「聞いた事が無い部隊名だな」



 でしょうね。


 隊員数僅か二名の超矮小な部隊ですから。



「二等兵?? じゃあ、あなたは新兵なの??」


「はっ、訓練施設を出て今月で二か月目であります」


「ふぅん、まぁいいや。ほら、指令書を見せてくれ」


「了解しました!!」



 荷物の中からルミナの街で受け取った指令書を颯爽と取り出し、彼に差し出す。



「確かに、正式な指令書だな」



 そりゃそうでしょう。


 その為に来たのですから。



 ふむふむと頷く彼の軍服の右肩口。さり気なく階級章を確認すると……。



『盾の下の三本線』



 階級は伍長ですか。


 二等兵が盾の下に一本線、そして一つ階級が上がると二本に増えて一等兵へ。


 伍長から上の階級になると、盾が剣に変化。


 剣の下に一本線で軍曹、続いて准尉、少尉。そしてもう一つ階級が上がると剣と盾が交差する紋章へと変化するのだ。


 大変分かり易い階級章で助かります。



 因みに。


 この階級章の正式な階級を答えよ、と。


 訓練施設で行われた試験で出題されたのです。簡単な暗記問題にほっと胸を撫で下ろした記憶がそっと頭の中を流れて行った。




「じゃあクーパー大尉の所へ案内するからついて来てくれ」


「了解しました。ウマ子、此処で待っていてくれ」



 俺がそう話すと。



『了解した』



 そう言わんばかりに一つ頭を大きく動かしてくれた。



「随分と賢い子なのね」



 歩哨に立つ女性兵がウマ子の額を一つ撫でる。



『そう褒めてくれるな』



 彼女の手を受け取りつつ、嘶き声を上げ。



「あはっ。可愛いね??」



 馬とじゃれ合う女性兵の姿を合図に、拠点地内へと足を踏み入れた。



「兵舎の間を通り抜けた先の平屋に大尉がいらっしゃるからな」


「了解であります」



 伍長の直ぐ後ろを追いつつ、さり気なく周囲へと視線を送る。



 何と言いますか……。


 皆さん、二日酔いみたいな顔付ですね。



「うぅ……」



 兵舎の出入口前でぐったりと腰を下ろして休む男性。



「疲れたぁ……」



 頭を抑え、今にも倒れそうな顔色で武器を運ぶ女性。極めつけは……。



「あぁ……。体がだるい……」



 顔面蒼白で兵舎の支柱へともたれ掛け、小さく細かい呼吸を放つ男性兵の姿が淫魔の女王様の力を改めて思い知らされてくれた。



 エルザードの奴め。


 少々お痛が過ぎたんじゃないの?? 体力自慢の兵達が揃いも揃って辟易しているじゃないか。



「伍長。皆さん体調が悪そうですが……。何かあったのですか??」


「あぁ、実はな」



 彼が話すには。


 数日前、突如として全員が昏迷状態に陥り。


 目が覚めると常軌を逸した倦怠感が体を襲い続け、それが今も続いているそうな。



「突然だぜ?? 全く……。一体何があったのか。それですら解明出来ていないんだ」


「そう、なのですか。不思議な事もあるのですね」



 原因は超絶怒涛の美人の淫魔です。


 そう言えたらどれだけ楽か……。



「原因は不明だが。まっ、倦怠感は続くけど。命に別状は無いし。酒でも飲めば治るだろう」



 そんな簡単に片づけてもいい問題なのでしょうかね??


 甚だ疑問が残ります。



 彼にここで起きた問題を聞かされ続けていると、件の平屋が見えて来た。



 そう。


 淫魔の女王と初戦を繰り広げたあの平屋だ。



「あの中に大尉が居るよ。中はちょっと酷い有様だけど、気にすんな。じゃあな――」


「案内して頂き、有難うございました!!」



 はいはい、どういたしまして。



 そう言わんばかりに此方に手を振ると、歩哨の任へと戻って行かれた。


 さ、俺も任務を遂行しましょうかね。



「ふぅ……」



 一つ呼吸を整え。



「レイド=ヘンリクセン二等兵であります」



 傷が目立つ平屋の扉をノックしつつ、中にいらっしゃる大尉へ自分の名と階級を告げた。



「――――。入れ」


「失礼します!!」



 扉に声を遮られぬ様。


 覇気ある声を上げ、扉を開いた。



 おっと……。


 これはまた……。酷い有様だな。




 木の床にしっかりとこびり付いた焦げ目、割れた天井から吹く隙間風に。窓ガラスが存在したであろう箇所には代用の木々がしっかりと打ちつけられており、外から襲い掛かる雨風を何んとか凌いでいた。



 あの時は無我夢中だったから気付かなかったけど、先の戦闘によって受けた傷が此処まで酷いとは……。


 でも、言い換えるのならエルザードが結界を張った御蔭とも言えるよな??


 そうじゃなきゃ、マイ達の攻撃力にこの建物は耐えられそうにないし。



 大変踏み心地の悪い木の床の上を進み、執務机の前で直立不動の姿勢を取った。



「レイドと言ったな??」



 大分萎れている男性の声だとは思うが、その中でも軍人足る気質を残した声色を放ち。


 頭痛を誤魔化す様にこめかみを抑えつつ仰られた。



「その通りであります。この度は任務で此処へと参りました。そして、これがその指令書になります」



 中身は此処から南西方面へと人員を送る指令なのですが……。


 どういう訳で南西に送るのか。


 その理由が分かっていないのです。出来れば知りたいけども、上官に対して余計な質問は憚られますからね。



「ふぅむ……。南西、か」



 指令書に目を通し、ふぅっと大きく溜息を吐いて座り心地の悪そうな椅子にもたれた。



「南西に人員を送る事について、何か思う事でも御有りなのですか??」


「ん?? まぁ、な」



 何だろう。


 喉に引っ掛かる言い方だな。



「此処まで指令書を運んで来てくれた礼だ。ここだけの話にしてくれるのなら、私の独り言を聞くか??」



 是非お願いします。


 肯定の意味を含ませて一つ大きく頷いた。



「最近……。ここ二か月の間に西の防衛線に大きな変化が現れた」



 大きな変化??


 まさか……。防衛線を破られたのでは!?



「安心しろ。お前が考えている様な悲惨な事態ではない」



 俺の表情で察したのか。


 直ぐに釘を刺してくれた。



「二か月前まで、オークの侵攻は南西部から西部にかけて行われていた。一度につき数十体と少ない個数での襲撃だが、それでも看過は出来ん。それを撃破し続けた成果なのか。将又、良くない兆候なのか。どういう訳か……。南西部にだけしかアイツ等が出現しなくなったのだ」



「南西部……。つまり、魔女の居城が存在すると噂される森付近ですよね??」



「噂では無い。真実だ。輝かしき第一期生が死ぬ物狂いで得た情報だ」




『パルチザン第一期生』



 今から遡る事約二十年前。


 突如として出現したオークに対抗すべく急遽作られた、対オーク部隊。



 聞こえは良いが、その実。


 急造で構成された為、戦闘経験も疎ら。中には鍬を持って兵役に無理矢理参加した者も居たとか居ないとか。


 経験不足の者達の集まりかと思いきや。



『双璧の遮断者』 『孤高の剣士』 『謀略の策士』



 等と、男なら一度は憧れるであろう異名を持ち。


 俺達の間に今尚語り継がれる伝説を残した猛者達も存在する。




 総勢数十万名で構成された急造部隊。


 彼等が命を賭して戦わなかったら。今はもっと酷い状況に陥っていたであろう。


 戦いを挑み、生還を果たしたのは僅か一割にも満たない。数千名……。


 彼等は大陸南西部に位置する深い森の奥に居城を発見。その城付近でドス黒い光の中から出現するオークを、そして女性らしき人物を発見した。


 この情報を基に、オーク共の本丸はあの城であると推測したのだ。



 その居城を落とす事が我々の使命なのだが……。


 現実は非情だ。


 現在の兵力では未知数である敵戦力に対抗出来ないとして、今の今まで森の中へ侵攻出来ずにいるのだから。



「それで……。人員を南西部に集中させ、様子を見ようと??」


「恐らくはそうだろう。何が起こるか分からん。南西部に攻撃が集中するのであれば、我々はそれに対応するのみ。後手に回るのは良くないがな」



 攻撃が南西部に集中、か。


 レイモンドに帰還したらレフ准尉に一度詳細を伺ってみよう。



 あの人の事だ。どうせ、本部の情報を嗅ぎ回っている事だろうし。



「有難うございます、態々教えて頂いて」



 俺が礼を放つと。



「おほんっ。俺は、独り言と言った筈だぞ??」



 軽快な笑みを浮かべて頂けた。



「そう、ですね。それでは!! 失礼致します!!」



 確と頭を下げ、力強い歩みで扉へと向かうが。



「レイド二等兵。これを受け取れ」


「はい?? わっ……」



 彼が此方に向けて赤い液体を詰めた瓶を放った。



「頭痛が酷くて呑む気が起きん。帰りの道中にでも呑め」


「いや、しかし……」



 酒類を控えている者としては余り嬉しくない品なのですけど……。



「命令だ。下がって良し」


「はっ、失礼します」



 再び頭を下げ、青が美しい空の下へと躍り出た。



 えぇ……。


 酒なんか貰ってもなぁ……。


 大尉からの贈り物だし、捨てる訳にもいかん。


 どうしたもんかな。



 落として割っては不味いと考え、大事に腕の中に仕舞いながら拠点地の出入口に戻ると。



「よぉ――。お帰り」



 先程の伍長が此方に向かい、態々言葉を送って頂いた。



「はっ」


「んだよ。一々そう馬鹿丁寧に挨拶を……。んんっ!? おい、お前!! その酒は!?」



 俺の手元へと視線を送ると、ぎょっとした顔を浮かべる。



「これですか?? クーパー大尉が持って行けと」



「嘘でしょう!? それ、大尉が大事に吞もうとしていたお酒じゃない!!」



 歩哨に立っていた女性兵も伍長と同じ顔で酒に視線を送っていた。



 そんなに美味いのか?? 酒って。


 師匠の所で頂いたけど、相も変わらず苦手な味だったし。



「宜しければ……。吞みますか??」



 俺が持っていても意味が無い。


 宝の持ち腐れとは正にこの事ですからね。



「良いのか!?」


「え、えぇ……。自分は酒を呑みませんので」


「やったぁ!! ちょっと!! 私達だけの秘密にしてよ!?」


「あぁ勿論だ!! 嫌々ながら歩哨の任に就いていたらとんでもない僥倖が訪れやがった。ハハ!! 堪らねぇぜ!!」



 嫌々って……。任務なのですからそこは割り切って下さい。



 俺から瓶を受け取ると。


 ずぅっと欲しがっていた玩具を漸く手に入れ、煌びやかにわぁっと輝く頑是ない子供の顔になってしまった。



「有難うね!!」


「この礼はいつか返すからな!!」



「喜んで頂けて光栄です。では、自分は帰路に就きますので」



 地上に生える草を食んでいたウマ子に跨り、口喧しい連中が待つ地へと急ぐ。



「近くに寄ったら声を掛けろよ――!!」


「は――い!! 必ず!!」



 これだけ離れても声を掛けて下さるなんて……。


 よっぽど嬉しかったのだろう。


 たかがお酒一つで大袈裟な物だ。



 よし、これにて任務は終了!! 帰還するまでもう少し、気を引き締めて行きましょうかね。



 彼女の手綱を手に取り、空の中をゆっくりと流れる雲を見つめつつ移動を開始した。
















 ◇















 太陽が頂点に昇り、此れでもかと大地を温め続けている笑みを浮かべる彼の下。


 軽快な足取りで進む彼女に揺られながら広大な大地の果てに視線を送る。



 こうして一人、静かに移動を続けていると。この大陸が平和だと勘違いしてしまうな。


 空に浮かぶ雲、大空の下を何のしがらみも無く飛ぶ鳥達は今日も平和であると考えているだろうさ。



 南西部に兵を集中させ、奴らに対抗する。



 間違ってはいないけど。何故、急に大人しくなったのかが問題なんだよな??



 この点に付いて、うちの賢い海竜さんに一度尋ねてみましょうかね。



 そんな事を考えていると、真っ赤で太った雀が此方に向かって飛んで来た。



「おっそい!!!! 私を数時間も待たせるなんていい度胸してんじゃん!!」



「あのね?? 言ったでしょ?? 任務だって」



 速攻で胸のポケットに収まった龍にそう話す。



「ふんっ。おぉ!! あったあった!! いやぁ……。この石が無いと眠れないのよねぇ……」



 あの塵の事か。


 服を着る流れで見つけ、ついつい捨ててしまいそうになってしまった。




「もし、それが無くなっていたらどうする??」


「は?? 勿論、瞼が開けられなくなる位にボコってやんよ」



 ふぅっ!!


 捨てなくて良かった。



「おかえり――!! どうだった??」



 快活な笑みでユウが此方を迎えてくれた。



「何か皆ぐったりしていたけど……。よいしょ。命に別状は無いみたいで良かったよ」



 少しだけ呼吸が荒いウマ子から下馬しながら話す。



「そうですか。その点だけが心配でしたので」



 カエデがふむっと一つ頷く。



「レイド様?? 私が目を離した隙に浮気、していませんわよね??」


「一人で行動していたのに出来る訳ないでしょ」



 無音で右肩に留まった黒き甲殻を持つ蜘蛛さんにそう話す。



「分かりませんわよ!? 拠点地で知り合った女性と淫らな関係を構築し、私の目を離した隙に……」



「ユウ、悪いけど荷物を運んでもらえるか??」


「おうよ!!」



 ギャアギャアと騒ぐ蜘蛛さんには悪いけど、これから長い行程が始まるのですよ。


 しっかりと準備を整えなければならないのでね。



「まぁ!! 私が釘を刺していると言うのに、淫らな乳を持つ牛に話し掛けるのですか!?」


「誰が淫らだ。谷間に埋めんぞ」



「カエデはウマ子の手綱を、俺とユウが荷物を担いで移動する。此処から目的地であるレイモンドまでは約十五日。向こうに到着するのは……。六ノ月に入ってからだ」



 此れからの行程を確認する為、簡易地図を広げカエデと共に見下ろしながら話す。



「街道沿いに進み、ギト山を北側に迂回。そして、東へ……。分かりました。ウマ子?? 一緒に頑張ろうね??」



 そう話し、彼女の横顔に手を添えた。



『任せておけ』


「ふふ。うんっ、分かったから」



 風吹く平原で馬とじゃれ合う美少女、か。



 筆を手に取り、絵を描く事を生業とする者ならそう題するであろう光景に朗らかな気持ちがグンっと湧いてしまった。



「よし!! 皆!! 移動開始だ!!」



 さぁ、出発だ。


 長きに渡った任務も後少し。レイモンドに帰還するまでは気を引き締めて行きましょう。



「よぉし!! いけぇ!! 我が乗り物よ!!」



 出陣だぁ!!


 そう言わんばかりに、ポケットの中から上半身をにゅっと出して北の方角へと指を指す。


 方角、間違っていますよ――っと。



「いやいや。龍が胸ポケットから出て来たら誰でも驚くからね?? 人の姿に変わって歩きなさい」



 驚くならまだしも。


 珍しい生き物だと捕獲され、何処から来たのかと。公権力に尋問されようものなら一般人である俺には手の施しようが無いからね。


 これからの行動には繊細な注意が必要なのです。



「はぁ!? 絶対嫌よ!! 私は此処から動かないからね!?」


「レイド様ぁ。私も歩かなければならないのですかぁ??」



「当然です。喋る蜘蛛が居たら皆腰を抜かしちゃうからね」



 腰を抜かす処か。


 卒倒してしまう人もいるかもしれない。蜘蛛が苦手な人って結構多いんだよねぇ……。



 右肩に留まり、ワチャワチャと二本の前足を動かす黒き蜘蛛さんにそう言ってやった。



「踏まれて死んじまえ、きしょい蜘蛛め……」


「卑猥な赤はどうぞ、見世物小屋へ行ってくださいまし。私はレイド様と共に歩み続けますので」


「誰が卑猥だごらぁああ!!」




「「「はぁぁぁぁ……」」」



 また始まった。


 そんな意味を籠めて残る三名が大きな溜息を吐き尽くし。


 やれやれと頭を横に振り、踏み心地の良い大地を進んで行った。





 良く晴れ渡った空の下で赤と白が常軌を逸した速さで行き交う中。うら若き両名をその場に残して三名が東へと進み始める。


 その足取りは何処か陽気で表情も空に誂えた様に朗らかであった。



 長きに渡り。


 たった一つの任務を終えた達成感をしみじみと噛み締めていた男性の顎に素晴らしい龍の拳が直撃。


 されど。


 その場に崩れ落ちぬ頑丈な彼の姿を見た鳥達は。




『心温まる良い物を見せて貰った』




 東へと向かう五名の者達へ向かい、手向けと言わんばかりに大きな円を空に描き。


 そして。


 地平線の彼方まで何処までも続く、澄み渡った青に向かって飛翔して行ったのであった。




最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!


そして……。此れにて、第一章完結です!!!!


連載を始め二か月。


想像以上に連載する事が難しいと思い知らされました。


しかし、それでも連載を続ける事が出来たのは。この物語を読んで下さる皆様の御蔭なのだと痛烈に感じています。


私一人の力だけでは無く、読者様と二人三脚ではありませんが……。皆様と共にこの物語を綴っているのだなぁっと考えております。


そして!!


次話からは第二章が始まります!!


任務先で出会う個性豊かな魔物や人間達。


そして、第一章よりも過酷な状況が彼等を待ち構えています!!


話数的にも第一章よりも長くなる予定ですので……。皆様のお力を頂ければ幸いだと考えております!!



お疲れ様でした!! 


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