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第三百十話 愛に溺れたケダモノ その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 体中に纏わり付く強力で粘着質な女の香が嫌悪感を抱かせ、呼吸が困難になる程の常軌を逸した力の塊が正面から襲い掛かり私の体を圧迫する。


 化け物と認めざるを得ない力が跋扈する闇の中に妖しく光る蝋の炎が静かに揺らぎ一人の女性を朧に照らす。


 私は怪しい光に照らされた者の下へ向かって冷涼な空気が染み込んだ畳の上を進み行き、いつもと変わらぬ姿で王座に腰掛ける彼女の下へと足を置いた。



「うふふっ。どうじゃ?? 理解出来たかのぉ??」



 淫らに開いた着物から覗く白き足を組み、妖艶な瞳で私を見下ろす。


 異常なまでに似合う女王足る姿に臆する事無く私は口を開いた。



「えぇ、漸く理解出来ましたわ。あなたが私に求めていたのは……。殺意ではありませんわね??」


「んふぅ、その目。ゾクゾクしてしまいますわぁ」



 己が体をひしと抱き、悶え打つ。


 その姿がどこか滑稽に映るのは私だけでしょうかね。



「さぁさぁ!! 妾がそなたに求めた物を申してみよ!!」



 そして嫋やかな腕を己が体から放すと仰々しい口調で私に真なる答えを問うた。



「あなたが私に求めた物。それは…………。博愛ですわ」



 そう、博愛。皆等しく愛する心ですわ。


 たった一人を愛しむのでは無くどこまでも広く愛する心を持つ。


 私はレイド様を心の底から愛しておりますが、この温かい心を憎き者へと向けるのが真に課せられた課題。



『清濁併せ吞む』



 私に問われていたのはこの事だったのですわね。


 その心を持ってこの御方と面と向かって会話を交わすと瞳の奥に優しい温かさを感じますわ。


 初めから敵と断定せず、彼女も愛すべき存在だと捉えるべきでしたわね。



「うふふ。嬉しいのぉ……。妾の想いが伝わり、アオイの心の中に存在する冷たい心が溶け落ち。緑滴り落ちる季節の温かさが溢れていますのねぇ……」



 私の胸を見下ろして朱に染めた己の頬に右手を添えた。



「愛する心を持てとの事でしたが、あくまでも私はレイド様を生涯唯一人愛すと心に決めております。あの、憎きまな板に向けるちっぽけな愛では無い。この星よりも大きな愛で彼を愛すのです」



「どんな小さな愛であろうとも、あの者に与える姿を妾は見ておった。そして、そなたは認めがたき者へ愛を向けた。耐えがたき苦痛であったろう?? 吐き気を催す辛苦を感じたであろう?? それも数多存在する一つの愛の形、友愛。ハァァ……。愛故に痛みを感じたそなたの心。実に甘美であったぞ」



 まさかとは思いますが……。


 あなたが存命であった古の時代、敵対していた者に対しても愛を向けていたのですか??



「そうじゃぁ。妾は愛に狂い、愛に溺れ、愛に囚われた従順な奴隷じゃ」


 まるで愛に溺れたけだものですわね……。


「あぁはぁっ……。そなたの愛をもっと与えておくれて…」


 えぇ、存分に与えてみせますわ。


 彼と私……。魂までも溶け合わせて一つになった極上の愛を。


「まぁ!! それはきっと……。妾の心では受け止めきれない程に膨大な物であろう!! 宜しい。アオイ、妾はそなたを認めた。契は滞りなく成し得よう!!」



 愛に溺れた恍惚の表情を浮かべ、此方に向かって右手を差し出す。


 私は一切の疑念を抱くことなく光り輝くその手に自分の手を重ねた。




「月に誓え、月光を讃えよ!! 妾は常闇に咲く一輪の白百合の花!! 八代女王!! ヤヨイ=シラツキ!!」




 彼女と手を重ねた刹那。


 心の臓が体の後方へと引きずり出される衝撃が迸り血液が一瞬で沸騰してしまった。


 こ、これが……。真なる力なのですか。



「まだそれは欠片。妾と時を重ねる毎に強大な物へと移り変わる……。さぁ、アオイ。妾達の愛を世界へ解き放とうぞ!!」



 えぇ、畏まりましたわ。


 レイド様。アオイの愛、受け止めて下さいまし!!


 私は温かく煌びやかに光る愛を大切に胸に抱き締め、彼の姿形を想い描きながらそっと瞳を閉じた。












 ◇




 アオイが気を失い暫く経ったが……。相も変わらず椅子に腰かけて静かに瞳を閉じている。


 安眠に近い静かな呼吸を続けている様子だが体から溢れ続けている力は凄まじく。只近くに居るだけでも腹の奥に重く響く。


 これだけの力を放出し続けても問題無いのであろうか??


 言い換えれば、通常時でこの力を滾らせているとでも言えば良いのか。只眠っているだけでも自然と後ろ足加重にさせる程の恐ろしき力に思わず固唾を飲み込んでしまう。



 大丈夫かな……??


 その様子を心急く思いで見守り続けていると溢れ出る力が不意に彼女の体の奥へと吸収された。


 うん?? 変化した??


 数度瞬きをしてその様子を観察していると彼女が静かに目を開けた。



「――――」


 心静かに凛として佇む姿はいつものアオイと変わらぬが、目は深紅に染まり体内に潜む力は魔力感知が乏しい俺でも容易に感知出来る程に絶大な物であった。


「アオイ」



 フォレインさんが静かに口を開く。


 口調は柔和で優しいが……。左手を鞘に、そして刀の柄に右手を添えており顔は若干強張っている。


 万が一、億が一に備えての行動であろう。


 虚ろに宙を眺めていたアオイの瞳が確固たる物へと変化。そして、ゆっくりと蜘蛛の女王へと視線を向けた。



「――――。はい、お母様」



 朧であった意識を明瞭になり実の母に向けるべき表情を浮かべ、小さな口から柔らかい言葉を漏らす。


 よ、良かった!! 意識はしっかり保てているようだ。


 その言葉を受け止めたフォレインさんが刀から手を離して愛娘へと歩む。



「アオイ、本当に良く頑張りましたね」


 白い髪に青の髪が数筋混ざったアオイの髪を優しく撫で。


「私は、私は……。本当に誇らしいですわ」



 他人でも容易に窺える家族愛に溢れた笑みを浮かべてアオイを見下ろした。



「お母様……。は、はいっ!!」


 アオイが椅子から素早く立ち上がり温かい愛へと向かって飛び込む。


「ふふ、急にどうしたのですか??」


 フォレインさんは己が体にひしと抱く娘を優しく受け止め。


「このまま……。もう少し、このままで居させて下さい……」



 アオイは幼子の我儘に似た口調で温かい愛を体全部で享受していた。


 大魔の力を継承して傑物の類と呼ばれるも彼女達は家族なのだ。宿す力が原因で距離が開こうとも、愛は不変。


 いや、この場合はアオイが立ち塞がる巨大な壁を乗り越え。光り輝く愛を手に入れたと呼ぶべきかな。


 何者にも決して断ち切る事が出来ない二つの強い愛が重なる姿を温かな眼差しで見つめていた。



「アオイちゃん!! おめでとう!!」


 人の姿に変わったルーがアオイの肩の上に両手を乗せて素直な言葉で祝う。


「ルー……。有難う御座いますわ」


「どうじゃ?? アオイ。覚醒へと至った気持ちは??」


 何の警戒も抱かず、美味そうに茶を啜りながら師匠が問う。


「素晴らしいの一言に尽きますわ。以前の様に暴走してしまう虞もありませんし……」


「へぇ、そうなんだ。じゃあさ!! 覚醒したてのユウちゃんがやったみたいに何か魔法を見せてよ!!」



 いやいや。


 その所為で二人の世話焼き狐さんが迷惑をしたのですよ??


 未だ使い慣れていない力を使用すべきでは無いでしょうに。



「魔法、で御座いますか?? 危険が及ばない物でしたら披露させて頂きますわ」


「本当!?」


「えぇ……。たっぷりとそして淫靡に堪能して下さいまし……」



 フォレインさんから腕を外すと静かに右手を天へ掲げた。



「う、ん?? 別に何も感じ……。びゃっ!?!? な、なにぃ!? これぇ!!」



 ルーが驚くのも無理は無い。


 何も無い宙に己の体が浮けば誰だって驚くだろうさ。



「周囲の森へ視覚では確知出来ない程の薄い糸を張り、あなたの体へと接着させました。そして……。私の領域内に身を置く全ての者は私の意のままに操る事が可能ですわ」


「領域?? それってどの程度……。うおぉっ!?」


 ユウが口を開くと同時に彼女のその……。双丘に見えない何かが訓練着の上から絡みつき有り得ない大きさをより強調。


「わぁ……。ユウさんってこうやって見ると本当に……。きゃあ!? ちょ、ちょっとアオイさん!! 反対にしないで下さい!!」



 アレクシアさんが悲鳴を上げると空高く、足の方向から立ち昇って行ってしまった。


 あ、あはは。凄いな。


 普段のアオイが放つ糸は視覚で認識出来るけど、今現在使用している糸は彼女が話した通り一切見る事が出来ない。


 糸を括りつけられていない操り人形が勝手に踊り出したら誰だって驚くだろうさ。



「先生……。これはちょっと異常ですよ」


「私達では不可能な強度と細さの糸を錬成、そしてそれを意のままに操る。種族特有……。ううん。強力な精神力と魔力が無ければ出来ない芸当よ」



 ほぅ……。エルザードの口から不可能という言葉が出ましたか。


 実力差が更に離れ、何だかアオイが遠くに行ってしまった気がする。


 まっ、最初から距離が離れていますので?? 寂しい思いを抱く必要は無いかな。


 素直に褒め称えるべきだ。



「ちょっとアレクシアちゃん!! 顔にお尻をくっつけないで!!」


「ルーさんこそ荒い鼻息を当てないで下さい!! くすぐったいです!!」



 空中で何やら淫靡に絡む二人の女性から視線を外し、それを満足気に見上げる彼女へと声を掛けた。



「アオイ」


「はいっ、どうかされましたか??」


「おめでとう。良く頑張ったね」



 何だか妙に重い頭の中に浮かんだ言葉を一切の装飾を加えずに放つ。


 顔、あっつ……。疲れてるのかな??



「レ、レイド様ぁ!!」


 目の淵に小さな雫を浮かべる彼女が此方へと小走りでやって来る。


「大袈裟に喜び過ぎだよ。アオイなら絶対、成し遂げ……」


 それを迎える為、一歩前に踏み出したのだが……。足が縺れてそのまま地面へと倒れ込んでしまった。



 は、はれ??


 体が言う事を聞かない、ぞ……。体中が気怠く、そして妙に熱い。



「レイド様!?」


「大丈夫。ちょっと、疲れている、だけだから……」



 肺から精一杯の空気を取り出して言葉を放ち、閉じようとする重い瞼に抵抗するも意識が白い靄に包まれて行く。



「レイド、そのまま眠りなさい。あなたが言う通り疲労が溜まっているのよ」


 やはりそうなのか。


 エルザードの声が眠りへと誘う甘美な声に聞こえてしまい俺はその提案を受け入れ重たい瞼を閉じた。


 あぁ、硬い地面が極上の羽毛布団に感じる。



「ルーさん!! 私の顔を蹴らないで下さいっ!!」


「しょ、しょうがないでしょう!? 自分の意思で体が動かせないんだから!!」


「アオイ!! いい加減あたしの胸から糸を外せ!!!!」


「う、うぉぉ……。あんたこうやってみるとやっぱとんでもねぇ武器を持っているのねぇ……」


「だ――!! 触んなって何度言えば分かるんだよ!!」



 何やら騒がしい声が頭の上で交わされているようだが、疲弊した体はそれを子守歌に変換してしまう。


 そして意識が失う刹那。


 頭の中に浮かんだのはアオイとフォレインさんが優しく抱き合う姿だった。


 アオイ、本当におめでとう。今度からはもう少し皆を頼る様にしなよ??



「レイド様。ごゆるりとお休み下さいませ……」



 頭の上に乗せられた温かな手にそう告げる事は叶わず、溶いた卵の様に体をトロトロに弛緩させて強力な土の香りが漂う布団の上で想定外の眠りへと就いたのだった。



お疲れ様でした。


さて、覚醒に至らない者は残すところ雷狼と龍の三名です。


次話からは日常パートが数話続き、そして南の島での特訓も佳境に差し掛かります。ただ、花粉の所為で思う様にプロットが進まないのが難点ですね……。


この季節だからやむを得ないのですが目の痒さだけは勘弁して欲しいです。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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