第三百六話 受け継がれし技と技術 その三
お疲れ様です。
本日の投稿なります。
本日から個人指導が始まり訓練場の方々では各自が足りない部分を埋めようとして悪戦苦闘を続けている。
辛く苦しい訓練は後半戦に突入。
体力自慢の方々の元気にもそろそろ陰りが見え始め、息も絶え絶えに各指導者から厳しい指導を受けて朽ち果てた雑巾の様に地面へ横たわるのでしょう。
「ふっざけんな!! 何であたしの胸だけをずっと揉んでいるんだよ!!」
「これ見よがしに私の前にぶら下げる方が悪いって何度言えば理解するのよ!!」
ふむ……。私の想像は直ぐに打ち破られてしまいましたね。
横着な深紅の髪の女性と怪力無双の深緑の髪の女性が訓練場の中央で額同士を密着させて元気良く叫んでいた。
あの二人は本日までの訓練によって萎む処か、此処へ来る前よりも元気になっている気がしますよ。
「すぅ――……。ふぅ……」
口喧しい二人から視線を外し心静かに精神を統一して周囲の空気と体を同化させると、耳の奥にいつまでも残る喧しさも然程気にならなくなります。
私の存在は今や目に見えぬ空気と一体化していると申しても過言ではありませんね。
周囲に漂う濃厚なマナを体内に取り込み己の魔力と合一。
これまでの訓練で消費し、消失してしまった力を埋めて今から始まるであろう訓練に備え集中力を高め続けていた。
シェスカさんと会ってからこの作業効率が飛躍的に上昇している。
それは恐らく精神の世界で彼女の指導を受けている所為なのでしょう。
『現代のマナは古代のそれと比べて劣化、希薄、そして劣悪な物へと変化しています。不純物を取り除きマナ本来の性質に着目すればもっと早く大量のマナを取り込めますよ』
何事にも基礎に重みを置く彼と同じく、シェスカさんも基本的な行動に重きを置いていた。
『天空に向かって聳え立つ巨大な樹木。一見、その高さに思わず目を奪われてしまいますが。高さよりも自重を支える芯の通った幹、大地の奥底にまで張った根等々。背の高さに驚くよりもその高さに至るまでの過程や背景に着眼すべき。これは魔法や強さにも直結します。恐ろしい魔法の威力に驚愕するのでは無くて、相手は何故常軌を逸した魔法を打てるのか。我々魔物に等しく存在する魔力の源や種族本来の力に着眼点を置きなさい』
卓越した術式、想像に及ばない威力の魔法。
それら全ては基礎が出来ているからこそ成り立つ。
基礎が出来ていない建物は長くは建って居られない、他の木々よりも背を伸ばしたとしても幹や根が自重を支えられなければ木は立っていられない。
これはこの世の道理。
彼女の口から出て来る言葉の数々は物事の本質を的確に射貫いていた。
目から鱗ではありませんが彼女の言葉を真摯に受け止め咀嚼。そして反芻を繰り返して血肉に変えているのです。
シェスカさんの指導は大変有意義なのですが……。
一つだけ問題があります。
『さ、さぁ!! 本日の指導はここまでにしましょう!! 本日の取材はあの日……。そう!! 二人きりの宿屋で彼の体をギュっと抱き締めたあの感覚を分かり易く言葉にして伝えて下さい!!』
そう、彼女の趣味である執筆活動に幇助しなければならないのだ。
私の中から見ていたのならどのような感情を抱いていたのか理解出来ますよね??
そう問うても。
『カエデの感情は痛い程に理解出来ていますが……。それを文字として表現するのに苦労していると言えば伝わりますか!? さ、さぁ。包み隠さず乙女心を赤裸々に語って下さい!!』
シェスカさんが王座の上で前のめりにググっと傾くと。
「「「……ッ」」」
彼女の使い魔である魚達もピタリと動きを止めて私の方を注視。更に海面付近で悠々泳いでいたあの鮫さんも興味津々といった感じで参加するではありませんか。
『わ、分かりました。決して口外しない事を条件に話しましょう』
私がシェスカさんの煌びやかに光る瞳を捉えてそう話すと。
「……っ」
黄色が目立つ一匹の魚が頬を朱に染めて嬉しそうにヒレで両目を隠してしまった。
「な、成程ぉ!! そうした熱き想いを胸に抱いて彼の頬に手を添えたのですね!!」
私の話に夢中になってコクコクと小さく頷く美しい女性。
『キャァッ!!』
昂る感情によって目立つ黄色が真っ赤に染まってしまい左右のヒレで必死に顔を隠すも、その隙間から黒き目をチラリと覗かせて私の話を聞き続ける魚。
そして。
『ゼェッ……。ゼェェッ……』
話に夢中になり過ぎて再び窒息寸前にまで陥ってしまった鮫。
一つ強くなるのに数十もの恥ずかしい体験談を語らなければならないのはどうにかなりませんかね……。
精神の世界で辟易すれば。
「ふふ――ん。ふっふ――ん」
現実世界でも辟易してしまう。
目の前でだらしない恰好で座る一人の女性の存在が私の集中力を乱している事に看過出来ず、少々厳しい口調で指導を施してあげた。
「先生、足を閉じて下さい。下着が見えていますよ」
短いスカートの中から覗く淡い水色の下着へと視線を落として話す。
「や――よ。別にいいじゃない、女の子同士なんだし」
「そういう問題ではありません。態度です、態度。生徒に物を教える姿勢では無いと言っているのです」
これ以上指導者の堕落した姿を見ていては此方の集中力が掻き乱されてしまう。そう考えて静かに瞳を閉じた。
「ふぅん。――――。あはっ!! カエデ、この下着可愛い色ね!!」
「や、止めて下さい!!!!」
瞳を閉じた私が愚かだった。
上半身の訓練着をくいっと上げて丸い目を燦々と輝かせている先生の手を叩き落としてやった。
「痛いなぁも――。ねっ、その下着。どこで買ったの??」
「マイ達と立ち寄った王都の下着屋ですよ」
友人達との買い物の途中で見つけた掘り出し物なのです。
値段の割に可愛かったし、何より。
『あら、カエデ。お似合いですわよ』
『おぉっ!! カエデちゃん、その色似合うね!!』
『あたしは色を選べないから素直に羨ましいよ』
友人達の勧めがあったから購入したのですよ。
「店の場所教えてよ。可愛い青色だから気に入っちゃった!! 只、大きさが私より数段下だから売っているかしらねぇ」
数段下。
その言葉が要らぬ感情を心に湧かせてしまう。
「知りません。それより、早く訓練を開始して下さい」
「あ――、そうやって先生を睨むのは良くないんだゾ??」
「……」
返事を返すのも面倒なので、取り敢えずこれでもかと眉を顰めて苛立ちを継続してあげた。
「はぁ、まぁいいわ。今からカエデには……。お手玉をして貰うわね」
お手玉??
「遊ぶ為に先生の下へ来た訳では無いのですが……」
「短気は損気っ。話は最後まで聞きなさいっ」
指をパチンと鳴らして片目を瞑る。
「お手玉と言っても、手毬を使う訳じゃないの。先ずは私が見本を見せてあげるわ。よいしょ……、っとぉ!!」
先生が術式を展開すると子供の手の平大の白き四つの玉が出現。それが円状に一定間隔に並んで宙を回り始めた。
「この回り続ける玉、今は白色だけどね?? 各属性を籠める事が出来るのよ」
先生が手を掲げると四つの玉が赤、青、緑、茶へ変色。
小さな玉には彼女が仰った様に、火、水、風、土の属性の力を感じ取れた。
「こうしてぇ、手を前に掲げて……」
彼女の前を回り続ける玉の円の軌道上に手を翳すと……。
赤い玉が右手側の手の甲から手の平へと抜け、続けて左手の手の平から甲へと抜けて行った。
「ね?? 通過していくでしょ??」
「確かにお手玉にも見えますね」
問題はそれじゃない事は理解しています。
今先生の手から感じた魔力の波動、恐らくあの玉は同属性の力には反応しない筈。
「賢いカエデはもう理解したと思うけど、この玉は同じ属性に反応しない様に作られているの。火なら火、水なら水。それ以外の属性を籠めて触れるとぉ……」
回り続ける円から両手を抜き、右手に火の属性を籠めて青色の玉に触れると……。
「あいたっ」
青色の玉から小さな氷柱が生えて先生の手の甲を傷付けてしまった。
「成程……。様々な属性を瞬時に宿す訓練ですね」
「各属性を同時に体に宿す。遊びながらも訓練出来る魔法なの。因みに、この術式を開発するのには大変長い時間を掛けていますので?? 術式はそうそう見せれませんっ」
「嫌です。後で教えてください」
指先から滴る赤い血を舐め取りながら話す先生へそう言ってやった。
「え――。自分で開発しなさいよ――」
「基礎だけでも構いませんから」
「ん――。それならぁ……。まっ!! それは後!! 早速やって御覧なさい!!」
新たに出現した四つの白き玉。
それが私の前に音も無くすっと移動を開始して時計回りに回転を始めた。
「じゃあ先ずは基本中の基本。火と水属性でやってみましょうか」
先生が指を鳴らすと四つの玉が赤と青に変わる。
ふむ……。火と水の玉が二つずつ計四個。それが交互に流れていますね……。
右手に火を宿し、赤の玉を通過させて。今度は左手に火を宿してそれと同時に右手に水を宿す。
簡単そうに見えて意外と難しそうです。
「では、始めなさい」
普段のお茶らけた雰囲気は消失。真面目そのものの声色に変わった先生が口を開くと。
「分かりました、始めます」
私もそれに呼応する様に真剣な声色を放ち、両手を前に翳した。
さぁ、最初は火の属性ですよ。
右手に向かい来る赤の玉に合わせ、右手に火の属性を付与させると……。
「ふぅっ」
うんっ、綺麗に通過して行きましたね。
何の感覚も与えずに小さな赤い玉が手の平へと抜けて左手へ進み始めた。
そして、次は水の属性か。
右手の火属性を消失させ、水の属性を持たせる。続け様に左手に火の属性を付与。異なる属性、対の属性を左右両方に展開して二玉を迎えた。
「良いわね、その調子よ」
正面から先生の陽性な感情が含まれた声が届く。
代わる代わる異なる属性が通過していくので表情を確認する余裕はありませんが……。
どうやら先生のお目に敵った付与を行えているらしいですね。只、少々簡単過ぎる点が気になります。
「さて、要領は理解しただろうし。少し速度を上げるわよ」
はい?? この玉は速度を上げる事も可能なのですか??
先生から微量な魔力が放出されると同時に玉の速度が豹変した。
体感的には先程までの倍の速度。
つまり、属性付与の展開も目まぐるしく回る玉に合わせなければなりません。
右手に火、左に手水。そして、逆展開。
う……、ん。難易度が跳ね上がりましたね……。
「おぉっ。速度を上昇させても問題無いか。じゃあ次は速さを不規則にするわね」
「えっ??」
こ、この上不規則にするのですか!?
突如として苛烈な速度に上昇したかと思えば、右手を抜けて左手に到達する間に蝸牛の移動速度にも似た速さに減少。
急制動に急加速が交互に訪れ私の未熟さ故か、左手の平に初撃を受けてしまった。
「つっ!!」
「あら――。痛そうねぇ……」
直撃したのは火の属性の玉か。ひり付く肌の痛みがそれを物語っている。
「初見にしては上出来よ」
「どうも……」
「咄嗟に、そして複雑に状況が変わる戦闘の中で冷静を保ったまま複数の属性付与を行える為に行う訓練なの。これを例えるとほら覚えている?? クソ狐の訓練場で行ったユウとの遊び。あの時、属性付与を瞬間的に変化させればあなたは勝利を掴めた。けれど……」
あの馬鹿げた体重に対し、私は臆する事無く攻撃を加えてしまった。
ユウは咄嗟に腕を引き私の攻撃を回避、その反応に対応出来ずにそのままあの有り得ない胸の中に顔を埋める結果となった。
「ユウの機転に遅れを取り、敗北を喫しましたね」
「そっ。これを応用すれば相手が複雑な属性の攻撃魔法を加えて来ても咄嗟に対処出来る様になれるわよ??」
「その様ですね。所で気になったのですが、先生は幾つの属性を付与させて練習しているのですか??」
赤みを帯びた手の平から先生へと視線を向けて話す。
「私?? えっと……。幾つだっけ??」
三百何歳です。
「そっちの歳じゃないわよ」
私の心を読んだのか、にっと軽快な笑みを浮かべてくれた。
「試しに……、よいしょっと!!」
先生があの玉を六個召喚。
「じゃあ、はじめま――す」
まるで買い物に行く感覚で声を上げると全ての玉に色が灯った。
赤、青、緑が順に回れば。
「ひょいひょいっと……」
白、黒が後を追う様に明滅して円を描く。
「更に不規則、不作為に――っとぉ」
赤、青、緑、茶、白、黒。
六色が複雑に色を変えて速度を変えて先生の両手へと襲い掛かるが、彼女の手には何の変化も起こらなかった。
あの仕組みを知らぬ者は只々綺麗な色の玉が手の中を通過している様にしか見えないが……。
一度体感した者にとって、あの光景は正しく有り得ないと言っても過言では無かった。
す、凄い……。
「ふぅ。ってな訳で六属性でした――!!」
「先生」
「ん――?? なぁにぃ??」
カクンっと小首を曲げて話す。
「改めて敬服しました。私が師事している者なだけありますね」
「そりゃどうも。ほら、続き続きぃ!!」
私の前に今度は三色の光を灯した光の玉の輪が出現する。
「三属性ですね。色からして……、火と水と風ですか」
「基本三属性の登場よ――。初心者は先ず此処からっ」
初心者。その言葉が私の闘争心に熱き炎を灯してしまった。
「ふぅ――……。では、行きます!!!!」
難しいのは望むところです。私は、今より……。そしてその先よりも強くなる為に来たのですからね。
一つ大きく呼吸をして集中力を高めると、私の目の前で回転し続ける玉の円の軌道上に一切臆する事無く両手を差し伸ばしたのだった。
お疲れ様でした。
今週末の更新なのですが少々忙しくなる為、本編一話の更新を予定しております。
さて、本日も花粉が酷かったですね……。
鼻詰まりは慣れたのですが喉の痛みだけは慣れる気がしません。投稿の速度が遅れてしまわない様、自分なりの執筆速度で更新していくつもりです。
それでは皆様、お休みなさいませ。