第三百五話 長い道のりも漸く後半戦へ突入 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿なります。
頭上に薄く張られた結界から地上へ届く雨音。
雨だから気分が乗らない、濡れた道を歩くと靴が汚れる等々。人によっては陰湿な音にも聞こえる物であり環境の変化から気持ちが萎えてしまう場合もある。
環境とは感情を持つ生き物の精神に対して少なからず影響を与えている。
しかし、横一列に並ぶ俺達の前に立つ師匠達にはどうやら環境の影響は皆無の様だ。
湿った空気とは裏腹に湿度を感じさせぬ明るい笑みを浮かべ、整列した俺達を満足気に眺めているのが何よりの証明だ。
「揃った様じゃの!! では、午後からの訓練の内容を伝える!!」
さぁ……。ここからは楽しくて愉快でそれはもう素晴らしい地獄の時間の始まりだ。疲労困憊のこの体に気合を入れるとしますかね。
少しでも気合を抜いたら死に一直線ですもの……。
いつも通りの指示が飛んでくるかと思いきや。
「先日までの様に儂らが一人一人相手にするのではなく、本日からは好きな指導者の下へと向かい。個人的に指導を施す!!」
意外や意外。本日からは趣向を変えて個人指導となった。
「つまり、そっちにいる四人の内。誰か一人選んで向かえって事??」
マイが腕を組みつつ師匠へ問う。
「そうじゃ!! 誰でも構わぬぞ?? もし、己の精神を研ぎ澄ませたければ一人で精神集中を行っても良い。要は自分で足りない物を考え自分で行動しろと言う事じゃ」
足りない所を補う訓練を行う訳か。
ふむ、理に叶っているな。
「と、言うのは建前で?? 本音は私達も疲れが溜まっているから余り動きたく無いの」
フィロさんが普段通りの軽快な笑みを浮かべて話す。
あら?? そうなのですか?? いつも通り元気一杯な様子ですけども。
生きている以上、体の中に疲労が溜まる事は決して覆せないこの世の真理。
それは重々理解しているが……。師匠達が疲れ切っている姿を目に捉えた事がないので今一想像出来ないな。
「喧しい!! お主は疲れているかも知れぬが、儂は疲れておらぬ!!」
「ふぅん。それなら何で昨日の夜。お風呂で疲れた――って呟いたのかしら??」
「そ、それはじゃな!!」
師匠の愚痴を吐露する姿。
是が非でもこの目に納めたいものだが、流石に風呂にまでは行けないので俺の願いは叶いそうに無いな。
鼓膜に少々悪影響を与える声量で言い合う師匠とフィロさんを交互に眺めていると、それを冷めた目で見つめていた白い髪の女性が静かに口を開いた。
「理解頂けたかと思いますので、早速行動を開始しましょうか」
「そうね。五月蠅い婆二人は放っておくのが賢明ってとこかしら」
「「誰が婆だ!!!!」」
エルザードの不味い発言に二人同時に噛みついてしまった。
あなたは昔からこうして要らぬ発言を何度も繰り返しているのでしょう。それでも、古き時代から変わらぬ友情は美しく……。
「あんた達よ。やれ疲れただ――とか。実は楽したい――とか。聞いていて耳が疲れてくんのよ」
「はぁ?? あんただってもうクタクタぁ。腰痛いし――。彼に揉んで貰おうかなぁとか。滅茶苦茶草臥れ果てたじゃん。それと!!!! 新しく買った水着を見てもらうんだ!! って。いい歳して馬鹿みたいに輝いた笑み浮かべてたしぃ??」
「は、はあっ!? 何よそれ!! 今ここで言う事!?」
全然美しく無かった。
寧ろ、この騒ぎに蓋をして目を背けたくなる惨状ですね。
「水着?? あ、レイドに見せた奴でしょ!?」
列の反対方向からルーの顔が列の前ににゅっと生えて俺の顔を捉えると要らぬ言葉を放つ。
「さ、さぁ??」
お願いします。
暴力という名の恐ろしい矛先が此方に向きますのでそう言った発言は控えてくれると幸いですね。
「グルゥゥ……。ガァァウウ……ッ!!!!」
敵意と殺意剥き出しの深紅の龍さんの真っ赤な瞳から視線を外し、乱痴気騒ぎを行っている師匠達の奥に存在する森へと焦点を合わせた。
「馬鹿騒ぎしている者は放っておいて始めましょうか。皆さん、お好きな方へお進み下さい」
「仕方が無い。ちゃちゃっと始めますか!!」
マイの声を皮切りに各々が選んだ者へと進み出す。
「フォレインさん、宜しくお願いしますね」
「蜘蛛の母ちゃん!! 生意気な蜘蛛の娘をボコれる技術を教えて!!」
「フォレイン殿。宜しく願う」
「ふふ。忙しくなりそうですわね」
ユウ、マイ、リューヴはフォレインさんに指導を請うのか。
恐らく接近戦の技術を学ぶ為であろう。フォレインさんの身のこなしはアオイのそれより一枚上手だし。
訓練の途中、何度舌を巻いた事か。そして何度痛い目に遭った事やら……。思い出すだけで五臓六腑が悲鳴を上げますよっと。
「フィロさん!! イスハさん達と遊んでないで私に色々教えて!!」
「後少しで古代種の力を制御出来そうなのですけど……。最後の一押しが足りない感じがしまして」
「宜しくっ!! 色々教えてあげるわよ!!」
ルーとアレクシアさんはフィロさんか。
アレクシアさんは覚醒の力の事を伺うのだろうか?? ルーの奴は。
「えへへ。フィロさんの教え方優しいから好きなんだ」
きっと楽をする為であろう。
「先生。馬鹿な事していないであっちに行きますよ」
「ちょ、ちょっと!! まだ言い足りないんだから!! 放しなさい!!」
「なはは!! だっさいのぉ!! 生徒に叱られておるわ!!」
カエデは己が師事する者の下、ね。
アオイはどうするんだろう?? やはりフォレインさんの下へ行くのかな。
横目で様子を窺っていると。
「……」
無言のまま訓練場の淵へと移動を開始してしまった。
多分だけど……。
皆に迷惑を掛けたくないから一人で精神を研ぎ澄ますのであろう。こういう時くらい息抜きじゃあないけど、体を動かして胸の中の憤りを発散してもいいのに。
俺が何かしようとしても彼女にとって重荷になるやもしれん。こういう時は静観を決めるべきだな。
さて、と。
そうなると俺は俺で本日の先生を選ばないと。
いつもは師匠に手痛い指導をこの体に頂戴しているのだが偶には違う人から指導を請うべきか??
視点を変えれば成長を促す足しにもなる。
うん、矛盾していないよな?? べ、別に毎日同じ物を食べているから飽きたって訳じゃないからね??
自分に体のいい言い訳を放ち、各先生方の様子を窺う。
フォレインさんは接近戦の技術指導、エルザードは魔法の指導、そしてフィロさんは血の覚醒と戦闘指南。
そうなると……。
「さぁ二人共頑張って行きましょう!!」
「は、はいっ!!」
「は――いっ!! 頑張りま――す!!」
「えっと。フィロさん、自分にも指導を……」
俺の中に眠る恐ろしき龍の力を制御する指導に力を注ぎ込もうと考え、ルーとアレクシアさんに指導を開始したフィロさんの下へ進み出した刹那。
「あっ……」
広い訓練場の中でたった一人ポツンと取り残されてしまった金色の髪の女性とバッチリ目が合ってしまった。
そして、その目は。
『儂を無視して他の者へと行くのか??』
悲しみと寂しさが混在する負の感情一色に染まってしまっていった。
「何かしら?? レイドさん」
「レイドもこっち来るの――??」
「いいえ!! し、師匠!! いやぁ、今日は雨ですねぇ!!!!」
フィロさん達に向けていた爪先を捻じ切れん勢いで師匠の方角へと方向転換。
しゅんっと項垂れている狐の女王様の下へと速攻で駆け付けた。
「ふんっ。ど――せ、儂は人気がありませんよ――。傍若無人の暴力女じゃからなぁ――」
あ――。いじけちゃった。
地面に横たわる小石に向かって八つ当たりしてるし。
「え、えっと。ほ、ほら!! あれですよ!! 常日頃から師匠の指導を受け賜わっているので偶には視点を変えてって奴です!!」
「ふぅん……」
これでも駄目かぁ。今度は踵で大地を削り始めてしまう。
他に何か良い案は……。
アレコレと言い訳紛いの理由を捻り続けていると、師匠がぱっと顔を上げた。
「まぁ、良い。丁度お主に見せてやりたい技があった事じゃし」
態々俺に見せたいと言う事は直ぐにでも実践で使用出来る技であろう。
師匠の素晴らしき技を会得すれば戦闘中に幾つもの選択肢が生まれる。つまり、化け物と対峙しても生き残れる確率が格段に高くなる訳だ。
「是非お願いします!!!!」
高みへと昇る為の指南、これで高揚しない訳がないだろう。
心の中から湧く高揚感によって体が自然と師匠へと近付き、機嫌が宜しくなった彼女の瞳を真っ直ぐに捉えて話した。
「お、おぉ。そうかそうか!! うむうむっ。やはり、弟子は師匠に師事するべきじゃな!!」
陽性な感情が溢れた時に出てしまう二つの獣の耳が頭頂部からにゅっと生えて前後にピコピコと動く。
良かった、機嫌は直った様ですね。
「それで?? ここでその技を拝見出来るのでしょうか??」
新しい技を会得する為の軽い準備運動を継続させながら伺う。
いきなり動いては怪我に繋がりますからね。
料理然り、勉学然り、運動然り。何事にも準備は必要なのです。
「ここではちと難しいのぉ。砂浜へ移動するか」
「砂浜へ?? しかし……」
顎を天蓋へと向けると。
『お前の体をたっぷりと濡らしてやるからな??』
そう言わんばかりに大粒の雨達が咆哮していた。
すっげぇ雨……。
「雨が気になるのか??」
「それなりに……」
風邪を引いてしまっては後半戦に突入した訓練に支障を来すかもしれぬ。
体調管理も立派な訓練だとは思わないかい?? と、自分に都合の良い言い訳がふと脳裏を過ってしまった。
「雨など気にするな!! 儂は気にせん!! それに、生まれてこの方風邪は罹患した事が無いからな!!」
『馬鹿みたいに頑丈な体で大変羨ましいです』
「師匠の御体は御立派ですからね」
心の中の声と似て非なる言葉を放つ。
「なはは!! そう褒めるでない!!」
いえ、皮肉に近い言葉なのですが……。
「馬鹿は風邪引かないのよ――」
少し離れた位置。
カエデと共に相対して座る淫魔の女王様から大変嬉しくない言葉が届いてしまう。
どうしてあなたは拾わなくても良い言葉を一々拾うのですか??
「そのデカイ尻を蹴り飛ばすぞ!! 戯けがぁ!!」
「あんたじゃ無理無理――。それよりぃ、レイド――。そっちの馬鹿狐なんかより私の方に来なさいよ――。美味しい果実が待っているわよ――!!」
シャツの襟をくいっと下げてふしだらな姿を晒そうとするが……。
「先生、早く始めて下さい」
「見るなよ?? 見たらお主の命はこの世から消え失せるぞ」
「やんっ。カエデ――。私、先っぽは弱いんだゾ??」
「見ようにも見えまふぇん」
此方の視界はフワモコの尻尾によって暗闇に閉ざされてしまっていますのでね。
淫魔の女王様の妖艶な声だけが鼓膜に届き、鼻腔には尻尾の毛先に染み込んだ花の香りがふわりと漂う。
う、うぅむ……。やっぱり師匠の尻尾って良い匂いだよな……。
可能であれば時間が許す限りずっと嗅いでいたい。絶対言いませんけどね。こんな恥ずかしい言葉。
心安らぐ香りに包まれ、さてこれからこの体はどうなる事やらと丹田に力を籠めて待ち構えていた。
「ほれ、行くぞ」
「あぐっ!!」
顔に絡みつく一本の尻尾が首に絡みつき、その他の尻尾が師匠の進行方向へと強制的に移動を開始させる。
仰って頂ければ足を動かしますのに……。
踵と地面が仲良く握手を交わし続ける中、気道を圧迫されまいとして僅かな隙間に指を捻じ込み。
外部から表情を悟られぬ事を良い事にこれでもかと困惑した顔を浮かべて理不尽な狐さんの尻尾の動きに身を委ねていた。
お疲れ様でした。
本文でも記載した通り、本話から後半戦へと突入します。第三章も佳境を迎え勢いそのままに駆け抜け行きたいですね。
さて、先日も後書きで述べた通り前日は愛馬に乗車して炭酸風呂に浸かって来ました。じっくり汗を流して背中の筋肉を労わり。全回復に至るかと思いきや……。そこまで自分の体は正直ではありませんでしたね。
姿勢を正している内に治るでしょうと楽観的な考えで執筆を続けて行こうと考えております。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
皆様の温かな応援のお陰で連載を続けられています!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。